トリックスターな魔王様   作:すー/とーふ

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エピローグ 上

(……ちょっと力入れすぎたかな)

 

 森の中の一角。

 苔むした大岩に腰掛けながら頭上を見上げ、天然の屋根から射す木漏れ日にうっすらと目を細めながら、秋人は疲労の籠った吐息を吐き出す。

 まだまだ動けるが身体中に鈍い疲れが蓄積されてきているのを感じる。原因は多々あるが、致命的だったのは先程のスキーズブラズニルだ。

 

(素直に司令に船を借りれば良かった? でもそうすると往復に時間が掛かって帰るのが遅くなるし、流石に夜遅くまで兄ちゃん達を付き合わせるのも悪いし……ままならないなぁ)

 

 神具の再現には膨大な呪力を消費する。しかもスキーズブラズニルは秋人にも変化可能な神具の中でも一番でかい代物で、維持するだけで一苦労。

 更に昨日はサルバトーレ・ドニとの鬼ごっこに加えイタリアからの単独飛行など、中々ハードな時間を過ごしていた。正直な所、秋人に残された呪力はもう半分も無かったりする。

 

(まあ、でもそう簡単に捕まったりしないけど)

 

 カンピオーネにさせられてから今まで、何度も逆境を乗り越えてきた。しかも今回は命が懸かっていないので気楽なものだ。

 勝つのが目的ではない。しかし負けて良いとも思えない。カンピオーネの中で負けず嫌いでない人など、あのアレクサンドリアの聖女様だけだと秋人は思っている。

 これもカンピオーネの性質か。不利な状況下でも、幼きチャンピオンは楽しそうに笑ってみせた。その逆行を覆すのが楽しいと言いたげに。

 

「というより兄ちゃん達は何してんだろ。もう残り三十分だぞ」

 

 つい口に出してボヤいてしまう。まさか宮本武蔵作戦かと少し疑いつつ甘粕から借りた時計を見れば、針は十五時半をちょうど過ぎた頃。

 元々秋人は隠れる気が無かったので気配はいつも以上に垂れ流し状態。故に護堂達が見失うことはありえない。

 それこそ平野に城が建っている様な存在感を放っているのだから。

 

「そーなると、やっぱり作戦会議?」

 

 祐理と恵那から自分の権能について教えてもらっている。胡座の上に頬杖を着きながら、秋人はそう結論付けた。

 もしそうならば、それは完全に秋人の不利を意味している。あちらには二人のオブザーバーが付いているのに対し、秋人の護堂に関する知識はサルバトーレ・ドニから聞いた幾つかの化身とその効果のみ。それも使用条件までは一切把握していない。

 今までの戦歴や人柄についてはドニの付き人から教えてもらっていたが、それだけでは判断が付かないので、こうして実戦形式のテストをわざわざ用意したのだ。

 

「ま、でもそんなのは兄ちゃん達も似たようなもんか」

 

 秋人が護堂の権能全てを理解していないように、護堂達もまた秋人の全てを知ることは無い。半年前に斃した怪物の名を、得た権能の力を、祐理達はまだ知らない。

 

「なら姉ちゃん達が知らない技で戦えば良いってね! 来ないならこっちから行くぞ兄ちゃん! 何事も臨機応変、たまには真っ向勝負も悪くないはず!」

 

 これではテストにならないのでこちらから出向く。鬼ごっこだが逃げに徹するとは一言も言っていない。

 護堂と大騎士二人。秋人の知らない彼等の戦力を測るため、小手調べの意味も含めて、あちらの知らぬ切り札を一つ切る。

 その場に立ち上がった幼き魔王の全身から強大な呪力が迸った。溢れ出た呪力は固まり、形となって神性を具現、その顕身を呼び起こす。

 

「我が意に応えるは忠実な僕! 侵略の根絶、害意の排除、楽園の守護! 地獄の抱擁は咎人の首を焼き落とさん! 灼熱の青銅はその身を持ちて主の敵を殲滅せよ!」

 

 唱えた言霊は高らかに森へと響き渡る。

 眼前に渦巻いた呪力が陽炎のように霞み、集束し、中から現れた顕身は己に課せられた命に従い、敵を求めて歩き出す。一歩足を踏み出す毎に地面は陥没し。邪魔する木々を薙ぎ倒し、生み出された顕身は人の反応がある海岸目掛けて突き進んだ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

「それじゃあ甘粕さん、その情報に間違いは無いんですね」

「ええ、その筈ですよ」

 

 あの落とし穴から抜け出した護堂達は甘粕の待機する砂浜まで戻ってきていた。その目的は泥だらけになった身体を少しでも洗い落としたいからなのだが、エリカが炎の魔術を応用して瞬間的に衣服を乾かせたとしても、やはり海水なのでベタ付いた感が拭えない。

 改めて悪戯小僧の捕獲を誓い士気が高まった彼らは、作戦会議のためにも甘粕から秋人の情報を引き出していた。

 秋人の帰還を知った沙耶宮馨は直ぐにイタリアやイギリスなど、彼自身が語った旅の裏付けを取るため現地に連絡を取り、彼等が定食屋にいた頃には、既に大体の情報は集め終わっていた。

 その中でも護堂達が知りたかったのはトスカーナでの行動。あの剣の王とどのくらい鬼ごっこと称する逃走劇を繰り広げていたかだ。

 

「とにかく、これで方針は決まった。万里谷、先輩の居場所は?」

「はい。詳しい場所は分かりませんが、大まかな位置は把握出来ます」

 

 護堂の確認に力強く応じる祐理の瞳は、やる気でメラメラと燃え盛っている。どうやら予想以上にこの教育お姉さんは弟分を懲らしめる気のようだ。彼女が怒った姿は神様クラスに恐ろしいのを体験済みの護堂は、悲しい末路が待っている小学生へ密かに黙祷を捧げた。

 

「よし、それじゃあ皆、手筈通りに――」

「そんなッ!?」

 

 車座になっていた面々が立ち上がった途端、悲鳴を上げたのは祐理だった。

 

「秋人さんの気配が消えました! 代わりにナニカが近付いてきます!」

 

 全員に緊張が走った。そして直ぐに彼等は察する。

 壮絶な気配を発する異物の接近を。それが自分達にとって脅威なのだと。カンピオーネとしての直感を有する護堂だけでなくエリカ達も感じ取った。

 

「エリカ、リリアナッ!」

 

 全身の血が沸き、肉が踊る。先頭に立って臨戦態勢を取る護堂の両脇には大騎士二人。その後ろに恵那が業物と見られる太刀を構え、祐理を背に庇う。祐理は祐理で接近する敵の正体を暴こうと精神を集中させる。

 これが戦い慣れしてきた護堂達の布陣。

 

 そしてソレは、ついに姿を現した。

 その異形に戦慄が走る。

 木を薙ぎ倒しながら現れたのは、四メートルにも及ぶ巨大な人だ。ただ、その筋骨隆々で上半身が裸の大男は――古代ローマのコロッセオで闘う剣闘士を彷彿させる姿は、身体も、関節を護る最低限の鎧も、全て鈍い光沢を放つ青銅で構成されている。

 護堂は予想外の怪物の登場に目を見開いた。

 

「なッ!? あれも先輩の権能か!? いったい何を変化させたらああなるんだよ!」

「違います草薙護堂! あれは『善悪の悪戯』ではありません!」

 

 青銅人間が放つ神性を直に視たリリアナは、あの神船同様幸運にも天啓を得る。それは祐理も同様であったが、そうでなくともあのゴーレムの正体に辿り着くのはそう難しいことではない。護堂以外の面々は、その特徴的な化物が登場する神話に心当たりがあった。

 

「あの子が行方不明になったのは何処だったかしら?」

「ギリシャのクレタ島だよ、エリカさん」

 

 獅子の魂にして不滅の魔剣『クオレ・ディ・レオーネ』を構えるエリカの独り言に、油断無く敵を見据える恵那が応える。

 

 クレタ島は秋人が最後にまつろわぬ神と交戦したと見られている島であり、そこにはある伝承が残っていた。

 鍛冶神ヘパイストスに鍛えられ、ミノス王に献上された人造人間。その青銅の身体は硬く、背は木よりも高い。大岩を軽々と投げ飛ばす剛腕に、島を一日で三周する脚力。

 その怪物はクレタ島を外敵から守るために配置された守護者。

 

「神の手により命を吹き込まれ、知恵を授けられた青銅の怪物――タロス。それがあの顕身の正体です!」

 

 後に賢人議会の手により『忠実なる青銅人間(ザ・ブロンズ・ゴーレム)』と呼ばれる権能。その正体を祐理が口にした途端、青銅の怪物は雄叫びを上げて護堂達へ襲い掛かった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 護堂が闘うに辺り、実は一つ懸念されていた事があった。

 それは実戦に近いとはいえ、ただの鬼ごっこで果たして護堂は権能を使えるのかという事だ。護堂の『東方の軍神』は実戦クラスの緊張感が無くては使用出来ない。その上で各化身の使用条件を満たした時のみ、一日にたった一度だけ力を使う事が出来る。

 秋人が反撃もせずに逃げ回るだけだったらどうしようと密かに心配していたが、幸か不幸か杞憂に終わったようだ。

 豪風を巻き起こす勢いで剛腕を振り下ろす青銅など脅威以外の何物でもない。その巨体と体積からは想像も出来ない程の速度で接近され、エリカとリリアナは即座に砂浜を蹴り横へと跳躍。恵那は祐理を抱えながら甘粕と共に跳び退る。

 しかし、これでは間に合わない。だから彼は皆が逃げる時間を稼ぐために前へ出る。この怪物を真っ向から迎え撃つ猛者は、力強く一歩を踏みきった。

 

「我は最強にして全ての勝利を掴む者なり。人と悪魔、全ての敵意を挫く者なり! 我は立ち塞がる全ての敵を打ち破らん!」

 

 護堂の唱える言霊が力を与える。それは尋常ならざる膂力を有する敵と対峙した時のみ行使出来る化身。その身を怪力無双の戦士へと変貌させる『雄牛』の力。

 

「輝ける黄金の角を有す牛よ、我を援けよ!」

 

 直後、真上から巨大な拳が襲い掛かる。護堂はそれを右手一本で受け切った。掌越しに伝わる重い衝撃は身体を突き抜け、直ぐ真下はクレーター状に陥没する。足腰に力を入れて踏ん張らなければ潰されてしまう程、その一撃は重く、そして――、

 

「熱ッ!?」

 

 肉を焼く臭い。激痛が思考を麻痺させる。青銅の拳は焼き入れ中の刀のように赤く発熱していた。

 

「こ、のッ! 先輩は何てもんを出しやがる!」

 

 悪態を吐く護堂だが拳から逃れる事は叶わない。一瞬でも力を抜けば直ぐに青銅は護堂を押し潰すだろう。それでも相手の膂力が強ければ強いほど剛力を生む『雄牛』の化身は拮抗状態を生み出した。

 そしてその硬直状態はエリカ達の必殺を繰り出す隙を生む。

 

「――の中心にて御身を讃え、帰依し奉る!」

「――勇士の器よ。今こそ我が手に来たれ!」

 

 それは流星の如き紅と蒼の煌めき。

 憎悪と絶望が宿った鉄槍が青銅の側頭部に炸裂し、英霊への哀悼が形となった死へと誘う弓矢が四本、その太い左足に殺到した。

『ゴルゴダの言霊』を纏い練鉄術で長槍に変化したクオレ・ディ・レオーネを投擲したエリカ。『ダヴィデの言霊』である神々を射抜く『ヨナタンの矢』を射ち込んだリリアナ。共に戦闘魔術の奥義を繰り出す大騎士の二人は、仕える主君に同時に叫ぶ。

 

「護堂!」

「今です!」

 

 その攻撃は如何に顕身とはいえ耐え切れるものではない。左右からの攻撃に大きくバランスを崩した青銅はその巨体を大きく揺らす。

 今がチャンスだ。

 

「お、らぁああああああああああーーーッ!」

 

『雄牛』の力をフルに発動した護堂は神にも勝る剛力を誇る。火傷も気にせず太い腕を両腕で掴み、一本背負い。重さ数トンの巨体は宙を舞い、海へと投げ飛ばされて轟音を奏でる。水柱を発生させ、身体の高熱が爆発的な蒸気を立ち昇らせた。

 

「護堂さん!」

「王様、大丈夫!?」

 

 荒い息を吐く護堂の元へ祐理と恵那が駆け寄った。そして護堂の怪我を祐理が確かめ、顔を顰める。護堂の両手は赤く爛れていた。カンピオーネにとっては明日中にでもほぼ完治する火傷であり、治癒の魔術を使えばそれ以上の怪我でも完治させられる。だが、それでも一般人にとっては重症であることに変わりない。

 

「うわ、凄いっ凄い! 兄ちゃん馬鹿力!」

 

 そこに掛かる無邪気な称賛の言葉。青銅の怪物――タロスは動くことなく、浅瀬に倒れたまま沈黙を保つ。集結した護堂達が見上げる先、青空を背景に悪戯好きの魔王は腕を組みながら浮かんでいた。

 

「力は合格。エリカ姉ちゃんとリリィ姉ちゃんとのコンビネーションもバッチリ。恵那姉ちゃんは祐理姉ちゃんの護衛。うんうん、なかなか良い感じ」

「わざわざ鬼の前に姿を現すなんて、随分余裕なんだな先輩。逃げなくて良いのか? ……というより逃げた方が良いと思うぞ」

 

 最後にボソッと呟いた言葉は風に溶ける。護堂はのこのこ出てきた秋人にとても綺麗な笑顔を見せているエリカ達を直視出来なかった。

 それでも彼女達の表情に気付いていないのか、秋人は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべ続ける。

 

 彼には護堂を傷付けた罪悪感など存在しない。この程度の傷ならカンピオーネの戦闘には付きものであり、負って当然。むしろ魔術も用いれば完治する火傷など怪我の内にも入らない。

 また護堂も理不尽さは感じつつも秋人に対して怒りは無かった。何故なら護堂も秋人とほぼ同じ認識だからだ。遊びや試験の意味合いが強くともカンピオーネ同士の戦い。怪我など覚悟の上。

 秋人と護堂は神をも殺害する戦人。殺し合いに慣れ過ぎた元一般人。傷付けられ、殺される事も覚悟している。戦闘者であるカンピオーネになった時から戦いへの恐怖や忌避感は麻痺していた。

 だから彼等は殺し合いに近い実戦テストの中でも笑いあえるのだ。

 

「だっていつまで経っても追って来ない兄ちゃん達が悪いんだよ。だからルール変更。時間内に捕まえられないのもアウトだけど、俺にタッチされて服を変えられた人もアウト」

「何に変える気だお前は!?」

 

 

 ――まあ、それでもだいぶ和やかで緊張感が皆無なのは否めないのだが。

 

 

「安心してよ、ちゃんと手で触れた時にしか権能は発動しないし、全員アウトになる前に俺を捕まえれば兄ちゃんの勝ちなんだから!」

 

 勝手にルールを変更した秋人は自身に残された呪力を高め、活性化させる。こういう突拍子の無い気まぐれな性格もあるからこそ、彼にはロキの権能が相応しい。

 

「目覚めよ青銅! 楽園の守護者は主の敵を断罪せん!」

 

 

 途端、再度水柱が豪快に立ち昇る。

 現れるのは青銅の人造人間。沈んでいた巨兵が復活したのだ。

 

 

「くっ、またコイツは!?」

「兄ちゃんはしばらくタロスと遊んでな! 元々兄ちゃんの相手用に出した顕身なんだから!」 

 

 その言葉通りタロスは護堂だけに突撃する。迎え撃とうとするエリカとリリアナを押し退けて前に出た護堂は、継続している『雄牛』の権能を駆使して迎え撃った。

 衝突する拳と拳は衝撃波を巻き起こす。生じた風は空を飛ぶ秋人の髪を揺らすほど、強い。

 

「……兄ちゃんって肉弾戦も出来るんだな」

 

 護堂は海に浸かりながらタロスと肉弾戦。膝下が浸かった状態で良く闘っている。祐理は護堂へ伝承に残るタロスの弱点、踝に刺さっている血を止める楔について説明してから、恵那に連れられて安全地帯まで後退。そして、

 

「――うわっ、危ないなエリカ姉ちゃん! 神殺しの呪いが掛かった武器を使うなんて本気すぎ!」

「あんな顕身をけしかけてきた悪戯坊やに言われたくないわね」

 

 エリカはいつの間にか秋人に肉薄していた。

 普段の数倍を跳ぶ事が出来る『跳躍』の魔術。

 頂点に到着してから落下を始めるまでに繰り出した刺突の数は六。しかし鼻先を掠め、前髪を数ミリ切断することは出来ても、クオレ・ディ・レオーネは秋人に決定打を与える事が出来なかった。

 カンピオーネの動体視力は大騎士の動きすらも見きってしまう。むしろ少しでも掠り傷を負わせただけエリカの卓越した技量が知れるというものだ。

 

「兄ちゃんはカンピオーネなんだからアレぐらいが丁度良い……って、にょわっ!?」

 

 秋人の言葉を遮るのは青く輝く四本の矢。眼前を通過した一本に驚き、体勢を崩しながらも続く二本を回避。しかし、それまで。最後の一本は完璧に躱しきれず、その黄金に輝く右足の靴を掠めて破損させた。

 

 ――エリカが注意を引きリリアナが仕留める。今回ばかりは彼女達も完全に協力体制を敷いていた。

 

「リリィ姉ちゃんも容赦無さ過ぎ! 顔とか完全に殺りにきてる!」

 

『空飛ぶ靴』が破損したため飛翔能力を失った秋人は頭から落下。そのまま逆さまの状態で周囲を見渡せば、そこには遠くから追撃の『ヨナタンの矢』を構えるリリアナの姿が。そして投擲用の長槍――ピルムに姿を変えた魔剣を構えるエリカの姿。

 野鳥を狙う狩人の目をしている二人に秋人は背筋を凍らせた。

 

「我が盟友は豪傑にして戦神! 声を聴きし雷は英雄の証を共有する!」

 

 そして姿を見せるのは新たな神秘。ガンマンの早撃ちの如くベルトから引き抜かれ、迫り繰る『ヨナタンの矢』目掛けて投擲されたトンカチは、その途中で黄金に輝く戦槌へ変貌する。

 打撃部分の頭部は辞書並みに大きい癖に柄は両手で握れないほど短い。酷く不格好な片手用の槌は神殺しの矢を全て粉々に打ち払い、そのまま反対方向から飛来してくるピルムすらも粉砕した。

 ジグザクで複雑な軌道を描いた戦槌はくるくる回り、黄金の軌跡を引きながら砂浜へと着地した秋人の右手に戻ってくる。

 その強烈な神性を放つ神具を、横並びに佇む騎士達は畏怖を持って見つめていた。その瞳を腹立たしさで爛々と輝かせながら。

 

「やはりあの金槌はミョルニルのための物でしたか」

「見たところ剣や槍は持っていないようね。私たち程度にはレーヴァテインやグングニルは必要無いってことかしら?」

 

 雷神トールの戦槌ミョルニル。最高神オーディンの神槍グングニルに、ロキが魔法で鍛えた魔剣レーヴァテイン。

 ミョルニルを除き、あえてその二つをチョイスしたエリカの言に、秋人は『善悪の悪戯』について情報提供がなされている事を確信した。

 

「やっぱり祐理姉ちゃん達から聞いてたんだ。この権能の限界をさ」

 

 空飛ぶ靴にレーヴァテイン。ミョルニル、グングニル、そしてスキーズブラズニル。

 これらの共通点はロキが所持し、または彼が直接ないし間接的に関わって鍛造され、ロキの手によりそれぞれの神々に献上された品々である。

 秋人がロキの伝承に則り姿を蠅や馬に変えられる様に、彼はロキと馴染みの深い神具を再現する事が出来る。反対を言えばロキと関わりの無い神具は再現する事は出来ない。ロキの手により献上――つまりミョルニルなどは一度ロキの所有物となったからこそ可能となった裏ワザだ。

 ただし、力は最高でもオリジナルと比べて半分以下にしかならず、消費する呪力も馬鹿にならない。人間や神様未満の神獣相手では十分だが、まつろわぬ神や同族が相手だと心もたないのは、まつろわぬタロスやとある華人の金剛力士像を相手にした時に身を持って思い知っている。つい先日も剣の王が有する魔剣に呆気なく輪切りにされてしまった。

 これが『善悪の悪戯』の限界だ。同時に、真骨頂でもあるのだが。

 

「必要になったら他の武器も使うよ。――ねえ、それよりもさ。恵那姉ちゃんが祐理姉ちゃんから離れないんだけど、もしかして最近『神がかり』を使った?」

 

 砕け散ったクオレ・ディ・レオーネを魔術で回収後に再び魔剣の形に戻したエリカと、その魔剣と対を成す魔剣『イル・マエストロ』を中段に構えるリリアナに、ミョルニルをぶんぶん回す秋人が尋ねる。

 神がかりは肉体への負荷が大きすぎるため、使用は最低でも週に一度。頻繁に使用すると死を招く。祐理を護るのも大事だが、パワーと爆発力に関しては護堂に次ぐ実力者の筈の恵那が、ここまで静観しているなど性格を考慮すれば余計らしくない。

 

 秋人の問いに二人は沈黙で答える。しかしそれを、秋人は認めたと判断した。

 

「なら、初めに狙うのは恵那姉ちゃんと祐理姉ちゃんの二人だ」

「させるとお思いですか? ――それと、あなたには騎士の誇りについてきちんとご教授なさらなければならないようです。どうかご覚悟を」

「坊やはこのまま私達に捕まってお説教コースに突入よ。あとは女にとって髪は命だという事を、お姉さんがたっぷり教育してあげるわ」

 

 力試しのテストではありえないほどの殺意が秋人に向けて放たれる。殺気だけなら、二人の敵意は神々やカンピオーネとなんら遜色ない。密かに女性の髪へ悪戯するのは止めようと決心する秋人だ。ロキがトールの妻であるシヴの髪を切って丸坊主にした事を再現しようものなら、きっとこの少年は明日の朝日を拝めないに違いない。

 

 見るからに冷や汗を掻いている姿を勝機と見たのか。同時に地を蹴って秋人に肉薄しようとした二人。しかしそれも、急に雰囲気を一変させた秋人の言葉に躊躇する事になった。

 

「――ねえ、賢人議会もいい加減だと思わない?」

 

 

 

 ――それは、二人が足を止めるほどの不吉を孕んだ声色だった。

 

 

 

 


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