重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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音楽の才能が本領発揮




第7話 戦場のプレイヤー

 宣戦布告より1ヶ月。

 

 各地で起こる戦争は激化の一途を辿っていた。

 

 闇の書の主ランデルス・バグライトはさらに弓皇を落とし、攻め落とした街の財産を奪い、次々と勢力を増やした。惜しみなく金をばら撒き、他次元世界から傭兵を大量に迎え入れたのだ。傭兵達も、金払いがよく、既に3皇1帝を落とし、なお勢いを増すバグライトに乗るべきと判断したのだろう。

 

 しかも、ベルカ全体の危機でありながら、依然ベルカ諸国の足並みは揃っていなかった。むしろ、この機会にこそベルカの地に覇を唱えんと、隣国同士で戦争を始める始末だった。

 

 不幸中の幸いは、皇家と帝家の警戒心が非常に高くなり、最初の時のように一気に落とされるということがなくなったことだろう。すべての一族のトップが魔力収集されていれば、直ぐにでも闇の書は発動していたに違いない。

 

 それでも、魔力を抜かれた者は数多く、闇の書のページは相当埋まっていることだろう。もう、あまり時間がないのは明白だった。

 

 もちろん、クラウスやオリヴィエも手をこまねいていたわけではない。闇の書の暴走について、その危険性を諸国に伝え、噂を流し、バグライト自身に伝わるようにした。

 

 しかし、おそらく戯言と流されたのであろう。バグライトは止まらなかった。クラウス達は、時にバグライトの軍勢を撃退し、時に諸国間の戦争に介入し止めたりもした。

 

 クラウスは、闇の書の主を殺害し、書を転移させるつもりだ。

 

 時間をかければ封殺する方法も見つかるかも知れないが、今はあまりに時間がない上ベルカは混乱している。まずはそれを平定する必要があると考えたのだ。

 

 クラウスは、他の王族が警戒心を高める中、自ら進んで居場所を公言した。自分を囮にしてバグライトを誘い出し殺害するつもりなのだ。

 

 しかし、予測に反してバグライトもヴォルケンリッターも未だ現れていなかった。

 

 イオリアも、クラウスの考えに賛成し戦場を駆け回っていた。今日も隣国の小競り合いに介入し強制的に停戦に追い込んだあと、後事を後任に任せて疲れた体を引きずってシュトゥラに戻ってきた。

 

「あ~疲れた。くそ、ヴォルケンの奴ら妙に大人しい。未だに所在が掴めないなんて。もう時間がないってのに……」

 

「こればかりは仕方ないよ、マスター。情報部の人達に期待するしかないね」

「そうですよ~、後はクラウスさんのところに来てくれれば、パパッと終わらせられるんですけどね~」

 

 思わず愚痴を零すイオリアに、肩を竦めながら言外に焦るなと伝えるミクとテト。その意が伝わったイオリアは「そうだな」と苦笑いした。

 

 イオリアは、自分が相当疲れていることに気が付いた。体力の方ではなく、精神的な疲れだ。

 

 イオリアは、既に人を殺している。初陣でのことだ。バグライト軍の撃退に出たイオリアは、犯罪者兵と相対しこれを殺害した。

 

 その時は、戦闘終了後盛大に吐いた。強靭な精神により己を見失うことはなかったが、ミクやテトがいなければ今でも悪夢くらいは見たかもしれない。

 

 それが1ヶ月の間続いているのだ。

 

 不幸体質で常に危険に晒され強靭な精神力を培ったとしても、平和主義の元日本人であることに変わりはない。それを思えば“疲れた”くらいで済んでいるその精神力は感嘆ものだろう。

 

 ……イオリアを気遣ったミクとテトが、毎晩添い寝していることも悪夢を見ない理由の一つなのだろうが。タイルあたりが知れば半日は罵りが止まらないだろう。

 

 イオリアがそんなことを思いつつ報告のためクラウスの元に向かっていると、セレスに通信が入った。着信表示は見知らぬものだ。嫌な予感がしつつ通信を受けるイオリア。

 

「はい、ルーベルスです」

「イオリア君ね?私は、アイリスの同僚のニーナと言います。落ち着いて聞いてね……アイリスがやられたわ。幸い、命に別状はな……」

 

 イオリアは、「やられたっ」と聞いた瞬間その場を飛び出した。

 

 通信を切り、アイリスのデバイスから現在地を割り出す。場所は市街の病院だ。アイリスは戦争が始まったと同時に軍に復帰したのだ。

 

 Sランクのユニゾンデバイス持ちである。当然、軍から連絡がありアイリスも了承した。ルーベルス家の面々は反対したが、「息子が戦うのに戦える私が逃げるわけには行かないでしょ?カッコ悪いじゃない?」と言って聞かなかった。

 

「マスター、どうしたんですか! 当然!」

 

 追いついてきたミクとテトにイオリアは焦燥のにじむ顔で一言返した。

 

「母さんが、やられた……」

 

 それに息を呑むミクとテト。二人も表情を引き締めて、黙って追従した。

 

 

 病院に着くと、ナースステーションで部屋を聞き猛烈な勢いで廊下を駆け抜けた。

 

 ナース達の悲鳴と怒号が響き渡る。それらをまるっと無視すると、アイリスがいると思われる病室に突入した。

 

「母さん!」

 

「うぇ? にゅわに? もぐもぐ」

 

 飛び込んだ病室では、アイリスが誰かのお見舞いであろう果物を幸せそうに口いっぱいに頬張っていた。

 

 思わず崩折れるイオリア。今回ばかりはミクとテトも崩れ落ちた。

 

「ないわぁ~、母さんマジないわぁ~」

「ママさん、流石にそれはないですよ~」

「フォローできないよ、ママさん。」

 

 三人に一斉にダメだしをされて、さすがのアイリスも狼狽える。

 

「え、な、何よ? せっかく美味しそうなの貰ったんだから、少しくらいいいじゃない!」

「いえ、アイリス、そういうことじゃないわ。イオリア君達はあなたが心配で飛んできたの。そのあなたが脳天気に果物頬張っていたから……空気読めというやつよ。まぁ、最後まで話を聞かずに飛んできたイオリア君も問題あるけどね?」

 

 そこで、初めてイオリアはアイリス以外の人間がいることに気が付いた。軍服を着た背の高い女性だ。声が同じことから先ほど連絡をくれたニーナというアイリスの同僚だろう。

 

 そのニーナに注意されて、勝手に勘違いして暴走してしまったイオリアは、若干恥ずかしそうに挨拶をした。

 

「初めまして、そっちで未だに果物貪ってる人の息子でイオリアです。こっちはミクとテト。先程は、わざわざ連絡くださりありがとうございました。それと、すいません。話の途中で切ってしまって……」

 

 イオリアの様子に、笑みを浮かべたニーナは「いいのよ」と言ったあと、席を立った。

 

「じゃあ、アイリス。私は行くわね。……これを機に養生しなさい」

「ありがと、ニーナ。面倒かけたわ」

 

 ニーナは肩を竦めると、そのまま病室を出て行った。イオリア達はベッドの近くに集まり、アイリスに容態を聞いた。

 

「母さん、大丈夫なのか? やられたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ。……それで容態は?」

 

 息子の、そしてミクとテトの心配そうな表情に苦笑いするアイリス。

 

「どうということはないわ。……ちょっと魔力抜かれて、魔導師としては終わっただけよ」

 

 さらり言われた言葉に、一瞬何を言われたのか理解できなかったイオリアだが、次の瞬間には事情を察しギリッと音がなるほど歯を食いしばった。

 

 この一ヶ月、ヴォルケンリッターを追いながら彼らを捉えることができず、その挙句大切な家族が傷ついたのだ。イオリアは悔しくて仕方がなかった。アイリスは、少し間違えば死んでいたのだ。

 

 そんな心情が手に取るようにわかったアイリスは拳を振りかぶった。

 

「断空拳」

 

「へぶぅ!?」

 

 脳天に断空拳を食らったイオリアは、涙目になりながら頭を抱え抗議の視線を向けた。

 

「イオリアがそう思う気持ちはわかるけど、やめなさい。私は自分の意志で戦場に立ち、そして敗北した。それだけのことよ。死ぬつもりはなかったから、命だけは守った。で、ここにいる。家族と再会できた。十分でしょ? イオリアが悔しがる必要はないの。あなたは、自分のすべきことをしていたんでしょ? 勝手に私を背負うのは許さないわよ?」

 

「……だからって、断空拳はないだろ。いつつ……」

 

 アイリスの言葉に「やっぱ敵わないなぁ~」と思いながら、イオリアは笑みを見せた。

 

「そういえば、リリス姉さまはどうしたんですか?」

 

「リリスなら、ライドに送ったわ。ちょっと、ムリさせ過ぎたからね。大丈夫よ、心配いらないわ。……それより、上にはもう報告したんだけど、あなた達にも教えとくわ。闇の書のページは既に600ページを超えたみたい」

 

 その情報に、イオリア達は息を飲んだ。闇の書のページは全部で666ページ。Sランク魔道士なら後2,3人くらいで埋まってしまう。

 

 表情に焦りの色をみせるイオリア。思わず「確か?」と聞いた。

 

「ええ。確かよ。抜かれているとき、これで600ページは超えるってチビッ子が言ってたもの。もうちょっと情報取れればよかったんだけど……流石にキツくて、最後に腕はやしてる奴に向けて砲撃ブチかまして逃げてきたわ」

 

「そ、そうか。まぁ、無事でよかったよ」

 

 イオリアは、600ページを超えているという点以上に、アイリスの行動に驚愕、もといドン引きした。見れば、ミクとテトの表情も心なし引きつっている。

 

 魔力抜かれながらということは、シャマルの旅の鏡に直接デバイス突っ込んで砲撃をかましたのだろう。「それって一体どこのNANOHAさん?」と、さっきとは違う意味で「やっぱり母さんには敵わない」と思うイオリアであった。

 

 

 

 

 アイリスと別れたあと、イオリア達は今度こそクラウスの元へ報告に来ていた。

 

 クラウスはアイリスの事を聞き命に別状がないことに安堵し、次いで闇の書のページが600ページを超えたことに苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

「帰ってきて直ぐで申し訳ないが、お前には直ぐに出てもらいたい」

 

 イオリアを労いつつも、クラウスはそう命じた。何事かと疑問の表情を浮かべるイオリア。

 

「国境付近の街アライアで略奪だ。近くの街ベイルにも進軍している。相当大規模らしい。略奪している方はバグライトの傭兵部隊で約200、全員魔導師だ。進軍側はほとんどが難民軍で規模は約9000、かなり強力な質量兵器を所持しているようだ。ちょうど、お前の先の任務で部隊を移動させているタイミングを狙われた。……軍が到着するにはもう暫く時間がかかる。……お前達なら、止められるだろう?」

 

 クラウスは、「それに……」と続け、

 

「奴らの動きが不自然だ。難民軍だけで移動など……おそらくこれは陽動だ。闇の書のページが600を超えたというのなら……ヤツ等、チェックをかけに来てるぞ」

 

 と自らの確信に近い推測を話した。それにイオリアも頷き、いよいよ大詰めだと気を引き締めた。

 

「了解です。直ぐにアライアに向かいます。……クラウスさんも気をつけて。いよいよ、バグライト達があなたを標的にしたのかもしれません。準備はしてるとは言え、ヴォルケンリッターは危険です」

 

「言われるまでもない。俺はベルカの覇王だぞ?必ずや、ヤツの息の根を止めてやる。ベルカの地に混乱を招いたツケを払わせてやる。……イオリア、アライアとベイルの市民を頼む。」

 

 イオリアは、クラウスの言葉に力強く頷いた。そして、ミクとテトを引き連れて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 難民軍に所属するジョシュアは、ギラギラした目でベイルの街を目指していた。

 

 彼は、本来、軍に属するような人間ではない。元は小さな商家の子供だった。

 

 ここにいるのはベルカを包む戦乱により住んでた街を焼かれ、行く宛もなく家族と共に逃げ出したことが発端だ。街の他の住民と、とりあえず隣街に必死に逃げ延び、ようやく到着したと思ったら、再び戦争に巻き込まれ逃げ出す。それの繰り返し。

 

 そうこうしている内に同じ境遇の人々がどんどん増え続け、難民キャンプが出来上がった。戦力の拮抗から戦争が停止し、一応の平和が訪れても、ジョシュア達にはあまり関係がなかった。

 

 失われたものは数多く、それらは戻ってこない。明日の糧どころか、今日の食事にも困る始末。人々の精神は荒廃し、犯罪行為は蔓延する。国からの援助はあれど、難民キャンプは一つではなく微々たるものだ。

 

 ジョシュアは憎んだ。ベルカ諸国の王達を。

 

 何がベルカの統一か。そんなことしなくとも、自分達は十分に生活できていた。それを壊しておいて、なお他国を出し抜こうと兵器開発に邁進し、自分達を蔑ろにするとは……

 

 ジョシュアを始め多くの難民は、ベルカの統一などどうでもよかった。欲しかったのは「救い」ただそれだけ。将来のより良い生活ではなく、今、腹を充たす食料。

 

 それを与えてくれたのは闇の書の主だった。

 

 別に彼に忠誠を誓ったわけではない。中にはそういう人達もいるが、少なくともジョシュアを始め多くの難民は、戦えば飯を食える、家族を飢えさせずに済む、その為だけに銃火器を手にとった。

 

 ベイルの街が見えてきた。もう少しで、また食料が手に入る。ジョシュアの銃を握る手に力が入る。

 

 その時だ、戦場に似つかわしくない音色が響いてきたのは。

 

 音楽だ。まるで、ギラついたジョシュア達の心を鎮めるように、ゆったりとしたテンポの曲が響き渡る。

 

 最初は微かに聞こえていたそれは、徐々に大きくなり今でははっきり聞こえる。周りの連中も、何事かと周囲を見回すが自分達難民軍が蠢いているだけで敵軍の姿は見えない。

 

 不意に一人が叫んだ。

 

「上だ!」

 

 一斉に上空を見上げると、遠目に三人の人影が見えた。かなりの上空にいるようだ。遠目だが、黒い服を纏った男を中心に、その両サイドに控えるように紅い髪と翠の髪の少女がいるのが見える。

 

 何より異常なのは、黒い服の男だ。その男は、その手に黄金に輝くサックスを持ち吹き鳴らしているのである。先程から響くこの音楽は、間違いなく彼の仕業だろう。

 

 指揮官の男が、鳴り響く音楽を掻き消さんばかりの怒声をあげ撃ち落とせと命じる。あまりに奇異な事態に呆然としていた難民軍の兵士は、その命令で一斉に銃口を上空に向けた。

 

 その瞬間、

 

 空から音が落ちてきた。

 

 ジョシュアには、そう表現することしかできなかった。一瞬、演奏が止まったかと思った瞬間に上空より凄まじい衝撃が降ってきたのだ。そして、それを認識した瞬間には、難民軍の中に意識を保っているものはいなかった。

 

 上空の男、イオリアは何をしたのか。

 

 答えは一つ。固有振動と共鳴を利用した超音波を放ったのだ。演奏によって固有振動を割り出しやすくし、全軍のそれを割り出したあと、脳を破壊しない程度に加減した衝撃超音波で意識を断ったのである。全力でやれば、脳髄を揺さぶり尽くすこともできる。

 

 ジョシュアは意識を失い崩れ落ちる間際に、ふと現在戦場に流れている噂を思い出した。「戦場に音楽が響くとき、それは戦いが終わる時だ」全く意味がわからない噂である。なぜ、戦場に音楽が響くのか、音楽が流れたとして、なぜ戦いが止むのか、関連性がなさすぎて誰も気にすらしてなかった。

 

 崩れ落ちながら、なるほどと妙に静かな気持ちで納得したジョシュアは意識が落ちる寸前、無意識に呟いた。

 

  

「……助けてくれ」

 

 何に対する救いを求めたのか。自分か、残してきた家族か、それとも今の境遇そのものか。きっと全部だろう。

 

 隣にいる者に意識があったとしても届かなかったであろう、その小さな呟きは、果たして、

 

「ああ、任せろ」

 

 届いた。遥か上空にいながら、イオリアの耳には確かにジョシュアの願いが届いていた。イオリアの可聴領域は既に半径1kmに達していた。その異常聴覚が確かにジョシュアの声を拾ったのだ。

 

「こちらルーベルス。ベイルに進軍中の全難民軍を無力化した。拘束と回収を頼む。……あとできれば食料を分けて欲しい。相当追い詰められているようだ。こちらはこのままアライアに向かう」

 

「……了解しました。ご武運を、騎士ルーベルス」

 

 イオリアは通信を切ると、ミクとテトに視線を向けた。二人は一つ頷くと、転移魔法を起動させた。

 

 

 

 

 

 

 アライアの街は地獄の一歩手前の状態だった。住民は避難場所に立て籠り、正規軍が駆けつけてくれるのをひたすら待っていた。そのため、略奪に遭いながらも人的被害はかなり抑えられていた。

 

 しかし、それも時間の問題だろう。おそらく、数時間も持たない。

 

 あちこちで火の手が上がり、家屋、商店から財産が傭兵たちにより略奪される。住民が立て籠っているであろう場所に傭兵達が集まり、入口を破壊しようと攻撃を加えている。

 

 魔法・物理双方に耐性があるのか今はまだ耐えられているようだが、それが破られたとき、まさにアライアの街は地獄となるだろう。ニヤついた傭兵達の表情が、そのような暗い未来を容易に想像させる。これから奪えるものを想像して愉悦に浸っているのだろう。住民の恐怖・不安は想像を絶する。

 

 アライアの上空で、そんな街の様子を確認したイオリアは、ギリッと歯を食いしばった。

 

「ゲスどもが……」

 

 怒りに震えるイオリアの握り締められた拳をミクとテトが優しく包む。

 

「まだですよ、マスター!まだ、大丈夫です!」

「そうだよ、落ち着いてマスター。ヤツ等に報いを受けさせるんでしょう?心は熱く頭は冷たく、だよ?」

 

「……そうだな。ありがとう、ミク、テト」

 

 イオリアは、ゆっくりと拳を緩め大切なパートナー達に笑みを見せ、次の瞬間にはその瞳に鋭さを宿した。

 

「遠慮も容赦も一切無用だ。奪うことに快楽を見出すヤツを、俺は人間とは認めない。……殲滅する!」

 

 そう宣言したイオリアは、セレスをヴァイオリンモードで展開した。ミクとテトも、それぞれ武器を取り出す。それは、ライド達が単独近接戦闘が可能な二人に用意した特殊なアームドデバイスだ。演算能力などはミク達本人が行うので一切搭載しておらず、ただ頑丈さと一定種類の武器に変更が可能というだけのもの。しかし、ミク達の規格外の力に完璧に応えられる傑作だ。

 

 ミクは、展開した刀:無月を左手に持ち右手を柄に添えた。テトは、大型二丁拳銃:アルテを両手に展開し、両腕をクロスさせて構えた。

 

 そして、再び戦場に音楽が響き渡る。ヴァイオリンの細やかで伸びのある音色がアライアの街に降り注ぐ。

 

 その音色を聞いた傭兵達は訝しげに辺りを見回し、やがて上空にいるイオリア達に気づいた。戦場のド真ん中でヴァイオリンを演奏するイオリアにバカを見る視線を向けたあと、その傍らに佇むミクとテトに視線を向け下卑た笑みを浮かべた。

 

 

「おい! あのバカを殺せ! 女二人は、なるべく傷つけるなよ? なかなか……上玉だ。あ~、やっぱり男も殺すな。いろいろ使えそうだ、クックッ」

 

 傭兵達の部隊長らしき男が、部下にそう命じる。何を想像しているのか、その顔は醜く歪んでおり、これから起こることを想像して悦に入っているようだ。周りの部下も大差ない。

 

 4人の傭兵が、その男の命令に従い飛行魔法を起動し、一気にイオリア達に接近した。接近しながらイオリアに魔力弾を放つ。数は12発。一応、男の命令に従い威力は抑えているようだ。それでも、当たれば重傷を負うだろう。あくまで当たればだが……

 

 ドパンッ

 

 戦場に一発の銃声が響き渡る。それは、テトの魔弾が発射された音だ。通常の射撃魔法だけでなく圧縮した魔力を爆発させることで物理的に弾速を上げるテトの通常技である。

 

 その射撃音が響いた瞬間、傭兵達の放った魔力弾は全弾(・・)消滅した。

 

「なっ!?」

 

 突出していた傭兵の一人が驚愕に目を見開き思わずその場に停止した。次の瞬間、ミクの姿がヴォッという音と共に消え、4人の傭兵達の後方に現れた。納刀途中の刀をチンッという子気味いい音と共に納める。

 

 そして、4人の傭兵は身体を上下に分断され血しぶきを上げながら落ちていった。

 

 降り注ぐ仲間だったものに、呆然と固まる傭兵達。部隊長の男は戦慄した。

 

(あ、ありえないっ! 何も、何も見えなかったっ!!)

 

 そう、彼らの中にミクとテトの行動を認識できたものはいなかった。最初のテトの銃撃。一発の銃声で12発の敵弾を全弾迎撃したのは、何ということはない。ただ速く撃っただけ。

 

――銃技 クイックドロウ

 

 左右の銃から各6発ずつ早撃ちしただけである。その射撃速度が速すぎて、銃声が一発にしか聞こえなかったのである。

 

 ミクに至ってはさらにシンプル。抜刀術からの抜き打ち4連撃である。

 

 あり得べからざる光景に、未だ硬直する傭兵達だったが、ドシャという仲間だったのものの落下音と共に我に返った。

 

「こ、殺せ!! ヤツ等を殺せ!!」

 

 引き攣り裏返った声で、そう命じる部隊長の男。その顔には、もはや最初の頃のニヤついた笑みはなく、とにかく目の前の理解できない脅威を排除しようという焦燥と恐怖が張り付いていた。

 

 男は歴戦の傭兵だ。数多の戦場を生き抜いてきた。彼我の実力差を見る目は一級品だ。強い者の尻馬に乗り、常に退路を確保し、勝てないと判断すれば迷いなく逃走してきた。

 

 もし、ミクとテトの初手が手加減したものなら、理解できる範疇の強さなら、男は退却の命令を出せただろう。

 

 しかし、ミク達は遠慮・容赦をしなかった。それはイオリアにそう言われたからというのもあるが、ミク達自身、容赦をする気が全くなかった。

 

 ここ1ヶ月ほど、戦場を駆け回り、バグライト軍傭兵部隊の非道さは嫌というほど理解させられたことも影響している。

 

 そう、男が選択を間違えた原因は、単に、ミク達を怒らせすぎたことだ。

 

 部隊長の命令に、恐怖を吹き飛ばさんと雄叫びを上げながら次々と攻撃を仕掛ける傭兵達。

 

 本気の魔力弾が殺到し、傭兵が突撃する。

 

 しかし、魔力弾はテトの魔弾で相殺され、さらに敵弾の隙間を縫うように傭兵達の眉間・心臓を打ち抜いてゆく。

 

 回避しようにも、回避した場所に動きを先読みされて撃ち込まれ、シールドを張っても、いつの間に用意したのか多重弾殻形成された弾丸がシールドを食い破って撃ち抜ぬいていく。

 

――ヴァリアブルショットB

 

 本来はAMFのようなフィールドを中和・突破するミッド式の魔法を改良してバリアを中和・突破するバリアブレイクさせる銃技。まさに、回避不能・防御不能の銃技だ。

 

 テトは、ガン=カタにより次々と体位を変えながら傭兵達を撃ち落としていく。

 

 突撃してきた傭兵は、ミクが高速機動により姿を霞ませながら次々と切り捨てる。大剣型デバイスを振りかざした者を抜刀術で切り捨て、その後ろで待ち構えていた槍使いを身体を捻りながら避け、回転の遠心力を利用し通り抜けざまに切り捨てる。

 

――エセ飛天御剣流 龍巻閃 

 

 シールドを利用した足場や飛行魔法による制動を使いトップスピードからゼロ、ゼロからトップスピードと緩急をつけながら傭兵達の隙間を縫うように移動し、ついでとばかりに切り捨てる。

 

 瞬く間に、最初に突撃した20人があの世へと旅立つことになった。

 

 部隊長の男は、顔を引き攣らせながら、なんとか状況を打開しようと必死で周囲を見渡し頭を捻る。そして、未だに戦場に似つかわしくない旋律を奏でるイオリアに注目し、ニヤリと口元を歪めた。

 

(あの男、この期に及んでまだ演奏してやがる。おそらく、アイツは後方支援特化の魔導師。あの演奏で女二人を強化してやがるに違いない。それなら、あの異常な戦闘力も頷ける。実際、女はアイツを守るように立ち回っている。なら……)

 

 部隊長の男は、そこまで推測すると騒ぎを聞き付けて駆けつけた部下達に命じた。

 

「あの男だ! あの男を狙え! ヤツの支援が切れれば、そんな女二人くらいどうってことはない。全員で一斉にかかれ!」

 

 男の命令を聞き、イオリアを殺そうと傭兵たちが殺到する。その数は100人以上。アライアを襲った傭兵部隊の半数にのぼる。

 

 その様子を見たイオリアはフンと鼻で笑った。

 

「まぁ、ある意味、間違ってはないがな……」

 

 そう呟いた次の瞬間、傭兵達が一斉に落ちた。

 

 落ちた時の衝撃はバリアジャケットのおかげで吸収されたのかそれで死ぬものはいなかったが、誰ひとりとして立ち上がれる者はいなかった。

 

 全員、頭を抱え呻きながら地面をのたうち回る。それどころか、突撃しなかった部隊長の男を含め街にいる傭兵の全てが同じように地面をのたうち回っている。嘔吐している者。白目を向いて気絶している者も多数いる。

 

「お前等の音は全て掌握した。俺の旋律に酔いしれながら逝け」

 

 イオリアがしたのは、超低周波音による音波攻撃である。ヴァイオリンの演奏により音の反響を増大させ、街にいる傭兵の所在をひとり残らず把握し、指向性を持たせて超低周波音を聞かせ続けたのだ。

 

 この時、なぜサックスによる衝撃超音波を放たなかったのか。

 

 それは、サックスによる衝撃超音波では、街の住人に被害が出たかもしれないからだ。

 

 住人の中には当然赤ん坊や小さな子供もいる。サックスでも指向性は持たせることはできるが、ヴァイオリンに比べると繊細さに欠く。鍛えられた傭兵用の衝撃超音波を出して、万一効果範囲に住人が入ればタダでは済まない。そのため、確実性を求めヴァイオリンによる超低周波音攻撃を選択したのだ。

 

 人体は、超低周波音を聴き続けると、酷い酩酊感・頭痛・吐き気を感じる。これにより、傭兵全員の動きを封殺した。

 

 その様子を見て、イオリアは無表情を装う。これからすることに微塵でも揺らがないように。

 

「ミク、テト。傭兵どもの所在地データを転送した。マーク順に止めを刺す。合わせてくれ」

 

 ミクとテトは、無言で、一度だけそっとイオリアに触れ、少し距離を取り片腕を前に突き出した。

 

「「「刃以て、血に染めよ。穿て、ブラディーダガー!」」」

 

 詠唱が響くとともに、総計189本の血の色をした短剣がイオリア達の周りに展開する。

 

――自動誘導型高速射撃魔法 ブラッディーダガー 

 

 未だ立ち上がれない全傭兵をロックオンし、そして……放たれた。

 

 イオリアは無言・無表情で、一人残らず息絶えた傭兵達を上空から見つめた。自分の意思が貫いた結果を忘れぬように。

 

 ミクとテトも何も言わなかった。ただ、静かに隣に寄り添った。ここで何かを言うことは、それがどんな言葉であれ、イオリアの意志に対する侮辱になるからだ。イオリアは言い訳をしないし、させもしない。だからこそ、ただ無言で傍に寄り添った。

 

 やがてイオリアは、再びヴァイオリンを構えると静かに奏でだした。生前どれだけの外道を働こうと、死ねば皆ただの人間だ。戦いが終わり静寂に包まれるアライアの空で鎮魂の旋律が響き渡る。

 

 

 

 

 

 アライアの住人は、籠城した建物のなかで、戦いの音が止んだことに気づいた。それでも、しばらく息を殺していると、やがてヴァイオリンの旋律が聞こえ出した。その音色は、哀感を漂わせながらも、旅路の安穏を願うような、そんな響きを持っていた。

 

 住人達は顔を見合わせ互いに頷くと、外の様子を伺うため扉の封を解いた。

 

 外に出た住民達が見たのは、倒れふす傭兵たちと、空に佇み静かにヴァイオリンを奏でる男と、その傍に寄り添う少女二人。その光景は、アライアに響く音楽と合わさり、決して邪魔をしてはいけない神聖さを感じさせた。

 

 一人の老人が呟いた。

 

「ああ……神よ……」

 

 それは、危機的状況から脱した安堵からか、それとも鎮魂の旋律を奏でる者への感想か。わからない。だが、少なくない人々が、老人と似たような感情を抱いていた。

 

 鎮魂の曲を奏でていると、イオリアは、不意にゾクッと悪寒を感じ咄嗟に叫んだ。

 

「回避!!」

 

 ミクとテトは、瞬時に従い、その場を飛び退く。その瞬間、今までイオリアがいた場所に突如腕が生え、ミクとテトがいた場所を赤い尾を引く鉄球が通り過ぎた。なお二人を追尾する鉄球を、ミクは切り裂き、テトは撃墜した。

 

 辺りを見回すと、攻撃を避けられたことが意外だったのが、無表情ながらも驚きが垣間見える表情を見せる3人の人影が見えた。

 

 イオリアは、その姿を見て目を見開き呟いた。

 

「……ヴォルケンリッター」

 

 そう、そこにいたのは闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターだった。

 

 




いかがでしたか?

イオリアの攻性音楽は人外の域に達しています。
某砂漠の星の殺人音楽家以上をイメージしてます。
効果説明は・・・まぁ、細かいところはスルーでお願いします。

さて、今回イオリアは不殺と殺しを分けました。
作中にある通り、イオリアには敵か否かを判断する基準を持たせています。
しかし、人間である以上迷うこともあり、絶対的な基準ではありません。
今回はこういう形で戦いましたが、これから先間違えることもあるかもしれません。
其の辺の葛藤とか足掻きとかも表現できれば、そして楽しんで頂ければと思います。

次回は、遂に登場するヴォルケンリッターとの戦いです。

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