重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第50話 本物と紛い物 中編

 

「ぉお!?」

 

 伊織を狙ったヘラクレスが、エヴァに合気の技で投げ飛ばされて、その巨体を宙に舞わせた。見た目、華奢な金髪少女に片手で吹っ飛ばされたことに、思わず驚愕の声を上げながら、遠く離れた場所の地面に背中から叩きつけられる。

 

 

 地響きが擬似京都の町に響き渡った。しかし、ヘラクレスの特徴は、その異常なまでの防御力と攻撃力。単純に、頑丈で膂力が並外れているのだ。故に、そのダメージは皆無。それを証明するように、ヘラクレスは喜悦に顔を歪めながら立ち上がった。

 

「おいおいおい、投げ飛ばされたのなんて何年ぶりだぁ? ちっこいのにやるじゃねぇか嬢ちゃんよぉ」

「口に聞き方に気をつけろ、坊や。いや、自称英雄くんとでも呼んだ方がいいか?」

「……あぁ?」

 

 ヘラクレスの軽口に、エヴァ節が炸裂する。悪い笑みを浮かべながら悠然と歩み寄ってくるエヴァに、ヘラクレスは剣呑な眼差しと恫喝するような声で返した。更に、その身から爆発的にオーラが噴き上がる。流石は英雄ヘラクレスの子孫。そのポテンシャルは常軌を逸している。

 

 しかし、そんなヘラクレスの雰囲気に“自称(・・)悪の魔法使い”であるエヴァが動じる事などあるはずがなく、更に意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「どうやら見た目通り鈍いようだな。自称英雄くん? 話せば話す程、程度の低さが露呈するぞ? と忠告してやっているのだよ」

「死ね」

 

 悪者全開! エヴァは、ノリノリで辛辣な言葉を投げつける。実を言うと、英雄派が各地で起こすテロのせいで伊織と過ごす時間が少なくなった事に、かなり腹を立てていたりするのだ。

 

 そんなエヴァの物言いに即行でキレたヘラクレスは、踏み込んだ地面を粉砕する勢いで飛び出し、一瞬でエヴァに肉薄した。そして、その巌のような拳を何の躊躇いもなくエヴァの顔面目掛けて振り抜いた。

 

 と、思った瞬間、

 

「っあ!?」

「学習能力のない奴だ」

 

 ヘラクレスの視界が反転する。再び拳擊をいなされた挙句、一瞬で関節を取られて地面に叩きつけられたのだ。

 

「そんなに力技が好きなら味わわせてやろう」

 

 エヴァは足元でひっくり返りながら目を白黒させているヘラクレスの頭部に、真祖の吸血鬼としての絶大な膂力と【硬】、更に伊織から習った覇王流【断空拳】の複合拳擊を瓦割りのように美しいフォームで打ち下ろした。

 

「――ッ!?」

 

 言葉にならない絶叫と共に、ヘラクレスの頭部を中心にして地面が放射状に砕けて小規模なクレーターが作られた。エヴァの小さな拳が突き刺さったヘラクレスの額が割れてブシュ! と血が噴き出している。

 

「ほれ、寝ていては直ぐに終わってしまうぞ?」

「くそがぁああああ!!」

 

 唇の端を吊り上げてあくどい笑みを浮かべるエヴァの言葉に、ヘラクレスが激高する。そして雄叫びと共に跳ね起きながら拳を振り回した。

 

 再度、転ばせてやろうとその手を伸ばしたエヴァ。が、その直前で神器発動の気配を感じ取り逡巡する。しかし、それも一瞬、ニヤリと笑いながら、ヘラクレスの思惑通りに掴み取る。その瞬間、

 

ドバァアン!!

 

 眩い閃光と共にエヴァの腕が爆発した。ヘラクレスは、更に地面にも拳を叩きつけ、同じように強烈な爆破を発生させ、その衝撃で一気にエヴァから距離を取る。砂塵が舞う中で、不意に吹いた風がエヴァの無残な姿をあらわにした。

 

「ハッハッハッー、どうよ、嬢ちゃん。調子に乗ってるから、そうなっちまうんだぜ? 英雄様を舐めすぎって話だ」

 

 ヘラクレスの一撃を受けたエヴァの右腕は肘から先が吹き飛んで無くなっていた。攻撃と同時にその箇所を爆破する能力を持つヘラクレスの神器【巨人の悪戯】が原因である。

 

 肘から先は完全に爆砕されたようでどこにも見当たらない。そんなエヴァの姿を見て、自分を虚仮にした少女が泣き叫んで許しを乞う姿を期待したのかニヤニヤした笑みを浮かべるヘラクレス。

 

 しかし、その笑みは直ぐに訝しげなものに変わっていく。エヴァがクツクツと愉快そうに笑っていたからだ。

 

「気でも触れちまったか?」

「いやいや、そうではない。お前が滑稽でならないだけさ」

 

 右腕を失いながら、それでも小馬鹿にしたような笑みを浮かべるエヴァに、ヘラクレスの額に青筋が浮かぶ。怒りによって更にオーラが膨れ上がった。

 

「どうやら右腕だけじゃなく、左腕も吹っ飛ばされてぇみたいだなぁ。いや、体の端から少しずつ爆破してやるのもいいか。てめぇが、もう殺してくれと懇願するまで嬲ってやるよ」

「ふっはははーー! よりによって嬲ると来たか……ここまで来れば、滑稽を通り越して哀れだな。自称英雄くんではなく、電波くんと呼んだ方がいいかもしれん」

「てめぇ……」

 

 怒り心頭で一歩を踏み出したヘラクレスに、エヴァはニヤッと笑うと、肘から先のない右腕を水平に掲げた。訝しげに眉を潜めるヘラクレス。そんな彼の前で、無くなったはずのエヴァの右腕が一瞬にして再生した。

 

「なっ!? 冗談だろ!? なんで……【聖母の微笑】か? だが、あれに“再生”出来るほどの能力はなかったはずだろ! 禁手なら可能性はあるが、そんな気配は微塵もねぇ! 一体何をしやがった!」

「よく吠える奴だ。私が吸血鬼であるという情報くらい手にしているのだろう? 私は、正真正銘の不老不死さ。自分の体であれば、消失した腕を再生するくらい訳ないこと。神器を使うまでもない」

「有り得ねぇだろ! 吸血鬼は確かに不老不死だが、そんな再生力はねぇ! 単に外見が変わらず、寿命で死なねぇってだけだ! そんな、そんな力……」

 

 有り得ない生き物を見るような目で動揺をあらわにするヘラクレス。無理もない。堕天使の総督クラスですら欠損した体の部位を瞬時再生することなど出来はしないのだ。そんなヘラクレスに、エヴァは揶揄するように告げる。

 

「どうした自称英雄。お前達は、私のような化け物を討つ事こそ命題としているのだろう? 少し予想を越えたくらいで何を狼狽えているのだ。さっさとかかってこんか。ああ、出し惜しみなどするなよ? 面倒だ。最初から全力でやらねば――直ぐ終わらせるぞ?」

「っ……調子こいてんじゃねぇぞ! そんなに死にてぇなら見せてやるよぉ! こいつが俺の禁手だぁあああああ!!」

 

 エヴァの挑発に、ヘラクレスが雄叫びを上げる。それと同時に、彼の体が隆起し、いたるところからミサイルのような突起物を生やし始めた。いや、それは“ような”ではなく、正しくミサイルだった。

 

「いけぇええええ!!」

 

 ヘラクレスの怒号と共に、一斉に放たれたおびただしい数のミサイル。攻撃した場所を爆破する【巨人の悪戯】――その禁手を【超人による悪意の波動】といい、その効果がこのミサイル群なのだ。当たれば上級レベルの超常の存在と言えどただでは済まない。

 

 そんな幾百のミサイル群が、エヴァを逃さないように包囲しながら四方八方から迫る。

 

「ふん、“魔法の射手 連弾 闇の199矢”」

 

 対して、エヴァはと言うと一瞬でミサイルを上回る量の【魔法の矢】を発動する。そして、狙い違わず全てのミサイルに直撃させていった。どんな威力があろうと、追尾性能のため回避が難かしかろうと、到達する前に誘爆させれば問題ないだろうと言わんばかりである。

 

 そして、その狙いは正しかった。空を覆ったミサイルの群れは空中で【魔法の矢】により誘爆させられ盛大な爆炎の花を咲かせた。空間全体が激震し壮絶な爆風が吹き荒れる。周囲の家屋が纏めて吹き飛び粉塵が濃霧のように視界を閉ざした。

 

「おらぁあああ!!」

 

 そんな中、粉塵からボバッ! と音をさせて飛び出してきたヘラクレスは、全身からミサイルを乱射しながらエヴァのいた場所へ豪腕を振り下ろした。

 

 しかし、

 

「いねぇ! どこいった!?」

「勘も鈍いようだな。脳筋め」

 

 エヴァの姿を探すヘラクレスの影からぬるりとエヴァが姿を見せ、その手に展開した【断罪の剣】を容赦なく振り抜いた。咄嗟に防御姿勢をとったヘラクレスだったが、それは悪手だ。なぜなら【断罪の剣】は物質を強制的に気体へと相転移させる防御至難の剣なのから。

 

「ッぐぁああ!?」

「狙ったわけではないが、意趣返しになってしまったな」

 

 エヴァの言葉通り、ヘラクレスは先程のエヴァのように右腕を斬り飛ばされ肘から先を失っていた。呟くエヴァにヘラクレスは苦悶の表情を浮かべながらもミサイルを発射する。

 

 エヴァは、ミサイルをかわして一瞬で上空へ上がると、眼下からミサイルを発射しようとしているヘラクレスに向けて指をタクトのように振るった。

 

 途端、突然足が跳ね上がり盛大に転倒するヘラクレス。彼の頭上には大量の“?”マークが飛び交っている事だろう。更に、起き上がろうとして、自分で自分の顔面を殴り、足を絡めさせて再び倒れ込んだ。

 

「ちくしょう! なんだってんだ!」

 

 悪態を吐きながら、正体不明ではあるものの、エヴァが何かをしているのは間違いないと察したヘラクレスは、自分ごと周囲一帯を吹き飛ばすつもりミサイルをぶっ放した。

 

 ヘラクレスを中心に激烈な爆炎が上がり、その目論見通りエヴァの糸――念能力【人形師】の神経に直接介入して対象を操る能力が途切れる。

 

 爆炎の中から、ところどころ煤けたヘラクレスが現れる。その眼には何度も転ばされるという屈辱的な事実に対する溢れんばかりの怒気と殺意が迸っていた。上空から女王のように地面に這いつくばるヘラクレスを睥睨するエヴァに、沸点を完全に通り過ぎたヘラクレスは、懐から注射器を取り出した。

 

 そして、それを躊躇いなく己の首筋に打ち込む。ジークフリートが使ったのと同じドーピング剤だ。只でさえ巨体を誇るヘラクレスの肉体が脈動と共に肥大化していく。既にその体長は五メートルを優に超えており、突出するミサイルの山も今や剣山のようになっている。見た目は、伊織の魔獣ドーマウスのようだ。能力までそっくりであり、単純な威力だけなら同等以上だろう。それは、ヘラクレスの纏う尋常でない禍々しいオーラから察する事が出来る。

 

「ゲゴガッア、テメェハ、跡形もなくケシトバしてヤル」

 

 魔人ヘラクレスが血走った眼をギョロギョロと動かしながら、奇怪なイントネーションでエヴァに殺意の言葉を投げつける。

 

 そんなヘラクレスを見て、エヴァは失笑した。変わり果てた姿に笑いを堪える事が出来なかったのだ。

 

「そんなだから、お前は自称英雄だというのだ。どこまでも滑稽な奴め」

「このチカラをミテ、マダそんなことがイエンのかァ!!」

 

 ヘラクレスから絶大な威力を秘めたミサイルが発射される。エヴァは自らミサイル群に突っ込むように【虚空瞬動】を発動すると自分に当たるものだけ集束型【魔法の矢】で迎撃し、一気にヘラクレスの懐へと肉薄した。

 

 そして、人外の膂力で再び殴りつけてやろうとしたところで、その手を引っ込めて距離をとった。そんなエヴァの動きに、ヘラクレスの凶相が嫌らしく歪む。

 

「ヨォく気がついたナァ。俺ニ触れれバ、それでアウトだゼェ!」

 

 ヘラクレスの言う通り、彼の体は今や全身が武器庫であり、その肉体は爆発反応装甲のようなものだった。触れるだけで相手を爆破する。離れてもミサイルで爆撃される。接近戦で殴られれば、その膂力と爆破力で粉微塵。まさに、無敵状態。

 

 これでエヴァには為す術もないと確信しているのか、ヘラクレスの中の残虐性が咆哮を上げる。

 

「理解デキたカヨぉ? これが英雄ノチカらだァ」

 

 しかし、一見絶望的とも思えるその状況を前にして、エヴァは、ヘラクレスの攻撃を捌きながら詰まらなさそうに溜息を吐いた。

 

「英雄というのはな。名乗るものではなく呼ばれるものであり、行為ではなく結果を指して言うのだ」

「ア゛ァ゛!?」

 

 突然、語り始めたエヴァに、ヘラクレスが攻撃しながら怒鳴り返す。エヴァは、まるで独り言のように言葉を紡いだ。

 

「超常の存在を倒したからではなく、困難を乗り越えたからでもなく、誰かの救いであったから称賛を向けられる。その称賛の形が“英雄”という称号なのだ。そこに力の強弱は関係ない。やり遂げた事の大きさも関係がないのだよ」

「ナニ、わけのワカラネぇことをゴチャごちゃと!」

「わからないか……そうだろうな。ただ超常の存在を打倒したいだけのお前達は、誰の救いにもなれない。お前達の世界には、どこまでもお前達しかいないから己の滑稽さに気が付くことも出来ない。“負けたくない”だけで、“負けられない”戦いなどした事がないから、言葉にも力にも“重み”がない」

「ダマッテぇシネぇええ!!」

 

 いくらミサイルを撃っても、いくら一撃で全てを粉砕する拳を振るっても、どんな攻撃をしても、掠りもしない己の攻撃に、魔人ヘラクレスは焦れたように雄叫びを上げる。そして、同じ英雄派の仲間を巻き込む事も辞さないような周囲一帯を全て破壊するようなオーラを練り上げ始めた。

 

 このまま際限のないミサイル群を無差別に放たれれば、擬似京都はもちろんのこと、外の世界にも影響が出るかも知れない。しかし、そんな事は、やはりどうでもいいのだろう。きっと、最終的には英雄派の仲間すらどうでもいいのかも知れない。

 

 今にも放たれようとしている絶大な殲滅の力を前に、しかし、エヴァは哀れな者を見るような眼差しを向けたまま右腕を静かに掲げた。

 

「吹けば飛ぶような軽いお前が、本物の英雄を知る私に、そんなあいつに寄り添うと決めた私に……勝てるわけないだろう?――“解放 【えいえんのひょうが】”」

 

 直後、350フィート四方を絶対零度の凍獄領域に変える氷系最上級魔法が発動する。魔導の理も取り入れて更に効果の上がった広域殲滅魔法は、回避も防御も許さず一瞬で魔人ヘラクレスを捉えた。

 

「げガァ、ナンダぁこれハァ!?」

「英雄どころか“人間”にすら成れなかった愚か者。生き永らえる事が出来たなら、己を省みてみるがいい。自称英雄の滑稽さに気が付くことが出来れば、あるいは正道へ戻れるかもな。――“解放 【こおるせかい】”」

「チクショウ!! 俺ハ! 俺はっ!!」

 

 ビキビキッと音を立てて白く染まっていくヘラクレスは、最後に空に手を伸ばした。それは一体、何を掴もうとしたのか。誰にもわからぬまま、次の瞬間には巨大な氷柱の中で、その意識を闇に落とした。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あ~、もうっ、鬱陶しいわね!」

 

 倒壊する家屋の轟音の中に、そんな悪態が響いた。その声の主はジャンヌダルク。神器【聖剣創造】の使い手だ。舞い上がる粉塵を振り払い飛び出したジャンヌは、足元から聞こえたチュイン! という音に頬を引き攣らせながら咄嗟に身を捻る。

 

 直後、下方からジャンヌの頬を掠って一発の弾丸が空へと抜けた。と、思った次の瞬間には、そこへ飛来した別の弾丸と衝突し、弾かれた弾丸が正確にジャンヌを狙い撃つ。

 

「ッ!? このっ!」

 

 横っ飛びで回避しながら二発目の弾丸が飛んできた射線上に視線を向けるジャンヌだったが、まるでジャンヌが飛び退く場所が分かっていたかのように、四方から、地面や家屋の壁に跳弾した弾丸が彼女を狙って飛んで来た。

 

 それを、創り出した聖剣の二刀流で弾くジャンヌ。その顔には紛れもない苛立ちが含まれていた。先程から、狙撃手の姿は見えず、神業とも言うべき銃技を以て一方的に撃たれ続けているのである。

 

「っ! いい加減に、出てきなさいよ! 腰抜け!」

「腰抜けは酷いな。ちょっとした嫌がらせじゃないか。ボクなりの挨拶だよ」

 

 出てくる事は期待していなかったジャンヌの思わずといった怒声に、意外にも狙撃手――テトの返事があった。

 

 二丁のリボルバー式銃型アームドデバイス“アルテ”をだらんと両手に下げたまま悠然と歩み寄ってくる。その口元には微笑すら浮かんでいた。その緊張感皆無な上に余裕たっぷりな態度に、ジャンヌの額は自然青筋を浮かべる。

 

「あら、いいの? こそこそ隠れて狙撃していれば、時間くらいは稼げたかもしれないのに」

 

 苛立ちを胸にジャンヌはその口から毒を吐く。

 

「時間稼ぎ? 君如きに? 何の冗談だい? さっきのはただの嫌がらせだって言ったじゃないか」

 

 それに対して、手元のアルテをくるくるとガンスピンさせながら、にこやかに毒を吐き返すテト。

 

「嫌がらせねぇ? 私とあなたって初対面だったと思うのだけど?」

「ボクはね。でもボクの知り合いは君の事をよく知っているよ。何せ、君に大切な人を奪われてしまったんだから」

 

 テト達が協会を経由してテロが起きている場所へ東奔西走していたおり、当然、神器所有者と出会う事は多々あった。そして、友人になった事もある。それ以前に、“東雲”はその筋では有名なので、神器所有者の知り合いは多いのだ。

 

 その中には、英雄派にやられてしまった者も多い。いくらテト達が強くても、体に限りがある以上、全てを守りきることは難しいのだ。知り合いの中には、今も病院で意識が戻らない者もいれば、洗脳されてテロに加担し他勢力に討たれてしまった者もいる。

 

 そんな知り合い達の事を思うと、テトは意趣返しの一つでもしなければ気がすまなかったのだ。

 

「あっそ。それで、出て来たって事は気は済んだわけかしら?」

「まさか。君を直接、お仕置きしに来ただけさ。いつまでも駄々こねてる子供にきつ~いお仕置きをね」

 

 テトの言葉に、ジャンヌはイラっと来たようで口元をヒクつかせると何の前触れもなくテトの足元から聖剣の剣山を生やした。

 

 しかし、それを読んでいたのか、一瞬早く、テトは地面をトンと足先でノックした。途端、足元の地面がうねり螺旋を描くように流動する。その為、生えてきた聖剣の群れはその切っ先をあらぬ方向に向けてしまい、テトには一本も届かない。アーティファクト【賢者の指輪】の能力である。

 

 ジャンヌは舌打ちをしつつ切り込もうと足に力を溜める。

 

 その瞬間、呼吸を読んだようにテトが先に踏み込んだ。ヴォ! と音をさせて刹那の内にジャンヌの懐へ侵入すると右のアルテをジャンヌの顎先に、左のアルテを腹部に添えて発砲する。

 

「くっ!」

 

 思わず声を漏らしながら首を振り、半身になってかわそうとするジャンヌ。が、いつの間にか、隆起した地面が足元を拘束しており、思うように動けず半ば被弾してしまった。顎先を襲う衝撃が脳を揺さぶり、腹部を掠めた弾丸が胃液を押し上げる。

 

 ジャンヌは、地面から雷属性を付加した聖剣を作り出し無差別に放出させた。同時に自分の手に持つ聖剣には耐雷属性を付加する。至近距離で盛大に咲いた雷華にテトは再び高速機動を発動して距離を取りながら、置き土産とばかりに魔力弾を放っておく。

 

 その魔力弾を、定まらない焦点でどうにか捉えながら切り裂いたジャンヌに、爆発の衝撃が襲う。【バーストショット】という、着弾と同時に爆発する魔力弾である。

 

 ジャンヌは、その衝撃に大きく仰け反りながらも足元に生やした聖剣に破壊属性を付けて足の拘束を解いた。そして、ゴロゴロと自ら転がりながら衝撃を逃がし、どうにか立ち上がる。

 

 そこへ息もつかせぬ追撃。瞬間移動じみた速度でジャンヌの側面からこめかみに銃口を押し当てたテトが引き金を引く。今度は、ジャンヌも反応して頭を反らしながら、右の聖剣を横薙ぎに振る。

 

 テトは、その聖剣を銃口で受け止めると即座に発砲。衝撃で聖剣が明後日の方向へと弾き飛ばされるが、ジャンヌはその衝撃を利用して一回転すると左の聖剣を逆袈裟に振り下ろし、同時にテトの背後から破壊属性の聖剣を、足元から氷属性の聖剣を生やした。

 

 テトは、その背後と足元のニ擊をかわしつつ、撃発の反動を利用して逆袈裟の一撃も回避した。そして、回転しながら足元に銃弾を撃ち込み、跳弾を利用して下方からジャンヌを狙う。

 

 その弾丸を右手の聖剣で両断するジャンヌだったが、続く左手の聖剣に襲い来た衝撃と直後に走った肩への激痛に、その端正な顔を盛大に歪めた。

 

 テトは、最初の跳弾の銃声に紛れ込ませて同時にもう一発放っていたのだ。その弾丸は、かわしたばかりの左手の聖剣の剣腹に当たって跳弾しジャンヌの肩を穿ったのである。

 

 ジャンヌは堪らず、光属性の聖剣から強烈な閃光を迸らせた。目晦ましにより一時、距離をおこうとしたのだ。通常の人間であれば、どれだけ訓練しても眼前で許容量を越えた閃光が爆発すれば意思とは関係なく身が竦むものだ。しかし、テトはユニゾンデバイス。視覚から入る光量を調整することなど造作もない。

 

 故に、その場を飛び退いたジャンヌの額にまるでホーミングでもしているかのようにピッタリと銃口が付いてきた。ジャンヌに合わせてテトが銃口を突きつけたまま移動したのだ。ただそれだけの事ではあるが、ジャンヌからすれば閃光の前後で全く相対距離が変わっていないという奇怪な現象でしかない。

 

「なっ!?」

 

 なので、そんな間抜けな声を出すのも仕方のない事だろう。直後、容赦なくアルテの引き金が引かれる。

 

ドパンッ!!

 

「――っ!?」

 

 それでもジャンヌは常人離れした反射神経で辛うじてその一撃を避けた。もっとも完全にとは行かず、その額を魔力弾によって抉られ盛大に血を噴き出したが。

 

 ジャンヌは苦し紛れに、テトの背後から数本の聖剣を飛ばした。飛翔効果を持たせた聖剣だ。しかし、やはりテトには届かない。背後を振り返る事もせず、手首の返しだけで背後に向けた銃口から連続して弾丸が飛び出し、一発も狙い違わず剣腹を穿って半ばからへし折ってしまった。

 

 ジャンヌは、どれだけ動いてもピッタリとくっついたまま離れず、超至近距離で神業のような銃技を繰り出し続けるテトに対して、徐々に畏怖に似た感情を覚え始めた。その刻一刻と膨れ上がる嫌な感情は、叫びとなって発露する。

 

「何なのよ、何だって言うのよ! あなた、本当に人間なの!? 私は英雄の子孫なのよ!? どうして、その私が、こんなっ!!」

「君は、引けない戦いをした事がないんだろうね。いつもどこかで、“最悪逃げればいい”って考えてる。だから、踏み込むべきときに踏み込めない。リスクを背負って一歩を踏み出す事が出来ない」

「そんなの当然でしょ! こっちは弱い弱い人間なのよ。リスクを極力減らして、退路を確保して、万全を期して超常を倒す。当たり前の事じゃない!」

 

 聖剣の軌跡と魔弾の閃光が交差する中で、ジャンヌの主張にテトがやれやれと呆れた表情をしながら更にギアを上げた。

 

「ッ!?」

「“掴むに値するものはリスクの先にある”ボクの家族の言葉だよ。リスクを背負おうとしない君は、何も掴めやしない。いや、君は掴み取りたいものがないんだろうね。大切なものが何もないから、平気で他者の大切を奪えるし、己を賭ける事も出来ない。所詮は、感情を持て余した子供の駄々というわけだ」

「あ、あんたに! あんたに何がわかるのよ! 好き勝手言ってくれるわね!」

 

 ジャンヌは苛立たしげにテトを睨むと、離れないテトへの苦肉の策として自爆覚悟で聖剣の剣山を盛大に咲かせた。自分すら傷つける密度の剣山に、テトは咄嗟にジャンヌの頭上へと飛び上がる。

 

「禁手!」

 

 その一瞬の隙に、ジャンヌは禁手化を果たす。おびただしい数の聖剣が一気に生み出され、それが集まり形を作っていく。瞬く間に出来上がったそれは聖剣で作られた竜だった。更に、その聖剣の竜がテトに咆哮を上げ無数の閃光を飛ばしている間に、ジャンヌは注射器を取り出して首筋に打ち込んだ。

 

 魔人化の薬を即行で使ったのは、ただの禁手化くらいでは未だ本気でないテトに負けるかもしれないと考えたからだ。曹操やゲオルグがどうにかするまで、【絶霧】の空間から逃げられない以上、最悪、ゲオルグが八坂の対抗術を破るまで時間を稼ぎつつ逃げなければならない。

 

 無理をしてまで勝とうとする必要はないのだ。背負うものなど何もないのだから、また好きな時に、好きなように挑戦すればいい。いつか打倒する為に、あらゆる手段を選ばず。英雄の血を受け継いで生まれただけ(・・)の自分は、そういう生き方しか知らないのだから。

 

 魔人化を果たしたジャンヌは、内から溢れる全能感に、これならテトにも負けないと半ば確信した。その姿は、聖剣で作られた蛇女ラミアのようで、先の二人のように禍々しいオーラを放ちながら、聖剣で作られた蛇の下半身がとぐろを巻いている。

 

「遂に、人間まで止めちゃうんだね。討つべき存在に、自らなってどうするんだい?」

「ウルサイわね。超常の存在ニ挑むノハ楽しイケレど、全ては生キテいてコそよ。その為ナラシュンダンは選んデイられないノヨ」

 

 テトはもはや言葉もなく、血走った目で辛うじて理性を保っている様子のジャンヌに対して深い溜息を吐いた。

 

「そんナタイドをとってイラれるのモ今のウチよ。直ぐニ八つ裂キにしてアゲる」

「その汚いオーラに酔っているみたいだね……うん、君のような子には、ボクも神器を使うのがいいかな。見せてあげるよ。ボクの禁手を」

 

 テトは、そういうと、残像すら残さない超速で不規則に突っ込んできた魔人ジャンヌを静かに見据えた。

 

 そして、魔人ジャンヌがテトまで後一歩というところまで来たところで、魔人ジャンヌの真下に巨大な八卦図が燦然と輝きながら出現した。

 

――禁手 創世される十天界の絶陣

 

「ナッ!? これはっ――」

 

 光が世界を純白に塗りつぶす。思わず目を閉じた魔人ジャンヌが、次に目を開いた時、そこは模倣京都の擬似空間ではなく、まるで銀河を見下ろす宇宙空間のような場所だった。

 

「ようこそ、ボクの世界へ」

「ッ!? これが、あなたの禁手? ゲオルグと同じ結界系というのは知っていたけれど……知っているわよ。サイラオーグは自力で脱出したって。魔力のない無能が簡単に脱出できるレベル。魔人化した私にはッ!? え、え? どうして?」

 

 どうやら悪魔側から情報が漏れていたようで、サイラオーグが数分で突破した事も知られているようだ。しかし、余裕の表情でペラペラと口を回していたジャンヌは、そこで漸く己の姿に気がついて混乱したように言葉を零した。

 

「気が付くのが遅くないかな?」

「どういうこと!? どうして、どうして、私の魔人化が解けているのよ!」

 

 そう、いつの間にか、ジャンヌの魔人化が解けていたのだ。それどころか、禁手も解けているようだった。あるのは、手に持った神器そのものである細身の聖剣のみ。

 

 何をしたのかと詰問しながら、再び禁手を発動しようとしたジャンヌは、今度こそ愕然とする。手に持った神器である聖剣が、うんともすんとも言わないのだ。返ってくるのは、ただ硬質な柄の手触りのみ。禁手どころか、通常の聖剣創造すら発動しない。

 

「ここは、そういう空間だからね。【創世される十天界の絶陣】――その効果は、あらゆる異能を打ち消す、だよ。この空間では、神器だけじゃなくて、魔力や気といったエネルギーも外部に放出された時点で無効化される。まぁ、体内で身体強化に用いるくらいなら問題ないよ」

「そ、そんなデタラメな能力があるわけないじゃない!! そんなの、ゲオルグの【絶霧】だって……」

 

 狼狽えながら聖剣を構えるジャンヌに、同じく実弾(・・)装備のアルテを引っさげたテトがゆっくり歩み寄る。

 

「少し前に、アザゼルさんに話す機会があってね。その時、アザゼルさんは、こう言ってたよ。“可能性としては考えていたが、まさか本当に十四番目以降の神滅具をこの目で見ることになるとはな”ってね」

「堕天使の総督が……神滅具と……認定した? ハハッ、冗談でしょう?」

「わかっているよね。同格の神器だとするなら、この世界は君のドーピングまでした禁手を無効化する事なんて出来はしないよ」

 

 テトのこれ以上ない証明の言葉に、ジャンヌから乾いた笑いが漏れ出す。

 

「それじゃあ、純粋に……互いの武技で決着を付けようか」

 

 それがジャンヌの聞いたテトの最後の言葉。

 

 数分後、結界が解かれた後には、白目を向いて倒れ伏すジャンヌの姿があった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

テトの禁手……前にも書いたかもですが、十絶陣は原作とは違う部分も多いです。そんな中、禁手レベルなら、これくらいかなぁと。物理勝負しか出来ないので神滅具と言っても過言ではない、はず。ミクの禁手も考えているのは大概です。

感想有難うございます。
誤字報告も助かりました。有難うございます。
あと、蓮については……一応、わざとだったりします

明日も18時更新の予定です。長そうなので二つに分けるかも

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