重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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まず、最初にお礼を。
感想にて温かなお言葉を下さり有難うございました。
作者本位の作品にもかかわらず、待っていてくれた人、一緒に楽しんでくれている人が多いようで嬉しい限りです。
本来なら、感想欄にて返信を一つずつ書くべきなのでしょうが、オリジナル小説の方も書かねばならないので時間的に厳しく、この場を借りて感謝を伝えさせて頂きます。
基本的に、セリフなどがクサイ作品なので読む人を選びそうな作品ですが、「うわぁ~」とか思いつつ、楽しんで貰えれば嬉しいです。


第29話 異世界からの退魔師

 

 時刻は深夜に少しばかり届かぬ頃。まだらな雲が、ちょうど十六夜の月を覆い隠している。一寸先すら閉ざされた真っ暗闇の森の中、荒い呼吸音と草木を掻き分け踏みしめる音が響いた。

 

「はぁはぁ……くそがっ、一体、アイツ等は何者なのだっ」

 

 そんな悪態を吐きながら、必死に手足を動かし焦燥と痛みに顔を顰めて、それでも夜闇など関係ないかのように猛スピードで駆けているのは一人の男だった。

 

 光源一つ持たず、およそ人間には不可能な速度で生い茂る夜の森を駆け抜けるその姿は異常の一言だ。それもその筈。彼は人間ではなかった。むしろ、人間が恐れるべき存在だった。

 

――悪魔

 

 それが彼の正体。人間の心の隙間に漬け込み、誘惑し、堕落させ、破滅させる邪悪の権化。契約の対価に魂を喰らうとされる化け物。人知の及ばぬ超常の存在。

 

 だが、そんな恐るべき悪魔の男は、現在、余りに哀れな姿だった。悪魔の象徴たる背中の翼は、片方が無残に斬り裂かれ、もう片方も付け根から折れ曲がっている。手足にもあちこちに銃創のような穴を空けてだらだら血を流しており、鳩尾の辺りは拳大の形に陥没してしまっている。

 

 満身創痍。超常の存在には余りに似つかわしくない姿だった。そして、それが決して演技や何らかの想定内の事情から来ているものでない事は彼の表情が何より雄弁に物語っていた。そう、彼は襲撃を受けて“敗北”し、悪魔にあるまじき“逃亡”を余儀なくされているのだ。

 

「くっ……せめて街中に逃げ込むことが出来れば……この屈辱、決して忘れんぞっ。人間風情(・・・・)がっ!」

 

 悪魔の表情が追い詰められたものから、憤怒に変わっていく。森の先に僅かな光が見えたからだろう。それは文明の光。森を抜けた先の町明かりだ。まさか、追っ手も街中――特に繁華街で殺し合いに興じたりはしないだろうという予測が、少し心の余裕を取り戻させたのだ。

 

 悪魔の男は、全く速度を落とすことなく一気に森から飛び出した。着地した足の裏には硬いアスファルトの感触。右を向けばちょうど走って来た自動車のヘッドライトが見えた。道路は町へと続いているので、その自動車も町中に入るはずだ。そう考えた悪魔は、魔法により姿を周囲に同化させ、運転手に気づかせず人外の身体能力でそのまま自動車の屋根に飛び乗った。

 

 

 

 

 繁華街には、夜遅くにも関わらず未だ多くの人々が出歩いていた。客引きや酔っぱらいのサラリーマン、派手派手しい衣装に身を包む若者達で賑わっている。そんな中、ボロボロの格好をした悪魔の男の姿は、誰が見ても奇異に映るはずなのだが、気にする者は誰もいない。

 

 それは、現代特有の他者への無関心からくるものではなく、そもそもその存在に気がついていない事が原因のようだった。もし気がついているのなら、片足を引きずり、腕を抑えながら憎悪と憤怒に表情を歪める悪魔の恐ろしい姿に平然としていられるわけがないのだ。原因は言わずもがな、悪魔の男が行使している認識阻害の魔法の効果だ。

 

「……人間どもが……脳天気に阿呆面晒しおって……」

 

 最初は、街中に入ったあと傷を癒し、人間の中に紛れ込むことで逃げ切ろうと考えていた悪魔だったが、周囲の人間の陽気な雰囲気に苛立ちを募らせていき、しまいには憂さ晴らしとして皆殺しにしてやろうかと危険な思考になりつつあった。

 

「クククッ、案外悪くないか……私を逃したせいで無関係の人間が死ぬ。中々、良い意趣返しになりそうだ」

 

 血走った目で凶悪に口元を裂く悪魔。追っ手達の悲痛に歪む表情を想像して舌舐りする。そして、狂的な雰囲気で、正面から千鳥足で歩いて来たサラリーマンをくびり殺そうと手を伸ばした。

 

 その瞬間、

 

――封時結界

 

 そんな呟きと共に、世界が切り取られた。

 

「んなっ、こ、これは……まさか……」

 

 どこか色褪せ、周囲のから一切の人間が消えたゴーストタウンのような街の中で、一人ポツンと取り残された悪魔は驚愕の表情をあらわにしながら必死に周囲を探る。そんな彼に再び声がかかった。随分と若い声音、しかし、決して無視の出来ない“重さ”を感じさせる声音だ。

 

「はぐれ悪魔ルタール。酔っぱらいに八つ当たりか? Aランクの討伐対象と聞いていたが、それにしては少々、やる事がせこ過ぎだろう」

「き、貴様ぁ!」

 

 バッと音をさせて振り向いたルタールと呼ばれたはぐれ悪魔の視線の先で、不意に景色が歪んだかと思うと、そこから十二、三歳くらいの少年が現れた。

 

 凪いだ水面を思わせる静かな瞳。幼さを残しながらも精悍さが垣間見られる顔。見た目年齢に似合わない落ち着いた雰囲気。それらが相まって、どこか大樹を思わせる。ある意味、はぐれ悪魔よりも異質な少年だった。

 

 ルタールは、その表情を憎悪に歪めつつも、どこか臆したかのように一歩後退った。それは、脳裏に森の中での手痛い敗北が過ぎったからだ。

 

 少年は、はぐれ悪魔のような存在を討滅することを使命とする、いわゆる退魔師と言われる人種であり、人の身でありながら超常の存在に牙を剥き、市井の人々の守護を生業とする者だ。

 

 はぐれ悪魔とは、強力な力に溺れて主の悪魔を殺し、人間側、悪魔側双方にとってお尋ね者となった悪魔を指し、ルタールもこれに当たる。はぐれ悪魔は、その危険度によってランク分けされ、Aランクともなれば、並みの術師では太刀打ち出来ない力があるのだが、信じられないことに、眼前の少年は、そのルタールを歯牙にも掛けていなかった。

 

 そして、それは少年に限らなかった。

 

「まぁ、所詮は力に溺れた小物だ。発想が矮小なのは仕方あるまい」

「ケケケ、ナンデモイイカラ斬ラセロヨ」

 

 ルタールが頬に冷や汗を流しながら右側に視線を向ける。そこからは少年と同じように空間を揺らめかせながら金髪碧眼の美少女が現れた。その傍らには、グルカナイフをブンブンと振り回す、瞳孔開きっぱなしのキリングドールの姿もある。

 

「厄介な置き土産のせいで到着が遅れましたけど、間に合って良かったです。マスター、さっさと引導を渡しちゃいましょう」

 

 ルタールの頬が引き攣る。今度は左側から片手に刀を持った翠髪ツインテールの少女が相当腹に据え兼ねているのか据わった眼をしながら現れた。威嚇のつもりか、刀の鍔をチンチンと鳴らしている。

 

 ルタールは、包囲されるのを恐れて咄嗟に後ろに下がろうとした。しかし、視線を向けた瞬間、その表情が蒼白になっていく。

 

「逃すと思ったかい? 既に詰みだよ。ただ欲望のまま無関係の人々を嬲って来た君に未来はない」

 

 紅髪巻き毛のツインテールを揺らしながら、両手に大型拳銃を持った少女が眼を剣呑に細めて、そこにいたからだ。

 

「何なんだ、一体、何だというのだ! 私は、Aランク…いや、Sランクの評価を受けてもおかしくない悪魔だぞ! 上級悪魔相手でもそうそう遅れは取らない強者だっ! それが、なぜ貴様等のような下賤なッ!?」

 

 ルタールが恐慌に陥ったかのように喚き散らし始めた。ルタールの自身に対する評価は的を射ている。実際、Sランクの評価に改めようという動きもあったのだ。断じて、人間の、ただの術者に手も足も出ない等いうことは有り得ない。

 

 そんな有り得ない現実を否定するように、血走った眼で暴走とも言うべき無差別な魔法を発動しようとする。それが為されれば、半径数百メートルが粉微塵に吹き飛ぶことは魔力量からして明らかだ。

 

 だが、絶叫じみた罵倒と共に放たれようとした魔法は中断を余儀なくされた。

 

「詰みだと言われたのが聞こえなかったのか?」

 

 そんな言葉と共に、いつの間にか、本当にいつの間にか、少年がルタールの眼前にいたからだ。全くの知覚外。上級悪魔に匹敵するスペックを誇るルタールを以てして全く認識が出来なかった。

 

 戦慄の表情をするルタール。咄嗟に飛び退ろうとしたが、その動きは余りに遅い。これまた認識できぬままに、いつの間にか鳩尾に触れていた少年の拳が大砲のような轟音を発しながら突き出された。

 

「ガハッァ!?」

 

 衝撃が背中から突き抜け、衣服が弾け飛ぶ。表情が苦悶に歪んだ。

 

――陸奥圓明流 虎砲

 

 ゼロ距離から全身の力を一点に絞って対象を穿つ打撃技だ。

 

 遅れてルタールの口から大量の血が吐き出された。実のところ、ルタールが【虎砲】を喰らうのは本日二度目。既に彼の内臓は、悪魔の強靭な肉体をもってしてもボロボロだった。

 

 逃げなければ……反撃しなければ……せめて防御を……ルタールの脳裏に次手が巡るが、その意思に反して膝は勝手に折れ、体は崩れ落ちていく。意識は今に彼方へと飛んできそうだ。

 

 少年の眼前に跪く形になったルタールだったが、その瞳に憎悪の影は既にない。あるのは、己の命がどうしようもなく脅かされている事による恐怖だけだ。その恐怖を、更に、三方からカウントダウンのように迫る足音が助長する。

 

「終わりだ、ルタール」

 

 その言葉に、ルタールの理性は崩壊した。

 

「あ、あ、ぁああああ!」

 

 奇声を発しながら、先程練り上げて中断させられた魔力を半ば無意識に使って飛び上がる。体は動かなくとも魔力そのものを動かして少しでも得体の知れない少年達から離れようとする。

 

 直上へと、まるで月が発する魔性の輝きに救いを求めるように手を伸ばしながら飛翔するルタールだったが……その手を別の輝きが捕えた。

 

――捕縛魔法 レストリクトロック

 

 濃紺色に輝く光のリングがルタールの手足に嵌まり空間に固定する。

 

「あぁあああ!! ぁああああ!!」

 

 パニックを起こしたように我武者羅に体を揺するルタールだったが、その程度で破られる拘束ではない。必死に拘束を解こうともがくルタールは、下方に集まる膨大な魔力に今度こそ、その表情を絶望に染め上げた。

 

「お前が、ただ快楽の為に殺めてきた人々の魂の輝きだと思え」

 

 呟くような声量にも関わらず、やけに明瞭に響き渡ったその少年の言葉。その腰だめ構えた右手には、渦巻きながら濃紺色の輝きを刻一刻と増していく魔力の塊があった。その魔力量は上級悪魔のそれに匹敵する。疲弊し、拘束された状態で無防備に受ければ、その末路は明々白々だ。

 

「――――っ!!」

 

 声にならない絶叫。

 

 次の瞬間、それは放たれた。

 

――直射型砲撃魔法 ディバインバスター

 

 濃紺色の魔力の奔流が、空を切り裂き夜天へと駆け上る。それはもう、砲撃というより魔力の“壁”と称すべきもの。ルタールの視界が濃紺一色に染まり、そして――閃光は、そのまま全てを呑み込んで突き抜けた。

 

 砲撃は、封時結界を震わせつつ徐々にその規模を縮小していき、やがて糸のように細くなって、そのまま虚空へと溶け込むように消えていった。

 

 後には何も残っていない。最初からそうであったかのように、静かで無機質な結界内の空が広がっている。

 

 残心する撃ち手に、可憐な少女達の声がかかった。

 

「お疲れ様です、マスター」

「お疲れ、マスター。討伐依頼は、相変わらず気分の悪いものが多いね」

「ふん、この程度なら全員で出てくる必要もなかったな」

「伊織ヨォ。一人デ殺ッチマウ何テズリージャネェカ~」

 

 そんな彼女達に苦笑いする少年、言わずもがな東雲伊織は、バリアジャケットを解きながら返答した。

 

「お前等もお疲れさん。まぁ、テトの言う通り胸糞悪いが、これで奴の被害者はもう出ないと思えば悪くない。それに、悪魔なんて超常の存在の力は未だ把握しきれてないからなぁ……堕天使やら天使やら妖怪やらもいるらしいし、この世界で単独戦闘はできる限り避けるべきだろう。それが例え、無敵の吸血姫様でも、一人で相対させたくないよ、俺は。あと、チャチャゼロ、お前はもう少し自重しろ」

 

 伊織の言葉を聞いて、ミクとテトは肩を竦め、エヴァは少し気恥ずかしそうに頬を染めた。チャチャゼロは「ケケケ」だ。

 

「それにしても、ゴキブリを大量に召喚されたときは焦りましたね~。私、未だに悪寒が止まらないです」

「ああ、ある意味、今までで最低最悪の討伐対象だったな」

 

 顔を顰めて腕を摩るミクに、伊織のみならずテトやエヴァも顔を顰めた。

 

 森の中でルタールを追い詰めたはいいが、切羽詰まったルタールは大量の食人ゴキブリを召喚したのだ。一匹一匹は大したこと無いのだが、数が凄まじい上に、やはり生理的嫌悪感までは如何ともし難く、隙を突かれてまんまと逃亡されてしまい、街中に逃げ込んだところで【結界魔法:封時結界】で隔離し討伐したというわけだ。

 

「はぁ、思い出させるな、ミク。それより、さっさと帰って風呂に入ろう」

「エヴァちゃんに賛成。それに、御祖母様の事だから、きっと待ってくれてるよ? 早く帰らないと」

「ああ、ばあちゃんな……待ってなくていいって言ってるんだけどな」

 

 東雲ホームの母にして祖母、東雲依子を思い、伊織達は揃って困ったように微笑み合った。何度言っても、伊織達を含めホームの子達の帰りが遅い時は寝ずに待っているのだ。既に七十代に突入しており、無理をしないで欲しいと皆思っているのだが、曰く、“お帰り”を言うのが生き甲斐なのだそうで、ちっとも言うことを聞いてくれないのである。なので、自然、ホームの子達の帰り足は早くなる。

 

 伊織は、【封時結界】を解き、喧騒の戻った街中のストリートから転移魔法が使えそうな路地を探しつつ、三歳のあの日、記憶を取り戻してから中学入学を控えた現在までの事に思いを巡らせた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 伊織が全ての記憶を取り戻し、依子に事情説明とミク達を紹介した翌日、東雲ホームは大騒ぎになった。

 

 何せ、朝、寝ぼけ眼を擦りながら食堂に集まってみれば、文字通り、目の覚めるような美少女が三人も鎮座しており、自分達の末の弟とやたら親密な様子で微笑み合っているのだ。しかも、昏倒していたはずの当の弟は、昨日までの舌っ足らずが嘘のように滑らかに喋り、受け答えも大人のように理性的で知的なのだ。

 

 この辺りで、全員が自分の頬を叩き始めるというカルトじみた事態が発生した。夢と現実の区別を付けようとしたのだろう。

 

 その後、「どうなってんのぉ~!!」と騒ぎ出した彼等に依子の一喝が落ち、朝食を食べながら事情説明がなされた。伊織の前世の話と転生の話である。

 

 この辺りで、全員が遠い目をし始めた。まるでメッカに祈りを捧げるイスラム教徒のようだった。きっと、末の弟が精神的には百五十歳の最年長と知り、現実逃避せずにはいられなかったのだろう。

 

 更に、ミク達が前世から特殊な方法で連れてきた伊織のお嫁さん達であり人間でないことも告げられた。今後は、伊織の嫁という立場で東雲ホームの一員になるという付録付きで。

 

 この辺りで、男子達は嫉妬から伊織をもみくちゃにし始め、女子陣はミク達に対して小姑と化した。どうやら伊織の精神年齢はスルーすることにしたらしい。細けぇこたぁいいんだよぉ!! の精神である。

 

 伊織自身、東雲伊織として、兄姉達の末の弟としての扱いを望んでいたので受け入れてもらえたのは嬉しいことだった。

 

 ただ、ここで疑問が生じるのは、いくらなんでも簡単に受け入れすぎではないかという点だ。荒唐無稽にも程がある話を、まるで有り得ない事ではないと知っている(・・・・・)かのような態度。異常事態、怪奇現象、そういったものに慣れや耐性でもあるかのようだ。

 

 それもその筈。何と、この東雲ホーム、通常の児童養護施設と異なり、いわゆる異能を持つ子供(・・・・・・・)を保護するための特殊養護施設だったのだ。伊織が時々疑問に思っていた、兄、姉の奇々怪々な言動の数々は彼等の異能故だったというわけである。一般人から生まれて受け入れてもらえなかった捨て子や諸事情により保護者を失った子達が集まっているわけだ。

 

 依子曰く、この世界には、そういったオカルト的な力が一般人には秘匿される形で存在しているらしい。先天的な能力、後天的に修行などによって身に付ける術、そして神器(セイクリッド・ギア)と言われる【聖書の神】が作ったシステムの担い手など……

 

 そして、存在についても、人間だけでなく、天使や悪魔、堕天使、妖怪など御伽噺や神話に出てくる存在が現実にいるらしい。

 

 そう、何を隠そう、伊織が転生したこの世界は、“ハイスクールD×D”の世界なのである。

 

 もっとも、伊織は“斎藤伊織”だった頃、“ハイスクールD×D”を読んだことがなかった為、その内容を全く知らない。もし知っていればパワーインフレを起こしまくっているこの世界のあれこれに冷や汗が止まらなかったに違いない。

 

 そんな双方にとって驚愕すべき話のあと、伊織の精神年齢が子供のそれではなくなったことから、ホームの子達がいないときを狙って依子から伊織の両親のことが伝えられた。

 

 東雲崇矢と静香。それが今世における伊織の両親の名だ。どうやら二人も、この東雲ホームの出身だったらしく、二人して退魔師の道に進んだらしい。

 

 ちなみに、東雲ホームは退魔師を取り纏めている国の機関、通称“協会”の援助を受けており、依子も日本で並ぶ者なしと言われている占術師らしい。この東雲ホームで保護されたからといって、必ずしも宮仕えしなくてはならないということはない。力の制御を学び、一人立ち出来るようになれば進路は自分で決められる。もちろん、協会としては有能な子は是非とも欲しいのだろうが、無理強いは依子が許さない。依子には、それを罷り通すだけの力があるようだ。

 

 そういうわけで、伊織の両親は、自分の意志で退魔師の道を選んだわけだが……伊織を産んで直ぐの頃、とある任務を受けることになり、赤ん坊の伊織を依子に預けたまま帰らぬ人となってしまったという。どうやら任務の果て、何者かに殺害されてしまったようだ。具体的な事は今尚不明らしい。

 

 伊織が現在、ルタールを討伐したように退魔師となったのは、写真でしか知らない両親の死の真相を調べるためという理由からでもあるのだ。退魔師同士の繋がりや、依頼を受けているうちに何らかの手がかりが掴めるのではないかと考えている。

 

 ミク達と共に小学校に通いながら(ミク達は形態変化や幻術でプチ化して通っている)、通常は、最低でも十六歳からでないと退魔師登録は出来ないところ、伊織はミク達と共に十歳という異例の若さで登録を済ませた。その辺も紆余曲折あったのだが……それはまた別の話。

 

 この小学校時代、音楽の才能を遺憾無く発揮し、百数十年の研鑽を積んだエヴァも加えてバンド演奏して来た伊織達は、実は結構な有名人だったりする。顔出しはNGではあるが、とある芸能事務所に所属してCDを出していたりするのだ。もっとも、退魔師を目指していた伊織にとってバンド活動はあくまで趣味の範疇なので、それほど活発に活動していたわけではないが。

 

 さて、伊織達自身、知らないだけで漫画とかにありそうな世界だよな~、厄介事に巻き込まれそうだよな~と感じていた通り、ハイスクールD×Dの世界に転生した彼等に何もないわけがなかった。

 

 その明らかにトラブルの種になりそうなものは、伊織の体の中にあった。伊織にも神器が宿っていたのである。伊織だけでなく、ミクやテト、エヴァ、チャチャゼロの全員にいつの間にか宿っていたのだが、ヤバイのは伊織の神器だった。

 

――神滅具 魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)

 

 使い方によっては文字通り、神をも滅することの出来る世界に十三しかない神器の一つだ。しかも神滅具の中でも上位とされているのものである。

 

 「これ何だろう?」と、意図せず生み出してしまった黒い獣を連れて依子に尋ねに行った伊織は、この時始めて、依子の引き攣り顔を見た。最高峰の占術師である依子の霊視は、一目で伊織の神器を看破したのである。

 

 伊織も、依子から自分の神器の正体を知らされ、足元に擦り寄る黒い獣に引き攣った笑みを向けた。“貴方、人間でありながら神様殺せる十三人の内の一人ですよ”と八歳の時に言われてしまったようなものだ。トラブルを呼び込まないわけがない。というか既に盛大な原作ブレイクをしている。レオナルド君、ごめんなさい、だ。

 

 その辺の事情は知らないものの、厄介なことに変わりはないので、この時、伊織は自身の神滅具を全力で隠す事を心に誓った。怪しげな連中から「一緒に、神様殺っちゃおうぜ☆」「ちょっとテロちゃおうぜ!」なんて誘われるなど堪ったものではない。

 

 ちなみに、ミク達の神器は以下の通りだ。

 

ミク

【如意羽衣】

羽衣型の神器。一度包み込む事で望んだ通りに対象を変化させることができる。性格や癖などもある程度模倣可能。

 

テト

【十絶陣】

八卦図の描かれた古びた布型神器。相手に触れる事で発動し、構築された陣の中へ引き摺り込む。八卦と陰陽図に陣が秘められており十種類ある。習熟度によって順次使える陣が増えていく。

 

エヴァ

聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)

ブレスレッド型神器。細い銀の鎖にノコギリソウの花があしらわれている。対象の損壊を修復する。有機物、無機物を問わない。

 

チャチャゼロ

六魂幡(りくこんはん)

見窄らしい黒いマント型神器。どこまでも広がり、またどこまでも縮小化する。強靭な防御力と包み込んだものを圧壊させる能力がある。

 

 相変わらず、どいつもこいつもチートである。そして、エヴァ以外、どこぞのパオ○イを彷彿とさせる神器だ。禁手化したら一体どうなるのか……本家本元を超えるかもしれない。また、伊織達は知らないことだが、エヴァの神器も、実はもう一人担い手がいるのだが、その人物の【聖母の微笑】とは微妙に異なっている。きっと禁手も……

 

 自分達の神器を把握したミク達は、神滅具の魔獣を傍らに神に祈りを捧げるかのようなポーズで隠蔽を誓う伊織を見ながら、きっと、無駄な誓いになるのだろうなぁ~と生暖かい眼差しを向けていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「おい、伊織。何をボーとしている? そこの路地で転移するぞ。早く来い」

「ん? ああ、悪い、エヴァ。今回も、神器使わずに済んで良かったなぁ~と思ってな」

 

 回想から現実に意識を戻した伊織が、良かったというように吐息を零した。それを見て、エヴァが呆れたような眼差しを向ける。

 

「時間の問題だろうに。お前が平穏無事な人生など送れるはずないだろう? 毎回憂慮するくらいならパーと使ってしまえ」

「無茶言うなよ。そりゃあ、儚い願望だという自覚はあるけど……この世界にはリアルに神やら魔王やらがいるんだぞ? 慎重にもなるって」

「そこまで心配するほどか、私は疑問だがな。実際、さっきの愚物は、上級悪魔クラスだろう? それでも私達の内、誰が相対しても負けはない。慎重になる気持ちはわからんでもないが、いざという時に出し惜しみをするような癖は付けるなよ?」

 

 エヴァから忠告が入る。それに、伊織はどこか優しげな眼差しを向けながらしっかりと頷いた。一見、楽観的に過ぎるようなエヴァの言葉が、伊織を心から心配するが故のものだと伝わったからだ。

 

 エヴァの方も、気持ちが伝わっていることがわかるのか、伊織の温かな眼差しを受けて、ほんのり頬を染めている。

 

「ふふ、エヴァちゃん、ほっぺが赤くなってますよ~。もうっ、何年経っても初々しいんですから」

「ほんとにね。ボクまでドキドキしちゃうよ。エヴァちゃん、可愛すぎ」

「ケケケ、御主人ハ永遠ノ乙女ダモンナ~」

 

 からかい混じりのミク達の言葉に、エヴァがウガー! と吠えたてる。何百年経とうが、弄られキャラの立場改善は成功していないのだ。

 

 そんなエヴァを宥めながら、伊織は、何時まで経っても聡明で可愛らしく、それでいて言葉でも行動でも伊織に心を届けてくれる彼女に一言、礼を述べた。

 

「いつも、ありがとな、エヴァ」

 

 それにピクンッと反応するエヴァの返答はいつも決まっている。前世で伊織が死ぬ間際まで、何百回と繰り返えした遣り取りだ。

 

「……私はお前の妻だからな」

 

 どこまでも付いていくし、支えてやる。言外に伝わる心。誇らしげで、極上に幸せそうな微笑みを浮かべながらの言葉。伊織の笑みも益々深くなる。そんな伊織の眼差しが微笑ましげにエヴァを見ているミク達に向く。

 

「ミク、テト、チャチャゼロも、な」

「えへへ、同じく、妻ですからね」

「ふふ、うん、妻だからね」

「ケケ、妻ジャネェガ、マァ、家族ダカラナ」

 

 同じく、いつも心を砕いてくれるミク達に礼を述べる伊織に、ミクとテトはエヴァと同じ答えを、チャチャゼロは家族として、気負いのない、されど溢れんばかりの感情を篭めた言葉を返した。

 

 そんな温かな雰囲気に包まれる伊織達は、転移魔法を行使して一気に東雲ホームに帰り着く。案の定、待ち受けていた依子から“お帰り”の言葉を頂戴し、“ただいま”の言葉を返した。

 

 いつもなら、そこで少し話をしたあと、直ぐに疲れを癒しに行くのだが、今日は何やら依子から話があるらしい。“協会”からの依頼のようだ。それもかなり急ぎの。

 

「ごめんやで、お仕事終わったばっかりで疲れとるやろうけど、一応、急ぎの用件みたいでなぁ。今の内に目を通すだけ通しておいてくれるやろか」

 

 申し訳なさそうな依子。手渡された協会の印が押されている封筒の封(一種の式神で秘匿性が高い)は破られていない。つまり、依子は内容を知らないということ。そして、普段の依子なら、いくら協会が急ぎと言っても、上級悪魔と戦ってきたばかりの伊織に急かすように内容の確認を求めたりはしない。自然、導き出される答えは、依子の霊視が“そうした方がいい”と告げているということだ。

 

「ばあちゃん、気にしないで。特に、疲れてはいないから。それより、占術を?」

「占術はしてへんよ。ただな、何となく伊織にとって大事になるって、そんな気がするんよ。それにな、伊織の助けを必要としている子がいるって、そんな気もするんよ」

「そうか……そういう事なら無視は出来ないな。俺の魂に賭けて」

「そうやね~。伊織は、生まれ変わっても騎士さんやもんね~。せやから、早めに伝えておいた方がええって感じたんやろうね。助けを求めている人を助けられへんことが、伊織にとって一番辛いことやろうから、私の霊視も反応したんかもしれへんな」

 

 依子の霊視がいくら強力といっても、占術なしで勝手に、遠く離れた誰かの為に働いたりはしない。勝手に霊視が降りてくる場合とは、依子にとって大切な者――縁(えにし)の深い者に何かが迫っている時だ。

 

 ならばきっと、彼女の言う通り、急がなければ伊織は、自らに助けを求める者を救えなくなるのかもしれない。

 

 伊織は、手元の封筒を真剣な眼で見つめると一気に封を解いた。

 

 そして、内容を速読して、一つ頷くと顔を上げて依子に告げた。

 

「ばあちゃん、明日の朝一番で京妖怪の統領――九尾狐の八坂殿のところへ行ってくるよ」

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

ハイスク編で一番困るのは、強さの程をどうするかだと思うんです。
何せ、強さがインフレ起こしてる世界ですからね。
バトル展開は多めにしたいけど、苦戦続きだと作者のストレスがマッハになる。
なので、百年以上の研鑽とか転生による魂の強化とか、何かそんな感じで上級クラスとも普通に戦えるレベルという事にしました。
まぁ、それでも神仏に勝てるかと言われたら「無理」というしかないので、神滅具とかパオペイとか与えてみたわけですが。
ちなみに、能力はオリジナル要素が入ります。特に「十絶陣」とか。

さて、次回ようやく原作キャラが出ます。そう、あの狐っ娘です。
できる限り二日以内に更新します。

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