普通に話している人との区別です。逆にわかりにくい……とかは多分、無いと思いますが。
「いよいよ始まりましたね、予選が……!」
「優希の表情、とてもいい。集中してる」
「優希ちゃん、頑張れー!」
ついに対局が始まった。
控え室から見ている煌はどこかそわそわしたような、照は優希の表情に納得しているかのような、咲はただ純粋に応援するだけと三者三様の反応をしている。
「……お姉ちゃん?」
「ん?どうしたの、咲」
「いや、何だか優希ちゃんだけじゃなくてやけに他の対局者も観察しているような気がして……」
咲は照を見て疑問に思った事を口にする。
もしこれが実際に対局しているならば、あるいは今後当たる可能性のある相手ならばじっくりと観察していても何も疑問には思わないだろう。
だが、照は観察する必要の無い相手を必要以上に見ている気がする、咲はそんな事を思ったのだ。
「例えば、もし普通の初出場チームだったら無警戒、ノーマークだよね」
「まあ、油断まで……とは行かなくても、そこまで警戒はしないでしょうねえ」
照の例に、煌が返答する。
「だけど、えっと……自分で言うのも何だけど、チャンピオンのいるチームの先鋒。初出場のチームといえど、気にならない?」
「た、確かに!よく見れば、他校の選手は優希の事をやけにチラチラ見ながら対局しているような……?」
「今、優希は凄く警戒されているよ。ノーマークなのと、そうじゃないのとは結構違いが出てくる」
優希はチャンピオンに託された先鋒のポジションについている。
それは優希の心理状態だけではなく、他校の心理的影響というのも凄まじいものがあったのだ。
「――――だからこそ。こんな状況だからこそ、優希にとってはやりがいがあるはず。そして、あの状況で勝ち抜く事が出来るなら、それは真の意味での実力者の証」
「なるほど……あの場面、確かに出し抜くのは難しい。だけど、それで勝てるならばすばらな実力ですね」
「改めて思うけど、お姉ちゃんの影響って凄まじいね……」
警戒されているという事は、優希にとってやりにくい場であるという事だ。
だが、そんな不利な状況だからこそ。試合の中で成長していく要素というのも多く含まれており、且つ勝てれば優希の実力が高いという事にもなる。
「あと、これは次に回る煌にも言える事」
「私も……ですか?」
「煌も先鋒というポジションの優希ほどではないにしろ、同じように警戒されるはず。そんな場だからこその、やり方というのもあるよね?」
「……何となくですけど、わかる気もします。まあ、私は優希のように爆発力も無い普通の打ち手なので……だからこそ、他の人よりもしっかり考えながら打ちますよ」
照は優希に質問をする。それはある意味、照からの一種の課題のようなものであった。
煌もそれ答えというものを、正解であるかどうかは打ってみないとわからない問題ではあるが。心の内に、秘めていた。
―――
――――東一局。
(清澄の先鋒、あの宮永照に任されるほどの実力者なのか……?)
他校の生徒の一人は、考える。
本物の実力者なのか、それとも普通に勝てる相手なのか、未知数な所。だからこそ、恐れを持っていた。
(……お、これはいい!発と中の対子、それに索子に上手い具合に偏って……面前でも十分染めれる手!)
その生徒は配牌を見て、心の中で静かに喜ぶ。
いきなり高火力の良手が入ってきたのだ。
(……いや)
だが、その生徒は考えを改める。
東一局、親は優希。
最初の一打目は――――発。
「ポンッ!」
面前ではなく、鳴きを選択した。
(本来なら一枚目は見逃して二枚目なら鳴くかも……って所だけど、まずは清澄の親を流す所から考える。鳴く事により速度もあるし、別に鳴いたからって中も持ってこれれば火力は悪くない。あわよくば白も入ってくれば、って所かな)
その不気味である優希の親を流す事を最優先にした。
最初からある程度手は揃っていたので速度は申し分無いし、火力もまずまずなので本人としても納得の選択であった。
だが、三巡目。
「リーチだじぇ!」
(ッ……!?早すぎるだろ!)
優希のリーチが入る。それも親リーだ。
(ここで中持ってきて満貫一向聴……!引く手では無い、が……まあ、どちらにせよ安牌なんて無いんだ、当たったら事故って気持ちで行かなきゃ駄目か……!)
鳴いた生徒は浮いていた九筒を捨てる。
優希に反応は、無い。
(セーフ、か。まだチャンスはある……!)
通った事に安堵し、そして希望も芽生えていく生徒。
「一発ツモだじぇ!8000オール!」
(……は?)
だが、その希望はいとも容易く砕け散った。
―――
『ツモ、6100オール!』
「お、ユーキってば調子いいねー」
会場を適当にうろつきながら、淡は優希の様子をモニターで眺めていた。
いきなり親で倍満を和了ったかと思えば、更に続けて跳満を和了る。
「この調子なら私にも回る事はまず無いだろうなー。さて、これから何をしようかな」
慢心とは、別の。更に言えば信頼に近いものもあるが、それとも別の。
ただ単に、実力を見て淡は確信をしていた。
「とりあえず、一人でいるであろうキョータローにちょっかいかけにいってー、それから仮眠室で寝ようかな。起きる頃には試合が終わって……ん?」
既に自分が試合に出る事は全く考えていなく、今後の予定を立てている淡。
その時、一人の少女が視界に入ってきた。
(あれは……私にはわかる、あの放っているオーラは)
「……む、どうした?」
その少女は自分が見られている事に気づき、淡に対し問いかける。
淡は淡でその少女に対し、ある事を感じていた。
自分が今までよく見慣れてきているオーラ、それは身近にいる者にとてもよく似ている物。
だからこそ、淡は一目見ただけですぐに気づく事が出来た。
そして、ある確信を持ちながら少女に対し問いかける。
「……迷子?」
「こ、衣は迷子じゃないぞ!ただ、見て回るのが楽しかったから探検していただけだからな!」
「いや、探検するほど面白い場所でもないでしょここ……名前はコロモって言うんだねー」
やはり図星だったか、と淡は衣に対し思った。
「で、コロモはどこに行きたいの?」
「龍門渕の控え室……いや、一人でも行けるぞ!心配しなくてもいい」
(まあ、確かにテルやサキのようなガチでヤバい感じの奴ではないと思うからいずれはたどり着くんだろうけど……)
迷子といえど、レベルの差という物はある。
それくらい、あの宮永姉妹は凄まじいのだ。
「私も暇してたし、ついてくよー」
「む?勝手に来るというのなら別に構わないが……もう一度言うけど、衣は一人でも大丈夫だからな!」
(何か可愛いなこの子)
無理に強がっている所を見て、そこが微笑ましいと感じる淡であった。
「りゅーもんぶちだっけ?ブロックごとに高校の控え室も分かれてるはずだから、自分のブロックがわかれば大丈夫だと思うよ」
「そうなのか?ふむ……有意義な情報、かなり役に立ったぞ」
そんな事言わなくてもわかるだろうと、淡は突っ込もうとして止めた。
あの姉妹同様、突っ込んでいくとこちらが疲れるだけだと察したからだ。
淡はそんな感じで、衣と一緒に控え室までついていく事に。
―――
「あった、龍門渕の控え室!」
少しの時間が経過し、淡と衣は龍門渕の控え室までたどり着いた。
そして衣がドアを思い切りガチャ、と開く。
「あっ、衣!」
「お、おはようはじめ!」
ドアの近くにいた一が一番最初に衣が入ってきたことに気づく。
「……おはようじゃ無いですわよ衣、もうすぐ昼になりますわ」
「細かい事は気にするな、とーか!」
遅れてようやくたどり着いた衣に対し、ため息を含みながら呆れ声で透華は話す。
「でも僕はこの時間帯に来れただけでも結構早いと思ったけどねー、もうちょい遅れてくると思ってたけど」
「はじめ、それは衣に対し失礼なのではないか?付き人がいたからな、その分少し早く来れたのだ」
「付き人?ハギヨシではなくて?」
透華は衣の言い方に少し疑問を感じる。
いつもならハギヨシというスーパー執事が一緒についてくる事も少なくない。
そしてその場合は衣はハギヨシが一緒についてきた、としっかり名前で言うはずなのだ。
だが、付き人という言い方。つまりはいつものようにハギヨシでは無いのか、そんな疑問だ。
「ハギヨシは会場までは衣と一緒に来たぞ!だけど、そこで帰ってもらった」
「……ハギヨシも苦労しますわね」
「ハギヨシではなくそこの……しまった、衣としたことが名前を聞くのを忘れていた」
衣は控え室のドアの外でボーっと龍門渕メンバーのやりとりを見ていた淡を失敗した、というような表情をしながら指差す。
「えっと、どなたかは存じませんが衣をここまで送ってくださって感謝致しますわ。よろしければ、名前を教えて頂いても……!?」
「私の名前?大星淡だけどー」
透華は淡の制服を見てから、目の色を変えた。
朝、廊下ですれ違った照と同じ制服を着ていたからだ。
「清澄の制服……」
「うん?」
「なるほど、確かに貴方は雑誌でも見かけた事がありますわね。朝も、私よりも目立って……!」
「え、えっと?」
「透華、いきなりそんな事言っても駄目だって。ほら、大星さん困ってるでしょ」
いきなり悔しがる素振りを見せてきたので、淡も困惑するしかなかった。
そんな透華に対し、一は注意をする。
「透華はただ自分より目立っていたから軽く嫉妬しているだけだよ。だから気にしなくても大丈夫」
「あはは、何だか面白い人だねー?」
「むきー!一、大星淡は喧嘩を売ってますわよ!」
「最初に吹っかけるような素振りを見せたのは透華でしょ……」
淡のちょっとした一言に対し、すぐに熱くなる透華を見て一は呆れた表情を見せる。
「まあ何にせよ、衣をここまで連れて来てくれて感謝してるよ」
「いいよ、どうせ暇だったし。この後も寝る予定だったしー」
「凄い余裕だね、大星さんは」
確かに、麻雀という競技は一回の半荘戦が長いため、選手のための仮眠室というのが用意されている。
だが、実際にその仮眠室を使う選手というのはそこまで多いわけではない。大抵が自分のチームを応援するために控え室や観戦室でモニターを見てるか、あるいは四人で対局しながらアップをするなど。別の事に時間を使う人の方が多い。
だからこそ、寝るイコール余裕、と捉えられてもおかしくは無い。
一も、そのように捉える人の一人であった。
「んー、余裕というか、確信?」
「なるほど、ね。だったら、お互い決勝で会えるといいね」
「あはっ、何だ、そっちも確信してるじゃん?」
「そうだね、うちも強いから」
淡は余裕ではなく、確信という言葉を使う。
そしてそれは、一にも。いや、龍門渕にも言える事であった。
「大星淡!清澄に伝言を頼みますわ!この龍門渕が、決勝でケチョンケチョンにすると!」
「……どっちがケチョンケチョンにされるんだろうねー?」
「むきー!」
「だ、駄目だって、透華!リアルファイトは流石に!やるなら今後の卓で、卓でだって!」
淡のちょっとした煽りですぐに火がつき、思わず透華の手が出そうになる所を一が何とか身体を張って止める。
「あわい!また……会えるのか?」
衣がそんな事を口にする。
その目は、キラキラと。だが、奥底ではちょっとした不安が混じったような、そんな目だった。
「……そうだね、またきっと会えるよ、コロモ」
「そうか!ならまた、会おう!」
淡からは肯定の言葉。
それを聞いた衣は、パアッと表情を輝かせる。
そして、淡は龍門渕の控え室を離れていく。
―――
『先鋒戦、終了です』
「おつかれだじぇ!」
対局を終え、卓を離れ部屋を出て行く優希。
そしてそのまま帰り際でジュースを買い、控え室へと戻ろうと歩いていた。
「あっ、煌先輩!」
少し歩いた所にある自動販売機でジュースを買って、控え室へ行く途中の廊下で優希は煌と遭遇した。
「お疲れ様です、優希。いやあ、これぞ先鋒というようなすばらな対局でしたよ!」
「正直、自分でもびっくりだじぇ……この二ヶ月で、思った以上に自分は変わっていたみたいだじょ」
優希はこの先鋒戦――――プラス七万ほど稼いできた。
この成績には煌は当然のように賞賛の言葉を送り、優希自身も自分で驚くしかなかった。
「優希は、元々ずば抜けたすばらなセンスがありますからね……私は二ヶ月ではそこまで伸びませんでしたよ、去年の個人戦の成績もそこまででしたし」
「でも、今年の煌先輩は一味も二味も違うはずだじょ!」
優希は自信満々に、煌に向かって話す。
「あの地獄を私よりもずっと耐えてきたんだじぇ!例え実力の花が開くのが遅くても、もう開いていてもおかしくないじょ!」
「そうですね、一年二ヶ月……私は、タフさだけが取り得ですからね。オータムや春季と、他の人に注目されるほどでは無いにしろ、徐々に成績は一応上がっていました。そろそろ、注目されるレベルの実力にはなっていて欲しいですね」
あの地獄――――主に照との対局。
それを煌は一年も優希よりも長く味わってきているのだ。
そして今までも本当に少しずつではあるが、実力は向上してきている。
だが、それでも花が開いたというレベルまでは到達してない。
「じゃあ、私もそろそろ行って来ますね。優希の流れを、上手く繋いでみますよ」
「お願いしますじぇ!」
――――二人は、綺麗にハイタッチを交わす。
―――
「よろしくお願いします!」
そして次鋒戦が開始される。
煌はまず配牌――――それから、相手の表情をじっくりと見た。
(……この点差、そして次に出てくるのが照先輩。相手の表情も……既に心が折れかかっているような、あるいはまだ諦めないぞ、といったような。様々ですね)
もう諦めているような生徒、またはこっからでも逆転してやるといった闘志の篭った生徒。
煌の目からは、様々な生徒が映った。
(対面……一巡目から捨て牌が六萬ですか。もう聴牌に近い状態ですかね?少し、警戒しながら打たないと……)
いきなり真ん中から切ってきたので、煌は対面を特に警戒しながら手を進めていく。
――――八巡目。
(さて、聴牌まで持ってきました……対面、早さというよりは、どうにかして火力を上げようとしている、そんな感じに見えますね)
煌は聴牌まで手を進めた。
気になっていた対面は、煌から見る限りでは未だ聴牌気配も無し。
(この点差、どうにかして追いつかないと。だったら、大きいのを和了らなくてはならない。……そんな所でしょうか)
予選は一位しか勝ち抜け出来ない。
つまり、どうにかして追いつかなければならない。そこから大きい手を狙うという考えにたどり着くのは、ある意味自然の流れであった。
――――十巡目。
「ロン!2600点です」
煌がロン和了。
そして東二局へと進んで行く。
(そういう考えで周りが手を進めて行くのなら……私も、それ相応の打ち方をしますよ……!)
―――
『次鋒戦終了です』
「ありがとうございました!」
煌は対局を終え、卓を離れて部屋を後にする。
「あれ、照先輩。早くないですか?」
部屋から出てすぐの所で、いきなり煌は照に遭遇した。
時間的にはまだ、余裕がある。
「煌、お疲れ。あの速攻、考えは良かったと思うよ」
「他が大きいのを狙っている気配があったので……小さくても、速度を重視しようと考えてました」
煌は今回、二万ほどのプラスだ。
他校はあまり和了る事が出来ず、かなりサクサクと次鋒戦は終了した。
「先鋒戦の勢いを切らす事の無いような、いい繋ぎだったと思う。煌は団体戦に向いているかも」
「あはは、個人戦も頑張りたいんですけどねー……」
「あっ、別に個人戦が駄目とかじゃなくて、その」
褒めたつもりが失言になってしまったのではないかと、照は焦って言葉を取り消そうとする。
「いや、大丈夫ですよ!言いたい事は何となく、伝わってますから」
「……そう?それならいいんだけど」
煌は照が何を言いたいのか大体伝わったので大丈夫、と照に伝える。
「しかし、何故照先輩はこんなに早く来てるんですか?」
「私はいつも、誰よりも早く卓の席に座って本を読んで心を落ち着かせるようにしている。始まってすぐに緊張しすぎていたら、思うように打てなくなるかもしれないし」
「えっ……照先輩、緊張するんですか?」
「いや、緊張はするけど……なんでそんな顔しながら言うの」
思わぬ理由で早く来ていた事を煌は知り、驚いたような表情を見せる。
そして照が心外な、と言わんばかりに、指摘する。
「いやー……照先輩も、人間なんですね」
「……何だと思っていたの?」
煌の毒舌に少し照は涙目になる。
だが、このような煌の反応も、普段の照を知っている者ならば、無理も無い反応である。
「……さて、後輩二人が頑張ったし。私も、気合を入れて頑張ってくるよ」
「はい!照先輩のすばらな活躍、期待しています!」
照はそう言いながら、静かな闘志を内に秘めつつ、誰よりも早く部屋に入っていった。
―――
――――翌日。
インターハイ長野県予選、団体戦決勝が行われる日。
「じゃ、行ってくるじぇ!」
今大会一番注目されているチームであり、昨日の活躍も凄まじかった人物が会場へと向かえば。
「ほんじゃま、行ってくるよ。俺が一位になって、バトンを渡してやるから」
他所では昨年度県予選一位のチームの先鋒が同じように会場へ向かう。
「キャプテン!頑張ってください!」
「ええ、何とか皆を楽にしてあげれるように……稼げるだけ、稼いでくるわね」
長野の名門チームの部長が数多くの部員の思いを乗せて会場へと向かえば。
「ワハハ、むっきー緊張するなよー?思い切って、打ってこいー」
「う、うむ」
今大会のダークホースになり得る可能性を秘めたチームの先鋒が、少し緊張した顔つきで会場へと向かっていく。
それぞれが色々な思いを持ち、卓へとつく団体戦決勝。
――――その先鋒戦が、間もなく開幕する。
今回のまとめ
照、影響が凄い
淡、龍門渕と絡む
優希、爆発
煌、繋ぐ
モブの心理状況を無駄に頑張って描写した感が否めないです。
今宮女子とか、そういうの書くの面倒臭かったので全部モブはモブ扱いで。
照の中堅戦は見せられないよ状況なのでカット。相手は飛びました。