IS ヒーローを目指す者   作:ATARU

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第9話

色の無い空間を歩いていた篠ノ之イズル。

何時着替えたのか覚えていないが、IS用のスーツを身に纏っていた。

先程から無言で歩き続けていた少年は、離れた場所に何かが赤く輝いてる事に気付く。

灰色が占める空間で唯一、色を持った存在に惹かれて走り出す。

目的地に到着した彼が目撃したのは、10メートルにも及ぶ実体の無い光だった。

 

「こうしてお前と話す日が来るなんてな」

「君は…」

 

赤い輝きから唐突に話し掛けられたイズル。

口調こそ異なるものの、自分とよく似た声の『彼』

過去の記憶を失っている筈なのに、何故か昔から知っている気がする。

 

「…まだ思い出せないのか?」

「ごめん」

「まぁいい。昔みたいに記憶を消されたわけじゃない。ゆっくりと思い出せばいい」

 

少しだけ刺のある言い方だが、口調そのものは随分と穏やかだった。

記憶の消去。

聞き逃がせない単語だが、その事について言及する気は起きない。

今は覚えていないだけで、既に知っていた情報なのだろう。

 

「…アイツがお前に教えた事。ヒーローの条件を覚えているか?」

 

彼からの質問を聞いて瞳を閉じた篠ノ之イズル。

過去の記憶を失っている少年が答えられる道理は無い。

しかし、覚えていないと認めたくなかった。

本物のヒーローから教わった大切な言葉を。

 

「…決断する…諦めない…仲間を信じる」

「そうだ」

「ありがとう」

 

そして、ゆっくりと瞼を開いてヒーローの条件を口にした。

イズルが必死に絞り出した答えを肯定する。

決して忘れてはならない大切な事。

思い出させてくれた彼に感謝した少年。

 

「お前がこんな調子だと張り合いが無いからな」

 

彼の皮肉めいた発言に苦笑していたイズルの意識が薄れていく。

そうして目覚めた彼の視界には天井が映っていた。

隣のベッドで熟睡していた織斑一夏を見て微笑む。

大切な過去を覚えていない不安はある。

それでも、夢の中で出会った『彼』のように背中を押してくれる人がいる。

ヒーローの条件を胸に抱き、顔を洗って日課のトレーニングに出掛けるのだった。

 

 

 

翌日の午後、アリーナの中央で向かい合っていた篠ノ之イズルと篠ノ之箒。

織斑一夏達とは異なり、海上での戦いを目撃していなかった彼女。

模擬戦を見ていたのは確かだが、それだけで彼の技量は測れない。

織斑千冬にアリーナの使用を求めた際、山田真耶の同行を条件に許可を貰った。

RED5は不明な部分が非常に多く、目の届かない場所で戦わせたくなかった彼女。

最寄りの観客席に移動した一夏とセシリアと真耶。

そして、教師である彼女の言葉と同時に模擬戦が開始された。

 

「うぉぉぉ!」

 

声を張り上げてターゲットに近付いて斬り掛かる。

織斑一夏との手合わせの時とは違う。

手加減する気など微塵もない。

彼女の強烈な一撃をソードカウンターで受け止める。

その行動を予測していた少女は、ブレードを握る手に力を込めて連撃を仕掛けた。

アリーナに激しい衝突音が響き渡る。

 

「余裕ですわね」

 

箒の攻撃を順調に捌いていくイズルを見て呟いたセシリア。

専用機持ちでないにも関わらず、彼女の腕前は候補生に迫る物がある。

しかし、篠ノ之イズルの操縦技術は並外れている。

織斑千冬に比肩するかも知れない人間に勝てるとは思えなかった。

 

「やっぱりアイツが出ればよかったんじゃないか?」

 

幼馴染の攻撃を捌いていく少年を見て疑問を口にしていた一夏。

彼が試合に出れば優勝の可能性は濃厚だと予想している。

自らの損な役回りを自覚してガックリと肩を落としつつ試合を眺めるのだった。

 

(RED5から攻撃を仕掛ける様子は無い。それなら大丈夫だけど…)

 

イズルが反撃を行わない事に胸を撫で下ろしていた真耶。

ISは非常に高度な技術の結晶と呼べるが、不測の事態が起きないとは言えない。

 

(こうも簡単に捌かれるとは…!)

 

RED5は通常のISと全く異なり、操縦者の顔を伺うことは出来ない。

一度も仕掛けてこないイズルに微かな焦りを感じていた箒。

この状況を打開する為に、RED5から一定の距離を取って、近接ブレードを構えなおして呼吸を整える。

 

「行くぞ!」

「は、速ぇぇ!」

 

その言葉と同時に背面のブースターから大量のエネルギーが放出される。

先程と全く異なる圧倒的な速度に驚愕した織斑一夏。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

イグニッションブーストを利用してRED5に急接近した篠ノ之箒。

気合の篭った雄叫びを上げて近接ブレードを上段から振り下ろす。

その斬撃を横に飛んで難なく回避したイズル。

 

「逃すか!!」

 

少年の行動を予測していた少女が銅を放つ。

風を切る音が聞こえる程に強烈な一撃だったが、後方にジャンプして事無きを得る。

 

「そこだぁぁ!!!」

 

地面に足の付いていないターゲットに突きを放つ。

飛行しているのではなく跳躍している為、回避は非常に困難な状況だった。

イズルに必殺の一撃が当たると確信していたが…

 

「なっ!?」

 

全力の突きはソードカウンターにより弾かれてしまう。

その衝撃で右腕が跳ね上げられて、近接ブレードを落としてしまう。

腕の痺れを実感しながら落下したブレードに目を配ると大きな亀裂が入っていた。

 

「流石ですわ」

「…何か次元が違うって感じだな」

「良かったぁ」

 

RED5の一撃で試合が終わった。

空中に浮かんでいるイズルに熱っぽい視線を送っていたセシリア。

自分のルームメイトが規格外の存在であると改めて理解した一夏。

誰も怪我を負わず無事に済んだ事に安堵していた真耶。

 

(完敗だ…)

 

篠ノ之イズルとの模擬戦を終えて項垂れていた篠ノ之箒。

相手は攻撃を仕掛けてこなかったのに一撃も当てられなかった。

本音を言えば勝てるビジョンが全く見えない。

それから1時間が経過して、一夏の特訓に取り掛かった後、打鉄を身に纏った状態で素振りに励むのだった。

 

 

 

凰鈴音と出会って一週間が過ぎた。

今日は1年生のクラス対抗戦が行われる。

アリーナの観客席は学年を問わず、数多くの生徒で埋め尽くされていた。

今年の専用機持ちは例年より明らかに多く、注目を集めるのは当たり前と言える。

 

「マイクテスト中…あ~ア~…問題なし」

 

生徒同士の会話でアリーナが騒がしくなっている中、非常に呑気な声が会場に響き渡る。

 

「お待たせしました!本日の実況は私!新聞部副部長の黛薫子!解説はこの2人!」

「織斑千冬だ」

「更識楯無です。よろしくね」

 

実況席から観客に笑顔で自己紹介した黛薫子。

彼女に続いて織斑千冬と更識楯無も名乗る。

 

「きゃああああぁぁぁ!!!」

 

世界最強のIS操縦者であり絶大な人気を誇る教師。

学生の身分でありながらロシアの国家代表となった彼女。

観客の歓声がアリーナに響き渡り、頭に手を当てながら盛大な溜息をついていた千冬。

 

「凄い人気ですね~ッイタァ!!」

「黙れ愚か者」

 

意地悪な笑みを浮かべて話し掛けてくる楯無を出席簿で叩く。

乾いた音が実況席に響いて涙目になり頭を擦った彼女。

余計な口出しをして流れ弾を貰いたくない薫子は手元の資料に目を配る。

 

「優勝したクラスには、学食デザートのフリーパス半年分が贈られます。それでは出場する選手を紹介させてもらいます。1年1組は織斑一夏君。1年2組は凰鈴音さん。1年3組は桧垣絵里さん。1年四組は更識簪さんですね」

 

書かれている内容を順調に読み上げていく彼女。

専用機持ちが3人、専用機を持たない一般生徒が1人。

 

「早速ですが、お二人は誰が優勝すると思いますか?」

「…少なくとも織斑以外の人間だろうな」

「え?」

 

隣に立っていた織斑千冬に予想を尋ねてみる。

その言葉に対して、腕を組みながら淡々と返事をした。

家族が出るのに辛辣な扱いに素っ頓狂な声を上げてしまう薫子。

 

「織斑が乗る白式は第四世代機だ。出力は通常のISより上だろう。だが、肝心の操縦者の腕前は話にならん。クラスの代表に抜擢された人間が負けるとは思えんが、もし負けたのならば…」

「はぁ…厳しいですね」

「事実を言っているだけだ」

 

身内贔屓とは無関係の突き放すような発言。

背筋に薄ら寒い感覚を覚えた彼女と楯無。

一方、アリーナの観客席も千冬の一言で静まり返った。

セシリア・オルコットを追い詰めた人間に必勝する事を求められる。

敗北した場合を敢えて話さないのも会場の緊張に一役買っていた。

 

「たっちゃんは誰が優勝すると思う?」

「ノーコメントで」

 

今度はもう1人の解説者に砕けた口調で話し掛ける。

教師である彼女と異なり、コメントを拒否していた。

 

「本音は?」

「簪ちゃんに決まってるでしょ!応援してるからね!!」

 

意地の悪い笑みを浮かべて本音を聞き出す薫子。

異様なまでにアッサリと誰が優勝するか白状した楯無。

完璧超人の仮面が容易く取れてしまい、動揺のあまり言葉を失っていた観客一同。

それから数秒が経過して、実況席から乾いた音が連続して聞こえた。

 

「と言うのは冗談で、誰が優勝するか分かりません。ハイ」

「アリガトウゴザイマシタ」

 

先程と全く異なって機械的な口調で会話を続ける楯無と薫子。

確実に何かが起きたのだろうが、詳細について知る事など出来ない。

 

 

 

その頃、試合を控えた選手はそれぞれのピットで準備に取り掛かっていた。

千冬の辛辣な発言に落ち込んでいた織斑一夏。

自分でも勝てるとは思っていなかったが、ああもハッキリと否定されたら流石に傷付く。

 

「俺…泣いていいか?」

「き、きっと…織斑先生なりの激励ですよ」

「大丈夫だ一夏。お前ならやれる」

「何で明後日の方を見ながら言うんだよ?」

 

居た堪れなくなりフォローしていたセシリア。

右拳を握り締めて幼馴染を激励した箒。

勇気付けてくれるのは嬉しいが、自分の顔を見ようとしない事に突っ込んだ一夏。

 

「勝てばヒーローになれるって凄いチャンスだよね」

「だから俺はヒーローになる気は無いって…」

 

イズルの見当違いな発言に肩を落とす。

悪気が無い事は分かっている。

しかし、一夏本人としてはヒーローになる気など更々無い。

 

同時刻、2組の選手である凰鈴音は腹痛に悩まされていた。

 

「プレッシャーで胃が…イタタ」

「ほら胃薬」

「うぅ…ありがと」

 

一夏に負ける可能性は極めて低いが、あの発言は相当なプレッシャーになる。

胃を抑えていたルームメイトを見て、タブレット型の胃薬を渡したティナ・ハミルトン。

友人から貰った薬を服用して一息付いていた鈴音。

 

「準備はしたんでしょ?」

「当然。一夏が相手でも容赦するつもりは無いけどね」

「頼もしいわね」

 

ルームメイトの言葉に自信を持って返事する。

クラスの人間の期待を背負っている上、候補生として一般生徒に敗北するなど許されない。

何度か深呼吸して精神を落ち着かせた後、アリーナが映し出されたモニターを眺めるのだった。

 

その頃、更識楯無の発言を聞いて、顔を赤く染めて下を向いていた更識簪。

彼女が俯いている理由が分からず小首を傾げていた布仏本音。

 

(姉さんのバカ…)

 

観客の前で爆弾発言をされてしまい、恥ずかしさで平常心を保てない。

リーグマッチの初戦に参加する人間として、唐突なハプニングに悩まされるのだった。

 

 

 

それから数分が経過して、試合の組み合わせについて説明する黛薫子。

 

「候補生でない桧垣さんが不利に見えますが、織斑先生はどのように思われますか?」

 

考えこむような仕草を取って、織斑千冬に意見を求めた彼女。

対戦相手である更識簪は日本の代表候補生。

候補生でも専用機持ちでもない絵里の不利は否めない。

 

「甘いな。それだけで勝負が決まるわけではない」

「と言いますと?」

「確かに候補生の技量は一定のラインに達している。しかし、量産型ISでも勝利する事は十分可能だ」

 

薫子が抱いていた疑問を一蹴した千冬。

候補生という立場にいる人間が、恵まれた環境にいるのは否定しない。

しかし、学園の生徒の情報をチェックしていた彼女からすると、勝てないという程の差は開いてない。

また、第3世代機は試験機の意味合いが強く、抱えている問題も少なくない。

 

(…更識の機体が完成していないのもあるがな)

 

桧垣絵里の勝率を上げる要素として、打鉄弐式が完成していない事も関係している。

更識簪に申し訳ない気持ちを抱きつつ、これから始まる試合を楽しみにする千冬だった。

 

 

 

黛薫子の説明が終わって、入場口から飛び出した桧垣絵里と更識簪。

アリーナ中央の地面に足を付けて向かい合っていた2人。

太陽の光を浴びて、打鉄弐式の白いボディーと打鉄の黒いボディーが輝く。

 

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 

日本刀型のブレードである虎徹を構えて丁寧に話し掛ける簪。

ピンクのリボンで纏めた茶髪を揺らしながら笑顔で返事した絵里。

 

「試合開始!!」

 

その言葉がアリーナに響き渡った瞬間、互いの機体の後部翼から大量のエネルギーが放出された。

同じタイミングでイグニッションブーストを用いた2人。

爆発的な加速を得て一気に距離を詰めて、姿勢を低くした状態で袈裟斬りを放つ簪。

彼女の行動を意に介さずブレードを上段から振り下ろした絵里。

激しい衝突音がアリーナに響くが、一歩も退かずに斬り合っていた両者。

ブレードで横に薙ぎ払おうとしたが、虎徹に受け止められてしまう。

刀身を滑らせて一太刀を浴びせようとするが、ブレードで押し込まれてバランスを崩し、少ししかダメージは与えられなかった。

 

「はぁぁ!」

「させないよ!」

 

ダメージを貰っているものの、候補生を相手に戦えていた桧垣絵里。

更識簪も有利とは言い難い状況にあり、シールドエネルギーを徐々に削られていた。

戦いの最中に距離を取った彼女は、虎徹を収めた後に長槍を装備する。

リーチが微妙に変化した影響で動揺した絵里が強烈な一撃をモロに受けてしまう。

それでも、シールドエネルギーは尽きておらず、試合は終わってなどいなかった。

暫く戦い続けていたが、流石にリーチの差を克服出来ずに敗北した絵里。

専用機と量産機の隔たりがありながら、名勝負を見せてくれた2人に、観客からの惜しみない拍手が贈られた。

 

 

 

第1試合が終わって数分後、アリーナの空中で対峙していた織斑一夏と凰鈴音。

 

「千冬さんに殺されたくないんで大人しく負けてよね」

「そんな事したら俺が殺されるだろうが」

 

軽口を叩き合っているが、相手から視線を外そうとしなかった2人。

織斑千冬の目の前で無様な試合をしたら、碌な事にはならないだろう。

本人からしたら散々な言われ様だが、

 

「約束…忘れてないでしょうね?」

「俺が負けたら一緒に買い物だろ。覚えてるよ」

「ならいいわ」

 

正面の一夏を睨み付けながら、数日前に取り付けた約束の確認をする鈴音。

彼女としてはデートのつもりだったが、鈍感な少年は買い物だと勘違いしていた。

否定しない自分にも非がある為、その事について文句を言う気は起きなかった。

 

「さっさと終わらせてあげる!」

 

試合開始の音がアリーナに響いて、衝撃砲の照準を白式に合わせる。

不可視の砲撃は相当な脅威であり、発射されたら回避は非常に困難になる。

その情報をセシリアから聞いていた一夏は、ブースターからエネルギーを噴射して、甲龍の周囲を飛び回る。

ターゲットを捕捉出来ないまま、数発の衝撃砲を射出した鈴音。

見えない弾丸が上空のシールドに衝突して消滅する。

 

「逃げるんじゃないわよ!」

(衝撃砲って本当に何も見えないんだな。怖ぇ)

 

逃げに専念する一夏に苛立ちつつ、攻撃の手を緩めたりはしない。

直撃こそしなかったが、衝撃砲を目の当たりにして、少しだけ怯んでしまうが、ターゲットから視線は外さない。

空を飛んでいた白式が地上に移動して、回避に専念していたが、そう簡単に逃げ切れる筈もなく、攻撃を喰らってしまいバランスを崩した。

それでも、甲龍に接近して一矢を報いるのでもなく地上を動きまわった一夏。

アリーナ上空から降り注いだ砲撃が大量の土煙を発生して、ターゲットを見失ってしまうがセンサーを用いて慌てずに周囲を確認する鈴音。

地上から鈴音の位置を認識していた一夏が、充満する土煙の中から飛び出した。

動揺している相手の隙を突いて距離を縮めて、雪片弐型を上段から振り下ろした。

力を込めた一撃に苦悶の表情を浮かべる鈴音。

 

「うぉぉ!!」

「調子に乗ってんじゃ…!」

 

腕に軽い痺れを感じながら、連結させた青竜刀で応戦していた彼女。

男子が候補生と互角に戦っており、観客席も盛り上がっていた。

 

「織斑選手の攻撃に凰選手が押されているように見えますが…」

「押されているのは確かね。そう簡単に離れてくれないでしょうし」

「そうなの?」

「ええ。彼はISの操縦経験が少ない上、白式に備え付けられている武器は雪片弐型だけ。ターゲットに接近しないとまともに戦えないし、正面から突っ込んでも近寄らせてくれなかったでしょう。後はこの距離をキープ出来るかが重要ね」

 

実況席では更識楯無が黛薫子の疑問に答えていた。

織斑一夏と凰鈴音の技量の差は短期間で埋められる物ではない。

衝撃砲を受けつつも、チャンスを待っていた彼を内心で評価した楯無。

 

「…まじめに解説出来たんだね」

「どういう意味よ?」

「べっつに~」

 

吃驚していた薫子が小声で呟いて、怪訝な面持ちを浮かべていた彼女。

 

一夏が接近戦に持ち込んでから数分が経過して、戦況に無視できない変化が生じていた。

 

「くぅ…!」

「候補生を…!甘く見るんじゃないわよ!!」

 

先程から攻撃を仕掛けていた彼が、鈴音の猛攻を必死に防いでいた。

分離させた青竜刀で激しい連撃を繰り出していた。

セカンド幼馴染の猛攻に押されて苦悶の表情を浮かべる。

全てを受け流したり回避など出来る筈もなく、シールドエネルギーが徐々に削られていく。

体力や精神を消耗していた一夏と異なり、鈴音から大した疲労は感じられない。

 

(やるしかないか!)

 

このままでは確実に負けると理解して覚悟を決める。

 

「はぁぁ!!」

「うぉ!?」

 

鈴音の強烈な一撃を受けて弾き飛ばされてしまう一夏。

離れてしまえば白式に攻撃手段は無い。

例え、近接戦闘に持ち込まれても負ける可能性は低い。

そう考えていた彼女だったが、一夏が不敵な笑みを浮かべている事に気付いて警戒する。

 

「行くぜ!」

「嘘!?」

 

鈴音から視線を逸らさなかった一夏が、イグニッションブーストを発動した。

第4世代機の加速性能に動揺してしまい、ターゲットの接近を許してしまう。

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「っ!」

「は、弾いた!?」

 

全力の一撃を刀で防御するが、凄まじい衝撃に耐え切れず青龍刀が弾き飛ばされた。

今の彼女は完全な丸腰であり、衝撃砲を至近距離で発射する余裕も無い。

本来ならば、イグニッションブースト中に零落白夜を発動させて、大幅にエネルギーを削るのだが、雪片弐型に変化は見られなかった。

 

「よし!!」

「勝てますわ!!」

「…駄目だ!避けて一夏!」

 

観客席にいたセシリア・オルコットと篠ノ之箒は勝利を確信する。

しかし、篠ノ之イズルは慌てた様子で一夏に向けて叫んでいた。

危機的状況であるにも関わらず、僅かに口角を釣り上げていた彼女。

そして、渾身の一撃がターゲットに当たると思われたが…

 

(な、何が…!?)

 

腹部に強烈な掌底を貰ってしまい、その衝撃で体がくの字に折れ曲がる。

何が起きたか分からず困惑する一夏を殴り飛ばした鈴音。

 

「うぉ!!」

 

至近距離から引き剥がした後、空中で止まっている獲物に砲撃を連続で当てていく。

大量のシールドエネルギーを削られて、一気に劣勢に追い込まれてしまう。

 

「一夏!!」

「ISのマニュピレーターはデリケートですのよ!故障が怖くないの!?」

 

一撃で状況をひっくり返されてしまい悲痛な声を上げる箒。

非常に大胆な攻撃方法に激しく動揺していたセシリア。

 

「この試合…凰の勝ちだな」

 

候補生である彼女を相手に健闘していた一夏。

しかし、一週間の努力程度で試合に勝利する事が出来る筈もない。

その頑張りを内心で評価していた織斑千冬だった。

 

「アンタは頑張った。もう降参しなさい」

「まだだ…!」

「そういうの嫌いじゃないけどね」

 

地面に落ちた青竜刀を回収して、満身創痍の一夏に降参を促す。

勝利は絶望的だが諦める気など無い彼は、雪片弐型を構えて正面の相手を見ながら告げる。

危機的状況でも諦めない幼馴染の姿勢を好ましく感じていた鈴音。

そして、試合を終わらせる為に衝撃砲をチャージしていた時…

 

「な、何が起きたの!?」

 

2人のISから警告音が鳴り響いて、アリーナを覆うシールドにビームが突き刺さり、夥しい程の亀裂が入って粉砕されてしまう。

巨大なビームが地面に直撃して、凄まじい量の土砂を巻き上げる。

観客席から生徒の悲鳴が聞こえる。

網膜に投影されたディスプレイに所属不明機という文字が表示されて警戒を強める。

状況を把握するために周囲を見回していた時、土煙の中心地からビームが発射された。

 

「っ…!?」

「鈴!!」

 

咄嗟に回避行動を取った鈴音だが、不意打ちという事もあり、左肩の衝撃砲の発射口が破壊されてしまう。

地上の煙が晴れた場所には、見たこともない機体が存在していた。

顔に当たる部分には複数の目が付いており、アンバランスな形状に加えて、通常のISより明らかにサイズが異なる。

謎の侵入者を注視していた鈴音の表情が驚愕に染まる。

 

「生体反応無し!?…無人機なんて有り得ない」

(イズルが倒した奴とは違う)

 

既存のISの常識を覆す存在に戸惑いを隠せない。

反対に無人機を見たことのある一夏は、それほど動揺していなかった。

モノアイで細身の無人機と異なり、複数の目が付いた鈍重そうな印象を与える無人機。

容赦無く放たれるビームを回避するが、精度の高い射撃に肝を冷やす。

 

 

 

その頃、シェルターに覆われた観客席にいたセシリア・オルコットと篠ノ之イズルと篠ノ之箒。

ブルー・ティアーズを呼び出して、レーザーライフルを握り締めていた少女。

クラスメイトが避難を終えるまで迂闊な行動は取れない。

先程、無人機によって割られたシールドは、既に再生しており突破は容易ではない。

しかし、規格外の出力を誇るRED5ならば2人を助けられる。

 

「イズルさん!RED5を!」

「あ、アレ?RED5が…反応しない!」

「そんな!シールドが解除されなければ救援に行けませんわ!」

(一夏…)

 

そう期待していたセシリアに対して、RED5を呼び出せず困惑していたイズル。

ブルー・ティアーズだけでは火力が足りず、救援に駆けつけることは出来ない。

何も出来ない自分に怒りを覚えつつ、無言で少年の無事を祈っていた箒。

 

避難誘導は更識楯無と黛薫子に任せて、障壁の解除に取り掛かっていた山田真耶。

織斑千冬は腕を組んだ状態で、無言でモニターを睨みつけていた。

 

「山田君。シールドの解除は可能か?」

「警戒レベルが引き上げられてますので時間が掛かるかと…」

「…分かった。私は整備室に向かわせてもらう」

 

何が理由か分からないが、警戒レベルが最大まで引き上げられている。

忙しなく端末を操作しながら率直な感想を述べていた彼女。

その言葉を聞き終えた千冬は、一言告げて部屋の出口まで向かう。

 

「整備室には打鉄がありますが…」

「あそこには例のコンテナがある。天災からの贈り物を使わせてもらうだけさ」

 

目的地には複数のISが残っているが、バリアを破壊できる武装は無い。

心配している真耶の方を向いて、不敵な笑みを浮かべていた千冬。

数日前に篠ノ之イズルに渡す予定だったが、仕事に忙殺されてその機会を失っていた。

篠ノ之束が送り付けた物を使う為に、整備室まで駆け出すのだった。

 

 

 

アリーナの上空で無人機と対峙していた織斑一夏と凰鈴音。

 

「クソ…このままじゃ…」

(一夏に攻撃を集中させてる。零落白夜ならバリアを破れるから?)

 

試合中のアクシデントも関係して、シールドエネルギーは殆ど残っていない。

状況は益々悪くなるばかりで打開策も見つからない。

鈍重な敵機を射撃で牽制しつつ、冷静に現状を分析していた彼女。

敵の攻撃は一夏に集中している。

零落白夜はエネルギー性質の物を消滅させられる。

ISに対して絶大な攻撃力を発揮出来る上、アリーナを覆うシールドも切り裂ける。

脅威と判断されるのも致し方ない。

また、IS学園に攻撃を仕掛けているのが単機だけとは考えられない。

時間を掛ければ掛けるほど増援が来る可能性も増す。

憎々しげに無人機を睨み付けていた鈴音。

 

「なぁ鈴。衝撃砲を最大出力で発射できるか?」

「出来るけど、シールドは貫けないわよ」

「分かってる。だから俺に向かって撃ってくれればいい」

「…は?」

「イグニッションブーストだよ。白式なら衝撃砲のエネルギーを使える筈だ」

 

侵入者が放つビームを必死に回避していた2人。

極太の砲撃に肝を冷やしつつ鈴音に話し掛けた一夏。

甲龍のエネルギー残量に幾らか余裕があり、衝撃砲の発射は難なく行える。

しかし、それだけで無人機の破壊には程遠いし、アリーナの障壁は突破できない。

そう考えていた彼女に、予想の斜め上の発言をした。

数秒間硬直した後、素っ頓狂な声を上げてしまう。

困惑するセカンド幼馴染に逆転の秘策を話した一夏。

 

「…却下」

「な、何でだ!?」

「失敗するリスクが大きすぎるのよ」

「でもこのままじゃジリ貧だろ!」

「例えイグニッションブーストが成功しても、あの無人機を一撃で倒しきれる自信はある?失敗したら共倒れよ」

「それは…」

 

小さく溜息を吐いてから、少年の提案をアッサリと切り捨てた。

一か八かの方法である事に違いないが、実行する価値があると考えていた彼が抗議した。

イグニッションブーストで至近距離に飛び込み、零落白夜を発動した状態で斬り掛かる。

目論見通りならば、攻撃はシールドで阻まれず、無人機に一撃を入れる事が可能。

しかし、敵を機能停止に追い込めなければ絶体絶命の危機に陥ってしまう。

危険な行為である事は否定しないが、そう簡単に納得出来ない一夏。

そんな時、副担任である山田真耶から連絡が入る。

 

「織斑君!凰さん!聞こえますか!?」

「山田先生!」

「織斑先生がシールドを突破する準備に取り掛かっています!それまで何とか耐えて下さい!!」

 

世界最強のIS操縦者である織斑千冬の救援。

希望を持てる情報に自然と頬が緩んでいた2人。

 

「シールドエネルギー残量に気をつけること。いいわね?」

「おう!」

 

連結させた青竜刀を分離させた鈴音と雪片弐型を構え直した一夏。

無人機の機動力はそれほど高くなく、倒す事に拘らなければ耐え切れる可能性はある。

エネルギーの消費に気をつけながら、彼女が来てくれる時を待ち続けるのだった。

 

 

 

整備室に到着して、RED5の専用装備が入ったコンテナを開けた織斑千冬。

規格の全く異なる武器である影響で、両刃の大剣であるヘビーマチェーテの他は、ディスプレイにエラーが表示されて使える状態ではなかった。

 

「重いな。だが贅沢は言ってられんか」

 

ISの身の丈に匹敵するサイズの剣を持った彼女。

打鉄を身に纏っているが、その重量は通常の近接武器より明らかに重い。

ヘビーマーチェーテの柄を両手で握り締めて、ISの機動力を活かしてアリーナまで移動するのだった。

 

 

 

無人機の猛攻を凌いでいた織斑一夏と凰鈴音だったが、数分前に予期せぬ事態が発生した。

アリーナを覆っているシールドを貫いて、2体目の無人機が乗り込んできた。

 

「そろそろ…限界かも…」

「エネルギーが…」

 

逃げ切るのが困難だと判断した鈴音は、近接格闘を仕掛けるが青竜刀を折られてしまう。

左肩の衝撃砲発射口も破壊されており、無視できない程のダメージを負っていた。

白式の雪片弐型は折れていないものの、シールドエネルギーが減りすぎた影響で、飛行する事さえ出来なくなっていた。

正真正銘の危機的状況に陥っていた2人の前に、打鉄に乗り込んだ織斑千冬が現れる。

 

「遅くなってすまない。よく頑張ったな」

 

視線は無人機に向いていたが、背後にいた教え子達に優しげな口調で語り掛ける。

普段の彼女らしくない発言に目を丸くしていた一夏と鈴音。

不気味に蠢く複眼と目が合うが、千冬に動揺は見られない。

真紅に彩られた大剣の切っ先を敵に向ける。

彼等を痛めつけてくれた敵を迅速に倒す。

それが、今の織斑千冬に出来る事だった。


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