午前中の授業を終えて、食堂に移動した織斑一夏と篠ノ之箒とセシリア・オルコット。
料理を受け取り席に付いていたメンバーに話し掛けた凰鈴音。
「アタシは凰鈴音。よろしくね」
「篠ノ之箒だ」
「セシリア・オルコットですわ」
一夏の周囲の面々に明るい笑顔で自己紹介した彼女。
少年との関係を聞いて、無言で対抗心を燃やす箒。
何とも言えない状況に苦笑していたセシリア。
「しっかしまぁ…災難だったなぁ」
「心臓が止まるかと思ったわよ」
気の毒そうな面持ちを浮かべて朝の出来事について語る。
注意された本人でなくとも、相当な圧力を受けていた。
ゲンナリした様子で愚痴っていた鈴音。
「あれ?もう1人の男子は?アンタと教室で話してたでしょ?」
「用事があって今は別の場所に行ってるんだよ」
「そうだったの。何て名前?」
「篠ノ之イズル。私の親戚だ」
「世間って狭いわねぇ」
幼馴染と話している傍ら、もう1人の男子がいない事について尋ねる。
篠ノ之イズルは布仏本音に連れられて別行動を取っていた。
少年の行き先を聞いて納得した様子で名前を聞く。
隣の席の少女の親戚という事実に、呆れながら呟いていた鈴音。
「そういや鈴。教室に来た時、何を言おうとしてたんだ?」
「アンタ達がクラス対抗戦について話してたからちょいと警告をね」
「警告?何かあるのか?」
会話の最中に朝の出来事について問い掛けた一夏。
千冬に注意された時は気の毒だったが、何の為に教室に来たのか分からない。
その言葉を聞いて、不敵な笑みを浮かべていた彼女。
警告という単語に疑問を抱いていた面々。
「そう簡単に勝てる程甘くないって事よ。中国の代表候補生のアタシが相手なんだから」
「マジかよ…」
只でさえ勝てるか怪しいのに、セカンド幼馴染に齎された新情報に頭を抱える。
「それで一組の代表は誰なの?候補生がいるって聞いてたけど」
「…俺です」
興味津々といった様子で一組を代表する人間について聞く。
候補生がいると聞いていた少女は、相手の顔を知っておきたかった。
機体に胸を膨らませていた鈴音に、下を向いて小さな声で応えた一夏。
「嘘付くな。アンタは候補生じゃないでしょ」
「そうだけど、成り行きでこうなったんだよ」
「ちなみに私がイギリスの代表候補生ですわ」
冗談としか思えない返答に不快感を露にする。
少年としても否定したかったが、この現実に変わりは無い。
金髪の縦ロールを揺らしながら、自らがイギリスの候補生であると告げたセシリア。
「…そう。念の為に聞いておくけど、ISの操縦経験はあるわよね?」
「当然だろ。試合を合わせて1時間しか動かしてないけど…」
「バカなの?勝負を捨てたの?」
「うるさい」
軽い頭痛に苛まれながら、必要最低限の確認を取る。
言葉を失うような返事を聞いて、一組の人間の正気を疑う鈴音。
散々な言われっぷりに不貞腐れる少年。
一通りの会話の後、彼女の酢豚発言で一悶着あったのは言うまでもなかった。
その頃、学園のIS整備室でディスプレイを操作しながら、RED5の武装について説明をする篠ノ之イズル。
「やっぱりRED5は凄いな~」
「信じられない…」
少年の話に聞き入って瞳を輝かせていた布仏本音。
RED5を開発した篠ノ之束に尊敬と畏怖の念を抱く更識簪。
特にHEPキャノンの多機能性に動揺を隠せなかった。
天災の発明を打鉄弐式の開発の助けになればよいと考えていた彼女。
ズリ落ちそうになる眼鏡を掛け直して、イズルの説明に全神経を傾ける。
(機雷散布…これを活かせれば)
少年の話を聞き終えて顎に手を当てて考え込む。
接近戦が主体の相手には、強烈なカウンターとして効果を発揮できる。
他にもHEPキャノンやマルチランチャーにも興味を抱く。
しかし、天災が発明した物をそう簡単に再現できる道理は無い。
学生である自分にも開発可能な武装を脳内で取捨選択していた。
それから数分後、RED5に関する話題を切り上げて、ヒーロー談義に花を咲かせるのだった。
午後の授業を終えて日も暮れた頃、額に青筋を浮かべていた凰鈴音が同室の生徒であるティナ・ハミルトンに愚痴を零していた。
織斑一夏が異様に鈍感である事は熟知していたが、あんまりな結果に苛立ちを隠せない。
「そりゃハッキリ言わない私も悪いけどさぁ…でも…」
「回りくどくない?さっさと行動しないと他の誰かに取られちゃうわよ?」
小声で何度も文句を呟いている友人に呆れながら話し掛ける。
確かに彼の朴念仁っぷりは大きな問題だが、昔からその事を知っている鈴音ならば、有効な手段を取れた筈だ。
世界最強のIS操縦者である織斑千冬の弟。
男性でありながらISを動かせる希少な人間。
それなりに整った容姿。
目の前の友人は知らないが、学園内で彼を狙っている人間は多い。
「アアアンタ何言ってんのよ!?別に私は…!」
「はいはい分かってるって」
「うぅ…」
ティナの一言を聞いて、顔が真赤に染まり咄嗟に否定するが説得力が無い。
素直になれない性格を不憫に思いつつも、適当にあしらっていたティナ。
見透かされたような物言いに小さな声で唸る鈴音だった。
翌朝、休日を迎えてグラウンドに集合した織斑一夏と篠ノ之イズルとセシリア・オルコットと篠ノ之箒。
クラス対抗戦に向けて気合を入れていた面々。
学食デザートの半年フリーパスの入手を期待していたクラスメイトの眼差しを思い出す。
(やっぱり中止にならないよな…)
相手は凰鈴音だけではない。
リーグマッチを勝ち抜いて1位にならなければ意味が無い。
そう考えるだけで胃が痛くなっていた一夏。
「まずはランニングだね。一緒にヒーローになろう!」
「おお…気合充分だな」
元気一杯のイズルに圧倒されながらも準備運動を始める。
基礎体力を向上させる為に10キロメートルのランニングを開始した2人。
特に貧弱という訳ではないが、どんどんイズルに引き離されてしまう。
スッキリした顔の少年と対照的に、何度か咳き込みながら呼吸を整えていた一夏。
「次は私の番ですわね」
「ちょ、ちょった待った…!」
「織斑先生にアリーナの使用許可は貰っています。行きましょう」
折角の休日と言っても時間を無駄にする気は無い。
休む暇を求めるが却下されて、アリーナまで引き摺られていく。
ISスーツに着替えてブルー・ティアーズを装着していたセシリア・オルコット。
呼吸が乱れながらも白式を呼び出した織斑一夏。
観客席に移動していた篠ノ之イズルと篠ノ之箒。
「さぁ行きますわよ!」
「こうなったらヤケだ!」
ビットを周囲に飛ばしたセシリアと雪片弐型の柄を握り締めた一夏。
模擬戦と同じ結果になるかは分からない。
素人と見下して加減を加える気など微塵もない。
無闇に零落白夜を発動させてエネルギー切れという同じ轍を踏む気はない。
ターゲットに向けて一直線に突っ込んだ一夏。
武器が雪片弐型だけであり、接近戦に持ち込む必要がある。
その事を理解しているセシリアはビットを巧みに操り攻撃を仕掛ける。
模擬戦時と全く異なる怒涛のような射撃に翻弄されて、ターゲットに近づけずシールドエネルギーが削られてしまう。
最寄りのビットを切り裂こうと接近するが、他のビットからの射撃により妨害される。
結局、セシリアに一撃も浴びせられずに敗北したのだった。
彼女との試合を終えて地面に座り込んだ一夏。
そんな少年の前に打鉄を身に纏った篠ノ之箒が現れた。
「よし。私で最後だ」
「もう無理だって…」
「諦めるな一夏」
元々、遠距離をセシリアが担当。
近距離を箒が担当するのだったが、一夏の体力は既に限界を迎えていた。
情けない幼馴染を立ち上がらせて、近接ブレードを構えて戦いに備える。
諦めた一夏は深呼吸した後、雪片弐型を持つ手に力を込めた。
専用機と量産機の戦いが開始した。
「…くぅ!」
ブレードが激突する音がアリーナに響き渡る。
「動きが鈍いぞ!」
ISの性能は白式に軍配が上がるが、追い込まれていたのは一夏だった。
相手のIS適正は高いとは言えないが、剣道の全国大会で優勝している腕前は伊達ではない。
少年の斬撃を難なく受け流して強烈な一撃を何度も叩き込む。
そして、シールドエネルギーが底を尽いてISが停止してしまう。
「つ…強ぇ…」
疲労の蓄積も影響しているが、彼女が自分より格上であると再認識するのだった。
限界を超えた一夏を休憩させた後、教室の使用許可を貰って移動した面々。
織斑一夏のISに関する知識は少なく、早い内に頭に叩き込む必要があった。
「まずはイグニッションブーストについてですわね」
「イグニッションブースト?」
聞き覚えの無い単語に怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。
イグニッションブーストについて簡単な説明を行うセシリア。
接近戦しか出来ない彼にとっては習得必須の技能と言えた。
「後で凰さんのISについて調べる必要がありますわね」
「今の一夏には分の悪い相手だな」
「言われなくても分かってるよ」
集められる範囲での情報収集を提案した少女。
勝ち目の薄い戦いの勝率を上げる事に賛成した。
理解していたが、容赦無く突き付けられた現実に不貞腐れていた。
「凰さんに勝てそう?」
「ぐ…」
「難しいだろうな」
「ですが、一夏さんを素人と侮っているなら付け入る隙があります」
イズルの悪意の無い質問に言葉に詰まる一夏。
小さく溜息を吐いて本音を述べた少女。
沈んだ空気が教室を包む中、勝機はあると断言したセシリア。
「イグニッションブーストだな」
「さっきの話だな。そう簡単に身に付けられるのか?」
「それは一夏さんの努力次第です」
「だよなぁ」
「頑張ろうね」
「ああ」
勇気付けられる発言に暗い雰囲気が霧散する。
勝ち目は薄いがゼロではない。
織斑一夏のイグニッションブーストの習得を目標に決めて本日の特訓は終了したのだった。
その頃、IS学園の整備室に訪れていた織斑千冬と山田真耶。
彼女達の正面には、厳重なロックが掛けられたコンテナが設置されていた。
中身は篠ノ之イズルに向けた篠ノ之束からの贈り物だった。
「戦争でも仕掛けるつもりか…」
ディスプレイに映ったRED5専用の兵装のデータを見て呆れ果てる。
ISの全長に匹敵する両刃の大剣。
肩部に装着する2門のビーム兵器。
形状の異なる砲身が4門も付いているマルチランチャー。
その上、ディスプレイには『まだまだあるけど開発中だよ。束さんに限界は無いのだ!』という文字が表示されており、強烈な頭痛に苛まれていた。
「あの、織斑先生。この装備は競技に用いても大丈夫でしょうか?」
「アイツはロックを掛けたから、心配は無いと言っていたな」
「良かったです」
千冬の言葉に安堵して胸を撫で下ろしていた真耶。
篠ノ之イズルが故意に人を傷付けるなど考えていない。
しかし、海上での戦いの映像が脳裏に焼き付いて離れない。
使用すら出来ない武器を送るなど矛盾しているが、仕事に追われていた彼女達は、その事に気付かなかった。
人々が寝静まっている時間帯、倉持技研内の研究室でディスプレイに映し出された白式を眺めていた眼鏡を掛けた女性。
そんな彼女に背後から近づいて来る人影があった。
「ア~ユミちゃん」
「ひゃあ!?」
その人物はディスプレイを見ていた彼女の胸を鷲掴みにする。
突然の感触にびっくりして大きな声を上げてしまう。
「ん~…いい揉み心地ね」
「かか、篝火さん…驚かさないで下さいよ」
「ごめんごめん」
ISスーツを着込んだ篝火と呼んだ彼女に涙目で抗議する。
反省などしていないが、とりあえず謝った後、ディスプレイに映った白式に気付く。
「白式のデータ?興味あるの?」
「は、はい。世界初の第四世代機で…それに倉持技研が開発を担当しているので…」
「完成させたのは篠ノ之束だけどね~」
意地悪そうな笑みを浮かべて、オドオドしている様子の新入りに話し掛ける。
世界初の男性IS操縦者が駆る世界初の第四世代機。
ISの開発・研究に携わる者として大いに興味を唆られるのも仕方ない。
気の弱い新人を可愛がった後、研究室を出て行く篝火ヒカルノだった。
翌朝、倉持技研から最寄りのマンションに帰った紫藤アユミ。
部屋の扉を開けて彩りの無い部屋の隅に設置してあるベッドに腰掛ける。
盛大な溜息を吐いて、眼鏡を放り投げて、自らの顔を皮膚を力任せに引っ張る。
変装用のマスクが外れると、気の弱い研究員の紫藤アユミの姿は無かった。
織斑千冬に酷似した容姿が特徴的な少女。
冷蔵庫から烏龍茶を取り出して、コップに注いで一気に飲んでいた時、ベッドの上に置いていた携帯電話が振動する。
コップをテーブルの上に置いて、無言で着信ボタンを押して耳に近づける。
「こんばんわエム。調子はどうかしら?」
「特に問題は無い」
連絡してきたのは上司であるスコール・ミューゼル。
何となく楽しげな口調の彼女とは対照的に、事務的な言葉遣いで返していた。
「流石はエムね。面白い話を持ってきてあげたわよ」
「面白い話?」
「もう1人の男性IS操縦者について」
普段と変わらない部下の反応を楽しみつつ本題に入る。
彼女が持って来た話に怪訝な表情を浮かべたエム。
その発言を聞いて、織斑一夏の次に現れた人間を思い出す。
「篠ノ之イズルだったか。彼女の弟らしいな」
「ご名答。彼のデータを送ったから見て頂戴」
倉持技研の潜入に神経を磨り減らしていた為、件の人物について名前しか知らなかった。
スコールの発言から数秒後、ディスプレイを出現させると、少年の顔が映し出された。
「な、何でコイツが…!?」
「…どうしたの?酷く狼狽えてるみたいだけど」
忘れる筈も無い人物の顔を見て驚愕して声を上げる。
クールな彼女らしくない反応に疑問を抱いて話を聞く。
「…日本に来るときの飛行機の中で…隣の席に座っていた」
「ベタね」
「私に言うな!」
「フフ…ごめんなさいね」
頭を抱えながら小さな声で事情を説明する。
あの変人が二人目のIS操縦者など何かの冗談だと言いたい。
率直な感想を呟くスコールに声を荒らげて抗議する。
年齢相応に怒る少女に新鮮さを感じて頬を緩めながら謝った。
「それで彼のISに興味が湧いてね。今度、会ってみようかなと思うの」
「IS学園に乗り込むつもりか?」
「力技は必要無いの。それとなく潜入すればいいし」
「…私に行けと?」
脱線した話を終わらせて、知る限りのRED5の情報を送るスコール。
篠ノ之イズルはIS学園の生徒であり、接触するのならば面倒事は避けられない。
潜入という単語を聞いて猛烈に嫌な予感がする。
「その内ね。貴方にやって貰いたい任務があるのよ」
「待て。倉持技研の件はどうするつもりだ?」
「他の人間に引き継がせるわ」
「お前は…全く…」
ようやく慣れてきた潜入任務から強制的に引き離される。
その上、休暇も与えられずに新しい仕事を言い渡された。
横暴な指令に額に青筋を浮かべて文句を垂れる。
「それで私に何をやらせるつもりだ?」
「貴女にはサイレント・ゼフィルスの強奪をやってもらうわ」
「イギリスが開発した最新式のISか。ブルー・ティアーズの後継機らしいな」
「ええ。私がサポートするから安心しなさい」
「了解した」
刺々しい雰囲気を醸し出しながら、スコールに話の続きを促したエム。
任務の内容を聞きながら、件のISに関する情報を調べ始める。
上司からの通信が終わり携帯電話をベッドの上に置く。
厄介事に巻き込まれたと辟易しつつ、新しい任務に向けて行動するのだった。