クラス代表決定戦から数時間後、自室でヒーロー物のアニメを鑑賞していた更識簪。
ヒーローに倒された怪人が巨大化して、対抗する為に陸海空と問わずにロボットが出現。
合体して激闘を繰り広げた後、お決まりの必殺技で戦いに勝利。
昔から見慣れた光景だったが、不思議と飽きは来なかった。
「楽しかった」
録画していた番組を見終えて満足していた彼女。
その後、机に腰掛けて愛用のノートパソコンを起動してとある作業に没頭する。
キーボードを忙しなく叩きながら、今日の模擬戦について思い出していた。
(実力はあると思うんだけど…)
イギリスの代表候補生の攻撃を全て回避して、エネルギー切れに持ち込んだ篠ノ之イズル。
技量は相当な物と断言していい。
しかし、少年はセシリア・オルコットに攻撃を加えなかった。
ヒーローを目指すのならば、前途多難な結果だと言える。
未熟な部分と抱えている人間が、徐々にヒーローになっていくのも、それはそれで良いと考えていた更識簪。
(彼のなりたいヒーローってどんなのだろう?)
ふと、頭の中にそんな疑問が浮かんだ。
彼が目指すヒーローと、自分が憧れているヒーローが一致している保障は無い。
ブリュンヒルデの称号を持つ織斑千冬もある種のヒーローと呼べる。
ヒーローになる事を夢見ているイズル。
実現出来るかは兎も角、夢を見るだけなら自由だ。
ヒーローが助けに来てくれる事を望んでいる更識簪。
別に悪者に囚われているのでも、何者かに狙われているのでもない。
そんな自分をどう助けるのかと聞かれても答えられる自信は無い。
小さく溜息を吐いて、思考を切り替えてキーボードを操作するのだった。
(流石に言い過ぎたかしら…)
部屋に備え付けられた浴室でシャワーを浴びていたセシリア・オルコット。
今日の出来事を思い返して複雑な表情を浮かべていた。
篠ノ之イズルを罵倒してしまったが、彼を非難するのはお門違いだ。
冷静さを取り戻していた彼女は、彼等に対して申し訳ない気持ちを抱く。
試合について反省すると同時に、一週間前の話し合いについて思い返す。
織斑千冬と山田真耶の前で日本を侮辱した事。
代表候補生と留学生の立場は全く異なるのだ。
オルコットの名に泥を塗るような愚かな行為に気が沈む。
とりあえず、教師とクラスメートに謝罪する事を決意したセシリアだった。
同時刻、篠ノ之束に試合の結果を報告していた織斑千冬。
「そっかぁ。予想通りだね」
普段の飄々とした態度を崩さずに話していた彼女。
その言葉を聞いて、携帯電話を握る右手に力が入る。
「お前は何とも思わないのか?」
「当然だよ~」
「…余裕だな。アイツは何も武器を使わなかったんだぞ?」
「勝てば官軍って言うもん。イズルならあの程度の相手に武器を使う必要は無いし」
攻撃を仕掛けなかった篠ノ之イズル。
試合に勝利した事実は揺るがない。
しかし、データの収集を望むのならば、この結果には困る筈だと考えていた。
自らの予想を裏切るかの様な物言いに怪訝な面持ちを浮かべる千冬。
「…イズルは何者だ?お前は何か知っているのか?」
「イズルはイズル。私の可愛い弟だよ」
篠ノ之束は彼の素性について話そうとしない。
それは、昔からの友人である自分も例外ではない。
知られたくない事があり、意図的に情報を隠蔽しているのか。
イズル個人が興味を唆られるだけの物を持っているのか。
予想していた返答を聞いて、電話相手を苛立ちを覚える千冬だった。
翌日、IS学園の廊下を歩いていた篠ノ之イズルと織斑一夏。
入学して2度目の休日を満喫する為、寮長の織斑千冬に外出許可を貰った。
出掛ける場所について雑談しながら玄関に到着した2人は、制服姿のセシリア・オルコットと遭遇した。
昨日の試合を思い出して、沈黙が周囲を包み込む。
そして、意を決した彼女はイズルの顔を見て…
「先日は申し訳ありません。取り乱してしまいまして」
「と、とにかく顔を上げて…」
一言謝って深々と頭を下げた。
彼女の予想外の行動にオロオロしていた少年。
慌てている彼を見て、少しだけ微笑んだセシリア。
「織斑さんにも迷惑を掛けましたね」
「気にすんなって。俺だって失礼な事を言っちゃったしな」
イズルに続いて謝罪をした彼女に、笑いながら返事をする一夏。
日本を侮辱されたから、イギリスを侮辱してよい道理は無い。
初対面の刺々しい雰囲気は既に存在していなかった。
玄関で雑談している内に、セシリアも街に行くことが分かり、一緒に出掛ける事にした2人。
それから1時間後、近くの港町に到着して買い物を始めた面々。
漫画を描くための画材を買い漁っていた篠ノ之イズル。
本当に漫画が好きなんだと改めて納得していた一夏とセシリア。
大規模な書店に訪れた際、ヒーロー物のコミックを発見して興奮していた少年。
(不思議な人…)
イズルの嬉しそうな顔を見て、無意識に微笑んでいた彼女。
高校生でありながら、ヒーローになるという夢を持っている。
彼が変わり者なのは間違いないが、不快感などは全く抱かなかったセシリア。
必要な物を買い揃えて、街中をゆっくり歩いていた時…
「織斑、オルコット、篠ノ之、聞こえているか?」
「な、何だ!?」
「聞こえています」
この場にいない筈の織斑千冬の声が聞こえた。
突然の出来事に激しく動揺した織斑一夏と、軽く困惑していた篠ノ之イズル。
彼とは対照的に、冷静に返事をしたセシリア・オルコット。
「所属不明のISが日本の領海に侵入した」
「っ!」
その言葉を聞いた途端、彼女の表情が一変する。
「時間が無い。お前達はIS学園に戻れ」
「待ってくれよ!何が何だか…」
「分かりました!」
有無を言わさない態度の千冬に抗議する一夏。
そんな彼の言葉を遮って返事をして連絡を終えたセシリア。
「何が起きてるんだ!?」
「説明している暇はありません!」
勝手に話を進めた彼女に詰め寄ろうとした少年。
しかし、彼女の気迫に圧倒されて口を閉じる。
「学園に戻ります!着いて来て下さい!」
「わ、分かった」
間違いなくセシリア・オルコットは焦っている。
千冬の連絡はそれほど重要な物だったのかと考えつつ、彼女の指示に従う事に決めた一夏。
彼等の会話に先程から口を挟まなかった少年。
複雑な気持ちを胸に抱いたまま歩みを進めていた。
IS学園行きのモノレールの構内は、多くの学生で混み合っており、人並みに攫われて2人と逸れてしまった篠ノ之イズル。
待機状態のRED5の機能を使って、連絡を試みようとした時、見覚えのある人影を発見して、その場から立ち去る。
外に移動したイズルを待ち構えていたのは、胸元が露出した服を着た篠ノ之束。
「どうしてここに?」
「ちょっとした用事があってね~」
少年の疑問に対して、適当にはぐらかしていた彼女。
用事の内容を答えてくれるとは限らない為、その事について言及する気は無かった。
「あ、話してる場合じゃなかった!」
「所属不明のISの事でしょ?」
「…知ってたの?」
「勿論。お姉ちゃんに分からない事は無いのだ!」
数秒後、現在の状況を思い出して慌て始めたイズル。
少年の反応を楽しみながら、件のISについて話した束。
驚きを露にしていた彼に対して、豊満な胸を張って自慢する彼女。
緊急事態でなければ、尊敬の眼差しを向けているが、今はそんな余裕など無い。
「心配?」
「…うん」
ISは既存の兵器を超える性能を誇る。
その圧倒的な力を震えば、多くの人々が危機に晒される。
全てを見透かしたような束の言葉を肯定するイズル。
「イズルは優しいね」
顔も名前も知らない他人を心配する。
篠ノ之束の様な人間には、その考えは理解出来ない。
心優しい弟の体を抱き締めて、優しい手付きで頭を撫でる。
そして、イズルから離れた後、正面の空間にディスプレイを出現させて操作する。
「『敵』の情報を送るね」
「お姉ちゃん…」
常人では決して追い付けない速度で指を動かしながら語り掛ける。
予想していなかった彼女の行為に目を見開く少年。
「止めても行くんでしょ?」
「ヒーローは…ここで逃げたりしないと思う」
見惚れる様な笑顔をイズルに向けて尋ねる。
確固たる決意を秘めた眼差しで応える。
ディスプレイの操作を終えた篠ノ之束。
「信じてるから」
「え?」
「イズルはヒーローになれるって」
その言葉を聞いて、胸に熱い物が込み上げてきたイズル。
正面の弟にウインクしてその場から立ち去った彼女。
数分後、路上で篠ノ之イズルと発見したセシリア・オルコットと織斑一夏。
少年と逸れて熱心に捜索していた2人は安堵して歩み寄った。
「見つかってよかったよ」
「と、とにかく戻りますわよ!」
彼の手を掴もうとした少女だったが、その手は虚しく空を切った。
「ごめん。先に行ってて」
「何を言って…」
「レッド5」
イズルの言葉の意味が分からず動揺していたセシリア。
彼女達を半ば無視するような形で待機状態のRED5に語り掛ける。
その瞬間、リストバンドから赤い粒子が現れて彼の全身を包み込んだ。
RED5を身に纏った篠ノ之イズルを見て驚愕していた2人。
「僕はヒーローだから…多分」
脱力するような物言いでありながら、蒼い瞳は燃えるような輝きを放っている。
上空に移動した後、背面のブースターが点火して、桁外れな速度で飛び去って行った。
数分後、IS学園のアリーナで出撃準備を整えていた織斑千冬と山田真耶と更識楯無。
各々のISを身に纏った彼女達に、コアネットワークを介して、セシリア・オルコットからの連絡が入る。
「何だと!?」
「頭が痛いわ…」
「私と織斑さんは救援に向かいます!」
「無茶ですよ!止めて下さい!」
「悪い!」
「処罰は後で受けます!」
「待て!!」
篠ノ之イズルが無断出撃した。
行われるのはスポーツではない。
殺し合いに発展する可能性は非常に高い。
ヒーロー願望を持つ少年には荷が重すぎる。
真耶の顔が見る見るうちに青褪めていく。
楯無も想定してない状況に頭を抱えていた。
勝手な行動をした面々に怒り心頭の千冬。
無謀な彼等を止める為、アリーナから飛び出した彼女達だった。
その頃、ターゲットの現在地を目指して海上を高速で移動しながら、篠ノ之束から与えられた情報をチェックしていた篠ノ之イズル。
先日の模擬戦と異なり、武装は問題無く使用出来そうだった。
寧ろ、武装は今までよりも増加している。
ディスプレイにはHEPキャノンとマルチランチャーが追加されていた。
続いて、彼女から提供された所属不明ISの情報に目を配る。
ターゲットの数は10機に上り、その全てが無人機だった。
針路はIS学園に向けられているが、道中には先程訪れていた市街地があった。
絶対に阻止しなければならない。
そう決意して移動している内に、ターゲットの無人機群と接触する。
灰色の機体に取り付けられた赤いモノアイが、不気味に蠢いてRED5を視界に収める。
「ここから先は通さない!」
自らの決意を言葉にして、ソードカウンターを構え戦闘を開始するのだった。
イズルを追い掛けたセシリアと一夏は、織斑千冬達と合流し目的地に向けて移動していた。
本来ならば、先に進めていたのだが、ISの展開方法を知らずに悪戦苦闘していた少年のお陰で、RED5との距離は益々離れてしまった。
彼女達に追い付かれた際、学園に戻るように促されたが、命令を頑なに拒否して同行を許された2人。
各々のトップスピードで移動を続けて、RED5と所属不明機をハイパーセンサーで捕捉した。
そこで信じられない光景を目撃して、驚愕を隠せる筈も無かった一同。
「な…」
海上で繰り広げられていたのは、RED5による一方的な蹂躙。
先程までセンサーにエラーが起きており、元々の所属不明機の数は分からなかったが、彼女達に見えるのは5体までだった。
敵ISが大量に射出する弾丸を潜り抜ける。
そのまま至近距離まで突っ込んで、ソードカウンターを用いてISの胴体を切断した。
シールドバリアー諸共敵対ISを破壊してみせたRED5。
同型機が撃破されても、無人機の攻撃は留まる事を知らない。
巨大な砲身から射出された荷電粒子砲が空を切り裂く。
他の機体も武装を変形させて、大量の弾丸を発射して集中砲火を浴びせる。
それでもRED5の機動性に追い付くことは出来ない。
所属不明の無人ISを見据えたイズルは、ディスプレイを操作してHEPキャノンを選択する。
RED5の右手に赤い粒子が集中して形を成す。
その手に握られていたのは、巨大なチェーンソーとも言える物体だった。
緑色に輝く刃が回転して駆動音が周囲に響き渡る。
瞬間加速を超える速度で敵機に接近して、上段から容赦無く攻撃を加える。
右半身と左半身を綺麗に両断されて、海に落ちる前に空中で爆散した無人機。
続いて、近くを高速で移動しながら弾丸を射出する敵機にHEPキャノンを向ける。
ガシャンという音が聞こえた途端、キャノンの先端からビームライフルが連射される。
大量の弾丸は無人機を貫いて、哀れな蜂の巣と化していた。
残りは既に2体のみとなっており、RED5から距離を取って荷電粒子砲を放つ。
チェーンソーに銃撃機能が備わっても、射程距離圏外に移動したら脅威には成り得ない。
そう考えるのは間違ってはいないが、HEPキャノンの武装は2つだけではない。
ターゲットに照準を絞ると、HEPキャノンの先端が伸びて、レールキャノンが射出された。
超高速で放たれた弾丸を回避出来る筈もなく、頭部を粉砕されて海面に叩き付けられる。
最後に残った1体もレールキャノンで腹部に大穴を開けて撃破された。
全ての敵を撃破した後、空中に静止していたRED5。
「…」
ルームメイトの信じられない一面を見て言葉を失っていた織斑一夏。
「…篠ノ之君?」
教員である山田真耶に実戦の経験は無い。
それでも、少年の異常性は充分に理解出来た。
「桁外れ…ね」
複数の所属不明ISを単機で蹂躙したイズル。
規格外のRED5を見詰めて、小さな声で呟いた更識楯無。
(束。何を考えているんだ?)
少年の操縦技術は規格外と言えるが、それよりも敵のシールドバリアーを容易く突破した事に動揺する織斑千冬。
もし、先日の試合で武装を使用していたら、セシリアが死んでいた可能性がある。
ISには絶対防御が搭載されているが、どんな攻撃からも操縦者を確実に守れる保証は無い。
それほどまでに危険な力を持つISを、イズルに持たせた篠ノ之束に憤っていた彼女。
(凄い)
大空を縦横無尽に飛び回るRED5に、釘付けになっていたセシリア・オルコット。
ヒーローに憧れるだけの人間とは違う。
見知らぬ誰かを守る為に圧倒的な力を奮う。
(篠ノ之…イズル…)
父親のように誰かの顔色を伺う人とは全く異なる。
母親のように数多くの成功を収めてきた人間とも違う。
RED5の雄々しい後ろ姿に注目して、鼓動が高鳴っている事に気付く。
胸に手を当ててイズルを眺めるセシリアの頬は少しだけ赤く染まっていた。
その頃、薄暗い部屋で戦闘の様子をモニタリングしていた篠ノ之束。
彼女と同じ部屋にいたクロエ・クロニクル。
「嘘…本当に…イズルなの?」
金色の瞳が揺れ動きつつも、モニターの映像を食い入る様に見詰めていた少女。
穏やかなで争いを好まない少年が、あそこまで荒々しい戦いをするなど想像出来る筈も無かった。
「移植したコアも問題無く稼働してる。右腕の反応が少し鈍いかな?調整が必要だね。RED5の武装は強力だけど、あれじゃ試合には使えないなぁ」
嬉しそうにブツブツ呟いて、空間ディスプレイを目にも止まらぬ速さで操作する束。
彼女が喜ぶ理由が分からず小首を傾げていたクロエだった。