3日前、クロエ・クロニクルが作った料理を食べながら、モニターに映し出された織斑千冬と篠ノ之イズルの模擬戦を眺めていた篠ノ之束。
「う~ん」
「イズル凄い…」
打鉄の攻撃を順調に避けていたRED5。
料理の様な何かを貪りながら、複雑な面持ちで考え込んでいた彼女。
世界最強のIS操縦者が相手でありながら、一切のダメージを負っていない少年に感嘆の声を漏らしていたクロエ。
「やっぱり駄目かぁ」
「どうしたの?」
2人の模擬戦が終わり、ガックリと肩を落として呟く束。
終始防御に徹していたが、大健闘とも言える内容だと感じていた少女は、その言葉の意図が掴めない。
「イズルが戦ってくれなきゃ意味無いよ~」
「あの性格じゃ仕方ないよ」
RED5の戦闘データを欲していた彼女は、この結果に不満を抱いていた。
主な武装は、両腕に取り付けられたソードカウンター。
大腿部に懸架された2丁のアームガン。
腰部の可動式アーマーに搭載された内蔵火器である連射銃の二―ブロック。
装備に乏しく、戦闘行動が行えないという事は無い。
最初の頃は、織斑千冬も少年に攻撃の隙を与えていた。
しかし、篠ノ之イズルは防御しか選択しなかった。
不貞腐れながら愚痴を零す束を見て、苦笑いしながら宥めていたクロエ。
「HEPキャノンも修復したのにねぇ」
「HEP…キャノン?」
落ち込んでいた彼女は、モニターにチェーンソーに酷似した武器を映し出す。
近接兵器にキャノンの名称を付ける意味が分からずに困惑する。
「遠距離・中距離・近距離の全領域に対応できる複合兵器でね。なんとビームライフルにレールガン、機雷にチェーンソーが使えちゃうのだ!」
小首を傾げて疑問を口に出していたクロエ。
その言葉を聞いて、自慢気に大きな胸を張って、この武器についての説明を行う。
RED5の本来の武装についての説明を聞いて絶句した彼女。
しかし、専用の武装を修復しても、肝心のイズルに戦う気が無ければ、宝の持ち腐れに変わりない。
「やっぱり『敵』を用意しないと駄目かなぁ…」
食器を洗う為に部屋を出て行ったクロエを見送り、小さな声で物騒な事を呟くのだった。
SHRが終わり、噂の男性IS操縦者を一目見ようと、他のクラスの女子が詰めかけていた。
ISは女性にしか扱えない。
当然の常識から外れた彼等に、興味を抱くのも無理はなかった。
「アタシもこのクラスに入りたかったなぁ」
「やっぱり織斑君が攻めで、篠ノ之君が受けだよね」
貴重な男子が一つのクラスに集中している状況に残念そうにしている生徒もいれば、織斑一夏と篠ノ之イズルを交互に見ながら、興奮した様子で語っていた生徒もいた。
遅刻した時に一発、自己紹介の時にもう一発、合計二発のげんこつを喰らった少年は、苦痛に顔を歪めて頭を擦っていた。
「い、イズル」
「箒…さん」
「箒で構わない。どうして遅刻したんだ?」
そんな時、椅子から立ち上がった篠ノ之箒が、緊張しながらイズルの名前を呼んだ。
お互いに顔を合わせるのは初めてであり、気軽に話せる雰囲気ではなかった。
登校初日に遅刻する少年に、何かが起きたのではないかと心配していた。
「それが…お姉ちゃん達と電話で話してたらこんな時間に…」
「…あの人は」
事情を聞いてきた箒に対して、言い辛そうに理由を話したイズル。
予想の斜め上の返答を聞いて、額に青筋を浮かべていた彼女。
「久しぶりだな箒」
「い、一夏…」
頭痛に苛まれていた彼女に、苦笑いしながら話し掛けた織斑一夏。
数年ぶりに再会した少年を見て、混乱しながらその名前を呼んだ。
箒が慌てる理由が分からず、不思議そうな表情を浮かべた少年。
「えっと…」
「さっきも言ったけど、織斑一夏だ。これからよろしくな」
「うん。よろしく」
反応に困っていたイズルに、苦笑しながら自己紹介した少年。
一夏の挨拶に緊張が和らいで、笑顔で返した途端、教室の外から黄色い声が上がる。
他の生徒の視線が集中しており、落ち着いた場所で話をする事に決めて、屋上に向かった織斑一夏と篠ノ之箒と篠ノ之イズル。
屋上に到着して、生徒の視線から逃れた少年達は、安堵の溜息を漏らしていた。
「同じ名字だけど、2人は知り合いなのか?」
「えっと…」
綺麗な海を一望していた時、一夏の質問を聞いて動揺したイズル。
どう説明すれば良いのか分からず言葉に詰まる。
「い、イズルは私の親戚なんだ」
困り果てていた少年に、慌てて助け船を出した箒。
「親戚?」
「そうだ。何か言いたい事でも?」
「いや…いい…」
目を泳がせながら説明した彼女に、疑問を抱かずにはいられない。
都合の悪い話題を終わらせる為、彼を睨み付けて無理やり話を中断させる。
それから、当たり障りの無い会話を行って、授業を受けに教室に戻った3人だった。
休憩時間を迎えて、複雑な面持ちでIS学園の廊下を歩いていた1人の少女。
(そんな人がいるんだ…)
授業中に、とあるクラスメートの会話が耳に入り、ある少年の事が気になっていた。
(ヒーローになる…か)
少年の名前は篠ノ之イズル。
織斑一夏に続いて出現した2人目の男性IS操縦者。
しかし、彼女の興味は少年の発言にあった。
今時、小学生でも言わない事を人前で堂々と告げた。
考え事をしながら歩いていた為、近くで誰かが廊下を走る音に気付かなかった少女。
「うわ!」
「きゃあ!」
曲がり角で男子の驚いた声が聞こえて、体がぶつかって尻餅をついてしまう。
彼女と接触した際に、篠ノ之イズルが持っていた荷物が散らばる。
「痛たた…」
「ご、ごめんなさい!」
軽い痛みに顔を歪めていた少女に慌てて謝っていた少年。
「大丈夫!?」
「う、うん」
「良かったぁ…本当にごめんなさい」
心配して手を差し伸べていた篠ノ之イズル。
その手を取り立ち上がった後、スカートを叩いて汚れを落とした。
嬉しそうな表情を浮かべた後、申し訳無さそうに頭を下げた少年。
(この人が…)
クラスメートの話題に上がっていた人間と、早速出会う事になり動揺していたが、どうしても聞きたい事があった。
「あの…ヒーローになるのが夢って本当なの?」
「え?」
唐突に浴びせられた言葉に、気の抜けた声を上げたイズル。
「その…噂になってたから…」
突拍子も無い発言を自覚して、目を逸らしながら恥ずかしそうに呟く。
ヒーローになる事が夢など、冗談半分で言っていると捉えられても仕方ない。
その言葉が本当か嘘か知っているのは、この場において篠ノ之イズルだけだ。
「そうだけど?何か変かな?」
彼女の質問を聞いた少年は、不思議そうに小首を傾げながら、自らの発言を肯定した。
照れ臭そうにソッポを向くのでも、自分が告げた言葉を逸らかすのでもなく、極普通の事の様に応えた。
「フフ」
「どうしたの?」
「凄いって思ったの」
予想外の反応に思わず笑みが零れた少女。
褒められる理由が分からず、その場で考え込んでいたイズル。
「あ、時間が無い」
「急がないと。えっと…」
「私は…更識…簪」
「僕は篠ノ之イズル。それじゃあね」
休憩時間の終わりが近づいている事に気付いて、教室に向かいながら自己紹介をした2人。
次の授業を終えて、食堂で昼食を取っていた長い金髪の少女。
彼女の名前はセシリア・オルコット。
織斑一夏と篠ノ之イズルとの会話の内容を思い出していた。
(何なのかしら…)
IS学園の学生でありながら、ISに関する知識を殆ど持っていない少年。
ISの知識は持っているが、授業中にスケッチブックに絵を描いていた少年。
授業を終えて話をしてみれば、代表候補生の立場の自分に興味を持たない織斑一夏。
媚を売るのでも萎縮するのでもなく、尊敬の眼差しを向けてきた篠ノ之イズル。
今まで出会った事の無いタイプの人間。
しかし、それよりも気になっている事があったセシリア。
(試験官に勝利するなんて…)
ISの碌な知識も無い人間が、模擬戦で試験官に勝利したという事実は受け入れがたい。
試験を担当した人間に腹立たしさを抱きつつ、黙々と食事を取る彼女だった。
放課後、クラスメートである布仏本音に、生徒会室に連れて行かれたイズル。
「はいるね~」
「失礼します」
彼女に手を握られた少年は覚悟を決めて、ドアを2回ノックして中に入った。
ソファに座っていた更識楯無と、淡々で紅茶を入れていた女生徒。
「登校初日に呼び出しちゃってごめんなさいね」
「いえ」
少年が訪れた事を確認して、朗らかな笑顔を浮かべて謝った彼女。
「いただきま~す」
テーブルの上には高級そうなお菓子が置いてあり、颯爽と摘み食いをし始めた布仏本音。
彼女の行動に苦笑いしつつ、イズルをソファに座らせた楯無。
「どうぞ」
「ありがとうございます。えっと…貴女は?」
「IS学園の3年生で、生徒会会計をやっています。布仏虚と言います」
「し、篠ノ之イズルです」
紅茶を入れたカップを少年に手渡した眼鏡を掛けた三つ編みの生徒。
差し出された紅茶を受け取り、感謝の言葉を述べつつ名前を聞いた。
年上でありながら丁寧な対応をする虚に動揺していたイズル。
「あの…それは何ですか?」
「扇子だけど…初めて見るの?」
「はい」
彼女が持っていた扇子を物珍しそうに凝視していた少年。
日常生活で用いる場面は少ないが、日本人の知らない物ではない。
彼女の言葉を聞いた彼は、包み隠さず正直に応えた。
「使ってみる?」
「いいんですか?」
「ええ」
楯無の扇子を見続けていたイズル。
苦笑していた彼女は、少年に扇子を貸して使い方を教える。
楽しそうに仰いでいる姿を見て微笑んでいた彼女。
「それじゃあ、本題に入らせてもらうわね」
「分かりました」
篠ノ之イズルから扇子を返してもらい、真剣な面持ちで話し掛けた更識楯無。
目の前の少年は織斑一夏の様にハッキリとした出自を持たない。
IS学園の生徒会長として、不審な人物を野放しにはしておけない。
「貴女は篠ノ之箒さんの親戚でいいのかしら?」
「はい」
その問い掛けに応えた彼を見て、微かに眉を顰めていた。
楯無が独自に保有しているルートで調査した結果、少女の親族に篠ノ之イズルという人物は存在しない。
偽の経歴を作るとしても、もう少し巧妙な物を作るのが普通だ。
まるで、気付かれても構わないという意図を感じ取れる程に。
「…今までは誰と暮らしていたの?」
「篠ノ之束ですけど…」
真剣な眼差しで問い詰める楯無に、戸惑いつつ正直に応えていたイズル。
包み隠さず正直に応える彼の姿に、複雑な気持ちを抱いていた。
それと同時に、ISの開発者が関わっているという推測が当たり、心の中で盛大な溜息をついた。
篠ノ之束が少年を送り込んだ真意は不明な以上、もう引き出せる情報は無いと判断する。
「それ…」
「RED5の事ですか?」
「RED5?貴方のISの名前かしら?」
「はい」
少年が随分と可愛らしいデザインのリストバンドを付けている事に気付いた楯無。
全てのISの情報を網羅していないが、篠ノ之束が関係している以上、単なるISではないと警戒していた。
「かわいいうさぎさんだね~」
「ありがとう」
待機状態のRED5を見て、お菓子を食べていた布仏本音が率直な感想を述べる。
姉がデザインしたリストバンドを褒められて嬉しそうに感謝した少年。
「ISの操縦経験は?」
「それが…分からないんです」
「分からない?」
当たり障りの無い質問を聞いて、沈んだ面持ちを浮かべていたイズル。
本人なのに、ISの操縦経験の有無が分からない筈が無い。
「僕には3年より前の記憶が無いんです」
「…ごめんなさい」
「気にしてませんから」
事情を知らない楯無に詳しく説明した少年。
予想していなかった言葉に、申し訳無さそうに謝った彼女。
他にも聞きたい事はあったが、生徒会の仕事が残っている為、少年との会話を切り上げた。
それから少しだけ時間が過ぎて、割り当てられた部屋に入った篠ノ之イズル。
「痛ってぇ…」
「その顔…どうしたの?」
部屋に入った少年が目撃したのは、顔に氷嚢を当てている織斑一夏だった。
「部屋を間違えて、箒に襲われちゃってさ…はは」
付け加えるならば、彼女がシャワーを浴びた直後の出来事だった。
それぞれのベッドに腰掛けて、仲良く談笑を始めた2人。
最初にIS学園に入学した経緯を語った一夏。
不慮の事故で偶然ISを起動させた事。
篠ノ之箒とは数年振りに再開した幼馴染であるという事。
少年の話を聞き終えて、自分がIS学園に入学した経緯について話したイズル。
篠ノ之束と一緒に暮らしているという言葉に衝撃を受けていた一夏。
一緒の部屋になった人間同士、名前で呼び合うという提案を受け入れた少年。
翌朝、目覚まし時計の音で目覚めた織斑一夏は、部屋に篠ノ之イズルがいない事に気付く。
釈然としない気持ちのまま、食堂に到着して篠ノ之箒の隣の席に座った。
「イズルはどうしたんだ?」
「それが部屋にいなくってさ」
彼の行方は知れないが、IS学園で失踪など有り得ないと高を括り、朝食のメニューを眺めていると、ジャージ姿の織斑千冬が食堂に入って来た。
「織斑先生。イズルを見ていませんか?」
「アイツならランニングをしていたぞ」
「何で?」
彼女の思いも寄らない返答に、小首を傾げていた少年と少女。
何か問題を起こしたのかも知れない。
不安げな表情を浮かべていた2人。
「ヒーローには修行が不可欠だそうだ」
イズルから聞いた言葉を、苦笑いしながらそのまま伝えた。
先日のヒーロー宣言は本気だと理解して、何とも言えない気持ちになる一夏。
その行為に刺激された箒は、朝食を平らげて剣道場に向かった。
IS学園のグラウンドで日課のランニングをしていた篠ノ之イズル。
記憶を失ってからも、ヒーローになる為の特訓は欠かさなかった。
トラックを何周も回っているが少年の表情は晴れない。
(何で…あんな気持ちになるんだろう)
朝早く起きて、食堂を横切った時、メニューの塩辛とカレーが目に入り、どうしようもなく胸が苦しくなった。
クロエ・クロニクルが作ったケーキを食べた時も同様だった。
無性に寂しい気持ちになりつつも、グラウンドを回り続けて、10kmを走った後で食堂に向かい、織斑一夏と合流して朝食を取るのだった。
それから数時間が経過して、HRでクラスの代表を決める話になった。
クラスメートに推薦されていた織斑一夏と篠ノ之イズル。
動揺していた少年達を無視して、抗議の声をあげていたセシリア・オルコット。
彼女の失礼な物言いに対して、不満を隠そうともせず反論した一夏。
少年と少女の言い合いが始まり、それを見ながらスケッチを始めたイズル。
そのスケッチブックには、2人の口論の様子が絶妙な下手さで描かれており、言葉を失っていた篠ノ之箒。
話の最中に勝手な事をしているイズルの頭を出席簿で叩いた千冬。
衝撃を受けた拍子に、持っていたスケッチブックが落ちて、描いていた内容が一夏とセシリアの目に入る。
「け、決闘ですわ!貴方達2人と!!」
どんなリアクションを取るべきか分からず、完全にフリーズしていた一夏。
怒り心頭のセシリアは顔を真赤に染めて、少年達を指差して決闘を申し込んだ。