IS ヒーローを目指す者   作:ATARU

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第2話

とある都市の空港で、篠ノ之イズルを見送る篠ノ之束とクロエ・クロニクル。

束の格好はあまりにも奇抜だった為、周囲の人間の視線を否応無しに集めていた。

 

「イズル…」

「大丈夫だって」

 

寂しそうな顔のクロエに対して、安心させるように返事をしたイズル。

笑顔で話していた少年だったが、本当は寂しさを感じている。

数年間の間に渡って、一緒に暮らしていたのだ。

 

「お姉ちゃんに何時でも連絡していいからね」

「う…うん」

 

ウサミミが普段より垂れ下がり、少年の体を強く抱き締めた篠ノ之束。

豊満で柔らかい胸の感触と、彼女の優しい物言いに、恥ずかしそうに顔を背けながら返事をする。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

ハグから開放されて、別れを告げた篠ノ之イズルはゲートに向かう。

空港の外に移動して、少年が乗った飛行機を眺めていた彼女達。

クロエ・クロニクルの表情は晴れなかった。

 

「本当に大丈夫だと思う?」

「それは分かんないよ」

 

過去の記憶を失っている少年が、IS学園で上手く生活を送れるのか。

国家の介入を許さないとはいえ、彼を秘密裏に狙う勢力も出て来るだろう。

少女が抱いていた疑問を聞いた彼女は、苦笑しながら正直に応える。

フォローは期待していなかったが、予想通りの返答にガックリと肩を落とす。

イズルを心配するクロエの姿を見て優しく微笑んでいた束。

 

「分かんないし、心配だから、毎日連絡するもん」

 

落ち込んでいた少女にウサミミを上下に動かしながら話し掛けた彼女。

毎日という単語を聞いて顔を上げて困惑していたクロエ。

 

「本当にいいの?」

「クロエもイズルの声が聞きたいでしょ?」

「…うん」

 

彼と話したいのは嘘偽らざる本音だ。

しかし、流石に毎日連絡するのは気が引ける。

苦悩していたクロエも、束の誘惑には勝てず、余所を向いて恥ずかしそうに応えた。

 

 

 

飛行機の中でスケッチブックを広げて、黙々と漫画を描いていた篠ノ之イズル。

 

(何だコイツは…)

 

深々とニット帽を被り、眼鏡を掛けていた黒髪の少女は、隣の少年を見て困惑していた。

番号順に割り振られた席に座った彼女は、日本に到着するまで眠るつもりだった。

しかし、隣の席でありながら、スケッチブックを広げて、何かを書いている少年のお陰で、リラックスする事さえままならない。

目的地に到着するまで、この苦行を耐える気など更々無い少女は、隣の少年に対して…

 

「邪魔だ」

「邪魔?」

 

そう一言告げた。

彼女の言葉の意味が分からず、漫画を書く手を止めて尋ねるイズル。

 

「そのスケッチブックだ。鬱陶しい」

「あ、すいません」

 

具体的に言う必要があると考え、彼が持っていた物を指差して話す。

スペースを圧迫していた事に気付いて、彼女に謝ってからスケッチブックを閉じた。

ようやくリラックスで出来ると安堵して、目を閉じて眠りに就こうとする。

しかし、数分が経過して、何かを書いている音が聞こえてくる。

落ち着いた空間で眠りたかった彼女は、睡眠を妨害されて苛立ちながら目を開けると、隣の席に座っていた少年が、黙々とノートに絵を描いていた。

 

「…おい」

「どうしました?」

「描くのを止めてくれないか?気が散って眠れん」

「は、はい…」

 

腹立たしい気持ちを抑えながら、少年にもう一度話し掛ける。

彼女の声を聞いた篠ノ之イズルは、ペンを止めて不思議そうな表情を浮かべる。

態度こそ冷静だったが、凄まじい威圧感を全身から発散していた少女。

彼女が怒っていると理解して、落ち込みながらノートを片付けた。

 

(ようやく落ち着ける…)

「あの、ちょっといいですか?」

「…今度は何だ?」

 

溜息を吐きながら、腕を組んで再び眠り始めようとする。

しかし、彼に話しかけられたお陰で、また睡眠を妨害されてしまう。

無視したいと思いつつも、少年の相手をする律儀な少女。

 

「僕が描いた漫画を見てもらってもいいですか?」

「何で私が…」

「お願いします」

 

そんな彼女に対して、鞄からノートを取り出して、描いた漫画のチェックを求めたイズル。

断ろうとしたが、彼の真剣な眼差しを見て、諦めて受け取ってページを開く。

 

(これは…)

 

ノートに書かれた内容を見た少女は、流し読みしながらある事に気付く。

 

「どうでした?テーマは愛と正義です」

「下らん」

 

良い返事を期待して胸を膨らませていたイズル。

ノートを読み終えた彼女は、そう述べて少年に突っ返した。

漫画を読んだ事の無い自分でも十分に分かる。

 

これは面白くない

 

断言出来る

 

「やっぱりここは…こうした方が良かったのかな…でも」

「静かにしてくれ…」

 

ノートを返されたイズルは、顎に手を当ててブツブツ呟き始める。

彼のお陰で碌に休む事も出来ず、軽くグロッキーになっていた少女。

数時間が経過して、日本のとある空港に到着した頃、誰よりも先に飛行機を降りたのは、他でもない彼女だった。

 

 

 

空港の待合室の椅子に座って、篠ノ之イズルを待っていた織斑千冬と水色の髪の少女。

彼女の名前は更識楯無。

IS学園の生徒会長であり、学園内最強のIS操縦者でもある。

 

(篠ノ之イズル…何者なの?篠ノ之博士の関係者?)

 

一人目のIS操縦者である織斑一夏とは異なり、写真も公開されていない少年に興味を抱いて、出迎えに行く千冬に同行した彼女。

男性で唯一の男性操縦者が出現した事により、世界中の政府で男性を対象にIS適正の検査が行われた。

篠ノ之イズルに関する情報を収集する前に、世間に2人目の操縦者がリークされたと考えられるが、写真が公開されていないのは不自然過ぎた。

彼の篠ノ之という苗字から、篠ノ之束の関係者であると推測していた楯無。

彼女と関わりを持つ人間ならば、多少不自然な部分があっても納得出来る。

 

「気になるのか?」

「ええ。織斑君と違って、顔も分かっていませんから」

「それもそうだな」

 

少年について考え込んでいた彼女に話し掛ける千冬。

その言葉を聞いて、苦笑しながら正直に応えていた。

それから数分後が経過して、ゲートから出て来た一人の少年が、彼女達に近付いて来た。

 

「えっと…織斑千冬さんですか?」

「よくわかったな。織斑千冬だ。篠ノ之イズルだな?」

「は、はい」

 

若干緊張した様子の彼とは対照的に、堂々とした態度で応える千冬。

 

「へぇ、君が例の篠ノ之君ね」

「貴女は?」

「更識楯無よ。IS学園の生徒会長をやっているわ」

「よ、よろしくお願いします」

 

2人の挨拶が終わった後、笑顔で自己紹介を行った更識楯無。

 

(普通ね…意外)

 

想像と異なる容姿の少年に、拍子抜けしていた彼女。

胡散臭さも感じられず、素朴な少年という印象を抱いた。

IS学園に向かう為に、駐車場に止めてある千冬の車まで移動する途中、楯無が持っている携帯電話の着信音が鳴り響く。

電話の相手との会話を終えた彼女は、これから用事が出来たらしく2人と別れた。

 

 

 

車に乗り込み移動を初めて2時間後、IS学園に到着した篠ノ之イズル。

 

「ここがIS学園だ」

「近くに海がある…」

 

広大な敷地に加えて、学園の周囲の海に魅入っていた少年。

 

「早速で悪いが、お前には私と模擬戦をやってもらう」

「お、織斑さんとですか?」

「ああ」

 

海を眺めていたイズルは、模擬戦の相手が彼女だと聞いて動揺する。

織斑千冬は世界最強のIS操縦者であり、委縮せずにはいられなかった。

IS学園の校舎の廊下を歩きながら、アリーナに向かっていた2人。

 

「ISの操縦経験は?」

「無いと…思います」

「…そうか。だが安心しろ。加減はしてやる」

 

彼女の質問に対して、困った様な面持ちで応える少年。

篠ノ之イズルが記憶喪失というのは、篠ノ之束から聞いていた千冬。

勿論、彼に操縦経験があっても、手加減をする事に変わりはない。

 

「凄い」

「IS操縦者を見るのは初めてか?」

「はい」

 

アリーナに到着した後、中央でパイロットスーツらしき物を着ていたイズルと、訓練用のISである打鉄を身に纏った千冬が向かい合っていた。

彼女達と一緒に暮らしていた彼は、ISを見たことはあるが、装着した人間を直に見るのは初めてだった。

篠ノ之束から篠ノ之イズル専用のISを用意してあると連絡を受けていた彼女。

 

「ISの展開方法について教わっているか?」

「それなら、お姉ちゃんが教えてくれました」

「よし。やってみろ」

 

ISに関する基礎知識は教えられており、特に困るような事は現時点では無い。

赤いウサギが1匹、白いウサギが2匹、描かれているリストバンドを見る。

 

「RED5!ブラストオフ!」

 

その言葉に応えるように、リストバンドが光り輝いて、赤い粒子が少年を包む。

通常のISと異なり、素肌を全く露出しないRED5の姿に、宇宙空間の活動用として最適な見た目だと感じた彼女。

 

「それがお前の専用機か?」

「もう少し待って下さい」

(飛んだ?)

「リンゲージ!」

 

織斑千冬の問いかけに対して、慌てた様子で応えた後、空に向かって飛翔する。

少年の言葉と同時に、RED5の周囲に真紅のISが出現して分離する。

イズルが乗っている純白のISに、分離したパーツが装着された。

猛禽類を彷彿させる容姿になったRED5が地上に降り立つ。

 

「お待たせしました」

(成る程…確かに普通じゃないな)

 

篠ノ之束から、RED5はデータ収集の為、新たに製造したISだと聞いていた千冬。

 

(何だろう…この感覚…)

 

RED5に乗り込んでいたイズルは、RED5を最初に起動した時から、謎の違和感を覚えていた。

ISにコックピットは存在しない。

それなのに、操縦席に座って操縦桿を握っている様な感覚に陥っている。

 

「では…行くぞ!」

「くっ!」

 

少年の戸惑いなど知らず、近接ブレードを握っていた千冬が攻撃を開始する。

ウィングスラスターが輝いて、ターゲットとの距離を一気に詰める。

気を取られていたイズルだったが、彼女の斬撃を紙一重で回避した。

 

(ほぅ…)

 

手加減しているとは言え、最初の斬撃を回避した際の動作に無駄が無い。

彼の実力を把握する必要があり、徐々に攻撃の頻度を増やしていく。

 

(確かに速いけど…対応は出来る)

(少し試してみるか)

 

冷静さを失わず、千冬の攻撃を回避し続けていたイズル。

動きに余裕があると判断した彼女は、先程より苛烈な攻撃を仕掛けた。

避けに専念していた少年は、両腕に備え付けられたソードカウンターを展開して、近接ブレードによる斬撃を順当に捌いていた。

アリーナにソードとブレードの激しい衝突音が響く。

 

(…確かめてみるか)

 

彼の実力を確かめる為、ターゲットと一定の距離を取る。

何かを仕掛けて来ると推測して、ソードカウンターを構えた少年。

 

(これは!?)

 

数秒後、打鉄の後部のスラスター翼が激しい輝きを放ち、圧倒的な速度でRED5に迫った。

彼女の斬撃を、僅かに身体を逸らす事で回避して、そのまま上空に移動した。

 

(これも回避するか!?だが!)

 

瞬時加速を用いた攻撃を、初めて戦う少年に回避されて僅かに動揺する千冬。

しかし、評価を改める必要があると判断して、上空に移動したイズルを見据えた。

そして、打鉄のスラスターを次々と点火させて、直線的な機動とは異なり、立体的な起動を描いでターゲットに近付く。

 

「くっ!」

 

織斑千冬の強烈な一撃を、ソードカウンターで防いだ少年。

武器同士の衝突の影響で、近接ブレードに亀裂が入っていた。

 

「…終わりだ。模擬戦を終了する」

「わ、分かりました」

 

模擬戦の終わりを告げられて、RED5を待機状態に戻した篠ノ之イズル。

 

「ISを操縦した感想は?」

「それが…初めてじゃない気がするんです」

(…過去の記憶と関係しているのか?)

 

織斑千冬の言葉に対して、複雑な面持ちで応えた少年。

過去の記憶を失っている為、具体的な事は分からないが、どう考えてもISの操縦経験が無いとは思えなかった。

本日の要件を終えて、IS学園の校門に移動した千冬とイズル。

ビジネスホテルに宿泊する予定の彼を見送っていた彼女。

 

「あ…あの…」

「どうした?気になる事でもあるのか?」

 

先程から何かに悩む様な表情を浮かべていた少年。

彼女の言葉を聞いて、意を決した彼は鞄からスケッチブックを取り出して…

 

「漫画を見て貰ってもいいですか?」

「用事が控えているのでな。悪いが読んでいる暇は無い」

「そう…ですか」

 

描いてきた漫画のチェックを求めた。

IS学園の教師である為、時間に余裕の無い彼女は正直に告げた。

その言葉を聞いて、落ち込んでいた少年。

 

「…後で見てやるから、そう落ち込むな」

「あ、ありがとうございます!」

 

罰が悪くなった彼女は、感謝するイズルからスケッチブックを受け取った。

 

それから数時間が経過して、自室のベッドの上で、漫画のチェックを行いながら、今日の模擬戦について思い返していた織斑千冬。

篠ノ之イズルとRED5には謎が多過ぎる。

手元の携帯電話に目を配るが、束に連絡を取る事はしなかった。

彼が持って来たスケッチブックを見て…

 

(やはり面白くないな)

 

予想出来た結果に小さく溜息を吐く彼女。

翌日、篠ノ之イズルの情報が世界中に公開され、少年の顔は世界中に知られる事になるのだった。

 

 

 

数日後、IS学園の教室で、頭を抱えていた織斑一夏。

 

(どうしてこうなっちまったんだぁ!?)

 

篠ノ之イズルが来ていない為、教室内の視線が否応無く彼に集中する。

登校初日のハプニングに、一番ショックを受けていた少年。

隣の空席に目を配って、残酷な現実を再認識する一夏。

もう一人の少年がいない事に対して、クラスメートの女子達も困惑しており、あちこちで話し声が聞こえていた。

教師である山田麻耶は話を続けていたが、彼女達の耳には届いていないようだった。

 

「えっと…じゃあ出席確認を…」

「遅れてすいません!」

 

そして、彼女が出席確認を取ろうとした時、教室のドアが開いて一人の少年が入って来た。

謝りながら教室に入って来たイズルにクラスの人間の視線が集中する。

彼の頭にタンコブが出来ている事に気付いて動揺する一夏と箒。

 

「あの…篠ノ之イズル君ですよね?」

「は、はい」

 

控えめな態度で話し掛ける彼女に、緊張した面持ちで応えた少年。

その瞬間、静まり返っていた教室内は…

 

「きゃあああああ!!」

「写真より可愛い!」

「織斑君もイケメンだけど、篠ノ之君もイケメンだぁ!」

「弟にしたい!」

 

テンションの急上昇した女生徒の声に塗り潰されてしまった。

彼女達が喜ぶ理由が分からず、困惑の表情を浮かべていた少年。

 

「静かにしろ」

 

そんな時、IS学園の教師である織斑千冬が教室に入り、静かにするように注意する。

世界最強のIS操縦者である彼女に気付いた少女達のテンションは最高潮に達した。

盛り上がっている女生徒達を黙らせて、涙目になっている山田麻耶の方を見た。

 

「山田君。出席確認を」

「は、はい!」

 

千冬の言葉を聞いた彼女は、篠ノ之イズルを指定に席に座らせて出席確認を始めた。

確認は順調に進んでいたが、織斑一夏の番が回って来て…

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします。…以上です!」

 

堂々とした発言を聞いて、彼の頭を勢い良く殴った彼女。

一夏と千冬のやりとりを終えて、今度はイズルの番が回って来た。

彼の時と同様に、クラスメートの期待の眼差しが突き刺さる。

 

「ヒタ、篠ノ之イズルです。夢はヒーローになる事です。よろしくお願いします」

 

今時、小学生さえ言わない事を言い切って、先程よりも強いインパクトを与えた。

その発言をした本人は、ずっこけたクラスメートを見て、不思議そうに首を傾げていた。


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