大泥棒の卵   作:あずきなこ

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15 戦場を支配せよ

 姿を隠してからおよそ3分ほどが経過した。あまり長い時間隠れていると、指示を仰ぐためヒソカに連絡される恐れもあるため、腰を上げて動く準備をする。

 潜伏先の室内に蔓延する鉄臭さと生臭さ。そしてベタベタと纏わりつくように湿った空気。

 赤黒く染まった床と室内の空気を嗅ぎとって思う。この部屋めっちゃ居心地悪い。

 

 身を潜めてからまずしたことは、女の死体の腹をナイフで掻っ捌く事だった。

 人間、と言うか動物全般に言えることだろうけれど、死にたてのホヤホヤの死体は血が凝固していない上に肉が柔らかいのだ。なので肌を傷つければ生前ほどではないけれど血は流れる。

 ならばと思いついたのが、この死体の(はらわた)を抉り出し、ポッカリと空いた腹に卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を詰めて利用するという手段。腹の中で破裂させれば人間水風船として恐怖と血肉をまき散らして大いに活躍してくれるはずだ。

 卵の威力も上がっているので、ゼロ距離で威力減衰がほぼ無い腹部内爆発であれば、この死体をバラバラにする威力ぐらいは発揮できるはずだ。何より今の私は能力に依る強化状態によって、ワンダーエッグの性能も上昇しているし。

 成人女性はそこそこの質量と長さがあるから、足でも掴んでぶん回して武器にして、ちょうどいいタイミングで卵を破裂させてしまえばいい。頭部も顎を外して口の中に卵を詰める予定だけど、これは振り回したりぶん投げるよりももっと有効な方法で使わせてもらう。

 短い時間だったとはいえ、元仲間の肉体を使われるのは精神的にクルものがあるはずだし。死体だからといって捨て置くのはもったいない。

 ちなみに内臓を掻き出したせいで血に塗れた手は、彼女の着ていたドレスの裾で綺麗にさせてもらった。

 

 これで次の攻撃の時に使う道具の下拵えは完成。その後は傷口の治療を行った。

 出血はしていたけれどどれも深い傷ではなかったため、既に血はほぼ止まっている。

 これは今私が”絶”の状態であるのも大いに関係している。オーラが外に漏れないように体内に留めるこの技術は、気配を消すためだけのものではない。

 生命エネルギーとも呼べるオーラを体内のみで循環させることによって、自己治癒能力を高める効果もあるのだ。俗にいう”内功”というやつである。

 その治りかけの傷口を、足首に巻きつけてある細長い布を幾らか使って縛り応急処置。裾がひらひらするのを防止するためでなく、一応治療にも利用できるのだ。

 

 処置が必要そうな箇所を全てやり終え、準備完了さぁ殺そう、と思った頃には室内にが悲惨な状況になっていたというわけだ。

 正直こんな手段を使わずとも、残り2体であれば他の手段を使っても十分に勝利することは可能なんだけど。

 だけど私はここで無駄に傷を増やすわけにはいかないのだ。アイツらとの戦いは今夜のメインではなく、次に控えている戦いこそが私にとって重要なのだ。

 傷を増やさないようにするという意味ではここで逃げるという選択肢も無いわけではないけれど、今夜以降のことも考えると彼らは今仕留めるのが最良なので、ここで放置するわけにもいかない。顔も能力も見せたことだし。

 勝利しつつ、自身へのダメージは最小限に抑える。そのためには使えるものはなんだって使うべきだ。

 

 首から上は髪の毛を鷲掴みして持ち、下は片方の足首を掴んで引きずりながら、先ほどまで私達の戦闘が繰り広げられていた通りに面した窓の傍まで移動し、勢い良く窓を蹴破る。

 ガラスの砕ける音と途端に流れ込んでくる清涼な外気が心地よく、一つ大きく息を吸う。

 ヨークシンの郊外にあたる現在地は、打ち捨てられた高層建築物はあれども街灯はまばらで、雲一つ無い夜空が都心と比べて殊更に映える。

 しかし視線を落とせば、眼下の街並みには戦闘の余波に依る破壊の跡。清らかな空に反し、地上は悪意で汚されている。

 まぁやったのは私なんだけど。ここに更に鮮血の朱を添えるということを背徳的な思いに浸っても、特に何の感情も湧いてこない。

 基本的にぶっ壊すのが大好きってわけじゃないからそれは不思議じゃないんだけれど、そうなると私はこの状況の何を楽しんでいるというのだろうか。

 戦闘前の高鳴り。その後戦闘中は特に湧き上がってこなかった愉悦の感情は、ドレスの女を仕留める直前と、その瞬間に大きく膨れ上がっていた。

 しかしながら、こうやって破壊や殺害に思いを馳せても心は動かない。いやまぁ楽しいっちゃ楽しいんだけど、別に心が震えるほどではないと言うか。そう、求めているものと少しずれている感じが。

 破壊でも、殺しでも、純粋に戦闘を楽しんでいるわけでもなく。”奪う”ことが好きだから殺すことを楽しむのかもしれないけれど、それでは何かが足りない。

 いつかにも考えた、殺したその先。命を奪ったその先。掴んだ手の平からすり抜けていくような不明瞭な”何か”こそが、私が求めているものなのだろう。

 愉悦に浸れたということは、感じ取れるほどすぐ近くにあるということなのだろう。その瞬間、見えはしなかったけれど確かにここにあったのだ。

 きっと、この街でそれは見つかる。なんとなく、そんな気がする。

 

 見えないし触れられないそれは、立ち止まって考えていても答えの出るものではない。答えはそれを感じた戦場にこそある。意識は戦いへ。

 深く吸い込んでいた息をゆっくりと吐き出し、窓枠に足をかけてビルの5階から飛び降りる。

 降り立ったのは先ほどまで戦っていたのと同じ場所。両手にまだ卵を詰め込んでいない肉塊を持ちながら、”絶”を解いてゆっくりと道の中央へと歩み寄る。

 今までの私と同様に”絶”で気配を絶った彼らの現在地をオーラから読み取ることは出来ない。しかし、大まかにではあるけれど分かる。

 彼らは元長期服役囚で、現在は雇われの身としてシャバに出てきた。そんな彼らは自身の雇用主の意思に反する行動は出来ないのだ。

 彼らの勝手な判断で私から逃げることは許されない。それが雇用主の意に反する行いであった場合、彼らに支払われる報酬――この場合はおそらく刑期の短縮――も無かったことになるし、むしろマイナスになる可能性があるため。

 雇用主と連絡を取ろうにも、当のヒソカは電話が不可能な状況なはず。メールでは細かい状況の報告や、それを踏まえての指示を受け取るのに多大な時間を要する。このまま隠れ続けているとその猶予を与えてしまうけれど、この時間ならまだ問題はない。

 加えて私は出会った当初からアイツらを散々馬鹿にしてきた。繰り返される挑発は私への怒りを産み、その執着が彼らをここに縛り続ける。

 総合して考えると、ほぼ確実に彼らはまだこの付近へと潜伏し、ヒソカへと連絡を取ること無く私の命を狙い続けている。

 

 と、なると、だ。

 方角こそはまったくもって分からないけれど、距離の推察は簡単。

 私と同様に戦闘続行の意思があるのであれば、潜伏先もまた似通った場所を選ぶ。

 即ち、私達の戦っていた場所、この通りが見える位置。標的と離れすぎないよう、この場所を中心とした円形状の。

 

――――ここからそう離れていない位置。

 

 瞬間。私のオーラが周囲へと一気に拡散し、球状にヨークシンの郊外を包み込んでいく。

 ”纏”と”練”の複合技術、”円”。これによって私のオーラは高性能のレーダーとなり、オーラの触れた物体の形状を正確に私の脳へと反映する。

 範囲は最大で常の状態で200m弱。私より戦闘能力は高いと思われる念の達人と呼ばれる連中でも私の4分の1程度が平均値という話だから、私は元々索敵系だの感知系の適正が高いのだろう。オーラに干渉する能力で鍛えたとはいえ、オーラを読み取る能力にも長けているし。

 更に最高強化状態の私は”纏”と”練”の性能も飛躍的に上昇中。流石に”円”の範囲もそのまんま2倍とはならないけれど、四捨五入すればおそらく300mには届きそうな程。……まだゾルディックさん家のゼノさんには届かないというのかちくしょう。

 トーガン達はノコノコと姿を表した私を真っ先に補足したことによって、どう先手を打つか画策しようとしていたのだろうけれど。

 しかし彼らの目論見は潰された。こう暗くてはいくら夜目が効こうとも、そもそも昼間でさえも見つけるのが非常に困難なほどの距離。

 およそ80m程離れた、ボロボロで落書きだらけの廃マンションにある5階一室。その窓からほんの僅かだけ顔をのぞかせてコチラを見る人影と、そのすぐ傍にあるもう1つのそれ。

 目視も、ましてやこんな方法で補足されるとも思っていなかったのだろう。私のオーラに触れた彼らは、一瞬身をこわばらせ、そのオーラを僅かに揺らがせた。

 

 勘違いさせてはならない。イニシアチブは私が握っているのだ。

 彼らは私に食らいつくのみだと自覚させねばならない。

 そうであればこそ、彼らは私に焦り、怒り、畏怖し、思考を曇らせる。

 

 ゆっくりと身体の向きを入れ替え、彼らのいる位置を正面に据える。

 身を隠していたことを嘲笑うかのように口元を弧にし、ゆっくりと彼らのいる方向へと歩いていく。

 ”円”は半径100mにまで広げたところで安定させている。更にその中にいる彼らから少しずつオーラを奪い、能力の強化解除までの時間をリセット。

 魅せつけるのは余裕。言葉こそ発せずとも、態度で、空気で、全身で彼らを見下す。彼らに私の存在を刻みこむ。

 

 常に位置や姿勢を完全に把握されているトーガンたちの奇襲は不可能。しかしだからと言って後手に回る気もないらしい。

 まず動いたのはトーガン、次いでクソキノコ。先ほどまでと同様、トーガンが先陣を切る。

 隠れていた部屋から飛び出し、真っ直ぐにコチラに向かってくる。常に補足されているのであればどの方角から攻めても同じことだし、最短距離で突っ込むことを選択したようだ。

 向かってくる彼に対し、私も瞬時に”堅”へと切り替えて応戦。肉塊バットのフルスイングで様子を見るか、と首から下の方を握った右腕に力を込めるが、先ほどまでと違うトーガンのオーラを感じ取り、迎撃の構えを見せながらも内心では回避を選択。

 見た目こそは今までと変わらないトーガンのオーラ。しかしながら彼の持つ大斧から感じ取れるオーラはその見た目に反し膨大。多すぎるオーラの一部分を”隠”で隠し、今まで同様の一撃に見せる腹積もりか。

 この手口は念能力者同士の戦闘ではよくあること。おそらく彼の放つ一撃は、”破砕屋”の異名の所以ともなった能力。

 

「ヒヒャハ、くたばりやがれェッ!!」

 

 咆哮。そして爆音。

 上段に両手で構えられた大斧は、彼の一声に呼応するように明確な殺意で以って膨れ上がり、私の数歩手前で振り下ろされると同時にその猛威を振るった。

 直線軌道上で暴れ狂うトーガンのオーラ。扇状に広がりつつ、穿たれた地を砕いていく。

 その光景は、正しく破壊ではなく破砕。地面が壊れて瓦礫が飛ぶのではなく、地面が砕かれて砂礫が舞う。

 直線距離にして20mに届きそうな暴力の波。それを私は大きく横に高度をとって飛ぶことで回避していた。

 生首の髪を掴んだ左手の自由に動かせる指を使い、建物の外壁に小型のナイフを投げて刺して、”周”で外壁を強化して崩れないようにし足場にして壁に張り付く。

 とんでもない威力だ。あんなの食らったら、いくら強化してあるとは言っても一発で死ぬ。確実に真っ赤なオブジェになって死んじゃう。

 防御も意味なさそうだし、当たらなければ問題無いとはいえ……あまりアレを撃たせるべきじゃないかな。

 高い位置から俯瞰した彼の攻撃の威力は称賛に値するものだ。流石にウボォーには劣るけれども。

 

 しかし解せない。何故彼はこの状況で能力を使ったのか。しかも誇示するように。

 この戦闘での前衛としての彼に求められる役割は、私の攻撃対象を何とかして自分に固定させ、後衛に自分をサポートさせることだ。

 1対1の戦闘での私の優位性は、トーガンに対してもクソキノコに対しても先ほど証明済み。彼らの攻撃は私が回避に専念した場合ほぼ当たらないのだから。

 回避能力は戦闘結果に如実に現れる。避けられるほど早いということはつまり当てられるのだ。この状況で私が先にキノコの方を仕留めたとすると、トーガン達の勝率はかなり下がる。

 しかも後衛と近接戦闘に持ち込んだ場合、速度と戦闘技術で圧倒的に勝る上に自分の間合いの私が圧倒的に有利。サシで接近さえできれば即座に命を奪える。

 だというのにこんな、私がトーガンから離れて後衛に簡単に接近できるような隙をみすみす作り出すだろうか。

 答えは否。

 少なくともキノコの方は、接近戦を挑む私に対して何らかの対応策がなければ――――あぁ、そういうこと、ね。

 

「ぐぅっ!」

 

 右腕を振り下ろす。叩きつけられた肉塊バットの標的は、”隠”で気配を隠して接近してきたキノコ。

 攻撃のために構えていた()を防御のために頭上に掲げ、刃を肉塊の背中に食い込ませつつ私の反撃を防ぐも、上方向へと向かっていたベクトルと下へと反転させられて地面へと落下する。

 不意打ちに対するカウンター。直撃だと思ったけれど想定以上の動きで防いだ彼を見る。空中で姿勢を不自然に制御して何とか着地した彼の風貌は、先ほどまでと若干変わっていた。

 手首と足首、膝と肘のすぐ上、腰回りに首元、そして両のこめかみ。計11個の灰色の光沢のある物体が、まるでサポーターのごとく各部位を被覆していた。更にステッキではなく、これまた灰色の剣に武器が変わっている。

 ……そういえば彼の能力は、灰色の何かを流しこんで物体の形状変化と操作、それと飛び道具なら確かスピード上がってたな。

 ちょっと、試してみるか。

 

 彼を追うように地上へ降り立ち、接地と同時に突進する。

 元仲間の肉体を道具として扱う私を嫌悪しているのか、それとも先の防御で傷つけたことに関してか彼の表情は少し歪んでいる。あくまで少しだけれど、精神的な効果は上々。ゼロよりマシだ。

 ただコチラとしてもあまりボロボロにされても困るので、攻撃は足技のみに限定して行う。

 

 袈裟懸けに振るわれた剣をのけぞって避け、腹部に蹴りを放つ。

 が、それは彼が蹴りの射程内から遠ざかったことにより不発に。

 続けて足を狙う。避けられる。切りつけられる。回避する。蹴る、避けられる。切られる、避ける。

 短時間に数度繰り返し、遂に私の足が彼にあたった。が、コレは防御される。

 間髪置かず切り返され、それを避けると私は大きく下がって距離をとった。

 これ以上やるとこっちにやってきたトーガンに横合いから攻撃されそうだったからだ。目的も達成したので、そのような危険な状況は御免こうむる。

 

「こっの、逃げてんじゃねぇぞ糞ガキがぁ!!」

 

 キノコから距離をとれば、再び接近してきたトーガンとの接近戦。しかし私は攻めずに避けるのみ。

 憤慨して叫ぶトーガンの要求は頭の中で即座に却下し、荷物があっても私のほうが早いため走って彼との距離を一定に保ちつつキノコを見やる。

 さっきのやり取り、それまでとは格段に一つ一つの動きの速さが違った。私の攻撃を幾度か避け、また私の衣服を少し切り裂く程度のことまでしてきた。

 しかもアイツが私の攻撃を防御したとき。アイツが防御に使ったのは、灰色に覆われた手首の部分だった。

 感触も通常の肉体とは違い硬質なもの。しかも痛みを感じた様子はなく、バランスも崩れず即座に反撃してきた。

 多分能力で強引に体を動かして速度とパワーを上げて、更には姿勢制御も行っているのだろう。動きには時々振り回されるような不自然さが目についた。

 硬いから盾の役割もあるし、いざというときは強引に体を動かして避ければいい。近づかれても一方的にやられないし、それでトーガンが来るまでの時間稼ぎをする。

 お陰で必死こいて後衛を守らなくて良くなったトーガンは攻めに専念できる、と。

 まぁ向こうの狙いはこんな感じだろう。

 

 浅はかな。

 確かに動きは早くなったけれど、それだけだ。

 

 逃げながらも時折追いつき繰り返されるトーガンの攻撃を避け損なったように見せ、右手に持った肉塊の左腕を肘辺りから切断させる。

 元仲間の肉体を傷つけたトーガンは何かを感じた様子はない。相変わらず怖い顔のまま私を追いかけてくる。うぅむ、やはりこれを使うのはキノコに対してのほうが有効そうだ。

 当のキノコは肉体に張り付かせていた灰色の物体を解除し、また遠距離から2段構えの拘束攻撃を放ってくる。多分これ、灰色の球体状態に当たっても動きを拘束されるんだろうなぁ。

 相手の数は減り、戦闘スタイルは同じようなものに戻ったけれど、のびのびと攻めてくるトーガンのおかげで厄介さはあまり変わらない。

 キノコの能力も、肉体の被覆と発射は両立して行っていないけれど、見たまんま同時発動できないとは限らない。まぁ、どちらにせよ変わらないけど。

 もう大体のことは分かった。機を見て一気に攻勢に出て、そのまま終わらせてみせる。

 

 コイツらみたいに冷静に理詰めで戦えば勝てるような相手であれば、強くはあるけれど手強いとはいえない。

 私にとって手強い相手とは、理詰めが通用しない相手。対抗しうる頭脳、或いは肉体、若しくはどちらをも兼ね揃えた相手だ。クロロとかはどっちも揃えてる野郎だ。闘争本能に身を委ねて戦わざるを得ない相手。

 そんな相手との戦闘が控えているのだ。これ以上傷は負えない。

 今夜は最大の好機。いつまでもコイツらと遊んでいるわけにはいかないのだ。


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