大泥棒の卵   作:あずきなこ

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胎動
01 目覚めて


 ゆっくりと意識が浮上し、目を覚ます。視界はまだ真っ暗なまま。

 寝起き直後や寝付く寸前に感じる、自分の体の輪郭とその他との境界が融けて曖昧になって混ざり合うような感覚。毎度すぐに終わってしまうけれど、私の好きな時間。

 意識の覚醒とともに終わりを告げたそれに名残惜しさを感じつつ目を開く。明るくなった視界に写ったのは眠る前と同じ、飛行船の内部。

 毛布を身体に掛けたまま手足を伸ばし、凝り固まった筋肉を解す。

 

「あー……なんかすっごい寝た……」

 

 欠伸をしてから、寝起きの若干掠れた声で小さく呟く。なんか知らんけどかなり寝た気がする。長く深い眠りの中で見た夢は、過去の出来事。ただしダイジェスト版。

 昔のことを夢に見るなんて、何時ぶりだろうか。少なくともここ最近はなかったことのはずだ。懐かしいなぁ。

 アレ以外にも、思えば蜘蛛やゾルディックとは色々あった。良い事もあれば、もちろんあんな奴らだから悪い事も沢山。特に蜘蛛は仕事だけでなくプライベートでもだ。

 基本的に遊びに来た人とは、女性陣とか買い物とかで男性陣とはゲームとかをして過ごす。まぁ彼らとの交流がそんな平和なものだけのはずもなく、酒に酔った馬鹿のせいで家がボロボロになって引越しを余儀なくされたことも何度か有る。今では我が家は基本酒は禁止である。

 遊びに、と言うよりホテル等に飽きて数日間の寝床を求めて来る奴もいるけれど。まぁ来る奴は偶に来るし、来ない奴は来ない。その中でもクロロは本が目当てなので頻度は割と多い。

 

 偶然から始まった関係は、今も尚続いている。これから蜘蛛の仕事に参加するし、その後にはミルキ君に届けるものもある。

 彼らと関わる中で、私は変わったのだろう。もし彼らと出会わなければ、今も私は一人ぼっちだったかもしれない。

 私の小さな世界。モノクロだったそれに彩りを加え、ちっぽけだったそれを広げてくれた。今もまだ小さなままだけれど、昔とは大違いだ。

 彼らが私に影響を与えたように、私も彼らに影響を与えられているのだろうか。私との関わりの中で、彼らにも変化はあったのならば嬉しいのだけれど。

 

 さっき見た夢の影響なのか、起きてから考えるのは彼らのことばかり。

 あいつらが変わったかどうかは私にはよくわからないし、じゃあ考えるのも意味ないだろうと思考を切り上げる。

 起きてから手足を伸ばすくらいしかせずに、後はぼーっと考え事をしていたので、今が何時なのかさえわかっていない。いい加減頭ではなく肉体を働かさねば。

 

 顔を横に向ければ、窓から見える外の景色。真っ暗な空に、ポツポツと光る街の灯。今は夜中のようだ。

 試験が終わった当日に、午後発のこの飛行船に乗って割りとすぐに寝たのだから、まぁ外が暗いのは当たり前か。

 次に時計で現在の正確な時刻を確認する。今が何時かを知った私は、思わず笑う。嗤う。

 

 私が寝入った時間から、既に半日ほど経っている。

 その事実に、毛布を掛けているにも関わらず体温が低下したような気さえする。

 実際にはそうではなく、急速に冷えていったのは私の心。

 時計を見たことによって意識は完全に現実へ向き、自分の身に起こったことの意味を漸く実感する。

 

 ここはどこだ。飛行船の中だ。つまりは不特定多数の人間がいるこの場所で、私はあんなに長々と夢をみるほど深い眠りに落ちていたということだ。

 外敵への対策が成されているプライベートな空間ならばともかく、こんな場所なら不測の事態に警戒して、眠りは浅いものでなくてはならないはず。

 だというのに、私はそれを怠ってしまった。普段であれば意識するまでもなく無意識下で実行しているそれを、怠ってしまったのだ。

 

 その原因。頭に即座に浮かんだのは2つ。

 そのどちらが理由なのかは分からない。だけどどちらにせよ、それが示すのは碌でもない事だ。それに片方だけでなく両方の理由が該当する場合もある。この場合だったら最悪だ。

 舌打ちして頭をガリガリと掻く。そんな事をしても当然胸にある不快感は消えない。あぁ糞、気分が悪い。

 悩み事が尽きない。ハンター試験に参加してから次々と湧いて出てくる。一々考えるのも嫌になってくる。

 

 とは言え、イライラしてもどうしようもない。逆に、そう逆に考えてみるんだ。そうだ頑張れ私。

 今回のことだって、今の自分を見つめなおす良い機会だ。それに原因がわかりさえすれば、自ずと自分に起こった心境の変化だって性格に把握できるはず。

 そう、何も悪いことばかりではない。私の世界は、確実に良い方向に進んでいるはずだ。

 良い方向に。それがどちらへ向かうことを示しているにしても、結果的に私が幸せになれさえすれば、それで十分だ。

 

 考えたって解消されない悩みは、ふとした切欠で気づき、解決されるはず。何も急ぐ必要はない。

 それよりも今は、飛行船の到着までの残り2日間をどう過ごすかだ。さすがにずっと考え事をしていたら頭がパンクしてしまう。

 とりあえず何か読むか、とメカ本を荷物から取り出し、少し悩んだ後、結局それをしまってクロロから借りた本をもう一度読み直すことにした。

 

 

 

 私の乗った飛行船はドラマチックな事故や事件に巻き込まれることもなく、ハイジャック不在のまま空の旅は恙無く終了し、予定通りの時間にマルメロの国際空港へと私を運んだ。

 しかし到着したのは夜。飛行船での移動に3日費やしたので、仕事は明日の深夜。今日はコレ以上移動しなくても間に合うだろう、と近くのホテルで休む。

 翌朝、さすがに街中を爆走して移動すれば目立ちまくるので自重し、素直にタクシーを捕まえて目的地の近くへと運んでもらう。

 中々の長距離移動ではあったけれどタクシーは日暮れ前には人気のない寂れた地域へと到着し、私はそこで料金を支払って車を降りた。

 残り数km。タクシーでコレ以上近づくのは不味いので、ここからは自分の足で走る。まぁ、あいつらはそんな事気にしないだろうけれど、一応ね。

 

 走り続けて見えてきたのは、廃工場。あまり大きくないそれが、今回の仕事の仮アジトとして指定されていた場所。

 外壁はほぼ骨組みしか残っていないせいで扉さえ存在しないそこに、正面玄関っぽいところから入る。

 最初の数回は彼らが仮アジトにしている建物に入るときに緊張していたけれど、今となってはおじゃましま~す程度の気軽なものだ。

 確か携帯に転送された詳細データには、事務室が無事だったからそこで待機とあった。部屋数自体が少ないのでそれはすぐに見つかった。

 盗みは今夜決行、今はもう夕暮れ時。到着は私が最後と見て間違いはない。だというのに、部屋の前まで来て、どうにも様子がおかしいことに気がつく。

 まさかね、と思いながらもノブに手をかけ、ガチャリという音とともに扉を開く。その先に広がる光景は、私の予想を裏切ってはくれなかった。

 

「おまたせー……うわ、少なっ」

「少ない言うな。ともあれ、よく来たな」

「やっほーメリー。案外早かったじゃん」

 

 私の接近を事前に気配で察知していた部屋の中にいた奴らが、私の声に一斉に反応してこちらに視線と声を投げかける。

 いや、一斉にという表現はあまり適切ではないかもしれない。だって部屋の中には二人しか居なかったのだ。そんな言葉を使えるような規模ではない。気配が2つしか無いとは思ったけれど、まさか本当にそれだけしか居ないとは。誰かが気配を絶っているというわけでもなかったようだ。

 中に居たのは、クロロとシャルナーク。私の声に最初に反応したのはクロロだ。少ない言うなと言うけれど、二人は明らかに少ないだろう。

 そのクロロとシャルは、事務室の空いている椅子に机を挟むようにして向かい合って座っており、彼らの前にある机の上にはトランプのカードがある。

 見覚えのある配置のそれらを前に、彼らはせーのの掛け声とともにゲームを再開し、バババッと手が高速で動いてまたすぐに止まった。

 真剣な面持ちで睨み合う両者に呆れた目を向けながら空いている席に座り、疑問を投げかける。

 

「……一応聞くけど、何やってんの?」

「見れば分かるだろう。スピードだ」

 

 私の声に答えたのはクロロだ。うん、まぁ見れば分かる。裏面を上に積まれた山札、表面を上に積まれた山札、そして両者の前に表面で並べられた4枚のカード。

 たしかに彼らがやっているのは一対一のトランプゲーム、スピードだ。しかしそのスピードがヤバい。スピードのスピードが尋常では無い。えぇいややこしい。簡単に言えば常人では目で追えない速度でスピードというゲームが行われているのだ。

 ものすごい速度と状況把握能力によってテンポよく進んだゲームはすぐに決着が付いた。今回の勝者はシャルのようだ。

 喜ぶ勝者と悔しがる敗者。ともあれ試合が終わって区切りがいいので、試合の余韻に浸っている彼らに声をかける。

 

「ねぇ、もしかして今回って参加者これだけ?」

 

 私のその声に対する返事はなかった。だけど反応はあった。クロロはふいと視線を逸らし、シャルは苦笑している。言葉にせずとも、コレ以上の参加者が居ないことを彼らの態度が雄弁に物語っている。

 蜘蛛は仕事の際、まずクロロから大まかな仕事内容が告げられ、それに参加か不参加かの返事をする。返事無しは不参加とみなされ、参加者にのみ追加で待ち合わせ場所などの情報が送られてくる。

 決行まで数時間しか無いこの段階で、この反応。おそらくシャル以外は不参加の返事で、もう今更参加者が増えるような時間的猶予はない。今回はこの3名、少数での仕事になりそうだ。

 

「一応さ、最初よりはマシになったんだよ。オレも用事があったから不参加にしてたんだけど、他の用事で団長に電話したら結構機嫌悪くてさ、どうしたのか聞いたら誰も参加しなかったらしいんだ」

 

 仕方ないからなんとか都合つけて今回参加したわけ、と苦笑したまま告げるシャル。今回は無理して参加したらしい。ご苦労さんである。

 そういえば、確かにクロロがあまり機嫌の良くない時期があったかも知れない。すぐにいつも通りに戻っていたから特に気にも留めなかったけれど、なるほどそういう事情があったのか。

 それに、たしかにこれだけしか参加者がいないのならば、時間的にあまり余裕のない私にも呼び出しがかかったのも当然だ。内容的には楽な仕事ではあるけれど、数が少ないと持ち出しが面倒だ。

 クロロのために頑張ったシャルに対して、クロロが礼を告げる。ただし余計な言葉を添えて。

 

 

 

「全員に断られたから今回は中止にしようかと思っていたが、シャルのお陰でそうせずに済んだ。感謝しているぞ」

「どういたしまし……あれ、オレが来なかったら中止だったの? じゃあオレが頑張った意味って無くない?」

 

 一人じゃクロロが可哀想だと思って参加したのに! とそれを聞いて嘆くシャル。呼び方までもプライベート時のものに戻っている。シャルさんマジ苦労人。

 一人っきりでせっせか盗みだすクロロを不憫に思って参加したのに、シャルが来なければ仕事自体がなくなっていたか、あるいはまた今度ということになっていた。シャルが来なければ仕事を実行せず、来たからこそ実行する。つまりどのみち一人で頑張るロンリークロロは存在しなかったのだ。都合をつけてまでここへきたシャルは、その事実に盛大な溜息とともに机に突っ伏した。どんまい。

 

「……まぁいいや、ちょっとスケジュールきつくなったけどそこまで問題無いし。貸し1ってことで手を打ってあげるよ」

「チッ、いいだろう」

 

 突っ伏したまま顔だけ上げてシャルがこの件を貸しにし、クロロがそれを不承不承引き受けた。舌打ちすんな。シャルもその態度に不満そうな目を向けている。

 私としてはシャルには感謝だ。こういう本狙いの仕事は、早い時期にやるに越したことはない。ここには以前から目をつけていたのだから尚更だ。

 クロロをジトッと見つめていたシャルだったけれど、ふいに何かを思い出したかのように私に話しかけて来た。切り替えの速い男である。

 

「そういえば、ハンター試験どうだった?」

「え? いや、どうと言われてもなぁ……。試験自体は簡単だったし、問題なく合格できたよ」

 

 少し考えてからそれに答える。

 そう、試験自体は楽で、問題はない。それ以外の部分で問題があったけれど。クラピカとか、ヒソカとか。

 クラピカに関してはクロロに言ってあるけれど、最終試験時のヒソカについてはまだ何も言っていない。丁度いいし、シャルにも聞いてもらおう。彼も頭脳タイプだし。

 

「でも、それ以外でちょっと問題発生。纏まった時間の時に話したいから、仕事の後にするよ。クロロには報告してたけど、また進展あったし」

「問題って、オレ等が関わってるような事なんだ? なんか面白そうじゃん」

 

 私の言葉を聞いて、そう言って笑うシャル。彼が自分たちが関係あると察したのは、私がクロロに報告していたからだろう。蜘蛛に関係なければ私がクロロに言う必要もないし。

 ああそうだ、それともう一つ、シャルには頼みたいことがあったんだ。こうして直接会えたわけだし、今のうちに頼んでおこう。

 ハンター試験に参加する際、ジャポンにいる間使っていた私の偽の戸籍、真城芽衣は既に使い物にならなくなってしまったので、新しいものがほしいのだ。

 

「面白いうかどうかは知んないけど……。それとシャル様、芽衣ちゃん死んじゃったんで新しい戸籍が欲しいんですけど」

「あぁ、試験の時に? 料金は1千万でいいよ。国籍は何処にする?」

 

 シャルは察しが良くて助かる。私が皆まで言わずともある程度の事情は持ち得ている情報から簡単に導き出してくれる。1千万ジェニーはちょっと高いけどまぁいいや。

 それにしても、国籍か。ジャポンは結構居心地がいいし、料理は私好みだ。住所だけ移せばまだあの国にいて問題無いだろう。あそこのままでいい、とシャルに告げる。

 

「オッケー、名前とか面倒だから前と同じでいいよね、同姓同名なんて珍しくもないし。じゃあ出来たら連絡するよ」

「ありがとう」

 

 シャルに礼を告げ、今のうちに告げるべきことも無くなったので、暇つぶしに大富豪でもやろうぜと提案する。地域によっては大貧民とか別の呼び名があるアレである。

 私の提案は受け入れられ、作戦決行時刻までの時間をトランプで潰すこととなった。カードを持ちながらも、ふと先ほどのことについて考える。

 ジャポンを再び私の生活拠点として選んだのは、単純にあの国が気に入っているからだ。食や文化など様々な点で。

 そう、それだけだ。他意なんて無いはず。頭を振って、浮かんだ不安を打ち消す。

 この行動が単なる問題の先送りであり、矛盾していることも気づいている。積み重なっていくそれらにも、きっと向きあうべきタイミングはあるはず。

 今はとりあえず目先のことに集中、どのタイミングで革命を起こすべきかを考えよう。

 

 

 勝負の結果はトータルで1位がクロロ、2位が私、3位がシャルとなった。

 この面子であれば手札がモノを言うこのゲーム、運が絡むとめっぽう弱いシャルがビリになるのは、予想通りの結末だった。




書き忘れた箇所を追加しました。

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