「こ、ここって・・・」
「士官学院の裏手?随分と古い建物だな」
数人の男女から漏れる疑問の声全てをスルーし、教官らしき女性は鼻歌交じりにその古い建物の扉を開ける。そしてそのまま中へ入っていった。その様子にただ唖然としながらも続いて中に入った。9人の男女。最後にアマデウスもその中に入ろうとして後ろを振り返った。木々で全貌を見ることはかなわないが少し小高い丘があり、そこに4人の姿が見えた。そのうちの2人は得物を運んでくれた人っぽかった。もう2人は何かの達人と思われる出で立ちをしておりその眼差しも鋭いものだった。
既に中に入った彼らに遅れることがないように早歩きでその後に従った。そこは今現在使われていない旧校舎らしく何かが出てもおかしくないほどであった。教官らしき女性は講堂のような場所でステージに上がる。右手を腰に当てて声を出した。
「サラ・バレスタイン。今日から君たちⅦ組の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」
「な、Ⅶ組・・・・・・!?」
「ふむ、聞いていた話と違うな」
「あ、あのっ。サラ教官?この学院の1学年のクラス数は5つだったと記憶していますが・・・。それも各自の身分や出身に応じたクラス分けで・・・」
疑問の声があちらこちらから聞こえてくる。学院ではⅠ組とⅡ組が貴族。Ⅲ~Ⅴ組が平民と分けられているからだ。だがここに集められているのは貴族も平民も混同して集められていた。
「おっ、さすが首席入学。よく調べているじゃない。そっ、5つのクラスがあって貴族と平民で区別されていたわ。――あくまで“去年”までは、ね。今年からもう1つのクラスが新たに立ち上げられることになった。すなわち君たち。
「み、身分に関係なくって本当ですか?」
金髪の女子が少し大きな声で尋ねる。
「じょ、冗談じゃないっ!!身分に関係ないって?そんな話は聞いていないですよ!!」
生真面目・・・という言葉がとても当てはまりそうなメガネをかけた男子が声を荒らげる。どうやら身分の違いに対してとても避けがたい壁のようなものでも造っていそうだった。
「(へぇ・・・。確か今、声を荒げている彼の父親は・・・・・・)」
「えっと、確か君は・・・」
「マキアス・レーグニッツです。それよりも教官。自分はとても納得しかねます。まさか貴族風情と一緒のクラスでやっていけと言うんですか?」
「う~ん。そう言われてもね~。同じ若者同士なんだからすぐに仲良く出来るんじゃない?」
それに対して教官は気の抜けた返事を返すだけだ。
「そ、そんなわけないでしょ・・・」
「フン・・・」
「君。何か文句でもあるのかね?」
「別に・・・。平民風情が騒がしいと思っただけだ」
「・・・どうやら大貴族の御子息殿が紛れ込んでいたようだな。さぞ名のある家柄と見受けるが?」
偶然、貴族の事を毛嫌いしている平民とそれを鼻で笑った貴族が並んでいたようだ。
「ユーシス・アルバレア。覚えてもらわなくて結構」
「!!!」
「東のクロイツェン州を治めるアルバレア公爵家の・・・」
「なるほど・・・噂には聞いていたが」
「だ、だからどうした。俺はそんな大層な名前に怯むと思ったら・・・」
「はいはい、そこまで。色々文句はあると思うけれどそれは後で聞くから。そろそろオリエンテーリングを始めたいから」
やや強引に言い合いになりそうだったのを止めさせた。
「オリエンテーリング・・・。それって一体何なんですか?」
「もしかして門のところで預けたものと何か関係が?」
「あら~。イイ勘しているわね」
と、言うとサラ教官は数歩後ずさりした。そして柱に埋め込まれていたスイッチをさりげなく押した。すると自分たちが立っていた床が斜めにずれ、下方に向かって滑り落ちていった。10人中8人がそのまま何もできずに・・・。
「やっ」
銀髪の女子はワイヤーを引っ掛けて落下を防ぎ、アマデウスは後方にバックステップをしたので床がずれていないところまで下がることができた。
「こらフィー。サボってないであんたも付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょうがっ」
サラ教官はそのワイヤーを切り、フィーと呼ばれた銀髪の女子を同じように落としていった。
「それで君は・・・どうして察知出来たのかなぁ?えっと名前は・・・え゛っ。アマデウス・レンハイム?」
「ええっと、その類の危険な状況に慣れているんですよ。それと自分もやはり行かなきゃならないでしょうか?」
「そうしてもらえるとありがたいわね」
「・・・分かりました。それでは私も行ってきます」
スタッと降り立ったとき、一人の男子が女子からビンタを喰らっているところに遭遇した。修羅場?と思ったが藪をつついて蛇を出したくなかったのでそのまま放っておいた。
落とされた場所は円形になっており、それぞれの使う得物が石でできた土台に置かれていた。ラストも自分のを探すと地面にケースが置かれておりメモ紙が備え付けられていた。
『ごめんなさい。とても重くて載せることができませんでした』
「すまん、この中には得物じゃなくて違うものが入っていたんだよ。私が使うのはもう手に付けていたんだ。まぁケースがいらないわけじゃないんだがな」
特別なクオーツをアークスに装着すると自身と共鳴、同期した証拠として淡い光が灯った。
「それじゃあ始めるとしましょう。そこから先はダンジョン区画になっているわ。割と広めで入り組んでいるから少し迷うかもしれないけど、無事終点までたどり着ければさっきの旧校舎一階に戻ることができるわ。これより士官学院・特科クラスⅦ組の特別オリエンテーリングを開始する」
ユーシスと呼ばれた貴族と、マキアスと呼ばれる眼鏡男子はそのまま罵り合いながら一人で勝手に行動していった。その他は男子と女子で別れて行動し出口を見つけるようだ。フィーと呼ばれる女子だけは先行していった。残った女子は女子で行動し、さて男子は・・・と言う話の流れになった。
「えっと、君はどうする?」
「ん?私か・・・。そうだな・・・最初は勘を取り戻したいのと、この武器の扱いを思い出す意味で一人になりたいのだが・・・。あぁ、自己紹介だけはしておこうか。さきほど君たちがしていたのは聞こえていたから私の名前を言っておこう。アマデウス・レンハイムだ。まだ今の段階ではクラスメイトになるかどうかは分からないが、その時はよろしく」
「あぁ、こちらこそよろしく。それでアマデウスの武器は・・・?」
「この鉄鞭だ。こう言う学校に来るのも初めてなものでな、何を持って来ればいいか迷って倉庫にあったのを持ち出した・・・という訳さ」
「へぇ、持っている姿は様になってるよ」
「ありがとう。っと、それじゃあ先に行かせてもらうよ」
ほぅ、と感心したように眺めていた長身の留学生と優しそうな赤髪の少年、それに話しかけてきた黒髪の青年と別れて先に行くことにした。腰に鉄鞭をぶら下げ、手には無詠唱で電撃を飛ばす事ができる手袋をはめて・・・。
「(ここまで運んでもらっているのにケースの中身はアーツを凝縮したカートリッジが入ってるんだよなぁ。今日使おうと思った分はセットしてあるし・・・。悪かったな、入学式前に会った先輩らしき子に迷惑かけちゃったな)」
右手にはめたソレを眺めながら、飛び出してきた魔物をそのまま屠る。『バヂッ』と言う音と共に雷の矢が複数飛び跡形もなく消し去っていった。
彼の持っている鉄鞭の重さは15kg。それを軽々と振り回す様子はそれなりの期間、扱い慣れていることを示していたが彼はそれでは満足しておらずもっと高みに行く事を目指していた。
「む、そなたは・・・」
「あぁ、さっきぶり・・・でいいのかな」
散策していると出発の時に別れた女子三人組と出会った。朗らかな様子を見せているサラ教官から成績トップで入学した女子生徒、青い長髪のやや古くさい話し方の女子生徒、リィンに平手打ちをしていた女子生徒である。
「うむ、こうして会えたことだし自己紹介でもしておこうか?」
「それがいいかもな。私はアマデウス・・・アマデウス・レンハイムだ。クラスメイトになったならアマデウスとかアマと呼んでくれ」
「私はラウラ・S・アルゼイド」
「エマです。エマ・ミルスティンと言います」
「・・・アリサ・Rよ。一応よろしく」
「ラウラにエマにアリサね」
失礼の無いように指差しではなく手の平で確認する。
「ところでお主の武器はそれか?」
ラウラがアマデウスの手に握られた得物を指差して言う。その表情は珍しいものを見たような驚いた様子だった。
「うん、あまり見たことないかもしれないが、鉄鞭と言う。鉄製だからしならないが、簡単に言うと曲がらない鞭と言ったら分かるかもしれないな。まぁそれなりのことはできるつもりだ」
「そうか、ところでこれからどうするつもりだ?一緒に行くか、それとも今までどおりに別々に行動するのか?」
「うーん、私としては女子と一緒に行動したいところなんだが・・・この得物の具合を確かめないといけないのだよ。オリエンテーリングの最後には一緒になるだろうからその時にまた・・・」
「うむ、そういう事なら。お主も気をつけるが良い」
女子三人組と別れて、半ば迷宮化している旧校舎の中を彷徨う。
「見事に兄さんは貴族平民を混ぜたものだ。アークス?とやらの適性を重視した結果がこうなるとはね・・・。ここまでは兄さんも予想していなかっただろうに・・・」
鉄鞭・・・鋼○のレギオスに出てきたニーナが持っていたのが双鉄鞭。それの片方だけ。重さは最初30㌔にしていたが振り回すのは無理と考え15㌔。