Báleygr   作:清助

16 / 21
第十六話「VSラヴェンナ」

 灰のミモザと雪のラヴェンナ。

 ミモザは勝っても負けても灰のように汚れるから。

 ラヴェンナは負けても勝っても雪のように綺麗なままだから。

 

 観客がつけた意味合いではそういう言伝が正しいらしい。単純なオーラ量や戦闘技術では先に戦ったミモザの方が上、というのが俺の見解だ。

 事前に電話で医療系能力者であるキシュハに聞いたところ、ラヴェンナの佇まいや筋肉の付き方は後衛の「それ」だとの事。  

 実力的な面から見ても正攻法に持っていけば俺の方が有利だろう。

「いてて……」

「大丈夫ですか?」

「心配するくらいならもう少し手加減しろよ……」

 ウォーミングアップとしてウィルに組み手を頼んだのが間違いだったようだ。強打した肩を揉みながら、俺たちは会場に向かっていた。

 ラヴェンナ戦である。

 調子はかなり良い。

 新たな能力もぎりぎり形にすることはできた。場合によっては今日使う機会があるかもしれない。

「……ん?」

「誰かいますね」

 ロビーを通り過ぎて控え室に向かうと、扉の前でうろうろしているセーラー服の女子が一人。

「よお、確かアイシャさんだっけ? ハルドのとこの」

「あ、えと、ルカさんとウィルさん、こんにちは……」

 片手を挙げながら近づくと、びくりと小動物のような反応をされる。

「ル、ルカさん」

「ん?」

「あの、こ、この前はありがとうございました! この前は、あの、わたし頭が回らなくて、呆然としてて……」

 少し大きめの声でそう言われた。そわそわとスカートの折り目を意味なく両手で伸ばしている。

 そういえばグレイシアをぶっ飛ばした時、新能力開発に勤しんでいたのでそそくさとその場を後にしたのだった。どうでもいいが周囲の男どもの羨ましそうな視線がうざい。

 うむ。考えてみればあの時の俺はイケメンだった。

 俺の勘違いなら恥ずかしいが、心なしかこちらを見る顔が赤いように見える。セミロングの黒髪はキシュハを彷彿させてアレルギー持ちの俺には中々堪えるところがあるが、こちらはどちらかと言うと可愛い系なので眼の保養だ。

 俺はにこりと微笑む。

「いや、可愛い子を助けるのは義務だから当然のことをしたまでだよ。それより顔が赤いけど大丈夫か? 熱でもあるんじゃないかな」

「ルカさん熱でもあるんですか」

「黙れウィル」

 笑顔で隣の相棒に釘を刺しておく。

 今俺は鈍感系ハーレム主人公なのだ。お前はお助けキャラよろしく壁のアートにでもなっていろ。

「だだだだ、大丈夫です!」

「そうか、それは良かった」

 心底安心した様子で頷いておく。紳士オブ紳士とは俺のことだ、と宙を泳いでいた彼女の視線が揉み解していた俺の肩に止まった。

「怪我してます?」

「ああ、修行しすぎちゃってね。はは……」

 憐憫の表情で俺って馬鹿だからさ、みたいな空気を出した。横のウィルが恒例の白い目を向けるが恒例の気づいていないふりで対応する。

「失礼します」

「?」

 怪訝な俺たちを他所にアイシャの手のひらが肩に触れる。

 オーラが伝わり、鈍重な痛覚が遮断されるのを脳が感知した。

「お、医療系か。助かった、サンキューな」

 治りが早い。しかもさらに調子が良くなった気がする。

 横にいたウィルも感心していた。

 体内の身体操作をして間接的に対象を回復させるキシュハと違って、こちらはオーラによる治癒能力の強化を促す純粋な医療能力者だった。おそらく強化系か放出系の能力者だろう。

 試合前にこの激励はかなり嬉しい。

「い、いえ……あの、試合応援してますから! 頑張ってください!」

 アイシャは最後まで視線を頻繁に泳がせた後、危なげな様子でとてとてと離れていってしまった。

 好感触。

 握りこぶしを作って感動に浸る。

「良い子ですね。詐欺師に騙されそうです」

「最後の一言は余計だ」

「じゃあ僕は観客席に行っています。試合、油断しないでくださいね」

「おう、お前こそ午後のハルド戦に負けるなよ」

「もちろんです」

 がつんと拳を交わして会場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下の先、熱い声援の重低音が耳朶に届く。

『さあ! 今ルカ選手も姿を現しました! 現在2勝2敗! だが負けた試合はどれも不戦敗です! 波に乗っています<寝癖少年>、今日はどんな試合を見せてくれるのか!?』

 寝癖少年は余計だっつーの。

 ウィルなんか<金剛>とかカッコいい渾名を貰っているのに、この格差はなんなのだろうか。泣きたい。

 片手をやる気なさげに掲げながらリングに上がると、普段とは打って変わって綺麗にラヴェンナはお辞儀してきた。

『対するは2勝3敗のゴスロリ少女! 赤のリボンが可愛らしい! 試合結果こそぱっとしないものの、相手に取られた5試合のトータル被ポイントはなんと未だ3点! <雪のラヴェンナ>選手だ! 今日も見えない銃弾が炸裂するか!?』

 会場が沸き立つ。

 答えるようにスカートの両端を摘んで丁寧に観客席に応対するラヴェンナ。

 こいつ、外面良いな畜生。

 なんというアウェー感だ。

「今日は勝たせてもらうぞ」

「こちらこそ」

 不敵に笑いあう。

 良いね、この緊張感。

『では、両者構え……試合開始です!』

 合図と共に突撃する。

 俺は前進、ラヴェンナの方は予想通り地面を蹴り後退する。

 相手から放たれるのは2発の念弾。

 スピードも威力もかなりの速さ。

 方向転換しながら腰を捻って回避する。

 その先にも念弾が3発。

 2発は避けれそうだが、弾速が速すぎてどうしても最後の1発が難しい。

 オーラを回して右腕で弾く。

「……うおっ」

 重い。

 大きさはゴルフボールくらいだが、威力は鉄の球でも投げられたかのように感じる。やはりラヴェンナは放出系能力者。実力にそれほど差はないが、一方的に向こうが殴ってくる感覚だ。  

 遠距離戦は完全に不利。

 駆け回りながら軸足で踏み込んだ岩盤を砕き、ラヴェンナの方向に放り投げる。

 これは落ち着いて避けられる。

 追撃を加えようとさらに岩盤を砕こうとするが、腹部に鈍い衝撃。

「……っ」

 蹲る俺に審判が怪訝な様子を見せる。

 日頃仲の良い子ども同士のバトルと見ているのか、今日の審判は念能力者同士の対決だというのに一般人だ。天空闘技場もいい加減である。

 どうやら闘いは長引きそうであった。

 向こうは隠で見えなくさせた念弾を入れていたようだ。自分自身の戦い方に過信しすぎたせいか、相手もそういった事ができることを失念していた。

 凝で確認しようとするが、間髪入れずに放たれた念弾が来襲し、慌ててその場を退避する。

 返す踵で今度はジグザグに動きながら近づいていった。

 連射性はそこまでないが、無視できない攻撃だ。避け切れない分は歯を食いしばりながらガードしていく。

 右側面から回り込みラヴェンナの顎先を狙うが、余裕を持ってガラ空きの左サイドに逃げられてしまった。

 舌打ちして仕切りなおす。

 もう一度接近するも同時に退避されて思うように近づけない。

 飛び道具がここまで厄介だとは思わなかった。格闘技の試合では逃げる相手を倒すのは至難だと言われているが、まさしくこの状況がそれを指している。

「つれないな。正々堂々と殴り合おうとか思わないか?」

「ミモザの話からだと接近戦はまずいと思ったのよね。負けたくないから遠慮しとくわ」

 軽い野次を飛ばすが何処吹く風だ。

 ラヴェンナ自身が慎重な性格をしているので、俺の十八番である口車に釣られ辛そうでさらにきつい。いらんクレバーさだ。

 放たれる念弾は俺を休ませるつもりなど無いらしく、応対の間も無尽に飛んできた。ミモザほどの威力はないがさすがに体力を削られる。

 身をかわしながらも隙を伺うしかない。

 近づくには被弾は避けられなさそうだ。近づけば俺の勝ち。相手もそれはわかっているはず。

 だからこそ、この牽制の量。

 平面でローラーのように接近しても念弾で逃げ道を誘導されて後退される。

 正解は直線移動で素早く、相手にこそ思考の余地を与えないことだ。

「……ふっ!」

「……!」

 結論した俺は戦場詐欺師(プライベートライアー)を遮断し、堅にのみ集中する。初めて出した俺の本気オーラに目を見開きながらも、ラヴェンナは先ほどより強めの念弾をばらまいた。

 その群に突撃。

 頭部をガードしながらも急接近する。

「ぐっ……」

 手足と胴体にえぐられるような酷い痛みを感じながらも、逃げたラヴェンナを高速で追従。角に追い詰めた。

 振りかぶる。

 戦場詐欺師(プライベートライアー)発動。

 力尽きたように見せかけて攻防力の見た目は20。

 本当は50の必殺だ。セカンドステージを与えるつもりはない。

 俺の攻撃を見たラヴェンナは、回避は無理と判断したようだ。

 相打ち狙いなのか念弾を放つ構えを見せる。

 ワンアクションの分、向こうの念弾の到達の方が速かった。

 想定より遅く威力も無い。咄嗟の判断で錬度を誤ったのだろう。

 だが衝撃で狙いがずれる可能性がある。

 オーラ攻撃力を40に落として10ほど防御に回す。

 重心を落として攻撃を受けながら踏み込み、逆カウンターでラヴェンナの腹にぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぶち込めなかった。

「……え?」

 何が。

 呆然とする俺の耳におぞましい囁き声が聞こえる。

「オレ、オレ、トメル」

「バカヤロウ、ソレフタリブンダ。フタリブンノ、〝アクイ〟ダ」

「ソウ? ソウカ。ジャアフタリデトメヨウ」

 ずずず、と殴りかかった右手を何かが止めていた。

 驚愕で息が止まる。

 ラヴェンナの押し殺した笑みだけが視界に入った。

 本能で凝をする。

 映ったのは30センチくらいの人型の念が2体。

 止めたのは2体だ。

 だが念人形の数はそれだけではなかった。

「……アクイニハ」

「フム、ベツニジヒハソンザイシナイ」

「ノコリノワレラハ?」

「ナリタツノハ――〝オカエシ〟デス!」

「ヒメスキヒメスキヒメスキ」

 全身が栗立つ。

 まずい、まずいっ。

「こいつ……、こいつら……っ!」

 カウンター系念能力。

 ラヴェンナの背後から飛び出してきた残りの念人形たちが、無防備な俺の身体にそれぞれ渾身の一撃を――。

 吹っ飛んだ。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。