Báleygr   作:清助

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第十三話「都合の良い奴ら」

 

 

 廊下の方から確かな足音。

 消毒された空間は明快な音の振動をよく通す。

 階下で騒ぐ男たちの戦いの声、揺れる歓声、近隣を飛行する旅客機のエンジン音、遠くでは電話の音も木霊していた。

 その中から聞こえる静かな足取り。

 傍で座っていたウィルは堅を止めながら、琥珀色の瞳をゆっくりと晒した。その視線は扉の方に向かう。

 同じく堅の修行を中断した俺も流れに沿う。

 吐き出した息は荒い。

 鈍痛の耐えない身体はまだ本調子ではなかった。

 足音は扉の前で止まり、がらがらとドアが開かれる。

 静寂。静まり返った空間。

 現れた少女はひとしきり室内を見渡すと、俺の隣にいた相棒の姿を見とめて深いため息をついた。

「…………ウィル。今度から呼ぶときは、ちゃんと容態を、正確に」

「む、言いましたよ? ルカさんがまた入院しましたって」

「それで一方的に切られちゃ! 重症か軽症かもわかんないでしょう、この単純馬鹿!」

 隣の街に滞在していたはずのキシュハが珍しく声を荒げた。その眉間は朝一で呼ばれたのが余程堪えたのか多重の溝が刻まれている。自身の能力で血圧すらもある程度操作できる彼女だが、朝には弱いようだ。不機嫌全快である。

「今度から近くのホテルにいる事にする……こうも何処かの猫型ロボット並みに呼ばれるとさすがに疲れるわ」

「ご愁傷様だな」

「元凶の怪我人は黙ってなさい」

「はいすいません」

 頭が痛そうにするキシュハに同情の言葉を投げかけるが、剛速球で投げ返されて口を噤む。傍でウィルが「単純馬鹿……」とか地味にショックを受けているがスルーしとく。

 隣のベッドでは会話をしていた双子は何事かとこちらを見ていた。ちなみに傷の治りきらなかったミモザはこの前以降、結局発見されて医者に病室へと放りこまれたが、大分容態は回復したようだ。確か明日には退院できるとか。

 キシュハは俺の方へぶつぶつ呪詛を吐きながら近づいてきた。

 そこへ空気の読めない横槍がひとつ。

 全快したらしい傷跡を確かめながら、向かいのベッドの上でぴょんぴょんと跳ねていた赤茶色の髪の優男のことだ。

「お、ルカ君の知り合いかな? 随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか。ちょうど朝食もまだだし、よかったら僕と一緒に食事でも――ぐほっ!」

 そんなKYな優男――オーシャンの腹に吸い込まれるようなキシュハの一撃。

 膝から糸の切れた人形のように豪快に倒れこみ、シーツによだれを垂らしたままぴくりとも動かなくなった。綺麗な顔してるだろ、気絶してますどうみても。

 隣でミモザの短い悲鳴があがった。

 彼女に反射的に抱きつかれたラヴェンナは真剣な顔で「一撃? 何かの能力なの……?」とか考察している。傍のウィルは未だに放心状態の痴呆だ。部屋内の全員が怒気に飲まれて反射的に堅をしていた。なにこのカオスな空間。

 俺は現実逃避するために昨夜の試合を思い起こすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 両手を顔の両脇に構えたまま、ボクシングの要領で懐に潜り込む。

 横凪に振るわれた斬撃を、左足の重心をずらすことによって身体ごと前に倒し回避、3歩目の踏み込みと共に掌打を突き上げる。

 確かな手ごたえを感じるが、衝撃を物ともしないと言わんばかりに返された刀身が左方から接近。

 完全な近接において避けるのは容易である。

 ましてや数撃の打ち合いですぐに気づいたが、オーシャンには致命的な弱点があった。

 退避を選ばずに蹴り飛ばす。

 刀身が目元を通過したが大方計算どおりだ。僅かに顎をあげることで見過ごした。そのまま吹き飛んでいく相手を見送る。

 大木のように転がりながらもすぐ手を反動に体勢を立て直したオーシャンは、難しい顔をしたままこちらを睨みあげていた。

 審判の8対0のコールが俺の圧倒的現状優位を示している。

「参ったな、ここまで強いとは思わなかったよ…………」

「剣に頼り過ぎている。その割りには、素人の構えだな」 

 自分らしくなく思っていたことをぽつりと指摘してしまった。実際にその通りなのだ、訂正はしない。

 オーシャン・アルビオンの念能力の全貌は謎に包まれてはいるが、それ以前に体術のレベルが圧倒的に足りていなかった。

 おそらく剣が出来たのも最近の事だろうか。

 具現化した剣を飛ばすなんて芸当、そうそうに上手くいくはずがないのだが、その辺りは見解と現状の相違が見られるためにまだ確定ではない。

 どちらにせよ斬撃の遅さ。

 致命的に、遅い。

 自身の兄よりも柔に満ちた、圧倒的な体術使いである女狐キシュハ・レシルーク。その稽古を受けてきたのだ。小手先の技術だけならウィルにもまだ追いつかれていない。

 俺は踵を軽く叩きつけて石畳を砕いた。

 つま先で真上に蹴り上げ、石塊を掴むとそのまま相手に放り投げる。オーシャンはこれを走りこみながら回避、隠していた2投目も練りこみが足りなかったのかしっかりと剣で弾かれる。

 お返しに来た馬鹿正直な縦の太刀筋をサイドステップで避け、鋭い切り返しから渾身の右ストレート。被弾を確認して再び距離を取った。

 審判のクリーンヒットを告げる声が会場を沸かせる。

「これで9対0、あと1手で詰みだ……とか思ってるんじゃないかい?」

 最後の攻防を仕掛けようとした俺にそう声が掛かった。

 試合前と変わらない柔和な笑みが視界に入る。

「思っちゃ悪いか?」

「いいや、たださっきの状況で追撃をしないのはどうかと思うよ。よく言うだろ? 遠足は、帰るまでが遠足だと」

「……」

「戦いもそんなものさ、今の君は出荷前の家畜のように無警戒だ」

 饒舌に、得意げにそう告げられる。

 はったりだ、と思った。

 仮にオーシャンの能力がこのような状況下で発揮されるカウンタータイプだとしても、俺に対して態々その切り札の示唆をする意味がない。少なくとも俺なら調子に乗っている相手に警戒をされたくはない。

 それとも、そんな思想すら吹き飛ぶような凶悪なカウンター能力なのだろうか。

 ありえなくはない。

 ありえなくはないが、確証もない。

 悪い癖だ。

 自分の勝ちが見えてきたなら思考せずに突撃すればいいものを。それこそがフラグかもしれないが、頭に針を埋め込まれていたキルアじゃあるまいし。

 いや、待て。少なくとも「警戒」すること自体にデメリットはない気がするぞ。

「…………」

 なにわともわれ命を大事に、だ。

 相手の能力が未知数な以上、時間制限のないこの場では慎重に戦うことの方の重要性が高いはずである。

 ――時間を稼ぐことが目的の能力だったとしたら?

 腰を深く落とした俺に別の俺がそう囁く。

 ないだろ。ありえない。

 いやありえなくもないか。

 この時点で既に敵の思うつぼか? もう能力発動条件を満たしたか?

 そもそもこう考えてしまうことが敵の能力だったりするのかどうか。

 可能性だけなら無限だ。悩むだけならプライスレス。

 その中でも現状一番高い可能性は、斬られたら負ける確率が上がる、ということだけである。

 具現化した対象の関係上、「斬る」というイメージに沿って何かしらの能力を付随しなければ、そもそも剣としての本質的な役割から離れてしまう。イメージこそが強さに繋がる具現化系能力者に、 そんな見た目と懸け離れた能力を付与することは愚か以外の何者でもない。

 オーシャンのオーラが練り上がる。

 時間を与えてしまったせいか、十分なオーラの回復猶予が出来ていたようだ。それでも冷静に対処すれば勝ちは難しくはないだろう。多分。

「……いや、ありえないだろ」

 思わず声に出して小声で言ってしまった。

 オーラの回復なんて早々こんなに早く訪れるはずがない。しかもよく見ればオーシャン自身のダメージもそれほど無いように思えた。

 試合は俺が一方的にダメージを与える展開だったはず。普通の能力者なら致命傷のダメージを何回も与えたはずなのだ。

 その実例がミモザ戦だ。

 彼女は「プライベートライアー」の能力に対応しきれずにボロボロになった。通常の攻防程度では初見の騙しオーラに対処できないのが本来の形。

 それを無傷で凌いでいたのか。いや、手ごたえはあった。

 だとしたら奴は回復系の能力者。

 いやいやいや、だとしたら先ほどのカウンター能力らしき言動に説明がつかない。一体何が目的なのか。

「では、フィナーレと行こうか」

 睨み合いに痺れを切らしたのか、オーシャンがゆらりと構えた。そのオーラは爆発的に高まった錬のオーラで満ちている。

 結論の出ないまま、俺は嫌な気分で腰を落とす。

 すべてハッタリだ。そう願うしかない。

 フラグ臭いけど、そう願う。

 とりあえず当たらなければいいんだ。これもフラグ臭いけど。

 思考終了。

 滞りなくオーラを循環させて迎撃へと備える。

 左方からの袈裟斬り。

 なんてことはない一撃。

 オーラも今までと同じく大した雰囲気も感じ取れない。避けて終わりだ。

 

「……!?」

 

 衝撃。

 スローモーションの世界。

 視界が揺れる。

 攻撃を受けた。理解できるのはそれだけ。

 後頭部を思い切り殴られたような重い痛み。完全な認識外からの一撃だった。

 視線を走らせると眼前ではまだオーシャンが振りかぶっていた。

 斬撃じゃない。だが攻撃を受けた。奴の能力じゃないのか。

 避けなければ。

「――」

 思考が追いつかない。ついて行こうとする身体も遥か後方。

 剣先が触れる。

 肩口から斜めに、腰元まで引かれる。

 ワイシャツを切り裂いて肌に到達された感覚が脳髄を刺激した。

 息が止まり、のど元から絶叫が出かけるが飲み込む。

 退避。逃げる。すべてから逃亡する。

 傷は浅い。

 だがやばい。食らった。やばい。

 すべてが元通りになる。

 視界は明瞭になり、聴覚に土砂降りが降ったかのような歓声が降りかかる。

「一手……勝ちが見えてきたかな」

 不気味な笑みを浮かべたままオーシャンが呟いた。

 俺は苦虫を噛んだような顔をしていただろう。

 先ほどの不意の一撃は念弾だった。

 どういう原理かはわからないが全くの別方向から飛んできたわけだ。動揺するなという方が無理な話だ。

 威力はそれほどでもなかったが、完全な視覚外からの攻撃は想定していなかった。

 いや、待て。

 何も念弾を飛ばしてくるのが目の前の対戦相手だけとは限らない――。

 俺は凝を宿して静かに観客席を見上げた。

 異変は感じ取れない。

 だが視線は感じ取れた。

 戦いに集中していて気がつかなかったが、キルア・ゾルディックの姿が見える。注目すべきなのはその後方。

 執事服を着た男女がいた。

 一人は幼いという言葉が似合わない顔つきをした幼女だ。

 暗い紫色の髪に病的なまでに白い肌。挑むような意地の悪い笑みが印象的で、片手から何かを放ったような格好のままこちらを見ていた。

 その後ろでは黒髪の若い男が申し訳ないように両手を合わせていた。

「あいつらか……」

 おそらく先ほどの攻撃の犯人。

 特に幼女の方、師匠レベルの能力者だ。ゾルディック家に執事として勤めている転生者がいることに驚きはなかったが、人の試合に横槍を入れる意味がわからない。

 オーシャンの仲間かとも思ったが、彼の様子を見る限り違うようだ。むしろ実は結構なレベルであるはずの念能力者であるこの200階クラスの審判すら、先の出来事に気がついていなかった。

 通常、試合中に選手を妨害するような反則行為が見られた場合、反則行為によって助けられた選手はもちろん不戦敗になる上、行為に及んだ観客などはその場で取り押さえられて永久に闘技場に来れなくなるのが原則だ。

 その程度のことは念字で隠された大会の規定事項に乗っている上、念能力者の一般客の視線や闘技場の入り口で待機している他の審判の目もある。

 そんな中で堂々と俺に念弾をぶち当てる捩れた度量。

 俺自身も明確な悪意のあった攻撃を食らうまで気づかなかったのだ。

 果たしてそんな都合の良いことがあるのだろうか。

 明らかな念能力。

 しかも俺と同じ何らかの形で「隠す」能力の可能性も高い。おそらく審判にこの事実を伝えても判断までに時間が掛かる。攻撃をくらって押され始めたと感じられて、観客にも受けが良くない。試合は中止にはならないだろう。

 どちらにせよ予期せぬ妨害で非常にやばい事態である。

「余所見をしていていいのかな?」

 ぞくり。

 眼前に刀身が光る。

 反射的に身体を屈めて引いた。念は全力で纏っておく。

 今のところ自身のオーラに何も異常はない。

 いや、何も感じていないと思っているだけで既に能力は発動しているのかどうか。

 正直泣きたい気分だ。

 そのまま斬撃をかわし続ける。

 能力はなんだ、能力は――。

 このままじゃ負けるぞ。

「くそっ……」

 悪態をつく。

 俺ではなくオーシャンが。

「……は?」

「いい加減僕の攻撃を受けろおおおお!」

 かわした剣を投げ捨てるように掻き消すと、振りかぶられた拳が剣だけに集中していた俺のあばら骨に命中した。

「……っ!」

 激しい衝撃。

 完全に防いだと思ったが芯にまで到達する一撃だった。ぴきぴきと身体の内部に浸透するような鈍重な痛みだ。

 骨の折れる、感覚。

 吐き出しそうな鮮血を飲み込む。

 まさか奴の能力は念による防御力を下げるものだったとでもいうのか。

 唇を噛みながら前方に視界を戻すと、当のオーシャンは自分の手を見て信じられないという顔をしていた。

「……はっ! いけないいけない……剣を使わなければな……身体は剣で出来ている、うん、剣で出来ているんだ」

「……」

 何か、おかしい。

 殴るという行動。今までとは違い、流も滑らかな上に篭められていたオーラにも全く淀みはなく、むしろ慣れているといった感覚。 

 具現化系にも関わらず、素手の方が強いのか。

 まさか俺は、何かとんでもない思い違いをしている?

 ふと俺の脳裏に、ラヴェンナが言っていた言葉が思い浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 ――オーシャン・アルビオンも多分知っているはず。ほら、あのアロハシャツの青年。最近来たばかりだから念能力はいまいちよく判らない。ただ最初来たときロビーで「カストロさんはいませんかー、解除に必要なんです」とか言っていた馬鹿だから多分――。

 

 

 

 

 もしかしてこいつ……。

「……僕らしくもないな。お待たせした……行くぞ!」

「……」

 再び剣を具現化して切りかかってくる青年。

 その姿はどこまでも洗練されてはいない荒削りの体捌きだ。

 俺は振りぬかれた剣に合わせる形で、真横から全力で硬を纏った拳を叩き込んだ。

 寸分違わず刀身に命中、交差された形でお互い走りぬける。

 数瞬の空白の後、二人の間に銀色の不協和音が木霊した。

 吹き飛んだ刃先は霧のように消えていく。

 湧き上がる会場。審判がごくりと喉を動かしているのが見えた。

 振り返ると向こうもこちらを見据えていた。

 オーシャンは不敵な笑みを浮かべたまま折れた刀身を見やり、徐に口を開く。

「ふっ……………………僕のエクスカリバーがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 絶叫だった。

 現在の俺の容貌は痴呆じみた猿のような面持ちだろう。

 脱力するしかない。むしろ今まで気づかなかった俺、死ぬがよい。

 オーシャン・アルビオン、強化系能力者だった。

 道理で攻撃を当ててもまるでダメージを食らっていなかったし、剣自体にも特殊な力がなかったはずだ。只の素手の攻撃の方が痛かったし、無尽蔵に見えたタフネスも今にして思えば伺える。

 並ならぬ剣への執着。

 実際の剣強化だけならまだしも、効率の悪い具現化。赤髪の容姿といい、たぶん何かのゲームをモチーフにしているのだろうか。いかんせん中途半端だった。

 カストロさんの最高駄目駄目バージョンと言ったところだろう。

 勝手に強敵想定していた俺の思考こそが最悪の敵だったというわけか。笑えないぞ。

 なんだってこんな勘違い系主人公属性をもった野郎と戦わなければならなかったんだ。

「落ち着け、落ち着くんだ僕! そうだ素数だ、素数をかぞえ――ぶほっ!!」

 とりあえず煩いので殴り飛ばしておいた。

 審判の試合終了を告げる声が気持ちよく響く。

 それにしても――。

「なんのつもりだったんだ、あいつら……」

 もう一度観客席を見やると、背中を向けて戻っていくキルアと、その背後に付き従う先ほどの二人組みの姿を捉える。

 吹き飛んで会場の端でのびているオーシャンの方を見て、幼女は酷く残念なものを見るかのように首をしきりに振っていた。その肩を男が慰めるように軽く叩いている。

 ふと男と目が合う。

 男は再度、俺に対して謝るようなポーズを見せると、右手に握っていた何かを消した。

 ……そのことに今、気づいた。

 本当に、おかしいほど、「都合のいいこと」に、右手に何かを握っていた違和感に気づいた。

 ――念能力、得体の知れないレベルの。

 もしかしたらこの試合中に延々としていた勘違いすらも、その念能力が原因――。

「……なわけないか」

 俺は釈然としないまま闘技場を後にした。

 

 

 




元ねたはもちろんfate

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