Báleygr   作:清助

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第十二話「成り斬る」

「正直忘れてた」

 控え室でウィルの奴に、なぜオーシャン・アルビオンの前試合を見なかったのかと聞かれた際に答えた台詞だ。

 割と真面目に殴られた。

 実際は野戦を想定して相手のことを何も知らないほうがいいのではないか、という馬鹿な思考回路から導いた過ちだ。真実を相棒に話せばツンデレ乙とか言われそうなので最後まで茶化した。

 今日はオーシャンとの試合である。

 現在4勝0敗中のウィルは手当たり次第に対戦オーケーしているので、空いた試合から戦いを組まされている。

 俺から見ればかなりのハイペース。師匠の言いつけではどちらかがフロアマスターへの資格を得れば問題ないので、俺は適度に数をこなして過ごそうと計画中である。強化系のように身にまとうオーラそのものが既に必殺の域にある者に比べ、他の系統は自身の発をこのような場所で披露しまくるのはあまり賢い選択ではないからだ。

「……良いオーラだねえ」

 前方から柔和な呟きが耳朶に届く。

 審判の紹介と共にリングへと入場すると、先に上がっていた青年が腕を組んでこちらを見据えていた。

 派手なアロハシャツに赤茶色の髪。容貌は整っているほうだ。

 オーシャン・アルビオンその人だ。

 まだ1戦しかしていないのに、もう女性のファンがついている。リア充爆発してほしい。ついでに昨夜富豪の愛人ぽい女性から、通りすがりに投げキッスされていたウィルも吹っ飛べ。ボマーさんお願いします。

 話すのはこれが初めてなので、間近でそのオーラを見るのもこれが初めてになる。

「ルカだ。良い試合をしよう」

「ご丁寧にどうも。僕の名はオーシャン・アルビオン。対人経験が少ないのでお手柔らかに頼むよ」

 笑顔で話しかけると、オーシャンから心地よい返答が帰ってくる。

 そのオーラ量は下の上、錬度の方は中々。

「もっとも、僕は負けるつもりは毛頭ないが」

 自信は上々だった。

 見た目の大したことのなさが、相手のオーラの強さがフェイクである可能性も示している。

 身近というか、自分自身がそのタイプなので油断はできない。

 よりによって能力で弱小にごまかしているはずの俺の念を一目見て「良いオーラ」とはとんだ食わせ者だ。ここにきての戦いを避けようと思ったハルド・ムトーより強敵の可能性が出てきた。起こしたのは蛇ではなく龍だったのだろうか。

 ……上等。

 試合開始の合図が木霊した。

 歓声と共に熱気のボルテージが急上昇していく。

「行くぞ」

「まあ、焦らないでくれよ」

 仕掛けようとした俺に静止の声。

 構わず接近する。

 最初の一撃で勝負を決めるつもりでいく。

 拳に乗せるのは攻防力80、見掛け上は20の貧弱オーラ。舐めて受け止めれば即効で片がつく。

 疾駆してきた俺に、オーシャンの右腕が出迎える。

 勝った。

フラグっぽい言葉が脳裏を過ぎる。

 冷静な思考はオーシャンの視線が笑っているのを見過ごさない。

 その右手は何かを握っていた。

 剣だ。

 攻撃中断。体重移動を後方に置換。

 さらにはつま先からオーラを噴出させた反動で素早く飛びのく。

 鼻から先の僅かな空間に、鋭利な軌跡は過ぎ去ったのを見て吐息を漏らした。

 こいつもミモザと同じ具現化系能力者。

「……」

「残念、下がるか。カウンターをくれてやろうと思ったのに……」

 直前で踵を返した俺に相手はそう告げた。

 凝を使い、出された獲物を見てみる。

 両手剣の直刃。いかにもな業物。

 だが具現化系にも関わらず、構成されたオーラは微弱過ぎた。

 だからこそ最大限の警戒に値する。

「随分と貧相な剣だな」

「そうかな? 少なくとも君程度の能力者なら断ち切れると思うけど」

 可能性の思考を展開しながらオーシャンに軽い挑発をするが、あっさりと流された。

 まずいな、能力がさっぱりだ。

 同系統のミモザと戦ったときはそのオーラの力強さからパワー系の接触タイプだということは簡単に推測できた。

 だがこいつはその真逆、直接的なダメージはないかもしれない。恐らくそれ以外に相手に致命的な何かを与える能力の可能性が高い。

 真っ先に思い浮かんだのは触れたものを強制的に絶にする能力。これならオーラの貧弱さも納得できる。

「どうした? こないならこちらから行くよ」

 そう言い放ち、疾風のようにこちらに滑り込むオーシャン。下段から切り上げていく剣先を半身で右方にかわす。あがり切った勢いのまま回転する相手を尻目に、空いた胴に拳を叩き込もうとするが、そのままオーシャンは反転。

 奴の左手から一瞬で剣が消え、逆手になった右手から剣が瞬速で再具現化してなで斬りにしようと空を裂く。

 回り込もうと足にオーラを込める俺の視界上方、3本の剣が具現化して降り注ぐ。

 放出系に属する攻撃方法――系統が離れているからそれほどの威力も、当たったときのデメリットもないはず。

 おそらく向こうの脅しだろうから、本体の持つ剣に注意しながら退避を選ぶ。

 そう判断して時間差で振り注ぐ剣雨を柳のように流しながら、バク転をして後方に回避。ついでに追撃が来ないように念弾で牽制しておく。

 打ち出された念弾をオーシャンは容易に避けた。

 剣で弾きにこなかったところを見ると、やはり対人特化の能力の類だろうか、それとも使うという選択肢に偶々反れていただけか。判断はつかない。

 まあ、どちらにせよそれは囮だけど。

「……!?」

 余裕の表情をしていたオーシャンは不意の一撃に首を曲げた。

 もう一度こちらに向かれた鼻先からは血が流れていたので、ひやりとした恨みも込めて思いきりドヤ顔をかましとく。

「良い男になったな」

「……何をした?」

「さあ?」

 《戦場詐欺師(プライベートライアー)》はすべての念を隠す。

 それは放たれたもう一つの俺の念弾すらも例外ではない。顎に昏倒させるくらいの威力を出したつもりだったが、やはり操作系と放出系の精度は悪いようだ。身体から離した所為か、薄っすらと念弾の実体も見えてしまっていた。燃費も悪い。結果も予想の半分以下の威力。

 とは言うものの、少なからず相手方に動揺を与えたようだ。

「放出系か? 瞬間移動の類か……それにしては威力がないな」

 見当違いな方向にぶつぶつと呟いているのは都合が良い。どうやら対人経験が少ないのは本当らしかった。

 剣に神経を注いでいる分、いつもより攻撃に精彩がないがこの際仕方ないだろう。

 子供の体躯と武器の長さに加点される形でリーチが異なるのは中々に厳しい。俺も師匠のように槍でも携えれば良かったのだろうか。いや、プライベートライアーは騙しの念。

 攻撃力は上がるだろうが、見た目上の警戒度が増して余り有効とは思えない。

 こうして考えると正攻法には全く向かない能力とは、つくづく俺らしいともいえる。

 時間は掛かるだろうがフェイントを交えて攻めて行こう。

 ミモザ戦で何を学んだのか。

 相手の剣を掠らせもしないように、シンデレラのように。

 踊るように戦おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――成りきり型」

 ルカとオーシャンが戦っている後方、観客席の奥で幼女が呟いた。

 線の細い容貌、闇色の執事の服を着て我が物顔で立っている様は、まったくもって似合わない。

 隣の若者も執事服を着ているが、突然語りだした同僚に苦笑いしか返せなかった。

 幼女はそんな周囲の様子を無視して続ける。

「転生者に多く見られる念能力のタイプがそれ。生半可な情熱や想いでは失敗するが、元となるモデルに近づけば近づくほど、制約も能力も凶悪になる。彼らはカードゲームを再現して強力な青龍を召還したり、漫画の技を真似て反則的な影分身を行使したり、映画の主人公のように手先から強固な糸を出す」

 前の席で嬉々として試合を見ていた彼らの主が、困惑した顔で視線を寄越した。

「あ? いきなり何言い出すんだミゾラは」

「なんでもありません、キルアお坊ちゃん。ミゾラの悪い癖でございます。虚言でございます。妄想でございます」

 隣にいた若者は慌てた様子でフォローを挟もうと声を出す。

「キルア様! そんな事より試合、試合!」

くたびれたようなよれよれの執事服が、彼の苦労を認識させる。その一方で、ミゾラと名乗った幼女は紫紺色の長い髪の毛を弄くっていた。不機嫌そうな表情の下、桜色の唇がぽつりと呟く。

「どうせ聞かれても、転生者関連は認識できないようになってるし」

「いやそれにしたってお前……」

呆れ顔で若者が頭を抱えた。

「……変な奴。カイも大変だよな、こんな同僚でさ」

 意味がわからないという顔をしながらも、キルアは鼻歌交じりに視線を闘技場に戻す。彼の兄は正体不明の侵入者によって瀕死の重傷を負い、現在も自宅で療養中であった。ご機嫌である。

 そんな小さな少年に、若者の方の執事――カイは疲れたようにため息をつく。

「腐れ縁、という奴ですね。オレに戦うことを教えてくれたので、腕は確かですよ。一応付き合いは長いですし、変な奴でもお友達です」

「ひでえ言われ様、おもしれーやつだな」

 キルアは可笑しそうに言った後、小さな声で一言。

「友達……ね」

 ぽつりと零した。

「キルアお坊ちゃんにも出来ると思いますよ。きっと」

 にっこりとカイが笑うと、血塗られた暗殺一家の少年は一瞬嫌そうな顔をちらりと向け、曖昧な笑みのまま、また会場に視線を流した。

「それよりさ。すげーよな、200階クラスの試合。オヤジにこの階まで昇って戻ってこいって言われてるけど、確かにその通りだった。レベルが違うね」

「キルアお坊ちゃんはまだ40階クラスでしょう。そう見えるのも仕方がありません」

「ま、200階クラスの実力なんかすぐにつけてやるけどな」

「頑張ってくださいませ」

 此処まで昇るのでさえあと2年はかかるがな、とカイは原作知識を思い出しながらくすくすと笑った。

 リングの上では凄まじい速度で動く黒髪の少年の攻撃を、赤髪の男がいつの間にか持っていた剣で捌いている。

「てか黒髪の方、オレより少し上くらいなのに、なんだよあの動き」

「見た目どおりの年齢と思ってはいけませんキルア様。そうやって相手を騙す武術の達人もいると聞きます。あくまで自分の憶測ですが、中身はもっと上の歳ですね」

「勘かよ」

「勘ですね。隣にその実例がいますし」

 二人の視線が静観していたミゾラにぶち当たる。

 幼女は黙ったまま親指を下にした。

 そう言えばこの幼女に年齢の事を仄めかすのはタブーであった。

「っと、オレ、もう少し近くで見て来るわ! カイ、ゴトーの奴が下の階から探しに来たら知らせてくれ!」

「ちょ、キルア様」

 何かを感じ取ったキルアが逃げるように前の観客席に行った。

 呼び止めようとしたカイの手は虚しく空を掴む。恐る恐る後ろを振り返ると、藁人形を手にした魔女が一人。

「大丈夫、痛いのは最初だけだから」

「ミゾラさああああああん!?」

 奇声を発しながら釘と金槌を手に藁人形に打ち込もうとする幼女に、カイは半泣きになりながら飛びついた。

「冗談になってないって! やばいって!」

 髪を振り乱す幼女と半狂乱の青年。

 傍から見て逝くところまで逝ってしまっているような光景に、周囲の観客は何も見ていないように振舞って日常のふりをしている。

「そう! 今さら成りきり型の考察とか、突然どうした? 是非、オレにあんたの意図を教えてくれミゾラ嬢!」

 思いついたかのように矢継ぎ早に喋る同僚に、ミゾラはぴたりと動きを止める。

「成りきり型。うん、その話。そういえばそうだった」

「……ふう、……それがどうかしたのかよ」

そう言いながら懐に呪具が戻っていくのを、カイは冷や冷やしながら見届けた。横暴な物言いは彼の普段の口調である。

「イルミ様を半殺しにした転生者もそれだったかもって今思ったの。しかも完全にトレースしているタイプの」

「オレはその時を見てなかったんだが、そんなに強かったのか?」

「うん。カイ、お前よりも強力な補正が掛かっている真性の化け物だったのかもしれない」

 同じ傾向、いわゆる漫画や小説の登場人物の能力に準えた能力者であるカイは、それを聞いて押し黙る。

 自身の能力の凶悪さは己が一番よく理解している。

 念そのものの質は師であるミゾラに及ばないものの、カイの念能力の対応力やその補正は、おそらく他の転生者のそれを軽く凌駕する。

 そしてその弱点はミゾラの能力と合わせればほぼ穴埋めできるということも。

 己の難攻不落かと思われていた解除条件も、自身の凶悪な念能力の施行、計23回と彼女の立ち回り、加えてその能力のおかげでぎりぎり達成できたといっても過言ではない。

「……仲間にする気か?」

 浮上させた思考と共に、カイは訝しげに問いかけた。

「声でも掛ければ良かったと後悔はしているわ。強力な念能力者は、死神戦で必ず役に立つはずだから」

「はあ……オレ達が戦う必要あるのかよ」

 神と戦う話は、昔出会った情報屋から聞いていた。なるほど、世界を救うという名目上は参加しなければ仲良く地獄行きになるだろう。

 しかしカイ本人としては、態々条件を達成した自分が命がけの戦場に向かうのは馬鹿らしいとも思えたし、今の生活には満足している。

 傍観派、というべきか、放っておいても誰かが何とかしてくれるだろうと思っていた。

 懐疑の視線を込めてミゾラを見ると、彼女は呆れたような仕草を見せた。

「誰が戦うと言った? 楽がしたいだけ。適当に強い人間を集めて死神と戦わせる作戦」

 ああ、そう言えばこの人もこういう人だったな、とカイは思った。

 基本的に他人任せなのは出会った時から変わらない。

 そういえば解除条件の障害になるために、イルミと転生者を戦うように仕向けたのも彼女だった。

 助けてもらった身としては何とも言えない。

 カイが渋い表情になっている横で、事件の黒幕は微笑を浮かべて言った。

「今戦っている二人、試合が終わった後に赤髪の方へ声を掛けてもいいかもね。いかにもな芝居染みた動作に飛びかう剣載――もしかしたら成りきり型かも」

「……まー、そんな気はするな。要は伸び代があるってか?」

「あくまで能力が強力そうだった場合だけどね。あー、あの黒髪寝癖の方、斬られてくれないかなー」

 どんな能力かわからないじゃない、と口を尖らせるミゾラに、カイは半笑いをするしかない。

「妨害でもしちゃおうかな」

「ミゾラ嬢……」

 カイは危険なことを呟きだした相棒に冷や汗を垂らす。もちろん実行するとなるとそういう役回りを押し付けられるのはカイ自身だから余計性質が悪かった。

「寝癖の少年に恨みでもあるのかよ」

「敢えて理由を作るとしたら、オーラが貧弱過ぎる。いくら体術が良かろうとも、咲きそうもない花は好きじゃないの」

 顰め面でミゾラは口を開いた。

 念の戦いにおいてオーラ量と質は無視できないものだ、というのは彼女の持論である。量は足し算、質は掛け算で強さの計算ができるが、前者は才能や体質で、後者は努力や精神で決まるといっても過言ではない。

「むう……」

「何よ?」

「オーラが貧弱、ね……なんか妙なんだよな、あの寝癖少年……まるでミゾラの見た目と年齢のギャップみたいだ……」

 煮え切らない態度でカイが思考する様を見て、ミゾラはきょとんとした表情のままで藁人形を取り出した。素早く釘と金槌を構える。

 数秒後、お尻に画鋲が刺さってしまったような情けない声を上げながら、カイは隣の人物と腐れ縁だったことを後悔することになる。

 もちろん戦っていたルカが自身の念能力《戦場詐欺師(プライベートライアー)》によってオーラ自体を弱く見えるようにしていたことを、この二人の強力な転生者たちは知るわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

カイ・レッドツリー

 

達成難易度S

 「ゾルディック家執事カスガの代わりに原作登場人物アルカ・ゾルディックの67人分の死の“おねだり”を聞き、達成せよ」

                      

                                     ――条件達成。

 

 


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