ロイドたちが支援課に戻るとそこにはあの蒼と銀の毛並みを持つ狼がいた。
疑惑を晴らした礼としてサポートするために住み込み、警察犬として登録された。
既にあの魔獣事件から一週間が経っていた。
特に目立った事件もなく、支援課のメンバーは比較的平和な日々を過ごしていた。
「また駄目でした」
そう言って、無表情な顔でティオは事務所に入ってきた。
「よくあれだけ断られていながら、ティオ助も毎日通えるな」
既にこの光景は珍しくなくなっていた。
「初めてそう言われて入ってきたときは何かと思ったよな」
「そうね、あからさまに肩を落として入って来たわよね」
ローゼンベルグ工房に行った次の日からティオは通い始めた。
初日の落ち込み具合は全員が驚愕した。
何があったのか聞くと頼みを断られたという。
今ではさほど落ち込んだ様子はなく、皆もまたかと言って苦笑していた。
「けど、毎日何処に行っているんだ?」
「初日はIBCのビルに調べ物へ、次の日からはローゼンベルグ工房です」
「ローゼンベルグへ?
何しに行っているんだ?」
「そんなの決まってるじゃないか。
あのオーバーペットを譲って貰いにだろ」
「ランディさんは失礼です。
私がそこまで欲しがっていると思っているのですか」
「そうだぞランディ。
いくら……」
「まぁ、断られましたが……」
「って頼んだのかよ!」
「はは、ほらな」
「はぁ……
あまり迷惑かけないようにな」
「分かってます」
そう言って、ロイドはトンファーの整備に、ランディはグラビア雑誌に戻った。
エリィは自室へと階段を上っていった。
ツァイトはいつも通り屋上で日を浴びているだろう。
ティオもエリィに続いて階段を上っていった。
自室に入ったティオは机の上に置いてある紙束に目を通す。
そこにはアルクェイドについて書かれていた。
しかし、アルクェイドについて書かれていることは少なく、一枚目の半分にも満たない。
他の紙はオーバーペット等のアルゲントゥム製品とオーバーサイクルについてだった。
「IBCのネットワークでも何もないなんて……」
最初は自分の閲覧できないとこに保存されているのだと考えて、エイオンシステムを駆使してまで調べたが掠りすらしなかった。
だから、次の日からは本人に聞きに行ったが、あなたは何者ですか、なんて聞けるはずもなく、アルクェイドについて分かることは何も増えなかった。
分かっていることは名前とアルゲントゥム製品とオーバーサイクルを作ったことだけ……
「謎過ぎです、怪しすぎます……」
呟きながらティオはベットに飛び込んだ。
ギシギシとベットは軋むが気にせずティオは転がる。
そして、枕元にあるみっしぃ人形を抱き寄せた。
「私はあの人かどうか確かめたいだけなのに……」
ティオの脳裏に甦るは忌まわしい記憶。
あれから長いときが経つが未だ忘れることは出来ない。
それはロイドの兄である、ガイ・バニングスが助けに来るよりも前のことだった。
最初は夢だと思っていた。
いや、今でもアレは夢だったんじゃないか?
辛い日々から逃避するために見た幻だったんじゃないか?
そう思う。
-確かにあの人は蒼い髪に銀色の何かを持っていた-
何度も夢じゃないと信じながら……紅く染められた光景を……
忌まわしい記憶に体力を消耗したティオは何時の間にか寝付いていた。
その頬には一筋の涙が流れていた。
「これがティオ・プラトーの経歴か。
幼少の頃に失踪、三年後にウルスラ病院に入院、その数ヶ月後に家に帰る。
しかし、馴染めずにエプスタイン財団に出奔。
そして、今回オーバルスタッフのデータ採集のため特務支援課に協力……」
レンが集めた情報を読み上げて、忌々しげに紙を机に放り投げる。
「この失踪の間の場所と内容、出奔の理由は無いのか?」
「私が調べた限り無かったわ」
アルクェイドはレンの返事に苛立たしく髪をかき揚げる。
それは知りたいことが無いからではなく、恐らくティオが他人に知られたくないことを知ってしまったからだ。
しかし、レンは嘘をついていた。
レンはちゃんとティオが何に拉致されていたのか、知っている。
不幸にも、それはレンが拉致された集団の一部が楽園だったからだ。
ある時にアルクェイドはレンの過去を聞いている。
しかし、それは全てレンの主観でしか無い。
アルクェイドに一度レンの主観以外の要素に繋がる情報を渡せば、すぐに真実を調べあげるだろう。
だから、それを渡せなかった。
それに、アルクェイドも他からティオの過去を聞くのは良しとしないだろう。
本人が知られたくないなら尚更だ。
アルクェイドもティオの過去を細かいとこまで知る気はなかった。
ただ何処で会う可能性があったか知りたかっただけだ。
「迂闊だったか……」
ヤバい可能性は大いにあったのだ。
あの年で警察、しかも特務支援課という特殊な場所、そしてアルクェイドに会ったことが有るかもしれない。
これだけでティオに何かあると知るには十分だったのだ。
「自分の荷物、勝手に背負われちゃ気味が悪いよな」
アルクェイドは目の前のレンが調べたティオ・プラトーの経歴を握りつぶした。
「少し出かけてくる」
「何処に行くの?」
「IBC本社」
「いってらっしゃい」
珍しくウォークスに乗らずに、アルクェイドはコートを掴むと工房から出ていった。
アルクェイドは歓楽街から裏通り、広場から東通へと周り、港湾区歩いていた。
「ルバーチェ、黒月、黒の競売場、政治に金融か……
人の闇と言うよりかは欲の集合だな」
アルクェイドは皮肉な笑みを浮かべながら一通りのクロスベル市を見ていた。
「特務支援課が出来るわけだ。
確かに遊撃士だけじゃ踏み込めない場所が多すぎる」
ローゼンベルグ工房に来てから一週間経つが、アルクェイドは初めてクロスベル市を散策していた。
「だが、欲の中にこそ、闇は紛れやすい。
欲の方が目立つからな」
アルクェイドは口元を歪めながら、IBCビルの正面に辿り着いた。
「俺も欲に紛れさせてもらおう」
ガラスのドアを潜り、受付へと真っ直ぐ歩く。
「ディーター・クロイス社長と面会したい」
「社長と……?」
訝しむ受付嬢はアルクェイドを品定めするかのような目で見る。
いきなり社長と面会したいなどと言ってきたら当然の話だ。
「失礼ながら、どちら様でしょうか?」
「Aが来たと言えば分かる」
その視線を全く気にせずに答える。
その答えを怪しく思いながらも、受付嬢は社長と連絡を取った。
「社長、今受付にAと名乗る方がお見えになっております。
社長と面会したいと仰っていますが……
畏まりました」
如何にも事務的な応答をした受付嬢はアルクェイドの方に一枚のカードキーを差し出した。
「此方のカードキーをお使い下さい。
エレベーターの端末に御使い下さい」
アルクェイドは受付嬢の話を全部聞かずに、カードキーを手渡されるとさっさとエレベーターに入っていった。
そんなアルクェイドを怪しく思いながらも、常務へと戻った。
ディーターは社長室で仕事をしていた。
そこに音もなくアルクェイドは現れた。
「君はどうしていつも順序を踏むのに最後で飛ばすんだい?」
扉が開かれることなく、ディーターの座っている前に突然現れたアルクェイドに驚くことなく聞いた。
「別にいつもって訳じゃないだろ」
「君がそう入ってくるときはいつも面倒事を持ってくるだろう」
ディーターはアルクェイドに見向きもせずに書類に書き込んでいく。
「それで、今日はどんな用だい?」
「黒の競売場……
これの招待状が欲しい」
「…………………」
その発言を聞いたとき、ディーターは依然と動いていた手が止まった。
「先刻私が言った言葉に偽りないじゃないか」
「否定した覚えはないが?」
「本当に君は嫌な性格をしているね」
「お前が言うか」
元から和気藹々等といった雰囲気ではなかったが、一気に殺伐とした空気に変わる。
「何故それが必要なんだい?」
「気になることがあってな」
「しかし、私にも……」
「いいじゃないですか、お父様」
彼らの会話を聞いていた一人の少女が居た。
彼女はそう言いながらドアを開いた。
「彼に隠し事をしても得はないでしょう。
むしろ、彼から借りを作るチャンスではなくて?
丁度いいことに複数来ている訳ですし」
ディーターの娘であるマリアベルにそう言われて、溜め息をつきながら彼は机の引き出しから一通の手紙を取り出した。
「借りはそのうち返す。
後、アレのデータを貰って帰るからな」
それを受け取ってアルクェイドは入ってきたときと同じように音もなく消えた。
「彼の要求はいつも無茶ばかりだな」
「いいじゃありませんか、彼には得させてもらっているのですから」
「最も、アレのデータで何をしているのか分からないがね」
「私たちと組んで利がある限り、彼は裏切りませんわ」
ディーターは厄介ごとを抱えたように苦悩していたが、それとは逆にマリアベルは頬を歪ませていた。
マリアベルはそう言うが、ディーターはそうは思わない。
彼は独自の正義、思想で動いているのだ。
そういう輩が一番厄介だというのを知っているのだ。
そういう輩に限って、どんなに逆境でも、可能性がなくても、死にかけでも、絶対に諦めないし、挫けない。
だからこそ、そういう時に何をするか分からないのだ。
だからディーターはアルクェイドを信用しない。
ウルスラ病院の一室。
ここにアリオス・マクレインの娘、シズク・マクレインは入院していた。
彼女の部屋には少女特有のぬいぐるみなどが存在していなかった。
殺風景な病室を
「それでね、こないだ来た支援課の人たちが……」
「そうか」
彼女は彼女以外誰もいない部屋で一人喋っていた。
まるでそこに父親が居るかのように話す。
とは言っても、彼女が寂しさからおかしくなったというわけではない。
彼女の寝台の近くにある机の上にある機械が置かれていた。
そこからは父親の声が聞こえていた。
それはシズクの話に相槌を打ち続けていた。
楽しい話にはアリオスの声も嬉しそうに、シズクの声のトーンに合わせてアリオスの声も変わっていた。
その機械はロイドたちが来た次の日にアリオスの声を録って、創り上げたものだ。
その為に、アリオスは異常な量の質問を答えさせられていた。
さらにその答えを元に、アリオスの性格を把握して声を入れたのだ。
そして、シズクの話に相槌だけだが、出来るようになったのだ。
この機械はそれだけでなく、シズクの会話を同時に録音している。
仕事の休みのときに来るアリオスが機械の中にあるメモリを入れ替えて、後でアリオスが聞けるようになっている。
最初は抵抗があったシズクも今となっては嬉々としてそれに話しかけている。
時には看護士達との会話を録ったりしている。
シズクはたまにしか来れないアリオスと疑似会話とはいえ、楽しめるようになっていた。
ある意味、ビデオレターみたいなものだが、相槌だけとは言え、会話を楽しめることに違いはなかった。
長いこと入院しているからある程度寂しさには慣れているとはいえ、まだまだ親に甘えたいのだ。
そこにコレをプレゼントしてくれた。
差はあるとはいえ会話出来る。
休日には一緒に出掛けて会話も出来るがし足りないのだ。
だが、アルクェイドは親切心だけでこれをアリオスに渡したのではない。
オーバーペットもコレも全てデータ集めなのだ。
「ぎゃああああああああああああッッ!?」
夜闇に悲鳴が響く。
最近、夜に人が死ぬ事件が頻発していた。
死体はいずれも五体満足ではなく、腕や足がバラバラに切断されていた。
地面は血で真っ赤に染め上げられて、生臭い鉄分の臭いがその場に充満されていた。
須らく、それを見つけた人物はあまりの噎せ返る臭いと死体の惨さに、その場で嘔吐したという。
「く、くるなあああああああああああああ!?」
今夜の被害者はこの男だった。
迫り来るソレから必死に逃げようと走りまくる。
道端の障害物を蹴り飛ばしながら、時にはそれに足を盗られて転びながらも逃げ続ける。
それでもソレからは逃げれない。
自分を転ばしたものを投げても避けられる、当たらない。
ゆらゆらと揺れながらソレは一定の距離を保つ。
縮まることも長くなることもない。
「なんでッ、追いかけてくるんだあああああ!?」
ソレは一言も発しない。
いや、人であるのかさえ分からない。
ソレからは人らしさが微塵も感じられない。
時に何かが体を裂くが、獲物は分からない。
「ぐあッッッ、ややめ、やめてくれ、い嫌、嫌だああああああああああああああ!」
この日、新たに一つのバラバラ死体が出来た。