刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

83 / 86
Extra1 心が求める 5

 新月。陽と月が重なり陽の光が届かぬ夜。

 クロスベル東街道の外れ。鬱蒼とした木々のせいで更に暗闇へと変化していた。

 約束も何もしていないというのに、彼らはそこにいた。この世界で最初に再会したときの様に、互いに木々の頂点に立つ。

 新月故に月明かりさえ無い事で彼らの姿はぼんやりと形が分かる程度でしかない。それでも、彼らは間違いなく笑っているのだろう。愉悦に歪んだ笑みを浮かべて。

 熱に絆されて、内から発するどうしようもない衝動を呼気に込める。片や艶やかに。片や雄々しく。

 それは決して殺意ではない。性欲にも似たソレは飽くなき互いに求める感情は、偏に愛情と認識してもおかしくはない。

 普通から乖離してようが、彼らにとってソレは確かに逢瀬なのだ。蟷螂が子の為に男を喰う様に、彼らはそういう気質なのだ。

 大事なのは彼らが互いに求めているという事実。それだけで、取り繕った普通(常識)など不要。心が同じならば、最早言葉は要らず。後は互いに求めるのみ。

 合図も言葉も無く、どちらともなく両者は駆けた。

 

「――――フッ」

「シッ――――」

 

 アルクェイドは距離を詰めずに両刃曲刀を振り上げて片刃を飛ばす。ジャラジャラと鎖の音を立てながら蛇行しながらも速さを伴ってリーシャに迫る。

 迫る刃を大剣で叩き伏せて一直線に彼へと飛ぶ。ただただ真っ直ぐ。

 落とされた刃に釣られる様に、その勢いすら利用して彼もリーシャへと向かう。

 いつもなら有り得ぬ互いの行動。それでも、そうしてしまう衝動には抗えない。

 餓えて餓えて、10数年振りの逢瀬なのだ。多少のらしくなさは厭うまい。

 

「ガッ――――」

「――――グッ」

 

 互いの衝動に追いつかないのか、二人とも得物を振るう前に体が衝突する。落ちていく途中で無理矢理体を捻って攻めれば、またもや二人とも弾き飛ばされる。

 アルクェイドは木に義手を突き立て、リーシャは大剣を突き刺して勢いを殺す。それで止まるのも一瞬。木を蹴っては再び交差し、それでも止まらず落ちた分螺旋を描いて駆け上る。

 アルクェイドの鎖によってたたき落とされた曲刀が振り子の様に舞って木々の根元を切って行く。倒れる木すら彼らの障害には成り得ず、足場にされるのみ。

 何度も何度も交差しては得物が甲高い音を立てる。耳障りな筈の音は彼らの悦びに聞こえた。

 交差する度に体の熱は熱さを増し、呼気から止め処なく溢れていく。それでも、ソレを乗せるのは言葉ではない。ただ、この交差する刹那の刃で良い。

 ソレ以外は要らず、ソレ以上のものは無い。

 

――好きなのだろう? ならばソレを得物に込めろ。さすればソレは、体を打って響くだろう。

 

 体に切り傷が増えようが、木々に打ち付けた痣が滲もうが、彼らは止まらない。止められない。

 ただただ歓喜に身を酔わせ、口から血や唾が垂れるのも構わずに。一瞬でも止まれば疑われる。

 

 何故なら、(彼女)は喜び勇んで求めてくれている。それに応えねば、()が情けない。この感情はそこまで安くは無かろうと。

 

 だから彼らは止められない。止める理由がない。

 

「セッ――――」

「――――ヤッ」

 

 これで何度目か。何合打ち合ったか。真正面からぶつかり合い、鍔迫り合いになっては落ちて弾き飛ぶ。

 乱雑に倒れた木の上を転んでは蹴り飛ばしてまた迫る。

 

――まだ相手は動いているぞ。さぁ、想いの丈全てを――――

 

「そこまでだ」

 

 ピタリと彼らを纏う狂気が止まる。しかし、彼らはソレに気づく事無く尚も打ち合っている。

 

「んー、何か用?」

 

 喉元に剣を突きつけられながらもその余裕を崩さずにデッドコピーは視線だけ横から睨むブルブランに向ける。

 仮面を着けているとはいえ、明らかに怒気を纏っているのが分かるブルブランは向けた剣を更にデッドへの距離を短くする。

 

「貴様は一体何をしている?」

「私はただ、アーくんの成長とその好きな子を見ているだけだよ?」

「戯れ言を」

 

 デッドの応えに言外に否定して更に詰め寄り彼女に微かだが刺さっている。しかし、実在していない為か血は流れない。

 

「痛いので止めてよー?」

 

 それでも余裕を見せたままやんわりと突きつけられた剣を手で押し戻すデッド。しかし、ブルブランは相手からは干渉できている事に驚愕する事なく、その手を貫く。

 それに狼狽える事無く剣を下ろさせ、ブルブランは舌打ちして手から引き抜く。けれど、抜き身のままデッドには向けられている。

 

「強情だねー」

「黙れ」

「言えと言ったり黙れと言ったりおかしな人だね」

 

 デッドは口元に手の甲を当ててクスクスと笑う。

 

「もう一度問う。貴様は何をしている」

「だから、アーくんの――――」

「貴様が本当に母君であるならば、今の名前であるアルクェイドという名を知らぬ筈だ」

「………………あの子に乗り移ったときに知ったのかもよ?」

「だったとして、そう簡単に呼び名が変わる訳がなかろうが」

 

 ブルブランは吐き捨てる様に言い捨て再度喉元へと向け、今度は深くまで突き刺した。

 デッドはブルブランの言葉を聞いて笑顔のまま黙る。数秒の沈黙の後、デッドは口を開いた。

 

「あーあーあー、案外気付くの早いねぇ。あの女はそこまで気付いてはなかったのに」

 

 口から鼻から、耳から目からといった全ての外部を認識する器官が不快感を示す。

 デッドは無造作に剣を握る。かさかさと音を立てながら握った箇所からどんどん腐食していき零れ落ちていく。

 

「本当にさぁ、君うざいな。何度も何度も良い時に現れるよねぇ。あの女殺すの邪魔しすぎ」

 

 これで三度目だとデッドは吐き捨てる様にノイズ混じりの声で言う。その汚い声を嫌悪せずにはいられずとも、微塵も顔には出さない。

 

「そうか、貴様か」

 

 蠅の羽音や蟲の蠢く音を立てながらデッドは黒いナニカに塗りつぶされ、全身がソレを這いずり回りナニカを形作る。出来上がったのは喜色に狂った口元が印象に残りそうな少年の姿。

 

「死神」

 

 ブルブランが名前を呼べば、死神は更に大きく歪めて笑う。

 

「クハッ、Cって呼んでよ、ねぇ!」

 

 単一の死神だけの声にはなれど、嫌悪感だけはより一層強くなる。

 依然としてブルブランは目の前の死神を睨んだまま思考する。何故此処にいるのかと。何故怨念を操れる程に意思が強くなっているのかと。

 

「貴様、喰らったな?」

「正〜解」

 

 死神自身は現代の人間。されど、媒介にはされたが決してソレは怨念を扱う素養があった訳ではない。そこらよりはあったが、所詮は他よりも高い程度。ならば、他に理由がある。

 

「非常にまずかったけど、喰らうにはちょうど良かったよ。アグニや全部とはいかなかったけど、少ない時間でよく頑張ったと思わない?」

 

 死神は舌なめずりをする。その下には微かに黒い粒子の様なものが蠢いていた。

 

「貴様が残っているのは分かった。ならば、何故彼女に取り憑けた?」

「それ聞いちゃう? それを聞いちゃうかい?」

 

 焦点の定まらない視線をぐるぐると回しては下を向いて肩を振るわせる。

 最初は笑う様に、次第に振るえる速度が速くなり、ぐるんとブルブランに顔を向けた時には眼球というものがなく、深淵を覗かせる闇だった。

 

「あいつさぁ! 僕を哀れんだんだよ! あの人に心酔した事を! アグニに利用された事を! 自分を棚上げしてさぁ!」

 

 口は大きく裂けて言葉を発する度に黒い怨念が漏れ出て腐臭を漂わせる。

 

「ひゃははは。あいつは殺さないといけない奴だったからさぁ、せめて役に立てよとこうして場を整えてあげたんだよう!!」

 

 笑う度に唾が飛び、地面を溶かして臭気が強くなる。足下の草は枯れて腐り、脆くなってメキメキと音を立てて少しだけ沈む。

 

「あぁもう。本当に邪魔しないでくれないかなぁ? あの人が高みに登れば君も満足でしょう?」

「貴様如きの感性で私を語るな。彼を語るな。彼女を語るな」

 

 死神は尚も心底うざそうに嘲り笑う。ざわざわと死神の手や足を怨念が這いずり回る。

 

「ま、いいよ。仕方がない。この場は引いてあげるよ」

「いや、ここで滅しろ」

 

 ブルブランが剣を振るい、風切り音がなる。けれど、死神は笑顔のままで、蠅の羽音を立てながら亀裂が入った部分が怨念となり蠢く。

 袈裟切りされた頭部は気色悪い音を立てながらずり落ちるが、すぐさま元通りになる。

 

「無駄だよ無駄。ひゃははは」

 

 ブルブランの振るった剣は根元から腐り落ちた。それに対して彼は死神へと蹴り飛ばす。

 切った拍子に付いた怨念が自らに影響する前にくれてやったのだ。

 

「君が邪魔したから彼らは出られない。この闇から、死が二人を分つまで、ね。ひゃはははは」

 

 聖なる誓いを腐食に塗れさせて死神は誓う。

 

――汝、(彼女)を永久に愛しますか? 死が二人を分つまで共にあらん事を。

 

「あはははははっはははっはははっ」

 

 更に足下が腐食していき、死神は下へ下へと沈んでいく。それでも耳障りな笑い声は耳元で聞こえるかの様に苛立たせる。

 ギリッとブルブランは音が鳴る程に奥歯を噛み締める。

 

「ひとまず、彼らを正気に戻すのが先か……」

 

 視線をあげれば、今も殺し合っている二人。ソレは確かに楽しそうで、如何に死神に煽られたからとはいえ、本心である事には変わりはない。

 気が進まないことであることには変わらず、珍しくブルブランは溜息を漏らす。

 しかし、どうしたものかと思案する。

 迂闊に手を出せば二人の標的は邪魔をした人物に向けられて一瞬で殺されるだろう。この場は怨念の世界。ならば、どんな強者であろうと手を出した瞬間、彼らに殺されるに違いない。

 今この時に常識は彼らだ。世界を塗り替える力がなければ止められない。

 

「私では弱いな。彼らの間に存在する絆以上ではなければ塵芥と変わらない」

 

 では、それを成せるのは誰かと言えば、ブルブランの知っている人物では誰も成し得ないとしか言い様がない。

 

「なにせ、彼の姫君は彼女なのだから」

 

 それに敵う者無し。だからこそ、死神はリーシャを煽ったのだろう。

 アルクェイドを引っ張って来たキーアでも力がなくば無理だろう。

 

「手詰まり……か」

 

 彼らをどうにか出来ないならば、死神をどうにかするかしかない。けれど、ブルブランには死神を殺す事は出来ない。それはさっき証明されてしまった。

 思考の闇に囚われかけていたブルブランの背後に草の根を掻き分けた音がした。

 

「――ッ」

 

 不意に聞こえた音に反応して振り向いて距離を取る。

 

「だい、じょう……ぶ」

 

 ソレはDだった。知らぬ人物が現れて警戒を強める。

 覚束無い足取りでブルブランの方へと歩く。しかし、木の残骸に足がひっかかり転ぶ。

 先ほど以上に不可解な彼女にブルブランは眉を顰める。けれど、真に迫る拙い言動に毒気を抜かれた気分で短く溜め息をつく。

 

「どうすると言うのかね」

「……こう」

 

 やや肩を落として頭を振る。ブルブランはDに問うてみると、彼女は大きく手を広げた。

 カラーンカラーンと鐘が鳴動する音が響き、彼女から碧色が波状に広がっていく。深淵の世界を淡く染めあげる。

 広まっていく碧色は今尚熾烈な殺し合いを続けている彼らを包む。次第に緩慢になっていく二人の動きは互いにぶつかる事で止まった。

 抱き合う様に絡まって落ちる二人に意識はない。それでも、互いを求める事は止められずに密着は更に強くなっていく。

 あわや地面に激突するかと思われた瞬間。アルクェイドが目を開き、義手を地面へと突き立て衝撃を殺す。それでも止めきれずに勢いよく地面を転がる。

 切り倒した木々に何度もぶつかるが、その全てを彼は自らが受けていた。

 それを見たブルブランは感心した様に呟いた。

 

「意識はなくとも危機には目覚めるか。あのままならただでは済まなかったろう」

「……あう」

 

 転がって止まったままの彼らに近づく二人。しかし、Dはまだ慣れていないのか転びそうになり、ブルブランに腕を掴まれて転ぶのを阻止されていた。

 

「何がいったいどうなってやがる?」

 

 リーシャを抱きかかえたままアルクェイドは立ち上がる。

 口内の血を何度も唾とともに吐き出しながら歩み寄ってくる二人を待つ。

 

「実に用意周到な奴だ。彼女の中にいた事でAに認識させなかったとはな」

 

 良くも悪くもアルクェイドの中で死神は消滅した事になっていた。その為に、彼にとって最高の逸材であるリーシャの中にいられては、彼女しか見えていない彼には死神は見えなかった。

 Dに関しては単純に死神を知らない。それが理由だろう。例え、同じ側だとしても、()()が違えば会う事は出来ない。

 アグニが怨念を無差別に集めていた時とは違うのだから。

 

「君の母親だ」

「あぁ?」

 

 ブルブランの言葉に訝し気な視線で怒気を込める。鼻で笑い、苛立って歯を剥く。

 ずずいと差し出されたDに殺意だけ向けて言い放つ。

 

「また、子に殺されたいか?」

「止めたまえ。普段の冗談ならともかく、今の君は少々滑稽だぞ」

 

 その言葉に舌打ちして押し黙る。

 分が悪い事も理解していても、こうして悪辣な態度を取る事は止められない。ソレが分かっている以上、ブルブランもそれ以上は何も言わない。

 しかし、尚も視界に入れようとしない彼の態度に呆れながらも現状の説明をする。

 

「死神が、生きて……いや怨念として残っていたとはな」

「君に執着する執念は賞賛しても良いレベルだな」

 

 アルクェイドは洒落にならんと鼻白む。

 

「しかし、どうしたものか……」

 

 現状、死神に対して有効打がない事に変わりはない。デッドには見えない以上何も出来ず、ブルブランも変わらない。

 アルクェイドにしても恐らく逃げ続ける事は明白。唯一接点があったのは今も彼に片手で抱きしめられたまま意識のないリーシャだけだ。

 

「成仏なんて、しないだろうな」

 

 死神の性質の悪さには折り紙付きだ。恐らくアルクェイドが死んだとしても、どういう死に方であったとしても死神はそれを否定し続けるだろう。

 アルクェイドが何を言った所で死神は変わる筈はない。唯一の可能性は――

 

「――リーシャのみか」

 

 

 死神がリーシャに取り憑いたということは逆に言えば、死神に干渉出来るのも彼女のみだろう。いざとなれば自ら彼女を殺す為に。分の悪い賭けになるだろう。

 アルクェイドが素直に認めるかどうかは別にして端から見てリーシャが一番彼に近い。

 

「ならば、今は眠れる姫君の目覚めを待つのみ――か」

 

 ブルブランは空を見上げ、Dのおかげで深淵から戻る夜空を見て呟く。

 アルクェイドは肯定する様に黙り、Dは慣れていない為にいつの間にか座り込んでいた。

 




 最後にちょっとAとリーシャでラブコメ風にしようかと思ったが、前半とのシリアス差が酷くて止めた。

 補足>デッドコピーと死神の説明 
    要は逆。乗っ取ろうとした死神と残っていたデッドコピーの残滓が死神から逃げた結果黒髪のDとなった。何故黒かは父親の色。 残滓の為希薄なデッドコピーの意思しか残っていない。3割程ホムンクルスのため、キーアの様に現存可能。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。