ps,今更ながら閃の軌跡始めました。 2016.3.06
空より地を叩きつけるように強く降る雨に打たれながらも、分厚い雲の先を見るような鋭い眼光で睨む。外套を頭まで羽織るも、見上げているが故に顔に雨が当たるが気にしない。
別に雨が憎いわけでも嫌いなわけでもない。だが、こうして数日に渡り振り続ける雨が鬱陶しいのもまた当たり前の感情だろう。しかし、不機嫌に睨む理由はそれだけでない。
クロスベルの東街道へと続く門前に立ちながら、ここから来るはずのモノが見えずに苛立っていた。
道のど真ん中に仁王立ちしながらも誰も邪魔と思わないのは、そこを通る者がいないからだ。
戦時中であれど、物資等を運ぶ
外へ続く街道だけでなく街中全体に人影というものが少ない。せいぜい見回りの兵士くらいだ。
「はぁ……はぁ……」
背後から水音を盛大に立てながら近づいてくる者を感じ振り向くと、同じように頭まで外套を纏う者が荒い呼吸をしながら走ってくる。
「アレはどこまで進んでいる?」
「はい、この雨のせいで依然明確な進行は確認できずにおります。速度が変わっていないと仮定して日数を計算した場合、今夜には到達するかと」
例の黒い靄は雨が降り出してから、全く視認出来なくなっていた。
雨に溶けたのか、水に濡れると不思議な化学反応が起こるのか、依然として謎のままだった。
「後手に回りすぎているな」
苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながらも特に対処方法が浮かぶわけでもなく、現状でアレに対して出来る事はない。
「取り敢えずメゾン・イメルダの地下に物資は蓄えております」
「そうか……」
触れられない以上、そのような蓄えも無駄に終わる可能性も高いが、何もせずにはいられない。
「機兵はどうなさいますか?」
「いや、アレは戦争に備えさせろ。雨に紛れて変な奴らが入ってこないとも限らんからな」
事実、音も姿も雨で紛れて入り込もうとする侵略者は後を絶たず、きな臭い猟兵団の中には金の匂いを嗅ぎつけて妙な動きをしている所も多くない。
「既に何度かネズミは処理しておりますが、如何しましょう?」
「この雨では死体を燃やすのも面倒だろう。見せしめとして野晒しにしておけ」
決して、推奨される事ではないが、不用意に入ってきた兵士等はそれぞれの国の入口にある門前に丁寧に送られていた。殺されたままの状態で山積みで。
死体が送られてくるのは兵士たちの士気に大きく関わり、なにより感染症が一気に広がる恐れもある。
かつて、丘に築かれた城に篭っていた軍隊が同じように死体を処理せず放り出していた。その時は攻める軍がわざわざ死体を集めて燃やしたという記録がある。
もっとも、その時の決め手となったのはソレではないが。
「協会が煩くなるのではないですか?」
「はん、死者への冒涜か? 戦争というものは全ての常識を壊す。それだけだ」
彼は人間という種に対してはそれほど敬意は持っていない。重要なのは輝くか否か、認める者以外にはあまりにも冷たい。
祖父といっても過言ではない人物を一蹴したように。
「戻るぞ、シーマス。見えない以上どうしようもない」
クロスベルに戻って行く主に恭しく頭を垂れてから後に続いて行く。
元々人気がなかった場所に唯一いた二人もいなくなった。
それから一刻程経った頃、丁度彼が立っていた所に変化が起こった。
ソレは水が湧き出るようにボコボコと激しく膨れ上がる。その水はコールタールのように黒く染め上げられていて、されど波紋のように色は滲まず音を立てながら形を成していく。
人の形を成すと黒水は体に吸い込まれていくように収束して消えた。残されたのは裸の女。
黒から産まれたとは思えないほど肌は透き通るように白い。名残のように思える様な黒の髪は純白な肌を栄えさせる。彼女に意識は無く、腰まである髪が水に流されて広がっていく。
しばらくの間、彼女はそのまま横たわっていたが、這い寄るように起き上がると覚束無い足取りで歩き始めた。
歩き慣れていないのか、彼女は数歩歩いては転び、歩いては転びを繰り返す。ふらふらと目的も無いような彷徨う様に歩いては転ぶ。
何度も何度も転ぶ度に綺麗な肌には掠り傷や切り傷が増えていく。雨で血は滲み、痣は青く腫れている。
転んだ拍子に木箱に頭をぶつけようが石畳に肘をぶつけようが痛みを感じた様子はない。
平時であれば、彼女を直ぐに見つける者はいくらでもいるだろうが、戦争と雨で人影はない。そのせいでたまたま巡回する兵士にも見つからない。
彷徨う彼女は中央広場、に来る頃には歩くことにも多少慣れたのか転ぶことは少なくなった。それでもベンチに時折ぶつかりながら歩いて行く。そのまま裏通りに入りまた何かの箱に足をぶつけて無様に転ぶ。気力尽きたのか起き上がる気配は無い。
息荒く呼吸する度に肩が上下するが、それも髪を乱れさせる意味しかない。
「おい、お前どうしたんだ!?」
傘を差したまま反対側から小さな少女が彼女を見つけた。遠目には一糸纏わぬ姿であることも分からず、慌てて駆け寄ってその事実に気付いて絶句する。
「なんでこんな格好しているんだ?」
少女が声をかけても返事はなく、女が少女を見る気配もない。
「俺じゃ運べないし……いいか、待ってろよ!」
このままではまずいと思った少女は女に返事が無いことを承知で言ってから駈け出した。
近くにいる兵士ではなく、自分が良く知る人物を呼ぶために。理由など無い。なんとなくそう感じたからそうしただけ。少女はそう言うだろう。少女は自分が世話になっている男の名を呼ぶ。
「助けてくれ! アル!」
メゾン・イメルダの扉を力任せに開いて、エントランスで携帯デバイスを見ていた男の名を。
「あ?」
返事をすると同時に勢い良くデバイスが閉じられる。普段ならまず有り得ない所作から少なからずアルクェイドが驚いた証明でもあるが、それに気付いた様子はシュリにはない。
「いきなり何を言っている」
彼女が助けを求めるような事態は起こっていないと判断している彼はシュリの言葉を一蹴する。それはしっかりとした情報から導かれた確信だった。
今尚クロスベルには彼が放った監視機兵が至る所に存在している。それにアルクェイドのような圧倒的強者が自らの住処に近いところで異常が起これば感知できない筈がない。
故に、シュリの言葉をまともに取り合わないのも仕方がなかった。
とは言え、彼が彼女の言葉を無視する筈もなく、渋々ながら彼女に無理矢理手を引かれながら外へ連れ出されていく。
目立たぬように傘ではなく外套を羽織り、巡回している警備兵を避けて裏通りまで行く。
当然、裏通りも巡回の通りには入っているが、どうしても後回しにされる。だから彼女は彼らが来るまで見つからずにいた。
「ほら、あそこだよ! 裸の女が倒れてたんだ」
強い雨が降って視界は悪いが黒髪が見える範囲まで来たシュリは倒れたままの彼女を指さした。
「あー、だから分かったっての」
面倒くさそうにシュリの後から歩いてその指の先を見る。彼からも確かに黒髪が広がっているのが見えた。
「俺じゃなくて警備兵に任せ……れば……ッ」
「……アル?」
女の顔がまともに見れるとこまで来た時、アルクェイドの足が止まった。
シュリが呼びかけても反応はない。
「……ぁ……っ……」
アルクェイドは膝をついた。そして胃の中の物を全て吐き出すように何度もえづく。
「お、おい! どうしたんだ!?」
シュリが言葉をかけるがまともな反応は返って来ない。
アルクェイドは女を見る度にえづく。それでも彼は女から視線を外せない。
その度に女の姿が変わる。順番に何度も何度も写真がスライドショーのように回り続ける。
けれど、シュリはソレに気付かない。アルクェイドにしか見えていない。
道に転がった女の体が内部から不自然に膨れ上がった姿―
膨れ上がった体のせいか皮膚が所々破れて腐肉が見え隠れする姿―
それ以上に体が壊れて中から腐臭のする液体や肉が零れ落ちる姿―
さらに体が溶けて骨が浮き出る場所も出てきて零れ落ちる肉片は増えている姿―
腐敗により肌色は姿を消し体全体が青黒くなった姿―
蛆が湧き、死肉は獣に食い荒らされる姿―
その結果、体はバラバラに散乱する姿―
完全に喰われ、骨だけが残された姿―
最後に骨は焼かれ灰となった姿―
以上の九つの絵が回り続ける。
「な……んで……この絵が……浮かぶ!?」
古き東方に残された一つの巻物。
彼は知っていた。
美しさを兼ね備えた狂気の絵画。邪教の一種として屠られた現存していない教えの下に描かれた。人が死にゆく様を分けた九つの絵画。そして、その
アルクェイドは義手の右手を大きく振り上げて地に叩きつける。大きな穴を創り上げた拳を強く握りしめて立ち上がる。
「だ、大丈夫か……?」
シュリは立ち上がった彼を不安気に見ながら問いかけるが返答はない。代わりにガシガシと強く髪を乱される。
「兵士が直に集まってくるだろう。コイツを連れてさっさと引き上げるぞ」
力尽くで振り払った幻視を見せた元凶を片手で持ち上げて脇で抱えた。
「う、うん」
遠くから微かに聞こえる声にアルクェイドはシュリも抱えてその場を立ち去った。
* * *
「……………」
目の前で寝ている女を見ているアルクェイド。メゾン・イメルダのエントランスのソファで横になっている彼女を見る視線は強い。
殺気が滲み出ていると言っても過言ではない。ソレほどまでに機嫌が悪い。
拾ってきた女はソレに気付かぬままに瞼がずっと閉じていることから気を失っているのだろう。
アルクェイドの視界の端には女の世話をしているシュリがちょこまか動いているのが見えていた。
しかし、見えていようがアルクェイドが彼女を気にする筈がなく、女に服を着せていようと体を拭いていようと拾ってきた女だけを見ていた。
シュリもシュリで彼のその行動を窘めようとしたが見たこともない表情に何も言えなくなってしまった。
「おい」
一通りの世話が終わり、お茶を持ってきたシュリが見えたときに帰ってきてから初めてアルクェイドが言葉を発した。
「コイツを見つけたときに何かあったか?」
「俺が見たときにはもう倒れてたよ。水音がしたから倒れてすぐだったと思うけど、その時にはまだ意識はあったと思う。目が開いてたし……」
「眼の色は?」
シュリが持ってきたお茶を視線も向けずに受け取ると渋い顔をしながら問う。一見、お茶がまずいのかと思えるほどに顰めた顔はシュリを更に呆れさせた。
作ってきた身として文句の一つでも言いたいが暖簾に腕押しなのは目に見えていた。
「へ? ああ……黒だったよ。目の前で手を振っても反応なかったけど……」
そこまでのシュリの説明を聞いて再びアルクェイドは黙る。
「でも、誰なんだろうな? 名前くらい分かればいいんだけど……」
「さぁな。だが、まともな生まれではなさそうだ。少なくとも警察はアテにならんぞ」
「まともな生まれはともかく、なんで警察がダメなんだ?」
アルクェイドのまともな育ちではなく、生まれという言い回しが何処と無く気になった。しかしそれ以上に警察がアテにならない理由が分からずシュリは問う。
「こいつの足の裏見てみろ。後は口だな」
「足の裏……?」
シュリは横になったままの女の足の裏を見る。そこは裸足で歩いていたせいで血が出て手当された包帯に包まれていた。
「そのままでいいから自分の足と見比べてみろ」
シュリは言われるままに自分の靴を脱いで、女の足と比べてみる。すると、確かに自分とは少し違う感じがした。
「全体的になんか……丸い?」
「そうだ。更に言えば、土踏まずとかもない。正確に言えば筋肉がないんだよ」
「筋肉が……?」
筋肉がないと言われてもピンと来ない彼女は首を傾げる。
「分かりやすく言えば、赤子の足と同じなんだよ。ほぼ歩いた形跡がない。口も同じだ。何処かの言語を使えるならその言語が使いやすいように頬とか顎の筋肉が付くがソレがない」
それは大人の人間にとって異常だった。生きていればそれなりに歩くし、仮に産まれてからずっと寝たきりだったとしても何も喰わない発しないというのはおかしい。
今さっき産まれたような赤子とは違うのだから。
「あ、それでまともな生まれって……」
「この場合だと、目が覚めても名前もあるかどうかよりもそもそも喋れるとは思えんな……」
女から何かしらの情報が手に入るとも思えず、アルクェイドは短息を吐く。かと言って、目を離すことも出来ずにいた。
「しかし、どうしたものか……」
なにより、拾ってきた女の処遇を如何様にするか決まらずにいた。警察はアテにならない以上、病院に連れていくのは問題になるだけだ。
「支援課に話してみるのはダメなのか?」
特殊支援課。警察の一部でありながら警察とは一線を画す存在。
過去に何度もクロスベルで事件を解決してきた彼らに相談するという案は出てきて当然だった。
「あー、いや駄目だな」
アルクェイドにしては何処か歯切れの悪い言い方だった。彼も支援課の面々をそれなりに認めているし、普通の警察よりも力になるだろう。なにより他に話を漏らすこともないだろう。
しかし、支援課を頼ることが出来ない理由があった。
それはかつてキーアにあった因果の力。それはもうキーアには無いのだが、アルクェイドが500年前に持っていった弊害か、以前とは少し認識が変わっている。
それがアルゲントゥム社の代わりに流通しているアンティークだったりするのだが……なによりの差異が、アルクェイドがいないという認識。
500年前からの存在で
元々キーアが呼んだから彼らがいる世界となった。そして、アルクェイドが力を使ったから今の世界になった。もっとも、アルクェイドが使ったのはティオの開けた道を閉じただけだが、それだけだったからアルクェイドがいない認識になった。
アルクェイドが以前創りだした物は残っている―アンティークとして―し、魔導ペットはIBCが産み出したことにもなっている。
無くなったものといえば、それほど親しくない人間との記憶のみだ。正確にはキーア以外の支援課の人間からアルクェイドの記憶はない。
アルクェイドとの認識はこの世界ではアルカンシェルのオーナーということのみだ。
故に、アルクェイドが支援課に今回頼るわけにはいかないのだ。ただの依頼では済まない事が簡単に予測できるのだから。
「面倒な世界になったな……」
とは言え、それを認識しているのはアルクェイドとキーアとリーシャくらいなもので、裏を知らないイリアとかには影響はなかった。
その愚痴を漏らしたところで何もならない。
「しばらくは此処で面倒見るしか無いな」
ただでさえ、頭が痛い案件があるのにも関わらず、殊更面倒な事態になった。
頭痛が痛いと頭が悪いような事を言いたくなってしまうほどに。
「それじゃ、俺が面倒見るよ。隣の部屋が空いてるしさ」
「それは構わんが……」
「じゃあ準備してくるよ」
思いの外乗り気なシュリは自室の隣の空室にさっそく入っていった。
何が彼女をそうさせるのか分からないが、アルクェイドは特に反対はしなかった。
こうして、この日からメゾン・イメルダには新たな住民が増えた。
* * *
「
「ええ」
黒月の建物の最上階、いつもツァオがいる部屋には彼とその部下が一人。
ツァオは窓ガラスを叩く雨を見上げながらデスクを挟んでドアの前にいる男の質問に答えた。
「我々が見る機会はほぼありませんが、長老方が集う部屋にそれぞれ並んでいるのですよ」
「その九相図が王様に何の関係が?」
男の質問はこれから先、アルクェイドに対して警戒をしろというツァオの指令に疑問を抱いての事だった。
「それは死体の経過を九つに分けて描かれた物なのです。死体の腐り具合等を細かく表現した昔存在した宗教の絵姿。盛者必衰、諸行無常、言い方は色々有りますが、とどの詰まり死なない者はいない。どんな強者や物でも必ず終焉は訪れるということです」
「はぁ…………」
男は何を当たり前の事を、と思い気のない返事をする。
ツァオもそれを分かっていながらそう説明した。上はそう解釈していないのだから。
「ただ……それを逆に考えた派閥が存在していましてね……」
「逆とは?」
「黄泉帰り、ようは不死ですよ」
「馬鹿な……」
そう、男が口から漏れてしまったように馬鹿な考えでしか無い。しかし、それを本気で考える人種がいるのも確かだった。
「一度それを見たことが有りますが、そう感じても仕方が無い位に美しかったのですよ……死体の経過が進めば進むほどに美しく感じました」
一見しただけでコレは恐ろしいものだと、狂気の美しさを兼ねていたとツァオは言う。
男はツァオの口調だけで、その片鱗を感じ取り唾を飲み込んだ。想像だけで口の中が乾いていく。
「そ、それが何故王様に関係するのですか?」
男は焦りから未だ質問の答えを口にしないツァオに再び問いかける。
「その描かれた死体は王様の母君なのですよ」
ツァオは感情の無い笑顔で男に振り向き、子供を諭すような優しい声色でそう告げた。
男はその内容に驚き、何かを言おうとして口を開くが、結局何も言えずに閉ざした。頭の中で否定する理性と是正する本能がせめぎ合い、視線が右へ左へと揺れ動く。
「そう、不安定にならないでください。貴方が感じたように間違いのない事実なのですから」
ツァオは動揺している男に間違っていないと言う。男も王様を見たことがあり、知識として黒月の事も少なからず知っている内容が一致するからこその反応だった。
「私もそうだったのですよ」
自分も同じだったと、知ったときはそのように取り乱したと、そこまで言われて男の動揺はようやく治まってきた。
「そもそも、我々黒月の発足は不死を感じた一派が元らしいですよ?」
ツァオは男が更に落ち着くように補足するが、彼が知りたいのはそこじゃなかった。
「その……その九相図を描いたのは誰なのですか?」
ツァオは納得した。目の前の男も自分と同じ疑問を抱いたからこそ同じだったのかと。
「私もその疑問を感じたのですよ」
ただでさえ、感情の感じられない笑顔から更に色が失われていくのを感じた。
「作者は
「―――――――」
一番信じられなかった、知りたくなかった答えをようやく知ってしまった。
男の治まりかけた動揺は先程以上に跳ね上がった。
ソレは正に狂気の沙汰だと。
時間云々の辺りがどうもしっかりと書けてない気がして仕方が無い。なんか言い方おかしいような説明が変な気もすると悩み続けていましたが諦めました。