刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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これはリーシャENDからのアルクェイド(転生後)がクロスベルにやって来て数日後の話。
色々な出来事があったかもしれないしなかったかもしれない世界の話。
ぶっちゃけて言えば別にカップルでもなんでもねーよって事です。


後日譚
Extra1 心が求める 1


 斜陽を過ぎ去り宵闇に紛れて動くは影多数。時の狭間よりも舞い戻りしは消え去った、全てに忘れ去られた地の底から這いずりい出るは塵芥。

 塵、塵、塵、塵を集めて取り込み産まれた異形の欠片。生き物と呼ぶにも烏滸がましいソレらは地を這いずって動いていく。

 ただただ、ソレは何かを探して動いていく。向かう先にある街の住民は未だソレを知覚せず。

 

* * *

 

「だっからねぇ! 分かる!? アタシがした意味が無いこの屈辱が!」

「近いし酒臭いし鬱陶しいんだよ」

 

 鼻面に当たる呼気はアルコール臭と乾物独特の臭い、発酵食品の臭い。それら全てがゴチャ混ぜになった何とも言えない酷い臭いは彼の精神力を著しく削っていく。

 無闇矢鱈と絡んでくる女から逃げようにも、膝にはもう放さないとばかりに、腰を羽交い絞めにしたまま寝息を立てている小娘。横には肩を枕にして盛大に凭れかかってきている殺された覚えのある娘。

 終いには目の前の女から空いた酒瓶を頬に押し付けられて嫌でも顔を横に向けさせられていた。

 

「そのくらいでお止めになった方がよろしいかと」

 

 女からの注文で、新たに酒のツマミを作っていた老紳士が、皿をテーブルに乗せる。その様はまるで名家に仕える執事の様な熟練した振る舞いで、気品すらも伺える。

 

「煩いわねぇ。コレはこいつが悪いんだから兎や角言われる覚えはないわよ!」

「ですが、オーナーも反省しておられるようでございますし……」

「シーマス」

 

 自らへ害を被る女の行動を窘めようとしたにも関わらず、彼はシーマスの行動を止めた。傍から見ればおかしいと思わずにはいられないが、シーマスは反論をせずに彼の視線を受け止め、彼の空いたグラスにワインを注ぐ。

 彼が救いを求めず女の追求を流し続けるのを見て、女はまるで自分が悪いかのような錯覚をした。

 

「何よ……」

 

 二人にそんな風にさせる気は全く無い、訳でもないが、少なくとも彼に限っては。それから不貞腐れたようにワインをボトルごとラッパ飲みする女。

 

「はぁ……その辺に関しては謝罪のしようがないが、酒に頼って変な絡みをするのは止めろ」

 

 まだまだ中身の残っていたボトルを女から奪いとって同じようにラッパ飲みをする。

 本人の知らぬとこで勝手にしたことではあるが、彼はその事を一切攻める気はない。むしろ、申し訳ないとすら思っている。感謝こそすれ、悪態つくのは筋が通らない。だが、せめて変な方法でして欲しくはないからそれに対してだけの苦情を口にする。

 

「シュリとリーシャがどんな想いだったか分かってんの?」

「一応、それなりに、多少はな」

 

 彼女から奪い取ったボトルを空にして床に転がす。すると、すかさずシーマスが拾って同じように今まで空になったボトルを纏めて並べた。

 

「多少じゃダメよ、多少じゃ……」

「はぁ……」

 

 ようやく酔い潰れてきたのか、語尾がだんだん弱くなり、テーブルに突っ伏していく。まだまだ言い足りないだろうが、男は少しホッとした。

 肌寒くなって来たばかりではあるが、これ以上体が冷えないようにシーマスが他二人と同じように毛布をかける。

 

「ようやく、終わったか」

 

 耳が痛い話なれど、酒での絡みはあまりに暖簾に腕押しで、どうしようも無く対処できない。結果、天災の様に過ぎ去るのを待つしか無い。けれど、相手しなければその被害は増すばかりで精神的に疲れてしまう。

 

「実に可愛らしいではありませぬか」

「酒癖の悪いイリアを見てそう言うのはお前くらいだろうよ」

 

 寝てしまった彼女を起こさないように、シーマスはテーブルの上を片付け始める。中途半端に空けられたボトルをまとめ、汚れた皿をキッチンへと持っていく。

 男は対面に寝ているイリアを見ながらボトルを傾ける。

 

「オーナーもそろそろ……」

「あぁ……ほらよ」

 

 男の体を気遣ったシーマスに最後のボトルも渡す。代わりに水を受け取りそれを一気に飲み干した。

 

「彼女も口には出しませんが、心配しておりましたよ。色々と」

「わーってるよ。それなりに付き合いは長いからな」

 

 シーマスは皿を洗いながらも、昔に過ぎ去った出来事に想いを馳せる。

 

「長いといえば、(わたくし)が一番でしょうなぁ」

「そうだな、爺の次はお前か」

 

 身内、というカテゴリを除けば確かに老紳士の彼が一番長いのだろう。それは親友のブルブランよりも長い。

 

「蛇にはもうお戻りにはならぬのですか?」

「さてなぁ。戻る意味もいる意味も無いが、戻らない意味もない。というか、それなら俺よりもお前だろう? 元十三工房職員シーマス・フラネリィ」

「はは、私はもうただの老いぼれですよ」

 

 油や鉄に塗れて過ごした日々は色褪せず、今尚鮮明に思い起こせるが、シーマスにはもう既に良き思い出と化している。もう本人も蛇も戻すつもりもないだろう。

 

「私の後継はもうおりますし、今はこうして劇団を任されている方が性にあってます」

「そうか……」

 

 それ以上続く言葉は無く、しばしシーマスが洗う水音しかしない時間が流れる。

 男は手持ちぶたさから膝に乗せられたシュリの頭を撫でながらイリアを意味なく見ていた。

 不意に見てはいけないものを見てしまったのか、男は顔を逸らす。それだけでなく、シーマスに見られてしまえば居心地が悪くなることを理解しているから立ち上がろうとするが、シュリに腰をリーシャに腕をしっかり掴まれていて立ち上がれなかった。

 少し憮然とした顔するが、無理に剥がそうとはせずに座り直して自分も寝ることにした。

 

「バカ……」

「うっせえ」

 

 イリアの口から寝言が聞こえぬ振りをして、シーマスにバレないうちにイリアの目元から水を指で拭って目を閉じた。

 それから一時間後。シーマスが皿洗いから戻ってみれば四人とも寝入っていた。

 

「おやおや」

 

 そこには凭れかかっていた彼女らをそれぞれ腕で掴んで寝ている男の姿。恐らく無意識なのだろうが、男もまた彼女らと同じなのだろう。

 だが、それを見たのはシーマスのみ。その彼もオーナーに手渡したコップを回収してシンクに置くと、最後に彼らに向けて一礼すると、部屋から出て行った。

 

「ごゆるりとお休みなさいませ、アルクェイド様」

 

* * *

 

 勢い良く振り下ろされた鉄塊は地を這う異形を塵に変える。ネズミの大軍かの様に地を黒く染め上げ、幾度潰そうが穴は即座に黒く塗り潰される。

 

「やはり、どうしようもありませんか」

 

 敵性は一切無く、黒いソレを触ろうとしても触ることは出来ず、害もない。何かはあるのだろう。視界に認識は出来るが地にも人体にも影響はない。触って怖気の走る感触でもあれば恐怖できるのだろうが、何もならないのでは不気味としか言いようがない。

 だからこそ、平和ボケしていない者は警戒を強める。

 

「進行方向はクロスベル」

 

 黒の影を通り抜けて掴んだ土塊を指で砕きながら、自らの背後に位置する街に視線を向ける。

 サーっと足元をゆっくりと染め上げる黒の影を一瞥してそのままソレの上を歩き出す。その後を鉄塊を振り下ろした機兵が後に続く。

 影の速度は遅く、クロスベルに到着する日を逆算しても一週間以上先になるだろう。だが、その時に何が起こるか一切が謎。通り道なだけか、それとも街が目的か、街にある何かを求めているのか。

 コレに気付いているのは極少数、一匹の獣と極僅かの人間のみ。今尚戦争地として不安が渦巻く魔都に新たな災厄が迫っていた。

 

* * *

 

 金属音が強く鳴り響く。一定の速度で音の大きさも変わらず。決して大きすぎず、されど微かではなく確かに耳に届く音。コーンコーンとメトロノームの様に振り子が奏でるように聞こえてくる。

 音が鳴る度に少しずつ少しずつ煌めいて落ちていく銀色の光は日光に照らされているソレを祝福しているようにも見えた。

 銀色は次第に形が整われていき、女の像に成っていっている。

 骨董品(シルバーアンティーク)と呼ばれるモノが存在する。かつて、クロスベルに存在していたはずのアルゲントゥムという会社は存在していた形跡も記録も記憶すらもない。代わりに何処の誰が産み出したか不明の骨董品があった。暗黒期に産み出されたが故に、製作者の名は知られず、ロストテクノロジーの類ではないが故に、七耀教会に回収されずにいる骨董品。

 銀で統一されたソレらは数百年の時が過ぎようとも一向に錆びるどころか曇る事がない貴族が収集してやまない伝説の骨董品。

 ソレが現代で産み出されようとしている。けれど、コレが世間()の目を見ることは決して無いことはもう決まっていた。限られた一部の人間。それも製作者()と繋がりのある人間のみ。

 銀の像は精巧な造りに成っていき、穏やかな母の様な雰囲気を纏い始めている。

 音が止み、静寂に満ちた空間には煌く銀像が残されるのみ。

 

「ふぅ……」

 

 部屋から出たアルクェイドは滴る汗を拭く前に水を飲む。何も無い状態でここまで集中した覚えは巨大機械人形を作った時だろうか。その時でもここまで汗が出た覚えはない気がしていた。

 タオルで顔を拭いながらメゾン・イメルダの階段を上りエントランスに行くとそこには暇そうにだらけているシュリの姿があった。

 

「なんだ、まだいたのか」

「んー? まぁ、落ち着いてはいるけど一応戦時中には変りないし、アルカンシェルに行っても人が少ないしさ」

 

 クロスベルタイムズを見ながらソファに寝転んで脚を揺らしている彼女の言葉に溜め息を付かずにおれず。

 帝国と始まったばかりの戦争は謎の機兵によって粛清され、その後硬直状態に陥っていた。戦火に塗れると思われていたクロスベルにその被害は無く、住民に不安はあれど狂気に囚われていない分直ぐに生活の差異は現れないだろう。

 

「良くも悪くも対岸の火事か、頭の上に火の粉がかからねば平和ボケは直らんな」

 

 人は直ぐに恐怖を忘れる。一度の勝利は不安を溶かし、過去の戦火は世代を超えれば未知と化し、結果安全と勘違いする。災害は起きてからでは遅すぎる。天災も人災も、予測が付かぬという意味では同じであろうに。例えソレが死のリスクがあっても何処かで自分は大丈夫と思っている。

 

「それに、俺達にはアルがいるしな」

「甘えんなバカ」

 

 シュリが側にまで近寄っていたアルクェイドに向けて屈託ない笑顔を向けると、彼は彼女の顔に無造作に自分の汗を拭いたタオルで叩きつける。汗臭いタオルを顔に付けられて苦情を言うがアルクェイドは素知らぬ顔。

 

「だからデリカシーが無いって言うんだよ!」

「はん、そういうのはもう少しスタイルが良くなってから言うんだな」

 

 アルクェイドは鼻で笑ってから、毎度お馴染みの台詞で文句を一蹴する。他にも文句を言われるがアルクェイドは気に止めず、あることを思う。

 

「お前、レンに似てきたな……」

「俺が? レンに? 何処が似てるって言うんだよ」

「その減らず口がだよ」

 

 差し出されたタオルを奪い、代わりに腰から銀細工を取り出してシュリに投げ渡す。彼女がソファに広げた新聞の上に無造作に落ちてきた細工を手に持って色々見ていると、上からアルクェイドの手が伸びてきた。

 

「お前用のエニグマだ。まだ持ってなかったろ」

 

 彼が表に描かれたエンブレムを撫ぜると蓋が開き液晶画面が現れた。

 

「ん?」

「どうかしたか?」

「いや、なんでもない」

 

 一瞬、シュリには何も映ってないはずの画面に何かが映っていたような気がしたがそれは気のせいと思い、初期化が始まった画面を見ていた。

 そんな彼女が気になりながらも、アルクェイドの胸元で振動したモノに彼は反応していてそれ以上追求することはなかった。

 

「………………」

 

 決してソレを彼女の前に出す事はなかったが、無言のままメゾン・イメルダを出て行こうと歩いていると、背後から声が飛んできた。

 

「ありがとうな」

 

 彼は振り返らずに左手を軽く上げて出て行った。

 彼が出て行った直後、シュリのエニグマの初期化が終わり再起動した時に強いノイズが走った。けれど、シュリはアルクェイドの後ろ姿を見ていた為にソレには気付けず、視線を戻した時にはもうノイズはなかった。

 故に、彼女は知らない。ノイズが走ったことも、それと共に女の姿をうっすらと見えていたことも。

 

* * *

 

 地を這う虫の大群の如く蠢くソレらを眺めて関心したように手を伸ばす。

 

「相変わらず触れないままですね……」

 

 指先に当たる土の感触を確かめながら地を滑らせてソレらが湧いてくる場所へと辿る。太陽の砦と呼ばれた場所、その地下から出てくる異形は奈落から漏れ出る冷気の様にも見えた。

 

「ここから出ているのは確かですが、視認できませんね」

 

 確かに砦の地下から漏れ出ているはずなのだが、少しでも砦の中を覗き見ようとすれば黒き異形は視認は出来ずにいた。

 

「月光、もしくは太陽光が一定以上無ければ視認も出来ない靄。なんともやっかいですね」

 

 失意の溜め息が漏れるが、その態度は明らかに残念そうではない。日中では、ソレらの動きが確認できない以上、光の量は多くても少なくても見えないようだ。違いは少ない場合は確実に動いていることだろう。

 

「まぁ、良いでしょう。コレが何かは大体把握していますので」

「把握しているのか?」

「おや、聞いていたのですか」

 

 いつの間に背後にいたのか、元協力者が暗闇から姿を表す。それに驚いた風は無く、感情の無い笑顔からは心意が読み取れなかった。

 協力者ではなくなってから、更に冷たい印象を受け取っていた。

 

「教えても構いませんが、王様に話されると少々面白くないので、貴方にも話さないでおきましょう」

 

 なんとも名案だと言わんばかりに手を打ち鳴らして感情のない笑顔が元協力者に向けられる。それを憮然とした表情のまま受け流す。

 どちらも腹に一物を抱えている。それだけに腹の探り合い、読み合いが行われるのが予想できるが、この場では発生しなかった。

 

「おやおや、彼女なら迫ってくると思いましたが予想が外れましたね。ま、我々には関係なくは無いでしょうが、このまま静観しましょうか」

 

 己しかいなくなった彼は、誰に言うでもなく独り言を続けて、靄の目指す先に目を向ける。そちらにはやはりクロスベルがある。

 

「我々にとって大事なのは、この先に彼……いえ、彼らがどういう選択をするのか……そこが重要です。このまま部外者でいてくれた方がいいのですが……ね」

 

 前を辿れば同じ所に行き着くが故に、彼は恐れていた。真実の露見を。彼らの組織が、王様のルーツにした悪行を。

 

「良くも悪くも彼は愛に餓えている。輝きを求めるのも、それが多少の原因となっているのでしょうから……」

 

 彼は今でも不安定だ。特に精神面は。時を超えた魂は今尚餓えている。かつて、負の感情を一蹴したように。

 

「切り捨てていては永遠に飽いたままですよ?」

 

 誰ぞに問いかけた言葉を聞いている者は無く、冷たい風に流されるのみ。


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