刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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エピローグ

 アルクェイドがいなくなった日、クロスベルで起きた帝国共和国の先遣隊は結果だけを見るならば、殲滅された。全滅ではなく殱滅。部隊において約3割減で軍隊として使い物にならず、全滅扱いになるのだが、先遣隊消滅の殱滅。

 単純に考えて、古代ならともかく、現代の戦争においてそんな事はそうそう有り得ないと言っても過言ではない。それは、戦闘部隊の中の前線だけでなく、医務官や司令官等を含む本陣を含めた全員が死んだからだ。大抵が、その前に退却して、せいぜい全滅扱いにあるからだ。そして、その逆にクロスベルがほぼ無傷と言ってもいい位の圧勝だった。

 いや、もはやクロスベル独立の主導ディーター・クロイスですら、この惨状は予想していなかった。彼らクロスベルの戦力がまともに相手したのは前線の一部。まともな捕虜として体をなしたのがそこの部隊くらいだった。では、残りはどうなったかと言えば、謎の機兵軍団に殱滅されたのだ。

 東西の街道に設置された関所の砲台の占拠から始まり、そこから街道を通って先遣隊の背後を強襲したのだ。ソレら機兵軍団が何処から現れ、何処の所属かは誰も知らない。

 それ以前にクロスベルの一団はその機兵軍団すら見ていないのだ。本当に前線に対して戦闘が始まって数刻の内に戦争が終わったのだ。

 とは言え、それを両国に知られるわけにはいかず、クロスベルは機兵軍団の戦果を利用し、帝国共和国も迂闊に攻めるわけにもいかず、長い硬直状態に陥った。

 その間にも両国はクロスベルを幾度と攻めたが、その度に機兵軍団によって殲滅させられて、クロスベル独立を認めることになる。

 それが、表で起きたあらましだった。

 

* * *

 

エピローグ リーシャ

 

 戦争の影響は栄光の象徴の様なアルカンシェルでも同じだった。ほぼ無期限の休演状態で、今は舞台上でも熱気はなかった。

 そんな場所で静寂に満ちた空間で動くものが一つ。アルカンシェルの花形スター、イリア・プラティエ。いつものような人を魅了する華やかさは決して無く、むしろ穏やかな雰囲気を纏っていた。

 観客は無く、彼女はたった一人に向けて舞っているのだろう。その人間にしか価値は無く、見る資格もない。

 

「ふう……」

 

 舞台のど真ん中でイリアは一息吐いた。終わったということなのだろう。イリアはそのまま舞台袖に消えるのではなく、舞台から降りてそのまま真っ直ぐに劇場の大きな扉からエントランスホールに出た。

 

「終わったかい?」

 

 扉の先にはオーナー代理の老紳士が待っていた。戦時中にもかかわらず、彼には緊張といった類が見て取れない。

 

「やるだけやっては見たけれど、あいつなら苦笑してそうよ」

 

 世界一の自分が一人だけのために舞ってやったのに、と少しだけ不満気に言う。

 

「なぁ、アイツ本当にもう来ないのか……?」

 

 縋るような声でイリアを見上げるシュリ。

 

「さぁ、どうかしらね……アルクェイドならふとした時に現れても不思議じゃないけれど」

「俺……まだアイツに魅せていない。満足に魅せれていないんだ」

 

 拾われて、魅せられて、同じように成りたいと憧れて、これからだと頑張っている所に突如、恩返しする人物が消えた。家族を失い放浪していた少女は、クロスベルで新たな家族を手に入れて、また失った。

 涙と共に、小さな体で背負っていた決意が零れて行く。決して、その想いが無くなるわけではないが、行き場がなくなった想いはどうしても漏れていく。

 

「大丈夫よ」

 

 イリアは敢えて、アルクェイドがするようにガシガシと荒く頭を掻き乱す。それが思った以上に彼らしくて、彼よりも小さな手であることが予想以上に彼がいないことを証明していて、更に涙が零れていく。

 

「今は存分泣きなさい。それが子供の権利なのだから……」

「あぁ……ああ……あああああああああああああ」

 

 何度経験しようが、まだ子供。身内の喪失に対して出来るのは泣くことくらいだ。むしろ、死体が見れない事を考えれば、塩の杭の時のほうがまだマシとも言える。衣裳着のままのイリアの腰に抱きついたまま、恥も外聞もなく泣くことが出来るのは子供の特権だ。

 大人になってしまえば泣きたくても泣けない事のほうが多いのだから。

 

「あの娘はどうしているかしらね……」

 

 しがみつく少女を抱きしめながら、戦争が始まってから、いや彼が消えてからアルカンシェルに姿を現していない相方を心配していた。彼女も居なくなるとは考えていないが、多少気に掛かっていた。

 

「今日も雨…………」

 

 アルクェイドが居なくなったメゾン・イメルダ。管理者のイメルダ夫人は彼がいなくてもそのままにしていた。それはアルカンシェルの役者が住んでいることで泊が付くからだった。けれど、それは住んでいる彼女らにとっては関係なく、今なお彼女たちしか知らない彼の残したものがそこにあった。

 以前、アルクェイドが住んでいた部屋の更に奥。シャーリィだけが立ち入った事があったその場所にリーシャは立っていた。

 天井には唯一ガラス張りになっている空間が存在していて、数日間ずっと振り続けている雨はそこを今も強く叩いていた。

 そのガラスの真下には銀の像が立ち並んでいた。幾つも幾つも並び立つソレらは誰も触れていないのにずっとくすむ事は無い。日光が当たれば一層輝くことは容易に想像できた。

 だが、それでもまだ彼女は見たことがない。

 

「貴方は忘れろと言ったけれど、私は忘れることが出来ません」

 

 最期の時に見送ったけれど、リーシャの心は空模様と同じく晴れない。

 今でもアレが最期だったとは思えず、彼の最期の言葉を思い出す。

 

『お前とは奇妙な縁だった。殺された事も今では懐かしい思い出だ。けれど、ソレが辛いということならば忘れろ。俺が何度言おうとお前は背負うのだろう。ならばいっその事忘れろ』

 

 彼はそう言って渦へと消えた。その後、リーシャの記憶は途切れている。何故崩壊するあそこから出てこれたのかも、気づけばウルスラ病院のベッドの上。セシルと言う看護師の話を聞けば、街道近くの崖に引っかかっていたという。どうやら、河から湖に流されていたらしい。

 不思議には思ったが、特に外傷は無く即日退院となった。その時からずっとクロスベルでは雨が降っている。

 

「後何か、言われた気がするけど、思い出せない……」

 

 大切な何かを言われたのだ。それなのに、それだけがどうしても思い出せない。だから彼女はずっとそこから動けない。アルカンシェルが閉まっていることも理由に動くことも出来なかった。

 彼の願いがあるここならば、思い出せるのではないかと考えた数日経っても思い出せない。

 ずっと動けなかった彼女の耳にエニグマの音が届いた。

 

「……はい」

「おや、元気が無いですね」

 

 それは、今なお雇い主のツァオの声だった。

 

「まぁ、今は遊ぶ余裕が無いので本題に入りますね。どうやら、本国の組織から厄介な人物が雇われたとのことで、その対処をお願いしたいのです」

「その人物とは?」

「すみませんが、全く情報がありません」

 

 いつも用意周到なツァオが全く分からないというのは珍しく、リーシャは眉をひそめる。

 

「唯一分かっているのは、圧倒的強者だということです。数日前に雇われて何度か人をやったのですが……」

「歯が立たずに殺られた上に情報すらなしか」

「そういう事です。こちらの不手際で、申し訳ないですが予想では今夜にでも此処に来ると思います」

「分かった」

 

 短く返答するとエニグマを仕舞う。夜までそう時間は無い。リーシャは雨に打たれる天板をもう一度見上げてから部屋から出ていった。

 夜になっても雨は振り続け、東街道の木々に紛れて待機していた彼女は呼吸を整えていた。

 夜間の雨は厄介で、音も気配も探りづらい。だが、それは相手も同じで雨であることで少し気が緩んでいると読んでいた。

 

「こうした仕事も随分久しぶりな気がする……」

 

 何時からしてないだろうかと、考えて見ればあの病院での一件以来だろうか。それからはアルカンシェルにいたり、彼を追い掛けていた気がする。

 雨で気が緩んでいたのはリーシャも同じだった。だから暗闇から迫る脅威の反応に遅れてしまった。

 

「ッ!?」

 

 傷を追うことは避けれたが、銀の仮面が割れてしまった。的確に急所を狙ってきたと見るべきか、もしくは仮面を狙ってきたのか分からないが、雨に紛れて敵は隠れてしまった。

 とっさに押さえてしまった仮面を投げ捨てて、自分も素早く動いて木々に紛れる。

 こうして距離が近くなってしまえば、相手の強さがよく解る。本当に強いということが理解できた。

 いくら気が緩んでいたとは言え、仮面を割られたことなんで今までになく、敵の得物すら分からないのは珍しい事だった。

 分かることと言えば一人で得物は刃物ということくらいか。

 不意に飛び出せば殺られるということが瞬時に分かった。雨で認識が下がっているのが嫌でも分かる。そして、自分はここまで気を抜いていたということが。

 

「ふー……ふー……フッ!」

 

 銀としてしていた気功を解いて自分の全力が出せるようにする。そして、その瞬間を狙って敵は攻撃を仕掛けてきた。飛んできたナイフを短刀で弾く。

 敵の認識力は自分以上で、どうやら呼吸すらも読めているらしい。

 敵のほうが自分よりも圧倒的に強い。恐らく話にならないくらいの差があるだろう。それでも敵は姿を見せず、徹底的に攻めて来ない。

 数秒、数分、数時間か。ずっと同じような事の繰り返しになっていた。

 リーシャの呼吸の途切れか、彼女が攻撃しようと飛び出す寸前にナイフが飛んでくる。敵が攻めたと見えるのは最初の一撃だけだった。

 それから彼女が感じたのは前に出ることを嫌がられている事だった。

 だが、その理由が分からなかった。しかし、前に出るしか彼女の選択はない。

 

「ッ! 今!」

 

 前に出る瞬間飛んできたナイフを短刀で突き立て、気功を込めて無理矢理に前に飛び出る。的確に虚を付いてくる攻撃に対して体が反応してしまうのはどう仕様も無い。だからこそ、有効だったが、気功で無理矢理にでも体を出すことでナイフを砕いて木々の上に出る。

 いつの間にか雨が止んでいたのか、雲間から月が見えていた。リーシャは緊張していて雨が止んでいたことすら気付いていなかった。

 そして、木の上に立ったとき相手もまた木の上に立っていた。

 黒装束を身に纏い、顔は分からない。しかし、片足で針葉樹に立つ姿は暗殺者として向こうが上だとはっきり分かった。

 互いに動かず、次で勝負が決まると彼女は息を飲む。

 月が雲で隠れ暗くなる。そして、再び月が出る瞬間、どちらも動いた。

 そして、互いの得物が交差する瞬間。微かに照らされた月明かりに彼女は信じられないものを見てしまった。

 

「あ…………あぁ……!?」

 

 攻撃は互いに不発。金属音だけが鳴響ただけ終わった。しかし、リーシャにはそんな事はどうでも良く、敵の胸元に注視する。

 月は完全に雲から出ており、辺りを照らす。敵の胸元にも降り注ぎ、そこには銀色に輝く歪な翼があった。

 

『もし、お前がそれでも延々と背負い続けるのであれば、古き東方の教えでも知ることだな』

 

 それを見てリーシャは思い出した。彼が言った大切な事を。

 

「輪廻転生……」

 

 古に伝わる東方の教えには人がさらなる成長を遂げる為に幾度も生を受けるという教え。それを彼女は知っていた。古来から続く暗殺者の系譜で有るが故に。

 

「どうやら知っていたか」

 

 黒装束をゆっくりと解いていく。しかし、それよりも疾くリーシャは木の上を走る。

 次第に現れていく忘れたくても忘れられない人物の顔を目指して。

 

* * *

 

エピローグ おまけ

 

 クロスベル独立から10年の時が経過していた。クロスベルでの最近の話題はイリア引退であったり、稀代の天才シュリであったり、IBCから独立した少女が創立した会社の魔導バイク等の乗用車や魔導動物によるペットだったりと色々と話題には事欠かない。

 けれど、そんな情報すらもまともに届かないような共和国の田舎の田舎。

 

「ここね……」

 

 そんな誰も訪れる旅人がいないような場所に一人の女がやって来た。薄い紫のワンピースが優しい風で靡くのを、両手で持つバスケットで抑えるように立っていた。

 誰もが振り返るほどに美しい令嬢を村人が見るとなんとも珍妙な顔をするのは、彼女の横に腰の高さまでのピンク色したヘンテコな機械がいるからだろうか。

 農作業をしていた女性がそれに気付いて変な顔を向けているのに気付いた彼女はクスクス笑いながら、女性のもとへ近づいていく。

 

「ここに偏屈な男がいるって噂で聞いたのだけれど、何処に住んでいるのかしら?」

「貴方、そいつに会いに来たの? 目的は知らないけれど、やめた方が良いわよ。村人ですら年に何回も会うことがないのよ」

 

 女は必死に令嬢に止めるように言うが令嬢は全く止める気配がない。

 

「そんなにおかしな人なのね。ますます会わないといけないわ」

 

 女がどれほど男が偏屈なのか言うが、令嬢はそれを聞くたびに嬉しそうに笑う。

 終いには女の方が諦めて男が住んでいる場所を指さした。

 

「はぁ……あんなのに会っても面白く無いと思うわよ。そいつならあの山の麓に小屋を構えてるよ」

「ありがとう。さ、行きましょう」

 

 女が村の外れにある山を指差すと、令嬢は丁寧に礼を言うと側の機械に呼びかけて歩いてく。その後を機械はピコピコ音を鳴らしながらついて行く。

 機械と仲良く歩いてく令嬢を怪訝な顔で見て、女は頭を振って農作業に戻る。

 

「変な奴には変なのが集まるのね」

 

 呆れて関わりたくないと女は彼女たちを意識から外していた。

 

「あの時みたいな変な形の小屋ね」

 

 目的の場所まで辿り着いた令嬢は小屋の上の方に空いている穴を見て懐かしくて笑ってしまった。

 そこから来訪者に気付いたのか中から一匹の鷹が頭を覗かせる。誰が来たのか分かった鷹は令嬢の側の機械の頭に降り立つ。頭に乗られたのが気に喰わないのか機械は腕を振り回したり跳ねたりするが鷹は一向に離れない。

 それを見ては令嬢が更に笑う。

 

「一体なんだ騒がしい」

 

 騒がしいのが煩わしかったのか、中から男が現れた。それを見て令嬢は持っていたバスケットを手放して男に向けて駈け出した。

 

「アル!」

 

 突然の事に呆気に取られて男は支えきれずに尻餅を付く。

 

「お前……レンか?」

 

 泣きそうな顔で令嬢は強く頷いた。何度も何度も、間違いないと力強く。アルクェイドがいることをしっかりと確かめるように抱きしめながら。

 

「よく見つけられたな……」

「言ったでしょ、また会いましょうって……」

「そう……だな」

 

 かつての約束とも言えないような些細な言葉のやり取りを互いに覚えていた。

 あれから10年もの時が経ったのに健気に覚えていた少女は今や立派な女性に成長していた。

 時間の経過を噛み締めながら、その隙間を埋めるようにアルクェイドも強く抱返した。

 

* * *

 

「これにて物語は終わり。めでたしめでたし、と言った所かな?」

 

 パラパラと分厚い本を適当に捲りながら道化は、椅子でくるくる回りながら笑う。

 

「なかなかに面白かったよ。もう1つの可能性の物語。永遠の刹那。終わりの瞬間に現れた君の事を綴った軌跡。文字に起こせばそれなりに長いけれども、現実ではたった一瞬。この世界に戻れば君はいない」

 

 今まで読んで楽しんでいたはずなのに、もう飽きたと言わんばかりに背後に投げ捨てて立ち上がる。

 そして、暗い室内を微かに照らす唯一の明かりを放つモノの前まで歩く。ソレの中身を見上げて可笑しそうに笑みを浮かべる。

 

「いやー、本当に楽しかったよ。君たちの未来は。でも、残念ながら現実はそんなに甘くないんだよねぇ。この世界では起こり得なかったんだから、刹那どころの話ではないよねぇ」

 

 道化は悪魔の様に餌を与えては取り上げる。幸福であるところに必ず奴は現れる。道化は道化、けれど道化を見て笑えば足元には穴が開く。

 

「死の舞踏は死ぬまで踊れ。君はまだ終わっちゃいない。けれどああ、君の中身()は何処に行ってしまったんだろうね?」

 

 ストーリーテラーの様に仰々しく動き、彼を見上げた。

 

「死神は何処へ? 君は誰で、彼は誰。探せ探せ、大事なモノを。ソレは記憶か魂か、君には再び取り戻す権利をあげよう。」

 

 それに呼応するようにカプセルの中で液体の中で穏やかに浮く彼は目を開いた。

 

「起きたかい、アルクェイド・ヴァンガード。さぁ、踊ろうか」

 

 道化は謳う。道化は踊る。帝国の上空で、彼が創り上げたかもしれなかった戦艦の中で。

 

 To be continued?




これにて終わりです。終わりまで長い年月かかりましたが、今までお付き合い下さってありがとうございました。

ネタなり何なりがあったら追加で書く可能性が有るかもしれませんが……ひとまずこれで零と碧を通じた刹那の軌跡は終わりです。

最後に少々補足。
アルクェイドのNo.ⅹⅺについて 
 これはアルカナの数字から取ってるんですが、21は世界であり、その中の意味合いで 永遠不滅 逆位置で調和の崩壊 でそこから取ってます。 まぁ、内容は言うまでも無いかと思いますが。 愚者だという話もありますが、そっちには熱狂とか自由が入ってますんであながち間違ってないかなーと。


最後までご読了ありがとうございました。

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