ードクンー
脈打つ鼓動は何度も何度も空間に響く。
『何じゃ……』
「え……?」
それは、アグニとっても不可解で、原因となったキーアにすらも分からない。分からない、分からないが、得体のしれない、けれど何処かで知っている気がする何かを感じていた。
遥か昔に忘れた様な気がする何かを思い出しそうな不思議な感覚。
「やはり来たか……」
怨念すらも足を止めた中で、一人だけが物知り顔で屈託なく笑う。
「しばしの現し世。実に楽しかったぞ」
レオンハルトは駆けた。アグニの盾にされた怨念の塊を目指して、一気に大剣を振り下ろす。その動きは決して疾かった訳ではない。むしろ、観るものには実にゆっくりに見えた。名残惜しげに思い出を振り返るような刹那の瞬き。
これまで、受け止められていた大剣は此度は怨念を両断した。そして、大剣に包むように纏わり消えていく。
アグニもキーアも、その場にいる全員が理解出来ない。何が起こったのか、レオンハルトが何をしているのか。
尚、響く鼓動は早鐘のように鳴り響く。次第に加速していくソレは、まるで心臓の音。
死者たるレオンハルトの体に今まで満ちていなかった生気が色を取り戻していく。
「よくぞ帰ってきた、友よ……」
レオンハルトが嬉しそうに呟くと、彼は碧の光に輝き始めていく。瞬きしていく姿は次第に二重に重なり、別の誰かが表に出てくる。
『先に逝っているぞ』
「あぁ、そう待たせないさ」
そして、旧き友と短い別れを済ませるとそこには彼が立っていた。
「色々面倒で説明するのも鬱陶しいが……一応、道理として名乗ろうか」
仰々しく大きな動きで得物の二刀の曲刀を振り回して宣言する。
「身喰らう蛇が執行者、№.ⅩⅪー
高らかに宣言するは王の威圧。二刀を繋ぎ合わせて空間を一刀すれば、そこから機械兵が踊りい出る。
『何故お前がそこにいる!?』
怨念に向かって歩む機兵を尻目にアグニは震える拳で強く杖を握りしめて、彼を睨む。
「さてなぁ? お前もちゃんと知っている奴のお陰だよ。余計なお世話とも言うがな」
『巫山戯たことを抜かすなあ!!』
此処に来て、自らの計画が上手くいってないことを痛感したアグニは老人とは思えぬ力で杖を握り折った。激高したアグニに背を向けて、アルクェイドは彼女らの元へと歩む。
「思った以上に無様な姿じゃないか」
「遅刻したくせに五月蝿いわよ」
普段は淑女としての体裁を纏うレンも、この場ではいささか小汚い状態になっていた。ソレを可笑しそうに笑うアルクェイド。そこに背後からチェーンソーが襲う。
「随分な挨拶だな」
「興ざめするのが分かっててやったくせに良く言うねー?」
「仕方あるまい、場は用意した事には違いはなかろう」
それを事も無げに避けたアルクェイドは持ち主を引き寄せて上空へと放り投げる。上へ投げられたシャーリィは上から襲い来る怨念たちを細切れにしていく。
今までならそのまま這い寄って来た体は今度は霧散していく。
「ホムンクルスは無茶するのが好きなのか? 馬鹿ばっかりなのか?」
「貴方に言われたくない」
涙目のまま俯いて顔を合わせようとしないキーア。互いにこの後どうなるか理解しているが故にキーアは顔を向けられず、アルクェイドは開き直っていた。
「やっぱ馬鹿だな。悔やんでも仕方がなかろう。最初からそういうものだ。諦めろ」
アルクェイドはキーアの頭に手を乗せる。そうしていると碧の光がキーアから彼の手に渡っていく。
「やはり、残っていたか。お前の姉妹は余計なお世話しかしないな」
もはや、呆れしか出てこない死んだ彼女の行動に溜め息を吐く。全部出したと思っていたのが、少し残っていたのは万が一の保険だったのかも知れない。
「お前らに言うことは無い。下がってろ邪魔だ」
今にも何かを言いたげなロイドとエリィを一蹴して何も言わせない。言われた二人もアルクェイドの目を見てキーアを抱えて下がる。元々彼らに限っては場違いなのだ。保護者として来た彼らにかけるものは無い。必要がない。互いにソレを理解しているが故に言葉は要らない。
「物欲しそうな顔してもお前にもないぞ」
「ケイくん、どういう意味?」
「言葉どうりの意味だ」
今か今かと待ちわびるリーシャにもぞんざいな言葉しか投げ掛けない。
「今は目の前に集中しとけ」
振り返り、アグニに視線を戻すと視線で射殺すと言わんばかりに眼光を強くしていた。
『何故お前がいるのかどうでも良い』
スーっと、機兵が相手にしていた怨念が霧と化しアグニに集まっていく。
『疑問などお前ごと潰せば良いのだからなぁ!』
翁は黒く塗り潰されていき、次第に膨張していく。ヲヲヲと呻き声を上げながら膨らんだ姿はアルクェイドが纏った悪鬼を形作る。
しかし、ソレは先程以上に醜悪で呻く人の顔が幾つも幾つも体に現れている。そこからは後悔懺悔、欲望が垂れ流され聞くに耐えない。
『人の嘆く思いを知るが良い。神が人を弄ぶなどあってはならぬ!』
「……実に醜いな」
これが彼女の知った人の一部だと考えると本当に嘆かわしい。
「最初はそうでなかったろうに……」
アルクェイドには彼女の想いも多少感じるようになっていた。同化が長かったからだろうか、体の内から悲しい感情が溢れてくる。
「止めて欲しがった理由がよく解る。反発していたのは認めたくなかったからか」
目の前の醜いものが人のためだなんて耐えられない。親友と語り合った人の素晴らしさ。修羅に落ちてまで家族を救いたかった戦友。自らの体を傷つけてまで生にしがみついてでも生きたかった少女。心を壊しても家族と共に居たかった少年。辛い現実に疲れたら優しい幻想で休ませてくれた美しき女。生の実感を得るために争いに身を置く痩せた男。
そのどれもこれもが素晴らしかった。他者にどれほど滑稽と哀れと思われようとも、藻掻く姿は何よりも輝いていた。
そんな人間を、こんなモノと同列になど考えたくなかった。だから訳も分からず昂ったのだろう。
「その誰もが言い訳などしなかったぞ」
迫る悪鬼に対して無防備なアルクェイド。一心不乱に叩き潰そうと悪鬼は手を叩きつける。もはやまともな思考も出来やしないだろう。こうなってはアグニも怨念に囚われる。同調率が高いのだから仕方ない。エネルギーとしてではなく、全てを纏ったのだから。
「いるかどうかあやふやな神のせいなどしなかった!」
迫る悪鬼の腕が落ちた。細切れにされた悪鬼の腕は霧散する。
アルクェイドは駆けた。銀色に煌く刃のみが彼を追う軌跡として唯一の道。常人には見ることすら叶わぬ、極地に辿り着いた閃光の煌き。悪鬼には何が起こっているのかわからないだろう。ただただ呻くしか出来ない。
だが、悪鬼は消えた体が直ぐに現れる。今まで貯め続けたエネルギーが直ぐに補充されていく。
戻った腕でアルクェイドを薙ぎ払おうとするが、捕らえることが出来ない
となれば、悪鬼が取る手段は一つ。
『ヌヲヲヲヲヲヲォォォ!!』
所構わず、全方位攻撃にほかならない。例え、城が地盤が崩れようとも耐えられるのだから、体を構わず圧倒的な威力で蹴散らせば良い。それに気付いた悪鬼は力を溜める。
「私たちがいることも忘れないでほしいわね!」
「アタシも頭に来てんだから!」
レンが悪鬼の頭上から舞い降りてくる。鎌を使って舞うのに合わせて悪鬼の体に無数の傷が切り込まれていく。
レンがいることもお構いなしに殺し合いを邪魔された鬱憤を晴らすように銃弾を大量に浴びせていく。そんな大量の銃弾の中をレンは掠ることすら無く綺麗に舞う。
たまに鎌に当たる銃弾で突如考えもしない場所に跳弾する為に悪鬼は苦悶に歪む。
弾を撃ち尽くし、レンも地上に降り立つ。
そして、悪鬼の体が修繕されていく直前に残りの二人が飛び出した。
「ドジるなよ」
「一言余計です!」
アルクェイドは双頭の曲刀を外して中から鎖を伸ばして一方を悪鬼に投げつける。それの上を走るようにリーシャが駆ける。銀の時の鉤爪を器用に使って悪鬼を飛び回り鎖を全体に巻きつけていく。
「高天ヶ原に飛翔する双頭の龍」
「常世を常に見守る守護者也」
アルクェイドも地を駆けて悪鬼に迫る。顔を目指して飛んだ彼に喰らいつこうと悪鬼は口を開くが、彼はそのまま口ごと頭を貫いた。
「荒れる世を嘆き天から雷を穿つ」
「之即ち天の怒り」
気功を纏い、二人は天を登る。そして、悪鬼目掛けて真っ逆さまに螺旋を描いて堕ちて来る。
「天罰也!!」
悪鬼の脳天から貫く金の光は灼くように熱く。まさに
「人は自然を甘受せよ」
「何人たりとも神には手は触れられぬ」
放電し続ける雷鎚に悪鬼は苦悶の声を上げ続ける。霧散し続ける怨念にも限界があったのか雷鎚が消える頃にはアグニだけが残っていた。
「その体のエネルギーは尽きたか……」
『ぐ、ぐうウゥゥ。人形如きに此処迄手を焼かれるとは……』
アグニの体もかなり焦げ付いているが、まだまだ貯めたエネルギーは存在しているのか、見る見るうちに修復されていく。
「なんで、そこまでするの……?」
修復が治る前に無理やり立ち上がろうとするアグニに向けてエリィが疑問投げかけた。
『貴様らとて、あの現実を見れば嫌でも理解するじゃろうて!』
呪いを吐くように強く感情を撒き散らすアグニ。人にはどうにも出来ないかつての戦争。アーティファクトによって怠惰に陥る無様な人間。未知の病原体で死屍していく隣人とそれにせまる恐怖。
『人が幸せを甘受しているときに、ソレを認めぬと言わんばかりに起こる厄災に神が原因ではなくて何という!』
ソレに対して反論出来る人間はこの場にはいなかった。体験したことも無い辛い現実を幾つも見てきた翁の言葉。何かをしようとして無力に終わった老人の鬼気迫る感情に対して返答できる答えなどなかった。
「くだらんな」
『なんじゃと……?』
だが、ソレを否定できる者は一人だけいた。
「くだらないって言ってんだよ」
一蹴されるのを認められないとアグニはアルクェイドに掴みかかろうとするが全快でない老人の動きなど、アルクェイドは届くはずもなく、腹にきつい蹴りが入り吹っ飛んだ。
「んなもん知らん。貴様の抱えた恨み節なぞ興味がない。人ならば人らしく健気に生きろ」
恨み言というならば、誰だって幾らでも言いたいことはあるだろう。それでもアルクェイドの知る人間は必死に生きた。それだけだ。
『認めぬ……認めんぞおおおぉぉぉぉ!』
這いつくばって、地面を力任せに叩くアグニ。その体に再び怨念の霧が集まっていく。
『ワシは……ワシは何度でもやり直すゾォォォ!』
「こいつ、まだ……!」
再び悪鬼になろうと膨張していくアグニを見て全員に緊張が走る。
「いや、タイムリミットだ」
それをアルクェイドが否定する。
「よくやったぞ、ティオ・プラトー」
「なんとかって、感じですけどね」
玉座の入り口を見れば、竜機兵にまたがる疲労状態のティオの姿が見て取れた。
『な、なんじゃ……力が……皆の想いが……』
膨らみ始めていた体は逆に縮んでいき、元の翁へと戻る。アグニの背後には碧の光の渦が現れていて、そこに霧が吸い込まれていくのが見えた。
『これは……戻って行く……あの最悪の場へ……ああああああああああああああ』
悲痛な呻き声を上げて、力は戻って行く。自らが生まれた時代へと。所詮は超常の力で時代を跳躍していたに過ぎない魂は、道が出来れば導かれるように戻って行く。
「溜める容器は現代の物、中身は過去の物、それも魂とあれば現代に固定し続けるほうが難しい。だから、道さえ開けばなんとかなる。でしたか?」
「まぁ、そんなとこだな。エイオンシステムを使えば良く聞こえるだろう? 彼らの通ってきた道の隙間が」
「気分は悪いですけどね……ところで何時からいるんです?」
「さて?」
アルクェイドは弱っていくアグニの姿を注視している。執着する彼がこのまま諦めるとは思わないからだ。アルクェイドの背後では既に勝利した気分で満ちているが、それを止める気もなかった。終わりは見えているからだ。
『諦めんぞ、ワシ一人でも諦めんぞおおおおおおお!』
「それはだーめだよ?」
一人でもなんとかしようと、やり直そうと、立ち上がるアグニの肩を掴むものがいた。
「あの人の邪魔しちゃダメだよ」
死んだはずのCがアグニの肩を掴んで渦へと引きこもうとしていた。Cの体は既に渦の中で、つまり、彼も既に死人。死んでから一緒に怨念として彼らとして存在していたのだろう。
『貴様あああああああ!!』
思いがけない邪魔者が現れてアグニは虚を付かれた。そして、引き摺り込まれていった。
『おのれえええええ!!』
アグニが恨み節を上げながら吸い込まれていくのをアルクェイドはずっと静かに見ていた。そして、数瞬目を閉じた。
それに気付いたものはいない。
「さて、コレで全て終わりだ」
そう言って、ゆっくりと振り返ったアルクェイドの体も淡い碧の光を放っていた。その光の粒子はゆっくりと渦へと吸い込まれている。
「まさか……」
「まぁ、そういうこった。俺もこの時代の人間じゃないんでな。いや、そもそも人間であるかも厳密には怪しいか」
本人は自嘲する様に笑うが、他人は呆気に取られて何も言えなかった。ただ、キーアだけは涙目で前に出てきた。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
「気にするなと言ったろうに、お前が謝る必要は微塵もない。子供は笑ってろ。クハっ、叔母が子供とは笑えるがな」
「は?」
変な事を言った事を誤魔化すようにアルクェイドはぐずるキーアをロイドとエリィに押し付ける。
次にと、彼はレンとシャーリィへと向き直る。
「お前はもう大丈夫だろ。喧しいのがいるからな」
「そうね、その中に貴方がいないのは本当に残念だけど、また何処かで会いましょう?」
「俺はいなくなるんだがなぁ、お前なら本当に会えそうで怖いな」
「あら、レーヴェとも会えたんだから貴方にも会えるわよ」
強気な少女の言葉に苦笑しか出てこない。それでも、彼女が言うならば本当にそんな風な気がするから実に不思議だ。そんな気恥ずかしさからか、最期に何時ぞやの様に髪を手でガシガシと乱して誤魔化す。
「お前はまた何処かで仕切りなおしてくれ」
「それだけ? なんか面白くないんだけど?」
面白くしようがないだろと、アルクェイドは呆れるがシャーリィは何処吹く風。言葉ではつまらなさそうだが、自身の持つテスタロッサ改を誇らしげにしている時点でそれなりに彼に感謝しているようだった。
「……最後はお前か。今度は死者から逃げずに頑張れよ」
「…………」
何かを言おうとしても口の中が渇いて声が通らない。言いたいことは幾らでもあっただろう。それなのに、本人を前にすると何も言えない。こんな時でも臆病な自分に腹が立つのに、声は出ない。
変わりたくて旅に出て、クロスベルまでやって来て、イリアに絡まれてアルカンシェルで舞台に出るまでなった。そこで奇妙にもトラウマと再会して、事件を対処しながら何か成長できたと思っていただけに、この醜態が悲しくて涙が溢れそうになっていた。
「おい……」
俯き気味の彼女に対してどうしようかと彼が迷っていた時、空間に地響きが成り始めた。天井から次第に瓦礫が落ちてくる。アグニがいなくなったことでこの場の維持が出来なくなっていたようだ。
「さっさと出ろ! この穴は直に埋まるぞ!」
アルクェイドの言葉に全員が駈け出していくが、リーシャだけは彼の前から動かない。いや、動けない。まだ何も言えてないのだから。
「お前もさっさと行け、埋まるぞ」
「……っ……」
何度目かの別れにリーシャは自身の服を強く掴む。震える手は他人からも分かりやすい。
「お前はもう前に進めるだろ?」
「でも……でも!」
何かを言いたくても喉に引っかかる。それは彼を殺した時のせいだろうか。その時の事を、その時に言いたかったことを思い出せていないからだろうか。必死に振り絞ろうとしても声が出ない。
出てくるのは、流したくもない涙。最期だからと決めていたのに。
「涙が……止まらない……見送るのは笑顔と決めていたのにっ……」
「馬鹿だろ、お前……」
そっと、アルクェイドはリーシャの頭に手を乗せて普段はしない動きで、ゆっくりと優しく撫でる。その手は次第に頭から耳、頬へと降りてくる。目の涙を拭い、顎にまで来たときに少しだけ彼女の顔を自分へと向きあわせた。
「え…………」
ようやく向き合えた彼女の目には直ぐ前に彼の顔があった。吐息すら届きそうな距離以上に近く、反射的に彼女は目を閉じた。
唇に感じた暖かく柔らかい感触に驚きを目を開いた。すると、さっき以上に彼との距離が近く、目しか見えない。
何をされてるか理解して、彼女は再び目を閉じた。
周りでは瓦礫が落ちてきてとても喧しいはずなのに、彼女には全く音が届いていなかった。
彼女にとって、世界には自分と彼しかいない様に感じていた。瓦礫で出口は埋まっていくことすら思考出来ず、ただただ彼の暖かさを感じていた。
あー、何書いてんだろって最後の方なってました。誰が嬉しいんだコレ?
まぁ、とにかく、これで次はエピローグですかな。個別に2つとの予定で。おまけ的なのが一個ですかな。別々に書くよりは纏めようかなぁ。一個一個が別々だとかなり短くなりそうなので。