刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第26話 運命仕掛けの狭間

 眼前にへたり込むレンを見下ろしてレオンハルトは短い溜め息をつく。

 

「やはり駄目か」

 

 期待していただけにその失望の色は濃く、それでも仕方ないと言わんばかりに魔剣を振り上げる。

 そして、小さな破片となったパテル=マテルを抱えたままのレンに向かって一気に振り下ろす。が、魔剣はレンに当たる直前で止まった。

 その現象にレオンハルトは魔剣が止まった場所を見据える。決して、レオンハルトが意図的に止めたわけではない。彼は本気でレンを殺そうと振り下ろしたのだ。

 何故止まったのか、レンが何かしたようにも見えずレオンハルトは慎重に魔剣を戻す。

 

「ねぇ、今のも真実?」

 

 不意に、レンが問うた。それに多少戸惑いながらもレオンハルトは肯定した。

 

「そう…………」

 

 パテル=マテルを抱えたままレンは立ち上がり、レオンハルトを見る。

 

「あなた、どこから来たの? レンが知らない……いえ、正確には起こりえない事象を知っているのは何故?」

「やはり、お前は頭が良い」

 

 今までの少しの現象だけでレオンハルトの存在の事に触れられる事に関心しながらも、核心の事をレオンハルトは話そうとしない。

 それをレンは話さないのではなく、話せないのだと思った。だからそれ以上は触れはしない。

 だが、それよりもレンにとってはパテル=マテルの事の方がよっぽど重要だった。しかし、その対応はレオンハルトの予想とは全く違った反応だった。

 

「うん……うん、大丈夫」

 

 レンの自分に言い聞かせるような言葉。レオンハルトはそれを興味深そうに伺う。

 今まで、レオンハルトが知る限り、レンという少女は必要以上に他人に踏み込む行動をしないさせない娘だった。唯一の例外と云えば、機械仕掛けのパパとママだけ。それが壊れた事実を見せられ、本人もソレが真実だと理解している。故に、この態度は予想外だった。

 それも当然と言えば当然だろう。このクロスベルで、レンは自らのルーツに触れ、葛藤を嫌というほど味わい、妥協が許されず、追いかけられて逃げ場の無い心を曝け出し、自らを心配するお節介な小娘すら出来た。

 追い詰められて出した答えは決して完璧ではない。しかし、それでも拠り所のなかった少女が築いた確かな絆。

 人が物理的に立つのが地面ならば、精神的に立つのは絆。人との繋がり。心の壁を破壊された少女が自ら作った絆はそう簡単に壊れるほど柔ではなかった。何よりも確かなモノがあった。

 だから少女は立ち上がる。自ら奮い立たせ、目の前の亡霊に強い眼を向ける。

 

「……ほう」

 

 レオンハルトには確かに見えた。彼女を守ったパテル=マテル(ヨシュアとエステル)の姿が。それだけでなく、クロスベルで芽生えた繋がりの姿が。

 虚像と幻想と真実の狭間の空間ではソレが明確に見えた。

 

「存外、奴の方がしっかりと見えていたか。わざわざ俺が出張る必要はなかったやも知れんな」

 

 己の魔剣を止めた正体を知り、薄く笑うレオンハルト。満足そうに警戒を止め、魔剣から手を放す。魔剣はそのまま暗闇に消えてしまった。

 魔剣が消えると共に最初の部屋に空間が戻る。その場には彼女たち二人しかいなかった。先の扉は既に開かれていた。

 

「此処からはまっすぐ進めば、アイツの所に辿り着くだろう」

「レーヴェは行かないの?」

 

 背を向けて城の奥を指さすレオンハルトの背後からレンは問う。その問いに彼は自らの役目は此処迄だと返答した。

 

「死者に鞭打つような事はやめてくれ。俺の役目はお前を試すだけだ」

「嘘ね」

「何故嘘だと?」

 

 レンはレオンハルトにはまだすることがあると断言した。

 

「貴方からはあの子と同じ匂いがするの。アーと同じ匂いよ」

 

 レンの言葉にレオンハルトはまたも短く息を吐く。

 

「本当にお前は賢しいな。いや、此処だからこそ気付いたというべきか。しかし、こういうのは人知れず消えるものが常だと思うがな」

「そうかも知れないわね。でも、レンの前に出てくるのが悪いのよ?」

 

 レオンハルトはお前には勝てんと肩を落として先に扉へと歩き出す。その後をしたり顔で追いかけるレン。彼らは連なって奥へと目指していく。玉座の間へと。

 

* * *

 

 縦横無尽に駆ける2つの影。銃弾や爆発が時折場を掻き乱すが、それでも一方が止まることがない。同時に駆け、同時に止まり、部屋の中央を線対称に動く様は一つのリズムだった。

 何度刃を交わしたかは当人たちにすら分からぬほどで、持ち得る武器が底をつかず幾らでも懐から出てくる。

 何よりも、両者に傷らしい傷は見当たらず、汗の流れた後すら見えない。

 明らかに何らかの作為の臭いがするが、二人にとってそれは些細な事。重要なのは目の前の邪魔者を如何に排除するか。それだけだった。しかし、それが殺し合いの邪魔をしないのであればの話だった。

 不意に、どちらからでも無く、同時に立ち止まる。

 

「これはどうやら貴方が原因ではないようですね」

「流石のアタシもコレは聞いていないかなー」

 

 互いに気付いていた作為の狙いが分かり、殺意を感じさせながら対話を始めた。

 

「邪魔が入らないようにってのは聞いていたけど、何も変わらないってのは流石にねぇ」

 

 シャーリィは無造作にテスタ=ロッサ改のチェーンソーを床に叩きつけるが傷すら付かない。傷どころか放った銃弾も落ちておらず、リーシャの爆雷符でも焦痕が出来ない。

 

「一定時間でリセットされているようみたいね。私達の体力なども全部」

 

 自分が投げた符の数が持ってきた数と合わなくなり始めてきた時からリーシャも不信感を持っていた。いくら動いても疲れを感じ無いどころか汗もかかない。怪しく思うのも当然だった。

 

「クククッ、流石ですね」

 

 不意に、笑い声が聞こえた。

 二人は反射的にソレの元を狙って銃弾と符を放つ。

 

「空気も含めてそう仕向けたわけですが、思いの外効果がなかったみたいですね」

 

 しかし、声は聞こえども姿は見えず。何も無い場所を攻撃は貫くのみ。

 

「私はその場所にはいませんよ」

 

 嘲るような男の声は二人を挑発するような声色だが、何も反応しない。

 

「鏡花水月」

「ええ、そういうので間違いはないと言っても良いでしょう」

 

 リーシャが呟くように言った言葉に男は反応した。東方の知識に疎いシャーリィは首を傾げているが、ソレを見た男は嬉々として口を開く。

 

「鏡花水月、まさに鏡に映るそれ自体には手が出せず、見ることしか出来ない様を言う言葉ですよ」

 

 語る男は声のみならず、彼女たちの前に姿を現した。

 

「貴方は……」

「不思議ですか? 死んだはずの僕がこうして君たちの前に現れることが!」

 

 そう言って、ヨアヒム・ギュンターは彼女たちの前に現れた。リーシャの驚いた顔を見て嬉しそうに笑うヨアヒム。

 

「不思議でしょうねえ。ええ、確かに僕は死にましたよ。貴方達の世界ではね」

「…………」

 

 突如現れた訳の分からない人物の戯言をまともに聞くはずのないシャーリィは呆れて彼を見ていた。

 対して、リーシャはロイド達やツァオから聞いた彼の人物像を思い出して黙っていた。

 

「御子の御力をもってすれば世界をずらすなど容易いそういう事ですよ」

「世界をずらす?」

 

 問うような声にニタァとヨアヒムは口元を歪ませる。

 

「そう! とは言っても、別世界だがそんなモノではない。狭間とも言うべき何処でもない世界だ」

「故に現実では何も無い」

「ふ〜〜ん」

 

 高らかに宣言するように声を張り上げるヨアヒムを冷めた目で見るシャーリィ。

 

「つまり、邪魔したんだ」

 

 何時に無い冷たい殺意を込めた声を出したシャーリィ。

 

「邪魔ではないよ。ちゃんと全てが終われば戻してあげるさ。その後に存分に楽しみたまえ」

 

 自らに手を出せない確信が有るためか、微塵も解さぬ発言をするヨアヒム。それが彼の最大の失策だった。

 

「ねぇ、殺るのは後にしよう。アタシもコイツラぶん殴りたくなってきた」

 

 シャーリィはもう以前の彼女とは違う。殺しを楽しんでいた無邪気な虎はもういない。

 

「興醒めだ」

 

 故に、殺戮のみを表に出した。

 高みに登るためでは無い。純粋な殺意。求道者として目覚めた彼女の質はヨアヒム如き、簡単に凌駕する。

 

「……馬鹿な……がッ……」

 

 死者すら踊りい出る場は魂の狭間。魂の質が明確に出る場所故に、研究者の末端でしか無いヨアヒムが勝てる筈も無く、彼女たちの背後で血を吹き出した。

 最初から見えていた姿など幻影でしかなかった。だから、攻撃が当たらなかった。それだけでしかない。

 

「何故だ!? ……何も知らぬ小娘如きにいいいィィィィ!」

 

 ヨアヒムには見えていた。自らを喰らう虎の姿が。彼にしか見えず、彼が原因で牙を剥かれ、喰われていく。

 彼は自ら足を踏み込んだのは、虎穴どころか虎の口の中だったのだ。声を出した時から彼の命運は決まっていた。

 弱者は出しゃばらず、隠れておかねばならなかった。それが出来なかったのは、ただ彼が人よりも優位に立ち、上回りたかった。その一心に過ぎなかった。

 不意に、怨念を吐き続けていたヨアヒムの断末魔が消えた。スーっと胴と首が外れ、痛みも無く虎に喰われたことだろう。

 

「随分優しいね」

「……別にそうでもないですよ」

 

 首を切ったのはリーシャの魂で優しさであり、残酷でもある。恨み節を語る間も己を振り返る事もさせずに終わらせるのだから、これは慈悲ではない。

 ヨアヒムの言葉など聞く価値がないと一刀両断したのだから。

 

「はぁ……白けちゃったなー」

 

 シャーリィがそう呟くと同時に元の何もない部屋に戻ってきた。

 此処迄昂っていた魂は、もうかなり冷めていた。これから闘おうとしても、つまらないことになるのは見えていた。

 

「これは、アイツに文句言うべきかな」

「はい?」

「アイツとの約束だからね。アンタとちゃんと殺し合いをする場を用意するって。こうなったからにはもう一度場を整えてもらわないとね」

「私としてはもうコリゴリなんですがね……」

 

 シャーリィの溜め息が出そうになるほどの言葉に肩を落とす。

 

「さっさと行くよ」

 

 我先にと駈け出した彼女はそれなりに心踊っているようだった。それこそ、もう一度リーシャと殺り合う事を楽しみにしているかのように。

 そんな彼女の後にリーシャも続いて駈け出した。

 そして、玉座の間まで後少しのところで2つの人影を見つけた。


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