刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第25話 運命仕掛けの悪意

 キーアは囚われていた。500年も前の怨恨の渦の中に。頭に響くのは神への恨み節のみ。

 有象無象の感情は既に言葉と言う概念を成していない。理解や納得を得ようと考えているような人の知性すらも感じることが出来ない。

 ただ、恨み節を呪いを吐いているだけに過ぎない。だが、コレに耐えねばエネルギーとして使うことは叶わない。

 耐えて、取り込み、支配してこそエネルギーとして活用することが出来る。もしくは、同調か協調。アグニは同調することによって利用できている。

 しかし、そんな事を考えている余裕も無く、キーアはただただ耐えていた。

 このままでは駄目な事は理解しているが、この怨念を従える強さもなく、同調出来る筈もない。故に耐えるしかなかった。

 要は感情なのだから心持ちでしか無いのだが、目覚めて間も無く幼い彼女に動乱の恨み節を支配できる道理はない。

 長く苦しい時間はとても長く感じるが、実際には一刻にも満たない。

 不意に苦痛を感じ無くなった。

 怨念の海の中に沈んでいたキーアがそこで感じたのは優しい母のような温もり。

 同じ碧の髪をしたキーアに良く似た女性。本能的にキーアはソレが分かった。

 

「貴方は……」

 

 キーアに笑顔を見せる女性。かつて、キーアから生まれた同一個体、アグニが自らの計画の為に創り上げた存在、名をデッド。

 名の通り、不完全複製(デッドコピー)。元々彼女には自我という物が存在していなかった。生ける屍(リビングコープス)の様な彼女を皮肉して、アグニが名付けた死と言う名前。

 だが、その力の素質に反して、怨念の力に対しての耐性はあまり強くはなかった。元々人形の様な彼女。人の感情というものに耐えられるわけがなかった。結果、暴走と言うのが常。

 彼女の力は強力だが、エネルギーが得られないのであれば使い勝手が悪すぎる。

 そこでアグニの考えついたのが複製では無く、遺伝。

 幼少どころか、母の子宮の中にいる時から母体を通じて怨念に触れていれば嫌でも耐性は付く。そう考えたアグニはデッドを身篭らせた。

 結果、アグニの望む素体は手に入れられた。

 

「………………」

 

 物言わぬデッドはそのまま淡く消え去り、キーアは現実で目を開く。

 全てを理解したキーアは培養液から出ると、歩き出した。

 ロイドとエリィは心配そうに彼女に声をかけるが、キーアは大丈夫と言う言葉を告げる。

 キーアは確信を持って歩いていくと一つの扉に辿り着いた。

 

「二人にお願いがあるの。わたしが何をしても絶対に止めないで」

「どういう事だ?」

 

 内容と問うても答えは返って来ず、仕方なく二人は頷いた。

 二人が頷いたのを確認してキーアは重い扉をゆっくりと開く。

 鈍い音を立てて開いた先は暗闇に満ちていた。

 室内を確認するようにロイドが先に入り、慎重に辺りを見渡しているとグチャッと言う肉が潰れたような音がした。

 音のした方に目を凝らすと、微かに人影が見える。次第に暗闇に慣れてきた目がしっかりと人の姿を捉える。

 何かを持ち上げた大人くらいの人影とぶら下がった子供のような影。

 

「思った以上に遅かったじゃないか? やはり、ヘタレ加減は治らなかったようで」

「ソレは否定しないけど、知りたいことは知れたから」

 

 キーアにはソレが誰か分かっているようで足を進める。彼女が近づいていく度に明かりが満ちていく。

 三人が認識したのは首がへし折れているCの姿と、今も尚その首を握り締めているアルクェイドの姿だった。

 

「あまりに遅いから先に始めてしまったぞ」

 

 あまりにも普通の対応をするアルクェイドに愕然したロイドとエリィ。凄惨な光景の筈なのに、そうとは思えないのは殺されているCの顔が笑っているからだろうか。

 聞いていた話と違うと思いながらもロイドはアルクェイドを警戒する。

 

「一つ聞いていいか」

「いくらでも」

「今何を考えている?」

 

 アルクェイドは挑発するように笑みを浮かべるが、ロイドはトンファーを構えるのみ。

 

「さて、少々答えにくい問題だな。俺に対する問題であって俺だけの問題でもない。強いて言うならば神が憎い」

「その神は空の女神(エイドス)のことか!?」

「少し違う。貴様らが崇める神の事など知らぬ。が、やはりソレがその名前で呼ばれる前の神がいたならば、そうかも知れない」

 

 禅問答に似たような、恍けたような答えではあるが、アルクェイドは何も嘘を言っていない。

 

「いい加減くだらない問いは止めろ。そもそも貴様らが来る理由すらもあやふやだ。まだコレやリーシャの方が目的としては素晴らしい」

「……何故そこでリーシャの名前が出くるの?」

 

 ロイドやエリィにはリーシャの名前が今ここで出てくる意味が分からずに問う。

 その言葉にアルクェイドは呆気取られ、次の瞬間には盛大に笑い出す。

 

「クッ、貴様らは本当に何も知らぬのだな。敵も分からぬどころか味方が誰なのかさえ知らぬか」

 

 嘲笑を続けるアルクェイドの言葉を真に受けて、獲物を握る手に力が篭る。

 アルクェイドは持ち上げたままの死体を無造作に背後に投げ捨てる。

 ロイドたちはCとは特に接点はなかったがその扱いに怒りが込み上げる。

 

「何故怒る? あれはただの壊れた人間。しかも警察のお前たちにとっては許し難き犯罪者だ」

「それでも、虐げられて構わない人間などいない!」

「ほう、正論だな。ま、貴様らと問答する気は無い」

 

 アルクェイドは彼らに背を向けて玉座へと歩き出す。

 

「何処へ行く!?」

「何、しばし時間がある。遊びに付き合ってもらおうとな」

 

 彼は玉座に座ると片肘をつく。隙だらけのアルクェイドだが、自力が違いすぎることを理解しているロイドたちは彼に手を出せない。そもそもまだ出す意味もない。

 キーアの力が発動して彼を抑えこまなければ手を出しても返り討ちに合うだけだ。

 

「キーア、いつまで待てば良い」

「まだダメ。わたしたちだけで手を出しても意味が無いの」

 

 手が出せない歯痒さよりも先に、アルクェイドが動き出す。

 玉座の間に敷かれた赤いカーペットに列なって現れたのが骸の騎士。王を守護する騎士団。

 

「不落と謳われた王国の末路。彼国は盲目の王が居たという」

 

 アルクェイドは謳うように呪うように語り始めた。しかし、ソレを聞く余裕は彼らにはなかった。骸骨の騎士がロイドたちに襲いかかったからだ。

 

「目が見えない代わりに全てを見通す王にも自らの未来だけは見えなかった」

 

 しかし、アルクェイドは語ることを止めない。

 

「絶対の自信を持っていた王の油断。自らの城に攻め込む敵は最強の近衛兵が守っていた。まともに歩けさえしないのに絶大な強さを持った兵」

 

 ロイドたちが全て骸骨を倒すと甲冑を纏った一人の騎士が現れた。しかし、その足取りはとてつもなく遅い。足をひきずるように歩く騎士にロイドたちは立ち向かうが、騎士は強い。

 立つだけで精一杯なのは見て分かるのに、腕と剣だけで二人を圧倒する。

 

「だがしかし、所詮は人。城に迫る脅威に王は気付かなかった。城に仕掛けられた大量の爆弾に気付いたときは遅すぎた。足の遅い近衛の手が無くば歩けない王に逃げる方法は無く、近衛の脚は歩けない」

 

 突如、頭上で大きな音がして落下してくる巨石。足の遅い騎士は巨石に潰された。

 

「そして、死の間際に二人は自らの運命を呪った。其れ即ち神への呪い」

「あ…………あぁ……」

 

 戦っていた二人には見えてしまった。巨石が迫ってくる彼らの死に際の苦悶の表情に。

 

「他にも多くの神を呪う人物がいた。病に侵された研究者。石にされた少年。戦争で腕を失った男。駆け落ちしたが追っ手に殺された恋人たち」

 

 つらつらとアルクェイドは怨念の人物を語る。

 

「どうしよう、このままじゃ……」

 

 キーアはずっと待っていた。少ない時間の限界まで。しかし、それでも待ち人は来ない。

 今のままでもキーアはアルクェイドを拘束することが出来た。先ほど得た力で怨念を捕らえることが出来る。しかし、ソレはアルクェイドごと捕らえることになる。

 アルクェイドと怨念を切り外すには彼の内面を知るリーシャかレンが必要不可欠だった。だから待った。しかし、依然と来る気配はない。

 故に少女は覚悟を決めた。

 

「ロイド! エリィ!」

 

 キーアは大きな声で呼ぶと、アルクェイドに向かって力を開放した。その瞬間、周りにいた怨念達は消え去り、アルクェイドは座ったまま動きを止めた。

 自らの状態を知ったアルクェイドはそれでも不敵に笑う。

 

「エリィ! 最初から全力で行くぞ!」

「ええ、勿論よ!」

 

 ロイドとエリィは大技(Sクラフト)を最初から放つがアルクェイドは全く動じない。多少の切り傷や打撲の後は見受けられるが効いているようには見えない。

 それは彼がタフだとかそういう問題ではなく、枷が掛けられるのはロイド達も同じなのだ。

 アルクェイドが攻撃することは出来ない。動かずにいる彼を二人は尚も攻め立てる。それでも彼に致命的なダメージは与えられない。

 何もしないアルクェイドの威圧は何ら変わらない。むしろ強まっている。座したまま身動きせずとも見ているだけで二人は焦り始める。

 そして、時は来た。

 

『何をしておる』

 

 嗄れた不気味な声。腹の底に響くようなノイズを含んだアグニの声が空間に響き渡る。

 

『遊びが過ぎるぞ』

「未だ此の力に慣れていないのでね。少々戸惑っているのよ」

 

 不意に、アグニの声に応えるアルクェイドの声色が変わった。二重三重と幾つもの人数が混じり合ったような声質。精悍な男の声もすれば妖艶な女の声も、掠れたような老人の声に甲高い子供の声も聞こえる。

 

「まずい! 全部混ざりかけてる!」

「どういう事だ!?」

 

 キーアの声にロイドが顔だけ振り向いて問う。

 

「あの人の存在が溶けて混ざってなくなっちゃうの!」

「なッッ!?」

 

 それはつまり、アルクェイドの個としての死。ロイドはそれを瞬時に理解して止めようと飛びかかろうとする。

 身動き出来ずとも、敵から視線を逸らしたのがロイドの失敗だった。何時如何なる場合でも、敵から目を逸らしてはいけないのが戦士としての基本。ソレを怠ったならば、どうなるかは火を見るより明らか。

 

「ぐあああああぁぁぁ!」

 

 ロイドが振り向いた顔をアルクェイドに向けた時、彼の目に映ったのは目の前に迫る黒い大きな手。叩き潰そうとされた手に弾き飛ばれたロイド。

 エリィの咄嗟に放った銃弾によって狙いが逸らされて無ければ、ロイドは圧死していただろう。

 何をされたか分からなかったロイドは立ち上がってアルクェイドに視線を向ける。強く彼を睨むが、アルクェイドは何も変わらない。なんてことはない。アルクェイドはただ、右手を振り下ろしただけに過ぎないのだから。

 見るべきはアルクェイドでは無く、彼の背後にあった。彼の背後には何処かで見たような大きな影が存在していた。

 

「アレは……グノーシスを摂取した二人の……」

 

 二度見たことがあるロイドが気付いたのはその形がヨアヒム達が異形の怪物となったときの形と同じ。違うのはその全てが黒く塗りつぶされていることだ。

 人の怨念で形成されたソレは正に……。

 

「黒い鬼…………」

 

 キーアの拘束は決して効いていないわけではない。ソレ以上の力で打ち破られただけ。

 そして、悪鬼は立ち上がる。更なる絶望を振り撒く為に。

 

『呵呵、呵々呵々呵々』

 

 その様を見てアグニの笑い声が響く。

 なんとかキーアだけでも守ろうと二人は彼女の側に駆け寄る。しかし、その時を狙って悪鬼は今度は拳を振り下ろす。

 先程とはまるで威力が違い、生半可な威力では逸らすことすら出来ない。

 それでも、エリィは銃弾を撃つのを止めない。無駄と分かっても必死に撃ちまくる。

 

「止まって! 止まって! 止まれえええええ!!」

 

 必死な叫びさえもアグニの笑い声に掻き消される。これで邪魔者は消えるとアグニの歓喜の笑いに。

 エリィは片手でキーアを強く抱きしめて、ロイドはせめて盾になろうとトンファーを交差させて前に出る。二人とも理解していた。圧倒的な差の前ではこんな事は無意味だと。だから目を瞑ってしまった。

 

「最後まで絶対的な自信は持つものだ。目で殺さすつもりの覚悟を携えてな」

「例え惨めな死体に成り下がっても魂だけは誇りを抱えてね」

「最後まで希望を捨てなければ何かを起こるかもしれませんよ」

「こんな風に、ね!」

 

 三人の背後から声が聞こえると共に、大きな音を立てて飛ぶ無数の銃弾。鎖に雁字搦めにされた悪鬼を一刀両断せんと三枚おろしにする2つの魔剣。崩れ落ちることすら許されぬと大鎌とチェーンソーで細切れにされていく。

 大きな音を立てて落ちていく悪鬼。アグニの声はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 目を開くとそこには四人の後ろ姿があった。

 

『なんじゃ……なんじゃ貴様らはああああああああ!?』

 

 予想外の闖入者の仕業にアグニは今まで聞いたことがないような叫び声を上げる。

 しかし、その声に誰も応える気はない。言うまでも無いが理解していたからだ。今言うべきはたった一つの事。

 魔剣を携えて、死の世界より舞い戻った死人が言う。

 

「返して貰うぞ、数少ない大事な友人を!」




なんでコイツに言わせたのか……まぁ、問題ないよね。

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