カツカツと赤いカーペットの上を三人を引き連れたまま、アーは歩き続けていた。
背後からの質問に一切応えず黙したまま歩き、不審な目で見られようと特に気にした様子もない。
「なぁ、いい加減みんなが何処に行ったか教えてくれないか?」
その質問は一体何度目だっただろうか。何度聞かれてもアーは反応しない。他に何を聞いても同じ。黙したまま尚も歩く。
みんなを探し回ろうと思っても、此処迄一本道で何処かに行き様も無く、突然消えたのだから何かしらの要素が発生したと思われるが、アーは歩き続けるのみ。
歩き続けた先に普通サイズの扉が廊下の片隅に存在していた。その前に立つと、アーは振り返った。
「これから、ある光景を見て頂くことに成りますが、その勇気は御座いますか?」
アーは碧い目でキーアを見ていた。同じ高さの目線をしっかりと頷いて応える。
彼女の覚悟を認めたか独りでに扉は開いた。
先んじてアーが入り、キーアがソレに続いていく。
その中は以前リーシャが見たようなカプセル群があり、その中にはホムンクルスが一人ずつ入っていた。
「これは………」
「我らの同志にて同一存在、ホムンクルスです」
その全てがアーと同じ容姿をしていた。男はアーに、女はキーアに良く似ていた。
「これが全て……」
その数はキーアでさえも目を剥く程の驚きだった。
不意に彼らの耳に奇妙な音が聞こえた。
水音が抜かれるような音と、肉を潰したような不快な音。
そちらに視線を向けると、男のホムンクルスがカプセルの中で潰れていた。
「なにこれ……」
「酷いな……」
無理矢理体が重い物に潰されたような残骸を見て、三人とも顔を顰めた。
「ふむ、耐え切れなくなりましたか」
アーは潰れたホムンクルスの元へと歩いて行く。
「ここに並んだホムンクルスの全てが、それぞれ人を内包しております。拒絶か耐久か、いずれかによって肉体が滅ぶのです」
肉体かそれとも中身の人間を見ているのか分からないが、アーは潰れた肉体を侮蔑の目で見ていた。しかし、その目は背後の三人は見えない。
アーはカプセルの横に付いているスイッチを押すと新たなホムンクルスと中身が入れ替わった。
「これらにそういったモノは不要ですよ」
振り返ったアーは三人の表情を見てそんな事を言った。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですが?」
人の生き死に対しての言葉と思えず、ロイドは強い口調で問い詰めるような言い方をするが、アーは全く意に介さない。
本当に理解出来ないとアーは言っていた。
「これらは全て作り物。ましてや中身は本来の肉体など既に存在せず、意識すらありません。あるのはただ、この世の全てを、神を憎む感情のみ。過去の愚者の残りカスですよ。もっとも、主はソレを必要としておりますが……」
鼻で笑うような言い方。心底アーはこの場のホムンクルスはどうでもいいと思っていた。
ホムンクルスの中に詰められたモノはそういった人間の恨み節。人の感情はそれだけでエネルギーとして扱えるという。
呪術というものは主にそういった悪感情を利用する。それは全世界何処でも共通する。呪いとして。
「他者に干渉出来るのであれば、世界に干渉出来るのも道理。その違いは強弱のみ。故に主は集めたのです。動乱の世に蔓延る負の感情を」
要はこの場は人の悪意の保管庫なのだ。カプセルという試験管の中に容れられたホルマリン漬けの様な保管方法。
良くも悪くも人の形でしか感情を含む心を入れられなかったのだから、なんとも皮肉なことだろう。決して人とは言えないような状態であっても心は人の形を求めるのだから。
「呪術と舞術、そして秘宝としての能力で主は神を殺す」
「それは空の女神を殺すというのか!?」
空の女神。七耀教会が広めたこの世界の唯一神。この世界に生きるものにとって、神という存在は空の女神しかいない。
今までの憤りもあって、ロイドはアーの胸ぐらを掴みあげる。
「……放して頂けますか?」
「答えろ!」
ロイドの行動に対してもアーは特に動じていない。
ロイドの背後のエリィも似たような憤りを持っているのを察して短く息を吐く。
「さぁ? 主にとっての神が空の女神かどうかは私は知りません。そもそも我らが生きていた時代には空の女神なんてモノは存在しておりませんでしたよ」
500年の動乱の時代には幾多の神が存在した。その中の何処かの場所で崇拝されていた可能性は無くも無いが、アーは知らないと言う。
むしろアーからすれば、この現状の方が恐ろしい。一体どうすれば、全世界で唯一神が空の女神になるのか分からない。そんな異常を違和感なく過ごしている住民がほぼ全部という現実が。
D∴G教団よりも七耀教会の力の方が底知れぬ怖さを感じていた。
「そろそろ本題に入りましょう。時間の猶予はそれほどありませんし……」
胸ぐらを掴んでいたロイドの手を叩き落して服の乱れを戻しながら、アーは溜め息をついた。
そして、碧の目でキーアを見据える。
「現状、唯一の現人神になって頂きます」
カプセル群が列をなして移動し、アーの背後に風呂桶の様なモノが現れた。
その中には碧の液体。先程まで並んでいたカプセルの中身と同じような色をしていた。こちらの方がやや鮮やかな色をしている。
「主の目が逸れている間にさっさと入って頂きましょう」
「ソレは何だ?」
「我々ホムンクルスの主要構成物質です。全てのホムンクルスはこれから出来ていると言っても過言ではありません」
コレに入ればキーアは再びは因果を操る力を得るとアーは言う。神の如き力故に、現人神と。もっとも、ソレによる代償は当然存在する。
「何時如何なる場合でも、その力が発動する危険性はあります。以前の様に」
キーアは覚えている。何度もその力を使ったことで起きた悲劇も、それによる罪悪感も。
「ちょ、ちょっと待って! 何でまたそんなモノが必要なの?」
キーアの悲痛な顔を見たからか、エリィが彼女を庇うように前に出る。
「我らが王とまともにやり合おうと思われるなら必要です。唯でさえ戦力的に対等な人物がいないというのに、無謀どころの話ではございません」
事実として、ロイドたちがアルクェイドに敵う相手ではない。足止めすら叶わぬ戦力差がある。
それを理解しているからロイドたちも強く言い返すことが出来ない。
「貴方達に出来るのは一つだけ。キーア様の力で空間に閉じ込めて叩く。これだけです」
「空間に閉じ込める?」
「ええ、正確には因果の力で相手からの干渉を防ぐ、というやり方です。詳細を省きますが、此の力は一定の行動や結果で過程を問わず達成させる力です」
「どういう意味だ?」
「既に聴きませんでしたか? ですから、している事はおまじないですよ。大事なのは結果、過程は後から付いてくる。一番分かりやすいのは雨乞いでしょうか。祈ったから雨が降るのでは無く、祈り終わったから雨が降り終わった」
「それの何処が違うんだ?」
「自分を騙す、他人を騙す、場所を騙す、世界を騙す。一種のプラシーボ効果、と言ってしまうには過ぎた力ではありますが……世界が雨が降ったと思えば降ったのですよ。事実に関係なく、ね」
「だから、土地は潤い作物は育つ。たとえ日照りが長く続いたとしても」
「その通り」
意味を理解したキーアにアーが満足気に頷く。
「そんな馬鹿な事が……」
意味が理解できずにロイドは呆然とするが、アーがそんな彼に呆れたように言う。
「馬鹿げた事象のど真ん中にいる貴方が何を言っているのですか」
体験はしていても記憶は無く、ツァオからもそこまで詳細に聞いていた訳ではない彼らの態度は致し方無いだろう。しかし、それを考慮してもアーには呆れしか無かった。
「だから、世界を騙して無力に仕立て上げるのです。偉大なる我等が王を無力な奴隷に」
「…………」
盛った言い回しに何処かおかしさを感じながらも彼らは言う通りにするしか方法はない。
「時間は無いのですよ。さぁ、決めてください。入るか否か」
大仰に手を広げて培養液の入った箱の前に立つ。不安の煽る様な言葉は一種の宗教家染ていた。
それも当然。アーもまた空の女神ともD∴G教団とも違う思想に生きている。
だからこそ、奇怪で奇妙不気味な怖さをロイドたちは感じていた。彼らが会った宗教家は精神崩壊を侵していたようなヨアヒムのみ。それではそのような耐性など皆無に近い。
たとえ、自分達が同じ様な狂信者だったとしても……。
「……入る」
「え!?」
「わたしは入る」
キーアは力強く発言した。小さな体に大きな意志。たとえ見た目と中身が一致しなくとも、少女は大きく前に進んだ。
アーの横を通り、そのまま培養液に浸る。
「もう少し悩むかと思いましたが、決断が早かったですね」
「そんな時間なんて無いでしょ? だったら、早く入るだけ……うっ」
「キーア!?」
突如顔を歪ましたキーアに慌てて駆け寄る二人。液体に触ることは無かったが、ガラス張りの箱にぶつからん勢いだった。
「人の話は最後まで聞いたほうがいいですよ? もっとも、私は人ではありませんが」
自らの言い回しが琴線に触れたのか笑いを耐えながらアーは顔を逸らしながら言う。
そんな彼に再びロイドが胸ぐらを掴む。
「キーアは一体どうしたんだ!?」
「手荒い真似をしなくとも答えますよ」
先程と同じようにアーは手を払う。
「我らの怨念ですよ。先程も言った負の感情……戦禍、貧困、飢餓、それらは勿論の事、些細な事象の全て。少しでも自らの不運を嘆き神に恨み節を吐いた全ての魂。それがこの培養液に凝縮されているのですよ。当然、入ればそれを間近に感じるでしょうね」
「そんな……」
尚も苦しみの表情をして耐えているキーアに悲痛な視線を向ける二人。そんな二人を見てアーはやはり呆れていた。
「少しは信じたらどうですか? キーア様がどういうお考えで入られたか、今尚入り続けているのかを」
「だが! ……そうだな、そうだよな」
苦しむ少女を見ていながらも何も出来ない歯痒さに、ロイドは強く拳を握る。爪で皮膚を破り、血を滲ませながら震える拳。
エリィがその拳を上から優しく包む。ロイドがその手を辿るようにエリィの顔に視線を向けると彼女は微笑んでいた。
決して楽観視しているわけでも無く、ただただ信じていると言わんばかりの顔。母親のような柔らかさを感じてロイドは拳をゆっくりと開く。
ロイドはキーアに向き直り、その手は放さずにエリィの手を握り返した。
その背後に居たアーはゆっくりと彼らに背を向けて歩き出した。
やや頭を垂れて表情は伺えないが、僅かに口元が歪んでいるのが見えた。されど、誰かがその様を見たら
「さて、コレで条件は整った。後はあの糞爺だけだな……」
アーは最初に入ってきた扉とはまた別の扉の前に立つと、三人の方に振り返った。
彼らの様子に満足気に鼻で笑うと髪を掻き上げる。掻き上げた所から髪の色が段々と変わっていく。目と同じ碧から空のような蒼さへと。
「アグニよ、お前はまだ気付いていない。いや、気付いていながらも都合が良いから放置か? どちらにせよ、コレは賭け」
薄く目を見据え、色も碧から深い海のような青へ。ちょうど、アルクェイドが小さくなったような姿になったアー。
「上を見過ぎたら足元を救われるのが常だ。キーアよ、お前の輝き次第だ。今度は上手くやれよ」
アーはそのまま扉を開いて入っていった。独りで閉まる扉の音を最後にアーはいなくなった。それに気付いた者はいない。
* * *
「これは…………」
渦中の人物であるアグニは、現在ゆっくりと歩いていた。目的は一番厄介であろうという人物の対処。
それは、何度未来視しようと必ず彼女と相対したからだ。
彼女が囚われた位相はアグニにとっても最重要の場所であった。そこに存在するモノに彼女は興味を奪われ、調べる事に躍起になっていた。
「これじゃ……倒せない!」
「誰をかね?」
「ッ!?」
突如、背後から嗄れた声が聞こえて瞬時に振り返ると、自らの髭を撫でているアグニがいた。
「誰を、倒せないと? 教えてくれんかねティオ・プラトー君」
相対するとよく分かる。人を人だと見ていない視線に、そこに籠められた怨嗟の重さ。正確には神を信じる者を憎む視線。
「あなたのことですよ、アグニ」
アグニは納得したように何度も頷き、満足気に呵呵と笑う。
「やはり最初に辿り着くのはお主だったか。いや、お主しかいなかったというべきじゃな。ドールはKに固執、オリジナルは余裕が無い。知識がない輩に関しては教えても無駄じゃしな」
ティオにとっても、その言葉が誰を指しているのか理解できた。出来たからこそ、オーバルスタッフを取り出してアグニを強く睨む。
だが、それも全て知っているアグニにとって焦ることはなく笑ったまま。
「エイオンシステム……だったか? あれには実に興味が惹かれたのう。無理やり引き上げられた感応能力を更に機械で引き出すとは……」
「だったら何ですか……文句でもあるのですか!」
「いやなに、実に愚かしいと思っただけじゃ」
明らかな挑発。だが、ティオは奥歯を強く噛み締めてスタッフを振ると、その先から雹の礫が現れてアグニに襲いかかる。
だが、ソレらが当たってもアグニは何も変わらない。
「ほう、アーツを詠唱なしで放つとは……如何に最低位とは言え、恐ろしいものじゃな」
コレも同じとアグニは満足気に笑う。未来視した通りだと歓喜する。
ティオの方もやはりと言った感じで驚いた様子はない。ただ、悔しそうに歯軋りするだけだった。
無駄だとは思っても、実際に検証せねばならなかったが故に、無駄だと知ったのは実に大きい。
「なるほど……どうやら本当に効いてない様ですね」
「流石は流石、感応能力が高いと暗号を解くのも早いものなのかのう?」
「だからC、死神の狂化を弱めてキーアを襲わせたのですね。自分を唯一殺せる死神を消すために!」
「やはり、頭がよいな」
攻撃で得た情報と知り得た情報。そしてCの状態も含めて展開していく能力の速さにアグニは舌を巻く。アグニとしても、知っていたが実際に目の当たりにすると実に興味が惹かれた。
そこで脅威とならぬのは、やはり研究者としての性なのだろう。しかし、それよりも興味惹かれるのがあった。
「その無詠唱でのアーツ発現。その詳細が知りたいもんじゃな」
「答えると思っているのですか」
「いや全く」
コレばかりは未来視でも知り得ていない。実際、未来視と言えども会話の事細かに知りようが無い。既に人の身でないが、そのキャパシティには限界が有り、その為にも無駄な情報は自動で削られる。神の如き力を操るにはそれなりにリスクがともなく為だ。だから、アグニは知らない。
だが、アグニは自信を持っている。同じ研究者としての自信を。
「だが、お主は語りたいはずじゃ。同じ研究者として。他者に理解を得て欲しいと」
「馬鹿げたことを」
「自身の高揚の為か、上として見られたいか、認められたいか、理由はいくらでもある。事実、それが研究者というもの。否、生き物と言うものだ」
自然界でも人間界でも、全ての種に通ずる事が他者との関係を全て断つことが出来ないということだ。故に上下関係が嫌でも存在しする。
「だから、教えてはくれんかね?」
ティオが応えるという絶対的な自信を持って迫るアグニ。あまりの迫力にティオは後退る。
「教えるわけ無いでしょう!」
ティオの背後に控えていたリンドヴルムがティオを飛び越えてアグニに襲いかかる。しかし、アグニは機獣を片腕で振り払う。盛大に噛まれたはずの腕に傷は無く、かなりの重さがあるにも関わらず片腕で振り払う膂力。
姿勢の良さも相まって、本当に何故老人の見た目なのかと疑いたくもなる。
やはりコレも同じ、とアグニは思うが落胆はない。少しばかり残念なだけだ。
「時間かね……」
不意にアグニはティオを威圧するのを止めた。
アグニの腹から突き出た何かがティオの鼻先まで届いている。リンドヴルムと同時に背後から襲いかかる何かがいたのだ。
如何に知っていても、アグニに戦闘能力は無い。せいぜい先程のようなリンドヴルムを力任せに殴り飛ばせるくらいだ。それもティオを飛び越えての動作を含めていたからこそ出来た事。
ティオのアーツすら効かないから避けなかったではなく、避けられないから効かないとバレたのだ。
故に、一流の技は避けられない。ましてや、それが極みに到達しているなら尚更。
「コレも同じ。やはりこのタイミングか……だが、無駄じゃ無駄じゃ、呵呵呵呵」
アグニはゆっくりと背後を振り向こうとするが、それも出来ずに液体になって溶けてしまった。
「……え?」
突如、液体になって消えたアグニにティオは驚きの声を上げる。
『ワシは死なぬ。彼奴を滅するまでは死ねぬのだ』
辺りに呵呵とアグニの笑い声と唸るような声が響く。
アグニを貫いた者は舌打ちをしながら刃振るう。周辺の機器にアグニを構成していた液体がかかる。大きなナイフを振りまして仕舞うと、ティオに歩み寄る。
「貴方は……」
「やれやれ、せっかく受け取った物を有効活用できるまでは至りませんでしたか」
先程までひっくり返っていたリンドヴルムに視線を向けてながら溜め息をつくアー。
「突然消えたと思ったら、凄い登場の仕方ですね」
「お褒め頂き有難う御座います」
「微塵も褒めてません」
ティオの皮肉をさらりと流すアー。彼女は先程の行動も含めて何なんだと問いたくて仕方が無いと言った顔をしていた。
しかし、それを分かっていながらもアーはそこに触れる気は無い。
「これで少々時間は稼げますが、急いだほうが良さそうですね」
「今度は一体何ですか?」
「アグニ達を解放するために構築して頂きたいものがあります」
アーの背後にリンドヴルムとアーがやってきた方向から歩いてきた小さな機械人形が並ぶ。それはレンの連れていたマグダレーネだった。
「この2つとエイオンシステム、そして王が築いたリングを通して彼奴のシステムを崩壊させます」
「怨嗟をエネルギーとして構築したシステムですか」
「十分に調べられているようで、話が早いですね」
ティオがこの場に来た時からずっと調べていたのはアグニの創造したシステムだった。如何に神の如き力が使えても、ソレを使うにはエネルギーが存在する。それが彼の集めた怨嗟で有り、それをエネルギーにするシステムがある。
「既にクロスベルに錬金術で作られているので、それを破壊していただきます」
「この場にある機械を壊すのでは駄目なのですか」
「駄目ですね。既に作られた物の生産工場を壊しても意味がありません。新たに作られないだけです。タンクが破壊できるのなら良いのですが…………」
既に相当な期間も稼動し続けていたので、エネルギーは既に十分。故に、この場を破壊しても意味はない。そして、タンクに至っては破壊不可能。
「アグニがタンクだから不可能」
「そういう事です」
ティオが調べた情報にもアグニの事が書かれていた。というよりは、アグニの研究日誌だったのだ。事細かに書かれた内容にはアグニの記録も有り、知れば知るほど対処の仕様がなかった。
ホムンクルスはキーアを別にして大体が器でしか無い。無論、中身も作られているが動くことはない。要するに、死体のようなものだ。では違いは何か、ソレは怨嗟。人の怨嗟だけあって人間の形を成していなければ動けず、意志も宿らない。
血も流れているし、心臓も動く、温かさもある。だが、ホムンクルスを動かしているのは怨嗟を元としたエネルギー。故に死なない。
つまり、クロスベルにいる限り、アグニは死ねないのだ。エネルギーが尽きるまでは。
「アグニの根本的な意志を容器に入れたまま連れ出すのも手ですが、現実的ではありません」
今クロスベルは戦争状態の様なものだ。地上では身動きすら出来ない。
だからアグニは今日を決戦と選んだ。
「ですから、アグニのエネルギーを破壊、暴発、無効、何でも良いですが利用できなくして頂きたいのです」
その為の材料は揃っていると、アーはコレラを使うと背後の二体を差し出す様に言う。
「……分かりました。エネルギーが使えなければ良いのですね」
「左様です。エネルギーすら無ければ、アグニは活動できなくなり死に至るでしょう」
ティオは先程まで調べるのに使っていた端末に向き直り、システムを構築するために行動し始めた。
アーはティオの背を見詰めていた。
そんな彼にリンドヴルムが鼻を摺り寄せてくるが、アーは無表情のまま頭を撫でるようにして抑える。
そして、何も発せぬまま、試行錯誤しながら解決策を探るティオを見る。彼女と同じような背丈だからこそ、真剣な顔がよく見えた。
不意にアーの姿が透き通り始めた。まるで別れを惜しむ様に長い間彼女を見続けていた彼は、口角を少し上げて消え去った。
これで力関係の謎は全部伝えられたはずです。
残り数話と思うと感慨深いですねぇ。