一刀両断。その言葉はこの為にあるのでは無いかと思うほどに、真一文字に振り下ろされた魔剣は空間を切った。
レオンハルトの一刀はそれほどまでに凄まじかった。振り下ろしたにも関わらず、地面にぶつかった音はせず、ピタリと宙に止まっていた。それだけ彼の膂力が凄いと言う事に他ならない。
「良く避けたな」
レオンハルトは短く息を吐くと魔剣をゆっくり持ち上げる。
「全員が避けるとは思わなかったぞ」
非戦闘員のキーアも含めて、全員が先ほどいた場所から大きく退避していた。
キーアという荷物を抱えたロイドを囲む様に立つレン以外の全員が獲物を取り出した。
「露払いのつもりだったが、どうやら必要なかったようだな」
「当然でしょ。アルが見込んだ彼らよ?」
「それもそうだが、一応コレが役目なのでな」
「本当にレンの知ってるレーヴェのままなのね」
言葉少なく、何処か嬉しそうに、けれども諦観を感じさせて笑うレオンハルト。
彼がその愛称を嫌っているのを知っていながらも使うレン。何度言ってもレオンハルトの知り合いほぼ全員が使うのだから災難としか言いようがない。それに関しては彼自身が諦めるしかなかったのだから、彼の顔に哀愁が少し漂うのも仕方ないだろう。
「それで、レーヴェの相手は誰がするのかしら? レン?」
「いや、その必要はない」
大鎌を取り出したレンに向けて首を振るレオンハルト。
いつの間にか先ほど振るった魔剣は消えていた。
「俺が問うのはレン、お前の心の奥底だ」
レオンハルトはレンの目を見据える。彼の目は淡く碧の光を放っていた。
「俺はクロスベルでのお前の行動を知っている。故に誤魔化しは効かない」
アーが言っていたように、試練は矜持を問う。即ちコレはレンの矜持を問う試練。
レオンハルトの一刀は彼の趣向であり、特に意味はない。最も、彼の一刀に両断されていたのならそこ迄だったという話だが。
「一体何時からかしら?」
「いつとはどういう意味だ?」
「何時の間にレンは、このまやかしに囚われたの?」
レンがそう言うとレオンハルトは薄く笑う。彼女が鋭い目でレオンハルトを睨む。
レンは周りにいるはずのメンバーが誰も声を出していないことに気が付いていた。その上でのレオンハルトの目の光。その違和感を持っていても……否、持っているからこそ目の前のレオンハルトが気になっていた。
「全てが虚構。でも、その中でレンとレーヴェだけが本物だという確信が持てるの。どういう事かしら?」
「フッ……フッハハハハ。流石だな。何時からと言うなら、この部屋に入った時からだ。しかし、お前たち全員がこの部屋にいる」
レオンハルトが笑った時に、見えていた他のメンバーの姿は消えている。それでも、レオンハルトはこの場にいるという。
「それぞれの試練を受けているということかしら?」
「半分だけ正解だな。試練か排除か、はたまた素通りか、それは俺にも分からん。少なくとも、3人は素通りの様だが」
7人の内、3人は素通り。故に半分。
「それと、これは虚構ではない。間違いなく真実だ」
虚構だったのはレオンハルトの攻撃に避けたその姿のみ。レンにはこの場にいる者が全員見えているわけではない。故に、それも半分。
「これからもう1つの真実を見てもらおう。それを受け入れろ」
レンの目の前からレオンハルトが消え、室内も黒く塗り潰されていく。反射的に彼女はレオンハルトに手を伸ばすが、その手が届く前に彼は消え去った。
次の瞬間、レンはクロスベル街道にいた。
「え……?」
突然の事にレンは呆気に取られた。辺りを見渡していたレンの周りが不意に暗くなる。上を見上げれば黒い大きな何かが落ちてきていた。
その速度は速く、レンが気付いたときにはもう手遅れだった。
避けることは出来ない。それでもレンはそれから目を逸らさない。諦めではなく、何とかしようとする意志が彼女をそうさせた。
ソレを眼力だけで壊さんと言わんばかりに最後まで睨んでいた。
そんな意志は無力であるとソレはレンの居た場所に激突した。
ソレは拳だった。大きな機械の拳。パテル=マテルに匹敵するサイズの巨大人形兵器の拳だった。
同じゴルディアス級の人形兵器はゆっくりと振り下ろした拳を上げる。しかし、そこには何もなかった。
「レン、大丈夫!?」
レンの窮地を救ったのはエステルだった。暴れる人形を避けながらレンを抱えたまま縦横に動くエステル。
しばし訳が分からず呆気に取られるが、思い出したようにエステルからレンは離れて、パテル=マテルと一緒に敵に向かっていく。
しかし、敵は恐ろしく固い。同じゴルディアスとは言え、旧型が新型に勝てる道理は無い。全てが劣るパテル=マテルでは、足止め程度が精一杯だった。
足止めしている間にエステル、ヨシュア、レンと三人が攻撃を与えるが、パテル=マテルの力でさえダメージを与えられないのに、如何に優秀な人間ではカスリ傷を与える程度にしかならない。
それでも彼らは諦めない。他の場所で戦っている仲間の為に諦めるわけにいかない。
だが、いずれ限界は訪れる。勝機の見えない戦いは彼らの精神をどんどん摩耗していく。
「どうしよう、このままじゃ……」
磨り減っていく精神は段々と弱気になっていく。勝機も打開策も見えない未来はどうしようもない考えに行き着いてしまう。
この場に彼がいてくれれば……と、レンは思うがそれは一体誰の事が分からなかった。
不意に、レンの持っていたエニグマが反応した。それに一瞬気を取られてしまったからパテル=マテルの行動に気付かなかった。
パテル=マテルは敵のゴルディアスを持ち上げてどんどん上昇していく。
「待ちなさい! パテル=マテル!!」
レンが声を荒げるがパテル=マテルには最早届かない。
ゴルディアスは暴れるが巧く関節を狙ったパテル=マテルの拘束に嵌って動けない。それでも、暴れてパテル=マテルに攻撃を与えるが、決して離さない。
元々の性能の差か、それでもパテル=マテルの頭部は叩かれる度に歪な形になっていく。
「誰よ!? こんな忙しい時に!」
鳴り続けるにエニグマを嫌気を差しながらも取り出して見ると、レンには見覚えの無い形をしたエニグマだった。
それでも不思議と操作方法が体が知っているようで、着信画面を出すとパテル=マテルが映っていた。
「パテル=マテル……?」
そこにはたった一単語だけ書かれていた。さようなら、と。
レンがそれを読み上げると同時に上空で強烈な爆発が起こった。
「そんな…………」
さっきの文字が誰の言葉がすぐに分かった。
黒い煙を発しながら、爆発で焦げ残った部品が少しずつ落ちてくる。
蛇の兵器には、特に人形兵器には情報漏洩を防ぐための自爆装置が備えられている。それは、普通に考えれば当然の処置であった。
それを自ら起動させたパテル=マテル。自身を破壊するために存在する装置は当然耐えられるものではない。そして、ソレは相手も同じだった。
パテル=マテルの自爆はパテル=マテルを破壊する爆発で、流石にソレには耐えられず、ゴルディアスにも致命的なダメージを与えた。
辛うじて形は残っているが、まともに起動は出来ないだろう。
爆風で吹き飛ばされて崖に埋もれる形で残骸が墓標の様に積み上がる。
「あ…………」
呆然とするレンの前に一つの部品が転がってきた。動くものを自然に目を追ってしまったレンはソレが何か解ってしまった。
その部品は歪んでしまっていたが、いつも一緒にいたレンにはすぐに分かった。
膝が折れて震える手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。
レンが持ち上げられるほどに小さくなってしまったパテル=マテルの頭部を涙ながらに抱えた。
「あああああああああああああああああああああああ!?」
悲痛なレンの叫び。
「やはりダメか……」
不意に全ての景色が真っ黒に染め上げられた。地も天も全てが黒く、色を放つのはレンとレオンハルトのみ。
今の彼女ならば、と期待していただけにレオンハルトは残念そうにしていた。
* * *
一太刀、二太刀と大剣とチェーンソーが火花を散らして金属音を奏でていた。甲高い耳障りな音に顔を顰めそうな程酷いが、両者にそんな余裕は無い。
方や笑顔、方や仮面。対照的な二人に言葉は要らず、狭い空間を壁や天井を蹴って飛び交う。
プラネタリウムの様に夜空を思うような壁天井の綺麗さよりも、火花を散らす二人の熾烈さに観る者は目を奪われることだろう。
「ねぇ、ウォーミングアップは終わった?」
今まで言葉がなかった戦いにシャーリィが先に口を開いた。本気で来いと不満気に。
「ちゃんと分かってんだからさぁ。さっさと不要な気功を解きなよ」
シャーリィは銀の中の人物のことを当然知っている。彼女が銀に成っている時は気功によって体型を変えていることも。
そんな状態では本気になれる訳がなく、だからこそシャーリィは本気でやろうと言っている。
「少々予想外の展開だったのでね。少しばかり戻る時を見誤っただけだ」
リーシャとしても、本気を出したいわけだが気付いたら始まっていたシャーリィとの殺し合いに、何時気功を解くか考えていた。
仰々しい衣装と仮面を取り、いつかに見せた彼女だけの衣装。東方に見られる意匠が基調になっている姿に、シャーリィも敵ながら興味深く見ていた。
持っていた大剣を床に突き立て、胸元から歪な銀翼を取り出して首にかける。
「へぇ、それがあいつからのプレゼントなんだ」
「私と彼の絆に触らないで頂けますか」
からかうような笑みを見せたシャーリィを一蹴するリーシャ。
「言うじゃん!」
そんな言葉すらもシャーリィにとってはどうでも良かった。だが、更なる力を出してくれるのでは無いかと考えて口にした。それだけの意味でしか無い。
そんな事はリーシャにも分かっていた。それでも、胸の内に秘めた想いは何よりも触れられたくはなかったのだ。彼以外には。
それから彼女たちに言葉は無かった。吠える間も余裕も無く、ただただ火花だけを散らして縦横に駆ける。
リーシャの符による爆発、シャーリィの銃撃が幾度発生しようが、この場に何も起こらない。
足場に罅すら入らず、オブジェクトも存在しない。単純な場所故に、勝利の天秤はどちらにも傾かない。
いつ終わるとも知れない無言の殺し合い。どちらも引けず、どちらかが死なねば終わらぬ殺し合い。
障害の先にいる彼を求めて障害を排除するリーシャ。殺し合うことで何かを得ることを確信しているシャーリィ。
互いに理由は違えど、両者の心は一致していた。邪魔だと。
故に言葉は要らず、無言の殺し合い。傍から見れば一種の狂気に似た何かを感じるだろう。
そんな殺し合いを見ていた者がいた。
漆黒の城の最奥。玉座に座る男が片肘をついて見ていた。
暗い部屋に光源はいつかの映像のみ。その一つがリーシャとシャーリィの殺し合い。
順繰りに回っていく映像は次の光景を見せた。
廊下を歩いて行く三人。ロイド、エリィ、キーアの三人。アーに率いられながら歩いていた。
男はその光景を見ると左手をゆっくりと掲げ、握り潰した。すると、その映像だけが消えた。男にとってソレはどうやら興味がないようだった。
そして、次の映像が拡大される時だった。
玉座の間の巨大な門がゆっくりと開き始めていた。
人ひとり分だけ開いたところにはルバーチェのガルシアがいた。
「………………」
死神に一矢報いたいと言っていた彼が無言で立っていた。
「最初はやはりお前か」
男は立ち上がると少し前に出た。
ガルシアはその場から動かずに立っていた。
「さっさと来い」
左手でガルシアに来いとジェスチャーするとガルシアはゆっくりと男の方に倒れた。ガルシアの背中には大きな穴が空いていた。
「お待たせしました」
何時に無い丁寧な口調のCが門の入り口に立っていた。
ようやく、Cは目的の人物と相対した。
「さぁ、アルクェイドさん。僕を殺してください」
今此処に、アルクェイドによるCの惨殺が始まった。