刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第22話 運命仕掛けの虚城

「おや、みなさんお揃いで」

 

 化物の言っていた二カ国のクロスベル侵攻がある予定三日前、黒月のツァオ・リーは支援課のビルを訪れていた。

 いつもの様に目を細めた笑みを浮かべながらやって来た彼は、実に穏やかだった。

 

「夜分に失礼しました。ですが、特務支援課のみなさんにお伝えすることがありまして、わざわざ足を運ばせていただきました」

 

 出されたお茶を一口飲んでからツァオは話を始めた。

 

「我々の仕入れた情報に拠ると、明日の日の出と共に両国の侵攻が開始するようです」

 

 期日よりもやや早いが、ついに来たかと一同は息を飲む。

 信頼に足る面々には既に大体の事情は伝えてある。後は支援課がアグニを止めに行くだけである。

 

「時が来たということで、貴方達に我々の情報の全てを伝えに私自身が赴きました」

「……それは、黒月とアグニの接点、関係性と言う事で間違いないですか?」

 

 ロイドの指摘にやんわりとツァオは頷く。

 

「ま、全てと言いましたが、事の成り始めに関してしか話せませんが……」

 

 組織としての内容は話せないと前置きしてツァオは口を開いた。

 事の起こりはD∴G教団が生まれてから100年ほど経っての事だった。教団から秘密裏に抜けたアグニは東方に身を寄せた。

 その頃には七耀教会は誕生したばかりで、大陸の宗教を纏め上げられていなかったのだろう。アグニは東方の龍脈信仰を耳にし、それを求めた。けれど、アグニは若干の失望を禁じ得なかった。

 そこにあったのは原始的な人身御供であり、御業に至ってはただのお呪いに過ぎなかったと。しかし、それは早計だったと改めた。

 確かに、陳腐な御業に過ぎなかったが、だからこそアグニはその御業に取り憑かれたのだ。

 お呪いはお呪いに過ぎないが、それでも予想を裏切るような効果があった。それらのお呪いの中で一段と彼の関心を得たのが舞術であった。

 彼にとってそれは実におかしかった。原因など全く分かりもしないのに、巫女なる者が舞えば雨が降る。雲など山を超えても無かったのに、何処からか現れる。それに似た超常現象が、舞によって幾度と起こった。

 そこにアグニは神の力の片鱗を感じ取ったのだ。

 お呪いとは即ち、一定の行動を取ることによって、因果を強制する事に他ならない。

 決して、大きな力が発生するわけではないが、そうとしか断ずる事が出来なかったのも確かだった。

 アグニは気付いたのだ。クロイス家の悲願の力と同じ因果律を強制的に変えるのだと。

 

「そこから彼の行動は早かった。舞術の力を調べ、それらを裏で使う組織に接触し、研究し続けた」

「その組織って言うのが……」

「ええ、我々黒月等東方に存在する裏組織の元です。だから、我々黒月は多大な犠牲を払ってでもこのクロスベルに進出してきたのですから」

「何故アグニの協力組織が止めようとしている?」

 

 彼らの指摘は至って当然だった。その問にツァオは不敵な笑みを浮かべる。

 

「私の上の長老方は協力的ですが、私にとっては邪魔でしか無いのですよ。私にとってはゲームなのですよ。所謂陣取りゲーム。互いの駒と金、知能を使って優位に場を奪い合うゲーム。そんな楽しいゲームを台ごと引っくり返されるのは面白く無いでしょう。そもそもルール違反です」

 

 今まで細めていた目をやや大きく開く。そこには暗い色を携えていた。

 ゲームだ遊びだと言われて馬鹿にしているようにも聞こえるが、此の男にはそんな思考など無い。むしろ、ゲームだからこそ、命を賭けてクロスベルの裏側を握ろうとしているのだ。事実として、黒月は確かにマフィアなれど、決して薬や暴力を振りまいて掌握しているわけではない。

 警察が表社会の犯罪者を捕らえるのなら、黒月は裏社会に潜む化物を始末する組織と言っても過言では無いだろう。此度のアグニのように。

 だから、巫山戯ていると憤るのは言葉をそのままの意味でしか受け取れない愚者であり、この男にとって障害には成り得ない。だから口にする。本当に対処すべき敵を見極めるために。

 

「思った以上に強かですね」

「いえいえ、私はまだまだですよ」

 

 だから素直にロイドの口からツァオを賞賛する言葉が漏れた。

 

「長老方を排除するには駒は足りませんし……どうでしょう、この件が終わったら私の下で働きませんか?」

「お断りします」

「これは残念、人手が更に少なくなるので困ってしまいますね。と、冗談はさておき、ここからが本題です」

 

 ツァオは右手を少し上げると彼の後ろに2つの影が現れた。

 

「これが我々が出来る最後の支援です。彼らがアグニの場所まで導いてくれるでしょう」

「準備は出来ているな?」

 

 支援課の面々に初めて素顔を見せた化物。不恰好は以前のまま、ボサボサの濁った金髪にボロボロのローブ、戦争孤児の様な見た目以上に彼らに血の匂いを撒き散らす。

 それは血の匂いに慣れたランディでさえも顔を少し顰める程だった。

 

「さぁ、早くあの人を助けに行くぞ」

 

 何時に無く強い口調の化物。話を聞かずにさっさと先に進めてしまうのは何処かアルクェイドを彷彿させる。それほどまでに侵食されているのだろう。

 今も尚仮面を付けたままの銀はそんな化物の姿を見て、この場にいない人物に想いを馳せる。

 

「待ちなさい。せめて名前くらい名乗ったらどう?」

 

 さっさとビルから出て行こうとする化物の首元に大きな鎌が刈り取るように現れた。

 いつからそこに居たのかレンが鎌を構えていた。

 

「クク、やっぱり君は来るよねぇ……そんなに僕が信用出来ないかい?」

「当然じゃない。それよりもいい加減名乗りなさい」

 

 化物だ死神だと口にするのは止めたいのだろう。誇りか矜持か、レンにとってアルクェイドを助ける同志として蔑称は呼びたくはないのだろう。

 

「そうだねぇ……僕の名前なんてもう忘れちゃったし、どうしようか……Cでいいよ」

「それではC。後はお願いしますよ」

 

 彼を連れてきたツァオは立ち上がり、いがみ合う二人の横を通って外に出て行く。

 

「約束は守ってね?」

「ええ、もちろん」

 

 それだけを最後にツァオはクロスベルの夜に紛れて行った。

 

「さぁて、そろそろ準備をしてもらおうか。僕ら二人とお友達二人、そしてキーア……この五人ともう二人だけ付いて来てもらおう」

「待ってくれ、キーアも連れていくのか!?」

「当然、むしろ彼女が原因なんだから来ないほうが可笑しいよね」

 

 壊れたレコードのように癇に障る笑い声を上げるC。

 何処までが本音か見極めようとする視線がCに集まる。小さなキーアを連れて行くような考えが無かった支援課はCに視線が向いた後、キーアへと向ける。

 

「わたしも行く。行かなければならないから」

 

 そこで初めてキーアは口を開いた。一ヶ月前のように、半ば脅されてとは違う自らの意志で。

 

「では、決めろ。後二人、時間はないぞ」

 

 Cは振り向いて両手を大きく広げる。芝居掛かったその動きは滑稽ではなく迫真。重苦しい雰囲気を纏うソレに一同は再び息を飲む。

 それぞれの目的を携えて、時は満ちた。

 

「我らが目指す地はクロスベルの奥深く、深淵に覗かれる神の目すら届かぬ漆黒の城」

 

 Cは高らかに宣言する。アグニとシャーリィ、他にも多くの試練が待ち受けるアルクェイドの元へ。

 

* * *

 

「時は満ちた」

 

 漆黒に満ちた地の底で、アグニは高らかに宣言する。

 彼の背後に存在する玉座には何者かが座っていた。その者は座したまま動かずに居た。

 これより先はアグニでさえも時は見通せない。それは、全て彼者に注がれたからだ。

 それでもアグニは自らの計画の終着に揺るぎない自信を持っていた。

 

「来るのならば来るが良かろう。ここに来られのならばな」

 

 呵呵とアグニの笑いが空間に響く。それと連動するように鳴動する。

 化物が警告した期日の一ヶ月よりも二日早い、帝国と共和国のクロスベル侵攻が今此処に開始された。

 

* * *

 

 以前リーシャが見つけたアグニの実験場。川沿いの穴から入り込んだ先にあるソレは全てのカプセル群は壊されていた。その中はあったホムンクルスの姿はなく、足元に満ちていた液体も綺麗になくなっていた。

 

「クロスベルにこんな大規模な実験場があったとは……」

「元々この地は教団のあった場所、むしろ無い方がおかしいとも言えるわね」

 

 Cが先導し銀が続き、ロイドとエリィがキーアを守るように彼女の前後を歩き、感応力が高いレンとティオが殿を務める。

 ティオの足代わりにリンドブルムが彼女を背に乗せていた。レンに至っては危険が無いことを察知しているのか、小型人形兵器のマグダレーネと姉妹のように仲良く手を繋いで歩いていた。

 彼らが進んだ先には延々と下に続く螺旋階段があった。

 明かりは見えるが終着は見えない。それでも先導していたCは何も言わずに降りていく。

 何が起こるか分からないとは言え、堂々と待ち受けると言った敵が、このような場所で襲撃する様な事はしないと知っているからだ。

 螺旋階段を降り続けるうちに、あまりの長さ故にか口数も少なく、疲労で少し荒くなる呼吸音しか聞こえない。

 十分にあった明かりも今は足元すらもよく見えなくなってきている。

 疲労で足元が覚束ないキーアを助けるようにロイドとエリィが支えるがその為に足が遅くなり、いつの間にか最後尾になっていた。

 Cはそんな彼らを丸っ切り無視し、銀は少しばかり注意しているのか最初よりもCとの距離は空き、レンとティオは遅れた三人を待って時折足を止める。

 そして、数時間は歩いた所で階段は終わりを告げた。

 

「地下にこんな巨大なモノがあったなんて……」

 

 大いなる空洞の中に、ソレは聳え建つように存在していた。

 いつからこんなモノが有るのか、誰が作ったのか、それは誰も知らない。

 

「ようこそ、我らが王の城へ」

 

 微かな松明が唯一の照明にして照らされた漆黒の城。その城の門前に何かがいた。

 恭しく丁寧な口調と仕草で少年は頭を下げる。

 待っていた少年に一同に緊張が走るが、少年は涼し気な顔をしていた。

 

「此度案内役を勤めさせていただきます、アーと言います」

 

 頭を上げて、薄く目を開くと碧の光を放っていた。

 

「その目……」

「ええ、我らの主に作って頂きました。貴方と同じように……キーア様」

 

 背が低いキーアだからこそ、一番最初に気付いた。同じ背丈で有るが故に、その視線と真正面に向かい合う。

 

「怖がらなくとも私には貴方のような力はございませぬ。それに…………」

「それに?」

 

 続く言葉がないので、ロイドはオウム返しに問うが、アーは首を振って答えない。

 

「それではこちらへどうぞ。皆さま首を長くしてお待ちしておりますよ」

 

 ギギギと古い立て付けのように木製の門が開いていく。鎖が連動されているのか、錆びついた金属の音も響いていた。

 門が開ききった時に、カラーンカラーンと鐘の音が辺りに鳴り響く。

 何時ぞやのように何かが起こるのではとC以外が獲物を抜くが辺りに変化は無い。

 

「ただ鳴るだけです。最早、我らが王に鐘は必要ありません。故に、これから起こるのは待ち受ける部屋のみでございます」

 

 アーは振り返ると門を通り、城の中へと歩いて行く。

 その後に全員が続いていく。

 門を過ぎれば城内に入るが、赤カーペットが延々と続いていく。

 

「ねぇ、待ち受けるってシャーリィ以外にもいるの?」

「はい、それぞれに合った趣向が御用意されております。それを一人で受けるのも複数で受けるのも待ち受ける者に委ねられます」

「それって無理矢理乱入とか出来ないの?」

「出来ません。詳細は言えませんがそうなっているものと理解してください。そもそも、我らが王が決めた試練に乱入するということは、それぞれの矜持に抵触すると言う事に成りますが、それでも良ければしてみますか?」

 

 今まで無機質な口調だったアーが不意に足を止め、振り向いた。触れてはいけない場所に触ったのだと一同が気付いた時、ちょうど大きな扉に辿り着いた。

 

「それではこれより、第一の試練となります。これが誰の試練で有るかは私には分かりません。覚悟を持ってお挑み下さい」

 

 入り口の門と同じように歪な音を立てながらゆっくりと開いていく。

 大きな門に似合ったサイズの部屋は今までの赤いカーペットとは違い、質素な石畳で出来ていた。

 幾何学模様に配置されたそれは一種の儀式の祭壇のようにも見える。アーはその石の上を歩いて部屋の奥に行く。

 一同は部屋に入ったところで興味深く部屋を見回していた。室内は暗く、円形の部屋の隅に存在する松明のみが微かな明かりになっていた。

 物々しい雰囲気の割には何処か神聖な何かを感じさせる。

 

「もう何があったとしても、驚かないつもりだったけど……どうして貴方が此処にいるのかしら?」

 

 歩いて行ったアーを見据えて……否、そのアーの隣を見て、レンが一歩前に出た。

 大きな大剣を片手に無造作に持っている誰かを知っているような口振りに、皆の視線が彼女に集まる。

 

「フッ……俺としても気にかかっていた案件ではあったからな。それに死して尚、旧き友から手助けを求められて拒否するわけがない」

「そうね、貴方はそんな人だったわね」

 

 レンと誰かの会話の間にも相手の戦気が高まっていく。その圧力はアルクェイドに匹敵する。

 相手は大剣の具合を確かめるように軽く振り回す。

 

「では、そろそろ始めようか!」

 

 構えると同時に部屋の松明が激しく燃え盛り、暗闇を排除した。

 

「身喰らう蛇、執行者№Ⅱ《剣帝》レオンハルト――参る!!」


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