刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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追記、活動報告にて次話について書いておりますので、一見してもらえるようお願い致します。


第21話 運命仕掛けの宣戦布告

 鳴動する大空洞。

 闇しか存在せず、肉眼ではおよそ何も見えない。

 その中で異常な速度で動く存在が一つ。

 対して、ほぼ動かずにソレに狙われているモノが一つ。

 

「呵呵呵呵、良いぞ、良いぞ、良いぞ」

 

 アグニは笑う。姿勢の良い背中を更に反らして。

 歓喜狂乱。体は切り刻まれて血に塗れ、次の一瞬には更に傷が増えていく。それでもアグニは笑う。

 その二人の会話にならず、意味もない。

 故に一方は終始無言。

 殺意という確固たる意志のみがアグニを貫く狂気。

 それは知っているからだ。今此処でこの老人を葬り去らなければ自己が消えるという確信。

 

「何故そうも抗うか。自らすらも確信する未来の来訪。彼奴の存在こそ我らの恨みの根源。その破壊無くして解放は無い」

「己の信念無くばこれまでに価値は無く、己の選択無くばこれからに意味も無い」

 

 アグニの言葉を無視し時刻(とき)を詠む。

 

「0は1に成れずさりとて-1にも戻れず、狭間の境界に留まり夢を見る。過去は過去で未来は未来。0を今とするならば、今は何処にも無くされど今に有る」

 

 脚を止めて目の前の空間を切り刻む。

 

「時を(きざ)め。d(デシ)c(センチ)m(ミリ)μ(マイクロ)n(ナノ)p(ピコ)f(フェムト)a(アト)z(ゼプト)y(ヨクト)

 

 文字通り時を刻む。限りなく0に近い時まで。

 

奥義(Sクラフト)発動――涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

 

 これにて時は止まる。

 切り刻まれた時の中は刹那よりも短い世界。神すらも手の届かぬ寸隙に自由は叶う。

 その時の中ではアルクェイドだけが活動できる。それはアグニとて例外ではない。

 それでもアグニは笑っていた。呵呵と喜び体現す。神の御業を。

 

『反魂』

 

* * *

 

「グルルル」

『ガルルル』

 

 人知れず行われる邪教の儀式。その真上に存在するクロスベル。

 陽の高い日中。物々しい雰囲気を纏う気配に感づいている二匹の獣。

 一匹は明けるような空の蒼さを携えた神獣ツァイト。

 対して、一匹は陽に照らされて燃えるような温度を纏う機械の獣竜リンドヴルム。

 

「ウォンゥグルル」

『ガルルゥグォン』

 

 獣同士の会話が成り立つのか、下方を見つめながら互いに唸るニ匹の獣。

 互いに理解しているのだろう。時は近いと。

 

 二匹がいる特務支援課の内部では重苦しい雰囲気に満ちていた。

 

「500年前の遺児ですか……記録が一つも無いわけですね」

 

 支援課一階のテーブルを囲んで座る面々の中で異彩の風貌の暗殺者銀。

 彼女が面を外さずにいるのがなんとも奇妙な空気を生み出していた。

 

「私も彼がそんな人間とは思いもしなかった。彼とは顔見知りではあったがな」

 

 突如キーアを伴って現れた彼女に支援課のメンバーは起こされて、夜中延々と知り得た情報を彼らに話していた。

 その結果、陽が昇るまで時間がかかってしまった。

 

「蛇の構成員と東方における伝説の暗殺者がねぇ……世界は狭いものだね」

「フッ、世界が、と言うよりかはこの地がそれだけ奇妙な場所に位置しているのさ」

 

 重い空気に耐えられなくなったかワジが茶化すように言うが銀が一蹴する。

 銀――リーシャはアルクェイドとの関係をぼかしてアグニの策略を話した。D∴G教団の思惑はもはやアグニによって叶わないだろうと言う事。そしてキーアの秘密も話さずにはおけず、自らの意志で語れないキーアは俯いていた。

 

「しっかしアレだな」

 

 全員が重苦しい事実を受け止めていた中で、ランディがいやに軽い調子で口を開いた。

 

「正直つまんねぇな」

「ランディ……?」

 

 如何にも気怠いと言わんばかりにランディは呆れた声を出した。

 

「いつだったか、お前らには話しただろう。俺が赤い星座の団長の息子だと。赤い死神だとか闘神の息子だとか言われてさ、いい気になってさ、そして……ダチを殺した……」

 

 今まで誰にも語ったことのない自らの胸のうちに秘めてきた思いの独白。

 西部最強と謳われる赤い星座の跡継ぎのランディは三年前に対立していた西風の旅団の二個中隊を殲滅したときに利用した村の犠牲者の中に無二の友がいた。

 自らの策で部隊を率いて、殺したのだ。

 

「人生の意味ってなんだろうな……と、そんときから考えるようになった」

 

 その友と語った夢。

 将来、自らの店を持ちたいと目を輝かして語られた。今でも目を閉じれば思い出せる。

 闘神の跡継ぎの自分。強くなることを義務付けられた将来。

 

「しかしよ。ティオ助やキー坊、アルクェイドやレンちゃんとかの話を聞いてると、思ったんだよな。意味なんかねえんじゃねえかってよ。何かのせいしなきゃ生きられない奴もいれば、己の道を見定めて走り続ける奴もいる。どんな酷い過去があろうが、未来が険しかろうが、必死になって夢を探して、生にしがみついてでも生きて行く奴らを見ているとな。たった一つの事に足引っ張られるのはつまんねぇなってさ」

 

 ランディは立ち上がると俯いていたキーアの方に歩み寄ってくる。彼女の側まで行くとしゃがんでキーアの両肩を掴む。

 

「だからよ。頭の中で思い悩まず怖がらずによ、ぶつかっていこうぜ。良いとか悪いとか、価値が有るとか無いとか関係ねえ。お前は俺らを助けてくれたんだろ? だったらそれいいじゃねえか」

「ランディ……」

「それとも俺らがそんな事で嫌いになるような奴らだと思ってんのか?」

「ううん、そんなこと……ぜんぜん、思ってないよ」

 

 涙に溢れたぼろぼろな顔を上げてキーアは応える。

 

「よっしゃあ!!」

 

 ランディは勢い良くキーアの背中を叩いてから彼女を抱えて立ち上がる。

 

「俺は決めたぞ! やりたいことをやる! 俺の人生だ、俺のもんだ、アイツの思いも背中に背負ってやる! 猟兵も警察も遊撃士もなにもかんも知ったことか!」

「い、いきなり何を言ってるんだランディ!?」

 

 いきなり吠えたランディに戸惑いながら、彼らのリーダーのロイドが問う。

 

「俺の道を決めたんだよ。ロイド! てめえは警察で悪人を捕らえて市民を守ると言った! お嬢は爺さんの元で勉強して市を守ると言った! ティオ助は人の為になる技術を作り続ける! なら俺は、底辺も頂点も関係ねえ! 猟兵も警察も軍隊も遊撃士も関係ない! 全員が笑ってられる店を作ったらぁ!!」

 

 圧巻。空気が空間がたった一人の男の夢に独占された。

 何人たりともこの場に発する言葉を持たず、空気に呑まれている。

 もし、アルクェイドが、ブルブランがこの場にいれば、拍手喝采していることだろう。

 それほどまでに、この場において夢を作り上げて語ったランディは輝きを放っていた。彼らが賞賛する輝きを。

 ランディは理解しているのだろう。永遠にこのような、特務支援課の様な居場所は存在し続けられないだろうと。

 リーシャより語られたクロスベルに侵攻してくる未来によって行政も警察もこのままではいられないと。

 それは、猟兵と言う立場にいた彼が良く理解している。

 ロイドが居れば、また彼らだけは再び戻ってこれるだろう。集まれるだろう。だが、彼はもう特務支援課で数多くの決別を見た。

 その筆頭がテスタメントというはみ出し者を纏め上げたワジのことだった。リーダーの彼が抜ければ瓦解は必須。

 結果、テスタメントのメンバーはそれぞれの道を模索し始めていった。恐らく、もう全員が揃うことはないだろう。

 これまで、猟兵として活動していた時にも頭を失っただけでバラバラになる集団を見て経験してきているのだ。

 

「ランディ…………」

 

 ロイドには良く分かっているのだろう。ガイが、兄がいなくなったことで決別した捜査一課。家族のように簡単に甘えるように出来なくなった兄の妻となるはずだったセシル。

 ワジの様に言うならば、モラトリアム期間は終わると。しかし、そこにいれば、そこに居る時だけでも、馬鹿騒ぎ出来る場所があっても良いではないか。

 モラトリアムに戻れる場所があっても…………。

 

「ふーーん、いいんじゃない?」

 

 突如、一色に染められた空気を破壊する者が現れた。

 

「うじうじ悩んでるランディ兄よりは今の方がずっと良いよ。本当に……ね」

 

 殺意を振りまいて現れた闖入者はシャーリィ・オルランド。

 

「何し来にやがった、この戦闘狂……いや、てめえは誰だ」

「誰ってあたしが分からないのランディ兄」

 

 ランディが支配した空気はもはや無く、鋭く尖った意志に支配される。

 ランディの問いに恍けたように笑うシャーリィ。

 支援課にいた全員が椅子から立ち上がって戦闘態勢へと移り、各々の武器に手を伸ばしている。暗殺者だけを除いて。

 

「獰猛な殺意だけを抱えていた糞猫がなんでそんなに落ち着いていやがる? 一体てめえに何があった」

「へぇ……流石にランディ兄は気付くんだ。他にも何人か分かったみたいだけど」

 

 今まで周囲に撒き散らすだけだった殺意がより鋭敏に変化していることを彼らは気付いた。

 それは手を付けられていなかった原石が、研磨されたようにより強く鋭く一点に向けられていたからだ。

 その殺意は、椅子から立ち上がらず今も尚彼女に目を向けていない暗殺者に突き刺さっていた。

 

「今日来たのはただの宣戦布告だよ。アイツが間を空けろって言うからさ。挑む者待ち受ける者、それぞれの葛藤にこそ意味があり、それこそが高みへと登りつめる素晴らしきファクターだってね」

 

 此処にいない誰かの言葉を代弁し、クスクス笑う彼女は深紅に染め上げられた武器を銀へと突き付けた。

 以前アルクェイドに壊されたはずの武器は新たな形になって蘇った。壊した者の手によって。

 

「今からおよそ一ヶ月後、君たちが王様を助けに向かうその時にあたしは待ち受ける」

「……それは障害として立ちはだかると言う事か」

「そういうこと」

 

 ようやく立ち上がった銀はシャーリィへと向き直る。

 

「逃がすと思っているのか? 今、この場に来ておいて」

「思わない。でも、今ここで戦いになるとは思えない」

 

 互いに殺意をぶつけ合い、睨み合う二人に外野は口を挟めない。

 

「あんたには資格が足りない」

 

 銀は彼女の言葉をオウム返しに問う。

 

「あんたは彼にまだ魅せていない。素質や可能性は色んな人が認めている。けど、それを魅せていない。だから彼は不満気だよ」

「………………確かに、私はまだ彼に何も魅せていない」

 

 シャーリィに言われて気付いた。アルクェイドの彼女に対する評価は未だ高くない。

 それは魅せられていないから。それに尽きる。

 彼女が彼の姫君と成し得ていないのが、その証拠でもある。

 

「だから、彼はこんな事になっているし、此処もそんな風になってしまっている。言ってしまえば、あんたが最たる原因でもあるんだよ」

 

 求道者に目覚めても、獣だったときの嗅覚は衰えず、彼女の感性は真実を射抜く。

 リーシャとアルクェイドの関係を知らずとも、どういうものかを理解してしまう。

 

「だから、資格を備えて待っててよ。時は嫌でも来るからさ」

 

 宣戦布告を終えた彼女は支援課から出ていこうとした時、背後から止める声が上がった。

 

「待てよ。赤い星座……叔父貴はどうした?」

「みんなは帰ったよ、帝国にね」

「帰っただぁ!?」

「そ、楽しい依頼が入ったからだってさ、あたしだけこっちに残ったの。市長の依頼も蹴っちゃったから居づらくなちゃったからさ。じゃあねぇ」

 

 それだけを告げて彼女は本当に帰ってしまった。

 意味深にランディを煽っていた赤い星座はクロスベルからいなくなってしまっていた。

 何しに来たんだと言いたげな支援課の面々ではあるが、来訪した目的も潰されてしまったのだから致し方ないことだろう。

 その上でクロイス市長からの依頼も蹴ってしまったのだから出て行くしか選択肢はないだろう。

 

「……では、そろそろ私は退散させて頂こう」

 

 呆気に取られた中で一番最初に口を開いたのはやはり銀だった。

 

「私にもやることが出来たのでね。情報や仲間集めはそちらの方がやりやすかろう」

「待ってください」

 

 その彼女を呼び止めたのは、小さな少女だった。

 

「貴方にはまだ少々聞きたいことがあります」

「残念だが、私にはもう話すことはない。少なくとも、今はな……」

 

 ティオの言葉を無視して銀はその場から姿を消してしまった。

 いくつもの情報が一気に増えて、展開も早く感じてしまう支援課にとって、対処する事が多すぎてしまう。

 なによりも厄介なのが、帝国と共和国のクロスベル侵攻だ。

 

「まぁ、ともあれだ。俺達がまず第一にしないといけないのが、クロスベルを守ることだ」

 

 タバコを吹かしたセルゲイ課長が場を仕切る。

 

「しかし、急に恐らく水面下でしか動いていない両国の侵攻を、警告警戒しても誰も信じないだろうな」

「私達だけでも動いたところでタカが知れているわね……」

「だが、ノエル達のいる軍隊の連中がなんとかするんじゃねえのか?」

 

 以前経験を積ませるという理由で警備隊から派遣されていたノエル・シーカーは現在クロイスの発足した軍隊の部隊長として働いている。それはクロスベル警備隊がそのまま軍隊になっているからだった。

 庇護されていた両国から抑えられていたクロスベルは軍隊が作れずにいたが、此度の騒動でクロイスが警備隊を流用して装備等を強化して軍隊として使えるようになっていた。

 そして、元々警備隊にいたノエルはそちらに移ってしまったのだ。

 

「いや、恐らく二カ国とも同時に攻めて来るだろう。だとすれば、今の軍隊ではとてもじゃないが太刀打ちは厳しいだろう」

「そこら辺は市長の考えに任したほうが良いかもな」

「課長!?」

 

 セルゲイ課長からの放置宣言に信じられずに戸惑いの声が上がる。

 

「このクロスベルを独立させようだなんて奴が、両国との戦いに何も策が無いってことはなかろう。となればだ、俺達は世界の危機の方に専念させてもらおうじゃないか」

 

 セルゲイ課長はほくそ笑む。無論、信じてもらえる奴らには伝えておくという言葉を足して。

 如何に眉唾なことでも、捜査一課や元警備隊の軍隊でも彼らの言葉を信じる者たちがいる。

 ノエルの様に軍隊の中にも、同じ警察の面々でも頼りになる人物も、遊撃士にも彼らを信じてくれる者が居るだろう。

 何度も警察として修羅場を踏んできたセルゲイだからこそ、狡猾に立ち回れる。それはまだロイドには無い思考だった。

 少しの時間があれば、ロイドも同じように周りの人間を頼るだろう。しかし、それはセルゲイと出した案とは違う。

 闇雲に両国が侵攻して来る対処に追われた事だろう。そして、それらが落ち着いてからアグニに対処する羽目になる。

 それでは遅いのだとセルゲイ課長は気付いたのだ。銀や死神、裏世界の闇に潜む彼らでさえも手を出せず、気づかずにいた相手だ。他の相手などしていられない。

 未だ全てを背負おうとするロイドでは出来ない対処であった。しかし、それが悪いことではない。そういう人間がいるからこそ、人は集まるのだから。

 彼の兄、ガイ・バニングスがそうであった様に……。

 

「兄貴の背中を超えるのはもう少し先のようだな……」

 

 俺の役目は終わったと言わんばかりにセルゲイはタバコを咥えて遊ぶように揺らす。

 彼の視線は目的が定まり、あーだこーだと行動の詳細を話し合う部下の姿を遠い目で見つめていた。




補足1 ミレイユ? 知らない子ですね。どこぞの占い師によれば、落ち着くのは時間かかるそうなので、店作れたらくっつくんじゃないですか?

補足2 リーシャの輝き ぶっちゃけ序盤に魅せてたらアグニは出てきませんでした。

補足3 赤い星座 仕事ないと面倒なところにはいません。屋敷も売り払ってさよならです。

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