アルクェイドとレンがアルカンシェルから出てきた頃にはもうすでに太陽は沈んで夜になっていた。
アルカンシェルは下からライトアップされ、夜でも一層目立っていた。
「なかなか楽しかったようだな」
いつもよりも若干楽しそうな足取りをしているレンを見てアルクェイドはそう言った。
「そうね、結構楽しかったわ」
アルクェイドの言葉に答えながら来たときと同じようにウォークスに跨るアルクェイドの背後に乗った。
「今から行けば支援課のおにいさんたちの大物取りが見られるかしら?」
「全力で向かってやるよ。
ギリギリ間に合うだろ」
夜中まで時間があるからなとアルクェイドは答えて、マインツ方向にウォークスを向ける。
ギュルギュルと地面を擦りながら旋回して、マインツ山道へ一気に加速する。
暗い夜道をウォークスのライトだけで前を確かめて疾走する。
途中にいる魔獣が逃げる間もなく、ウォークスの前に展開された槍型の防壁に無理矢理弾き飛ばされていく。
異常な速度だというのに、レンはそれを楽しんでいるかのように髪を靡かせながら気持よさそうに目を細めている。
マインツの手前にある門が閉められた旧坑道の前まで来ると人に見つからないように物陰にウォークスを止めた。
アルクェイドはレンを抱えるとさらにその上へと跳び上がって行った。
見晴らしが良く、マインツが見える場所に行くとそこには先客が居た。
「これはこれは、今宵は殲滅天使だけが来るものかと思っていたのだがな」
先客の男はアルクェイドを警戒してか、剣の柄に手を掛けていた。
「何もしねえから落ち着いてくれ。
あんたも殺りに来たわけじゃないだろ」
男の横に立つと、抱えていたレンを下ろした。
アルクェイドは男に気にせずにその横に片膝を立てて座った。
物見遊山でもせんと言わんばかりに立てた膝の上に肘をついて手の甲に顎を乗せる。
すると、レンが当然と言わんばかりに自然とアルクェイドの横にしている片膝に座る。
「噂に名高い風の剣聖、アリオス・マクレインに出会えるとはな」
「名を知られているのは光栄だが……」
アリオスは語尾をやや強めると剣の柄を握った手に少しだけ力を込めた。
「この地に災いを持ち込むというならば、容赦はせぬぞ」
「心配しなくとも私たちは何もしないわ」
アリオスの挑発と宣告にレンは笑って答える。
それは言葉通り何もしないから笑っていられるのか、それとも容赦されなくても余裕で対処出来るから笑っているのか……
レンが笑っていると宿からロイドたちが出てきて犬型の魔獣とマフィアを取り押さえた。
「どうやら終わったようだな」
「そのようだ。
しかし、まだまだ未熟だ」
「最初はそんなモノじゃないかしら」
「Bが興味を持つのも頷けるかもな」
「アルも興味を持ったの?」
少しだけなとアルクェイドは答えると頬を少しだけ緩めた。
そして、とても小さな押し殺したようなクククという笑い声がレンには聞こえた。
暫く眺めていると崖下の山道に警備隊の装甲車が数台やって来た。
「これでクロスベル郊外を騒がせていた魔獣事件も片付いたな」
「あのワンちゃんたちはあまり可愛くないわね」
「戦闘魔獣に愛嬌はいらんだろ」
「そうかしら。
あったほうが和むじゃない」
「相手を和ましてどうする」
レンとアルクェイドが会話しているとアリオスは興味は失せたのか、背を向けて歩き出した。
「あら、もう帰るのかしら?」
「ああ……
そういえばそちらの御仁の名を聞いていなかったな」
数歩歩いた所でアリオスはアルクェイドへ向き直った。
「……レギス」
「承知した」
名を聞いたアリオスは再び歩き出そうとしたが、アルクェイドな呼び止められた。
「俺も聞きたいことが有るんだがいいか?」
「内容による」
「あんたが頻繁に病院に通っているのは嫁でも入院しているのか?」
「私が通っているのは知っているのにその先は知らぬのか」
「俺は最低限のプライバシーは踏み込まない様にしてんだよ」
本当に知らないのか、それとも言質を取って確認したのか分からないが、アルクェイドの真意を探るようにアリオスはアルクェイドを見詰める。
「……娘だ。
目が見えなくて入院させている」
「そうか、なら明日……」
「明日は支援課のお兄さん達が来るでしょう」
「だったな、明後日ローゼンベルグ工房に来てくれ」
「素直に行くと思っているのか?」
「無駄足にはさせんよ」
「……気が向いたらな」
そう言って、アリオスは崖下へ降りていった。
「2人とも素直じゃないのね」
アリオスとアルクェイドの会話が面白かったのか、レンはくすくすと笑う。
「支援課はどうやら今夜はマインツで過ごすようだな」
「夜も遅いからね、私も眠くなってきたわ」
「それじゃ、俺らも帰るとするか」
欠伸を噛んだレンを来たときと同じように抱えて、アルクェイドは崖下へ飛び降りた。
彼ら三人がいた場所、そことは違う場所で支援課の行動を見ていた者がいた。
その蒼と白の毛並みを持つ狼は三人の行動も気にしていた。
特に支援課がマフィアを抑えた後は隠す気すらなく、彼らを見ていた。
無論三人はそれに気づいていたが、特に気にしてはいなかった。
崖下へと降りたアルクェイドはレンを抱えたまま、ウォークスに乗った。
発進する時に少しだけその狼がいた場所に視線を送ったが、すぐさま視線を戻して山道を駆け降りた。
睡たげなレンを気遣ってか、幾分速度を抑えて出来るだけ振動や排気音が鳴らないように走行した。
「目…か。
目が駄目なら耳で出来ることか……」
深夜の工房でアルクェイドは端末を
「噂通りならアリオスとほとんど会話すらできてないだろうな。
データデバイスはエニグマで十分か。
後は集音と録音、声のトーンか。
……それと1つだけサプライズだな」
アルクェイドは実に楽しそうに口元を歪ませている。
「これで十分か」
背もたれに持たれながら端末に接続されたエニグマを取り外す。
「……ん?
珍しいな、レンが足跡を残したままにするとは」
画面内には昼間にレンが弄っていた時のままの物が幾つか残っていた。
「いや、敢えて残しているのか。
面白い子……か。
他には何を見ていた?」
アルクェイドは敢えてレンが目を付けていた面白い子を見ずに他のを見始めた。
「ルバーチェ、
なんでレンがこれを……なにッッ!?」
レンが残していたままのマフィア関連の情報。
その中での裏社会のオークションの一つである、シュヴァルツ・オークション。
その出品予定のリストの中に二つばかり気になったのが入っていた。
「糞が……
まだ俺はそこに出した覚えはないぞ。
一体何処から持ってきやがった……」
端末の置かれた机を壊さんとばかりに力を込めて叩く。
「ルバーチェ会長マルコーニ……」
アルクェイドは冷たい目でモニターに表示されたルバーチェ会長を睨んでいた。
翌朝、マインツの宿場から出てきたロイドたちは警備隊に捕らえたマフィアを受け渡していた。
しかし、クロスベルのある議員とルバーチェが繋がっていて、ミラを出せば彼らはすぐに釈放されるということを聞くと肩を落とした。
「確かに無駄なことかと思えるかもしれないけど、決して無駄ではないからこれからも頑張ってね。
ノエル、彼らをクロスベル市まで送ってあげて頂戴」
「イエス・マム!」
上司であるソーニャ副司令に言われてノエルはすぐさま敬礼して答える。
彼女はそのままノエルが支援課を送るための一台の車を残して、マフィアを連れて先に山を降りていった。
「それでは皆様、私が責任を持って送り届けさせて頂きます!」
ノエルがそう張り切ってロイドたちに言うと皆微妙な顔をして見合わせた。
「どうされました?」
「いや、なぁ……」
「ああ、ちょっとな」
怪訝な顔をしたロイドたちにノエルは聞いたが要領を得ない答えしか返って来なかった。
「実は今日はこの後、ローゼンベルグ工房に行く予定なのです」
「ローゼンベルグ工房ですか?」
「ええ、だから途中の分かれ道まで送ってもらえないかしら?」
「はい、分かりました!」
エリィの言葉にノエルは敬礼で答えると、五人は車へと乗り込んだ。
ノエルは全員が乗ったのを確認したら車を発進させた。
「皆さんはどうしてローゼンベルグへ?」
「昨日あった人に招待されたんだ」
「招待?
ローゼンベルグ工房へ?」
「ええ、その人がとても興味深い物に乗っていたので、それを見ていたら来たら詳しく説明すると言われたので」
「へぇ~、実は私も昨日、初めて見るものに乗っていた人がいるんですよ」
「お、それはオーバーサイクルって奴か?」
「そうなんですよ、支援課の皆さんも会ったんですか?」
「ええ、今日はそれで伺うことになったの」
「誰も入ったことのないあの工房にですか。
羨ましいですね、私も行ってみたいです」
「それじゃ、ノエルちゃんも行ってみるか?」
「そうしたいのはやまやまですが、仕事がありますので……」
「ところでノエルさん。
先程から気になっているのですが、その腰の銀細工は……」
ティオは腰に付けられている銀細工が出会った時から気になっていた。
「これですか?
実はこれ、オーバーペットの一番人気タイプなんですよ」
「ええ!?」
「一個数十万ミラは下らないというレア物じゃないか!?」
「ノエルさん、一体それを何処で?」
エリィやランディがその事実に驚きの声を上げたがティオは至って冷静で聞いた。
「実はその昨日あった人に迷惑料だって二つも貰ったんです」
「二つも!?」
「それで、そのもう一つは?」
「その人の審査をした子に渡してあります。
その子の分だって言われましたので……」
「そうですか、残念です」
「ティオ助、まだあったら貰うつもりだったのか……」
ティオのその言葉に皆は苦笑した。
「でも、ティオは確か持っていなかったか?」
「はい、持ってはいますが私が欲しかったタイプではないです。
全く、所長も使えませんね。
どうせ持ってくるなら私が欲しい物を持ってきて欲しいです」
「いやいや、それでも頑張ったんだと思うよ」
ティオは持ってきてくれたロバーツ所長に対して大きく溜め息をついた。
ティオの辛辣な言葉にロイドは必死にフォローする。
「しかし、それを簡単に渡すなんて一体何者なんだ?」
「そうね、ローゼンベルグの関係者で珍しい物を幾つも持っているなんて……」
「案外それを作ってる奴だったりしてな」
「まさか」
「………………」
ランディの言葉に全員が笑い出す。
言ったランディ自身も本気で言っているわけではなく、すぐにだよなぁと言いながら笑う。
その中でティオだけは何か難しい顔をして黙っていた。
「それでは皆様、自分はこれで失礼します」
「ああ、ありがとう」
ローゼンベルグ工房への分かれ道まで来たロイドたちは、装甲車から降りてノエルを見送った。
「それじゃ、向かうとするか」
「そうね」
「…………………」
「どうした、ティオ?」
「いえ、なんでもありません」
ロイドは先程からずっと黙っているティオに声をかけるがはぐらかされてしまった。
-銀細工に蒼い髪……やっぱり何処かで-
ロイドたちは階段を登り、工房前の門へと着いた。
庭の一角には工具を広げてウォークスを整備しているアルクェイドと、その背中に凭れるようにエニグマ=Mを触っているレンの姿があった。
ロイドたちの姿を見ると立ち上がってドレスを少し持ち上げてお辞儀をした。
「ようこそ、ローゼンベルグ工房へ。
歓迎致しますわ、特務支援課の皆様」
レンが頭を上げると閉められていた鉄門が独りでに開いた。
ロイドたちは勝手に開いた門に戸惑いながらも、彼らの方に歩み寄った。