刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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やっと仕掛けが動いた……


第20話 運命仕掛けの反転

 クロスベル地下に存在するジオフロント。それはあまりにも巨大で、歪に入り組んでいた。

 それもそのはず。ジオフロントはクロスベル中に張り巡らされていた。しかし、それを知る者は限られていた。

 更にその下、ジオフロントよりも地下に位置する無い筈の空間に、ただ一人を除いて知る者がいない暗闇に、何者かが座していた。

 座すというよりかは座っているだけなのだが、威風堂々としたその様は玉座に座る王。そして、それを満足気に眺めるように杖を持つアグニ。

 しかし、アグニの眺めるその光景は虚影でしかない。玉座に座る者は無く、座っているように見えるのはただの老人の妄想でしか無い。

 否。想像にして妄想。けれどそれは必ず訪れると確信している未来の虚構。

 

「後少し、後少しで……」

 

 渇望するその呟きには微かに焦りが混ざっていた。彼が欲する神の力の片鱗を味わって尚……否、その力に触れたからこそ欲しくて欲しくて堪らないのだろう。

 

 おお我は叫ぼう世界の民へ

 汝ら今幸せかと問おう

 否ならば今の状況を是とするか

 汝ら今辛いかと問おう

 是ならば今の状況を否とするか

 

 謳うようにアグニは叫ぶ。世界の全てを呪うかの如く。それに連動するように暗闇の満ちた空間が揺らぐ。

 

 自らの状況を呪うならば我がそれを変えて見せよう

 血に塗れたる自身の想いを贄に

 世界を呪う魂への誓いを祝福しよう

 いつかこの世界の呪いを解き放つ為に

 

 揺らぐどころの話ではない。空間自体が鳴動する様に呻いていた。

 

 約束の賜物を生贄に

 汝らとの誓いを果たさん

 天壌に座する者を引き摺り堕とさんが為に

 今こそ我らの此の怨み晴らさでおくべきか

 

 叫びを終えた瞬間、脈動する。ヲヲヲヲと蠢く胎動。

 呵呵呵呵とアグニは笑う。満足気に。背後に何者かがやってきたことを知りながら。

 

* * *

 

「…………始まりましたか?」

 

 微かどころの話ではない。歴戦の実力者であろうと感じることなど出来ないはずの脈動をしっかりとこの男は感じていた。

 揺れすらも無い筈の力を感じることが出来たのは彼が東方の出身だからこそだろう。

 此の力の基板は東方の呪術を用いている。だから此の男は知覚出来た。とは言え、それだけではないのだが……。

 

「いえ、今しばらく掛かりそうですね。今のは確認と言ったところですか……」

 

 淡々と確認するように呟く口調は何処か安堵しているように思えた。

 

「しかし、時間がなさそうですね。偈に煩わしきは彼の御仁の狂気……」

 

 男は引き出しを開くと一通の手紙を掴む。

 

「では、宜しくお願いしますよ? 暗殺者――銀」

 

 それを投げるように部屋の隅の暗闇に飛ばすと指だけで掴む銀。

 

「今のはなんだ? いい加減アレについて話してはくれないか」

「……良いでしょう」

 

 少しの沈黙の後、ツァオは口を開く。

 

「はるか古代の名残、今で言う耀脈を東方では龍脈と呼ぶ信仰があったのは貴方も御存知でしょう。今でこそ名は知られていませんが、劣化しながらも符術等として残っている」

「今更教会に喧嘩を売る歴史のお勉強か?」

 

 東方の裏世界に存在するものとしては最早当たり前の知識にして、七耀教会が否として認めない確固たる歴史の裏側。

 そんなモノを今更語る彼に銀は失笑を禁じ得なかった。

 

「おやおや、500年の暗黒時代の動乱を考えれば当たり前の見解だと思いますがね。そもそも、アレの原因が宗教戦争でしょうに……」

 

 古代のアーティファクト然り、悪魔信教と呼ばれる邪教然り、七耀教会は精鋭の騎士を用いてそれらを秘密裏に回収、討伐しているのだから。

 

「どうしてソレらの利便性を追求していかないのか? 何故教会で管理せねばならないのか? 何故教会は他の宗教の対等を認めないのか? 考えればいくらでも疑問は上げられますよ」

 

 争いの原因等々理由は考えられるが、そんなモノは言い訳でしか無い。

 

「そういった宗教の類は細々とした地域ですら極稀に見掛けられるほどでしかありません。貴方の故郷の様にね」

「……………………」

 

 ツァオは薄く笑う。しかし、銀は仮面によってどういう表情をしているのか分からない。

 ただ、彼にかかる圧力は増した。

 今でこそ導力によって生活は安定してきているが、ソレらが出来る前。それこそアーティファクトが活動していたであろう時代には様々な宗教があったことは容易に想像できる。

 何故ならば、D∴G教団がその一つであるのだから。

 

「そういう意味では実に狭量ではありませんか? 自らの信仰から外れれば、迫害してしまうのですから」

「……で、それがあの老人に関係有るのか?」

「ええ、大いに関係ありますよ。だって、それこそが彼の力の源なのですから」

 

 多くの記録が残された過去の遺産。その中で一番多く大小の規模関係なく効果有ろうが無かろうが災害という神の御業に対して行われた儀式の象徴。

 

「…………贄か」

「そうです。因果律の強制……いえ、おまじないと言いましょうか。いつの宗教であれ、ありがちな人身御供ですよ。ま、あくまでもソレは代表的なだけですが」

 

 銀の使う符術もそれらに分類としては入るだろう。

 人身御供は巫術に位置するだろう。巫術として上位存在の神であれ精霊であれ某との交信し、災害を治める為の対価が贄なのだから。

 

「だからまぁ、言ってしまえばおまじないですよ」

 

 そう言ってツァオは笑う。可笑しそうに。蔑笑とも言えるだろう。

 

「強制力は欠片も存在しないのですから、そもそも天啓(それ)が真実かも他人には分からないのです。仮に真実であれど、捧げたところで保証はない。ですから、おまじないですよ」

 

 此の男は笑った。生贄を、人身御供を、人の死を。好きなの人の名前を書いた消しゴムを使いきれば成就するといった類のおまじないと同じと。

 

「ま、本人たちは必死であることには違いありませんが。だから、彼はそういったのを集めたんですよ。500年かけて、無理矢理事象として起こすために」

「では、何か。仮に人を捧げれば同等の天災が引き起こせると?」

「理想としては出来るのではないのでしょうか。まぁ、そこまでの力はないでしょうが。試運転の前段階……電源を入れただけで先程の現象です。何が出来ても不思議はないでしょう」

「本当に恐ろしいものだな、人の執念というものは……」

「おやおや、それを貴方が言うのですか? 人の執念……いえ、怨念に関わり続けてきた一族の貴方が」

「…………で、本始動は何時だ?」

 

 ツァオの言葉を無視するように銀はあからさまに話題を変える。

 彼は対して短く笑う。

 

「何時、とは正確には分かりませんが大体一ヶ月後。帝国と共和国の先遣隊が落ち着いた瞬間です」

「やけに詳しいな」

「我々とて、手を拱いている場合ではありませんからね。それに、過去のしがらみがあるのは何処の組織も同じですよ」

 

 それ以上は黙したまま語らず、銀は消えてしまった。

 ツァオは短く息を吐くを椅子に深く凭れる。椅子が鈍く軋んだ。

 

* * *

 

「……うん、大丈夫。大丈夫だから」

「ソレでどうにかなると思ってるの? あの人は誰にも負けないし捕らえれることすら出来ないんだよ」

「分かってる。分かってるけど、ソレしか無いの」

 

 クロスベル市内において、暗闇というのは存在しない。

 至る所に街灯や建物の明かりが照らされている。なのに、キーアは見えない誰かと話していた。

 

「君には恩があるから良いけど、僕が僕である理由を作った人に頼まれるとは思わなかったよ」

 

 気配は淀んでいる。もし空気に形があるならば、その場だけ滲んでいるように見えることだろう。

 

「貴方もわたしの被害者だし、彼が一番なら貴方は二番……」

 

 不意にその暗闇から何かが伸びた。鈍い色をしたソレはキーアの頭を掴む。

 歪な突起がいくつもある手はキーアの頭を持ち上げる。

 

「ソレ、止めてくれないかな? 僕はそんな事を被害だとは思っていないし、無かったら死んでいたんだよ? ソレを被害だと君が宣うのなら君が助けた支援課は死んでいた方が良かったんじゃない?」

「ッッッ」

 

 キーアはあの時感じた恐怖を思い出して体を震えさす。

 

「ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ……」

「僕はどうでも良いけどね。そんな発言、自己満足にしか聞こえないし。でも卑怯だよ。許されたくないくせに、責められることを嫌がってる。君の周りの人間は優しいから責めないけどね。あの人なら殴られてるよ」

 

 キーアは更に萎縮してしまっている。

 ロイドから、エリィから、ティオから、ランディから、悪し様に責められることを考えると恐怖で動けなくなってしまう。

 

「ふん、救ったくせに責められると何も言えないんだ。これじゃ救われた側もいい迷惑なんじゃないの? 勝手に人生変えられたのに何も知らされず、その事にウジウジ悩まれて後悔されて、その内また人生変えられるんじゃない? オモチャみたいに遊ばれてさ。知ったら軽蔑されるかもね」

 

 闇の言葉にキーアは今も震えるのみ。呆れた闇はキーアを放すと蹴りをぶち込んだ。

 キーアの小さな体は転がって柵にぶつかって止まる。

 

「なにそれ。怖いなら何もしなきゃいいじゃん。失うのが怖いのに、見放されるのも怖いんだ? 我侭だね。中途半端に。実に醜い。だからか……あの人が事件の日以来君に関わらないのは」

「……知ってるよ、そのくらい」

 

 一向に闇しか語らずにいたのに、不意にキーアも口を開いた。

 

「でも、しょうがないじゃない。わたしにはこんな力があるし、自分が何かも分かっちゃったのに皆に心配させてる。……でも、怖いんだもの」

「だから逃げるんだ? 逃げて逃げて無用な心配だけさせて、構って欲しいんだ? ヘラヘラ笑っちゃってさ。でも、もう無理だよね。知っちゃったもんね。この下にとんでもないのがいるって。自分を作った存在がいるって知ったもんね。笑うことすら出来ないね」

「だって、知らなかったんだもの! あの人が生きてるなんて知らなかった! この世界では存在しているなんて思いもしなかったんだもの!」

「あの人は直ぐに思い出したよ。君があの時支援課を救う為に使ったから。三度もあの人に力を使ってしまったら繋がってる奴も来ちゃうよね。君の怠慢のせいだよ。使ったのは君。中途半端に呼んで失敗したのも君。やり直したのも君。そして、奴を呼んだのも君だよ」

「やめて! やめてよ、やめてよ、やめてよ、やめてよ…………」

 

 キーアはもう泣き出してしまっている。

 

「都合が良いね。君が災厄を呼んだんだよ。一度目はあの人を、二度目は僕を、三度目は奴を……本当に手遅れだよ。もう君には何も出来ない。力はもう使えない。奴のせいで。最後に僕は何とかできたけど、それも絞りカスでこんな体すら変えられない」

 

 暗闇に居たはずの何者かが近くを走った車のライトによって、その姿が照らされた。

 一瞬しか見えなかったが、服の隙間から見えた腕や脚はネジやナット等様々な機械が埋めこまれ飛び出しているような奇怪な姿。

 光に反射した金髪も歪に切られ、人としての体相をなしていない。生きていることに疑問すら抱くだろう。

 

「君の力はもうない。歴史の改変など出来はしない。どうする? 泣いて全てが終わるのを待つ?」

 

 侮蔑に嘲笑。化物はキーアを無様と笑う。

 

「僕はどうでも良いけどね、あの人さえ何とか出来れば。世界なんて知らない。お姉さんはどう思う?」

「……………何時から気付いていた」

 

 ぐるりと化物は首を動かして建物の影に視線を向けた。

 そこから銀が現れた。

 

「蹴るのを止めようとした時かな?」

 

 銀は倒れているキーアに近づくと優しく抱き起こす。手で目立つ汚れを叩き落して涙を拭う。

 

「随分優しいね。あの人の苦しむ原因なのに」

「そういう意味では私が一番の原因じゃないですか」

 

 仮面を被ることを止めた銀が化物へと振り向いた。

 

「いいの? って聞いたところでもう僕の言葉は意味がなさそうだね」

 

 銀の仮面を外したリーシャは化物に笑顔を向けた。以前であれば即刻殺し合いが始まっていた二人だが、リーシャには何かしら含む物はありそうだが、化物に殺意は微塵もない。

 

「ケイくんの事……教えてもらえますか?」

「その前にさ、僕のこと殺したくないの?」

 

 殺意はなくとも獰猛に牙を向く化物。奇怪な容姿は何時ぞやの炭鉱での怪物に近い。

 今でこそ正気ではあるが、何時狂気へと変貌するかは分からない。

 

「ええ、殺したいですよ」

 

 化物の質問にリーシャはやはり笑顔で返す。

 

「殺したくてたまりませんし、口を開くな発するなと喉を裂きたいです。でも、分かっちゃうんですよ。地下の憎悪には君のような存在が必要だと。だから雇い主からも打診がありますからね」

 

 リーシャは懐からツァオから受け取った手紙を化物へと投げる。

 

「ふーーん、僕としては君らにはもう興味がないんだよね。あの人の邪魔をするから嫌いなんであって、今はもうそんなことを気にしている場合じゃない」

 

 化物の言葉は真実なのだろう。化物からは殺気が全くない。だからこそ、リーシャは分からない。

 

「君に何があったんですか? そこまでの変貌は気持ちが悪いですよ?」

「あはははははは、ははははは。馬鹿正直だねお姉さん。あの人の触れられたくない所にずかずか踏み入ったのは馬鹿だからかな」

「殺さなくともどつきますよ?」

「はいはい、話すさ」

 

 狂気の中に正気が有るような言動は今も治らない。此の化物の性根がもうそういうモノなのだろう。だから人を馬鹿にせずにはいられない。煽るし、焦らし、嘲笑し、それでも何処か正鵠を射る。

 とは言え、会話できるようになったのにはリーシャも驚いた。

 

「先の話は大体聞いていたとして話すけど、あの人に引っ張られているのさ。何もかもがね。言葉も話し方も考えも好みも全てが、僕の全てはあの人のモノ。一時期は奴の思惑に引っ張られたけどね。本来はあの人に似るようになっている」

「……奴の思惑とは?」

「言ってはいけない人、呼んではいけない人、知ってはいけない人、聞いてはいけない人、唄ってはいけない人、関わってはいけない人、全てに忘れられ、全てに囚われ、全てを知り尽くし、世界に、神に、この世為らざる天壌の峰に、反逆する災厄の人ーー名をアグニ。僕とあの人の産みの親」

「ちょっと待ってください。アグニは500年前の人間でしょう。ソレがどうして貴方達の親になるんです」

 

 ブルブランから聞いたアグニという老人の存在。アルクェイドの親だと聞いてリーシャは化物へと詰め寄る。

 

「僕は此の時代の人間だけど、あの人は違うよ。あの人も500年前の人間だから」

「………ケイくんが500年前の……」

 

 思いも寄らない言葉にリーシャは訳が分からなくなって思考が纏まらない。ブルブランの言葉は嘘だったのか? 何故今も生きているのか?

 

「そんな……ブルブランは普通の人間だと……」

「彼の言葉は間違ってないよ。列記とした人間だよ、ただ500年前に産まれただけ。500年間培養装置の中でね」

「培養装置……?」

「君も見たよね? 奴の施設の中で無数に並ぶカプセル群を、アレは時を止める。君は知っているよね、歴史改竄の御業を。その力の使い方を変えただけ。戻れるのだから留まることも出来るよね。正しくは未来跳躍かな? どっちでも良いけど」

 

 リーシャも知っている歴史改竄の事は、何しろ当事者として関わっていたのだから。だが、以前の世界のことは覚えていない。知っているのはそういうモノがあるとツァオから聞いているから。D∴G教団の真の狙いも一緒に。

 

「本当にそんなことが……」

「証明として僕がいるしね。生き証人って言うのかな? ねぇ、キーア?」

 

 リーシャに起こされてから端で大人しくしていた彼女に化物は視線を向ける。キーアは見られただけ体を震わせる。

 

「君には何もしないよ。あの人の計画が邪魔されたとは言えね。本当に皮肉だよね。世界を救おうとして呼んで、生贄として僕を呼んで、最後にひっくり返すとか溜まったものじゃないよねぇ。あはははははは、ははははは」

 

 化物は語る。アグニの考えを。本来なら化物がアルクェイドの役目にあったのだ。かつてアルクェイドがリーシャに殺されたときにアグニはアルクェイドを見限った。別の存在が必要だと。とは言え、500年も保存してきた素体は既に失い、育ててきた器は死んだ。代わりは無い。

 故にまた新しく創ろう研究をやり直した。そして見つけた。崩壊したD∴G教団のロッジの片隅に住んでいた化物を。

 

「アグニは気付いたんだ。何処かで力を使われたことを。あの人が生きているのを知り、力の影響にあった場所に行くとそこは嘗ての古巣で崩壊した廃墟に居たのは僕。僕には適性があった。器としての」

 

 だから化物は拾われた。アグニの器として、手足として。だが、器の資格はアルクェイドの方が優秀だった。だから化物を使い、アルクェイドを欲しがった。結果がほぼ成り立ってしまった。最初から最後までキーアの力が原因で。

 

「じゃあ、今ケイくんは…………」

「五分五分かな? 今直ぐ変化はないよ。でも手遅れに近いかな」

 

 嘗ての化物の姿を見れば分かること。今の化物を見れば、確かにアルクェイドに近いだろう。逆にアルクェイドは化物になっていくのだろう。会話すら出来なかった頃の。

 

「手遅れ…………」

「そ。以前の僕はまともに戻れるなんて思っていないでしょ? 今は猶予期間かな、クロスベルにいた分だけ時間が伸びている。それが残り一月分」

「それだけあれば…………ケイくんは今何処に!?」

 

 一月と言われ、リーシャは手遅れと言われようとも何もしない訳にはいかない。逆に時間が有ることに希望を見出す。

 

「無理だね。奴がそんな隙を見せようともしないよ。僕が追い出されたようにね。こんな風に処置をするくらいだから」

 

 化物は汚れてぼろぼろのローブのような服を捲ると奇形な腕が見せる。無残な腕。義手の掌どころではない。血管に沿うようにネジが、関節に埋め込まれたナット、骨の代わりかケーブルが覗き見える。

 化物が動かして少し力を入れただけで滲み出る血。黒く見えたローブはソレらの血が酸化した結果だった。

 化物にはよく分かる。ソレらが何で構成されているのか。自らが手に入れたアルクェイドの細工。見る影もない姿に泣きそうな視線を向けていた。

 

「力のお陰と最後の理性って奴かな。神様ってのは残酷だよ。僕にこれが何か理解させる知性を戻してくれたんだから……」

 

 ソレは化物には熾烈な罰。

 

「悔しい、悔しいよ……悔しいのに、こんなにも悔しいのに、涙が出てこないんだ……どうしても泣けないんだ……」

 

 幾度と見た化物の姿。その中で一番醜い姿で有る筈なのに、リーシャには醜いと思えなかった。

 何度も憎いと殺してやりたいほどの殺意を抱いて来たのに、リーシャには可哀想に見えた。

 

「アグニは今何処に?」

 

 だからだろうか、リーシャはもう化物に対して敵意は持つことが無くなった。

 

「無理だよ、手が出せない。手を出せるのは奴が力を発動させた瞬間だけ。その瞬間だけが奴が姿を見せる」

「それが一月後……」

「そう。僕にも知覚はまだ出来る。奴の想定よりもあの人は耐える。いろんな要素のお陰でね」

「発動させるまでの僅かな時間が狙い……」

 

 リーシャは考える。どうするべきかを。どうすればアルクェイドを取り戻せる確率が上がるかを。

 

「だから、お姉さんに頼みたいことがあるんだ。僕はこんな姿だしD∴G教団関連に見つかることも出来ないから、お姉さんの信頼出来る人に力を求めて欲しい。出来れば、純粋にあの人を助けてくれる人に」

「え…………」

 

 化物からの予想外のお願いにリーシャは戸惑った。

 化物はリーシャの返事を聞く前に去ろうとしていた。

 

「お願いするよ。だけど、D∴G教団には気をつけてね。まだ残党は生き残ってるから……あの人のしたこと無駄にしないでね」

「ち、ちょっと待って! まだ聴いてないことが…………」

 

 化物は最後にお願いとだけ言って消えてしまった。銀としてもその気配を辿ることが出来ない。

 

「…………一月後」

 

 残された期限を確認するように呟いて、化物が消えた方向を見つめる。

 

「ごめんなさい、わたしのせいで…………」

 

 今も涙でぐずりながらキーアは謝罪の言葉を繰り返す。

 

「大丈夫ですよ。ケイくんは助けだしてみせますから」

 

 リーシャはキーアの背丈に合わせてしゃがむ。目線を合わせて笑顔を見せる。

 キーアの小さな頭を優しく撫でて彼女を抱きあげる。

 

「純粋に、か」

 

 化物が最後に残した教団の残党という言葉。わざわざ言ったということは彼女の知り合いに居るということ。

 そしてアルクェイドの事を知っているのだろう。誰がそうなのか考えても分からない。

 色々な事を一気に知って混乱もしているのだろう。

 

「レンちゃん達は大丈夫かな……」

 

 純粋にと言われて、最初に思い浮かんだのはやはり小さな恋敵だった。

 ともあれ、まずは抱えた小さな少女を届けることだった。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 人目に付かず歩き出したリーシャは支援課のビルへと歩き出した。

 彼らもまた、純粋に手伝ってくれるだろうと思って。

 

 

 終わりまで、残り30日




補足1 死神の変異 アグニによって器の調整と入れ替えの術式実験体。アルクェイドの腹部を貫いた時の言葉は絶望故に発した。この時には正気に戻りかけ、その後アグニによって精神崩壊(肉体改造)された。

補足2 キーア弱体化 アグニによって力は意味をなさない。精神的な弱さは年齢的なもの。

補足3 力の解釈 過去世界に干渉の幅を広げ、過去の人物を引っ張ってくる。原作最後にガイが登場したのがコレ。

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