ゴリゴリと削られていく歪な細工は段々と精錬な形へと整えられていく。
「くっはぁ……」
片足をぶらぶらと揺らしながら欠伸を噛み潰す。
欠伸をしている最中でもその手の動きは止まらずに、設計図もなしに望む形になっていく。
「そろそろか…………吉となるか凶となるか。どう転ぶ? 魅せろ魅せろ? ククク、道化は道化、主役には成れず。されど、演出家たる者道化也。さて、何処が躍り出る?」
舞台の袖から語るように彼は口を開く。魅せろ魅せろと大仰に、誇張して演出する。
「俺はあくまでも
彼は立ち上がり腕を広げて眼下に聳え立つオルキスタワーを眺める。いや、見つめるはその先か。
「時は満ちる。これが発端とはなんとも皮肉なものだな」
彼の視界の端に大型武装ヘリが入ってくる。オルキスタワーに向かって一直線に飛んでいく。けれども、男はそれに興味はない。
テロリスト等という革命者には、等しく価値はない。国を変えようとする理想を持つならば尚更。重要なのは、ソレを刈り取る組織が何処なのかということ。
もっとも、ソレすらも彼にとってはあまり価値のないものではある。彼にとって唯一の興味は如何にしてテロリストという餌で誰が輝くのかということ。そういう意味では怪盗紳士がこの場にいないのは少々不思議に思える。
この場の役者の一人が彼の姫君たるクローディアがいるのだから。
「人身御供……とは少々違うが、この地に沈め。勘違いしたテロリストよ」
テロでは国は変えれない。変わったとして国民の意識が少々変わる程度。民なくして国は有らず。だが、国なくして民纏まらず。
国を変えるならトップを変えねばならぬ。ならばそれはテロという殺戮ではなく、クーデターという国家転覆でなければならない。革命というものは市民の一人一人が動いてこそのものだ。余程の圧政でもなければ、ソレは興らない。
故に、彼は勘違いした犯罪者に興味はない。
だから、そう。彼にとって思いよらぬ所が掻っ攫ってしまうが故に、彼は呆然とする。
「はぁ……ッ!?」
あまりにも一瞬。
武装ヘリがオルキスタワーの国家元首が集う場に銃撃を打ち込み、最上階のヘリポートに降りて乗り込もうとした。そこまでは予想の範囲。
彼の予想としてはミサイルでも打ち込むのかとも思ったがそうではなかった。しかし、そこは些細な違いでしか無い。
ヘリが着陸すると同時に、白い制服を着込んだ警備隊にソレらが包囲されるまでは。
「巫山戯るなよ、ディィィィタアアァァ・クロイスウウウゥゥゥ!!!!」
行き場のない彼の怒りが、これを起こしたであろう人物の名を叫ぶ。
* * *
「………………」
アルカンシエルの一般客席の最後列の最右端に座り込んだアルクェイド。彼は不機嫌そうに義手の中指で肘置きを一定の速度で叩いている。
彼から微かに滲み出る殺気に舞台の上で稽古する者は雰囲気に呑まれて恐恐としている。
ディーター・クロイスがクロスベル独立宣言から数時間。その宣言は瞬く間にクロスベル中に広がった。
そのような状況にあってもこのように稽古に打ち込む姿はアルクェイドにとっても好ましく映る。故にこうして気分でも紛れるかと思って来たわけだが、予想に反して気は晴れない。
役者たちも宣言に関しては気が気ではないらしい。が、一番の原因はそんな時にかなり不機嫌でやってきたオーナー本人のせいである。
時折漏れる怒気を孕んだ息は更に空気を悪くする。
「邪魔よ」
そんな彼に向かって組んだ脚を蹴飛ばす女が居た。
漏れた殺気を隠しもせずにそんな行為をした女を睨む。しかし、女はその程度ではビビリもしない。
「稽古の邪魔だから出ていってくれない?」
イリアにとってはそんな彼の態度も意味が無い。
彼女に再び黙れと睨んでも効果はないだろう。だから何も言わずに反応もせず、寝転ぶように体を滑らせる。
その様は不貞腐れた子供のようにも見えた。
そんな彼を見て溜め息を吐くイリア。何を言っても仕方ないと呆れて稽古に戻っていってしまった。
「クソが……」
何処に誰に付いた悪態か。彼女の態度もアルクェイドの機嫌を悪くする一つでしか無かった。
ディーターの独立宣言。彼にとって、重要なのはそこではなく、そのための軍隊発足とそれによるデモンストレーション。
それで輝ける舞台がひっくり返された。そこに怒っているのだ。物語の続きが見たいと駄駄を捏ねる子供。そのようにしか見えない。
最も、アルクェイドに言わせれば大人なんていないと言うだろうが。彼ならば、こう言うだろう。
『望みを堪えてしたいことをしないなんて奴隷でしか無い』と……。
子供とはなにか? と、聞かれて答えられる者は多いだろう。大抵幼いとか我慢ができないとか、責任を果たせないとか。では、大人とは? と聞かれれば、なんと答えるか。年をとった? 忍耐がある? 金の力でなんとかする? そんなこと子どもでもある程度は出来る。
故に彼にとって瑣末な違い。曖昧な定義でしかないソレをどうでもいいと思う。重要なのは輝けるか否か。
「……………」
「なーに湿気た面してんの」
苦虫を噛み潰したように不機嫌な彼になんともなしに近づく少女が居た。
けれど、彼は無視をする。
「ねーねー、何時になったら用意してくれるわけ?」
ウザそうに無視するも尚話しかけてくる。彼女は反応するまで話しかけてくるだろう。
「ふーん、無視するなら面白いコト教えようかと思ったのに言わないよ」
アルクェイドはしばし悩んでからなんだと短く問うた。このまま不機嫌に成る理由に囚われるのも馬鹿馬鹿しいと感じてだった。
チラリと彼の横の背凭れに後ろからもたれている少女を見る。
「なんで市長が軍隊発足を急いだか知ってる?」
「あぁ?」
それはアルクェイドにとっても気になることだった。いつか述べたように独立には大いに手間がかかる。無論、ソレに関する利点はある。
が、第一に必要なのが住民の意志である。基本的に人間というのは己の身に降りかからねば対岸の火事。同情や瑣末な施しはしたとしても何かしらの行動に移すことは有り得ないと言っていいほどだ。
故に、何かしらの打撃をクロスベルに与える必要があると思っていた。それも大規模な破壊活動が、そうテロリストのような存在が必要だった。
が、それは国軍が起こる前に阻止した。そこが疑問ではあった。
「共倒れはゴメンだったから、あたしらが断ったのさ」
「……クロスベル襲撃をか?」
「そういうこと」
猟兵団を使うのは良い判断だと彼は思う。事が起こってからの敵国では遅すぎる。しかし、第三者でなければならない。
その点、金で動く彼らは使いやすいし金さえ払えば裏切ることもないだろう。
「……黒月は?」
「そっちは知らないなぁ。こうなったってことは断ったんだろうけど、理由までは知らない」
この地に進出してきているマフィアを使うのはやや悪手ではあるが、何もしないよりはましだろう。しかし、断られた。
ならば、黒月にはクロスベル独立の手助けよりも旨みがあることがあるということに他ならない。もしくは、被害を被る可能性があるということ。
「黒月は東方の有力マフィア……奴について何かしら掴んでいるのか? 銀への伝手もある……」
ここで最悪なのが、黒月とアグニが繋がっているということ。古の東方の知識を持ちいるアグニ。
彼を東方に深く根づいている黒月が何も知らないという可能性も低いと彼は思う。
「共倒れといったな、敵は誰だ?」
「それをあんたが言うの?」
彼女は笑いながらもたれていた背凭れを軸に仰け反り始める。
彼女の顔が彼の視界の中に入ってくる。
彼女の胸元が強く主張されるー決してサイズは大きいとは言えないーがそこに彼は興味はない。
しかし、彼女の身体能力はやはり観るものが有る。素質で言えば、イリアやリーシャに匹敵するだろう。
故に、無意識にアルクェイドの手が伸びた。
「え……ちょっと……」
体を触られるなどとは思いよらなかったシャーリィは戸惑う。
「ふむ……とても靭やかで柔らかいな。やや筋肉が付き過ぎてはいるが、良い。修羅場を幾度も潜ったきただけに反応も良い」
アルクェイドの手が掌から腕、肩、腹部へと段々と移動していく。
「………………あのさぁ」
「ん? どうした?」
アルクェイドが一通りシャーリィの体を触ったところで彼女が口を開いた。
「あんた、いつもこんなコトしてるの?」
「いつも、というわけではないが、最近で言えばシュリにしたな」
その期間を指折り数えて微かに笑う。その時のことを思い出したようだ。
「ククク、アレは実に良かった……」
彼の口から言葉が漏れる。それだけシュリの時は歓喜した。狂喜と言っても良かったほどだ。
素質だけで言えば、恐らくイリアすらも超えているだろう。故に、住むところも用意しアルカンシェルにも連れて行った。
だからわざわざ特別室にまで連れて行ったし、代理の老紳士もイリアもそれに驚いていた。
「ねぇ、あんたって女に興味ないの?」
「…………あ?」
今まで幾度も誰もが彼に聞きたがった言葉が遂に彼に届いた。
体は仰け反らせたまま手を伸ばして顎から頬へ柔らかく伝っていく。
「いきなり女の体に遠慮無く触るしさ、触ったくせに他の事考える。他の皆はいつも戦闘した後はそういう店に行くのにさ」
「まぁ、兵士とはそういうモノだしな。娼館やら何やらで吐き出す物が有るのは確かだな。戦争の時には兵士と共にそういったものが従軍する場合もある」
「だからさ、あんたはどうなの?」
「…………ノーコメントだ」
「まさか不のっ……」
それ以上彼女は続きを言うことが出来なかった。両者の頭ーシャーリィは仰向けのため顔面ーに紙の束が叩き付けられたからだ。
「あんたたちねぇ……本当に叩き出すわよ?」
彼らを叩いたのはイリアだった。その背後にはリーシャとシュリも見えた。
「さっきからなんなんだお前は……」
ようやくちゃんと座りなおしたアルクェイドが呆れ顔で言う。
「ソレはこっちの台詞よ。皆を怖がらせるわ猥談を始めるわ、いくらオーナーだって邪魔するなら出てってもらうわよ」
「アレで猥談か。やけにピュアではないか。ククク、なぁイリア・プラティエ?」
煽るように笑いながら彼女の前に立つ。
対してイリアは違うわよと手に持った紙の束ー台本ーで後ろにいた二人を指す。
「あんた達の会話を聞いて真っ赤な顔してたわよ」
「お、俺は別に……」
シュリはトレードマークの帽子を誤魔化すようにかぶり直して顔を背ける。
その隣りのリーシャも気まずそうにソワソワしていた。
「はぁ……喧しい女がいるから退散させてもらおう」
そう言って、片手を振りながらアルクェイドはリーシャとシュリの間を通って立ち去ろうと歩いて行く。
「あんたは全くもう……」
少女二人が可愛らしい反応を微塵も興味を見せる素振りもないまま、立ち去ろうとしていく背後を呆れて見ていた。
イリアはそのままシャーリィの方へと向き直る。
「それと、今は関係者以外立ち入り禁止なんだけど、どうやって入ってきたのよ」
「んーー、あいつの知り合いだって言ったら入れてくれたよ?」
「はぁ……まぁ、知ってる人は少ないから仕方ないと言えば仕方ないか」
アルクェイドの事をオーナーと知っているどころか、彼の存在を知る人が限られているため、こうして稀に通してしまうことがある。
と言っても、大抵が細工目当ての人物が多いのだが。
「で、アルクェイドは何処かに行ったけど、貴方はどうするの?」
「そうだねぇ……本当は別のを見に来たんだけど……」
本命は別だと言うシャーリィの視線はイリアの背後に立ったままのリーシャに向いていた。
リーシャはアルクェイドの方を見ていたので、ソレに気づいていない。
「まぁ、今はいいかなぁ……どうしようかな?」
「なら、うちを見学していかない? アイツが帰ったから練習にも身が入るし、見学者が居たほうがいいしね」
オーナーに対してあるまじき態度や行動をしたはずのイリアは実にあっけらかんとしていた。
彼女は前の前にいる少女が百戦錬磨の悪鬼等とは欠片も知らぬだろう。それでも、アルクェイドの事を知っていたという時点で只者ではないことを把握している。
ソレはこの場に来るときに老紳士に訝しげに見られたように。
しかし、只者ではないことを解っていて彼女はシャーリィを歓迎した。
それはイリアがアルクェイドの事を絶大的に信頼しているからだった。彼が彼女を放置した。ならば、今此処で何かをする敵意はないという証明でもある。
「それと、さっきのアルクェイドが言わなかった事を教えてあげようかしら?」
不意に、意地悪な顔を浮かべたイリアは後ろにいるリーシャにも聞こえるように口を開いた。
「40点。そういう事はもっと肉体に凹凸が出来てから出直すんだな、って言うわよ」
イリアはスレンダーな体型のシャーリィに向けて良い笑顔を浮かべていた。