刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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ようやく私情が落ち着きました。しばらくは早期更新で行きたいなぁ……。


第17話 運命仕掛けの変調

 リベール王国との玄関口である飛行船着陸場に、ZCF屈指の飛行船王国所持の大陸最速と言われるアルセイユが到着した。

 そのアルセイユが到着してからしばらくしてから、アルセイユに近づく2つの影。王国の関係者と思われるような服装ではないが、アルセイユの扉は開かれ、2つの影は内部へと進んでいく。

 

「なんか、ピリピリしてるわね」

 

 アルセイユ内の王国兵士と何度かすれ違っていると、そんな感想が漏れた。まるで、有事の様に神経質になっているような印象すらある。

 

「会議のせい……じゃないみたいだね。恐らく、アルが原因かな」

 

 所々聞こえてくる内容がどうやら侵入者に対する警戒と対応についてのようだった。知り合いがやらかした事で慌ただしく動く人間を見て、少なからず申し訳なさを感じていた。

 今回、彼らがアルセイユを来訪したのは、友人がいるからであり、仕事だからだ。

 

「お待ちしておりました」

 

 ユリア・シュヴァルツが中まで来た二人を迎えた。彼女の背後にはクローディアがいる作戦司令室がある。

 

「中でクローゼ様がお待ちです」

 

 そう言って、ユリアは背後にある扉を開き、中へと入り、二人はそれに続いていく。その先には言葉通り、クローディア・フォン・アウスレーゼが待っていた。複雑な表情をした彼女が。

 

* * *

 

「で? これをこんな風にした奴はどこに行った?」

 

 アルクェイドは義手の右手をメキメキと力の限り軋ませて正面に正座している少女を見下ろしている。殺気ではなく怒気を盛大に放出し、寝ていないのか、目は充血していて血走ったように見える。その様が、より一層アルクェイドの怒りを表していた。

 沈痛な表情と態度でいる少女は沈黙を保ったまま何も語らない。如何に室内といえども、床に正座させられていると脚が痛くなる事だろう。少女は心の中で、ここに来た時にすれ違いとなった二人に悪態をついていた。少女にとっても慌てて逃げるようにこの部屋から出てきた二人を不思議に思ったが、理由は分からなかった。

 結果、少女は二人が出てきた部屋にずっといて、落ちていた小さな隻腕の銀象を拾ったところで、アルクェイドがメゾン・イメルダに帰ってきたのだ。

 そして、アルクェイドに用事があった彼女はアルクェイドの前まで行ったのだ。そう、壊れた隻腕の銀象をその手に持ったまま……。

 

「さぁ、シャーリィ。教えてくれないか? 今、君の持っている銀象を壊したのが誰なのかを」

 

「……………………」

 

 アルクェイドはとても優しい口調で悪いことをした子供を諭すように聞こえる。だが、彼の前にいる少女はもう子供とは言えず、少女ではあるが数多くの敵を葬ってきた歴戦の戦士なのだ。そのシャーリィが殺気を放っていないアルクェイドに怯えていた。

 歴戦の戦士であるはずのシャーリィが何故アルクェイドに怯えるのか。それは彼女の耐性の無さにあった。幼い頃から、それこそ物心付く前から彼女は猟兵(イェーガー)として過ごしてきたのだ。殺気に当てられた事は多々あれど、悪さをして怒られたことなど無きに等しい。幼き頃から生き延びる方法を叩き込まれ、人を殺す術を習ってきたが為に、叱られたことなどないのだ。

 故に、シャーリィは今までにない経験によって戸惑っている。アルクェイドの行動の意味が分からず、何をどうすれば良いか悩み、結果として何も言えずにいた。なにより、すれ違った二人が誰なのかが、シャーリィは知らない。だから、沈黙するしかなかった。

 

「本当に知らないようだな」

 

 長く沈黙したままだったシャーリィを見て、アルクェイドは大きくため息をつく。そこでようやく怒気から解放されて、シャーリィも一息つく。

 が、未だ彼女はアルクェイドの束縛からは逃れられない。

 

「で、何をしに来た?」

 

 アルクェイドは先程の威圧に加えて、殺気を滲ませて精悍な眼差しでシャーリィを見る。殺気を感じ取ったシャーリィは自分のいるべき場所(戦場)になったのだと理解して口角を上げて獰猛な虎の笑みを浮かべる。

 

「アハッ、やっぱり分かってるんだ」

 

 これからの赤い星座の行動を知っているが故の言動に、シャーリィは喜びを隠せない。

 

「あたしの知る限りじゃ中立とはいかなくても不干渉だと思ってたんだけど、そうじゃないのかな?」

 

 シャーリィは正座から立ち上がり、アルクェイドの顔を伺うように見上げて彼の周りを歩く。アルクェイドはソレを視線だけで追いかけながらも体は前を向いたまま。

 

「さぁな、蛇から何も来ていないし、そもそも従う義理はあっても義務はない」

 

「そこ、なんだよね。アンタは被害と被らなければ何もしてこないだろうってのが皆の予想」

 

 手も足も速いシャーリィだが、決して馬鹿ではない。むしろ、本質を見るのは獣の鼻が利くのかアルクェイドが知る中ではかなり速いほうだ。経験が多い分痩せ狼の方が幾分有利だと判断しているが、それも何処まで有効かも怪しいものだ。おそらく、天性の感だけならば最強だろう。

 

「だけど、直に殺りあったアタシの予想は別」

 

 グルリとアルクェイドの周りを一周回ったシャーリィは彼を正面から見上げる。

 

「恐らく、アンタは確実に手を出してくる。此処(クロスベル)で何かをする限りね。アンタの意志とか云々抜きにして、必ず手を出さなくなる。ソレほどまでに此処が好きになっている」

 

「馬鹿げたことを」

 

 シャーリィの言葉をアルクェイドは鼻で笑って一蹴する。けれど、彼女はソレを見ても薄く笑うだけだ。シャーリィは確信している。このままでは必ずアルクェイドは関わってくると。

 

「だから、アタシと取引しようよ」

 

「……何?」

 

「アルクェイド・ヴァンガードが手を出してくるのは確実。だけど、遣り込めるのはアタシは勿論オーガ・ロッソでも無理。なら、その前に旨みを貰っておかないと損になる」

 

「………………」

 

 アルクェイドは割といい気持ちではなかった。それもそうだろう。目の前で自らの意志ではないことをやらされると宣言されているのだから。とはいえ、シャーリィとしても、半分賭けになっているのは確か。

 ここで、アルクェイドの興味をひく物を出さなければ、厄介なことになるだろうと。

 

「だから取引」

 

「ふん……」

 

 それすらもアルクェイドは鼻で笑う。小娘如きに何が出来ると。お前にはソレはに合わないと。

 

「じゃ、まずはアタシのお願いから話そうかな? アンタなら知ってるはず……」

 

 シャーリィは正面に立ったまま更に一歩踏み出してアルクェイドと距離を縮める。吐息すらも当たりそうな距離でシャーリィは囁くように口を開く。

 

「アタシにピッタリな相手を用意してよ。飛びっ切りの生きのいい奴を」

 

「ほう……?」

 

 少し予想外だったのか、アルクェイドは興味が出たのか反応した。

 

「そうだね、例えば……暗殺者とか良さそうじゃない?」

 

「…………何故、それを俺に言う?」

 

 空気が歪む。そこまで分かっているなら自ら殺りに行けばいいだけ。なのに、わざわざアルクェイドに言う。腹芸をするように見えないシャーリィの口から出てきただけに彼の興味をかなり擽った。

 

「本気で殺りたいからに決まってるじゃない」

 

 笑う。シャーリィは笑う。

 

「俺に囮になれと?」

 

「そそ。だって、そうでもしないと本気で殺ってくれそうにないしね」

 

「で、対価はどうする?」

 

「対価? 対価はねぇ……」

 

 シャーリィは獰猛な虎の様に舌なめずりをして、アルクェイドと距離を詰めるために、背伸びをする。彼の耳元まで口を持って行くと、彼女は小さく囁いた。

 

「………………」

 

 シャーリィは言い終えたのか、背伸びを止めてアルクェイドから一歩下がって距離を取る。彼の最初から冷たい視線は今も尚、変わらずに目の前の少女を見ていた。目をやや薄め、笑う彼女から視線を逸らす。

 それを誤魔化すようにか、シャーリィに背を向ける。

 

「いいだろう。いずれ、お前に合った場を設けよう」

 

 アルクェイドは何処か忌々しげに吐き捨てるように言った。それを聞いたシャーリィは口元をニィと伸ばす。けれど、その笑みは一瞬で終わった。

 

「…………なに、これ?」

 

 メゾン・イメルダの……否、クロスベルの空気が変わった。一瞬に生温い肌に張り付くようなベタつく空気へと。祭り前の賑やかな喧騒と雰囲気が何処か遠くに感じられるほどに。

 アルクェイドは知っていた。この空気を放つ存在を。

 

「なんだこれは…………」

 

 しかし、今回は少しばかり違っていた。アルクェイドの肩が震えていた。この微かな違いを明確に感じてしまったから。

 

「誰だ…………」

 

 わなわなと肩を怒りで震わせ、ギリギリと右手の義手を軋ませる。

 勢い良くドアを開け放ち、階段を登り、エントランスをカツカツと靴音を響かせながら通り、外へと出る。

 

「何処だ……!」

 

 血走った目で辺りを見渡すが、生臭さがクロスベル中から漂ってきて、元が何処か分からない。

 

「どうしたのさ?」

 

 雰囲気が変わったアルクェイドを追いかけてシャーリィも背後までやってきた。けれど、アルクェイドはシャーリィなど最早眼中に無いと無視をする。いや、もう聞こえていないのだろう。

 そのまま、彼女の問に答えること無く、その場から屋根を駆け上がり、屋根伝いに消えて行った。

 

* * *

 

 アルクェイドとシャーリィがおかしな雰囲気を感じる数刻前。クロスベル市内からやや北東の地から、地を這うように蠢く存在が居た。

 それは、それなりの速度を持って、生い茂る草木を避けながら、市内を目指していた。街道に沿うように掛けるが、日の当たる場所まで出て来ない。

 その何かと並走するように街道を走るモノがある。それは、共和国から来訪する者が使用するクロスベル中を走るバスだった。バスの中にはそれなりの人数が乗っていることが外からでも見えた。

 蠢く者は木々が無くなると、脚を止めてバスを見送った。市内に入って行く姿を見ながら満足そうに口をニタァと開いて笑みを浮かべる。

 

「ヒャハッハハハ」

 

 ニタニタと笑いながら舌で唇を舐める。余程興奮しているのか、卑ひた笑みと共に、唾液が糸を引きながら垂れている。

 バスが市内に消えてから幾分か経った頃、ようやくソレは日陰から出てきた。しゃがんでいた体を戻して立ち上がる。

 ソレは死神だった。アルクェイドに固執する壊れた迷い子。その姿は少々風変わりしていた。

 顔の筋が浮かび上がりドクンドクンと血液が流れている血管が目に見えて脈動し、目は血走ったように充血していた。なによりも、顔と言わず微かに見える手足には機械的な部品であるネジやナットが埋めこまれて飛び出して見える。

 

「アハアハ……あ嗚呼あゝ唖々アア!!!」

 

 産まれたばかりの赤子が産声を上げるかのように言葉にならない叫びを上げる死神。

 

「壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる壊してやる。何もかも、あの人のあの人のあの人のあの人の大事な大事な大事な大事な大事な大事な細工を穢すなんて…………」

 

 死神は市内に向けて歩き出した。

 

「壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して下さい。僕は僕は僕は……誰? 何? 戻して戻して戻して戻して戻して下さい」

 

 それはもう人とは思えない思考と言動。獣の如く四つ足で駆ける死神。

 その言葉が何を意味しているのか……。

 

「アハハアハハハッハヒャハハア……あ嗚呼あゝあゝあゝあゝあゝあゝあゝあゝあゝアアアアAAAAAAAAAA」

 

 市内に入った死神は屋根を伝い、振り千切れんばかりに首を振って標的を探す。獲物を見つけたのか、東通りから湾岸沿いから行政区通り、歓楽街へ。

 いつも屋根を跳ねて移動し、獲物に追いついた死神はゆっくりと速度を落とす。

 死神の視線の先には一人の老婆がいた。パッと見、一般人の様に思えるが、良く観察してみれば辺りを見渡す行動が多い。横や後は勿論、時には止まって向きを変えている。

 そちらに用があるのかと思えば、何もなく方向転換するのだから不審としか思えない。しかし、祭り前の賑やかなクロスベルでは普通の老婆を気に留める者もおらず、うろちょろしているのも興味深そうに見て回っているようにしか思わないだろう。一見して不審でなければ、人は得てして怪しいと思わない事を老婆は知っている。

 だから、こんな昼間に堂々と怪しい行動をしている。まだコソコソしていたら不審に思う者もいただろうが。

 最も、その方がこの老婆にとっては幸せだったのかも知れないが……老婆の予想外はその噂を真実と思わなかったことだ。そして、その製作者がこの街にいることを知らなかった無知が原因だった。

 だからそう。老婆が人通りの少ない裏通りに入ってしまった。ソレを心棒する狂った信者が、神を穢す行為を見逃すはずもない。

 

「誰だい、アンタは?」

 

 老婆は道を塞いだ何者かを問うがソレは口元を開いて笑うのみ。

 逆光によって老婆にはその姿が黒くしか見えない。それだけがこの老婆の最後の幸運だったのかも知れない。気色の悪い其の容貌を見ずに済んだのだから……。

 

 次の日、クロスベルの地下ジオフロント一角で腐敗した死体が転がることになるのだが、死体はネズミや魔獣によって食い散らかせられ、蛆によって完全に苗床にされて人知れず欠片も痕跡を残さずに消え去った。

 使われていない地下道など、誰の目にも晒されないのだから……。ここに色々とブランド商社の頭を悩ませた偽ブランド商人は消えたのだった。

 噂というものは得てして真実も込められているものだ。それが不可思議であればあるほどに……。苦しくも、この日を境に死神がクロスベル市内に姿を表すことはなくなった。

 アルクェイドが彼を見つけることも出来ずに…………。

 

 後日、アルクェイドは死神と最悪の再会を果たすのだった。

 




しばらく死神はご退場。政治関連は苦手なんですが、これから多くなりそう……。

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