刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第16話 運命仕掛けの白隼

 クロスベルは活気に満ちていた。市民の一人一人が例に漏れること無く各々役目を必死にこなしている。それは、小さな商店からデパートまで、IBCの様な大企業も含まれる。そして、人々が活気づくと同じように諍いというものも増えるのは道理で、その対応のために警察も遊撃士もそして、クロスベルへ入るための門に配備されている警備隊も忙しなく動いている。

 その遊撃士に一応所属しているはずの二人は、と言えば…………。

 

「エステル……確かに僕らの仕事は先だから、のんびりするなとは言わないけど、流石にそれはアルが知ったら怒られるよ?」

 

「大丈夫よ、大丈夫。これくらい構いやしないって」

 

 相棒の忠告を無視してエステルは遊んでいた。遊ぶ事は言葉通り、ヨシュアも咎めはしない。むしろ、普段は周りが心配するくらい遊撃士として仕事をこなす為に、有事でない今はむしろ推奨するだろう。

 だが、遊ぶ内容については別だ。別に遊ぶと言っても、人に誰それから指を刺されるようなことではないし、傍から見ても咎めるような人はいないだろう。ただし、その遊んでいる物の所有者を誰か知らなければ、という限定的な条件が付くが。

 エステル達は今、アルクェイドが管理しているメゾン・イメルダに住んでいる。そこにはレンとアルクェイドも住んでいる。アルクェイドが住んでいるということは、勿論彼が使う工房じみた部屋もあるということだ。と、いうよりも、建物の半分以上は工房へと改装されている。

 建物内に入れば、各々部屋があるエントランスがあり、端に見える階段を降りればキッチンがあり、その奥にアルクェイドの部屋と工房へと繋がる扉がある。

 エステルは今、部屋の主がいない事を良い事に勝手に工房へと入っていた。

 

「鍵だって掛かってなかったし、大事なモノを目に触れる場所に置きやしないわよ」

 

 そう言って、彼女はアルクェイドの作った細工を触っていた。

 事実、鍵は掛けられていないし、本当に大事なモノは置かれていない。しかし、世の貴族や裏社会に通ずる者があのアルゲントゥム製品と知れば、桁違いのミラを出して求める程のモノだ。

 そういう人間から見れば、喉から手が出るほど欲しがる物だが彼女はそれを知らない。ヨシュアの方は知っているが、そういうモノに頓着しない質で、アルクェイドもあまり気にしていない。

 アルクェイド自身がミラとしての価値を気にしないからこそ、鍵は掛けていないのだ。それはつまり、アルクェイドが共に住んでいる彼らを信用しているからとも言える。そして、彼らはソレに値する事も確かだ。

 だが、一つだけアルクェイドは間違えた。それは、エステル・ブライトという人間が、盗むことは絶対にしなくとも、触ることは絶対にするような人間だということだ。

 

「それで、アイツは何処に行ったのよ?」

 

 エステルはそう言いながら、小さな鋼のような意志を感じさせる人形を掴む。

 

「アルは観に行ったよ。白隼を……」

 

「そう言えば、もう来るのね。元気にしているかしら、クローゼは」

 

「元気は元気だろうけど、内心恐恐(こわごわ)しているだろうね」

 

「王族の重圧かぁ……」

 

 大事な友人の想いを測り知ることは出来ないけれども、察して推測しフォローすることは出来る。

 真に理解することは王族ではない彼らに出来はしない。だからと言って、それで理解しそうとすることを止めてはいけない。

 その行動の結果がアルクェイドの存在を教え、クロスベルに再度来訪し、手助けする事を決めたのだ。英雄とは呼ばれても、所詮は一介の遊撃士でしかない彼らに出来ることは些細な事だ。だが、その些細な事でも数多く集まれば、国を救うことが出来た。そもそも、国を救おうなどと思って行動したわけではない。

 最初は父のような遊撃士になりたくて、次に大事な家族を取り戻したくて、そしてその旅の途中で出来た友人仲間を助けたくて、結果として英雄になった。

 そのことに対して自信と誇りを持ったとしても、驕りはしない。念頭に置いてではなく、自然に出来ている彼らだからこそ、人は集まり、英雄になれたのだろう。

 仮に、アルクェイドが似たような偉業をしたとしても、彼が英雄となることは絶対に有り得ない。彼には、英雄に成り得る資格がないのだから。

 

「僕としてはクローゼよりもアルの方が心配なんだけどね」

 

 ヨシュアは苦虫を噛み潰したような顔で笑う。それは心配というよりは困ったような表情だ。

 

「アイツを? なんで?」

 

 エステルは背後で佇んでいたヨシュアに向かって振り向いた。手には今も鋼の象がある。

 

「いやね、昔から誰かに会いに行くときは突拍子も無い方法で会いに行くからさ。下手な事していないといいなってね」

 

 幾度と出会ったことのある人物ならば、ああまたかと肩を竦ませながら仕方ないと言っては受け入れるだろう。しかし、それは初めて出会う人物となっては不安にしかならない。

 突然の来訪は当然の事で、手順を踏んでいても最後の最後で予想外のことを為出かす。以前に、ディーター・クロイスと面会した時もそうだったように。

 

「今回は僕らという手順を既に踏んでいる。クローゼの要望を僕らを通して既に面会するアポイントは取った。後は出会うだけ」

 

「ちょっと待って、会いに行くって言った? 誰が? 誰に?」

 

「アルが、クローゼに」

 

 ヨシュアの言葉はまるで正しいことを言っているように思える。クローゼは仮にも王族なのだ。それが、異国の地とは言え、自ら会いに行くなどほぼないのだから。相手の身分が同等ならば、ありえたかも知れないが……。が、今はそこが問題ではない。そもそもの話として、クローゼは未だ……。

 

「クローゼは未だクロスベルに着いていないじゃない。どうやって会いに行くのよ?」

 

「それが分からないから心配なんだよ。下手に蛇の何かを持ち出していないといいんだけど……」

 

 それで、ようやくエステルもヨシュアの言葉が理解できた。アルクェイドも一応それなりに常識と言うものは存在している。だが、ソレはあのヨルグとのコミュニケーションで生まれたモノだ。だからこそ、ヨシュアも心配しているのだ。

 唯一の救いと言うべきか、一定の良識というものが存在するのは、偏にブルブランのおかげなのだ。故に、今回ブルブランの()()()()()と対面することが少しだけ心配なのだ。

 

「本当に、どうやって行くんだろう……」

 

 ソレに答えられる者はいない。何かしらの答えを返すことも無かった。

 

「邪魔するよー!!」

 

 上階から勢い良くドアが壊れたのではないかと思えるような大きな音と、少女の声が聞こえてきたから……。

 

「あ…………」

 

 その大きな音にビックリしたせいか、微かな音がエステルの手元で鳴った。恐る恐るエステルが手元に視線を落とすと……そこには、隻腕の鋼の象があった。

 

「やば…………」

 

 

 冷たい風が吹いていた。場所としては大体クロスベルとリベール王国の丁度中間地点ら辺に位置するだろうか。如何に秋風が吹き始めた時期とは言え、まだまだ寒い時期とは言いがたい。

 なのに、男の口から漏れる呼気はまるで、冬の様に白くなっている。それは、それだけこの場所が寒いということだろう。

 寒さだけではない。吹いている風自体も冷たいのは勿論だが、異常に強いのだ。冷たさも相まって、ソレは最早刺すように鋭いナイフの様に男の体を吹きさらす。

 

「アレか……」

 

 そして、男は眼下にようやく見えた一つの船を見下ろして言葉を発する。

 男の視界の端に見えるは本当に小さな一つの船。一見、隼の様に見える白亜の船。高速で移動するソレは正に、空翔る白隼の様である。

 そう、空を翔けるのだ。今、男は上空にいた。それも白隼よりも更に上に。故に、空気は刺すように冷たく、風も強い。

 ならば、男は何に立っているのか。ソレは自分の半身とも言っても過言ではない巨大人形兵器(アインヘリアル)の肩の上に立っていた。

 

「さぁ、魅せてもらうぞ」

 

 男は愉悦に口を歪ませ、倒れるように前のめりになる。そして、斜めになったとき、男は大きく蹴って飛び出した。

 空中へと。

 巨大人形兵器はそんな主を気にも止めずに、旋回してクロスベルの方角へと飛んでいく。そして男はぐんぐんと白隼へと近づいていく。

 このままでは、落下速度と白隼の速度による衝突で、男は木っ端微塵にはじけ飛ぶことは容易に想像できる。しかし、男は一見何の装備もしていない。このままで想像の様になってしまうことだろう。

 男は白隼との距離が近くなると、義手の右手を大きく付き出して、音が鳴らさんばかりに機械の指を軋ませる。そして、一度握り締めて開くとワイヤーが掌から飛び出した。

 ソレは蜘蛛の巣の様に網目模様で、白隼のデッキの柵に幾つも引っかかり、大きく引っ張る勢いのまま、デッキへと乗り移った。

 

「クハハ、Bの姫君の御様子は如何かな?」

 

 外にいても船内の騒ぎが聞こえ、アルクェイドは小さく笑いながら、ロックの解除された扉から内部へと進んだ。

 

 

「上空から何か接近します!」

 

「上空からだと!?」

 

 白隼(アルセイユ)のオペレーターから有り得ないような放送が船内に流れ、ユリア・シュヴァルツは大慌てで操縦室へと移動する。

 

「詳細を報告せよ!」

 

 部屋に入るなり、オペレーターに詳細を求め、スクリーンへと対象を映させる。

 

「しょ、詳細は不明! 対象の大きさからして大体人間と思われます!」

 

「こんな上空に人間だと!?」

 

 雲よりも高い位置を飛行しているアルセイユよりも上空に人間がいるわけもない。しかし、スクリーンに映された姿は確かに人のように見えた。故に、オペレーターの言葉を信じるしかない。

 

「何の騒ぎですか?」

 

 室内全員が対象の姿に驚愕していたとき、新たに操縦室に入ってきた人物がいた。

 

「殿下! 詳細不明の何かがアルセイユに接近中です。大きさからして人間だと思われます」

 

 殿下と呼ばれた彼女こそが、リベール王国の皇太女であるクローディア・フォン・アウスレーゼ。未だ幼さは伺えるが、王族としての気品はその立ち姿からも察することが出来る。目に淀み等一切無く、心根まではっきりと見通せるように澄んでいる。

 彼女もまた、リベール王国の危機を救った一人であり、それらの経験によって王族としての高みを登りつつあるということだろう。

 

「対象、継続して更に接近中! まもなく接触すると思われます!」

 

「馬鹿な!? 本当に人間ならば、接触すれば粉々だぞ!?」

 

 オペレーターの言葉に、他の乗組員も取り乱していく。

 

「…………」

 

「殿下?」

 

 皆が慌てる中で、クローディアだけはやけに冷静にしていた。そんな彼女を見て、ユリアは不思議に思った。

 普段であれば、慌てる者達に落ち着くように声を掛けるはずであった。今回もそうだろうと思っていただけに、普段と違う行動をとった主を見て、首を傾げた。

 

「接触まで、後5秒!」

 

 オペレーターの言葉通り、対象は接触間近まで近付いている。それでも、クローディアは何も反応しない。慌てる乗組員をユリアが必死に落ち着けようとしていた。

 

「4! 3! 2! 1!」

 

 高速の速さで落下してきたソレは、アルセイユの前部とすれ違う。その時にクローディアはソレを目だけで必死に追いかけていた。

 そして、ソレがアルセイユとすれ違って見えなくなると、アルセイユ全体に衝撃が走った。

 

「今度は何だ!?」

 

「何かがアルセイユに激突! もしくは接触した模様です!」

 

「みなさん、大丈夫です」

 

「殿下!」

 

 そこでようやくクローディアは皆に声をかけた。

 

「恐らく、先程の何かは間違いなく人間です。そして、その人は私が呼んだのです」

 

「殿下が? では、もしや今のが彼なのですか?」

 

 ユリアだけは事前に知らされていた。彼との接触を。しかし、クロスベルで接触することになるだろうと思っていただけでに、この来訪は予想外過ぎた。

 そして、ソレはクローディアも同じだった。

 

「そのようです。私もある程度は聞いていましたが、ここまでとは思いませんでしたが」

 

 クローディアは困ったように笑いながらユリアに言葉を返す。それは、クローディアの祖母である現リベール王国女王のアリシア陛下に良く見られた表情でもあった。

 慈愛と評されるアリシア・フォン・アウスレーゼの治世の姿の様でもあった。

 

「デッキへの扉のロックを解除しておいてください」

 

「殿下はどちらへ?」

 

「私は彼の出迎えへ」

 

「私もご一緒致します」

 

 クローディアの言葉にユリアも後に続く。クローディアはユリアの言葉に頷くことも了承する返事もすることなく歩く。ユリアもソレに対して当然の様に彼女の後ろに控えて続く。

 彼女たちに細かい言葉など必要なく、実に自然に行動している。それだけ互いが信頼し合っていることでもあり、長い時間を過ごしてきた証明でもあった。

 それでも、今クローディアの双肩に掛かっている重圧はユリアには理解は出来ない。この後の彼との対面で下手を打てば、リベール王国は帝国と共和国に対して敵対する可能性もあるのだから……。

 だからこれは、分の悪すぎる賭けなのだ。ヨシュアとエステルの言葉を信用するしか無く、彼が手助けしてくれるように説得しなければならないのだから。

 

(大丈夫、大丈夫。あの三人の言葉を信じれば大丈夫)

 

 クローディアは歩きながら彼を巻き込もうと決めた時のエステルとヨシュア、レンの言葉を思い出す。

 

(大丈夫よ、アイツは嫌な奴ではあるけど、最低ではないから。だからクローゼが真正面からぶつかればなんとかなるわよ。ごねたりしたらどついてやったらいいのよ)

 

 とは、笑いながら言ったのはエステル。

 

(アルはどんな奴って? う〜ん、そうだね。僕が知ってる中で一番気難しい人かな。だけど他人を見捨てるような事はしないし、真摯に頼めば面倒そうにしながらも助けてくれるよ。ただし、認めてくれた人だけ、だけどね)

 

 と、苦笑しながら言ったヨシュア。

 

(ふふ、大変だろうけど頑張ってね。アルは親切ではあるけど、それは輝いているからよ。未熟でも拙くても輝いていたら問題ないわよ。最初は無理難題を言ってくるかも知れないけど、問題はそこじゃないから。レンからのヒントはこれだけね)

 

 無邪気に楽しそうに微笑んで言ったレン。

 リベール王国での懐かしい面々と出会ったときの光景が今も鮮明に脳裏に浮かぶ。

 

(…………大丈夫、よね?)

 

 そこはかとなく不安になったクローディアだった。

 

 

「………………」

 

 アルセイユ内の作戦司令室には三人の姿。一人は最奥に座るリベール王国皇太女であるクローディア・フォン・アウスレーゼ。一人はその斜め後ろに控えて立っている親衛隊隊長のユリア・シュヴァルツ。そして、クローディアの真正面にテーブルを挟んで座っているのがアルクェイド・ヴァンガード。

 

(何なんだ、この男は……)

 

 ユリアはアルクェイドを見て思う率直な感想がそれだった。

 アルクェイドは突如、下手を打てば死ぬような奇抜な接触を果たしてこの場にいる。そして、そんな博打を売ったにも関わらず、乗り込んできたかと思えば今彼はクローディアの前で、テーブルに足を乗せながら何やら金属片の様なものを弄っている。

 いきなり接触してきた理由や謝罪もなく、王族を目の前にしながらもこの不遜な態度。元から破天荒とは彼女たちも聞いていたが、これは破天荒というよりも無茶苦茶である。

 まるで、お前たちとは関わる価値が無いと言っているような気すらしていた。

 元々、不遜な態度とかに対して一々怒るような二人ではないのだが、これはあまりにも酷過ぎる。まして、ユリアからすれば、大事な主が馬鹿にされているようなモノだ。エステル達も王族に対しての礼儀はないが、それは友人であるからだ。それとこれでは、天地以上に差がある。

 いい加減怒鳴ってやろうかと思ったユリアだが、クローディアが静止させた。

 

「知っているか、取引というのは対等な相手で初めてまともな交渉が出来ると言うことに」

 

 先に口を開いたのはアルクェイドだった。いきなり訳の分からない事言われ、ユリア自身は主に止められた直後ということもあり、言葉を発することも出来なかった。

 

「両者の力に差があれば、それはお願いや脅迫になってしまうからでしょう」

 

「そう、上から言われたのを断れば力でより悪い条件で受けさせられ、下から頼めばどうしても弱腰になる」

 

 ガリガリとアルクェイドの手元から摩擦音が聞こえる。

 

「では、弱者が強者と対等になるにはどうしたら良いだろうか?」

 

「強くなるしかないでしょう」

 

「ククッ、安直だな。しかし、それが理想で正当」

 

 微かにアルクェイドは笑う。含むような笑い声で小さい。会話にしっかりと耳を傾けていなければ聞き逃してしまうほどに。

 

「だが、甘い」

 

 アルクェイドは初めてクローディアを見た。その顔は実に下卑た笑みだった。思わずユリアは恐怖に目を見開いた。圧力とか威圧とか殺気では無い。底が感じられないような恐怖。まるで掌に乗せられた家畜の様な気分になった。

 だが、それも一瞬。頭を振って気をしっかり保つ。

 

「対等になるには、もう1つある」

 

「強者が弱者に」

 

「その通りだ」

 

 アルクェイドは片手を金属片から放してクローディア達の方へ差し出すと、力良く握りしめる。

 

「強者の弱みを握れば良い」

 

「し、しかし、そんな簡単に弱みなど掴めるはずが……」

 

 そこでユリアにも初めて視線が向けられた。クローディアではなくユリアに。

 自らの首に手を添えられたかのような錯覚。命の天秤を抑えられ気紛れで死に傾けさせられそうな恐怖。まとわり付くような気配を感じてユリアは冷や汗を流す。

 

「お止めなさい」

 

「…………ッ、はぁッ……!」

 

 クローディアの声でユリアは大きく息を吐く。無意識に息を止めていたようだった。アルクェイドの視線が逸らされたことで呼吸することが出来た。

 

「すまない、実に可愛らしくてな」

 

「実に器用な真似が出来るのですね」

 

 歴戦の政治家のようなのらりくらりと躱すような狸ではなく、恐怖政治を敷く狂王の様な気配を振りまくアルクェイドに対して、クローディアは笑いかけた。

 

「伊達に王様と呼ばれていないのでね」

 

機械仕掛けの王様(レギス・エクス・マキナ)ですか」

 

「ほう、それも聞いていたか」

 

「お話は伺っております」

 

「さて、前者と後者の違いは分かるかな」

 

「前者は正当である分、多数の賛同者が必要となります。正確に言えば、より明確な敵の存在。後者は自らがよほど優秀でなければ無理難題ですね。そのような事が出来るのであれば、元より舐められはしないでしょう」

 

「基本的にはそうだろう。だが、餌は撒いてくれるとしたら?」

 

「…………帝国と共和国が何かしらの手を打ってくると?」

 

「質問に質問で返されるのは好きじゃないな」

 

「それは失礼しました」

 

「クククッ」

 

「ふふふ」

 

 室内にはどす黒い空気が漂っていた。しかも淀んでいる。底に落ちて空気が流れず、溜まって淀む。ユリアは少しばかり、驚いていた。目の前の自分よりも年下の子供―片方は年齢不詳だが―がまるで、長年培ってきた様な政治家の雰囲気を醸し出していることに。

 両者は笑っている。笑っているが、隙あればクローディアは間違いなくアルクェイドの腹を抉るような言葉を言うのだろう。対してアルクェイドは底が見えない。素性からほぼ不明なのだが、それだけに何を言ってくるか分からない。故に、クローディアの態度もおかしいといえば、おかしいのだ。腹の探り合いで言えば、ここまでやりにくい相手はいないのだろう。何を啄けば埃が出るのか不明なのだから。

 なのに、笑う。アルクェイドは楽しそうに。クローディアは慈愛の如く微笑んで。

 傍から見れば、ただの問答でしかないのに。二人は何の会話をしているのか、ユリアには計り知れなかった。

 

「分かった分かった。Bが惚れるだけはある。だが、俺には合わん」

 

 確かに気高い。この少女は実に尊い。アルクェイドにもブルブランが入れ込むだけの素質は理解できた。だが、それは輝きではない。故にアルクェイドがこの少女に入れ込む事は絶対にない。

 

「お前の勝ちだ。絶対に狸共を出し抜いてみせろ。それがお前の責任であり、この情報の対価だ」

 

 アルクェイドは手に持っていた金属片を投げた。クローディアはそれを片手で受け取る。クローディアとユリアの視線がその金属片に向けられている間にアルクェイドは消えた。

 

「一体何処へ……」

 

 ドアが開いた音はしなかった。けれども、室内には彼女たち二人以外の姿はない。音もなく消え去った。

 残されたのはクローディアの手にある、隼の形をしたブローチのみ。そして、その隼が咥えた丸められた紙切れ。

 

「これは……」

 

 そこには一つのチップが包まれていた。そして、紙には帝国と共和国にも同じデータが送られていると、告げられた文字のみ。

 直ぐにクローディアは室内にあるデバイスに接続してデータをスクリーンに映し出す。

 

「見取り図……の様ですね」

 

「これは……一体何の……」

 

 階層の数からして大きな塔の様だった。しかし、彼女たちの知っている建物に此処迄の大きさの物は存在しない。

 

「帝国と共和国にも送られている…………」

 

 その2つに関係し、リベールにも関連があるとなると一つしか無い。これから向かう先にある会議の行われる大陸最大の高さを保有することになる……。

 

「オルキスタワー……しかし、何の為に二大国は……」

 

 賭けには勝った。一つ目の。しかし、本番はこれからだ。これから先、失敗は絶対に出来ない。故に、クローディアは考える。二大国の行動を、先読みするために。




ユリアのクローゼへの呼称が思い出せない……というか、私にとってのユリアって印象に薄いんですよね。生真面目なイメージしかありませぬ。
メルパカとかアルセイユの外部乗り場の名称ってデッキでよかったですかね?
細かいところが分からない事も多いので、違ってましたら指摘お願いします。

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