刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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久しぶりに、投稿できました。活動報告に書いたものは一段落したので、続々更新していく予定です。


第15話 運命仕掛けの追走

「いつまで寝ているつもりなのですか?」

 

 簡易ベッドで寝ているアルクェイドを見下ろして文句を言う。この場には簡易ベッドしか見えず、他二人の姿が見えないことで、此処は現実ではないのだとティオは理解した。

 ならば、此処は何処だというのか。先程の幻想も何だというのか。分からないことは多いが、それでも分かることはあった。アレは、存在した事実なのだと。

 ティオはソレに気付いたとき、解ってしまった。ああ、そういう事なんだと。

 

「貴方も恨んでいるのですか? 空の女神(エイドス)とは違う、抽象的な神を」

 

 この世界には絶対不変の信仰となる七耀教会の空の女神が存在している。

 かつてヨアヒムの言った空の女神を信望しない人間は少なからず存在している。だが、そういった人間は大抵囚われていることが多い。ヨアヒムもまたそういう人間であった。それに気づいていない者は多い。

 しかし、そういう事では無い人物もいる。例えば、そう……七耀教会が生まれる前はどうなのか、と。詳しくは判明していないが、今のように情報伝達技術が発達していない時代では、そういうモノを知らない者は少なからず存在していた。では、そういったモノがそういう時に憎む存在とは何か? それが、アルクェイド達が言う抽象的な神なのだ。

 人は弱い。故にそういう存在に寄り掛かるのだ。

 

「一体何が貴方をそうさせるのですか?」

 

 先程見たような、救いのない何かがあるのかと思ってしまう。だけど、それは不意に現れた声に否定された。

 

「君はまだ気付かないのかい?」

 

「誰です!?」

 

 ティオが声の聞こえてきた後ろを振り返ると、そこには幼子が立っていた。しかし、その顔は幼い様相とは違い老成しているようにも見え、どこか達観しているような感じが見受けられた。

 

「気付いていないというよりは、気付かない振りをしているのかな? いや、それは有り得ないよね」

 

 ティオが何か言う前にその幼子の姿は消える。

 

「君も見たよね。さっきの哀れな夫婦の結末を。ボクはずっと見てきたよ」

 

 幼子が音もなく、隣に立っていた。

 

「物心……正確には、最古の記憶がそういうモノ。それからずっと、夢を見てきた」

 

 今度は寝ているアルクェイドを挟んで向かい側に。

 

「所謂刷り込み……インプリンティングって奴かな。そういうところが抜け目ないんだよね、あの人は」

 

 足元にも床に映り込むように現れる。

 

「嘘を吐き続ければ真実になるように、認識の齟齬。ま、いくらでも言い方はあるけどね」

 

「誰ですか、貴方は」

 

「さて、それを語ったところで意味はない。それよりも大事なことがあるんだよ」

 

 不意に、眼前に幼子の顔が現れる。一歩前に進めばぶつかってしまうほどの距離で、覗き込むように見上げている。

 

「いくら彼から頼まれたとは言え、ボクがそれを許すかといえば、また別の問題だ。だから――――」

 

「だから?」

 

「魅せてもらうよ、君の力」

 

* * *

 

 熾烈で強烈、苛烈、幾多の言葉が浮かんでは消えて行くような、そんな光景が広がっていく。

 まるで、嵐の中にいるような光景。人を飛ばしてしまうような勢いの風が吹き荒れ、刺すように痛い雨が降り注ぎ、(イカヅチ)の様に走る幾閃もの稲光。

 その嵐の中で、ティオは立っていた。見えない敵の姿を探し求めて、手にあるオーバルスタッフを振り回して見境なくアーツを発動させている。

 けれど、いくら発動させても見えざる敵には欠片も当たらない。それどころか、発動するたびに、彼女の行為を嘲笑うように、同じようなアーツで反撃してくる。

 氷の礫を放てば人を串刺しにするような大きさの氷柱が降り注ぎ、カマイタチを放てば竜巻が返って来る。反撃してくるアーツの一つ一つが、彼女のアーツとは比べものにならない威力で返って来る。

 

「集中しなければ……」

 

 対抗するためにはアーツしての威力を上げなければならない事を理解していても、嵐の中ではどうしても完全に集中することが出来ない。

 

「やっぱりだめかぁ。一人じゃ何も出来ないんだね」

 

「クッ」

 

 時折聞こえる嘲笑と失意が混ざった声色で、何かを言われる。だが、いくら歯噛みしたところで、それは事実なのだ。

 今までにも強敵や悪天候の中で戦闘をしたことがある。あるにはあるが、その全てが特務支援課というチームでの戦闘だ。個々での戦闘など皆無に等しい。

 もとより、ティオはただの技術者でしかなかった。それがオーバルスタッフという武器を試すだけに特務支援課に入った非戦闘員と言ってもいい。故に――――。

 

「お前には経験と言うものが圧倒的に足りていない」

 

 ティオ目掛けて、雷が走る。今までと違い、直線的に彼女を狙う。直線的にまっすぐ迫る雷をオーバルスタッフを使って弾く。だが、ソレは悪手だった。

 

「今もそう、アーツは避けなければならない」

 

「きゃあっ!?」

 

 スタッフで弾いたと思った雷はスタッフを這うようにしてティオの手へと伝わる。威力自体は弱められたのか、それほど強いものではなかった。しかし、静電気を感じてしまったように、ティオは咄嗟にスタッフから手を放す。

 

「そして、武器から手を放すなど、以ての外だ。目も閉じるな」

 

 ティオが怯んでいる間に敵は一瞬で間合いを詰めて、彼女を大きく蹴り飛ばす。

 

「グッ」

 

 大きく蹴り飛ばされたティオは転がっていく。その痛みに悶える間も無く、冷たい言葉が彼女を突き刺す。

 

「さっさと立て。戦場では痛がる暇などないぞ。敵から目を逸らすな」

 

 ヒュン、と嵐の中で微かに風切音がした。それを聞いたティオは地面を蹴ってその場から離れる。

 

「死にたくなければな」

 

 先程までティオが転がっていた場所には、オーバルスタッフが突き刺さっていた。

 

「そして、考えろ。現状を打破するにはどうすればいいかを」

 

 ティオは地を駆けて、オーバルスタッフを掴んで声のする方を睨む。

 

「逆だ、馬鹿」

 

 ティオは振り向く前にその場から移動する。声のした背後を見れば、一閃の雷が走っていた。

 

「そうだ、動け。戦闘で止まっていては的になる」

 

 敵が言葉を発するたびに、的確にティオ目掛けて雷が直線で飛んで来る。

 その度に、動き続けることで当たることはないが、ティオは攻勢に出ることが出来ない。それは、単純に攻撃する時間がないからだった。

 

(敵は明らかにアーツによって攻撃を放っている。しかし、わたしがする時間は……)

 

 ない。どう考えてもない。異常だと思えるほどに、アーツの駆動から発動までの時間が早過ぎるのだ。

 

(敵の場所は雷の発生方向から予測できますが……)

 

 威力の弱いアーツならば、集中してギリギリ発動できるかという時間しかない。しかし、弱いということは範囲も狭いということ。それでは見えない敵にはまず当たらない。

 敵も動かないわけがないのだから。

 

(何故相手は強いアーツを発動できる? クォーツ? それともエニグマ自体に差が?)

 

「さぁ……考え、観察し、考察しろ。打開策を思いつけ」

 

 その言葉のように、嵐の中で目を凝らす。暗い嵐の中では敵の姿はとても見難い。

 けれど、打開策を、攻勢に出るには、敵を知るしか無い。故に見る。必死に。

 

「ククッ」

 

 嵐の風や雨の音の中で微かに、笑い声が聞こえた気がした。笑い声というよりは苦笑か。一瞬だけで、気のせいや幻聴と思えるような微かな声が漏れる音。

 嘲笑でもなんでもない。ただただ、苦笑。まるで、仕方ないなと溜め息をつきながら零したような苦笑。

 それが聞こえて、一層ティオは冷静になる。

 

「………………」

 

 最初に見えたのは足。円を描く様にティオの周りを動き続ける敵の足。同じようにティオも動いて的を絞らせないように駆ける。

 次に見えたのは胴体。相手の体格からして男か。暗い故に色は分からないが、コートの様な、それでいてローブの様に思えるような、そんな風に前が開いている服装。

 

「クスッ」

 

 それが判別できたからなのか、ティオも苦笑を零す。

 そして、手が見えた。敵の手に握られた2つのエニグマ。

 ティオは信じられないような光景を目にした。

 

(何故……!? 何故、走ったままで駆動……しかも2つ同時に!?)

 

 駆動するには集中が必要となる。しかも、高威力のアーツを発動するには時間も必要となる。故に、普通は駆動中には動けない。

 なのに、なのに、だ。

 

「ッッ!?」

 

 不意にティオは足を止めた。足を止めた瞬間、彼女の眼前を雷が通り過ぎた。

 

「ふむ………? 経験が無い割に勘がいいな。いや、それなりに経験を積み始めたと言うことか」

 

 もし、今もティオが走っていたら、雷に撃ち抜かれていただろう。眼前を通り過ぎた向こう側に撃ち込まれたもう1つの雷に。

 

「ッ…………」

 

 緊張。ティオの脳裏に浮かんだ明確な死という現象。それでも、彼女は冷静だった。

 足を止めたのはティオだけじゃなく、敵もだった。

 仕切り直しになった。

 ティオは息を飲む。ここからどうすれば、攻勢に出れるのかを考える。動作も、駆動も、全てにおいて敵よりも明らかに劣る。生半可な攻撃は出来ないが、強烈な攻撃をする余裕もないだろう。何かをしようとすれば、敵も直ぐ様動き出すだろう。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。

 

―あの人ならば、造作も無いことなのでしょう。

 

 でも、自分は違うだろう。

 

―少し成長したと思っても、あの背中は遠いまま……。

 

 ティオは無意識に笑っていた。微かに、本当に微かだが、口元が上がっていた。

 

―歩いて追いつけないなら、走ればいい。あの背中に。彼の見ている景色へ。

 

「……………………」

 

 ティオはアーツを駆動させる。敵もそれを見てアーツを駆動させた。

 そして、次の瞬間には、エニグマをティオに向けて、雷を発生させた。

 

(発動が遅れるのは理解しています。ですが……)

 

 いつの間にか、嵐は止まっていた。彼女の耳に届くのは雷の唸り声のみ。

 本当の雷ほどの速度ではない。が、疾い。走る閃光が彼女に迫る。

 

(……それすらも弾き飛ばせば良い!)

 

 エニグマに接続されたオーバルスタッフの先からアーツが迸る。

 迫る雷すらも飲み込んで。大きな水の奔流が敵目掛けて迸る。

 

「ククッ、正解だ」

 

 敵は両の手のエニグマを重ねる。敵は理解しているのだ。本質的なアーツの威力では絶対に勝てないことを。だから2()()を合わせる。

 単純に倍とはならないが、威力は上がる。

 

「デュアルシステム起動、大切断」

 

 敵のエニグマから何かが伸びた。ソレは敵の目の前の空間を切った。水の奔流はそこに吸い込まれていった。

 

「小細工でしか対等になれないとは歯痒いなぁ」

 

 ソレは全てを吸い込んで、辺りは光に溢れた。

 そこには、歯痒そうに苦笑しているアルクェイドがいた。困ったように視線を逸らして。

 

「やっぱり貴方ですか」

 

「ま、気付くよな」

 

 予想通りの人物がいて、ティオは呆れたように視線を向ける。

 元から逸らしていた視線を、彼女から逃げるように更に逸らす。

 

「何故、本気でしないのですか?」

 

「何がだ?」

 

 先程の戦いを通して感じたこと。何度か見る機会があった事で、不思議に思う。

 

「貴方ならわたしのアーツを破る事が容易にできたはずです。何故、そうしなかったのですか?」

 

()()()……」

 

 アルクェイドは溜め息を吐いて、先程のエニグマを前に出す。

 

「これは未完成だ」

 

 エニグマは壊れて落ちていく。何時ぞや(ヨアヒム)の時のように。先日の鉄騎隊との諍いの時に発動しなかったのも半分はそれが理由だった。

 最も、ソレが本質ではない。

 

「俺は駆動が速いのは経験があるからだ。第一として、俺は最強の専門家(スペシャリスト)には成れない」

 

「スペシャリストに?」

 

 ティオは言葉の意味が分からずに首を傾げる。このタイミングで言うからには戦闘に関することだろう。だが、現に今も圧倒的な戦闘能力を見せている。どう考えても、今のクロスベルでは最強の一人だろう。そして、それは間違いではない。

 だからこそ、アルクェイドは苦笑するしかないのだ。

 

(そう言えば、先程の子供は何処へ……?)

 

 ティオは辺りを見渡す。今はもう、最初の簡易ベッドだけがある空間に戻っている。けれど、そこにあの不思議な幼子はいない。

 そこで、彼女は思い出した。

 

「貴方が普通に対話が出来ているということは起きたということなのでしょうか?」

 

 此処がどういう場所なのかティオも分かっていない。だが、それでもアルクェイドは最初寝ていたのだ。今は起きているが。

 ならば、現実の彼も起きているのか? 起きたのなら何故? ブルブランの言葉では彼女たちの力が必要だという。いつ、それを成し得たというのか?

 

「起きた?」

 

 そもそも、アルクェイドも自分がどういう状態なのか理解していないのだ。よって正確に何かを言えるような訳がない。彼もまた、首を傾げるのみ。

 

「実は…………」

 

 そこで初めて、アルクェイドは自身の状態を把握する。

 

「……ふむ。またBの悪い癖が出たか」

 

 一連の事情を聞いて、アルクェイドは大きく溜め息を吐く。

 

「悪い癖?」

 

「ああ、そうだ。毎度毎度の事だ。Bにとっての輝き――麗しの姫君を見つけたときに良くやるんだよ。俺にもそういう存在を見つけられるように、御節介な癖がな。大抵はレンがそういう対象として煽るんだが、今回はよくもまぁ三人も使うとは……」

 

 アルクェイドはやれやれといった感じで首を横に振る。それでも、苦笑している所を見るにそこまで嫌がっているわけではない。

 

「だから、俺は何もしなくても目覚めただろうな」

 

「そう……ですか」

 

 ティオは小さく答えた。ブルブランの言ったような事が起こらないと思って安堵する。気落ちしたような弱い声色なのは必要ではなかったからなのか、それとも助けになれない歯痒さだろうか。

 

「だから、まぁ。気にするな。あいつの悪い癖は良くあることだ」

 

 俯くティオの頭に手を伸ばそうとしてアルクェイドは止めた。そして、口にする。

 

「ダ カ ラ ダ イ ジ ョ ウ ブ ダ 」

 

* * *

 

「ッ!?」

 

 ゾッとするような気配を感じて体を震わせた。

 

「ここは……」

 

 視界の先には柔らかい毛布。それの端を握る少女の姿。もたれていた体を起こして見れば、リーシャの奥にはレンの姿もあった。

 

「アルさんを見ててそのまま……アルさんは!?」

 

 眠る前の時のことを瞬時に思い出して、そちらに目を向ける。けれど、そこには誰もいなかった。

 

「一体何処へ…………あ」

 

 そこには一つの手紙が残されていただけだった。手紙。いや、手紙などではない。たった数文字しか書かれていないソレは、到底手紙という体を成していない。そう、ソレは言うなればただの――。

 

「メモ」

 

 そこに書いてあるのは、直ぐ戻る。そんな言葉のみ。

 

「冷たい……」

 

 彼が居たはずの場所に手を伸ばしても触れられたのは冷たい寝具のみ。

 

「先程のは夢……だったのでしょうか?」

 

 けれど、夢と思うにはあまりにも生々しかった。哀れな夫婦の姿も、熾烈な戦闘も。

 ふと、横に寝ている彼女たちに視線を向ければ、二人の目元には微かに雫が零れていた。

 

「似たような物を見ている……のでしょうね」

 

 確証は無い。それでもなんとなく、そんな気がした。はっきりと断言できた。見ているのだと。

 

「……………あれ?」

 

 何かを忘れている気がしていた。大事な何かを。先程見たものも対話も全て覚えている。なのに、何かを忘れている。

 自分は大切な何かを見落としているのではないかと。

 

「起きたか」

 

 横からそんな声が聞こえた。声の主は考えるまでもなく、この男。

 

「アルさん。何を持っているのですか?」

 

「これか?」

 

 大仰な鍋の底を義手に乗せ、生身の左手に皿を持っていた。鍋からは湯気が見える。

 

「簡単なスープだ。起こすのもどうかと思ってな。暇だったから作った。詫びみたいなモノさ」

 

 部屋の中央に置かれたそれなりの大きさのテーブルに鍋と皿を置いて、少女たちに向き直る。

 

「流石にそろそろ起こすか。って、何なんだこいつら……」

 

 ふと、今も寝ている少女二人に視線を戻してみると、先ほどまでは涙が流れていた顔はなんともだらし無い顔になっていた。レンもリーシャも普段では見ないような笑顔。いや、笑顔と評するにはあまりにもみっともない表情。

 何も考えていない阿呆のように大きく口元は緩み、歯どころか舌が見えるほど口内は丸分かりで、その開かれた口から流れる粘っこい水分が、毛布へと落ちていて水溜りにさえなっているのではないかと思ってしまうほど、濡れていた。

 そして、そのみっともなく開かれた口からは稀にげひた笑みと寝言が漏れている。

 これが結社が天才と称した程の存在とは思えない。

 そして、その横で眠る小娘もイリアと並ぶほどのスターに成長している過程の存在とは思えないほど……。

 

「いや、こっちは有り得るか」

 

 少し前の宴会でのイリアの絡み方を思い出して、大きく肩を落とす。そんな二人がアルカンシェルのトップスターとはなんとも気落ちする話だ。アルクェイドは少しばかり、このままで大丈夫か、と思ってしまった……。

 

「はぁ、一体何を夢見ているんだか……」

 

 溜め息から溢れるそんな言葉。自ら零しておいて、アルクェイドは速攻で否定する。そんなモノ知りたくもない、と。慌てて首を振る。思考を追い出すように、勢い良く。

 それなりに二人をしっているティオに至っては、目の前の痴態が信じられないと固まってすらいる。思考放棄しているのが見て分かるほどまでに。それほどの痴態。痴態と称する他ない程の痴態。正に、その言葉を体現しているとしか言えない。

 そんなモノを見た。見てしまった。だから忘れた。先程まで何を考えていたのかを。

 

* * *

 

 紅い。赤い。朱い。緋い。

 

「………………………」

 

 ひたすら赤い。目が痛いほどに赤い。

 熾烈で強烈、苛烈、幾多の言葉が浮かんでは消えて行くような、そんな光景が広がっていく。

 赤い赤い赤い赤い赤い赤い。血のように鮮やかで、ドロドロしたような粘液の様に粘っこい。持ち上げてみれば、どろりと言うような言葉が似合う赤い液体。

 

「………………………」

 

 二人は信じられないような光景を目にしているかのように驚愕に目を見開いていた。

 

「随分久しぶりな気がするわね」

 

 スプーンで掬い、鮮血のような液体を口に運ぶ。少し口から零れた赤い液体が純粋無垢な少女の赤化粧となっている。

 

「リベールに行っていたからだろう」

 

 その赤化粧を落とすために男は手を伸ばす。

 

「それもそうね。ありがとう」

 

 口元が拭われ、化粧は落ちた。けれども、二人からすれば、この光景は恐怖とも感じられた。目の前の二人が、毒々しいとも言えるような真っ赤な液体をとても美味そうに啜っているのだから。

 人は色々な事で驚くだろう。例えば悲痛な出来事。例えば予想外な出来事。例えば素晴らしい出来事にも。

 だが、その中でも最も驚くことと言えば、何を想像するだろう。それは体外での出来事よりも体内への出来事だろう。

 そう、例えば、見たこともないような食べ物を口にするときだろう。

 例えば、赤々しいスープを口にしている姿を見て、そのスープを自分の前に出されたときのような、今を言うのだろう。

 

「あら、二人とも食べないの? アルの手料理なんて滅多にないわよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 如何に薦められたとしても、目に痛い様な色と刺激臭が辛い。それ故に口に運ぶことが躊躇われる。香り自体は良いのだ。良いのだが……如何せん痛い様なスパイスの量に戸惑っているのだ。

 正に、口よりも目が勝った瞬間とも言える。

 

「大丈夫よ。レンも初めはそうだったの。食べたら美味しいわよ?」

 

「で、では…………」

 

 先人に習うかのように、二人は目が痛いなら閉じればいいと、眼を閉じて恐る恐るスプーンを口元に運ぶ。

 

「ん…………美味しい」

 

「……とても美味しいです」

 

「でしょ」

 

 賛辞の言葉が出たことで、レンは自らの事のように笑う。

 

「辛いですが、見た目ほどではありませんし、辛さが食欲を誘います」

 

「入っているのもほとんど野菜……なのに、香りがとても良い」

 

 一口食べたら、後は続々と口に運ぶ。

 

「クスクス」

 

 リーシャとティオの勢いにレンは笑う。楽しそうに。その向かい側で、両側に座る二人の少女の食べっぷりにアルクェイドも微かに口元を緩めていた。

 


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