刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第12話 運命仕掛けの豹変

「あーあ、負けちゃったかぁ」

 

 シャーリィは崖の上で岩壁に凭れて座っていた。座っているのは、もう立つ気力が無いことを証明していた。

 それほどまでにアルクェイドとの殺し合いが凄まじかった。

 現に、彼女の服はボロボロで、体には幾多の切り傷が存在し、血を流している。

 

「……けど、楽しかったなぁ」

 

 彼女の側で地面に突き刺さっているテスタロッサへと視線を向ける。

 そこには、夕日で照らされた斜めに切断されたテスタロッサがあった。だが、最高の得物を切断されたというのに、彼女の顔は実に清々しかった。

 それほどまでに、アルクェイドの殺し合いは楽しかったということなのだろう。

 むしろ、最高の得物が自分を救ってくれたと感じるほどだった。

 

「最後の一閃……一閃じゃないか。目では見えなかったけど、何回切られたんだろ」

 

 地へと突き刺さるテスタロッサ。

 その周りには細切れにされた数多(あまた)のテスタロッサの残骸。

 一閃ではこうなるはずがない。シャーリィも歴戦の戦士以上の実力があるという自負がある。

 しかし、その彼女でもアルクェイドの最後の一閃は視認することすら出来なかった。

 ただそれほどまでに、彼の一閃が速かった……というわけではないと彼女も気づいていた。

 無論それもあるだろう。だが、それ以上に細切れにされた時に同時に切られていたと感じていた。否、感覚として見えていた。

 何度も死線を越えて来た最愛の得物で、もうそれは一心同体と言っても過言ではない。

 切られたときに全く同時に切られていたのが分かった。それ故に、理解が出来なかった。

 どんなに速く動こうが、全く同時に数多の斬撃を放つことは出来ないのだから。

 けれど、それをアルクェイドはやってのけた。

 

「そのカラクリが分からない限り、勝てはしないか」

 

 凭れていた体を前のめりに倒して、テスタロッサへと手を伸ばす。

 テスタロッサを抱えて再度岩壁に凭れる。

 

「ありがとう、そしてごめんね」

 

 ここまで粉々にされてしまっては、修理しようがない。と言っても、彼女はテスタロッサを修理しようとは思わない。

 アルクェイドとの殺し合いがテスタロッサの死に場所だった。それだけの話だ。

 これ以上、何かしようと言うのは、蛇足に過ぎないと思っている。

 何よりも、テスタロッサを穢す行いだと。

 テスタロッサが死んだのは彼女がアルクェイドよりも弱かったから。

 

「アンタは此処に置いて行く」

 

 自分の側に墓標の様にテスタロッサを突き立てる。

 夕日に反射してテスタロッサは一際強く輝いている。

 

「まだ、殺し合いたいんだ。でもアンタは死んだ」

 

 そっと、彼女はテスタロッサに手を伸ばす。

 

「だから、アンタのコレを貰っていく」

 

 テスタロッサの残骸の中から一つの部品だけを抜き取る。それはテスタロッサで重要な部品だった。

 核とまではいかないが、それがなければ、歪みが起きてしまう重要な物。

 それだけを掴み、テスタロッサへと背を向ける。

 

「あたしは振り返らない」

 

 テスタロッサとの別れでもシャーリィの顔は曇らない。むしろ、晴れ晴れとしている。

 よろけながらも、僅かに回復した気力で弱々しくも立ち上がる。

 

「じゃあね」

 

 実に気軽な別れの言葉を最後に、彼女は崖を飛び降りた。

 切断され、もう使い物にならないテスタロッサは陽の光を浴びて強く輝いていた。

 まるで、意志が有るかのように強く。

 シャーリィが崖を降り、父親であり、師であるシグムントのいる裏通りの屋敷へと着いたときには、夜になっていた。

 館に入り、奥へと歩いて行く。その間に、他の団員からお嬢と声を掛けられることも多い。

 それだけ彼女は赤い星座という組織に慕われていた。

 最奥まで行くと、豪華な装飾のされた部屋があった。

 その部屋の真ん中で豪華なテーブルに置かれた高級な酒に、豪華に盛り付けされたフルーツの山。

 その酒を嗜んでいるのが、彼女の父親のシグムント・オルランドだ。

 

「ただいま」

 

「おう……テスタロッサはどうした?」

 

 アルクェイドの情報を与えたのはシグムントだった。

 その情報を与えた瞬間、シャーリィは目を輝かせて飛び出して行った。まるで、新しいオモチャを買ってもらった子供のように。

 だが、帰ってきた時はそのような気配は微塵もなかった。

 

「壊されちゃった。ほら」

 

「ほう?」

 

 懐からテスタロッサの部品を取り出してテーブルの上に置く。

 シグムントがその部品に目をやったのは一瞬で、直ぐにシャーリィへと視線を向けた。

 以前の彼女の性格ならば、得物が壊れたとしてもその部品を持ち帰るなど有り得なかった。

 だから、シグムントは少しだけ怪訝に思っていた。

 

「で、どうするんだ?」

 

「そうだね、どうしよっか」

 

 分かり切ったことを問い掛けているのか、シグムントは口元を歪めて言うと、シャーリィも笑って返した。

 

「闘神と猟兵王みたいな関係になれるかと思ったけど、どうやら先約がいたみたい」

 

「そうか。だが、楽しそうだな」

 

「うん、楽しかったよ。ランディ兄とやった時の感覚に似てるけど、少しだけ違う。ワクワクとは違ったけど、心が踊った」

 

 シグムントはそう語るシャーリィを不思議な目で見ていた。

 そして、口元を更に歪めた。その感情はまさしく愉悦だった。

 こいつは更に化けたと、シグムントは感じた。今までのシャーリィはただただ暴れるだけの自分と同じような戦鬼という部類の人間だと思っていた。

 それは間違いではなかったし、自分と同じような存在に成ると思っていた。

 だが、シャーリィは変わった。一見、成長とも思えるが、本質の変化は成長ではない、あくまでも変化だ。どちらが優っているかなど判断できないのだから。

 戦鬼という野獣から、理性を保った人への変化。

 それは即ち、シグムントでは到達できない『理』に到達できる可能性があるということ。

 

「ともかく、テスタロッサが壊れてしまったのは仕方ねぇが、これからどうする気だ?」

 

「んー、そうだねぇ。作りってもらおっかな、アイツに」

 

「アイツ……?」

 

 シグムントは怪訝に眉を顰める。

 先程まで感じていた変化は、勘違いだと思えるほどまでに笑ったシャーリィの顔を見てしまったから。

 

「そ、アイツ」

 

 しかし、それは獲物を狙う笑顔ではないことにシグムントは気付けなかった。

 その笑顔の意味をシグムントは理解できなかった。故に、彼は彼女を見送るしかできなかった。

 シャーリィの笑みは虎を彷彿させるのではなく、どちらかと言えば、イタズラ好きな猫の様だった。

 

* * *

 

 カラーンと無機質で乾いた音を立てながら、アルクェイドの手から工具が落ちた。

 無造作に散らばっている使用済みのヤスリや細々な銀色の破片。

 

「出来た……」

 

 病的とまではいかないが、やや痩けた頬は焦燥している事を証明していた。けれど、表情は歓喜していた。

 天井から吊るされた唯一の照明が彼の目の前にある彫像を照らす。

 シャーリィが以前見た彫像が遂に完成したのだ。

 そこには、確かに銀象の数が増えていた。以前は12しかなかった銀象がそこに新たに1つ。

 

「つ……」

 

 微かに、本当に微かにだが、アルクェイドが苦痛に顔を歪めた。

 良く見れば、顔には脂汗が浮き出ている。

 今はコートを脱いでラフな格好をしているが、その衣服には赤黒い跡が大量にある。

 それは、シャーリィとの殺し合いで出来た傷の手当をしていないからだった。

 それをする時間すらも惜しんで銀象の制作に取り掛かっていたのだ。手当どころか、食事や睡眠もせずに……。

 アルクェイドは出来たことで片付けもせずに部屋から出て行く。

 

「もう、ここに来ることもないかもな……」

 

 最後に、出来た銀象に振り返って部屋から出た。

 そして、扉を閉じるとそのまま扉に凭れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 クロスベルに来てから死神等で連戦で度々深い傷を負っていたアルクェイドの体力は著しく落ちていた。

 それでも、シャーリィに勝つのだから元の強さは一線を画している。

 凭れた状態からずるずると体を滑らせて床に座った。

 血は止まっていても体力は底をついていた。気を抜けば意識を失ってしまうほどに。

 

「眠いな……」

 

 朧気に室内を見る。

 視界の隅には座したアインヘリアルが見えた。

 目は紅く光っているが、何も語らない。

 もしも、パテル=マテルなら気遣うような事を言うのかも知れない。だが、このアインヘリアルは何も言わない。

 この巨大機械人形が音声を発するのは、戦いたい時だけ。

 両者の違いはアインヘリアルの方が、戦闘向けにしたせいなのか……。

 長年調べてきたが、ノバルティス博士すらも分からなかった。

 もしかしたら、レンならば分かるのかも知れないと考えたこともあった。

 酔狂だと思って聞いた事もあった。

 だが、レンはアルにも理解できるわよと、笑っただけだった。

 

「…………」

 

 アルクェイドは遂に意識を失った。

 失う前に誰かを見たがソレが誰なのか認識する間もなく闇へと落ちた。

 その者達は意識を失ったアルクェイドを見下ろしていた。

 

「随分と無様ですね」

 

 鉄仮面を被った騎士のような扮装(いでたち)の三人が立っていた。

 声質からして女の声だった。

 彼女たちは『鋼の聖女』もしくは『鋼』と呼ばれる結社の使徒(アンギス)の一人の配下だった。

 その配下は鉄騎隊と名付けられている。彼女らの名を神速のデュバリィ、魔弓のエンネア、剛殻のアイネスと言う。

 

「あのお方は何故この者に執着するのでしょうか」

 

 何処かアルクェイドを侮蔑した声色だった。

 彼女らが慕う主が無礼で得体の知れない彼に興味を抱いているだけで嫌悪するのは十分だった。

 それどころか、主が気に掛けている割には、目の前の彼は随分と弱々しい。

 彼女たちにさえ負けるのではないかと思えるほど。

 しかし、彼女たちは今、そのアルクェイドを主のもとへ連れて行く使命を帯びていた。

 

「ともかく、連れて行くしかありませんね」

 

 倒れ伏したアルクェイドの腕を掴み、自らの肩を貸すようにして持ち上げる。

 

「思ったよりも重いですね」

 

 鉄騎隊筆頭のデュバリィは肩にかかる重量に怪訝に思う。

 

「義手などの重さではないか?」

 

 なるほど、と彼女は納得した。

 

「私はこのまま連れて行きますので、後のことをお願いします」

 

「言われなくとも」

 

 その言葉を言い切り、エンネアは去り、アイネスも後を追うように消え去る。

 最後に残されたのはアルクェイドを背負ったデュバリィのみ。

 デュバリィは背負ったままメゾン・イメルダの入り口まで来ると、誰かの部屋に向けて一通の手紙を投げた。

 その手紙は吸い込まれていくようにドアの下の僅かな空間に入っていった。

 

「それでは、お待ちしております」

 

 デュバリィは誰かに向けて恭しく頭を下げた。

 その姿は自らよりも地位の高い者への挨拶しているかのようなものだった。

 部屋の主に対して敬意を払っているのか、それとも形式的な意味しかないのか……。

 デュバリィは頭を戻すと建物から出て行った。

 彼女が手紙を投げ込んだ部屋はレンの部屋だった。

 

* * *

 

「……帰っていいか?」

 

 アルクェイドは心底面倒臭そうに呟いた。

 彼の目の前には鋼。

 その後ろには鉄騎隊の三人が控えているのが見える。

 

「せっかちなのが、貴方の悪いところですよ」

 

「落ち着かないんでな。要件ならば、さっさと教えて欲しいんだが?」

 

 いつぞやの様に神聖さを感じれる空間内に彼らは立っていた。

 白を基調とした装飾に広さもそれなりにある。

 アルクェイドには方舟と呼ばれる物と似た感覚を感じていた。

 普段薄暗く狭い空間にいることが多いアルクェイドからすれば、この場の明るさや広さは落ち着かない。

 座れる物もなければ、隠れられるような暗さを感じる死角もない。

 あるのは天井を支える柱。

 それさえも白く塗られていて、凭れることすらも憚られてしまう。

 

「たった一つ、渡す物がありますので、お呼びしたのです」

 

「呼ばれたというよりか連れて来られていたのだがな」

 

「それは貴方が寝ていたからでしょう」

 

 苛立ちさえも湧き上がるアルクェイドは喧嘩腰の声色で問い返す。

 アルクェイドの正面に立っていた鋼は仮面を掴んで素顔を晒した。鉄仮面に収められていた長い金髪を解放させ、首を振る。金色に煌めく髪は直ぐに纏まっていく。一本の線(ストレート)の髪でさえも、彼女の気質である鋼を表しているかのように思えてしまう。

 そして、彼女はアルクェイドに射抜くような視線を向ける。

 

「以前から貴方の周りを彷徨く者がいたでしょう」

 

「死神か? 彷徨くというかほぼストーカーみたいなものだがな」

 

 事あるごとに彼の創作物に付いて回る死神。

 鋼の彼女からそういう存在が語られるのは然程珍しくはない。

 ただ、彼女がいつもそういう存在を口にしたときは……。

 

「これは貴方の物でしょう」

 

 死んでいる。

 ジャラジャラと耳障りな金属音を立てながらアルクェイドの前に取り出した。

 

「………………」

 

 アルクェイドの苛立ちは更に強まり、目が据わり始めた。

 血に塗れた鎖は、色褪せない銀色に輝いていた。錆びつかず、変色も変形もしていないそれは本当にただの鎖なのかと思えるほどだった。

 自らが生み出した最高の得物の一部に成るはずだった物を目の前に出されたというのに、アルクェイドの視線は綺麗な鋼の顔を突き刺すように向けられていた。

 

「そいつを何処で手に入れた……?」

 

 分かり切ったことでも、アルクェイドは問わずには居られなかった。

 静かに、静かに、アルクェイドの心にストーンと落ちていく感情があった。

 鋼は何も語らない。先程までは話の主導を握っていたのに、突然何も語らなくなった。

 刹那、アルクェイドが動こうと足を前に出した時、鋼の背後から風切音を響かせながら一本の矢が彼へと飛来した。

 矢が鋼の横を通り過ぎた時、アルクェイドは駈け出した。

 彼は右手の義手で飛来する矢を握りつぶし、両側から迫る剣とハルバートを別けた曲刀で弾く。

 矢を放ったエンネアは跳び上がり、放り投げられた鎖へと駆けるアルクェイドの真上から再び矢を放つ。

 それを予測していたアルクェイドは蛇行して的を絞らせず、巧みに避けながら鎖を掴む。

 アルクェイドは鎖を掴むと立ち止まった。

 何をしているのかは背後に置き去りにされた三人には分からない。

 何をしているか見えているのは正面から動かない鋼のみ。

 アルクェイドの背後から迫る矢とデュバリィとアイネス。矢が彼に届く瞬間、ようやく振り返った。

 彼が振り向いた瞬間、彼の周りに気流が現れ、矢はそれに流され、螺旋を描く気流によって上方の彼方へ飛ばされた。

 迫る二人には曲刀が飛来する。

 

「ぐっ」

 

 己の速度と曲刀の速度で相乗されたせいでアイネスの肩に曲刀が刺さる。

 対して、デュバリィは曲刀を避け、そのままアルクェイドへと突きを放つ。

 しかし、そのデュバリィに対して、背後から迫る者がいた。

 

「アイネス!? 何をっ!?」

 

 突如、視界の端に見えた仲間の武器のハルバート。

 自らに迫る事に驚愕し、一瞬勢いが鈍った。

 アイネスのハルバートではなく、体に意識をずらすと、彼女の肩に突き刺さった曲刀と体に絡みついた鎖が目についた。

 その鎖の元はアルクェイドの右手。

 

「先程の鎖を双刀に!?」

 

 それは、いつぞやの様な鎖と杭の武器にとても似ていた。

 だが、扱う難度としては、今の方が比較できないくらい高い。

 デュバリィは突きを放っている途中だが、迫るアイネスを避けるために横に跳んだ。

 しかし、アルクェイドは鎖を巧みに操り、アイネスを追撃に使う。

 

「発!」

 

 デュバリィは避け続けた所で、イタチごっこになると考え剣で鎖を切ろうと振るった。

 だが、鎖には傷一つすら付かなかった。

 

「……そこまでですね」

 

 ようやく、鋼は口を開いた。

 突如始まった鉄騎隊の牽制は一方的な敗北で終わった。

 

「まだ終わっていません!」

 

 しかし、それを理解出来ないのか、それとも納得出来ないのか、矢を放ち続けていたエンネアが声を荒げる。

 矢を避けられてはいるが、1対3の状況でアイネスが負傷させられても肩を傷付けられている程度。そのくらいでは彼女たちは負けを認められなかった。

 

「いえ、終わりです。彼から本気を出せられない時点で結果は決まっていた」

 

 少々の負傷とはいえ、アイネスが直ぐに行動することは不可能。鎖を切ることも不可能。

 手加減された状態でじわじわと戦力を削られていくことは明白。

 そして、鋼はアルクェイドがエニグマを起動させ続けているのに気付いていた。

 最初に矢を逸らした気流もエニグマが原因で、今はその鳴りを潜めていた。

 正確には力を溜めていた。鋼が止めなければ、最大火力のアーツを発動させていただろう。

 

「………………」

 

 それを見抜かれていたのが気に喰わないのか、アルクェイドは無言のまま、起動していたエニグマを停止させる。

 

「くっ……」

 

 エンネアは歯軋りしながらも自分が気付かなかっただけで、着々と詰められていたのを恥じた。そして、本気にさせられない事実を悔しくて堪らなかった。

 一人なのに、エニグマを起動する余裕が有ったという事は本気にさせられないと見て取れる。

 

「やはり、そういう事は機兵でやるのが一番だな」

 

 鋼と鉄騎隊の諭すような遣り取りを見て、アルクェイドは呆れたように言葉を発する。

 何も、人だけで纏める部隊というのを否定しているのではない。だが、それを完璧に高める為にはそれなりの時間を要する。

 しかし、それを機兵に変えれば、ミラは掛かるが恐れない部隊を創り上げることが出来る。

 最も、最終的に部隊としての精度は人のほうが圧倒的に高い。

 だから結社のように、強化人間を産み出すシステム存在している。それと比較するように兵器を産み出す部署もあるのだが。

 

「それで、コレは喧嘩を売っていると判断しても問題ないよな?」

 

 ジャラジャラと耳障りな音を立てながら鎖を引き寄せ、アイネスに纏わり付いている曲刀を引き寄せ、一本の刃に戻す。

 

「二節曲刀。ようやく元通りになりましたか……」

 

 鋼は蛇腹剣や法剣(テンプルソード)とも呼ばれるような多節剣とは違う、むしろ鎖鎌……いや、東方の三節棍に近い形をしている武器に興味を抱く。

 怪盗Bから渡された鎖と杭に近いかもしれないが、機能的には全く違う。

 三節棍程ではないが、実に多種な戦い方が出来るだけに戦闘に幅が広がる。だが、それには多くの欠点が伴う。

 双頭の曲刀でさえも諸刃の刃で、かなりの技量が持ち得なければ使いこなせないというのに、節までもあると、その技量は計り知れない。

 

「まともに扱うにはかなりの労力を要したがな」

 

 アルクェイドの体にある多くの傷跡は、修練で着いた傷がほとんどだ。その曲刀を創ったのも彼だからこそ、それだけで済んだとも言える。

 まともに振るうだけで、己の腕が飛んでも可笑しくないような形状なのだ。

 

「で、問いに応えてもらってないのだが?」

 

 手遊びするようにその曲刀を回しながら鋼の方へと歩む。意識は鋼に向けていても、背後の鉄騎隊を無視してはいない。

 何かしら行動を起こせば、いつでも対処できるように注意している。

 

「真意を知りたければ、吐かせてみせなさい」

 

 鋼はランスを取り出して構える。腰に携えた剣ではなく、騎乗時に使われるランス。

 戦車や機兵が存在しなかった昔の戦争に使われた、騎馬隊が歩兵を蹴散らす時に使われたランスという大仰な槍。

 

「アリアンロード様、それは……!」

 

 主の取り出した武器に驚愕して声を張り上げる。

 それだけアリアンロードは本気なのだろう。彼女がそのランスを持てば、人の身では勝つことすら出来ないと言われるほどの……。

 

「発!」

 

 全く同時にアルクェイドとアリアンロードは突きを放った。

 ランスはともかく、形状としては突きを放つようには出来ていない曲刀で真っ向から立ち向かう。

 両者とも大きく前へと踏み込み、槍先と剣先が衝突した。威力として拮抗したソレは、互いに弾き飛ばされる。

 

「チィ!」

 

 飛ばされても尚も地面を蹴り、曲刀を振りかざしてアリアンロードを狙う。対する彼女もランスを曲刀を弾くように振るう。

 アリアンロードが忠実的な騎士のような攻撃に対して、アルクェイドは舞うようにクルクルと曲刀を回転させつつ、彼女の周りを動きながら多方向から攻撃している。

 手数としてはアルクェイドの方が多いが、威力としては低く、アリアンロードを翻弄するくらいで、鎧やランスに阻まれてダメージを与えるには至らない。

 アリアンロードはアルクェイドの動きに惑わされずに、彼の動きを察して的確に習うが、どれも寸前で逸らされてしまう。

 正に一進一退の攻防。

 

「クハっ」

 

 微かにアルクェイドの口元が緩み、笑みが溢れる。

 それはアリアンロードも同じ。金の髪が流れるように動き、その場で対処する足捌きはダンスの様に見えた。

 

「……………………」

 

 そんな様を見ている鉄騎隊はただただ、本気のアリアンロードと対峙していることに驚愕していた。かつて、剣帝と呼ばれた男でさえも、歯が立たなかったのに、目の前の男は対等に戦っていた。

 剣帝のように武人でもなければ、名もない、ただの無礼な技師としてしか見ていなかった男が。

 それに、ランスを持ち出した時点でアリアンロードが手を抜いていない。

 

「疾!」

 

 時にアルクェイドは、曲刀を別けて両手で持ったり、一本に纏めて回転させて攻撃したりと、巧みに攻撃方法を変えている。

 アリアンロードに刃を飛ばされても、鎖を引き寄せて、そのまま振り下ろしたりと方法は多種に渡る。

 

「ふう……」

 

 一向に戦いの天秤が傾かないことで、アリアンロードの口から短息が漏れる。

 ランスで曲刀を大きく弾き、距離を取る。

 

「…………その程度ですか?」

 

「あ?」

 

 拮抗している戦闘に何か思う所があるのか、少しの間を空けて問う。

 

「どうすれば、貴方は全開で戦うのでしょうか?」

 

「俺は本気なんだがな」

 

 イラついているアルクェイドは少なくとも全力でやっている。

 それを不満気に言われても更にイラつかせるだけになってしまう。

 それが分かっていながらも言うアリアンロードの真意を鉄騎隊でも計れない。

 

「あの憑き物を勝手に排除すれば出してもらえると思っていたのですが……勘違いでしたか」

 

「………………」

 

 唐突に死神の事を言われ、更に不機嫌に歯を向く。

 勝手に排除された事は確かに、彼にとって苛立たしい事だ。

 故に、アリアンロードに対して遠慮はない。

 

「さらに何かするには生半可な物ではいけませんね。そうですね……貴方の製品を壊して回りましょうか」

 

「アリアンロード様!?」

 

 彼女の言葉が信じられずに、アルクェイドではなく鉄騎隊が大きな声を出す。

 シュバルツ・オークションに出される予定だった鋼の銀象はアリアンロードがモデルだ。

 それをアルクェイドが創ったのは、他ならぬアリアンロードからの依頼だったのに……それを含めて壊すという発言をした。

 

「丁度完成したばかりのがあるようですし、それを壊しましょうか」

 

「………………あ?」

 

「む…………」

 

 不意に、アルクェイドの雰囲気が変わった。

 刃物の様に鋭く纏っていた空気が、希薄で霧のように曖昧な空気へと。

 しかし、より個としての威圧は強まった。まるで、大群と相対しているかのように。

 

「完全に…………殺してやるよ」

 

「ッ!?」

 

 棒立ちだったアルクェイドが視界から消えたと思えば、背後から曲刀が迫る。

 アリアンロードはそれをランスで遮り、受け止めた。しかし、反撃するよりも速くアルクェイドは消える。次の瞬間には、彼女の右足に痛覚が走る。

 先程までアルクェイドの刃を鎧で防いだ事もあったが、それがぱっくりと切断されて紅く染められていた。

 

「刈り取れ、挟絶」

 

 アリアンロードの両側から曲刀が迫る。

 

「アリアンロード様!?」

 

「…………………ふん、良く防いだな」

 

 奇妙な光景が現れていた。右側からアルクェイドは迫り、ランスで防いでいた。

 アリアンロードは何故か両側を守っていた。しかも、アルクェイドが襲った反対側を守るために出した剣は折れていた。アルクェイドがそちらから襲えるはずがないのに、だ。

 だが、それを奇妙と思うのは鉄騎隊だけで、アリアンロードは折れた剣を捨てるだけで、怪しむ様子もない。

 

「ようやく現れましたか」

 

 それを当たり前かのように振舞うアリアンロード。

 

「がっ…………ああぁ………」

 

 対して、アルクェイドの様子がおかしい。

 纏う空気も渦巻き淀んでいる。

 深淵を覗いているかと思えるような漆黒の闇。

 

「怨嗟…………」

 

 アルクェイドの中に潜んでいた意志をアリアンロードは引きずりだした。

 

「やはり……貴方の中にいましたか!」

 

 今まで防御一辺倒だったアリアンロードが初めて攻勢に出た。

 地を駆けて、一気にアルクェイドへと迫る。

 

「があああああああ!?」

 

 アリアンロードが迫ることでアルクェイドも動き出す。

 だが、それまでの洗練された動きではなかった。

 

「くっ」

 

 熾烈で荒々しさはより強くなっている。無造作に曲刀を投げ、鎖を振るって薙ぎ払う。

 柱さえも巻き込んで瓦礫の山を築きながらも暴れるその様は、まるで獣のように思えた。

 その凶暴さは何かを呪う様に禍々しく、血走った目は誰か射殺す様に鋭い。

 

「手が付けられませんね。時期早尚でしたか……」

 

 アリアンロードは小さく息を吐き、ランスを構える。

 狙う誰かがいない事で無差別に暴れているように思えるアルクェイドに狙いを定める。

 

「……………………」

 

 だが、アルクェイドの動きが激しいせいで狙いを定めることが出来ない。

 

「はぁッ!」

 

 突如、風切音を立てながら一本の矢がアルクェイドへと迫る。だが、アルクェイドは右手の義手を振るうだけで矢を撃ち落とす。

 その間に彼の背後からデュバリィとアイネスが迫る。

 

「があああああ!!」

 

 しかし、二人はアルクェイドへと迫る前に鎖で薙ぎ払われる。

 

「こんの……舐めるんじゃないわよ!」

 

 先ほど苦渋を舐めさせられたアイネスが体に打ち付けられた鎖を掴んで引っ張る。

 掴まれると思っていなかったアルクェイドは予想外の動きにそちらに引っ張られるが、踏ん張って留まる。

 

「発!!」

 

 踏ん張った事で僅かだがアルクェイドの動きが止まる。アリアンロードはその瞬間を逃さなかった。彼女は完全にアルクェイドの背後を突いた。

 彼にそのランスの軌道を避けることは絶対に不可能だった。

 

【邪 魔 を す る な】

 

「なっ!?」

 

 声を上げたのは鉄騎隊だった。

 

「外れた…………?」

 

 アリアンロードのランスはアルクェイドのコートを貫いただけで、彼の体を貫くには至らなかった。

 絶対に外れることが無いはずの攻撃が外れた。

 如何にアルクェイドという強者であっても、アリアンロードの背後からの攻撃を避けることは不可能のはずだった。それも完全に動きが止まった状態を狙ったのにだ。

 

「…………ここまでですね」

 

 アリアンロードは刺さったコートからランスを抜き仕舞う。溜め息を付いてアルクェイドに背を向けて歩き出す。

 去ろうとする主の側に走って寄っていく鉄騎隊。

 

「よろしいのですか?」

 

 疑問に思う鉄騎隊の筆頭のデュバリィが問う。

 

「これ以上、彼が続けることが出来ません」

 

「何故……………ッ!?」

 

 鉄騎隊は言葉の意味を怪訝に思いながら、動かないアルクェイドに視線を向けた。そして、彼女たちは気付いた。

 アルクェイドが立ったまま気絶していることに。

 アリアンロードがコートを貫く寸前から、彼の意識は途切れていたのだ。

 

「………………」

 

 だからと言って、アリアンロードがランスを外したのではない。外されたのだ。

 確かに彼女は寸前で意識が途絶えていたのに気付いた。しかし、気付くのが遅すぎた。

 なのに、結果としてランスは外れた。

 

「………………本質的に徐々に使えるようになっているようですね」

 

 鉄騎隊の面々がアルクェイドに注意が向いている時、アリアンロードは手元のランスに視線を向ける。

 そのランスには幾多の傷があった。それも尋常じゃない数の傷が。

 

「あの時の挟撃……確かに殺気が2つありましたから守ったのですが、正解でした」

 

 アリアンロードは微かに笑う。

 

「戻りますよ」

 

「はっ」

 

 未だアルクェイドを見ていた鉄騎隊に声をかける。三人が返事をすると、辺りの空間が歪み始める。

 2つの景色が交じるように歪み、次第に一つに成り始めた。そして、歪みが収まると、そこは月の寺院の最上階だった。彼女たちの前には大きな鐘が吊るされている。

 

「さて、我らは退散しましょう。表に出るには早過ぎる」

 

「ちょっと待ってよ」

 

 アリアンロードが去ろうとしたとき、鐘の方から子供のような声が聞こえた。

 

「困るなぁ。勝手なことをされると契約違反になっちゃうじゃない」

 

 いつの間にか、鐘の上に座った道化が現れていた。

 突如現れた闖入者に、鉄騎隊は主を守ろうと武器を構えて前に出る。

 

「僕が彼に怒られちゃうじゃない。ま、いいけどね」

 

 如何にも人を小馬鹿にしたような声色で可笑しげに笑う道化。

 

「君が何を考えているのか大体予想が付くけど、王様を刺激するようなことは止めて欲しいな」

 

「…………………………」

 

 おしゃべりを続ける道化に対して、鋼は口を開くことすらしない。

 

「けれど、仕方ないか。君が見過ごせるわけがないよね、槍の聖女である君がね」

 

「貴様!」

 

「おっと、危ないなぁ」

 

 エンネアが道化に向かって矢を放つが、道化は首を動かす程度でそれを避ける。

 

「怖い怖い。それじゃ僕は退散するね」

 

 道化は立ち上がり、妙な力の発動を始めた。

 

「ばぁい」

 

 それを最後に道化は元から居なかったかの様に消えた。

 アリアンロードもそれを見届けること無く去り始めた時、三つの気配が近づいてくることに気付いた。

 

「案外、速かったですね。行きますよ」

 

 アリアンロードも鉄騎隊の三人もその場から姿を消した。

 その場に残ったのは、アルクェイドのみ。

 両手に鎖を掴んだまま、彼は意識がないままその場に立ち尽くしていた。




あくまでもシナリオとしての相対関係は、リーシャ⇔シャーリィ、アルクェイド⇔死神です。

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