刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第11話 運命仕掛けの転換

 事の起こりは五百年前まで遡る。D∴G教団は錬金術師の集団が興した教団だ。その中での中心人物の名をクロイスと言う。IBC総帥であり、クロスベル現市長のディーター・クロイスやマリアベル・クロイスの先祖の一人である。そのクロイスを含めた幾人が教団を興し、失われた空の女神の至宝を再現しようと躍起に成ったのが全ての始まりだった。しかし、その中でたった一人だけが、それに反対していた者がいた。それが、リーシャ・マオの前に現れたやけに姿勢の良い老人。彼の名をアグニと言う。

 アグニの目的は教団の産み出そうとしている至宝の破壊である。何故破壊しようとしているアグニが産み出そうとしている教団に所属しているのか、それは順番が問題だった。至宝を産み出す為に錬金術師達が集まってD∴G教団を興したのではない。元々D∴G教団は存在していたのだ。その教団の目的が至宝を産み出すことに変わったのだ。それは古代ゼムリア文明が崩壊した後の暗黒時代と呼ばれる500年間が原因だった。

 古代ゼムリア文明が崩壊したのは空の女神の七つの至宝が消え去ったからだ。それまで、至宝に頼り切りだった人々は、争いを始めた。大小様々な国家の争いが500年と続き、ようやくそれを納めようとした七耀教会が現れた。確かに、七耀教会が現れたことで激化の一途を辿っていた争いは収束しつつあったが、それでも戦禍の傷跡を修復することは難しかった。七耀教会が誕生してから200年経っても、凄惨な光景が世界中の至る所で見れた。錬金術師の集団はその光景を見て、人々が苦しんでいるのを嫌というほど感じていた。そして彼らは、至宝と言う存在を知った。古代ゼムリア文明が発展した最大の理由と崩壊した原因を。だから、教団は第二の至宝を自らの錬金術を駆使して産み出そうとした。

 だが、アグニはそれを知ったとき、同時にその時の人々がどういう生活をしていたのか知った。至宝から与えられる住処や仕事、食料に娯楽。悉くが至宝から与えられ、それを甘受して堕落していく人々を。アグニにとって、それは紛れもない絶望であった。生きているのではない、生かされている。それを直に目で見ていなくとも、簡単に想像できた。人としての尊厳を失い、全てを与えられることで、怠惰に堕落し、家畜と成り果てることを。だが、異論を唱えても他の者にはそれが幸福であるとしか思えなかった。少なくとも、今日明日突然親しい人が死ぬような状況などではないのだから。アグニは言っても聞かないと理解した。だから彼は決めたのだ。壊してやろうと。

 それからの彼は教団内での立場は大きく変えた。クロイスと共に教団の中心人物だったはずの彼は、教団内の人間と関わることをほぼ止め、自らの研究に没頭し始めた。彼が最低限の交流を止めなかったのは、至宝の研究の進み具合を知るためだ。そして、その力を良く調べ、破壊するにはどうするのが良いのか調べた。しかし、仮にも空の女神の至宝を模倣しようというのだ、研究は遅遅として進まなかった。

 彼らが知り得た至宝は幻の至宝で、それはおよそ、人のような存在であった。人の願いを聞けば、それを叶え続けるのが至宝で、幻の至宝はそのシステムが人のような存在に近かった。だが、それがいけなかった。至宝は心を持ち、そして自らが人の願いを叶え続けるにつれ、人が堕落し始めたことを知ってしまったのだ。そして、そんな人間に失望したのか、願いを叶えることに疲れたのか分からないが、幻の至宝は己の願いを叶えて消えたという。D∴G教団はあくまで至宝の再現を望んだ為に、錬金術を駆使して人を産み出すことに成った。そして、それがただの人形であってはならない。あくまでも、己の意志を持たねばならない。そして、それは叶えられた。彼は多くの時間を消費して、念願の人造人間ーーホムンクルスを産み出すことに成功した。後は、至宝のような力を得ることだが、それを得るには多くの難題があった。

 まず、どういう力で願いを叶えていたのか、それはどうやって産み出したのか、他にも多くの障害がある。しかし、クロイスはそれを見つけてしまった。そういう風な世界にすればいいと……。それを成し得るシステムまでも、見つけてしまった。だが、それを構築するには莫大な時間がかかる。それを知ったアグニは、クロイスを止める(すべ)を持っていなかった。クロイスの側にいる怪しげな協力者がそれらを用意している事すらも気づいていながらもーー

 だから、アグニは人を辞めることを決めた。その協力者に声をかけてしまうことで、もう……止まることは出来なくなった。

 もし……もしもの話だが、その協力者が現れたときに、少しでも、本の少しでも正気を保った者がいたならば、その協力者の事をこう述べたであろう……道化師と……。

 

 

 巨大な塔の周りを一匹の鷹が飛んでいた。旋回して周りをずっと回っている。塔の名前はオルキスタワーと言う。IBCがスポンサーとなり、新たな都庁として機能する予定の大陸最大のタワーだ。今現在は完成してはいるが、タワー全周に幕が下ろされ、その姿を見ることは出来ない。ディーター市長の狙いで以前開催を宣言した西ゼムリア通商会議の日にお披露目をされる予定である。その狙いは大々的に宣伝するだけでなく、これまで無かったその巨大さを魅せつけて、二大国である、帝国と共和国のド肝を抜いて優位性を持とうとする考え故にだ。最も、政治関心あるもの以外はそれに気付くことは少ない。現に市民は祭りの下準備に夢中だった。

 そのタワーを観る者が二人……いや、三人いた。一人はその鷹の主であるアルクェイド・ヴァンガード。彼は以前、レンがヘイワース家を見ていた雑草が踏み均された町外れの崖の上から見ていた。

 一人はレクター・アランドール。オルキスタワーの真正面に近いデパートの屋上からタワーを見ていた。彼は帝国の鉄血宰相と呼ばれる人間の懐刀とも言われる情報畑の人間だった。後日開かれる会議の事前にある程度の情報を掴もうとクロスベルに来訪していた。レクターがクロスベルに来訪したときに、共に一つの猟兵団(イェーガー)もクロスベルと来ている。その名を『赤い星座』と言う。そのイェーガーはただのイェーガーではなかった。大陸西部で最強を誇る百戦錬磨の獣達だ。最も、その団長のバルデル・オルランドは同じく最強の猟兵団の一つで宿敵でもある『西風の旅団』の団長の『猟兵王』と呼ばれる人物との一騎打ちで相討ちとなり死亡している。今の赤い星座は彼の弟である副団長の赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)が率いている。その娘も戦鬼と呼ばれる部類の戦闘狂(バトルジャンキー)で赤い星座の大隊を率いている。そんな化物を筆頭とする赤い星座がクロスベルに来訪しているという事実は特務支援課が旧炭鉱の異変を調べた夜の瞬く間に広まった。そして奇しくも、その赤い星座は特務支援課のランディ・オルランドの古巣だった。しかも、戦死したバルデル・オルランドの息子だった。その事実を仲間に語る前に、彼の叔父の赤の戦鬼……シグムント・オルランドが語ってしまった。団長が死んだと告げると共に……。そして、赤い星座はルバーチェが所持していた屋敷を買い取ってそこを拠点としたのだった。特務支援課と赤い星座との対面時に、レクターがいた事で彼らが帝国と繋がっていることは明白だった。

 最後の一人はやけに姿勢の良い老人ーーアグニだった。彼だけは直にタワーが見れる屋外ではなく、暗い空間の中から見ていた。彼の背後にはカプセルが列をなしている。その中にいるホムンクルスの全てが碧く光っていた。そして、アグニの前にはオルキスタワーが映った何かが存在していた。導力を用いたモニター等ではない。端的に言えば、空間と空間を繋いでいるように見えた。彼はそこから見えるタワーを忌々しげに、けれど愉悦に歪んだ顔をしながら見ていた。

 それぞれの思惑を抱えたままに、ただただ彼らはオルキスタワーを眺めていた。三人の内、最初に動いたのはレクターだった。正確には動かざるを得なかった。彼の背後に特務支援課が現れたからだった。

「案外早かったな。前もここだったし、縁でもあるのかな」

 振り向かずに愚痴をこぼす様に独り言を口にする。レクターの背後には特務支援課の五人がいた。レクターを囲むような陣形になっていないのは、武力を持って戦う相手ではないからだろう。

「レクター・アランドール。赤い星座まで連れてきて、何を考えている?」

「ビジネスだよ、ビジネス。最近クロスベルはゴタゴタしてるだろ? だから護衛みたいなものさ」

「わざわざイェーガーを雇ってか?」

「そ、こんな場所に帝国の兵士を連れてくるわけにもいかないだろ?」

 レクターが言うことも理屈としては成り立っている。今、帝国だとはっきり分かる人間を連れてくるのは色々不都合がある。それこそ、帝国の不利益となることが簡単に起こりうる事も。それに、レクターの仕事をするにしても、帝国だとバレてしまうのは問題だった。それに、鉄血宰相の敵は帝国内にも数多くいる。そちらに気取られぬ様にする必要もあるのだ。だから単身レクターだけが乗り込んでいることにしておくのが一番だった。それでも、ただの護衛としてイェーガーを連れてくるなど馬鹿げているとしか言い用がないのだが。その影響は帝国の兵士を連れてくることとあまり大差はない。だが、それを分かっていても、レクターは全てを語らないが。

「ん……?」

 突然、オルキスタワーを眺めていたレクターはIBCの方へと視線を向けた。いきなりの行動に特務支援課も疑問に思う。

「なんだアレは?」

 その視線の先を五人も見ると、そこには馴染みの顔があった。

「ティオ?」

「でも、一緒にいるアレは何かしら?」

「遠くて良く分からないが、魔獣ではなさそうだな」

 IBCの入り口にティオ・プラトーがいるが、その横には銀色に光る何かが存在していた。四つ足の銀色の体を持つ竜。嘗て、アルクェイドからティオに与えられた騎兵なのだが、支援課の面々はそれを知らず、財団の新たに開発したものとし思えない。そして、ティオが今も支援課から離れていることを知っているからこそ、見えている何かの為に財団に戻っているとしか思えなかった。最も、それもあながち外れではないのだが。

「あっ!?」

 疑問に思いつつふと視線をレクターがいた場所に戻すと、そこにはもう彼はいなかった。

「しまった!」

 支援課の面々は辺りを見渡すと、屋上の手すりに縛られたロープを見つけた。

「ここから降りたのか……」

 扉からであれば、音で直ぐに気付いてしまうだろう。故に、レクターはロープで降りていったのだ。そして、下を見るともう彼の姿はどこにもない。

「逃げられたか……」

「みたいだね。それにしても、準備がいいことだね」

 諜報員としての彼はとても優秀すぎる。話術もそうであれば、それに対しての道具の準備も良い。そして、その考えまでもが……。最早、天才と言っても過言ではない程の道化ぶりである。支援課はレクターを取り逃がしたことで肩を落とすが、それでも様々な情報を得られたのは確かである。

「にしても、一つだけ気になることがある」

 捜査一課からの依頼でレクターと接触した支援課は少なくとも、依頼は果たせたと考えた支援課は次の依頼に取り掛かろうとした時だった。ランディが呟くように言った。

「何が?」

 ランディには、昨日赤い星座と対面した時から気になっていたことがあった。だが、それは赤い星座がクロスベルに来訪してきたことと、帝国と繋がっている事等、様々な衝撃が連続したことで、思考できなかったことがあった。それは、赤い星座でまだ出会っていない人物がいることだった。そう、シグムントがいるならば、必ず一緒に来ていないとおかしい人物が。しかも、捜査一課のダドリーから教えられた情報で、元ルバーチェの屋敷に向かったときに、入り口前でレクターとシグムントが待っていたのに、だ。

「一人だけいないとおかしい奴がいなかったんだ。叔父貴……オーガ・ロッソと共に居るはずの奴がな」

「それは誰なんだ?」

「叔父貴の娘のシャーリィ・オルランドだ」

 ランディが赤い星座を抜ける前はまだまだ小娘でしかなかったシャーリィがいない。それはシャーリィが一人で活動しても大丈夫な成長を遂げたのか。

「あいつが一人で活動しているなんて有り得ないんだ」

 だが、ランディはその可能性を否定する。

「人喰い虎のシャーリィが一人で活動するなんて……まさか!?」

 たった一つだけ、いない理由を彼は思いついた。だが、それの対象となる人物が思いつかない。

「誰を狙っていやがる……叔父貴!」

 それは、シャーリィに誰かの殺しを殺らせているに違いないとランディは気付いた。だが、この状況で誰を狙うのかが分からなかった。そもそも、赤い星座の狙いすらも分からないのに、だ。あまりにも情報が少なすぎた。ランディは歯痒さに奥歯を強く噛むが、答えはでない。結局、歯痒さを感じたまま、支援課はデパートから出て行った。

「……行ったか」

 一つだけ、支援課は勘違いをしていた。それは、レクターの準備の良さを。レクターは支援課がデパートを出て行った後から、悠々とデパートの入り口から出てきた。レクターはロープで逃げていたわけではなかった。否、正確にはロープは使っていた。だが、もしロープで一番下まで降りて逃げていたなら姿を見られ、追走劇が始まったことだろう。だが、それを避けたレクターは事前にロープを釣らした場所の所の窓を開けていたのだ。ロープで降りて、その開けた窓からデパート内に入り、後は支援課がデパートから出ていくのを待つだけ。それはつまり、これ以上支援課に情報を渡す意志がないということ。帝国の諜報員ということは昨日の対面時に明かしているからだ。これ以上対話すると更なる情報を明かすように詰められるだろう。だが、それをのらりくらりと交わす話術はレクターにはある。だが、それをしなかった理由はたった一つ。

「あいつと話すのは面倒臭いしな」

 それだけだった。それだけ、レクターはロイドを警戒している。その証明でもあった。

 

 

「ようやく見つけた」

 アルクェイドの背後から、声が聞こえた。それと同時に雑草を踏んだ音が聞こえる。けれども、アルクェイドは振り返らない。

「ここじゃなんだしさ、下に降りない?」

 少女の声色と背後から突き刺すような殺気。それも歴戦の戦士よりも一層鋭い殺意と敵意と感じていながらも、その人物に対して何もしない。

「別にこのままでいたいならいいけどさ。それじゃ面白く無いじゃん?」

 少女の目的を果たすだけならば、手に持った彼女の得物を彼の背に振り下ろすだけでいい。だけど、彼女がそれをせずに声をかけたのは、ただただ彼と戦いたいからだ。それ以上でも以下でもない。

「噂に違わず戦闘狂(バトルジャンキー)なんだな……血染めのシャーリィ」

 アルクェイドは背後に迫った人物の名を呼んで、ようやく振り向いた。彼女の手にはチェーンソーとライフルが一緒になったテスタロッサが握られている。何時でも戦えると、牙を向くように口元を歪めて。

「構わず襲えば強制的に戦えただろう?」

「だから、それじゃ面白くないじゃん。あたしは戦いたいんじゃないの。殺し合いたいの」

「悪いが、先約があるんでな。他の奴とやってくれ」

 そう言って、アルクェイドは断る。別に、この後直ぐにその先約の相手と殺し合ったりするわけではないのだが、シャーリィと戦えばどうなるのかが眼に見えているから彼は断った。

「そんな理由で逃げれると思ってるの?」

 断られると思っていなかった彼女は少しだけイラついて声色に怒気が微かに篭っていた。

「思ってはいないがな。お前風に言うならば、俺と戦っても面白くないぞ? 全てが不完全燃焼で終わるぞ?」

 そこでシャーリィは構えていたテスタロッサを下ろす。

「やっぱり? アンタには会いたいと思っていたんだけどなぁ」

 急にどうでもよさそうにシャーリィはだらけて雑草の座る。テスタロッサを手から離してすらいる。完全に戦う気はなくなったようだ。

「目の前にいても殺し合いたいとは思えないんだよねぇ……なんで?」

 まるで、元から友人だったかのように振舞うシャーリィ。それに対して、アルクェイドの方も問題なく気軽に応えている。

「クク、本質を見抜く目……というか鼻が効くようだな。まるで犬だな」

「乙女に対して犬とか酷くない?」

 まるで友人のように振舞っているが、辺りに揺蕩う空気は決して和やかではない。互いに喰い合う様な異質な空気を滲ませていた。これは、二人が、アルクェイドとシャーリィが決して相容れない気質だからこそ成り立つ空気だった。それは、互いに惹かれ合う可能性も無いこともないのだが、現状では有り得ないようだった。

「アンタのさ、アレを見たんだけど」

「…………」

 その彼女の言葉で、更に空気が変わる。より冷たく、より鋭く。

「アレがアンタの願いなんでしょ? その割にはアンタがいないのは何で?」

「……何が言いたい」

「なんとなくだけど、ああ成りたいと言うのは分かった。だけど、そこにアンタがいなかった」

 未だ未完成ながらも、アルクェイドは自分の魂を込めるかのように銀の彫像を創っていた。それを少し前に見た彼女は、それがアルクェイドの願いだと分かった。

 シャーリィは本質を理解する嗅覚を備えている。だからこそ、未完成でもアルクェイドの彫像の本質を捉えることが出来た。だが、だからこそ、彼女には理解出来なかった。あの彫像には彼自身が居なかったことを。

「あれで正しいんだよ。余計な物は存在していてはならないんだよ」

「そうかな?」

「何……?」

 アルクェイドにとって、あの状態が絶対である。それをシャーリィに伝えても、返って来たのは心底理解出来ない言葉だった。

「それで楽しい?」

「ーーーーーー!?」

「あたしはコレに全てを捧げる。自分にとって、殺し合う事が一番楽しいし、生きていることが実感できる。そりゃ、負けた事も有るし、血反吐吐きながら登ってる途中だけどさ」

 キラキラした目でシャーリィは語る。まるで、夢に恋焦がれる歳相応な少女の目をしながら。殺気が張り詰めた空気が一気に霧散する。彼女は立ち上がり、テスタロッサを構えて大きく動く。本人の意図ではないだろうが、アルクェイドにとって、その動きはまるで舞台女優の様に見えていた。

 アルクェイドは魅せられていた。ただの戦闘狂(バトルジャンキー)と思っていた少女に。

「これからも楽しく生きていきたい。これからも負けることもあるだろうし、下手したら死ぬかもしれない。でもーー」

 アルクェイドは言葉を挟めない。ただただ、彼女を見ていた。驚愕に目を見開いて。

「ーー後悔は絶対にしない。今を全力で生きて走り抜けて、いつかコレで天下最強になる!」

「………………」

「何? 変な目で見て」

「……クッ……ククッ……クハハハハ!」

 アルクェイドは笑いを堪えられなかった。あまりにも滑稽で、あまりにも馬鹿げていた自分を理解して。そんな当たり前を忘れていたのかと。

「ククッ、いつから忘れていたんだろうな。ああ、そうだよ。単純だ、好きなんだよ好きなんだ。俺は細工が好きなんだ」

 アルクェイドは最初の感覚を思い出した。あの彫像を創ろうとした想いを。

「そうだな、俺の願いに、俺がいなくちゃ意味が無いな」

 シャーリィが呆然とするくらいにアルクェイドは笑う。もう陰湿な空気は無い。清々しいまでの空気が場を支配する。

「まさか、血染めのシャーリィに気付かされるとはな。クッハハハハハ」

「アンタ笑い過ぎ……聞いてた奴と、なんか違う」

「ハハ、そうかもな。少しだけ、人と向き合ったからな。だが、悪くない変化だ。むしろ清々しい」

「そうだね……今のアンタなら面白そう!」

 シャーリィは獰猛な笑みを浮かべる。アルクェイドも同じように牙を剥く。

「人の本質を見抜くお前に敬意を(ひょう)す。礼だ、相手してやるよ」

 シャーリィはテスタロッサを、アルクェイドは双頭の曲刀を構える。

「やっぱり、世界は面白い。こんな出会いもあるとはな!」

「あたしを楽しませてよね!」

 二人は同時に駆け、シャーリィはテスタロッサをアルクェイドに振り下ろす。対して、アルクェイドは崖を駆け下りた。外したシャーリィも彼を追って崖を駆け下りた。

 ここに、狂者と狂者の熾烈な殺し合いが始まった。

 その殺し合いを眺めていた者がいた。人は彼を道化師と呼ぶ。

「あはは、これは面白い変化だね。いや、初めに戻ったというべきかな? こっちの方が面白いよ。さぁ、アグニはどう対処するかな? 人に戻ったら目的が遠くなるからね。いや、むしろコレも計画通りなのかな。なんて言ったって、未来が見えるんだから」

 そこで、道化は消える。笑い声だけを辺りに響かせて。もう目の前の殺し合いには興味はないと言わんばかりに……。




少しだけシャーリーを改変。前回の彫像が原因となっています。そろそろ原作から大きく乖離し始めます。ゼムリア会議から大きく変わります。

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