「それでクロスベルに帰ってきたわけね」
アルクェイドが数年ぶりにクロスベルに帰る原因となった手紙読んで呟いた。
アルクェイドの話も補足され、数年ぶりにクロスベルに帰ってきたのは納得できた。
けれど、そこがレンは気になった。
「でも、変な話ね。
アルはブルブランに言われた程度で、帰って来るようなタイプじゃないでしょ」
「だから、言っただろう。
気紛れだと」
だからこそレンはおかしいと思った。
彼は物を作っているときに素材を買うことや作品を売りに出すことすら基本的に代理人を使うくらい、外に出ることを面倒くさがるのだ。
ましてや、一番大事な銀片翼のペンダントを磨いている最中に出掛けるなどこれまでしたことがない。
まるで、誰かにそうなるように仕組まれたとしか……
「それで、ブルブランの言っている新人には会いには行かないの?」
「アルカンシェルにか……
だが、もうすでに夕方だしな」
「明日はあの支援課のおにいさんたちが来るんでしょ?
だったら、今から行きましょうよ」
「行きましょうってお前も来る気か」
「当然じゃない、ほら行きましょう」
レンはアルクェイドの手を掴むとオーバーサイクルの方に引っ張る。
「ウォークスなら暗くなる前に行けるわ」
「仕方ないな、暴れるなよ」
アルクェイドはレンに引かれるままにウォークスと呼ばれたオーバーサイクルに近づく。
ウォークスに跨るとレンは彼の背後に乗り、腰に手を回した。
「前じゃなくていいのか?」
「別にどっちでもいいじゃない。
それに、こっちのほうがアルは嬉しいんじゃない?」
わざと胸を反らしてアルクェイドの体に密着しながらレンは言う。
その行動に溜息をつきながらアルクェイドはハンドルを握る。
もう何を言っても無駄だと諦めたのだ。
「それじゃ、パテル=マテルは留守番を頼むぞ」
「良い子にしててね」
「良い子にするのはお前だろ」
アルクェイドとレンの言葉に応じてパテル=マテルは音声を発した。
それを聞き遂げるとアルクェイドはウォークスを発進させた。
クロスベルへの道中の魔獣は、ウォークスの排気音や振動を感じると逃げ出すのがほとんどだが、偶に恐怖からの行動で襲いかかってくるものもいる。
それらに対してはウォークスに嵌められているエニグマがオートで威力の弱いアーツを起動させる。
それは土属性の防壁を模したものだった。
それによって一瞬弾かれて魔獣はウォークスに近づく前に過ぎ去ってしまう。
クロスベルの歓楽街の目玉と成っている劇場、アルカンシェル前にアルクェイドとレンは到着した。
「相変わらずキラキラと派手ね」
「こういう物は目立つ方が都合が良いからな。
わざと悪趣味な金色にしているんだ」
スタッとレンはアルクェイドの後ろから跳び降りて、真正面からアルカンシェルを見上げる。
アルクェイドはその間にアルカンシェルのスターである、イリア・プラティエの描かれた看板の横にウォークスを止めた。
「いつも思うのだけど……
いちいちそれに興味持たれて相手するのが面倒なら、そんな目立つとこに置かないほうがいいんじゃない?」
「別に隠さないといけないような事はしてないからな」
歓楽街は夕方でもそれなりに人が多いため、すでに物珍しさからちらちらと遠巻きからウォークスを見ている者が少なくない。
しかし、持ち主がいるからか、あからさまに近寄って来る者はいない。
アルクェイドがアルカンシェルの入り口に向かって歩き出すとレンはその横に連れ添って歩いた。
アルカンシェルの舞台には数人が舞い踊り、舞台裏にはそれに合わせて機械を移動させる。
控え室の方には小道具の修理や調整、服の
全員が一体となって劇を製作しているのだ。
暫く予定の物語の練習をしていると休憩に入り、各々が水を飲んだり、座ったり、雑談を始めた。
「リーシャもなかなか様になってきたじゃない」
「本当ですか?」
この劇団のスターであるイリアが先程まで一緒に舞っていた相方に声を掛ける。
つい先日、入ったばかりの新人であるリーシャはイリアにそう言われて嬉しそうに笑う。
「ええ、入ったばかりなのに凄いじゃない」
「本当だよ。
イリアが連れてきた時には少し不安だったけど、これなら問題なさそうだ」
「当然じゃない、この私が直々に連れてきたんだから」
傲慢とも取れるイリアの発言だったが、それを不快に感じる者はいない。
それは彼女の自信の表れであるし、彼女からそう言われることはむしろ光栄なことなのだ。
「そう言えばリーシャは入ったばかりだからオーナーに会ったことはないわね」
「と言うか、半分くらいは顔も知らないんじゃないか?」
「え?
あなたがオーナーじゃ無いんですか?」
「私は代理人に過ぎないよ」
いつも事務的なことをしている老紳士がオーナーだと思っているものが多いだろう。
リーシャもその一人で、オーナーが別にいると初めて知った。
「まぁ、もう何年も顔すら出してないからね。
ミラだけはいつも決まった日に送られて来るんだけどね」
「私でさえも数回しか会ったことがないわよ」
「イリアさんでもそんなに少ないんですか……
どんな人なんですか?」
「知らないわよ。
私たちの中じゃ、他国のお偉いさんってのが一番濃厚だけどね」
「何処の誰で、何してるかも誰も知らないのよ。
格好はいつも決まってるんだけどね」
「そうそう、いつも黒色のコートに深紅の歯車が描かれたのを着て来るんだ」
オーナーだと思っていた老紳士が格好を言うと、リーシャが入り口の方を見ながら言った。
「入り口のあの蒼い髪の人ですか?」
「そうそう、空のように蒼い髪を……している……ね」
言っていない髪の色を言われて、入り口の方を向くと話題の人物がそこに立っていた。
その姿を見たとき、老紳士は絶句した。
「オーナー!?」
その人物が誰であるのか理解すると、慌ててアルクェイドに駆け寄った。
アルクェイドは劇場の中を見渡しながらイリアたちの方に向かって歩いている。
初めて中に入ったレンは興味深そうにキョロキョロしている。
「オーナー、事前に連絡を下さったらお迎えにあがりましたのに」
「皆の練習を邪魔するわけにはいかないだろう。
それにそんなモノは必要ない」
「いえいえ、オーナーにそんな失礼なことは出来ませんよ」
「敬語も要らんと言うのに……」
言っても態度の変わらない老紳士に気付かれないように、アルクェイドは溜息をついた。
「お久しぶりね、アルクェイド」
「そうだな、イリア・プラティエ」
「なんでわざわざフルネームで言うのよ」
老紳士と違い、イリアは気軽にアルクェイドに声を掛ける。
「ねぇ、アル。
少し中を見てきてもいいかしら?」
「皆の邪魔をしないようにな」
「もう、分かってるわよ」
レンは少し頬を膨らませながらも、楽しそうな足取りで楽屋裏の方に歩いて行った。
「それで、本日は如何な御用で?」
「いや、特に用はないが……悪かったか?」
「いえいえ、オーナーならいつでも大歓迎です」
「そうよ、別にそういう事を気にしなくていいわよ」
あくまでも老紳士は丁寧な物腰で、イリアは友人の様に相手することにリーシャは戸惑っていて、碌に挨拶することが出来ない。
「君が新人か」
「は、はい。
リーシャ・マオといいます」
「あら、何処から聞いてきたの?
新人が入ったなんてよく分かったわね」
新人だと言い当てたアルクェイドにイリアは指摘する。
誰も連絡先を知らないから、何時誰が入ったかなどアルクェイドは知らないはずなのだ。
「一応所有者として知ってはおかないといけないだろう」
「私が入ったときはいちいち来なかったくせに。
ダメよ、リーシャは私のものなんだから」
「イリアさん!?」
「別にどうでもいい」
突然のイリアの発言にリーシャは声をあげる。
しかし、アルクェイドは心底どうでも良さそうに呟いた。
「うわっ、失礼な人ね。
相変わらず乙女心が分かってないわね。
そこは対抗心を見せておくものよ」
「よく言われるよ」
「だったら治そうとしなさいよ」
イリアの言葉にアルクェイドは気が向いたらなと返事した。
その言葉にイリアは呆れてしまった。
「それじゃ、俺はアイツを迎えに行ってくるよ」
「ええ、分かったわ」
アルクェイドはそれで会話を打ち切り、楽屋裏の方に歩き出した。
「そうだ、今度はどれくらい居るの?」
「さぁな、数カ月はいる予定だ」
「あら、かなり長いのね。
だったら、今度私の家に寄ってらっしゃい。
良いお酒を用意しておくわ」
「楽しみにしておくよ」
アルクェイドは背を向けたまま軽く手を振って楽屋裏へと消えて行った。
-あの人、全く隙がなかった-
リーシャは暫く消えたアルクェイドの背中を眺めていた。
「どうしたの、リーシャ?
あら、彼が気に入ったのかしら?」
「そ、そんなのじゃありませんよ」
意地の悪い笑顔を浮かべたイリアの言葉にリーシャは慌てて否定する。
そう言いながらも、彼女の意識は彼の消えた場所に向いたままだった。
レンを探してアルクェイドは楽屋裏を歩く。
舞台から裏へと回り、途中舞台から少しだけだが、天井から吊ってある機械を見る。
マイスターが調整などはしてくれてはいるが、作ったのはアルクェイドだから細かい調整は出来ないのだ。
アルクェイドは非常に凝った物を作るのだ。
シャンデリアのパーツから吊っている鎖の一つ一つがアルクェイドが作成したものだ。
故に他に変えが利かない代物なのだ。
吊っているシャンデリアの昇降機も軽くだけだが、配線に不備や引っ掛かる感覚はないか聞いた後で楽屋の方へ行く。
すると、一室からレンと数人の女性の声が聞こえてきた。
「レン、そろそろ帰るぞ」
アルクェイドはそう言いながらドアを開けて入った。
「あら、もう帰るの?」
室内には数人の女性に囲まれたレンが、先ほどとは違うドレスを着てクルクルと回っていた。
「えー、もう帰っちゃうの?」
「もっといましょうよ」
数人の女性が不満の声を漏らしながら目でアルクェイドを睨んでくる。
アルクェイドがオーナーだと知っている女性は一人だけいるが、他の娘達とアルクェイドを交互に見ながらハラハラしている。
「ごめんなさいね。
もう帰らないと」
レンはアルクェイドが見ているのにも関わらずに、脱ぎ始めた。
アルクェイドはレンの肩が見え始めた辺りで外に出ようと背を向けた。
「外で待っている」
それだけ言うとレンの素肌を一部だけだが見たが、気にした素振りを見せずに一言だけ言ってドアを閉めた。
「もう、少しくらい焦ってくれてもいいじゃない」
アルクェイドの変わらない態度に、レンは不満気に頬を膨らませた。
その姿に回りにいた女性たちは可愛いと言いながらレンに抱きついた。