五人と一匹は旧炭鉱から出てくるとすぐにマインツの町へと向かい内部がどうなっていたかを報告した。旧炭鉱内の異変は結局、多くの謎を残したままだった。無闇にマインツの住民の不安を煽らないために、七耀脈の乱れということを報告しただけだった。旧炭鉱内の苔やキノコ等の植物の成長を見る限り、昨日今日に起こった訳ではないと判断して恐らく危険はないと彼らは伝えた。
とは言え、完全に放置することは出来ないが、壊された閉鎖していた扉を復旧し再び閉鎖して様子を見るということになった。最後に消え去った魔獣は、旧炭鉱内の七耀脈の異変とは関係が有るとも言えないし無いとも言えない。影響は受けていたことは確かだろうが、死体が消えるなど何が起こっているのか全く分からないのだ。まともに調査をすることも出来ずに、今は引き上げるしかなかった。
「最後のあの魔獣は一体何だったんだろうな」
「七耀脈で異常な存在になっていたとしても、消えたのは解せませんね」
マインツの町長の家から出てきた支援課の五人。ツァイトは旧炭鉱から出てきた時に支援課に対して振り返りもせずに山を駆け、崖を跳んで行った。いつの間にか日が落ちるような時間となっていてクロスベル一帯を夕日が紅く染め上げていた。五人はマインツの入り口にある駐車場となっている場所にいた。彼らの側には昨日セルゲイに言われた警察学校に向かった時にディーター・クロイス新市長の計らいによって贈答された導力車があった。その導力車はヴェルヌやラインフォルトという自家用導力車二大メーカーの導力車ではなかった。それはツァイス中央工房――通称ZCFが開発したものだった。それを知った支援課は大いに驚いていた。それも当然だろう。ZCFのあるリベールは比較的山岳地帯が多く、導力車が走るには適していない。その代わり、飛行船が他の国よりも発達している。その筆頭が、アルセイユと呼ばれるリベール王国が所持している飛行船だ。しかし、その常識をZCFが覆し導力車を開発した。山岳地帯でも走れるような安定性に頑丈さ。今まで本当に開発していなかったのかと思えるかのような性能に幾度も警備隊で導力車を運転していたノエルが舌を巻くほどだった。
「それも気になるのは確かだけど……ランディが乗ってきたソレって……」
魔獣の事が気になっていたのも事実だが、エリィはそれ以上にランディが駆けつけた時に乗っていたオーバーサイクルが気になっていた。ソレはアルクェイドだけが持っていた筈の物。ソレをランディが乗って駆けつけたのだ。一体、どこでソレを手に入れたのというのか……。
「ああ、コイツか……コイツは課長が渡してくれたんだ」
「課長が?」
エリィの言葉にランディはオーバーサイクルを撫でながら言う。その様は信頼する愛馬を褒めるような仕草だった。
「ああ、課長が言うには怪盗Bからの報酬らしい」
「怪盗Bから……」
それでワジとノエルを除く三人は納得したように微かに頷いた。その名前を出した時、微かにワジが反応した。だが、それに気付くものはいない。
「怪盗Bって……あの世界的な大犯罪者の!?」
世界的に有名な犯罪者の名前が出たことでノエルは目を見開いた。
「へぇ、アルクェイドとの繋がりがあるだけでも驚きなのに、君たちはあの怪盗Bとも顔見知りなのかい?」
「前に少しだけね」
怪盗Bとの出会いを思い出したのか、三人は物思いに耽る様に遠い目をした。その時に依頼された一つのこと。アルクェイドを止めて欲しいという依頼。あれからけっこうな時間が経過している。ソレをもう達成出来ているのだろうか。三人の心はその考えが過る。あの怪盗Bが親友とまで言い、殺す覚悟を携えなければ到底止めることも出来ないと言っていた。ソレほどのものを達成出来たのか否か。
なんとなく、なんとなくだが、彼らは未だ達成出来ていないと心で解っていた。そんな彼らの態度で、ノエルとワジの二人は詳しく聞くことは出来ないと思ってしまった。
「なるほどねぇ」
何故アルクェイドが持っている筈のオーバーサイクルを怪盗Bが支援課に渡すことが出来るのか、ある程度彼らの関係を把握したワジはオーバーサイクルに注視した。
「これはコンタクトを取る必要があるかもね」
そのワジの呟きは誰にも聞こえることはなかった。
*
「………………」
アルクェイドはかつて無いほど苛ついていた。視線の内で忙しなく動きまわる彼らを見て頬を引き攣らせている。
「……一体何をしている?」
彼は遂に三人に声をかけてしまった。その声色は苛立ってはいるが、戸惑いの方が割合が多い。メゾン・イメルダの一室で動きまわる三人とそれを傍観していたアルクェイド。三人はベッドとクローゼットしかなかった部屋に多くの家具や衣服、内装を彩る小物を運び入れていた。
「何って、引越しよ引越し」
大きなキャリーケースの中から衣服を取り出していたエステルが見て分からないの、と言わんばかりに肩を窄める。
「そんなことは言われんでも分かる。どうして此処に引っ越して来ているんだと聞いている。それに今の管理者は俺だぞ。誰の許可で此処に引っ越している」
イメルダ夫人からアパルメントの管理を託されているアルクェイドとしては、建前的にも心情的にも聞いて当然の内容だった。ただでさえ、価値観で合わないだろうと思うエステルと少しでも一緒に居たくはないとアルクェイドは考えていた。どんな|為人(ひととなり)かはある程度聞いたりして把握しているが、細かい機微までは理解していない。まだ、アルクェイドだけが彼女を把握していないのなら問題はないのだが、エステルがアルクェイドをどういう人種かを理解していないところに問題があるのだ。アルクェイドは誰であれ、細工を制作している時に邪魔されるのを心底嫌う。気心しれたレンですらも、アルクェイドが怒らない程度の接触と順序で対話をしているのだ。それを知り合ったばかりのエステルが知る由もない。アルクェイドがそれを説明するわけもなく、したところで直ぐに出来るわけもない。それが分かっているからこそ、アルクェイドは苛立っているのだ。
「はい」
「ん?」
きつい言葉で行動を咎める彼に対して気にもせずに彼女はアルクェイドに一枚の紙を取り出して突き付けた。彼はそれを掴んで読み上げる。そこには持ち主のイメルダ夫人の直筆でエステルとヨシュアの入居を認めると書かれていた。
「あのクソババア……」
アルクェイドは忌々しげに紙を握り潰した。重要な書類な筈なのに、彼はそれを考慮せずにクシャクシャにしてしまった。だが、エステルもヨシュアもそれを気にしない。それはその紙がただの写しだからだ。重要な物をあのイメルダ夫人がおいそれを持ち出させる訳がない。それを分かっているからアルクェイドも容赦なく握り潰したのだが。
「また一緒に住めるのだから良いじゃない」
「喧しい」
入り口の横の壁に凭れていたアルクェイドの横にレンが近寄ってきた。
「お前もこの部屋ではなくていいのか」
運び込まれるベッドの数は二つ。普通に考えればエステルとヨシュアの分だろう。レンの部屋は前の部屋が残っているのだから。一緒に寝れなくもないだろうが、どうしても狭くなる。流石に毎日一緒に寝るのは辛いだろう。だが、アルクェイドの言葉をレンは否定する。
「あら、レンはもうお姉さんなのだから一緒に寝るなんて真似出来ないわよ」
「そうかよ……」
アルクェイドは呆れるしか無かった。エステルとヨシュアが此処で住むことになったことも含めて。彼は溜め息をつきながら部屋から出て行く。出た先のエントランスには休憩していたヨシュアがいた。
「お前も作業をしなくていいのか?」
「後は彼女の服だけだからね。僕の分はもう終わったよ」
アルクェイドは短く、そうかと返すと彼が座っているソファの横に座る。テーブルの上にはいつ用意したのか、ティーセットが存在していた。アルクェイドはそれには手を伸ばさずに気怠げに肘置きに肘を着く。
「で、本当の目的は何なんだ?」
「最初に言った通り、休暇だよ」
前を向いたまま出会った時に最初に言った事を再度問うが、返答は同じだった。
「ふん…………」
そんな嘘を言葉通りにアルクェイドが信じるわけがない。それはヨシュアも分かっているだろう。だが、少しでも情報を渡せば彼は真実に辿り着いてしまうとヨシュアは思っている。だから、ヨシュアはアルクェイドと二人きりに近いことになれるようにエントランスで待っていたのだ。ある程度の真実に辿り着かれたとしても、全てに到達されるわけにもいかないのだから。これは賭けだった。
「まさか、それを本気で言っているわけじゃないだろ」
「僕の返答は変わらないよ。ここに来たのはただの休暇だよ」
「ただの休暇ねぇ……ただの休暇で部屋を借りたと? しかも俺がいる場所の此処に、夫人の許可まで取り付けてか?」
ヨシュアの言葉をアルクェイドは嘲笑う。リベールの事件で半ば英雄視されている彼らが休暇でクロスベルに来るわけがない。少し前までは此処に滞在していたのだから。それにこのクロスベルはただでさえ人員が不足している。少しでもクロスベルに足を踏み入れれば、直ぐ様遊撃士協会に捕まることだろう。それでは休暇になるわけがない。そもそも此処にはレンの親がいるのだから、彼女の決心が着くまで此処に来ることすらしないとアルクェイドは考えていたのだから。
「予想できるイベントと言えば、アレか……西ゼムリア通商会議」
現市長のディーター・クロイスが開催を宣言した国際会議。そこにはリベールも参加する事が決まっていた。そう、彼らの友人のリベール王国次期女王の王太女ーークローディア・フォン・アウスレーゼが来ることが。
「なるほど、確かにリベールはクロスベルでは対応出来る事が限られているな。帝国や共和国とやりあうには不利というわけか」
一応リベールの玄関口となっている空港は存在しているが、距離的にも人員的にも二大大国と腹の探り合いのような会議には不利と言わざるを得ないだろう。諜報員の数や実力的にもこの大国に優っているとは言えない。
「少なくとも、防衛に徹して隙を見せない事にするのかとも思ったが……」
帝国と共和国に攻められないようにすることにして守りに入るのかとアルクェイドは予想していた。だが、彼らが来たことでその考えを改めた。
「あの鉄血や古狸と真っ向からやりあうつもりとはな。なかなかどうして、実に
アルクェイドはその考えに至ると楽しそうに笑い声を押し殺している。
「そして、この俺すらも駒として使おうと思うとはな」
自分が見ず知らずの人間に勝手に使われることになっているのに、アルクェイドは楽しそうに笑った。ヨシュアはヒントを与えることもなく、その答えに辿り着かれたことで同様を隠すのに精一杯だというのにだ。最悪でも西ゼムリア通商会議に関わることを読まれるとは考えていたが、アルクェイドを利用することまで見破られてしまった。
「しかし、俺のことを何処で知ったのか……まぁ、エステル辺りが愚痴でも言いながら零したのだろうがな」
「その通りだよ……」
ヨシュアはもう白旗を揚げるしかなかった。それはエステルがアルクェイドに対して文句を言いながらクローディアーークローゼにアルクェイドの事を話してしまったことがばれたのも、クローゼの依頼の根本を見破らせてしまったことも。二重の意味で。
「ククク、面白いな」
だが、アルクェイドはそんなヨシュアの嘆きも知らずに笑っていた。
「クク、まさか国の一大事に蛇の一員を利用するとは、末恐ろしいな。クハハハハ」
蛇が国の中枢を利用することはあっても今までその逆は有り得なかった。それを実行する思考もそうだが、国の一大事に発展する可能性もあるのにも関わらず初めての試みをすることがアルクェイドを楽しげにさせていた。
「本当に君には敵わないよ」
ヨシュアは本当に心底そう感じていた。利用されると知っても解っても、可笑しく笑っているのはもはや恐ろしいと思えてしまう。利用するとは言っても、アルクェイドを嵌める事などほぼ不可能。ならば、出来るだけ彼が二大大国の何かしら邪魔になる様に誘導することが目的だったのだ。もしくは自分たちと共に行動してもらう様にするつもりだったのだ。その目論見も誘導する策略も瞬く間に意味を成さずに崩れ去ってしまった。それを理解してヨシュアは大きく溜め息をついた。
「安心しろ。お前たちの策に乗ってやるよ」
「え!?」
予想外の言葉がアルクェイドの口から発せられた。ヨシュアは笑っている彼を見て呆然となる。レンから聞かされていたアルクェイドの暗示。何かに利用されていたことを彼らも知った。その上で、利用されてくれと頼んだような物だ。利用されることを嫌悪していると思っていた彼はアルクェイドの言葉を信じられなかった。
「ただし……条件がある」
「条件?」
そこで初めてアルクェイドはヨシュアの方へ目を向けた。呆気に取られているヨシュアに対してアルクェイドは不敵に笑う。そして、アルクェイドは無理難題を言い放った。
「俺にクローディア・フォン・アウスレーゼの輝きを魅せてくれ」