「その辺にしておけ、Schwester」
アルクェイドが静止の命令を伝えると、レンに突撃したミニチュアの機械人形はレンから離れた。ガチャガチャと音を立てながらアルクェイドの足元に行くと静止する。その様はまるで、良く躾けられた犬の様に従順だった。
「もう、いきなりなんなのよ?」
倒されていたレンは複を整えながら起き上がる。アルクェイド以外の三人の視線はいきなり現れたミニチュアの機械人形に向けられていた。
「アル、それって……」
「ああ、新しい機械人形だ」
ヨシュアが一つの推測をアルクェイドは肯定する。
「だけど、え?」
アルクェイドの言葉は真実だ。それでも、いやだからこそ、レンは信じられなかった。サイズが小さいとは言え、俊敏な動きに飛行能力、そして意思疎通。そのどれかであるものは別に珍しくはない。だが、それが全部と合っては別だ。レンの持つパテル=マテルやアルクェイドのアインヘリアルはゴルディアスと呼ばれる機械人形兵器の最強ランクだ。性能も装備も他のモノとは桁違いに高い。だが、そのスペックの高さはサイズも要因している。逆に言えば、そのサイズでなければ、その全てを備えることは出来ない。
なのに、目の前の機械人形は子供の背丈のサイズしか無い。それなのに、その全てを備えている。
「アル、君はどれだけの技術を……」
それを成し得たアルクェイドの技術に驚愕を隠せない。もし、コレをアルクェイドの所持する機兵が持つことが出来たなら? その考えが頭に浮かび、息を呑む。それこそ本当の軍隊になってしまう。アルクェイドが命令を出さなくても個々で自ら考え、目的の遂行のために行動できるようになってしまうのだから。流石に人間と同等の思考能力はないだろうが、単純な方がこの場合は恐ろしい。もし、痛みは無く、執念で腕や脚がなくっても動き続ける機兵の集団が、目的の遂行のためだけに活動し続けるのならば? 容易く人間は恐れ慄き、逃げ惑うだろう。
「早合点するな。確かにゴルディアス級のスペックだが、これにそこまでの性能はない。特に人間的自立思考能力の部分がな」
「どういうこと?」
「パテル=マテルのはどうなってるのか訳が分からないがな。あれの発達は本当に人間みたいだ」
それこそ、蛇のノバルティス博士が興味を抱くほどに。パテル=マテルのその部分は本当に人間の様に思える時があるくらいだ。本来、機械は命令以外の行動をすることがない。その部分をパテル=マテルは覆している。
「ともかく、今はコレの事だな。コレの思考能力の所は実は遠隔だ」
「遠隔?」
「エニグマの通信の様に無線で思考を飛ばして遠隔操作しているに過ぎない」
「それって余計にやばくない?」
「フッ…………」
微かに嫌な予想が頭に過る。その疑問にアルクェイドは不敵に笑うだけだった。それは、その疑問を肯定しているに他ならない。
「それよりも、コレは一体何で来たの?」
「俺が呼んだからだが?」
「いや、そう意味じゃないわよ」
エステルの疑問にそのまんまでしか答えないアルクェイド。そんなことも分からないのか、と言わんばかりの返答に彼女は怒りを通り越して呆れてしまった。溜め息を吐きつつ、視線を下に落とすと、アルクェイドの足元に待機したままのSchwesterと呼ばれた機械人形が視線に入る。
「ん?」
その機械人形を良く見ると、何故かプルプルと震えていた。そして、その機械人形は機械音声を鳴らして一気にレンへと飛びかかった。
「きゃあっ!?」
「大人しくしてろ」
その跳び上がった機体をアルクェイドが踵落としの要領で地面へと叩きつけて踏みつける。よほど強い力で踏みつけたのか、少しだけめり込んでいる。アルクェイドは踏みつけたまま、冷たい目でSchwesterを見下ろしている。
それでもSchwesterはレンへと飛び付きたい衝動を抑えきれないのか、踏みつけられながらも藻掻いている。だが、それは藻掻けるだけで少しも前へ進んでいない。
Schwesterが飛びかかったことに驚いたレンはふたたび尻餅をついたまま、呆然と藻掻くソレを見ている。
「たくっ、もう少し従順に設定しておくべきだったか」
言う事の聞かない機体を押さえつけながら愚痴を零す。
「もう、本当にソレは何なのよ」
呆然としていたレンはようやく起き上がり悪態をつく。
「コレはSchwester。お前にやる予定だったものだ。帰る前に完成出来ずに渡せずにいたがな。完成したからには渡しておこうと思ってな」
ようやくアルクェイドの足元が大人しくなったので、足をどけようと力を抜いた瞬間、その時を狙ってSchwesterが勢い良く立ち上がった。レンに飛びかかることはなかったが、レンの前で捲し立てるように機械音声が鳴っている。
「だから、静かにしてろ!」
なかなか説明出来ずにいたアルクェイドは遂に苛立ってSchwesterに回し蹴りを放った。大きな鈍い音を立てて転がっていく。結構な距離を転がったのに、瞬時に起き上がりレンに近づこうと動く。
「大人しくしないとバラすぞ」
冷たい声で機体を睨むと機体はその場で動かなくなった。
「……何、あれ」
レンは一連の流れを呆然と見ているしか出来なかった。機体の動きもそうだが、アルクェイドの態度にも驚いていた。アルクェイドが自らの制作物に対して危害を加えるなど一度も見たことがなかった。それが、目の前で思い切り蹴り飛ばしたのだ。パテル=マテルやアインヘリアルに対して使用するときですら、注意を払う彼が、踏みつけて蹴り飛ばした。
そこで彼女は気付いた。アルクェイドはそれなりに親しかったり認めた人間には荒い言動をすることを思い出した。以前アルクェイドに迫った時は襟首を掴んで放り投げられたりしたことを。エステルに対しても冗談を言ったり小馬鹿にしていたこともあった。つまりは、それほどまでにコレは人間に近いのだと理解した。アルクェイドの自らの制作物に対しての絶対的自信の信頼とも言える裏返し。
「相変わらず素直じゃないのね」
「あ?」
それに気付いたレンは無意識にそう呟いていた。
「なんでもないわ」
レンは微かに笑う。
「まぁいい、説明は後でするとして……」
アルクェイドはそこまで言ってSchwesterの方に向く。
「あいつの名前を決めてやれ」
「Schwesterってのが名前じゃないの?」
アルクェイドが何度もそう呼んでいることで、それが名前だと思っていたエステルは首を傾げる。
「アルが呼んでるのは所謂機体識別名だよ。その機体特有の性質のシリーズ名ってのが正しいかな」
エステルの疑問にヨシュアが答える。
「もっとも、アレが一機目だからSchwesterシリーズはないがな」
アルクェイドの言葉は正しい。確かにアレは一機目で、他の機体はない。だが、彼には他に同様な物を創る気はない。Schwesterはレンの為だけに創った物だ。
ソレの為だけにアリオスの娘であるシズクにボイスレコーダーを渡して対話のデータを取り、オーバーペットをIBCに委託販売して様々な対応のデータを取った。レコーダーの方は主に対話の形式を、ペットの方は主にどういう仕草や反応が好まれるのか調べるために。それらを集めた結果、ゴルディアス級のAIを元に改良を重ねたのがSchwesterのAIだった。
試作的に制作したSchwesterは確かに人間に近い思考や反応が出来るようにはなったが、その代わりにサイズがネックとなった。ゴルディアス級の様に機体の中に組み込むと、他の戦闘が出来るようなシステムを抜いても、ほぼ同等のサイズになってしまう。それだけの処理をすることは小さくても出来るが、冷却して常に動くにはそのサイズになってしまう。
そのサイズを何とかするために思考処理機能を取り除き、動作部分を遠隔で操作することによってサイズの小ささを可能にした。それでも、蛇のシステムを使っても遅延はある程度は有るのだが、戦闘でも行わない限りほぼ問題はない。現状、その大本はローゼンベルグ工房に置いてある。流石にその電波が届くのはクロスベルのみとなっている。中継地点でもない限り、リベールまでは飛ばせない。仮に中継地点を用いて飛ばしたとしても、さらなる遅延が発生する。出来る限りラグ無しに使用するには、大陸全域に蛇の大規模なシステムを構築することになる。その上で、同時同期させつつ稼働せねばならないだろうが、一機の機体のためにそれ程の手間とミラをかけることは出来ない。だから現状はクロスベルのみでの稼働となる。
「とにかく、レン。さっさと名前をつけてやれ」
当のレンはそのSchwester試作機と戯れていた。レンをお姉さまと呼ぶSchwesterはパテル=マテルと少しだけ連動している。その御蔭でレンに負担はあまり増えない。戦闘を目的として造られていないのも大きな要因だろう。いくら自立的な思考が出来るとはいえ、あくまで機械なのだ。それ故に操る者に負担はある。
「そうね、だったら……」
そんな負担を見せないレンは名前を考えて悩む。Schwesterは名前を決めて貰うのが嬉しいのか激しく目の光を明滅させながら機械音声を発している。
「決めたわ。あなたの名前は――――Magdalene。マグダレーネよ」
Magdaleneと名付けられた機体は嬉しそうに手を動かして機械音声を鳴らしている。
「おまえ……」
アルクェイドは少しだけ皮肉ったような名前を付けたレンを呆れていた。いや、呆れと言うよりは驚愕だった。それだけ、その名から彷彿させられる事象はレンに取って忌まわしい事に他ならないからだ。それでも、今のレンに取っては些細な事になってしまったのか、それとも克服したのか。それはアルクェイドには分からない。あえて、そう名付けることで忘れないようにするためなのか、もう気にならなくなった証拠なのか。どちらにせよ、アルクェイドが思うことはそれがレンに取って瑣末なことと成り果てたのを願うだけだった。
*
「課長! こんな時に警察学校に向かってどうするんだよ」
ランディはセルゲイの後に続いていた。ランディは前を歩くセルゲイに向かって言うが彼からの返答はない。ランディの興味はずっと北の方に向いていた。何度も何度もソッチの方へと顔を向けるが、渋々セルゲイに続いているのがはっきりと分かる。
ランディが焦っている理由は北にある旧炭鉱が原因だった。旧炭鉱に異変が出たと支援課に依頼が入り、ロイドたち四人が調べに行ったのだが、旧炭鉱に入った時に落盤が起こり中に閉じ込められてしまったのだ。大丈夫だろうと信頼はしているが、どうしても心配はしてしまう。
「早く向かわないと行けねえだろ」
ようやく警備隊のリハビリが終わったのだ。その矢先にこの事件だ。ランディは一秒でも早く合流がしたかった。だが、それをセルゲイに止められたのだ。そして今は警察学校に連れて行かれている途中だった。
「昨日からキナ臭い感じがしている。だから、お前に渡しておきたいものが有る」
「渡しておきたいもの?」
彼らは警察学校の車庫前へと着いた。そこでセルゲイは足を止める。セルゲイの前には布が掛けられているものが有る。
「昨日の内にあいつらに渡しておくつもりだったが、なかなかタイミングがなかったんでな。今が丁度いいだろう」
セルゲイはそう言って、一気に布を剥ぎ取った。その中から出てきたものは……。
「コレは…………!」
ソレは、黒を基調とした黒銀に輝く機械。ガタイは決して大きいわけではないが、力強さが感じられる。流れるように空気を切り裂いて走る構造をしている。かつて、ランディが乗ってみたいと言ったことの有る代物だった。
「オーバーサイクル!!」
魔導二輪車がそこに雄々しく存在していた。
「どうして課長がコレを……」
何故課長がコレを持っているのか問うが、ランディの視線はオーバーサイクルから逸らせない。
「依頼の報酬だとよ。お前たち支援課のエニグマがキーとして既に登録されている。さっさとソレであいつらを助けに行ってやれ」
セルゲイはいつの間にかタバコを咥えていた。ランディは基部にある円形に凹んでいる部分に自分のエニグマを嵌め込んだ。その瞬間、エンジンが掛かり、心地良い振動がオーバーサイクルを震わす。オーバーサイクルに跨り、ハンドルしっかりと握る。
「こいつはやっぱりすげえな……」
跨ることで体に伝わる振動でオーバーサイクルの凄さが直に分かると、感嘆の息を漏らす。
「それじゃ、行ってくるぜ!!」
ランディはオーバーサイクルを一気に加速させて行った。
ランディがクロスベルに戻りそこから山道へ出た時だった。不意に狼の唸り声が聞こえた。そちらに意識を向けるとそこに居たのはツァイトだった。
「ツァイト!」
ツァイトはランディが呼んだことで、走っている崖から降りてきた。そしてそのままオーバーサイクルに並走する。ツァイトは並走していると少しだけ短く唸った。
「俺にはティオ助やキー坊みたくお前の声は分からないけどよ、ヤバいって言うのは分かったぜ!」
ランディは更にオーバーサイクルの速度を上げる。ツァイトも速度を上げて続いていった。
マグダレーネの関連は調べてもらえばすぐ分かるかと。自分でも書いてて色々屈折しているなぁと心底思います。アルクェイドもレンもリーシャもティオも誰もかもが。