刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第6話 運命仕掛けの平穏

 太陽の光で反射して眩いながらも、見える二つの軌跡。円を描く回転の軌跡は度々重なっては、鈍い金属音を奏でている。その二つの違いは速さと射程距離だろうか。速さは数倍違うが射程距離は倍くらいの差だろう。短く速いのは鋭利な刃物。対して遅いが長いのは棍。

 刃物が一閃ニ閃と煌けば、棍がその両端で弾いて円を描いて迫る。その軌跡を曲線を描く刃物が同じく回転で反らし地面へと受け流す。棍を持ったものはそのまま迫り来る刃を避けるために大きく背後に跳ぶ。

 

「過去の経験からの反応か。伊達に英雄扱いはされてないか」

 

 刃が彼女の視界に映る前から彼女は跳び下がる動きをしていた。それが成せる経験を彼女たちは積んでいた。それだけの修羅場を超えてきているのだ。

 

「あんたも色々厄介な得物を使うわね」

 

 彼女は嘆息を吐くように対戦相手の持つ得物を見る。形状からして特殊な武器。柄という物が存在していない剣の様な刃。その刃も曲線を描くだけでなく、両端に付いている。

 

「特殊な武器を使ってる知り合いはいるけど、あんたのは度が過ぎてるわね」

 

 彼女は頭の片隅に、剣ではあるが鞭でも有る武器を使っていた知り合いを思い浮かべた。武器もさることながら、相対している彼の力量がこの程度とは思えないと彼女は考えていた。彼女は、一度だけだが、自分の父親と本気でやりあったことが有る。その時は仲間もいたので、倒すことは出来た。だが、少なくとも今一人でその父親と同じ段階にいるはずの力量に耐えている現状。故に、彼は本気を出していないと彼女は理解している。

 

「この武器は限界のその先へ行くための布石だ」

 

 訳の分からない事を宣う彼の言葉に首を傾げる余裕も考える暇もない。彼女はただ、次のために呼吸を整える。

 

(今の速さはヨシュアとだいたい同じ。速さで負けている上に、攻めてこないからカウンターは無理ね……)

 

 手加減されていることは理解している。それでも速さという一点では彼女のパートナーと同じ程度。本当の速さはどれほどなのか、興味は尽きないが、それは自分では出すまでも無いと言われているのも同然。そして、速さで勝っている上に、相手はナイフという飛び道具で距離を詰めない。つまり、遠距離攻撃ができない彼女は自ら距離を詰めるしか無い。

 アーツという選択肢も無いわけではないが、彼女はそれほどアーツが得意という訳ではない。アーツで氷の飛礫(つぶて)を放てばその刃で全てを砕かれて、炎の矢を放てば斬り裂かれてしまう。上位のアーツを放つには時間も余裕もない。その詠唱の間は彼から意識を向けていられなくなってしまう。それではその間に喉元に刃を突きつけられて終わってしまう。

 ならばもう、彼女がすることは決まっている。

 

「特攻有るのみ!」

 

 駆け出した勢いのまま相手の喉元に目掛けて突きを放つ。だが、それを相手は足を止めた位置から棍の届かないギリギリの場所まで下がって避ける。それでも顎の下までは届いている。だから、かち上げるように棍を振り上げるが体を反らして避けられる。棍は円を描き、反対の端でまたも突きを放ってくるが、その時にはもう視界にはいない。

 ――否、いないのではない、見えていないのだ。連続して行われる攻撃の間にも思考は続いている。その思考の断続の間に落ちたのだ。その間に落ちてしまえば、相手は認識することは出来ない。

 認識は出来なくとも、そこに居ることは本能で察していた。迫り来る殺意に反射的に彼女は跳び下がった。明らかに殺す気で来ていた見えていない刃が空を切る。だが、跳び下がった先にも刃が飛んできていた。それは、ナイフではなかった。明らかにナイフよりも大きく曲線を描いていた。迫る刃を反射的に棍で弾き飛ばす。上へと飛ばされたソレは大きな黒い影と共に勢い良く落ちてくる。刃は二つに増え、重なりあったソレはまるでハサミを彷彿させる。首を刈り取られるイメージにゾッとした彼女は瞬時に下がる。目の前の地面に突き刺さった刃は地面を鋭く穿つ。そのハサミは先程まで彼が持っていた刃が半分に分かれたものだった。丁度真ん中から綺麗に別れたソレは、元々そうなるように作られていたのだろう。

 

「くっ!」

 

 彼女はそこから跳ね上げられる刃を躱そうとした時、その刃が二本迫っていることに気付いた。絶妙な間を開けての連続攻撃。それも一本目の刃に隠れるようにしていた二本目の刃の切っ先が目に届く寸前で倒れるように避けた。避けたというには些か不恰好ではあるが、他に方法がなかった。そして、その隙を彼が見逃すわけがなかった。

 彼女は受け身も取る余裕もなく、もろに倒れた衝撃を受けてしまう。その所為で瞬時に動けず、彼女が地面を蹴って跳ね起きるよりも速く二つの刃を地面へと突き刺した。

 

「――――ッ」

 

 その瞬間、彼女は動けなくなってしまった。彼にマウントポジションを取られ、首のすぐ上にはハサミのように交差した二本の刃。起きようとすれば、すぐに首が跳ね跳ぶだろう。

 

「はぁ……参ったわよ。降参よ、降参」

 

 彼女は手で白旗を上げるように振りたかったが、彼の両膝で押さえつけられていてソレは出来なかった。

 

「あら、意外に早かったわね。もうちょっと粘ると思ったのだけれど?」

 

 彼女が白旗を上げるや否や、戦闘していた二人を脇から見ていたスミレ色の髪をした少女が近寄ってくる。

 

「でもまぁ、こんなものじゃないかな」

 

 その横には戦っていた彼女のパートナーがいた。先程まで戦っていた彼は、彼女の上から徐ろに立ち上がると、近寄ってきたスミレ色の少女の側に行く。

 

「?」

 

 そして、少女を見下ろすと、少女はその行動に首を傾げた。その瞬間、彼は一気に両の頬を引っ張った。

 

「いたひいたひ!!」

 

 頬を引っ張る力だけで少女を持ち上げ、彼女自身の重さも加わって凄まじく痛いことは簡単に想像できる。

 

「いきなり俺らを戦わせるとか一体どういう了見だぁ、ああ?」

 

 彼が今尚、倒れたままの彼女と戦うことになった原因を問い詰めて行く。

 

「もう、本当に千切れるかと思ったわ」

 

 少女は放された両頬を両手の平で優しく揉みながら、涙目になっていた。

 彼が彼女と戦う嵌めになったのは、今朝の事だった。

 

*

 

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。指折り数えて、コレまでの因子を数えていた。冷たい目で自らの手を見下ろしながら。

 

「………………」

 

 不意に、貫かれたはずの脇腹に手をやる。そこにはもう傷跡は欠片もない。ならば、もう問題ない。全ての原因は分かっている。それに対する一番簡単な対処方法も――――

 

「そう、あの柔らかい首を――――ッッ!!」

 

 一心不乱に思っていた思考を無理矢理追い出すために、横にあった石の壁に思い切り叩きつける。

 

(今、何を考えたぁ!?)

 

 ガン!! という異常に大きな音が日が沈んだばかりのクロスベル内に響く。歩いていた足を止め、流れるように壁に打ち付けた額からは血が流れてきている。それほど遅くない時間のために辺りを見れば、まだ人は少なからずいる。その人々も音に驚き、目を見開きつつもその音の発信源の彼を見ていた。遠巻きから眺めていた人は、最初は転んだのかとも思ったが、様子を見るとそうでもない。その上、何かをぶつぶつと呟いているのが分かると、そそくさと哀れみの目を向けつつも関わらないように避けて離れていく。

 

(それをしても何も解決しない。そもそも――――)

 

 本能がそう感じていても、確証など無いのだから。それが分かっているだけに、彼はそうしない。それに、そもそも、その考えに至ったことすらも自分の考えだとも思えない。しばらく前から彼の中では、渦巻く何かを感じていた。

 

(叫び、嘆き、悲鳴、恨み)

 

 気を抜けば、体の全てを乗っ取られそうな何か。その奔流を彼は理解出来ない。否、理解してはいけないと考えていた。もしも、理解したならば、その瞬間彼の最も嫌う存在に成り果ててしまうことは容易だったからだ。

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う」

 

 思うだけでは足らず、思考のみならず口にしてまでも、ソレを否定する。目はやや虚ろになりつつも、足だけはしっかりと再び歩き始める。遠巻きに見ていた人々も彼が動き出したことであからさまに距離をとるが、彼は気にならない。思った所で無駄だからだ。

 無意識に向いてしまいそうな視線を、強固な意志で留める。結局、彼は最期までその咆哮を見ずにメゾン・イメルダまで帰っていった。メゾン・イメルダの扉を通った。彼の意識はそこが最後だった。

 

 

「ツンツン……」

 

 倒れるように、というよりかは倒れたからこの状態になって寝ている彼の頬を突きながら笑う少女。しかもわざわざ擬音を言葉にしてまで突いている。

 

「ねぇ、いつまでそうしているつもりなの?」

 

 アルクェイドの頬を突いている少女を呆れて見ている少女が口を開く。その目は彼女に対する呆れよりも、アルクェイドを睨む要素のほうが強い。

 

「自然に起きるまで、だろうね。アルが寝ている場面は結構珍しいし」

 

 呆れ見ている少女の横で少年は苦笑する。それなりの年月をアルクェイドと行動したことがある彼の記憶の中で寝ているアルクェイドは、気絶しているイメージのほうが多い。だからこそ、今彼女は楽しそうに突いているし、彼は自然に目が覚めるまで寝かしてあげておきたかった。

 寝ていた場面に遭遇したことがないとは言わないが、二人の知っている中では、彼は寝ていても一定範囲まで近づくと敵味方問わずに起きだす。だから、今頬に触れる距離に近づけていることすらも珍しい。

 

「よほど疲れているのか、気を張らなくてもいい状態だからなのか」

 

「少なくとも、信頼を得ているのは確かね」

 

「でも、何かおかしくない?」

 

「何が?」

 

 突付く少女と少年が笑っているの対して、眺めていた少女は怪訝な顔をしていた。

 

「だって、突つかれまでしているのに、起きてこないのもそうだけど、身じろぎすらもしないのっておかしくない?」

 

「あれ? そういえば……」

 

 規則的な呼吸音は聞こえているが、ソレに合わせて胸も動かないのはおかしい。

 

「いつまで、そうしている」

 

 不意に頬に突き刺したままの指をアルクェイドが掴んだ。

 

「あら、起きてたの?」

 

「いや、今起きた」

 

 指を顔から退けて、寝転がっていたソファにちゃんと座る。体の節が硬くなっているのを解すために首や肩を回す。そして、立ち上がると腰を伸ばす。

 

「さて、なんでここいるんだ?」

 

 そこまでして、アルクェイドはようやくレン、エステル、ヨシュアの三人に向き直った。

 

「遊びに来たの」

 

 

「あ?」

 

 レンは実に楽しそうにそう言った。アルクェイドには不吉な予感しかしなかった。

 アルクェイドはそのまま面倒くさそうな顔をしつつも、渋々三人の後に続いていく。メゾン・イメルダから手を引っ張られて市外にまで連れられて行く。市外に出た辺りから手を話してくれてはいるが、何度問うても彼らは答えてくれない。

 

「なんでここに戻って来てんだよ?」

 

「ヒ・ミ・ツ」

 

 笑顔でそう言われて、少しだけ苛ついて口元が引き攣るが溜息しか出て来なかった。そして、クロスベル東側のやや拓けた場所で、立ち止まった。

 三人は急急と荷物からレジャーシートを取り出して敷く。風で飛んで行かないように四隅に荷物で重しにし、その上に座る。

 

「ほら、アルも早く」

 

 レンはレジャーシートの上に座るとアルを呼ぶ。座るのはここだと言わんばかりに自分の真横の地面を叩きながら。

 

「……………………」

 

 アルクェイドはそんなレンを冷たい目で見るだけだった。その目は何をしているんだと言っていた。

 

「はぁ……」

 

 それでもアルクェイドは、溜息を付きながらもレジャーシートの上に座る。しかし、レンからだけでなく、三人から離れて端の方に座った。いつぞやの時の様にあぐらではなく、片膝を立てていた。

 ソレを見て、少しだけ残念そうな顔をするが、ソレでいいと思ったのか更にしつこく言うことはない。レンは手元に荷物を引き寄せると更に何かを取り出した。アルクェイドは何処か遠い目をしながら虚空を眺めていた。辺りから聞こえるのは風の流れる音、草木が揺れる音、遠くから川の涼やかな音。久しく触れていなかった自然の音。

 

(悪くは……ないな)

 

 むしろ、今の状況を考えるならば、この心地よさは有難かった。

 

「はい」

 

 そうしてアルクェイドが目を閉じていると、レンが何かを差し出してきた。それは、いつぞやのように不恰好ではなく、綺麗な三角に握られていた。

 

「おにぎり?」

 

 前屈みになりながら差し出してきたソレを見て、彼女の背後を見る。そこには仲睦まじく箸で重箱を啄いていたエステルとヨシュアの姿があった。目の前の差し出されたおにぎりに視線を戻すと、レンとアルクェイドの間にも重箱の一段が視界に入っていた。

 起きてから時間を確認してはいなかったが、太陽の位置から昼前後だとは察していた。だから、ここで弁当を啄いているのにも納得した。

 特に拒否する理由もなく、アルクェイドは差し出されたおにぎりを掴むと口に運ぶ。それを食べ、手についた米や塩を舐めとる。

 

「ふむ……形はマシになったが、まだ塩気が多いな」

 

「あう…………」

 

 理想の感想が貰えずに少しだけレンは気落ちして下を向く。そんなレンの頭に手をやって髪を無造作に搔き乱す。

 

「ははっ」

 

「だから止めてってば、髪は女の命って言ってるじゃない」

 

 乱れた髪をやや涙目になりつつも手で直す。

 

「まぁ、旨いからいいがな」

 

 必死に髪を整えているレンと反対の方に視線を向けて、アルクェイドはそう言った。その言葉を聞いた瞬間、レンは勢い良く顔を上げる。そして、重箱を持つと箸で他のおかずを掴んではアルクェイドに差し出していく。その勢いはアルクェイドも予想外で、少しだけ後ろに下がってしまうが、レンはお構い無しに攻めてくる。

 だが、ある意味予想通りで、アルクェイドは苦笑しながらもソレを受け入れていた。

 

「少しは落ち着けっての」

 

 不満を零すアルクェイドの口元は微かに上がっていた。

 そして、食後の運動とレンにエステルと戦わせることを強要させられたのだった。

 

「いい加減理由を言え。さもなくば……」

 

 アルクェイドは痛みを和らげようと頬をムニムニと揉んでいるレンを見下ろす。

 

「さもなくば……?」

 

「横からドロップキックされるぞ?」

 

「ドロップキック?」

 

 アルクェイドの言葉の意味が分からずにそのままオウム返しに聞き返す。するのではなく、される。その意味が分からずにエステルとヨシュアも首を傾げている。

 その時、何処からか機械音が聞こえてきた。駆動音ではなく、噴射音だった。それで、三人は辺りの空を見渡すと、一つの物を見つけた。

 

「あれって……」

 

 それは人型で、背中の機械から噴射していることで飛んでいる。色合いはピンクと黒を基調としていた。

 

「パテル=マテル?」

 

「いえ、違うわ」

 

 ぱっと見、レンの所有する巨大人形兵器と似ているが、サイズが全然違う。それはレンの腰くらいまでのサイズしかない。ソレが地上に降り立つと、機械とは思えないような俊敏な動きを見せた。レンやアルクェイドの様な達人の動きでは無いが、普通の子どもと同等の速さはあるだろう。

 その人形は小さいが、かなりの重さだということは簡単に予想できる。その重さで子供の走ってるのと同等の速度。ピロピロと機械音声を発してレンにダイブした。

 

「え?」

 

 その言葉の意味が理解出来ずに避けることも出来ずにレンはミニチュアの機械人形に潰された。

 

「訂正しよう。ドロップキックではなく、ロケット頭突きだったな」

 

 下敷きにされたレンを助けようと慌ててエステルとヨシュアは頭突きをかました機械人形をどけようとするが、機械人形はレンにしがみついて機械音声を発していた。

 その中でアルクェイドだけが不敵に笑っていた。

 

「オネエサマって何!?」

 

 レンは叫び声は虚しく響く。その声はすぐに風や草木の揺れる音に掻き消された。


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