刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第3幕―運命仕掛け―
第1話 運命仕掛けの願い


 クロスベル市内に存在する駅。帝国と共和国へと繋がる交通の中間地点とも言える場所。そこに、共和国側から一つの列車が入ってきた。それを見て、ホームへと入ってくる4つの人影。その四人に気づかずに、列車から最後に出てきた二人。

 

「…………………」

 

「まだ、気にしているんですか、ロイドさん?」

 

 一緒に歩いている彼に向けて、声をかけるノエル・シーカー。共和国から戻ってくる時からずっと何かを考えているような彼に声をかけずにはいられなかった。

 

「うん。ヨアヒムとアーネストの違いはなんだったのか。アーネストはヨアヒムと違って、声が届いた」

 

 彼らが共和国へ行っていたのは、先の事件での容疑者たるアーネストが共和国へと逃げていたからだ。共和国にある教団のロッジに逃げ込んだ彼は、ヨアヒムと同じようにロッジの最奥の祭壇で、グノーシスを大量に摂取した。そして同じような異形の化物に成り果て、自壊していった。

 

「ただ魅入られたものが違うのか、深度の問題なのか、それとも………………」

 

 ヨアヒムの時は声をかけてもまともな反応など返って来なかった。だが、アーネストの時は自壊していくことに恐怖を覚え、ロイドの声にもちゃんとした反応を返した。グノーシスに呑まれかけていた意識も取り戻し、異形の化物から人の姿に戻った。

 

「ロイドさん…………」

 

 ロイドは未だに後悔しているのだ。ヨアヒムを救えなかったことを。本人にとっての救いが何なのか、救われたいと思っていたのか、という事を考えずに、只々救えなかったと後悔している。

 

「あ、あの……!」

 

 そんな彼に何か声をかけようとして、続きを言うことは叶わなかった。

 

「ロイドーー!!」

 

「キーア!? ごふっ」

 

 ホームに列車が入ってきた時にホームに入ってきた4つの人影の内、小さな人物が駆け足でロイドに突撃した。ロイドはその少女を受け止めたが、勢い良く突撃してきた彼女の衝撃を殺せずに、腹部に強い衝撃を与えた。それも、頭の位置が見事に鳩尾に入ってきていた。

 

「ぐっ、くう…………」

 

 予想外すぎるダメージにロイドは微かに顔を苦痛に歪めるが、抱きとめた少女に気付かれないように表情を戻す。

 

 

「ふふっ、お疲れ様」

 

 悶絶しているロイドに近寄る残りの影は、一人はエリィ。祖父のマクダエル議長の手伝いをしていた彼女は、ロイド達が戻ってくるということで出迎えに来たのだ。

 

 

「君達は相変わらずだね」

 

 そのやや後ろに見えるのは不良のチームのリーダーのワジ・ヘミスティアだった。

 

「ワジ? どうしてここに?」

 

「なに、君達が帰ってくると聞いたから挨拶にね」

 

「挨拶?」

 

 ワジがここにいる理由が分からずに首を傾げるロイド。そんな彼の問いに、笑っての返答にも疑問が残る。

 

「まぁ、それは事務所に帰ってからだな。ひとまず、よくやった」

 

 一番最後に、のんびり歩いてきたセルゲイ課長はロイドとノエルに労いの言葉をかける。セルゲイは彼らに声をかけるとすぐに背を向けてホームから去ろうと歩き出す。傍から見れば、冷たいと思えるかもしれないが、それは共和国から戻ってきた彼らの疲れを考慮して、より落ち着ける場所に移動させたいという想いからだった。それが分かる彼らも、前を歩くセルゲイの後に続いて歩き出した。

 六人が支援課のビルに入り、一階にある大きなテーブルの周りに座る。そこでセルゲイはワジがロイドたちの出迎えに来ていた理由を説明した。ワジは今まで率いていた不良チームのテスタメントのリーダーを辞め、前回のヨアヒムに依る事件の後にクロスベル市長となったディーター・クロイスの推薦で、クロスベル警察特務支援課に所属することになった。不良から警察という不思議に思う行動を訪ねても、ワジは肝心な所を暈す。ワジが離れたテスタメントは自然消滅と言うところまではいかないが、少々活気はなくなった。少なくとも、前のようにヴァルド率いる不良チームのサーベルバイパーと諍いなどを起こすようなことはなくなった。そのサーベルバイパーも、争う相手がいなくなったせいなのか問題を起こすような事もない。故に、現状のクロスベルは平和となっていた。微かに、少し前に起こった地震を不安に思いながらも……。

 ノエル・シーカーはそのまま暫くの間、支援課配属を維持となっている。彼女の妹のフラン・シーカーがオペレーターを務めていて、フランから連絡が来る度に少々姉妹の微笑ましい気遣いと言えなくもない言葉を聞くこととなっている。ノエルは過保護と言えるような毎回の心配する言葉に少々戸惑いつつも、実に嬉しそうである。

 キーアは結局、支援課に引き取られるような形となっている。ヨアヒムの言葉を信じたくはないと言う思いは各々に有れど、その言葉を証明するようにキーアの情報というものはなく、彼女の身内が名乗り出ることもない。キーアの意志もあって、そのまま支援課に住んでいる。彼女は今、支援課で暮らしつつ教会の日曜学校に通っている。友達も出来たようで、毎日元気にはしゃぎ回っている姿も市内で良く見られるようになった。頭も良く礼儀もあると市内の住民から快く受け入れられていた。ただ、時折ふとした時に切なそうな泣きそうな顔をしていることをロイドたちは知っていた。けれど、キーアはロイドたちに気づくと心配させまいと笑顔になって彼らに飛び込んでくる。そんな姿を見せられては、キーアに訊ねることも出来なくなってしまう。なんとかしたいと思っても、現状では何も出来ないと歯痒さを感じていた。

 

*

 

「こっこかー」

 

 少女は建物を見上げていた。大きな長いバッグを肩から下げ、長い距離を旅してきたかのように、フードの付いた外套を纏っている。長い赤毛の髪は後ろで一纏めに結ばれていた。

 

「本当にこんな所にいるのかな?」

 

 建物のドアから中を覗こうとしているのか、上半身が右から左へと忙しなく動いている。だが、中が暗いせいで外から窺うことは出来ない。

 

「ま、中に入ったら分かるか」

 

 そう言って、少女は笑った。笑うことには笑ったが、その笑顔は少女が見せるとは到底思えない笑顔だった。邪気は感じられないが、その笑顔は肉食獣を彷彿とさせる。獲物を喰らうことのみを考えた目が異彩を放っている。

 

「邪魔するよー」

 

 片手で勢い良くドアを押し開くと、少女は笑顔のままドアを潜る。少女は室内をキョロキョロと見渡し、下へと降りる階段を見つけると歯が見えるまでに口元を上げる。少女は暗闇の中をしっかりとした歩みで階段を降りていく。クロスベル市内に有り、建ってからそれなりの年が経過している割に綺麗な外装の建物内には、人の気配と言うものが感じられない。人の気配が感じられないことで、本当に目的の人物がいるのかどうか疑問に思いつつも彼女は進んでいく。そして、彼女は最奥のドアの前で止まる。

 少女はその部屋の中にあるモノに惹かれるように、無意識に手を伸ばしてドアを押し開く。少女は部屋の中に入ると、部屋の真ん中にあるモノが目に入った。建物全体が光が無く、外から入ることもない暗闇の中で、そのモノだけが月明かりに照らされたように優しい光で輝いていた。

 

「あ…………」

 

 銀色に輝くソレに、少女は目を奪われた。ここに来る前から話しとして、こういうモノを創るという事は知っていた。その人物の特異性、現在何をしているのか、何をするか分からないから少女はその人物を狙いに来た。何よりも、その強さを知りたくて、排除したくて。そして少女自身が戦いというものを求めていたから。待てなくて先走るようにここに来た。

 なのに、少女はもう戦いことなんて頭に浮かばずに、只々目の前のモノに目を奪われ惹かれた。

 

「これが願いかぁ……」

 

 少女は気勢を削がれたように脱力した。部屋に入るまではいつでも得物を抜けるように力を込めて持っていたバッグも、持つことを止めて床に置いた。少女はそのまましゃがみ、片膝を立てて座り込んだ。

 

「なーんか、萎えちゃったなぁ」

 

 その言葉通りに、今すぐに戦いたいという気持ちは少女から消えた。だが、戦いたいという求めはより強くなった。

 

「どんな奴なんだろう?」

 

 戦いだけを求め、戦いの中で生きてきた少女。戦闘狂(バトルジャンキー)な彼女は戦いという一点においてのみ、コレまでの人生を捧げ、これからもその中に身を置くつもりでいた。そんな彼女が、初めて戦う相手を知りたいと思ってしまった。自身の心が少しだけ変化しかけていることに彼女は気付かない。否、気づいていても無駄だった。

 

「まぁ、いいか。早く殺し合い(やり)たいなぁ」

 

 彼女は立ち上がり、ソレに背を向けると再び、肉食獣の様に笑う。最後にソレに振り返る。

 

「――――」

 

 少女は何かを一言だけ発したが、ソレを聞く者はいない。

 

 かくして少女は立ち去り、この場にはソレが只々有るのみ。ソレは只佇むのみ。何も思えず、動けず、まるでこの場の時が止まったように感じる。創りあげた者が望む刹那を切り取った様に、見る者に伝えていくだろう。創りあげた者の魂を、想いを、願いを。先程までいた少女に伝えように――――。

 だが、少女は気付かなかった。ソレから少し離れた位置にもう一つだけ、何かが存在していたことに。まるで、もう一つはソレを羨ましそうに眺めている位置にあったことを。少女は気付かなかった。それが何を意味しているのかを。何故、そんな物が離れてあったのかを。それが存在していること自体を…………。




思った以上に書きづらい人物がいた……。こんなに期間を開けるつもりはなかったんですが……。

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