-助けて-
空高く、空気を切り裂くような速度で鷹が飛行している。
口に紙切れを咥えたまま幾つもの山を超えて飛び続けている。
鷹は帝国内の山の山頂付近に存在している小屋を目指して降下し始めた。
辺りは既に暗くなっており、本来鳥目でまともに飛ぶことが出来ない筈の夜をその鷹は飛んでいる。
小屋が見えるところまで来ると鷹は一鳴きしてから上部にある円形の切り抜かれた空間から室内へと飛び込んだ。
「ファルケか。
誰からだ?」
鷹の鳴き声が聞こえたアルクェイドは先程まで磨いていた銀片翼のペンダントを置くと鷹の止まり木へと歩いた。
そこにファルケと呼ばれた鷹が止まるとすぐに咥えた手紙を取った。
そこには『親愛なるAへ』と書かれていた。
「Bからか。
定例会は終わったばかりなのに何の用事だ?」
アルクェイドとB、ブルブランは互いの芸術の価値観を語り合う会合を年一回のペースで開いている。
アルクェイドは作った銀細工の、ブルブランは人の気高さや崇高さを語り合う。
それは互いの思考や創作などを高めるために大いに役立っていた。
アルクェイドは止まり木の近くにある箱に手を入れて、一匹のネズミを掴むとファルケに投げた。
ファルケはネズミを咥えて飛び立って行った。
ファルケは与えられたネズミをそのまま食べるのではなくて、山に放ち一定の距離を保ちながらネズミと追いかけっこをするのだ。
普通の鷹の能力を軽く凌駕するファルケからネズミは逃げられはしないのだが、それを理解しているファルケは遊んでいるのだ。
精神的にネズミを追い詰めるために朝まで追いかけるのだ。
逃さずに、捉えずに、追い詰めていく。
そうやってネズミを疲労困憊にして動けないところを躙り寄って食すのだ。
「一体その趣向は誰に似たのやら……」
アルクェイドは相棒のその趣向に肩を竦ませながら呟く。
先程まで磨いていた歪な形をした銀片翼のペンダントを掴むと手紙に封をしてある身喰らう蛇の紋章に
翳した瞬間に紋章が淡く光り、独りでに封が開いた。
その中にある紙を取り、開いて読み始めた。
「親愛なるAへ、如何お過ごしだろうか。
こないだの……」
親愛なるAへ、如何お過ごしだろうか。
こないだの定例会は実に有意義であったよ。
あの時は愛しの姫君を見付けたばかりだったので、少々熱く語ってしまった。
そのせいか、私ばかり語っていてしまったようだ。
それで気づいたのだが、親友である君はまだ愛しの姫君を見つけてはいなかったはずだね?
いやいや、別にそれを貶しているわけではないよ。
それは出会う時に出会うと言うものだ。
正しく運命という他ないのだ。
君にはまだその時が来ていないというだけに過ぎないのだよ。
そこで私が今回筆を取ったのは、君に伝えたい事があったのだよ。
クロスベルと言う都市を知ってはいるかな?
そう、君が所有している劇場があるところだ。
その都市でつい先日、警察に特務支援課と言うまるでギルドのようなことをする物が出来たのだよ。
最初はただの警察の庶民への人気取りかと思ったのだがね。
なかなか、あの都市では面白いと思ったのだよ。
政治家や犯罪者、そして他の国の思惑……
そういった遊撃士だけでは到底入り込めない場所に入り込めるというのは大きな強みといえるだろう。
まだ当人達には理解は出来ていないみたいだがね。
遊撃士とは違った面白さが味わえると思うよ。
そしてもう一つ、君に伝えたい事がある。
むしろこちらが本題だ。
その君の所有している劇場に興味深い新人が入ったのだよ。
とても、とても血の臭いがする新人がね……
彼女は未だ一本の線が弱々しく感じるが、成長したらどうなるだろうか?
彼女からは大きな悩みを感じる。
どうだろうか、その彼女を見てみたくはないかな?
私が思うに彼女は君にとても合うと思うのだよ。
気紛れだとしても構わない。
一目見に行ってはどうだろうか?
「アルカンシェルに新人ね……
別にどうだっていいんだけどな……」
そのままアルクェイドは手紙を今までの分を纏めている机に置こうとした。
-助けて-
「……ッッ!?」
何か痛みを感じたのか、アルクェイドは軽く
そして、手元の手紙に目を落としてから、本来は両翼であったであろう銀翼は歪な斜めに欠けており、片翼となっているペンダントに目をやった。
「そうだな、気紛れに懐かしの我が家へと帰ってみるか。
マイスターの顔でも見に行ってやるか」
そう言って手紙を机に放り投げて、壁に掛けてある黒生地に深紅の歯車の刺繍がしてあるコートを手に取り、それの懐に銀片翼のペンダントを入れる。
無造作に積まれていた製作途中の品をベルトバッグに入れて腰に付ける。
最期に携帯端末を仕舞うと、何かを思いだしたように机へと近づいた。
「おっと、Bに返事を出しておかないとな」
軽く手紙の返事を書いてから止まり木に貼りつけておく。
これで朝になったらファルケが帰ってきたら、すぐにブルブランに持って行ってくれるのだ。
最後にエニグマを掴んでから小屋を出た。
「さて、数年ぶりに帰るとするか」
オーバーサイクルに跨り、ハンドルの下にある窪みにエニグマを嵌める。
動力が埋めこまれたことで起動し始める。
アルクェイドは一気に加速して山を駆け降りていった。
ブルブランから来た手紙の最後には、後数文書かれていた。
私が我が姫君を見つけたように、親友である君の姫君が見つかると思うよ。
君にも私の芸術を真に理解出来る日を願っている。
そして、今度あった時は君の大事な銀片翼が、何故歪に欠けているのか教えてもらいたい。
君の親友、Bより
と締め括られていた。