刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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最終話 時間仕掛けの刹那

 ずっと、ずっと、こうしていたいと考えていた。けれども、時は流れ移り行く。その場に停滞することなど出来はしない。それでも、それでも、そうで在りたいと願っていた。しかし、現実は残酷で辛辣で非情で不条理極まりない。刹那の想いを永遠に変えたいといつも願っていた。今、それはより強く願うほどになった。ならば、どうするか? 決まっている。

 

 刻む、刻む、刻む、刻む、刻む、刻む。今の想いを永遠と変えるために、自らの証明とするために。だから、創り上げよう。軌跡を刻む細工を。それを持って自分が居たという証明にしよう。終わりはまだ視えない。だが、猶予はない。それは感じれる。だから時間がない。故に急ぐ。傍から見れば、生き急いでいるようにも見えるだろう。だが、それがどうした? 奴隷で人形ならば、生きているとは言えはしない。俺が生きていたと証明するためにも。結果、それが誰にも知られなくとも、見つからなくとも、何処かで、輝いていればいい。他人に聞かせれば、悲しいと言われるだろう。でも、とても幸福なことではないだろうか。多くの人の目に触れなくとも、誰かが自分の輝きを知って、見つけてくれる。それで、いいじゃないか。

 

 華々しく美しく輝いている様を誰かが知っていてくれる、覚えていてくれるのだから。多くの人間の目に触れ、時が移り行くにつれて摩耗し、想いが歪まされてしまうよりは。純粋に、穢れのない、清らかな自分の輝きのままであることが、一番素晴らしい。例え、多くの人に認められるよりも、自分という存在を少数の人の胸に刻まれることのほうが価値がある。そう。我が未来に悲観して恐怖に縛られるくらいなら。今、この一瞬の想いを、刹那を、世界に刻んで駆け抜けよう。誰も覚えてられなくとも、見る者の心に刻もう。俺の軌跡を、例え、それが一瞬しか覚えられなくても。そう、刻もう。誰かの心に、俺が生きたという軌跡を。

 

 

 ――――刹那の軌跡を。

 

*

 

 薄暗い部屋の中で音が響く。とても小さな旋律。けれど、それは聞く人の耳に残るだろう。その旋律は途切れて聞こえるが、終わることなくループしている。その旋律と共に聞こえるのは何かを削る音。薄暗い部屋の中で見えるのは男が一人。削る音はその男の手元から聞こえてくる。小さな楕円形の蓋の箱を作っている。旋律が途切れるのはどうやら蓋が閉じられたときのようだ。男はそれが完成したのか引き出しに仕舞う。そして、おもむろに立ち上がると唯一の照明があった机から離れていく。

 

 部屋から出るのではなく、部屋の片隅へと向かう。男が向かった先には何かが存在していた。薄暗いせいで詳しくは分からない。だが、机にある照明の光で男の足元付近には銀色が反射して見える。男は手に杭を持つと、その何かに向かって突き立てた。何度も何度も突き立てている。荒々しいその様は男の足元に削られた銀色の破片が落ちてくることで、ようやく彫刻なのだと分かる。本来ならば、蚤を持ってハンマーで柄を叩いて少しずつ削っていくはずなのだが、男は力任せに杭を打つ。その度にカツーンカツーンと音が響く。荒々しい削り方のに、男は望んだ通りに創れているのか不満げはない。だが、男は必死の形相となっている。不意に、機械音が鳴り響く。

 

「………………………」

 

 だが、男はそれに気付いていながらも、その音を止めようとはしない。けれど、音が鳴り止む気配はない。いい加減その音が鬱陶しくなってきたのか、懐からエニグマを取り出した。

 

「もう、やっと出た」

 

「……なんの用だ?」

 

 エニグマから少女の声が聞こえてくる。けれど、その声を聞いて男はより一層不機嫌になった。

 

「用って程じゃないんだけれどね。一応、連絡しておこうかと思ってね。レン達はリベールに着いたわ」

 

「そうか」

 

 少し楽しげなレンの声に対しても男の声はまるで機械の様に抑揚がない。ただそれで分かるのは、彼が不機嫌だということのみ。

 

「だから、パテル=マテルのことをアルにお願いしておきたいの。本当は一緒に連れていきたかったけど、場所がね……」

 

「ああ、分かった」

 

 残念そうに言っているが、声色が嬉しそうなことであまり残念そうには思えない。けれど、それも事実だろう。レンがリベールに行った理由はエステルとヨシュアたちの家がそこにあるからだ。

 

「……………? アル、どうかしたの?」

 

 いきなり細工の製作を邪魔されるとアルクェイドはいつも不機嫌になる。レンは今回もそれが原因で不機嫌になっていると思っていた。これまで何度かそういうことはあったために、今も普通に話していた。けれど、アルクェイドの反応がいつもと違う。そのことに気付いた彼女は、アルクェイドに問い掛けた。

 

「何も」

 

 けれど、アルクェイドはそう短く返すだけだった。

 

「そう? いつもと何か違う気がするのだけど……」

 

 再度問い詰めると、今度は違う返答が返ってきた。だが、それは彼女の予想もしない言葉だった。

 

「…………レン、しばらく連絡して来ないでくれ」

 

「……え? アル? それってど……」

 

 彼女がその言葉の意味を理解する前に、彼はエニグマの通信を切る。そして、大切な物のはずなのに、そのエニグマを後ろに放り投げた。カラーンと音を立てて地面に落ちて叩きつけられる。壊れる事はなかったが、多少の傷は付いただろう。けれど、そんなことを欠片も気にせずに、再び杭を持って何かへと叩きつける。

 

「………………」

 

 また、直ぐにエニグマから着信音が鳴る。おそらくまた彼女からだろう。だけど、彼はエニグマに意識を向けることはない。ただただ、杭を持って打ち付けるのみ。他人に与えられたレーゾンデートルではなく、ソレを自ら創り上げるために。カツーンカツーンと規則的な音を響かせて…………。仮に、その音を聞く者が居れば、須らくこう言うだろう……まるで、鐘の音の様だと。

 

 

*

 

 クロスベルで地震発生から数日後。クロスベルは実に静かだった。内陸部で発生した地震のせいで、何かの予兆だと噂されていたが、特に何も起こらなかった。故に、クロスベルの住民はもう各々生活に支障が出ることはなくなった。地震が起こった直後は、不安に騒ぎ、警察やギルドのメンバーがそれの対応に追われていたというのに、たった数日でもう地震などなかったのかのように生活していた。

 

「おやおや、思ったよりも早かったですね」

 

 事務所の一室で男は苦笑していた。黒月の事務所で男は窓から湾岸区の広場を見下ろしていた。男の名はツァオ。黒月クロスベル支部を任された男だ。

 

「一般人というのは得てしてそういうものだろう」

 

 その男の呟きに答えるのは伝説の暗殺者―銀だった。

 

「自身の生活に特に影響がなければ、対岸の火事……ですか」

 

 このクロスベル市民の行動を見て皮肉に口を歪める。先程まで見下ろすように覗いていた窓に背を向けて銀の方へと向き直る。

 

「それで、この間の依頼は達成出来ましたか?」

 

 ツァオはいつもの人のよい笑顔ではなく、薄く目を開いて銀を見据える。それだけで、室内の空気が冷たく張り詰めた。

 

「………………」

 

 だが、銀は黙して語らない。それは依頼の成否に関してではなく、依頼の内容について憚られているからだ。

 

「その沈黙は否定として受け取らせてもらいますが?」

 

「……依頼の要望に応えられているかは分からない」

 

「分からない、とは?」

 

 張り詰めた空気の中では、発せられた言葉でさえも何処か冷たく感じられる。

 

「少なくとも依頼の目的であろう人物は見つけた。だが、見つけた後で他の誰かに掻っ攫われてしまった」

 

「ふむ………………」

 

 誰に掻っ攫われてしまったのかは銀は口にせず、ツァオは考えるように手の甲を口元に寄せる。

 

「それは――王様にですか?」

 

「――――」

 

 ツァオにその人物の名を口にされ、絶句してしまった。仮面を着けているために顔を見えていないだろうが、ツァオ自身も達人という部類の武闘派の一人で有るために銀が動揺したことを察した。微かに、微かに乱れた呼気からツァオは目の前の暗殺者の動揺を感じ取ったのだ。

 

「ならば、依頼は果たせていないということですか」

 

 ツァオはそのまま室内から出ようとドアへと向かう。銀の前を通り、彼女の背後に有るドアの取手へと手を伸ばす。

 

「今更ながら、聞いておきたいことが有る」

 

 その時、彼は背後から問われた。

 

「何故あのような内容の依頼を出した?」

 

 それは、目的の人物の異常性を考えれば有り得ない内容だった。実行不可能にして、仮に実行できたとして害にしかなり得ない内容だからだ。

 

「勿論、利益があるからですよ」

 

「…………」

 

 けれども、依頼した彼はそれを利益という。その返答に何も返さない銀を後に、彼は部屋から出て行った。

 

「アレに関われば全てが害にしかならんだろう。ましてや、アレを捕まえるなどと……無茶苦茶だッ!? アレが手に負えるわけがないだろうにッ!?」

 

 無論、ソレはツァオも知っているし理解しているだろう。それでも彼は銀にその依頼を出したのだ。銀に死神を捕まえろという依頼を。死神を本当に捕まえる気なのか、単に銀で死神の動きを抑制するために追いかけさせるのか、それとも銀の目を死神へ向けさせておきたいのか……それは、ツァオしか分からない。一つ目はソレこそ害でしかなく、二つ目はそうなるはずがなく、三つ目は意味が無い。だからこそ、銀は先程こう答えた。要望に応えられているのかは分からないと。

 

「――――ッ」

 

 依頼主の胸中が分からずに、銀はただ力の限り歯痒そうに歯軋りするしかなかった。

 

「何を考えている……ツァオ・リー!?」




 ようやく、タイトルの意味が書けました。忙しいのも落ち着いたので、これからはもう少し速く更新できるかもしれません。これにて第2幕は終了です。次はいよいよ碧です。灰色の魔都らしく、色々な色を混じらせて貰いますよ。支援課、遊撃士、蛇に、マフィアも。色々交錯して物語の終幕へと流れていってもらいます。

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