刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
この作品を!
そして遂に50話達成!
長く続いたもんだねぇ……


第9話 時間仕掛けの喪失

 月明かりが降り注ぐ夜。アルクェイドは冷たい風が頬に当たるのを感じていた。海を彷彿とさせる深い青の目で眼下に存在するクロスベル市を一望している。今、アルクェイドはクロスベルの上空に浮かんでいた。彼は自らの制作した巨大人形兵器(アインヘリアル)の肩に乗っていた。漆黒を基調とした塗装に、波を表したように見える藍色のライン。肩や膝、肘と頭部には刃の様な鋭利な角が付けられている。レンの持つ巨大人形兵器――パテル=マテルよりはやや小さいが、威圧感はこの神の尖兵(アインヘリアル)の方が一際凄まじい。機動性はパテル=マテルを上回るが、単純な力だけはパテル=マテルの方が上手だ。だが、装備(ギミック)はアインヘリアルの方が上回る。これは単純に持ち主が装備を作れるか否かの問題だ。故に、戦闘能力という面で見れば、パテル=マテルとアインヘリアルは互角。

 

「これが、真実なんだろうか……?」

 

 アルクェイドは目を閉じる。閉じればある情景が嫌でも浮かぶ。これが真実なのかと自問する。けれど、何度自問してもこれは真実なのだと分かってしまう。

 

「くっはは、これじゃあ本当にあいつの言うとおりじゃないか」

 

 自嘲の笑みがこぼれ、かつてカンパネルラが言った言葉がリフレインする。道化から言われた、君の本質は道化だと言う言葉。これほど馬鹿な話はない。よくカンパネルラが言っていた言葉通りだった。王様は奴隷でしか無いと言う言葉。よく皮肉でこれをアルクェイドに言っていた。

 

「あんたは何処まで知っているんだ……?」

 

 ふと目を開き、クロスベルから視線を逸らす。彼の視線が捉えるのはクロスベルからやや外れにある、養父のローゼンベルグ工房。アルクェイドは自分をヨルグが養子にしていることすらも、何故という疑問が浮かんでしまう。そして、その関係性を疑ってしまう。

 

「全部知っていたのか、知らないのか……」

 

 だが、それをヨルグに聞くのは後だ。アルクェイドが聞かれたことを基本的に答えるように、ヨルグも聞いたことはちゃんと答えてくれる。だけど、それをするのは最後の手段。しかし、その行動の根本にある思いは恐怖という事にアルクェイドは気づいていない。

 

「奴隷でしかない人生に意味は無い。ならば――」

 

 そこから先を彼は紡がない。否、紡げない。彼が言葉を紡ぐよりも先に、彼の耳に鐘の音が聞こえてきたのだから。

 

「――――っ」

 

 鐘の音が聞こえてきた方向に視線を向ける。その方向は、鐘がない筈の古戦場跡だった。アルクェイドは睨む。まるで、古戦場跡の祭壇に立っている嗄れた老人が見えているかのように……。

 

「ミツケタァ」

 

 アルクェイドは口元を大きく歪めた。獰猛な肉食獣が久方振りに獲物を見つけて舌舐めずりをしているかのようだ。アルクェイドが笑った瞬間、それに連動するようにアインヘリアルの双眼が紅く光る。その場に停滞していたアインヘリアルはゆっくりと古戦場跡に向き直ると、そこに向けて動き出す。老人はそこで祭壇の中へと入っていった。それでもアルクェイドは睨む視線を向けている。彼の目は誰の目から見ても、狂気が宿っていることが感じれる。だが、それに気づいて止められるものはいない。

 

「……………」

 

 古戦場跡の上空に来ると、アインヘリアルは降下し始めた。まだ地上とはそれなりに高さがあるが、それを気にせずにアルクェイドは飛び降りる。着地の衝撃を感じずに地上に足がついた瞬間に祭壇に向けて駆ける。その時に、アインヘリアルが機械音声を発したが、アルクェイドには届きはしなかった。

 

「ククク、クハハハハッ、フハハハハハハ」

 

 笑う。笑う。笑う。実に楽しそうに口元を歪めて。その笑い声は、狂気に駆られ、不快極まりない。祭壇の中に入っても、止まるところを知らず、笑い声は建物内に響く。祭壇の中には多数の魔獣がいるが、そのどれもが狂気の笑い声を聞くとその場に縮こまり、笑う者を避ける。だが、アルクェイドはその魔獣の全てをナイフを投げつけて射殺す。その場で震え上がる魔獣も、彼から逃げようとしている魔獣も、恐怖にかられてアルクェイドに襲いかかる魔獣にも、ナイフを投げて射殺す。その全てが僅かに急所を外して突き刺さる。怯えと痛みによって魔獣たちは荒れ狂い、同士討ちを始める。アルクェイドの狂気に当てられてまともな思考などもはやない。自らを痛みつけている魔獣すらもいる。そんな狂気に満ちた空間を、アルクェイドは駆ける。死神に匹敵する…………いや、それ以上の狂気を身に纏い、奥へ奥へと進む。だから彼は気付かなかった。祭壇の中の位相がずれていることに。

 微かに、本当に微かだけだが、建物内が二重に見える。いつものまともなアルクェイドならば、その変化に気づいただろうが、今のアルクェイドは気付かない。いよいよ以前ヨアヒムが支援課を待ち受けていた最下層の祭壇が見え始めた時、物陰から三つの影が現れた。それが何か見極める前にアルクェイドは諸刃の刃を振るう。その三つの影を突き刺して串刺しにする。そして、そのまま祭壇へと走りぬけた。

 

「ドコダ?」

 

 目当ての人物を探して祭壇の辺りを見渡す。アルクェイドの記憶の中では祭壇はヨアヒムによってボロボロに破壊されているはずだが、祭壇は小奇麗のままだ。他に違いがあるとすれば、ヨアヒムが言っていたキーアが入っていた球形のオブジェが無いことだろう。

 

「うぅ……うう…………」

 

 不意に幾つかの呻き声が聞こえた。声はアルクェイドの手元から聞こえてくる。彼は視線を手に持つ諸刃の刃に向ける。そこに依然と突き刺さったままの三つの影。それは人間だった。それも、彼が見知った人物。エステル、ランディ、ヴァルドという三人。しかし、それを見るアルクェイドの目はとてつもなく冷たかった。彼は三人を一瞥しただけで直ぐに祭壇へと視線を戻す。祭壇にはいつの間にか嗄れた老人が立っていた……。

 

「ふむ……経過は上々。だが、もう少し……と言ったところか」

 

 見た目は70くらいの老人。髪や髭は老人のせいか白い。質素な杖を握ってはいるが、それが必要とは思えないほど綺麗な姿勢をしている。まるで青年と言ってもいい程に。口元を隠すほどの顎髭を撫でながら満足そうに、だが何処か残念そうな声でアルクェイドを見据える。……いや、見ているのはアルクェイドの手元で呻いている人物。

 

「一人は不良、一人は支援課だがお前にとっては一番遠い人物……最期は完成された英雄か。顔を知っている程度で、お前が興味を引く人物ではなく、最期に至ってはその特性からお前とは相容れぬ者。上々……上々ではあるが、些か懸念は消えぬな。このままでは間に合わぬ可能性もある」

 

 嗄れた老人はアルクェイドを視界に捉えながらも、自らの思考に耽っている。狂気を纏うアルクェイドが自らを襲うかもしれないというのに。それとも、老人は自分がアルクェイドに襲われないことを知っているのだろうか。そうとしか言えないような余裕を老人は持っている。そして、事実アルクェイドは老人を襲おうとしない。この古戦場跡に来る前に示した反応とは思えないほど、アルクェイドは無言で立っている。

 

「まぁ良い。時間は未だ在る。とは言え、保険はかけておかねばの」

 

 老人は持っていた杖を少しだけ浮かして勢い良く地面を突く。カツンと言う音がした瞬間に、諸刃の刃に突き刺さっていた三人は溶けた。碧の液体へと。そして、グネグネと触手が動くかのようにアルクェイドの足元へと集まってくる。そして、地面に吸い込まれていくかのように少しずつなくなっている。水が少なくなり始めるとともに、アルクェイドの体が淡い碧の光を放つ。その光は水が全て無くなると直ぐに霧散した。

 

「――――ッ」

 

 刹那、アルクェイドの纏う狂気はなくなり、目に正気の色が戻ってきた。

 

「うっ……オゥエ……カハッ……」

 

 むりやり異物が体に入ってくる感覚が彼を襲う。とにかくなんでもいいから体内から何かを出して、その異物の対処をしようと口から胃液や血液を出す。体中から汗が吹き出し水分が一気に失われる。それでも、アルクェイドは意識を保ち、微かに眩暈を起こしながらも祭壇に立つ老人を見ようとする。

 

「てっ……めぇ……何をしたぁ?」

 

 古戦場跡の中を走っていた辺りから記憶が無いアルクェイドは老人を睨む。

 

「ワシは何もしておらぬ。貴様がここまで走り、途中で何かを殺しただけじゃろ」

 

 祭壇の上からアルクェイドを見下ろす老人。それは物理的高さだけでなく、精神的にも上から威圧されているように感じる。体の中を、深層までを覗かれているような気分を味わされている。

 

「まぁいい……とりあえず、答えてもらおうか? 俺の記憶の奥底にてめぇの顔がチラつくんだよ。一体どういうことだ!?」

 

「……ふっ、ふははははははははは、はははははははははは」

 

 老人はその言葉で一瞬呆気にとられたが、次の瞬間には堪え切れずに盛大に笑い出した。

 

「まだ、まだ思い出しておらんかったのか? いや、それは有り得ない。お前は認めたくないのじゃろ? 自分の生い立ちを、名前を、存在意義も、何もかも、全てを!!」

 

「――――クッ」

 

 アルクェイドは滑稽だと笑う老人を視線だけで殺さんとばかりに睨み、奥歯を嚙み砕かんばかりにギリッと歯軋りをする。

 

「そうじゃろ、K! 劣化模倣(デッドコピー)量産型(プロトタイプ)、識別子名――K」

 

 全てを明かす老人の言葉に殺意を抱き、ワナワナと力を込めて震えるアルクェイド。

 

「黙れええええええええ!」

 

「今までお前が殺した家族はD、M、OそしてY。お前と同じ自分を殺した気分はどうだ? デッドは流石に覚えてはおらぬじゃろ? デッドはお前に最初に因子を入れた時の拒絶反応で死んだ。親とキョウダイを殺した気分はどうだ?」

 

「貴様あああああああああ!?」

 

 アルクェイドが強烈な殺意を抱き、老人にむけて駆けた。祭壇を駆け上がろうとした瞬間、目の前に金髪金目の少年が不意に現れた。それが誰か瞬時に理解し、刃を振るう。少年の動きにいつものような俊敏さはないが、腕で刃を受け止めた。しかし、盛大な殺意を抱いたアルクェイドの精悍な眼差しに見惚れ、速さも足りてない動きではアルクェイドの本気についていけず、少年が刃を受け止めた時に少年の首は跳んだ。首から鮮血が飛び散り、アルクェイドの顔を染め上げる。それの切り飛ばされ方には何処か違和感があった。まるで、少年の背後から首を飛ばされたような跳び方をしていたからだ。

 

「――――」

 

 それを見た老人は歓喜したように口元を歪めた。それを望んでいたといった風に。少年を殺したアルクェイドはそのまま老人に肉薄した。刃を手が裂けるのを気にせずに両手で持ち、袈裟斬りに一刀両断した。

 

「はぁっ……はぁ……」

 

 アルクェイドが一刀両断する瞬間でさえも老人は笑っていた。これから殺されるというのに。

 

「くっははは。やっぱりこうなのかよ。だったら……やるしか無いじゃいか」

 

 嘲笑を浮かべ、アルクェイドは祭壇から去ろうとする。祭壇から降りて、砦内から出ようと歩く。

 

「――――全てを殺すしか無いじゃないか」

 

 今、はっきりと全てを理解した。この世界の残酷さを、肌に感じて。やはり世界は変わらなくてはならないと。それ故に、こいつらは危険だ、と彼は思う。最期に少年と老人を一瞥するが、死体に口なし。何も語らない。だが、それでもこれらはここで死ぬとは思えない。それだけを頭の片隅に残してアルクェイドは太陽の砦から去った。

 彼が去ってから数分後。首を飛ばされた少年の手が微かに動いた。その動きは大きくなり、辺りで何かを探しているようだ。そして、自分の首を見つけて掴む。少年は首を持って立ち上がり、何処かへと歩いて行った。祭壇にはいつの間にか、老人の死体は消えていた。動かないはずの体で自らの首を持ち、その生首は口を開く。肺と繋がっていないために、声を発することは出来ないが口元は動いていた。

 

―ああ、やっぱりあの人は素晴らしい―


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