刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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この投稿で今年の投稿は終わりです。
この話はグロ注意です。
ではでは、良いお年を、良いお年を。


第8話 時間仕掛けの狂喜

「マイスター」

 

 アルクェイドは養父を呼ぶ。一体いつから養父をこう呼ぶようになったのだろうか。誰かがそう呼んでいたから呼ぶことにした。それだけだった。

 

「マイスター」

 

 彼は近づいて再び呼ぶ。だけど、返って来る言葉は予想に反したものだった。

 

「お前は誰だ?」

 

「は?」

 

「お前は誰だ?」

 

「何言って……」

 

 息子の顔を忘れたのかと、彼は思う。だけど、目の前の養父はその言葉を繰り返す。お前など知らぬと。

 

「おい、マイスター」

 

「名すら知らぬ者がその名で儂を呼ぶな」

 

「……っえ?」

 

 振り返り去ろうとする養父を呼び止めようと肩を掴んだ時だった。不意に、アルクェイドの左腹を違和感が襲う。何かを裂いたような鈍い音。体から体温が逃げていく感覚。ふと自分の視線を落とすと、養父の握った剣が自分の腹部を貫いていた。

 

「お前など知らぬ」

 

 体から力が抜けて崩れ落ちた彼に向けて冷たい目で口を開く。その目は、本当にアルクェイドの事を知らないと告げていた――。

 

 

 

「――――っ」

 

 アルクェイドは目を開いた。いつから降りだしたのか耳には雨音が聞こえてくる。

 

「ああ、そうか」

 

 現状を把握してアルクェイドは口を開く。結局、あの空洞から抜けだしてから何処へ行く事も出来ずにすぐ側にある木々の麓にいた。ズキズキと痛む頭を押さえていたら、いつの間にか意識を手放していた。

 

「あのまま、寝ていたのか……」

 

 夜半から降り出していたのか、辺りには水たまりが出来ているところもある。他よりは高いところだったのか、樹の下ということもあり、彼自身はあまり濡れていなかった。雨で義手との接続部が軋む様に痛む。その痛みには慣れている為に苦痛と感じることはない。しかし、反射的に痛みを抑えるように彼は接続部を掴む。

 

「半日以上も気を失っていたのか」

 

 今までからは有り得ない時間も意識を失っていたことに彼は自嘲する。おもむろに立ち上がり、荷物を確認する。

 

「何処を辿れば良いものか……」

 

 全ての根幹にいる人物に検討はついた。だが、その人物が何処にいるのか全く分からない。恐らく今もこのクロスベル近郊にいるのだろうが、虱潰しで探している精神的余裕もない。だから、宛もなくクロスベルへと向かうことにした。

 

 

 馬鹿みたいに大きな音で軽快な音楽が流れている。普通なら近隣から苦情がすぐに殺到するだろうが、この場では近隣など存在しない。それも当然だ。何故ならば、ここは地下なのだから。

 

「あーー、くそっ。ちっともわかりゃしない!」

 

 忌々しげに愚痴を零しながら机を叩く。叩いた勢いで空になったジュース缶が床に音を立てて落ちる。ゴミの掃除もまともにしていないのか床には似たような缶と、ピザの包む箱が大量に落ちていた。

 

「少し静かにして下さい。分からないことばかりなのは今更でしょう」

 

 ソファに座りながら携帯端末を軽快に叩いているティオが愚痴を零した少年に文句を言う。

 

「そうは言っても、これだけ探して欠片も見つからないとか本当に何者(なにもん)だよ」

 

 椅子を回転させて振り向いたのは、彼女と同じような年頃のそばかすのある少年だった。

 

「ヨナ、文句を言わずに探して下さい。アルさんについても、ヨアヒムの背後関係についても」

 

 ヨナ・セイクリッド。以前、銀の依頼は彼を通して特務支援課に要請された。その時に彼の居場所が支援課に特定されてしまった。

 

「貴方の行動を見逃している代わりに、手伝って貰う約束のはずです」

 

「そいつはわかってるけどよ~」

 

 彼のしている行動はハッカー。ネットワークに接続された端末に記録された情報を勝手に見ているのだ。現在、その記録の閲覧に対する法律というものは存在していない。だから、警察が彼を逮捕出来ない。だが、それに対して犯罪云々の前に倫理的に問題はある。故に、支援課は一応彼に対して監視をしてはいる。それに、彼がハッカーする以前はティオと同じく財団に所属していた。既知の仲ではないが、お互いに為人(ひととなり)くらいは知っていた。そのために、ヨナはティオに対して弱みを握られているようなものだ。ヨナとしてはティオに技術が劣っていることを理解しつつもそれが僻みとまではいかないが、プライドが刺激されて良い気はしない。故に事ある事にちょっかいを出しているのだが、彼が彼女に勝てた試しはない。ちなみに、それはゲームにおいても同様で、ネットワークを使い、離れた人物と対戦できるゲームを現在開発中で、それの試作で対戦しているが、ヨナが勝ったことはない。

 

「ここまで引っ掛からないのはそいつがいることすら疑問を覚えるくらいだぜ」

 

 情報屋をやっている彼としてもここで匙を投げるような真似はしたくないが、何も無いといい加減鬱陶しくなる。

 

「前に調べた時も思いましたが、まさかここまで何も無いとは…………」

 

 アルクェイド・ヴァンガードと言う人物に対して調べても情報が何もない。そう何もないのだ。アルカンシェルのオーナー、身喰らう蛇に所属、アルゲントゥム製品の製作者。それのドレもコレもが他人から聞いたものだ。ネットワークのデータベースからは一個も出てきていない。まるで、噂だけの亡霊が独り歩きしているようだ。本人との交流が多少有るティオだからこそ、その情報が得ることが出来た。ヨナだけではそんな人物がいることすら気づかなかっただろう。それだけでなく今まで蛇としての彼が表舞台に出ていないのも気になる。技術もさることながら、戦闘力としても機兵の統率力としても、今まで彼が何かの事件に関わっていたことがないために未知数だ。あくまで目安となるような場面に遭遇したことといえば、創立祭のレースとあの時の機兵の撤退場面のみ。前者は当然手加減していただろうし、後者に至っては統率と機器系統の命令が凄まじいとしか分からない。あのリントヴルムに至っては完璧に未知。調べても調べても分かるのは現時点での凄まじい戦闘力のみ。その戦闘力でさえも、まともに性能を使い熟せてすらいないのだ。まさに未知。

 

「一旦放置しましょう」

 

「あん?」

 

「先に教団関係から詰めて行きましょう」

 

「あいよ」

 

 何も出てこないアルクェイドよりも教団の情報を先に集めたほうがいいと彼女らは方針を変える。けれど、それで出てくるのはティオを助けた教団殲滅作戦に関することがほとんどだった。こうなることは予想出来ていたから後回しにしていたのだ。けれど、そう言ってもいられない。

 

「こちらも今更というか見たくない物ばかりですね……」

 

 主に出てくるのは教団が幼子に対してしていた実験内容ばかり。警察とギルドのデータベースに記録された物を見てティオは顔を顰める。

 

「こりゃあ、確かにえげつないな」

 

 情報屋という仕事柄、裏世界に棲む人物と関わりを持ったことがあるヨナでも見ていて気分の良い物ではない。

 

「見つけたぜ」

 

 その中で、ヨアヒム・ギュンターに関する項目をヨナが見つけた。ティオは彼の背後からモニターを覗く。ヨアヒムの経歴を見ていると幾つか奇妙な点を見つけた。

 

「確かに彼の言っていたことと一致しますが……」

 

 彼女が気になったのは、あの時のヨアヒムの発言だった。実験を行う立場だったのは確かに合っている。楽園での実験とペドフィリアに対しての快楽の提供。それの被験者と利用者のリストもある。問題はアルクェイド達蛇の執行者がそこを壊したときに別のロッジのヨアヒムにその情報が渡ったことだ。レンの話を聞く限り、蛇は教団の様な存在を認めていない。ならば、内容の情報を隠滅するか保持するはずだ。別のロッジに渡るわけがない。だが、現実として彼はその情報を知っていた。逐一全ロッジと情報を共有していた可能性も勿論ある。だが、それでも懸念は消えない。

 

「彼の上に誰かがいる……?」

 

 ティオはその考えが直感的に浮かんだ。教団はヨアヒムの言葉を信じるならば、上下関係はない。だが、彼とは別に教団の関係者がいる。その人物は、上下関係がないはずなのに、ヨアヒムよりも上位に位置しているとなんとなく思った。その違和感がまだ何も終わってないことを告げていた。

 

 

 

 

「あはっ」

 

 不快な笑みが聞こえる。それと共に聞こえるのはジャラジャラという鎖の摩擦音。音はそれだけでなく、ピチャピチャと水が跳ねる音。後は、とても柔らかい何かを抉るような音。柔らかい何かが潰れたり、引き裂かれたり、広げられたり、そんな音がこの場に満ちている。グジュグジュと、ビチャビチャと、グチャアと、とても不快な音を立てている。

 鼻を突くような刺激臭。生臭い鉄の臭いが吐き気を催すほど満ちている。そんな中で、中心にいるモノは笑っている。自らの腹を抉りながら。

 

「ひゃはっあは」

 

 そのモノはまるで痛みを感じていないようで、むしろ歓喜に打ち震えている。それ故に、ソレは無意識に笑っていた。歪に歪んだ笑い方をしている。このモノが歓喜――狂喜に堕ち震えているのは当然だった。何故ならば、ソレがまるで神様のように崇めている一部を取り込もうとしているのだから。

 ジャラジャラという音が次第に少なくなっている。それはその音を立てる鎖が短くなってきているからだ。何故短くなっているのか。それは鎖がソレの腹部に押し込まれていっているからだ。普通に考えれば、数人分の長さもある鎖が身体の中に入るわけがない。しかし、ソレに常識というものはない。入る余地がなければ、それが入る空間を作ればいい、とそんな考えに至ってしまう様なモノなのだから。その考えに至ったソレが行ったことは、自らの内蔵を抉り始めた。

 

「あひゃっはっ」

 

 刃物も何も使わずに、爪で腹の皮膚を引き裂き、指で広げ、掌を腹の中へと突っ込む。(まさぐ)り、腸を掴むとソレを引き摺り出した。ズルズルと鮮血をぶちまけながら、腸と肉を引き摺り出す。出した腸を手で引き千切り、もういらないとゴミのように適当に投げる。腸と肉はビチャッとした不快な音を立てて転がる。その空いた空間へと鎖を入れていく。この間に血は大量に失われて逝っているはずなのに、ソレが死ぬ気配はまるでない。

 

「ああ…………」

 

 鎖を全て腹に収めると、ソレは狂喜に打ち震えた。どうしてもっと早くこうしていなかったのかと。していれば、今のような快感に永遠と思えるほど長い時間浸れていたのに、と……。

 

「やっと僕はあの人のようになれる……」

 

 理想の人物の大事なモノを取り込むことで、少しでも近づけると勘違いしているソレに、あえて近寄ろうとするものはいないだろう。ソレを見たものは、須らくソレと関わることをしない。普通で考えれば、そうであるはずなのに。ソレの背後にはいつの間にか、嗄れた老人が不敵笑みを浮かべながら立っていた――――。


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