「はぁ……」
白い息が声と共に口から漏れる。
「なんで俺が寒空の下にいなくてはならんのだ」
すでに長時間その場に立っているのか、彼の肩や頭には雪が積もっている。払い落とせばいいものを、彼はそれをするのさえ面倒くさそうにしてコートのポケットに手を突っ込んでいる。クロスベルの路地裏の一角で、アルクェイドは立っていた。
「はぁ……一体何だと言うのか」
現状に嘆き、外に突っ立っている原因となった人物たちの顔を思い浮かべながら、悪態をつく。いつものようにメゾン・イメルダの自分の部屋に篭っていたら、今日になっていきなりレンやティオ、イリアにリーシャ、シュリやキーア、さらにはエリィにエステルと言う、彼の知り合いの女性陣に追い出されたのだ。訳を聞こうにも、いきなり部屋に入ってきて無理矢理部屋から出され、抵抗しても武闘派のエステル達が得物を振るってまで彼をアパートから追い出した。理由もなく彼女たちがアルクェイドを襲うとも思えず――とある一人を除いてだが――彼は自分を得物を握ることなく追い出された。
「いつまでこうしていればいいんだろうな……」
上から聞こえる彼女たちの賑やかな声を聞きながら、そんなことを考える。勿論、養父たるマイスターの工房であるローゼンベルグ工房に行ってもいいのだが、彼の細工に使う物などは全て運び出してしまっている。酒を飲みに裏通りのBARに行く気も出ず、騒がしいデパートや湾岸区に行くのも煩わしかった。そこで彼は今日が何の日か思い出した。
「ああ、今日は……」
そこまで口にして彼は苦笑する。
「くっくく、そこまで気にするものか……こう思っている時点で俺はずれてるんだろうなぁ……」
こういった日でさえも、何処か冷めた目で見てしまう自分の思考を嘲笑う。彼は純粋にそう思えることが羨ましかった。
「俺も変わったのかもしれないな……いや、変えられたのか」
レンが太陽の下で笑えるようになった様に、自分も少しは変わったのだと彼は思う。自分では
「昔は
その考えは今も変わってはいない。だけど、昔とは……帝国にある山小屋の中でただただ細工を作っていた時とは明確に違っている。今は、誰かに似合う細工を作りたいと思うようになっていた。
「くははは」
彼は笑う。意識せずに。勝手に口から笑みが零れてしまった。上から聞こえてくる賑やかな声が彼をそうさせる。
「楽しいのか、俺は」
自分でも信じられないと彼は思う。不意に、彼は歩き出す。この場にいない男性陣がいるであろう場所に向かって。
「さて、どうしようか」
アルクェイドの頭の中でクルクルと円を描いて回る幾つもの銀細工。それが様々な姿に変えてはまた変わる。降り積もっている真っ白な雪を踏み締めながら、今も尚降り続ける綿雪を見上げて、街中を歩く。そんな彼の口元は薄っすらと緩んでいた。彼自身が気付かない内に…………。
*
支援課のビルからは騒々しい声が聞こえてくる。そこに向かってアルクェイドは足を進める。
「なぁ、これはどうするんだ?」
「それは後で使うからそっちに置いといてくれ」
その騒々しい声はビルの中に入らずとも嫌でも聞こえてくる。それと共に聞こえるのは何故か金属音。とても耳障りだ。
「何してんだこいつら……」
何故金属音が彼らから聞こえてくるのか分からずに首を傾げてしまう。
「ああっ!? 折れたっ!?」
「ははっ、君は本当に不器用だね」
誰かの悲痛な声に、それを茶化すような声。声からして悲痛な声はランディ、茶化す声はワジだろうか。それに次いで、ランディをフォローするようなロイドとヨシュアの声も聞こえる。
「お前らだって上手く出来てねえだろうが!?」
「例え見栄えは不出来でも、完成するしないでは大きな違いだよ」
大きな声で吠えるランディに対して涼し気な声で言うワジ。
「お前たちは本当に何をしているんだ……」
アルクェイドは呆れ顔でビルの中に入り、四人の姿を見ていた。四人は机を囲んで座っていた。彼らの手には工具と歪な形の銀色の光を放つ何か。机の上には使われていない工具と何かの破片。
「見て分からないかな?」
「ああ、分からんな」
何故か少し胸を張って言うワジの言葉を即座に彼は否定した。普段いつも余裕を見せているワジも、流石にアルクェイドから速攻で否定されるのはむかついたのか、微かに頬を引き攣らせた。それは無論冗談で、流石にこの光景見れば、何かしらの細工を作っているのが理解できる。
「なんでそんなことをしているのか全く理解できん」
「ああ、そっちなのか」
その言葉でロイドはアルクェイドが自分たちが細工を作っていることが分からなかった訳ではないと安堵していた。もっとも、他の三人は両方の意味で言っていることに気づいているが。
「まぁ、大体予測できるけどな。作るならまともなのを作れよ」
彼らに近づいてその出来栄えを見てはアルクェイドは顔を顰める。ランディのは折れているし、ロイドのは何を模しているのか判別がつかない。ワジのは辛うじて分かる範囲で、一番マシなのがヨシュアだった。
「支援課のは論外として、ヨシュアは太陽で、ワジのは……聖杯か?」
歪ながらもその形を読み取られたことでワジは何処か満足気だ。それぞれのを見渡してアルクェイドは短く息を吐く。
「初めてのくせにいきなり形を作るな。最初は丸いペンダントでも作ってそれにそれぞれの文様を掘れ」
机の上にもうまともな素材を残ってないことを確認してから、コートの内側から四角い銀の素材を渡す。
「後はイメージしろ。出来栄えではなく、それを身につけた誰かの姿をな」
それだけ言うとアルクェイドは入口付近のソファに座る。そして、幾つもの細工を出す。それを削り、形を整える。その行動で彼らは思い思いに作れと、言うことはないと察して渡された素材と向き合い始めた。そんな彼らの姿をアルクェイドは横目で見る。
(これも変化か……昔なら他人の物など興味なかったというのに……)
それの例外があるとするならば、養父たるヨルグの作品くらいだろう。そんな考えに耽りながらも、彼は自分の作品を仕上げていく。そして、最期の一個を掴む。そして、今まで以上に丁寧に仕上げていく。
「………………」
一言も発せずに、ひたすら無心で……それを作っている間、誰の姿を思い浮かべていたのか――――。
「出来た!」
満足がいくものが出来たのか、ロイドが満足気に声を上げた。
「案外なんとかなるものなんだな」
精神的に疲れ気味のランディが背凭れに体を預けながら言う。
「ま、それも彼のおかげだけどね」
ワジの言葉で四人の視線はソファで細工を作っているアルクェイドの方へ向く。彼は未だに最期の細工を手がけていた。その姿は、傍から見ていても集中しているのが良く分かる。気迫、魂を込めるようなその姿に圧倒され、空気が張り詰めている。知らないうちに彼らもその空気に当てられていたのだろう。四人も作っているときはアルクェイドが来る前のような騒々しい声は一言も上げなかった。四人がアルクェイドの姿に呑まれていた時、ロイドの胸元からエニグマの着信音が聞こえた。
「はい……ああ、わかった」
短く返事をするとすぐにエニグマを仕舞う。
「お嬢たちからか?」
「ああ、準備が終わったそうだ。来る前にアルを探して連れてきてくれってさ」
「探すも何も、ここにいるけどね」
「そうだな」
苦笑する彼らに気付かずに、アルクェイドは細工を弄っている。
「ほら、行くぞアルクェイド!」
「おい、いきなり何をする」
ソファに座るアルクェイドの背中にいきなりランディがのしかかる。ランディはそのまま羽交い締めにすると、アルクェイドを無理矢理立ち上がらせる。アルクェイドは溜息を吐くと、未完成の細工を懐に仕舞う。
「行くって何処にだ?」
「いいから行くぞ、皆が待ってんだよ」
「お、おい」
ランディはアルクェイドの背中を押して支援課のビルから出る。他の三人もそれに続いていく。戸惑うアルクェイドをヨシュアは後ろから笑って見ていた。そして、ヨシュアは今も尚降り続ける雪の舞う空を見上げる。
「レーヴェ……アルも笑えるようになったよ」
一言だけ呟いて、彼も後に続いていく。
―そうか―
不意に、何処からか声が聞こえたような気がしてヨシュアは振り向いた。だけど、あたりを見渡しても彼ら以外に誰もいない。
「どうしたんだ? 早く来いよ」
「ああ、すぐ行くよ」
前からの声でヨシュアはすぐに彼らに向かって走りだした。
*
「行くってここかよ……」
アルクェイドは呆れた顔でメゾン・イメルダを見上げる。数時間前に追い出された自宅を見ていた。
「ほらほら、いいから開けろよ」
「なんで自分の家に入るのを強要されているんだ……」
もう訳が分からずに嘆くアルクェイド。彼は言われるがままに両手で扉を開く。その瞬間、幾つもの軽快な破裂音が響いた。
「メリークリスマス!」
「――――ッ!?」
いきなりの音に彼は身構える。彼の視界にはひらひらと舞う色とりどりの紙切れ、彼の肩や頭に乗る薄いテープ。それで彼は音の原因を理解した。予想通り扉の向こう側ではアルクェイドをここから追い出した女性陣の姿があった。だが、姿がいつもと違う。赤と白の服と帽子を着ている者と、茶色の全身を覆うと頭から生える角できぐるみを着ている者。彼女たち全員がクラッカーを手にしていた。
「何故にクラッカー?」
「メリークリスマス」
「いや、だから……」
それはもう聞いたと彼は苦笑する。
「本当はちゃんとするつもりだったのですが……」
「色々ありましたからね」
小さな赤と白の服を着たティオと動物を模したきぐるみを着たリーシャ。
「ついででしたくはなかったけど……」
「みんなで休みが取れる日がなかったんですよ」
ティオと同じように赤と白の服を着たイリアとエリィ。
「だから今日纏めてしようという話になったのよ」
何故かきぐるみを着たエステルに抱きしめられている赤と白の服を着たレン。
「■■■■■■■、アルクェイド」
アルクェイドの背後にもいる彼らも口を揃えて言った。この場にいる誰もが祝福をしている。レン、エステルにヨシュアたち三人も、ロイド、エリィ、ティオにランディの支援課も。リーシャ、イリア、シュリと言ったアルカンシェルのメンバーも。そして、ワジにキーアも…………。
「■■■■」
アルクェイドはその言葉に笑顔で答えた。
*
「それじゃ、みんなグラスは持った?」
イリアが全員を見渡してグラスを持っているかどうか確認する。
「持ったみたいね。それじゃ…………メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
彼女の声にその場にいる全員が声を上げる。
「しかし、するならすると一言言ってくれ。いきなり追い出されるのは敵わん」
「サプライズでしたかったから仕方ないじゃない」
「それに場所で都合のいい広さがここしかなかったから……」
グラスに注がれたワインを飲みながらアルクェイドは側にいたイリアとリーシャに言う。彼女たちの言い分を聞いてはアルクェイドは溜め息を吐きながらも強く言うわけにはいかなかった。アルクェイドのためと言われては文句は言えないし、場所も支援課は狭いだろうし、街中でこの人数が入れる広さがあるのはここくらいのものだった。
「それと、だ。なんでお前とエステルはサンタ服じゃないんだ……?」
一番スタイル的に見栄えするであろうリーシャが何故トナカイのきぐるみを着ているのか疑問で仕方がなかった。
「エステルは性格的にも行動的にも動物がよく似合うが、正直勿体無いだろう」
「あんたね…………」
エステルに対して酷い言い草にイリアは呆れた。エステルにしてもだが、リーシャに対しての言葉もアルクェイドの本心だった。アルカンシェルでイリアに匹敵する実力を持つ彼女が彼女の長所たるスタイルの良さが良く分からない格好でいることは勿体無い。
「それが……その……」
アルクェイドに褒められて嬉しいのか、やや俯向きながら理由を言おうとしているが、歯切れが悪い。
「この娘に合うサイズがなかったのよ」
「あーーー……」
その理由を隣にいたイリアが暴露してしまった。それは確かに言いづらい、と彼は思った。自らスタイルの良さを言うようなものだ。イリアやエステルならともかく、リーシャが自らそんなことを言えるわけがない。
「それであいつも一人だけでは寂しいからと着たわけか……」
そう言って、アルクェイドは視線の先ではしゃいでいるエステルを見る。エステルとその回りにいる彼女らを眺めていると、アルクェイドの視線に気づいたレンが寄って来た。
「あら、普段とは違うレンに見蕩れていたのかしら?」
アルクェイドの側に寄って来て、ミニスカートをふわりを浮かして舞うように一回転する。
「いや……まぁ、似たようなものか」
「あら……?」
否定しようとして、それを止めた。いつもと違うアルクェイドの反応にレンだけでなく、イリアやリーシャも首を傾げる。
「もしかして、酔ってる?」
「酒に……というよりは雰囲気に、だろうな」
少し前では考えられないような優しい顔をしていた。そんな彼に対して彼女たちは声をかけられなかった。いつもと違う、いや、以前とは知っている彼とは少しだけ違うと彼女たちだけでなく、アルクェイドを知る全員が思っていた。そしてその全員が、今のほうが好ましいし、彼らしいと感じていた。
「やあ、しっかりと食べているかい?」
不意に声をかけられて見てみると、皿の上に大量に料理を乗せているヨシュアの姿があった。
「お前どれだけ食べる気だ」
その量を見て、アルクェイドは顔を顰める。
「君の分も取ってきただけだよ、はい」
そう言って、ヨシュアはアルクェイドにフォークを差し出す。それを彼は受け取ると一番近い距離の料理を取って口に含む。
「これを作ったのは誰だ?」
「今皿に乗っているのは全部エステルのだよ」
「お前…………」
恋人のしか乗せていないヨシュアに少しだけ感銘のような物を感じたアルクェイド。無論、他の誰かが作ったものを食べないわけではないだろうが、一番最初にエステルのを食べるヨシュアに感銘を受けながらも今はそれを恨めしいと思った。
「失敗作の料理を混ぜんなよ……」
失敗した料理を混ぜるエステルもエステルだが、何も見ずにただ近いからといった理由で料理を取ったアルクェイドにそれを批判するつもりはない。なぜならば、コレはアルクェイドのための宴でもあるのだから。
「はは、エステルなりの意趣返しだと思ってよ。レンの事を少しだけ感謝しながらもまだ怒ってるんだから」
「それについては俺がどうこうできる問題じゃないと思うがな。というか、お前もグルかよ」
「ははは、ちゃんと楽しんでよ」
それだけを言うと、ヨシュアはエステルの側へと戻っていった。大量の料理をアルクェイドに渡したままで……。
「今日は仏頂面じゃないんですね」
「ティオか……俺はいつもそんな顔をしているわけじゃないと思うがな」
「比較的多い事には変わりないと思いますが?」
それには違いないとアルクェイドは肩を竦める。
「いつもそんなだから気持ちがわからないんですよ」
「気持ち……か」
「まぁ、今は少しだけ顔に出るようになったからいいんですけれど、また逃げたら皆で追いかけますからね」
「それは怖いな」
ティオの言葉にアルクェイドは苦笑するしかなかった。ティオの背中を見送ると、アルクェイドは軽く目を閉じて壁に凭れる。この宴が始まって数時間。もう深夜に近い時間になっている。おもむろに彼は目を開き、一番近いイリアに近寄る。
「ほら、これ」
「あら……ペンダント?」
「ああ、普段でも公演の時でも使えるようにしてある」
「へぇ、これは太陽が描かれているのかしら?」
「ああ、それはお前によく似合うだろう」
「ありがとう。でも、それは私に言う言葉じゃないでしょ?」
イリアはアルクェイドの口が開くのを人差し指を立てて止める。
「かもな」
アルクェイドはそれに短く答えて辺りを見渡す。けれど、目当ての人物は室内には見当たらない。
「あの娘ならさっき外に出るのを見たわよ」
「そうか、外を少し探してみる」
「そう、頑張ってね」
「なにをだ」
「なにかをよ」
アルクェイドは短く息を吐いて外に出るために扉を開く。外はまだ、雪が降っていた。そして、階段を降りていく。降りた先で辺りを見渡すと階段の真下の空間から雪の降る空を見上げている彼女の姿を見つけた。
「ここにいたのか」
アルクェイドが彼女に向かって呼びかけると彼に気づいた彼女は笑顔で彼を見た。
これを読んで違和感を感じたでしょうが気にしないでください。本当はもっと後で入れる予定だったのですが、そこまで辿り着かなかったのです……。とはいえ、正直な話、今投稿しても大丈夫ではあります。設定的な意味で。ぶっちゃけましょう、伏線です。物語として入れるには無理がある、けれどこういった話はシナリオ的に欲しかったというのが本音。では季節ネタを含ませて入れようと決断したのです。まぁ、小難しい話は置いといて、ネタとして楽しんでいただけるといいかと……。
ではでは、