「閃の軌跡」 だそうです。
空の同時代の帝国と言うことは、色々興味深いですな……。
これの次くらいで幻炎計画?
まぁ、興味深いことには変わりませぬな。
これからこのシリーズがどうなるかは分かりませんが、個人的には次回で零と碧の時期の帝国の話で、その次で、クロスベルで起こる戦争でシリーズ内クロスなら面白いと思う。私なら間違い無くそれぞれの視点で戦争を描きますね。小説なら間違い無く。ただ、ゲームですし、問題は落とし所。クロスベル開放は恐らく確定ですし……。ふふふ、興味がつきませぬな。
取り敢えず、今は続報に期待しつつ、刹那の軌跡でもどうぞ。
「…………」
狭い空洞にコツコツと足音が響く。アルクェイドの右手には諸刃の刃が握られている。先に入っていった死神の姿は見えない。アルクェイドはこれまでにないくらい苛ついていた。それはここに来る前の道化の言葉が原因だった。
「やあ、久しぶり」
「………………」
エニグマから聞こえてくる声でアルクェイドは速攻で通信を切った。するとすぐに再び通信着信音が鳴る。
「いきなり切らないでよ。相変わらず酷いなぁ」
「何の用だ」
エニグマから聞こえてくる軽い調子の声にやや不機嫌ながらアルクェイドは答える。
「いや、少しばかり気になったことがあってね」
「さっさと答えろ」
「死神が出たよ」
その言葉で、アルクェイドは足を止めた。
「色々聞きたいことはあるが、どこでだ?」
「君の目の前さ」
その言葉で前に意識を向ける。その視線の先に黒い何かが走り、更にその後を何かが追いかける。アルクェイドはアルカンシェルに向かっていた足をすぐにそちらに変えた。やや早歩きで彼らを追いかける。人前でいきなり疾走するのは邪魔が多いし、何よりも目立つ。人がいない場所に向かって移動していると、エニグマから更に道化は言葉を続ける。
「ところで、こちらが本題なんだけどね?」
「ああ?」
死神のことはおまけと言った。アルクェイドにとって死神以上に意識を取られるモノが今はあるのだろうか。少なくとも彼本人には心当たりはない。だが、道化は笑う口調でそれを口にした。
「君の本当の親に興味はないかい?」
「――――――」
アルクェイドのルーツ。それは確かに彼自身も気になっていた。自分は何処の生まれで、誰が親なのか。以前はあまり興味を抱くものではなかったが、クロスベルに来てから彼は度々己の過去に触れる機会があった。ティオやリーシャとの邂逅。脳裏に響く鐘の音。誰かの墓。何よりも自分に掛けられていた暗示の根本にいる養父の存在。これだけのモノが揃っていて、自分に興味が無いとは言えない。仮に無いとしたら、それはもう考えるのを止めた人形でしか無いだろう。
「これから君は出会うだろうさ。いや、少なくとももう君は会っているよ。一度ね。君のキョウダイに……」
それだけ言うと道化は一方的に通信を切ってしまった。アルクェイドはしばらく呆然としてしまった。エニグマを握る手は力なくぶら下がる。
―会っている?誰に?キョウダイに?何時?何処で?そもそも誰だ?―
正気に戻るのに数分。アルクェイドは直ぐ様アレらを追いかける為に駈け出した。そして見つけた。遠巻きに見ていたらアルクェイドの事を話しているのが分かった。銀と死神を見ていると銀が狼狽え始めた。死神は口を開き続けた。そして、アルクェイドのルーツに触れそうなことを言いそうになっていた。だから駆けた。恐怖故に。
―違う名前?確かにケイと呼んでいたのは今も昔もリーシャだけ……だったら昔はなんと呼ばれていた?―
思考に耽りながら洞窟を歩いて行くと、拓けた場所に出た。そこには物々しいモノが存在していた。巨大人形兵器の大きさに匹敵しそうなほどの機械。地面に重々しく突き立てられたような機械はまるで剣を彷彿させる。それを彼は知っていた。それはリベールで使われた物だ。そう白面の計画で使われていた、蛇が所有しているシステムが――――
「何故コレが此処にある?」
それでアルクェイドは理解した。リベールで意図的に地震を起こしていた時と同じなのだ。無理矢理耀脈を狂わして地震を発生させていた。以前、リベールで痩せ狼が白面の計画の一環で、コレを起動させていたことがあった。多くの地震を引き起こし、結果エステルとヨシュアたちによって止められた。だが、少なくともデータは撮れていたはずだ。だからアルクェイドは首を傾げた。
何の為に?そもそも誰が?彼の脳裏に浮かぶのは博士の姿。だが、彼がこんなことをするだろうか。既に結果が分かっている実験を彼がするのだろうか。その仰々しいモノを眺めていたから彼は気づかなかった。その機械の影に隠れるように彼を覗いている者が居ることに……。だが、それに気づく前にアルクェイドは別の存在に気づいた。
「……はぁ……耀脈に寄せられたか?」
いつの間にかアルクェイドの周りには無数の魔獣が集まっていた。集まっている魔獣に規則性はなく、ゼリー状の体から触手を生やしているのもいれば、牛や馬の変異体とも思えるようなモノもいる。機械の周りには鷲や鷹、鴉の様な鳥型の魔獣が飛び交っている。そのドレもコレもが、異彩を放つアルクェイドに向けて敵意を放っている。
「よくもまぁ、これだけの数が引き寄せられたものだな」
この狭い空洞の中で何処に隠れていたのか疑問に思うほどの数にアルクェイドは眉を顰める。彼は手に馴染ませるかのように軽く刃を回して構える。ソレを待っていたかのように、鳥型の魔獣が一気にアルクェイド目掛けて滑空し始めた。
「――疾!」
だが、それもよりも速くアルクェイドが疾走する。迫る魔獣の集団を駆け抜ける。数にして数十の魔獣を瞬時に通り抜けて振り返る。それに釣られるように魔獣も旋回しようとするが、三分の一程度の魔獣は旋回せずにいた。それも当然。片翼では旋回はおろか、飛ぶことすら叶わない。鮮血と羽を撒き散らしながらそれらは地面に墜ちて滑る。第二陣として、残りの鳥型魔獣に向けて振り返ったアルクェイドの背後から馬や牛を思わせる動物型の魔獣が迫る。
「
アルクェイドはその集団をまるで柳のように躱す。ひらりひらりと力と速さで迫る集団を回転しながら躱す。魔獣の体に手を付けて受け流しては刃を振るう。その姿はまるで演舞。銀色に輝く刃と黒を基調としたコートが素晴らしい彩りを魅せ、歯車の深紅が軌跡となって主張している。見る者がいれば、全ての人がコレに魅せられ心を奪われていただろう。裂かれた魔獣から飛び散る鮮血はアルクェイドも染め上げる。その光景ですら、綺麗と思えるほどの光景だった。
だが、魔獣にはそれに見惚れる知性はない。旋回した魔獣がアルクェイドを空から襲う。まるで死肉に群がる鴉の様に群がって来ている。
「
完全に囲まれる前にアルクェイドは跳び上がった。回転したままの状態で飛び上がったために刃の軌跡は螺旋を描く。首や翼を裂かれて地へと墜ちる魔獣。そして刃の届かなかった魔獣は回転の威力に弾き飛ばされていく。地面には未だに多くの魔獣が駆けている。その魔獣に蹴散らされていく鳥の魔獣は哀れとしか言いようがない。踏まれ蹴飛ばされ潰されて、最早原型を留めていないものが着々と増えて逝っている。
「――――ッ」
跳び上がったアルクェイドが着地する瞬間。着地点から突如ゼリー状の魔獣が姿を表した。うねうねさせた触手で着地したアルクェイドの足を絡め捕る。一匹だけなら大した拘束力にならないが、体は小さいが二桁は下らない数がアルクェイドの両足に巻き付いていた。片足だけならともかく、両足を絡められていては動かすこともままならない。明らかに魔獣よりも上位の強さだと本能で理解した魔獣は数で攻め入ることにしたのだろう。生存本能故なのか、変な連携力が姿を見せてきている。
足に気を取られたせいで、外の迫る魔獣への対処が一手遅れてしまった。跳び上がって避ける事も叶わず多くの魔獣に囲まれた。魔獣は先ほどの攻防でのアルクェイドの力を知り、警戒しているのかある程度距離を保っている。その間にアルクェイドは足を絡め捕っていた触手を切り裂く。足元のゼリー状の魔獣を円を描くように足を動かして蹴飛ばす。そして、アルクェイドは刃をクルクルと手で回す。
「――宵闇に駆けるは一筋の光、銀の軌跡は全てを魅せる。刹那の煌めきに魅入るがいい」
そして、アルクェイドは駆ける。
「
一閃、ニ閃と次々に魔獣が裂かれていく。魔獣は動けない。囲い込んでいた獲物が見えなくなったのだから。外側の魔獣から切り伏せられ、内側にいた魔獣は見えなくなった敵からの猛撃に怯えて内へ内へと退いていく。他の魔獣の鮮血を浴びた魔獣の目には恐怖が色濃く写っている。遂にはアルクェイドが先ほど立っていた場所を中心に残っている魔獣が追い詰められていた。
「奏でろ、死の怨嗟を」
不意にアルクェイドはその中心に現れた。だが、魔獣たちはそれを認識できなかった。認識するよりも速く、アルクェイドは刃を振るう。そこを基点として追い詰められていたすべての魔獣が弾け飛んだ。一体今の一瞬で何回振るったのか、魔獣は肉片と化していた。最早、全ての魔獣が原型を留めていない。まさに凄惨。惨劇とも呼べるような光景がモノの数十秒で築きあげられた。
「はぁ…………」
全ての魔獣が事切れたのを肌で感じたアルクェイドは大きく息を吐く。アレだけの攻防を
ふと、アルクェイドは仰々しい機械に視線を向ける。重く低い駆動音を奏で続けていたソレは。今は何故か沈黙を保っていた。いつ沈黙したのか、誰がしたのか、ソレは分からないが、それを調べようと機械の方へと足を進めた。
「………………」
その時、誰かが機械の根本に居ることに気づいた。頭まで白いローブを被った誰か。背丈はアルクェイドよりも頭2つくらい小さいだろうか。かなりぶかぶかのローブで体つきはよく分からない。だが、少なくとも死神ではない。その人物はゆらゆらと力なく揺れながら機械とアルクェイドの間に移動した。
アルクェイドは警戒して左手で刃を握り構える。相手はおもむろにフードをとる。その容姿は碧の髪に碧の瞳。そして中性的な顔つきだった。
「伝言をお伝えします」
「あ?」
何処か目は虚ろでアルクェイドを見ているのに見ていないような口調で告げる。
「早く思い出せ、■」
先程違う、嗄れた声だった。その二言を繰り返す。伝えているのではなく、ただ口にしているだけとしか思えない口調で。
「あ……ああ……ああああああああああああ!?」
嗄れた声で言う時に怪しく光る碧の瞳。それを見た時にアルクェイドの脳裏に浮かぶは養父とは違う老人の顔。口元の髭で口元は分からないが、歪に口元が歪んでいるのが分かる。いや、これは笑っているのだ。笑った顔で呼んでいる。何処か懐かしい呼び名で――。
「違う……違う、違う!」
アルクェイドは癇癪を起こしたように口を開く。気持ち悪い感覚が湧き上がり胃の中の物を吐き出す。胃の中の物を全て吐き出しても尚もえずく。まるで何かの拒否反応のようにも思える。
「俺は奴隷じゃない!」
アルクェイドが大きく吠えた瞬間、不意にカンパネルラの笑い顔が脳裏を過ぎった。それと同時に見える薄っすらと誰かの顔も見える。
「――――」
半ば衝動的に碧の人物に駆けた。刃を両の手で握り、突き立てる。突き立てても勢いは止まらずにその先の機械まで迫る。碧の人物は機械を背に貼り付けられた。だが、碧の人物は痛みを感じていないのか、それとも元から
「伝……言をお……伝えま……す」
突撃した勢いが凄まじかったのか、メキメキと歪な音を立てながら機械の根本から折れる。そして、それに続くようにアルクェイドも倒れ伏した。機械に突き立てた刃はそのまま倒れた機械に刺さったまま。突き刺さったままの碧の人物は聞くものがいなくなったことに気づいていないのか尚も口を開く。そして、碧の人物はキリキリと人形が動くように首を動かして倒れているアルクェイドの方を見る。それでも伝言を伝えるために口を開く。
不意に碧の人物は支えるものがなくなったかのように首がカクンと落ちた。そして、溶けた。そう溶けた、液体に。元から人型で動いていたことさえ想像が難しい碧の液体へと。誰がこの液体を見て、人の形をしていたなどと信じるだろうか。そして、気絶したアルクェイドは一言だけ沈みゆく意識の中で呟いた。
「マイスター……」
カンパネルラと同時に浮かんだ養父の名を――。
*
リーシャは空洞に入ったところで暫く立ち尽くしていた。このまま進んでいけば、ケイくんのルーツに触れるだろうと確信していた。だから、だからこそ足が動かなかった。共和国で見たあの墓。それに対しての記憶。アレが本当にケイくんの物ならば、アルクェイドは誰なのか。もし違うのならば、アレはだれのものなのか。それ以前に自分の記憶に自信が持てないのだ。
「怖い……」
故に足を動かせない。だけど、このままでいいとも思えない。リーシャは決意する。そして、足を進めようと前に出したとき、ソレは訪れた。
「はぁい」
道化が目の前に現れた。やや黄色がかった緑の髪をした一見優男に見える少年。右目の下に描かれた文様が印象的に写る。人の良い笑顔を浮かべたまま彼はリーシャへと歩み寄ってきた。
「誰だ?」
未だ銀の様相をしているリーシャはカンパネルラに対して口調を強めた声色で問う。歩み寄ってくる彼に対してゆっくりと距離を取るように下がり武器を構える。
「あはは、大丈夫だよ。僕は何もしないよ」
根拠も証拠もない言葉なのに、何故かリーシャはそれが真実だと思った。対面的には警戒をしている姿だが、見た目ほどの警戒の気配がない。それを知ってカンパネルラは微かに頷いて笑う。
「そうそう、僕は何もしないいんだから」
「お前が何もしないという保証はないだろう」
「そんなに毛嫌いしないでよ。僕は君と話をしに来ただけなんだから」
「そうか。だが、私に用はない」
目の前のカンパネルラを無視して横を通り過ぎようとする。
「ケイくんの事だと言っても?」
カンパネルラの真横を通ったときにそんなことを言われて、リーシャは足を止めてしまった。彼女が今一番気になっていることなのだから。
「やっぱり気になるよね」
「………………ならない」
無理矢理にでも否定してその場から去ろうとする。そうでなければ、更に惑わされそうな気がしていたから。
「そっか。まぁ、一つだけ教えてあげるよ。王様のお気に入りは丁重に扱わないとね」
カンパネルラの言葉がどういう意味を指しているのか、それは分からない。それどころか真実なのかさえ分からない。彼は道化なのだから…………。言葉に信憑性もなく、けれど何処か真実味を帯びている。故に皮肉を込めて、こう呼ばれる。
「君は一つだけ勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「そ、勘違い。怪盗Bからも言われたでしょ?常に考え続けろって。思い出して考えてご覧、ケイくんとの出会いと名前を教えてもらった時のことを。そして考えてみるのさ。死神の言葉の真意をね」
死神の言葉に真意など存在するのだろうか。その疑問が彼女の中で湧き上がる。あそこまで壊れた人物の言葉など意味をなしているのだろうか。けれど、目の前の道化は考えろと、推察しろと言う。
「王様はケイという名前であったことは一度もない。ここがミソだね」
「…………………」
リーシャはその言葉の意味を計りかねていた。死神の言葉以前に、目の前の道化は何故それを知っているのか。昔のことも、今のことも、そして、たった今のことも……。死神のように言葉に不快感はなく、意思疎通も正常に出来ている。なのに、死神以上に警戒しなければならないと本能が訴えている。
「僕は王様の手助けがしたいだけさ」
訝しむリーシャの視線に応えるようにそんなことを口にする。そんな気持ちなど微塵も無いくせに、と彼女は思う。それを知っての上か、道化はやれやれと肩を竦める。
「王様の知り合いにはいつもそんな態度を取られるね」
「それはお前の態度が原因ではないか」
「そうかもね」
それでも楽しそうに道化は笑う。その時、空洞の奥のほうからとても大きな何かが倒れるような地響きの音と振動がした。
「どうやら、向こうは落ち着いたようだね」
振動と音でリーシャは今すぐにでも奥に向かいたかった。しかし、この道化から目を逸らすことも
「くす……じゃあ、僕はこの辺で失礼させてもらうよ」
リーシャの意識が奥のほうに向いていることを確認して道化は微かに笑う。
「あ、そうそう。僕は身食らう蛇、執行者No.〇―道化師カンパネルラ」
それを最後に指を鳴らして姿を消した。まるで元から存在していなかったのかのように……。道化の姿が完全に見えなくなった瞬間にリーシャは駆ける。
駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。
血と肉片に
「ケイくん!」
アルクェイドの周りには水に濡れている。
「ケイく……ん?」
何処かおかしい。何が、とははっきりとは分からない。だが、彼女にはアルクェイドが何処かおかしいものを感じていた。
「あれ……?」
姿が何処か振れて見えるような、それに髪も少し色艶が濁って見える。いつもは空を彷彿とさせる透き通る様な蒼の色をしているのに、何処か濁っている。だが、今はそれを気にしている場合ではない。彼には聞きたいことが多く有る。それを聞くためにもリーシャはアルクェイドを背負う。
「…………ん」
リーシャがアルクェイドの右腕を担ぎあげた時、彼は微かに目を開いた。
「くっ、くはは、ふははははははははは」
突如、アルクェイドは自嘲の笑みを零した。それも盛大に、滑稽だと笑う。
「ケイくん?」
普段からは考えられないような声で笑う姿にリーシャは唖然とした。
「ああ、そうだ。俺は違う、ケイじゃない……」
「え…………?」
彼女の声に反応したわけではないだろう。アルクェイドの耳に入った言葉を認識しただけだ。今彼は自分が誰に担がれていることにさえ気づいてはいない。そして彼女は信じられないような言葉を、気になる本人が言ったことで愕然とした。
「今も尚、縛られたままなのかッ……!」
アルクェイドはゆらりと立ち上がり、恨みがましく小さく吠える。覚束無い足取りで歩むと未だに突き刺さったままの刃を引き抜く。
「何処にいる……」
ゆらりと、アルクェイドは振り返る。やや俯き加減で表情は分からない。
「あの爺は何処にいる!?」
その言葉とともに顔を上げる。その目は怪しく光っていた。いつもの彼の目――深い海の様な青ではなく、碧の色をしていた。
「ケイ……くん?」
彼女を認識してすらいない彼の名を呼ぶ。先ほど彼自ら否定した名前で。
「リー……シャ・マオ?」
正面から呼ぶことでようやくアルクェイドはリーシャを認識した。刹那、アルクェイドの目はいつもの青へと戻った。碧の色をしていたのは、一瞬過ぎて気のせいだと思えるほど短かった。
「ケイくん……」
再度、確認するようにもう一度彼の名を呼ぶ。だけど、彼は怯えた顔をする。ここまで弱々しい彼を見るのは初めてだった。初めて彼の心根に触れた気がしていた。いつものらりくらりとしていたわけではないが、何処か触れることが出来なかったアルクェイドの心に。
「あ……ああ……」
今、ぶれている。アルクェイドの心根が。リーシャには目の前の彼が嘗ての自分と重なってしまう。死神に言葉遊びでトラウマを刺激されたときのように。だからこそ、彼女は先ほどこの場で何があったのか気になった。
「悪い……少しだけ、整理する時間をくれ」
何処か思い詰めた顔で、アルクェイドは言う。彼女から問われることを避けられぬと思い、誤魔化すことも出来ないと。
「…………うん」
でも、そうだからリーシャは目の前の彼はとても強いと感じていた。このまま逃げ続けることも出来るだろう、嘗ての自分の様に。でも、それを彼はしなかった。逃げようと思えば、逃げられる。この街から、リーシャから、レンから、イリアから、ティオから、このクロスベルで関わった全員から逃げれるのだ。その実力もあるし、蛇の施設に篭ってもいいのだ。そうすれば、彼は永遠に逃げ続けられる。けれど逃げない。受け止めようとする。
「では、な……」
その言葉を最後に彼の姿は消えた。
「やっぱり、私じゃ……」
一人残されたリーシャは何を思ったのか、この場では見えない空を仰ぐように見上げる。その声色は何処か弱々しい。まるで、泣いているようにも聞こえる。だが、銀の仮面で彼女の素顔は見えない。故に、どちらなのかは分からない。ただ、道化の言葉が耳の奥に響いていた。
「勘違いか……」
その言葉がどれを刺しているのか、彼女には分からなかった。アルクェイドをケイだと思うことか、ケイが生きているということか、それとも…………。