刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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そろそろ死神くんに活躍してもらわねばね。
死神は書きやすいんですよね。
ちょい役ばっかだったので、次はメインですよ死神くん。


第6話 時間仕掛けの慟哭

クロスベルで地震が起きた翌日。日を跨いでも人々の口からは地震の事ばかりが語られる。今まで経験したことがない者が殆どで、ギルドも警察も市民の不安を何とかするために躍起になっている。現在、支援課はとある事情にて解散され、各々目的を持って活動している。ロイドは捜査一課へ、ランディはグノーシスを投与された警備隊のリハビリの付き添い、エリィは市長暗殺未遂の実行犯で現在行方不明のアーネストの代わりに、祖父の補佐。そしてティオはリントヴルムの実用に向けての訓練と財団に戻って魔導杖(オーバルスタッフ)の調整をしている。

 

「みんな不安そうですね」

 

「ああ、そのようだ。いきなり地震が起きれば当然だな」

 

ロイドは隣に歩く少女と共に市内を巡っていた。

 

「でもなんでこのクロスベルで地震なんて……」

 

彼女の名はノエル・シーカー。本来、警備隊に所属している彼女は何故か捜査一課に現在所属しているロイドと共に行動していた。理由は彼女の上司たるソーニャ司令の命令が原因だった。ソーニャ司令は少し前までは警備隊の副司令だったが、この間のヨアヒムに因るグノーシス事件で色々と黒い部分にどっぷり浸かっていた元司令にはご隠居頂き、現在は彼女が司令の椅子に座っている。

 

「けど、ノエルも悪いな。わざわざ警察の仕事を手伝ってもらって」

 

「いえいえ、妹もいますしソーニャ司令からも警察を手伝って欲しいって言われてますから」

 

自分の仕事に付き合わせたことを申し訳なく思っているロイドに対して、ノエルは笑顔で応える。そんな風に市民の不安を和らげるためにパトロールをしていると、不意に屋根の上を速く動くモノが通った。

 

「……ん?」

 

それは速すぎて視界に入ったのはほんの一瞬。だが、ロイドはそれを見逃さなかった。しかし、それが動いた方に視線を向けるが、そこには何も無い。気のせいかと思ったが、その時再び黒い何かが見えた。

 

「あれは……」

 

それは初めに見えた何かよりは遅く、つい最近見たことがあったもあり、ソレがなんなのか認識できた。

 

「銀……?」

 

病院で共闘した暗殺者『銀』の姿をロイドが捉えていた。銀はそのまま最初に見えた何かを追いかけるようにすぐに視界から消えた。

 

「ノエル……走るよ」

 

「え……?ちょ、ちょっと、ロイドさん!?」

 

ノエルの返答を待たずにロイドは走り出した。銀が消えた方向は東。その方向へ向けて彼らは一目散に走る。

 

「いきなりどうしたんですか?」

 

前を行くロイドに背後から質問を投げかける。

 

「なんとなく、嫌な予感がするんだ」

 

それだけしか、ロイドは答えなかった。いや、答えられなかった。銀が見えたということだけで、追いかける理由にはなるだろうが、あまりにも軽率すぎる。ロイドだけでなく、銀もだ。一度共闘したからと言って、暗殺者を準備もなく追いかけるのは危険過ぎる。暗殺者として、このような日中に人目が多い場所を通ることも迂闊すぎる。だが、それも昨日の異変を考えれば、何かが起こっているのは明白。故に両者はこんな危険を犯している。ロイドは銀が姿を現しているということから、銀は追いかけている何かから、そう感じていた。

 

 

銀は追いかけていた。事の発端は黒月(ヘイユエ)の依頼だった。地震が起こった昨日の夜。銀は黒月(ヘイユエ)のリーダーたるツァオに呼び出されていた。

 

「何?」

 

そのツァオの口からおかしな言葉が発せられた。それは自身の耳を疑ってしまうほどだった。だから銀は彼に聞き返す。

 

「今言ったとおりですよ」

 

ツァオは机に両肘を立てて口の前で手を組んでいる。銀からは口元は見えないが、顔はとても人の良い笑顔を浮かべている。だが、目は微塵も笑ってなどいない。銀はいつも、仮面を見ている気になっていた。

 

「……………それで?私にどうしろというのだ?」

 

仮に先程の彼の言葉が事実だとして、銀は何を依頼されるのかが分からない。

 

「まさか、また見ていろと言うわけではないだろうな?」

 

前回の事件の時のように見ているだけなのかと銀は問う。それに対してツァオは全く表情を変えずに笑っている。

 

「今回は違います。今回はこの事件の――――」

 

銀は昨日の遣り取りが頭の隅に今も尚、疑問として残っていた。何故ツァオがあんな事を言ったのか。その結果、黒月(ヘイユエ)――いや、彼にどういう利益をもたらすのか分からない。だが、依頼されれば銀はそれを受けるのみ。元からそういう契約だったのだから。そして、そのツァオの依頼で目の前の動くものを朝方に見つけ、今も追いかけていた。

 

「……………」

 

不意に、銀が追いかけていたものが足を止めた。止まった場所はクロスベルから東に位置する街道。アルモリカ村とタングラム門との三叉の分かれ道よりも少し前。湖へと続く川に架かる橋の上。その場所に、何かは止まった。銀は相手が止まったことで慎重に距離を詰めていた。ジリジリと少しずつ止まった相手と距離を縮めていく。ソレに気づいているのかいないのか、相手は動かない。そして、銀が全力を出せば一息で肉薄できる距離まで近づいたとき、相手は銀の方へ振り向いた。

 

「あは、あははははは、あはははははははははは」

 

突如、相手は笑い出した。ケラケラと笑う。壊れたテープレコーダーの様に不規則に、けれど何処か規則的に笑い続ける。それを見て銀は、以前よりも壊れていると思った。だとすれば、ソレは何故なのか。だが、相手の壊れっぷりは銀に更に警戒させるだけだった。実力としてはあくまでも銀の方が上。だが、相手は精神破綻者(トリッキー)な狂信者だ。そもそも、銀は目の前のモノが何故相手を(えぐ)触れられたくない物(トラウマ)を知り得ているのか知らない。故に、銀は相手から距離を取る。相手の目を間近で見てしまうと呑まれてしまう気がしているから……。

 

「久しぶりだねぇ」

 

何処か調子の狂った笑い声で口を開く。その声は相変わらず――――

 

「気持ち悪いな」

 

人の言葉を喋っている時点で人間という生き物を侮辱されている気分にすら陥る様な嘲り声。聞いているだけで苛立ってしまう。

 

「元気にしてたぁ?僕は元気だよぉ」

 

銀の声が聞こえているにも関わらず、気にした風もなく、世間話を始める。銀はやはり狂っている、と改めて思う。だから会話はしない。してはいけない聞いてもいけない。会話をしては初めて目の前のモノに出会ったときのようになってしまう。

 

「聞いてはいけない、話してもいけない。今はケイくんはいないのだから」

 

初めての時のように止めてくれる人はいない。だから、相手にしてはいけない。銀はその一念で気を保つ。気を張り詰めていなければ、目の前の狂者は直ぐ様心根を(えぐ)ってくるのだから。だけど、その言葉を呟いたのがいけなかった。気を強く持とうと、呟いてより強く認識しようとした。それだけは最善だった。だが、目の前の狂信者が固執している人物の名を呟いてしまったのが失策だった。

 

「ケイくん?それって誰?」

 

狂信者が興味を抱いてしまうのだから…………。

 

「それってあの人のこと?なんであの人のことをそんな名前で呼ぶの?」

 

銀は口を開かない。開いてはいけない。そもそも、狂信者は銀が呼ぶケイくん(アルクェイド)のことを何故知っているのか。その呼び名は銀が子供の時の名残でしか無い。唯一レンが触り程度だけ知っていることなのだ。なのに何故、目の前の狂信者がそれを知っているのか。

 

「あの人の名前がそんな名前だったことは一度もないよ?」

 

狂信者はそんなことを言った。

 

「え…………?」

 

銀はそれをまともに受け取ってしまった。聞いてしまった。もう目の前の狂信者からは逃げられない。目を逸らしたくても、耳を塞ぎたくても、もうそれは出来ない。

 

「彼は私を知っていた。その名で呼んで答えてくれた。だけど、一度もない?だったら何故?」

 

銀の頭の中で疑問が浮かんでは消える。銀は頭を抱えてしまった。頭の中では先程の否定の言葉が響く。

 

「嘘、そんなわけがない。嘘。嘘。嘘よ」

 

「本当だよ。全ては真実」

 

畳み掛けるように狂信者は口を開く。ケラケラと笑う声が辺りに響く。

 

「だったらアルクェイドさんがケイくんじゃないなら、ケイくんは何処に?本当に死んで……?」

 

「あはははははは。君は勘違いをしているよ」

 

「勘違い?」

 

「だって、そもそも――――」

 

「――――――!」

 

いけない。駄目だ。その先を言わせてはいけない。そんな気がして銀は飛び出した。これまでの生きてきた意味を否定されそうだから――――

 

「――ケイくんなんて存在しない。だってあの人の名前は■――」

 

「それ以上口を開くなアアアアアア!!」

 

突如、横から誰かが駆け抜けた。狂信者を目掛けてニ閃。橋にはX字の斬り跡があるのみ。狂信者も駆け抜けた誰かもいない。川の崖を蹴って走る二人がいる。常人には見えない速度で崖をピンボールの様に駆け回る。二人は次第に川の上流へと昇って行っている。

 

「ケイくん!」

 

狂信者を襲ったのは誰か分かった銀はそれについて行こうと駆け出した。崖は斬り跡で多くが(えぐ)られている。それもかなり鋭利だ。土だけでなく岩も混ざっているはずなのに、岩もろとも裂かれている。そして、銀が彼らに追いついた時だった。狂信者は大きく弾き飛ばされた。だが、その飛ばされた先には小さな空洞があった。それは人がギリギリ入れるかどうかと言う大きさの穴。まるで吸い込まれていくように狂信者はそこに入っていった。それを追いかけてアルクェイドも突入していく。銀も少しだけ戸惑ったが、直ぐ様彼らを追いかけて空洞に入っていった。

 

それから数分後。ロイドとノエルは橋の上にようやく着いた。だが、そこにはX字の大きな斬り跡が有るのみ……。

 

「これは一体……」

 

ロイドとノエルはその凄まじい斬撃跡に絶句するだけだった。


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