刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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第2話 時間仕掛けの出会い

疾走。

その様は正にその言葉に尽きる。

他を寄せ付けない疾さは、一筋の矢に見える。

そのモノの周りに見える淡い黒い光がそれをよりそのように見せる。

山岳地帯なので整備されてない道をそれは平坦の道を行くように疾走する。

何故整備されてないガタガタの道で、微塵も凹凸でソレが跳ねることがないのか。

それは乗る者の操縦捌きにあった。

疾走と見える速さにも関わらずに、的確に凹凸の部分を避け、最小の力で道を行く。

故に、それは疾走と言える速さまでの速度をずっと保って来ている。

クロスベルからこの共和国の山の中腹まで。

普通に行けば数日かかる道程を、僅か一日でここまで来ている。

いくら寝る間を惜しんで徹夜で疾走し続けているとは言え、その技術と集中力には舌を巻く程だ。

ソレほどまでに、疾走する者は急いでいた。

アルクェイド・ヴァンガードは急いでいた。

そして、遂に目当ての物がある筈の山の麓まで来た。

否、正確には目当ての物が無い筈の山に…………

彼は一度、その山を見上げてから山へとそのまま登る。

その山は周りの山よりも一際高い。

天を貫くとまで言われるその山は神聖化されていた。

付近の住民は普段はその山に登ることを控えている。

祭事の時のみ登ることにしている。

他の場合は山菜や木の実等、山の恵みを取りに行く時だ。

住民は決してこの山で狩りを行わない。

彼らにとって、それだけこの山は神聖的なものだった。

アルクェイドも、それを知っているからこそ、ここまで乗ってきていたウォークスから降りて徒歩で登っている。

初めて来るはずの山をしっかりとした歩みで登っていく。

まるで、自分の庭だと言わん足取りで。

山の中腹に来た辺りで、人を見つけた。

アルクェイドは咄嗟に隠れる。

山守が巡回しているのかと、彼は警戒しながらその人物を見る。

注視してみると、その人物はしゃがみこんでいる。

山菜か落ちた木の実を取っているかと思ったが、その人物に動きはない。

その人物は彼の位置からは良く分からないが、恐らく年寄りだろうと判断した。

土に手をやってるのか思ったが、その手は足に添えられていた。

 

「怪我か…………」

 

足場の悪い場所で足を挫いたか草木で切ったかという所だろう。

普段の彼ならば、この場は無視するところだが、彼は何故かその年寄りに歩み寄った。

 

「大丈夫か?」

 

側まで近寄ると、彼はその老人に声をかけた。

その老人は老婆だった。

 

「おや、この山で人に逢うとは珍しいねぇ」

 

老婆はアルクェイドの姿を見ても慌てた様子もなく、呑気にそんなことを言った。

普通ならば、この老婆が山守だとするならば、この山に人が入っていたことに驚き入らないように注意する場面だろう。

なのに、この老婆は驚いた気配もなく、呑気にそんなことを言う。

 

「老体にはこの山は辛くてね。

 足を挫いてしまったんだよ」

 

「あんた独りなのか?」

 

「じゃなきゃ、こんな風に困ってはおらんよ」

 

老婆の言葉に何処か首を傾げながら彼はしゃがむ。

 

「骨折はしていないようだ。

 婆さん、じっとしといくれよ」

 

老婆の足をじっと見てそう判断すると、彼は老婆を背負った。

 

「ありがとうねぇ」

 

「山を降りるぞ」

 

「ちょいと待ってくれんか?」

 

老婆を背負い、山から降りようと麓に向けて足を向けたときに、背中の老婆から声をかけられた。

 

「あっちの方に向かってくれんか。

 用事があるんじゃよ」

 

「…………………」

 

老婆の指す方向にアルクェイドは足を向ける。

それは自分が行きたい方向だった。

そこから少し歩くと、そこは崖で山下が一望できる場所だった。

風通しも一望できる景色も素晴らしい。

紅葉の季節ならば、この場から一望できる景色は色鮮やかに染まることだろう。

そんな、素晴らしき場所に、一際目立つ、この場に不似合いな物が鎮座していた。

長い時間手入れもされていないのかそれに草の蔓が巻きつき、苔も生えていた。

それでも、誰かが置いたのか、花の様な物が枯れ果てているのが幾つも置いてある。

 

「婆さん…これは…………」

 

アルクェイドは眼下に見えるそれを見据えて呟いた。

ある筈のない物が、確かにそこに存在していた。

老婆はアルクェイドの背中から降りてそれの前に行く。

そして、正座して手を合わせる。

 

「なぁ…………おい………………」

 

アルクェイドの声に老婆は答えない。

ただ静かに手を合わせている。

アルクェイドはその行為を見たくない。

見たくないのに目を逸らせない。

その行為はまるで、死者に黙祷を捧げる姿だった。

黙祷が終わったのか老婆は目を開いて手を下ろす。

そして、口を開いた。

 

「昔ね、この山の麓で一人の子どもが死んでいたのよ」

 

老婆はそう口にした

 

「何処の子供かも分からない、周りに親もいない、何よりも初めて見る子だった。

 そんな子どもがね、血だらけで倒れていた。

 あたしゃが見つけたときにもう死んでおったよ……………」

 

「…………………」

 

老婆の言葉にアルクェイドはじっと何も言わずに静かに聞いていた。

 

「そこらの魔獣や野犬に殺られているようにも見えんかった。

 その子は綺麗な体で倒れておった。

 ただの一筋の切り傷であの子は死んでおった…………」

 

老婆は寂しそうな目で空を仰いだ。

 

「こんな死にかけの老いぼれなんかよりも、なんであんな子供が死にゃならんのじゃろうな」

 

「あんたが此処に埋葬したのか?」

 

アルクェイドは恐る恐る口を開いて問うた。

 

「あたしゃじゃないよ。

 でも、ある子供が此処に埋葬したんじゃよ。

 その子の気持ちはあたしゃにゃ分からん。

 けども、この山の麓で死んだのじゃから、せめて神様の救いが有らんと報われんじゃろ」

 

そう思っていたんじゃないかと、老婆は悲しげな口調でそんな願望を零した。

神という物を信じていない彼にも、そんな願望を否定することは出来なかった。

 

「空の女神……………か」

 

空から見えるこの場を選んでくれたことを何故かアルクェイドは感謝した。

彼は別に神を信じていないからと言って、空の女神を否定しているわけじゃない。

概念的な神というものを信じていないだけで、空の女神という存在は確かに存在していると思っている。

ただ、彼は神を万能で人を生き物を無差別に救う存在だと思っていないだけだ。

 

―ただ神は座して全てを見守るだけ―

 

己の信条を思い浮かべて、彼も手を合わせる。

 

―願わくば、空の女神に抱き締められんことを―

 

アルクェイドは実に不思議な気分だった。

何処か達観した感覚で、彼は祈りを捧げていた。

不意に脳裏にヨアヒムの言葉が過ぎった。

 

「幻想か…………」

 

確かにヨアヒムはそう言っていた。

アルクェイドはそれを否定も肯定もしない。

 

「別に幻想でもいいじゃないか」

 

ザザーーっと、一際大きな風が吹く。

その後に続く彼の言葉は誰に届くこともなく、風の音に掻き消された。

そして、彼は空を仰ぐ。

空は何処までも、雲ひとつなく、彼の髪のように蒼く澄み渡っていた。

 

「そうだ、ばあさ…………」

 

この場に眠る子供はどんな子供だろうと訊こうとしたが、気付いたら老婆はいなくなっていた。

辺りを見渡しても影すら見えない。

老婆が勝手に帰ったとも思えない。

何よりも足を怪我していた老婆が一人で帰れるとも思えない。

 

「まぁ、いいか」

 

アルクェイドは髪をかき乱しながらそう呟いた。

彼は墓に背を向けると麓に向かって歩き出した。

その場から全ての人が立ち去り、その数日後。

一人の少女がこの場を訪れた。

その少女は墓が見えると微かに何かを呟いた。

その墓が見えてから足取りがフラフラになり、墓の前まで来ると足元から崩れ落ちるようにへたり込む。

 

「なんで……これが…………」

 

少女は目の前の物が存在していることに信じれないように呟いた。

そして、この墓を見てから彼女の脳裏に嫌な記憶が甦る。

つい数日前まで、こんな記憶が存在していなかったはずなのに、と。

それは自分がこの墓を作ったという記憶だった。

それでも、自分がコレを作ったはずがない。

有り得ないのだ。

何故ならば――――

 

「ケイくんは生きているのに、なんでコレが此処に存在しているの?」

 

――墓の中にいるはずの人物は生きているのだから。

リーシャ・マオはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーシャ・マオとケイと呼ばれる子供の出会いは唐突だった。

共和国での伝説の暗殺者とされる(イン)

不死と噂される銀のシステムは所謂世襲みたいなものだった。

親から子へと、伝統としてその暗殺技術は受け継がれてきていた。

幼少の頃から親から技術を指南されて、銀を受け継いでいく。

そして、リーシャは次代の銀となるために父親から指南されていた。

だが、その指南はとても厳しく、とても子供が出来るようなものではない。

それに、子供といえど、何かを壊す、殺すというのは本質的に嫌なことだ。

稀に、それを自ら好んで実行する壊れた精神破綻者も存在しているが…………

いくら物心付く前からそれを教えられていたとしても、成長して周りの常識というものを見れば、それが普通じゃないことがすぐに分かる。

そして、子供の心に普通じゃない、周りと違う、おかしいということはとても辛い。

そんなリーシャが取った行動は一つ。

それは逃げることだった。

そして、逃げた先で彼女は彼と出会った。

素性は不明、親も見たことがない、名しか知らない男の子に…………

逃げた先は山の麓にある小屋の後ろだった。

恐らく山守か何かが使う小屋だろうと彼女は思っていた。

彼女が逃げ込んだ山は神聖な山で、誰も近づくものはいない。

だから彼女はここに逃げ込んだ。

その小屋の影の濃い場所にリーシャは膝を抱えて座っていた。

 

「そんなところでなにしているの?」

 

リーシャとケイの出会いはそれが始まりだった。

彼女の希望であり、絶望へと変わる出来事の始まりでもあった。

戸惑うリーシャにケイは気にせず陽の当たる場所に引っ張り出した。

そして、ケイは胸元から銀で出来た翼を取り出して陽に当てる。

銀翼は陽の光でキラキラと反射して輝き、とても綺麗だった。

リーシャはすぐさまそれに見惚れていた。

それから彼は彼女を連れ回すようになった。

最初はリーシャがケイを探すようになり、幾度かそれで見つかると出会った小屋で会うことが暗黙の約束となっていた。

ケイは何を考えているのか分からないほど何処か抜けているような子供だった。

フラフラと歩き、何かを探したり、突如木に登ったりして、リーシャを慌てさせていた。

そんな彼はいつも銀色のアクセサリを付けていた。

ある日はペンダント、ある日は指輪、ある日はネックレスだった。

ある日、リーシャはそれがなんなのか問うた。

 

「どうしていつもそういうの付けてるの?」

 

ケイはそれを自分で作ったものだと言った。

動くことで邪魔にならないか、取れたりしないか、壊れないかといつも確かめているという。

それが陽に当たり輝いたり、影になると淡く優しい色に見えたりしていたのがリーシャはとても印象的だった。

ある日、リーシャは自分もそれが欲しくなってしまった。

だから、ケイに強請ってみた。

 

「私もそういうのが付けてみたい」

 

ケイはそれに快く返事をした。

既存の物ではなく、新しく君に合うのを作ってくると、彼は言った。

そんな光景は、傍から見ていてもとても微笑ましい光景だった。

だが、悲劇はソレが完成したときに起こった。

ケイがリーシャに渡す日だった。

完成した銀の月のペンダントを持っていった時だった。

彼はリーシャに会うために小屋の前まで行った。

リーシャは先に小屋の前に立っていた。

彼女の姿はいつもの私服と違っていたが、ケイは作った物を渡す事に頭がいっぱいで気にならなかった。

ケイがリーシャの名を呼んで、彼女が振り返ったと思うと、ケイは倒れていた。

その瞬間、ケイには何が起こった理解できなかった。

ただ、視界の隅に鈍く光る銀の何かと自分を見下ろすリーシャの姿。

リーシャの目には涙。

しかし、その目はとても冷たかった。

ケイは手に持っていたはずのペンダントを差し出そうとしたが、手には何も無い。

それに戸惑いながらも辺りに手をやるが何も掴めない。

ケイは胸元に手をやると、鎖がちぎれ、翼は歪に欠けている銀翼をリーシャに差し出した。

 

「コレでごめんね」

 

そう言ってケイのリーシャに差し出した手は地に落ちた。

涙を流すリーシャに嗚咽はない。

ただ静かに涙を流しながら地に倒れ伏したケイを見詰めていた。

彼女のそこからの記憶は混雑していた。

その歪な銀翼を受け取りそのまま去ったのか、それとも彼を埋葬したのか…………

その二つの記憶が存在していた。

どちらもしたような気がするし、どちらもしなかったような気もする。

混雑する記憶ではどちらが正しいのか判断できなかった。

ケイは今も生きているのか、もう死んでしまったのか、彼女は分からなくなった。

生きているならあの墓は何故なのか……

死んでいるなら何故歪な銀翼をアルクェイドが持っているのか……

彼女はもう分からなくなった。

 

「ねぇ、あなたは誰?」

 

リーシャ・マオはその言葉をアルクェイド・ヴァンガードに、ケイ君に投げ掛けたくなった。

 




活動報告の方で質問がありますのでそちらも方もご覧頂けるとありがたいです。
やっとアルクェイドとリーシャの出会いが書けました。
ヨルグが彼を拾ったシーンはまだその内に……

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