刹那の軌跡 【完結】   作:天月白

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新章開幕です。
とは言っても、次の日なので、展開はやや早いですが。



第2幕―時間仕掛け―
第1話 時間仕掛けの現し世


彼の手からは一つの機械が粉々に砕けて落ちていく。

異常な負荷がかかった機械は自壊していた。

両の手で握り締めるように持っていた機械が全て落ちると、彼の体も崩れ落ちた。

後押しすることは出来ただろう。

化物は倒れ、勝ちを喜ぶ四人の姿。

それを壁に凭れながら少しだけ、羨ましそうに見ていた。

化物の姿を見てから彼の耳に聞こえるノイズも今はむしろ心地良いくらいだった。

彼にはそれがまるで子守唄のように聞こえていた。

このまま目を閉じれば、全てが終わり、開放されるのだと――――

 

――――そう思っていた。

 

彼の視界から四人は見えなくなり、彼は少しだけ寂しそうな顔をして目を閉じた。

 

「…………………………」

 

不意に彼の前に誰かが立っていた。

白いローブを頭まで被っていて、誰かは分からない。

白いローブの人物の背丈は、10歳前後の子供くらいの背丈しか無い。

その人物はゆっくりと彼に向けて手を差し伸べた。

だが、彼の意識は覚醒していない。

故に、その手を掴む者はいない。

それでも、その手が引っ込む気配はない。

しばらく差し出していたかと思うと、その手が淡く碧の光を放った。

それに呼応するように彼の体全体が淡く碧の光が包まれる。

その光が次第に点滅し、徐々に加速していく。

光が一層輝き、目で視認することが辛いほどの光を放つ。

その光が収まると、何者かが着ていた白いローブだけ落ちていた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「……さ…」

 

「ア……!」

 

「アルさん!」

 

「―――ッ!?」

 

アルクェイドは目を覚ました。

彼は悪夢を見ていたかのように寝汗が酷く、服が汗で体に張り付いていた。

彼の目の前には覗きこむようにティオ・プラトーがいた。

 

「ティオ……プラトー?」

 

彼女は中腰でアルクェイドを覗き込んでいた。

アルクェイドは何処か確かめるように目を動かして辺りを見渡す。

目の映るのは何処かの建物内の部屋。

ティオの後ろにはロイドやランディ、エリィが見える。

そして、部屋の隅にはキーアも見える。

キーアの顔は何処か安心したような、気まずそうな表情をしている。

 

「良かった、目が醒めたんですね」

 

目の前の彼女は安堵した溜息をついて言う。

背後の三人も同じようだ。

 

「戦闘が終わったらいきなり倒れるからびびったぜ」

 

「でも、無事で何よりだ」

 

「ええ、これで一先ず一安心ね」

 

アルクェイドには目の前の彼らが何を言っているのか分からない。

 

「だが、クロスベルの内部にはまだまだ事件の後遺症が残っている」

 

「そうだな…………

 色々お偉いさんも関わっているようだし、上は忙しいだろうな」

 

「何を言ってるのよ。

 市民も異常な空気を感じて不安になるのよ。

 私達も忙しくなるわよ」

 

「うへぇ………」

 

事件は終わったことで、全員何処か浮き足立っている。

言っていることに間違いはないが、声色が若干浮ついている。

だが、アルクェイドの違和感はそういうことではない。

 

「どうして俺はここにいる?」

 

一つ目の疑問がソレだった。

現状が認められないような口調で呟いた。

漏らしてはいけないような言葉を言ったような気がして、アルクェイドは自らの口を左手で抑える。

 

「覚えていないの?」

 

それに最初に反応したのはエリィだった。

 

「ヨアヒムを倒した時にいきなり倒れたんだよ」

 

「やっぱり無茶して限界だったんだな」

 

「とは言え、貴方がいないと倒せなかったでしょうが……」

 

やっぱりおかしい。

その発言を聞いて、アルクェイドの疑問はより強くなった。

覚醒したばかりだからなのか、未だ不透明な記憶を辿ってもおかしいのだ。

 

「…………そうか」

 

アルクェイドは今ここにいることがすごい居た堪れなくなった。

寝かされていたベッドから出て、立ち上がる。

 

「少しだけ、風に当たって来る……」

 

それだけを言い残してアルクェイドは部屋から出る。

それに少し戸惑いつつも彼らは行かしてくれた。

事件が片付き、これからのことを話しあう彼らは、アルクェイドに続いてもう一人が部屋から出た事に気づかなかった。

アルクェイドは部屋から出て今更何処か理解した。

ここは支援課のビルなのだと。

それだけで、今のアルクェイドが本調子でないことが分かる。

彼はゆっくりと歩いて上へと向かう。

そして彼は、屋上に出た。

陽の明るさにアルクェイドは若干目を細める。

陽の高さからして昼を跨いだところだろう。

アルクェイドは手すりに手をかけて、遠くを眺める。

すると、何処からか主の目覚めを感じたのか、見覚えのある鷹が彼の右肩に止まる。

ファルケは餌を強請るように一鳴きする。

だが、アルクェイドは左手の指でファルケの嘴を擦るだけだ。

しばらくして餌を貰うことを諦めたのか、ファルケは飛び立っていった。

どうやら、自分で餌を取りに行ったようだった。

そんな鷹の後ろ姿を見てながら、アルクェイドの脳裏には先程の彼らの言葉が繰り返される。

何度繰り返してもどうしても疑問は消えない。

それほどまでに自分の記憶していた流れでは言われない言葉だった。

どうして、まるで、一緒に戦っていたような言葉なのだろうか。

彼は徐ろにポケットからある機械を取り出した。

その機械は真ん中に組み込まれたクォーツが一際輝いていた。

何よりも、ヨアヒムとの戦いの最期で手助けした時に壊れたはずのエニグマが形を保っているのだろうか。

未完成なはずのマスタークォーツがしっかりと輝いていた。

 

「どういうことだ?」

 

確かにあの時、彼らが諦めかけた時にこのマスタークォーツを使い、手助けしたはずなのだ。

結果、未完成な為にエニグマが負荷に耐え切れず、マスタークォーツも砕けたはずだった。

けれど、己の手にはまるで使われていないかのようなエニグマが存在している。

 

「…………なぁ、教えてくれよ」

 

アルクェイドはそう背後に呼びかけた。

いつの間にか、屋上にいて、アルクェイドの背後に立っていたキーアに。

アルクェイドは振り向いて、目の前の幼子を見据える。

 

「………………」

 

けれど、彼女は応えない。

じっと俯いて言葉を発せず、怒られているかのように身を縮こませていた。

だが、アルクェイドはキーアを見る圧力を弛めはしない。

 

「………………はぁ」

 

何時までも口を開こうとしないキーアにアルクェイドはため息をついた。

それだけで、キーアは肩をビクッと反応させる。

アルクェイドに責められることをとても怖がっている。

その様が、アルクェイドはとても苛ついた。

だが、彼はそれを態度には出さない。

 

「……まだ終わってないから」

 

キーアはか細い声で遂に応えた。

 

「終わってない?

 何が?」

 

「このままじゃ、みんな不幸になっちゃうから……」

 

ようやくキーアは顔をあげる。

彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「わたしの所為で、みんなが笑えないから……」

 

その告白をアルクェイドは無言で受け止める。

アルクェイドにキーアが何かしたという確信はない。

だが、それでもキーアが原因だというのを本能で悟っていた。

 

「お前が何を後悔しているのかは知らん。

 だがな――――――」

 

アルクェイドは中腰になってキーアと同じ目線の高さにする。

そして、間近で彼女の眼前に指を突き付ける。

 

「――後悔している原因で何とかしようとするのは矛盾してないか?」

 

それだけを言うとアルクェイドは屋上から立ち去った。

キーアは一人残された。

 

「……だって……それ以外に……

 どうした……らいいか……

 分から……ないんだもん……」

 

嗚咽混じりでキーアは誰もいなくなった場所で言う。

彼女がしているのは、最初の不幸を何とかしたいがために使った力は、結局さらなる不幸を呼ぶだけだった。

そして、今回も発端は偶々みたいなものだが、結果としては同じ。

結論から言えば、一度も救えてなどいない。

それでも、キーアはそれに縋るしかなかった……

その一連の様子を蒼と白の毛並みを持つ狼が眺めていた。

 

 

 

 

 

 

アルカンシェル。

クロスベルが誇る1番の名の知れた施設とも言える劇場。

アルクェイドは自らが所有する劇場に来ていた。

団員達が練習している中で、彼は客席の後ろの方に座っていた。

座っているとは言っても、別に練習の様子を見ていたり、批評してるわけでもない。

居住まいを正しているわけでもなく、椅子に無造作に足をかけてボーっと中空を眺めている。

その様は舞台で練習している者からでも見えていた。

まだ見られている方が緊張して練習に身も入るだろうが、一瞥もされないと腹立たしく感じてくる。

しかし、彼はこのアルカンシェルのオーナーだ。

誰もそんな彼に文句を言えるはずもない。

オーナーに面と向かって、邪魔だ、などと言えるような人物がいるはずもない。

 

「ちょっと」

 

否、一人だけ存在していた。

 

「邪魔よ」

 

「ああ?」

 

アルクェイドはいきなり邪魔などと言われて若干語尾を強めて声の方を見る。

 

「イリア・プラティエか」

 

言ってきたのが誰か一瞥すると、アルクェイドは再び椅子に深く体を沈める。

 

「起きなさいってのよ」

 

「なんだ…………」

 

アルクェイドは煩わしそうに起き上がり、ちゃんと椅子に座る。

 

「いきなりやって来ておいてその態度はないでしょう」

 

「放って置いてくれ……」

 

憮然とした態度でイリアを追い払おうとする。

だが、その目論見は一瞬で瓦解した。

 

「放って置いて欲しい人がここに来るわけ無いでしょ。

 本当に構って欲しくないならここに来ないわよ。

 貴方なら尚更ね」

 

アルクェイドはその言葉に何も応えない。

その沈黙は正しくイリアの言葉を肯定していた。

 

「それよりも、その右手は一体どうしたのよ?」

 

イリアはアルクェイドの右手を見て言った。

アルクェイドはこの間のエステルとヨシュアとの戦いで剥がれた皮を直さずにそのままにしていた。

直さずと言うよりも直す暇がなかったというのが正しいが。

 

「コレは昔からだ」

 

機械の右手を開いたり握しめたりしながらアルクェイドは答える。

それだけでイリアの興味はなくなったのかそれ以上問うことはなかった。

イリアとアルクェイドの関係は傍から見ていると不思議だった。

二人の関係は深くは見えないが浅くも見えない。

気心知れた友人のように感じたかと思えば、今のように互いの深くまでは入り込もうとしない。

かと思えば、まるで子供のように騒いだりするときもある。

周りがそんな二人が不思議に思う中で、オーナー代理の老紳士だけはそれをいつも微笑ましく見ていた。

 

「それよりも、リーシャとシュリがまだ来てないんだけど何か知らない?」

 

「いや、知らないが…………」

 

リーシャは多少知っているとも言えなくはないが、シュリに至っては何も分からない。

そもそも、メゾン・イメルダにすら最近帰っていないのだ。

シュリがどうしているなど、知るよしもない。

アルクェイドは気怠げに再び中空に視線を戻す。

イリアはそんな彼を見て呆れ果てていた。

 

「リーシャとシュリ…………か」

 

不意にアルクェイドは立ち上がった。

脳裏に微かな記憶が過ったからだ。

彼はやや早足でアルカンシェルから出ようと歩き出した。

 

「ちょっと、どこ行くのよ?」

 

いきなりの行動に驚きつつ、イリアは反射的に問うていた。

 

「共和国だ!」

 

普段からは考えられないほど慌てた声でアルクェイドは答えた。

いつもの彼なら、ちょっとなと答えて行き先を告げるわけがなかった。

だが、彼は答えた。

イリアはそれに少し違和感を感じて首を傾げつつも練習へと戻った。

シュリは暫くしてからアルカンシェルに来たが、リーシャは数日来ることはなかった。

 

「ところで、どうして今日は遅れたの?」

 

「あいつが帰ってくるの待ってたから最近寝不足で…………」

 

あの馬鹿(アルクェイド)…………

 帰ってきたら説教してやらないとね」

 

それからアルクェイドが帰ってくる数日後まで、シュリはイリアの家に泊まることとなった。

それは、アルクェイドだけでなく、レンも数日あのアパートに帰って来なかったからだった。


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